FC2ブログ

兵どもが夢の跡・・・高取城跡

 昨年夏、NHKテレビで「日本最強の城スペシャル」という番組を見た。俳優の高橋英樹さんら城好きのタレントや学者が参加し、日本で一番の難攻不落の城を決めようという企画だった。

 これには、石垣が日本一高い讃岐・丸亀城や、日本三大山城の一つに数えられる備中松山城もエントリーされており、どちらも行ったことがあるので、この二つの城のどちらかが最強に選ばれればいいなぁと思いながら見ていた。

 ところが、最強に選ばれたのは奈良の高取城だった。しかも全員一致だった。私は和歌山と大津を行ったり来たりし、その途中の奈良で「高取」という道路標識を目にしていたので、高取城がどのあたりにあるか知っていた。

 最強の折り紙がついたので、いつかは行ってみたいと思い続けていた。先日ふと、あのテレビ番組を思い出し、行ってみることにした。梅雨の最中だったが、その日は珍しく一日中曇りの天気予報だった。和歌山からだと現地まで2、3時間で行けるはずだ。

 カーナビに導かれながら城跡がある高取山を登って行く。やがて西国三十三か所の六番札所壷阪寺が見えてきた。ここへは10年ほど前、家内の巡礼に付き合い、お参りしたことがある。道路から駐車場が見えたが、平日というのに車は満杯だった。

 さらに高取山へ分け入って行く。鬱蒼とした深い森だ。すると、五百羅漢の標識があったので車を止め、急な山道を登って行った。苔むした大きな岩があり、そこに五百羅漢が刻まれていた。風化が激しく、羅漢の姿が不明瞭のためどこか不気味だった。

IMG_0638_20190714101440d4d.jpg

IMG_0642.jpg

 ここから2、3キロ進むと、高取城跡の入り口に着いた。3、4台ほどの駐車スペースがあったが、先客はいなかった。訪れる人はそれほど多くないようで、山道の踏み跡を見ればそれが分かる。

 杉木立を登っていくと、石垣が姿を現した。ここが高取城の入り口だったのだろう。続いて壺阪口中門の石垣が立ちはだかっていた。石垣はすべて苔むし、堅牢だ。標高583mの高取山頂に築かれた城跡の周囲は3キロに及び、最強の城を物語っている。

IMG_0647.jpg

IMG_0650_201907141042004da.jpg

IMG_0652.jpg

 次に現れたのは、大手門だ。これが二の丸や本丸に通じる唯一の門で、あたりには藩主の屋敷や政庁が建っていたらしい。本丸までは約300m。次々現われる石垣を見上げながら先へ進み、本丸に向かった。

 高取城のことはよく知らないので、少し調べてみた。南北朝時代に築城され、戦国大名筒井順慶や秀吉の弟秀長が入城したとある。江戸時代には高取藩の藩庁が置かれ、 天守や櫓が29棟も建てられていた。何分にも不便な場所に設けられていたので次第に廃れ、明治6年廃城となった。

 天守の石垣の真下に杉の古木が立っていた。立札に天守大杉「芙蓉姫」と書かれてあった。この左側を抜けると、天守への道がジグザグになっており、大軍が一挙に攻め込めないようにする実戦的な城の構えである。

IMG_0669_2019071510193599a.jpg

IMG_0674_20190715101934846.jpg

IMG_0679_20190715101933d7c.jpg

 高取山の頂上に築かれた天守跡に着いた。夏草が生い茂り、石垣だけのガランとした光景に、あの有名な句が浮かんだ。「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」。もちろん、芭蕉がこの句を詠んだのは奥州平泉である。藤原三代が栄華を極めた地であり、若き義経最期の地でもある。

 平泉の中尊寺や毛越寺には行ったことがあるが、この句が浮ぶことはなかった。むしろ、高取城跡に立ってみると、人の命のはかなさを想い、ちょっぴり感傷的になる。季節が巡って夏草が繁り、これを踏みしめる兵どもの悲しい運命。高取城跡にも芭蕉の句に通じるものがあった。

IMG_0681.jpg

IMG_0682_20190715102046b40.jpg

 石垣に腰を下ろし、コンビニで買ったおにぎりをほうばりながら、しばし一人だけの静かな時間を過ごした。目の前には、金剛山と葛城山の大きな山塊が横たわっていた。まだ時間も早かったので、明日香に足を伸ばし、高松塚古墳とキトラ古墳に立ち寄った。

IMG_0684_201907160643212e9.jpg

IMG_0685_20190716064320ea8.jpg
スポンサーサイト

招かざるカワラヒワ

 わが家の居間は、ガラス戸を開ければウッドデッキとつながっている。そのデッキの角には野鳥のための餌台を置いており、朝起きるとすぐ餌台にヒマワリの種を一握り置き、口笛を数回吹くとヤマガラがやって来る。

 一羽が種をくわえて森の中へ飛び立つと、続けてもう一羽が飛来する。デッキの手すりには2羽、3羽が順番待ちをしていることも珍しくない。中にはボスのようなヤマガラがいて、羽を膨らませて威嚇し、追い払う光景も見られる。

 最近は今年巣立ったばかりのヤマガラの子供が頻繁に姿を見せている。ヤマガラの大人は茶色だが、子供は灰色で、仕草もキョトキョトしている。年功序列の社会のようで、餌を食べる順番も大人が先である。

 この餌台は、私が座る居間の回転椅子から3、4mしか離れていない。日がな、飽きもせずヤマガラの生態を観察している。ブログのタイトル通り、私は暇を持て余すひまじんである。

 ところで先月頃から、餌台にカワラヒワという野鳥が頻繁に来るようになった。2011年7月14日のブログで、カワラヒワの事を書いたことがあるが、それ以降、わが家で見かけたことはなく、8年ぶりに姿を現したことになる。

IMG_0544.jpg

IMG_0529_20190709184042008.jpg

 カワラヒワは、日本の北海道から九州までの低い山や平地で繁殖する。「ヒワ」とはスズメ科の呼び名で、河原でよく見かけることから「カワラヒワ」の名前が付いたらしい。体長はヤマガラとほぼ同じだ。

 全身黄色味を帯びた美しい野鳥だ。くちばしはやや分厚く、それだけを見ると可愛い感じではない。ヤマガラは人間の手にも乗るほど人懐っこいが、カワラヒワは警戒心が強く、気性も荒い。

 この鳥を歓迎しないのは、ヤマガラの餌を横取りし、食い荒らすからだ。ヤマガラはヒマワリの種を一つづつ持って行くが、カワラヒワは餌台に居続け、種がなくなるまで食べ尽くすなど行儀が悪い。

 そして、餌を食べる順番を辛抱強く待っているヤマガラを分厚いくちばしで威嚇し、追い散らすのだ。このような粗暴なカワラヒワはどうしても好きになれない。人間社会にも「鼻つまみ者」は少なくないが、今、あなたが思い浮かべる鼻つまみ者は誰?

    ↓ ヤマガラが餌の順番待ちをしている
IMG_0527_201907091840435fa.jpg

    ↓ カワラヒワはヤマガラを攻撃する 
IMG_0525_201907091840454a1.jpg

韓国の大風呂敷・・・

 私が覚えている限り、日本が韓国を本気で怒ったのは今回が初めてだと思う。

 今更言うまでもないが、朝鮮半島出身者の徴用工問題で、韓国政府が補償金を支払うとした国際協定があるのに、韓国最高裁が日本企業に支払いを命じた。このため日本企業に実害が及び、政府は協定当事国の韓国政府に適切な措置を求めたが、無視され続けたため、ついに堪忍袋の緒が切れたという訳だ。

 日本側が下した決定は実に苛烈なものだった。具体的には、「フッ化ポリイミド」「レジスト」「エッチングガス」という半導体を製造するための材料3品目の韓国輸出に際し、7月4日から契約ごとに審査、許可する方法に切り替えた。こうなると、日本の決定までに90日ほどかかるというから、事実上、輸出できなくなるのだ。

 韓国は半導体の輸出が主な産業で、サムスンなどのメーカーにとっては大打撃となった。日本がこの決定を発表すると、それこそ蜂の巣をつついたような騒ぎになった。体面を重んじる韓国は窮地に追い込まれても、表面上は平静を装うことが多いが、今回ばかりは政府もメディアも浮足立っており、打撃の大きさが見て取れた。

 問題を大きくしているのは、この3品目が世界の市場を日本企業が独占していることだ。だから他国から輸入しようとしても、これに匹敵する高品質の製品がなく、不可能に近いというのだ。ここに韓国の苦悩がある。

 そこで韓国は、日本が輸出してくれないなら、自国で製品を作ると公言したのだ。そして、そのために年間920億円を毎年投資するというのだ。英断か、大風呂敷か・・・。その3品目を独自開発出来ればめでたい。ソウルでの街頭インタビューでも、ある若者は「韓国は技術があるので、すぐ作れます」と言っていた。

 ところが残念ながら、韓国が逆立ちしても製造出来ないらしい。あるテレビの報道番組に出演していた専門家は「技術が高度であるため、10年、20年かけても同じような製品を作ることが出来ません」と断言した。「何とかなるさ」というのが韓国人気質だが、ここで広げた大風呂敷も実にノー天気ということになる。

 韓国の人は触れてほしくないだろうが、日本人の自然科学系のノーベル受賞者は23人、韓国はゼロである。この差は何なのか、韓国の人に考えてもらいたい。日本人は愚直に基礎科学の研究を長年積み重ね、その結果がノーベル賞だった。逆に目先のことしか関心がなかったのが韓国だ。

 今回の3品目も長年の基礎研究の成果である。お金ですぐ解決できるようなものなら、どの国でも作っているだろう。韓国の大見得と大風呂敷がはかない夢で終わらないよう、隣国として微笑みながら見守りたい。

 ただ一つ心配がある。私の友人は大手電機メーカーに勤めていたが、何十年も前、サムスン電子のアドバイザーとして引き抜かれた。友人からサムスンに企業秘密が漏れたのではないかとい疑念を今でも持っている。このように、家電も鉄鋼も造船もあらゆる技術が韓国に流れた可能性が高いと思う。

 韓国政府が大風呂敷として広げた900億円。それがそっくり日本人技術者の引き抜きに使われるとしたら大変だ。韓国にしてみれば、その方が手っ取り早いし、その手練手管にも実績がある。日韓の応酬は始まったばかりで、韓国の日本製品の不買運動も始まったらしい。韓国の断末魔にも見えるが・・・。

米朝の茶番劇を嗤う

 きのう、朝鮮半島非武装地帯の板門店で、米朝首脳会談が行われた。この問題についてブログを書こうと思うが、例えばドナルド・トランプ米大統領などいちいち肩書を書くのは面倒だし、文章も長くなるので肩書を省くことにした。 

 日本の新聞には「敬称略」という便利な言葉がある。私も記者時代、連載の最後に(敬称略)を付け加えることが多かった。この3文字を加えるだけで、社会的地位の高い人でも呼び捨てご免である。日本国の総理だって、「安倍晋三」と呼び捨てにしても誰からも文句を言われない。

 さて、大阪で開かれたG20サミットが終わると、トランプはその足で韓国に向かった。徴用工問題で日本から冷遇を受けた文在寅は、やっと自分の番が来たとの思いからか、喜々としてトランプを迎え、板門店に同行した。ただし、米朝首脳会談の会場に文在寅の席は用意されなかった。

 トランプはG20閉幕後に韓国を訪問することを明らかにしていたが、日本を離れる前日、ツイッターで「金正恩に会いたい」と書いた。そこで世間の耳目や関心は、金正恩がこれに応じて板門店に来るかどうかに集中した。先のハノイ会談で制裁解除を巡り、金正恩はトランプから袖にされたばかりだ。

 しかし、金正恩は大手を振ってやって来た。そしてトランプは、歴代大統領で初めて38度線を越え、北側に足を踏み入れた。トランプは歴史的な快挙だと自画自賛した。金正恩もトランプと抱き合い、アメリカがこれまでの間違いを正す瞬間になったと胸を張ったのだ。

 テレビでライブ映像を見ていた私は、余りにバカバカしく、苦笑した。これを「茶番劇」と言わずに何と言うのだろう。茶番劇とは、その筋書や結末、意図するところが分かり切った三流の演劇である。

 トランプは板門店で待ち構えていたテレビのマイクに向かい、「誰も予想出来なかったただろう」と自慢げに語り、鼻をヒクヒクさせた。金正恩も「ツイッターを見て、きのう思いついた」と語った。中継していたNHKも「首脳会談を誰も予想しなかった」などとコメントした。アナウンサーも雰囲気に飲まれたかのようだった。

 冗談じゃない。山奥で暮らす世情に疎い私のような者でも、トランプが書いたツイッターを見た瞬間、「出来レース」だと思った。そもそも一国の首脳が、ツイッターなるもので唐突に会談を呼びかけるなんてあり得るのか。それがトランプ流だと言う人もいるが、一国を束ねる最高指導者にしては軽い。

 しかも相手の金正恩は、石橋を叩いても渡らない男である。周到に準備し、四方八方に目を配る北朝鮮である。もし外交が失敗すれば、担当者には銃弾と強制収容所が待っている粛清の国柄だ。

 トランプと金正恩の意向を受けたスタッフは、「とにかくサプライズで行こう」と極秘の下準備を重ねていたに違いない。金正恩にしてみれば、ハノイの失敗で将軍様の権威が揺らぎ、国内的には失地挽回の機会になる。トランプは言うまでもなく、大統領再選に向けたパフォーマンスである。

 しかし問題は、北朝鮮の非核化である。それに向けたことは何も決まっていないし、先行きも不透明だ。トランプが経済制裁を断固続けるというポンペイオやボルトンといった北朝鮮強硬派を押しのけ、制裁緩和に向かえば国内外の批判にさらされる。

 この自作自演のトランプ劇場はどうなるのか。マッチポンプという言葉がある。自らマッチで火を付けておいて、自らポンプで火を消すという詐欺まがいの手法だ。今回のトランプは自分で火を付け、そこへ灯油をぶっかける。後先を考えないからこちらの方が始末に悪い。どちらにしても偽善的だ・・・。
 

 

梅雨入り・・・ササユリが匂う

 きのう6月26日、近畿地方が梅雨入りした。観測史上最も遅い梅雨入りで、昨年より21日遅いという。梅雨は嫌いでない。自然の風景がしっとりと目になじむ。

 ここ生石高原では前夜から雨が降り始め、雨に打たれた森からはみるみる生気が満ちてきた。そして梅雨入りを待っていたように、山小屋の周りに自生するササユリの花が咲き始めた。

IMG_0594_201906271107332f7.jpg

IMG_0586_20190627110429055.jpg

 ササユリは、その立ち姿が美しい。俗な表現を使えば、小股がきれ上がったイイ女となる。風に揺れる様も風雅である。

 その匂いは、甘く、ちょっと切なげである。美しい女性に対する最高の誉め言葉は「匂い立つような」という形容だろう。ササユリが咲くと、私は花芯に鼻を近づけ、その匂いを嗅ぐ。たまに、赤い花粉が鼻先に付き、笑われることがある。

IMG_0597_20190627110732b56.jpg

IMG_0589_2019062711073593b.jpg

 ここ何年か、ササユリの花芽が何者かに食べられてきた。花芽だけが鋭い刃物で切り取ったようになっていたのだ。最初は野鳥やリスなどを疑ってきたが、それよりもこのあたりを徘徊するニホンカモシカの仕業だと思うようになった。

 そこで今年は、ササユリが自生する30坪ほどの空間にロープを二重に張ってみた。それが功を奏したのかどうか分からないが、被害はなかった。これから7月初旬にかけ、順次、美しい花を咲かせるはずだ。

 梅雨を迎え、山小屋の周りは色彩に満ちている。ツツジやエゴ、スイカズラ、ウツギの花がほぼ終わり、紫陽花が咲き始めている。昔、家内が植えた「京鹿の子」も美しい花を咲かせた。和風の趣がある。同じ名前の和菓子もあるが、食べたことはない。

 梅雨は祇園祭の巡幸の頃まで続く。わが山小屋は連日霧に包まれ、時々、雲海が姿を現す。草木はこの時とばかりに活気づく・・・。

IMG_0609_20190627111309aca.jpg

IMG_0610.jpg

IMG_0602.jpg




 

蒲鉾はトト(魚)か? 野党の愚問

 「カマトト」という言葉をご存じだろうか。関西由来の言葉らしく、それ以外の土地の人には分からないかもしれない。本来は、ウブなふりをする遊女のことをそう言ったらしい。次のような解説もある。江戸時代、上方の遊女が蒲鉾を魚(とと)か?と尋ねたことに由来するらしい。知らないふりをして男心をくすぐったのだろう。

 私たちの青春時代、相手にしてくれないツンとすました女性を指し、「あいつ、カマトトや」と陰口をたたいたものである。つまり清純そうに振る舞っているが、知らない所で何をしているか分からないというモテない男の屈折したひがみである。カマトトはそんな青春時代を思い出す言葉で、久しく使ったことがなかった。

 これを思い出させてくれたのは、いわゆる「老後2000万円」問題に対する野党の反応である。改めて説明するまでもないと思うが、要するに将来の年金生活に備え、2000万円くらい貯めておかなければならないという金融庁審議会の報告である。野党は初めて聞いたかのように政権批判を強めのだ。

 まさしく、これを「カマトト」という。今更金融庁に教えてもらわなくても、国民の多くは薄々気付いていたことなのだ。それなのに、「国民に対する裏切りだ」「年金の100年安心は嘘だったのか」と騒ぎ立てた。少子化が進み、高齢者を支える働き手が少なくなれば、年金財政が苦しくなるのは自明の理である。

 野党にしてみれば、この「老後2000万円問題」は参院選を前に恰好の政権批判の口実を手に入れたことになる。2009年の総選挙では、自民党のオウンゴールもあったが、、消えた年金問題をテコに民主党が圧勝し、政権交代が実現した。自民党にしてみれば年金は鬼門であり、今回も悪夢が蘇ったことだろう。

 そもそもこの問題を政争の具にするのはおかしな話だ。国民の不安は大きいのだから不安を煽るだけなら、百害あって一利なしである。一方、麻生財務大臣が意に沿わない審議会報告書を受け取らないというのは、これはもう論外である。年金問題は国の根幹にかかわる問題だから、与野党が知恵を出し合わなければならないと思う。

 6月19日、国会で党首討論が行われ、やり取りを聞かせてもらった。立民、国民、共産が年金問題、維新が解散問題を取り上げた。各党から目を引くような提案がなかったのは残念だった。

 それよりも、国民の玉木代表が「30年後(?)には年金財政は枯渇する」と発言すると、野党議員の間から大きな拍手が沸き起こった。われわれの年金財政が枯渇することを喜ぶがごとくである。政権を批判するのはいいが、このようなことで拍手するのはいかにも狭量だと思うが、どうだろう。

アサギマダラが来た

 1週間ほど前、正確には白内障の手術をし、1泊の入院から帰った6月14日のことである。昼ご飯を食べ終え、外の様子を見るため玄関に出ると、1匹のやや小ぶりのアサギマダラが優雅に飛んでいた。

 やがてこの美しい蝶は、私の顔に触れんばかりに近づいてきた。写真に撮ろうとカメラを取りに家の中へ入ったが、戻るとすでに蝶はいなかった。きっと戻ってくると思い、玄関の椅子に腰かけ、10分ほど待ったが戻って来なかった。

 小一時間の後、再び外に出るとアサギマダラが帰ってきていた。これもやや小ぶりで、先ほどの蝶と同じに違いない。近くに置いていたカメラで10数枚の写真を撮った。

IMG_0562_20190618091344132.jpg

IMG_0565_20190618091344e02.jpg

 6月の中旬に早くも姿を見せたのは驚きだった。私のブログを検索すると、アサギマダラを記事にしたのはここ最近5年間で計15回あり、最も早い目撃は昨年の6月19日だった。大抵は7月に入ってからの目撃が一番多く、10月半ばまで飛来が続く。

 飛来した時期と目撃の時期は同じではなく、早くから来ていても見かけなかっただけの場合もあるだろう。いずれにしても、山小屋に来る時期が早まったのには、それなりの理由があると思っている。

 何年か前のNHKテレビの番組で、熊野古道沿いに暮らす老夫婦がアサギマダラを呼び寄せようと、フジバカマの苗を園芸店で買い、自分の畑に植えていた。私もこれをヒントに、アサギマダラが立ち寄ってくれる環境を作ろうと思い立ったのが3年前だった。

 手始めに、岐阜の御岳山中腹に自生していた植物を持ち帰り、山小屋のそばに植えた。この植物の花にはアサギマダラが群がり、盛んに蜜を吸っていた。葉の形や花の特徴からヒヨドリバナに間違いないと思った。このヒヨドリバナには今、ビー玉ほどの花を付け始めている。

 昨年の7月上旬、ヒヨドリバナは満開になり、10匹以上のアサギマダラが連日やって来て、花の蜜を吸った。しかも朝から夕方までここに居続けた。アサギマダラは遠く台湾あたりまで1000キロ、稀に2000キロも旅する蝶で、長旅に備えてわが家で英気を養っていたのだろう。

 昨年には、知り合いから好物とされているフジバカマの苗をもらい、移植した。今年は20株くらいに増え、秋には花を咲かせると思う。敷地にはアザミもたくさん自生しており、草刈りの際はこれだけを残すようにしている。

 四国各地には、八十八か所を巡礼するお遍路さんのために、無料で泊まれる「善根宿」がある。四国特有のお接待の一つの形である。私が目指すのは、わが山小屋に花を増やし、アサギマダラのための「善根宿」を作ろうという考えだ。長旅を続けるアサギマダラが逗留し,休息してくれればうれしい。

 なお、今年最初に見た14日以来、その後一度も姿を見ていない。花がまだ小さく、蜜が少ないからだろうか・・・。

IMG_0574.jpg
     ↑ ヒヨドリバナの花

IMG_0577.jpg
     ↑ フジバカマ

IMG_0576.jpg
     ↑ アザミ

白内障手術が終了・・・この世は美しい

 白内障で左目を手術したのは2週間前だった。この間、手術をしていない右目と手術した左目を交互に手で押さえ、外の景色の見え方を比べる日々を続けていた。手術した方の左目には、これまで見たこともないような美しい青空が映り、右目では空が曇り、今にも雨が降り出しそうに見えた。

 物が見えにくくなった数年前から、こんなにも世の中の色彩が濁って見えていたのかと、愕然とした。白内障は老化現象の一つであり、濁った水晶体をレンズに取り換える手術はいつごろから始まったか知らないが、昔の人は濁った景色を生涯見続け、気の毒だと思った。

 さて、いよいよ右目の手術を受ける日が来た。正直、期待と不安は半々だった。前回は経験が浅い若手医師が執刀し、手術台の上で40分以上も辛抱しなければならず、耐え難い時間だった。普通の手術なら20分ほどで終わると聞いていたので、何か不都合でもあったのかと不安にさいなまれた。

 私の不満を察知した医師は、「右目の手術はベテランの女医にやってもらいます」と言った。医師には気の毒だが、やはりその方が安心できる。ただ、メスを入れるまでの前段は彼が担当するとのことで、彼のプライドを考えればとても「イヤ」とは言えなかった。

 前回の手術では、医師の顔がぼんやり見えていたが、今回は布で覆われ、誰が何をしているか分からなかった。「麻酔しますね」という声は確かに若手医師のものだった。麻酔も女医にしてほしかったが、もはや俎板の鯉であり、どうしようもない。

 麻酔が効いてきたら、いよいよ眼球にメスが入る。私にはもう、疑心暗鬼が渦巻いている。本当に女医がメスを握っているのか、それとも布で見えないことをいいことに、若手医師が勉強のために手術をしているのか・・・。疑えばキリがない。

 手元の広辞苑で疑心暗鬼を引くと、「疑心が起こると、ありもしない恐ろしい鬼の形が見えるように、何でもないことまでも疑わしく、恐ろしく感じること」とある。私も同じ心理状態に陥り、失明するかもしれないとさえ思え、手術台から飛び降りたくなった。

 手術室に無言が続いていたが、やがて女性らしい吐息が耳元で聞こえた。約束通り女医がメスを振るっていたのだ。吐息は、妙に色っぽさがあり、場違いな不埒な感情を恥ずかしく思った。そして手術も終盤、女医は「レンズを」とスタッフに指示した。レンズを入れれば終わりである。時間を計った訳ではなかったが、前回より半分以下の20分ほどのように思えた。

 私はこの若手医師を批判しているのではない。術後、必ず病室を訪ねてくれ、状態を聞いてくれた。休診日でも診察してくれた。素直さと勤勉さに感心しているのだ。きっと将来は、患者の声をよく聴き、白内障の手術も熟練し、名医の一人になっていると思う。

 手術の翌日、診断を受けた。眼帯を外してもらうと、実に良く見えた。青空は青く、白色は雪のように白かった。いつも見ていたこの世の風景が変わった。そして医師は、気の毒そうにこうも言った。「麻酔する時、ちょっと眼球を傷つけ、内出血してパンダようになっていますが、すぐ治ります」

 病室に帰って鏡を見た。下まぶたが赤紫色になっていた。もう、ええ加減にせい・・・。

 

結界の霊力がササユリを守る

 3年前の今頃の季節だった。山小屋の周りに自生しているササユリの花芽だけが、スパッと切り取られていたのだ。これまでこのような被害はなかった。数十株はあるササユリの8割ほどが被害に遭った。

 何者の仕業だろう? 野鳥やリス、イノシシなどを疑ってみたが、裏付けるようなものは何もなかった。その頃、山道を散歩していると、イタドリやヨモギの新芽が刃物で切り取ったようになっているのを見かけた。

 その切り口がササユリとよく似ていた。この道では、たまにニホンカモシカを見かけることがあったので、犯人はカモシカかもしれなかった。山小屋の近くにもしばしば出没している。

 山小屋の裏手に自生しているササユリを食害から守るため、ロープを二重に張り巡らしてみた。その範囲は20坪か30坪くらいで、30ほどの株が花芽を付けていた。今のところ被害はないが、ロープはそれなりに効果があったのだろうか。

IMG_0515.jpg

IMG_0518_20190610083148feb.jpg

 もし犯人がカモシカなら、鼻先にロープが触れれば警戒するだろうと思ったが、よく考えればカモシカの背丈なら簡単に踏み越えることが出来る高さである。ただのまじないみたいなものだった。

 しかし今後、このままササユリを守ることができたとすれば、ロープで囲った空間は宗教用語でいう「結界」である。そこにはカモシカの侵入を許さない神秘なエネルギーが満ちていたのだ。たわいのない空想だが、神秘な気分になる。

 結界は日本中にある。仏教は幕で囲み、神道はしめ縄でそれぞれ結界を作り、聖なる場所と俗なる場所を区別している。奈良の女人禁制の山上ヶ岳を歩けば、「女人結界」の石碑に出くわし、厳粛な気持ちになる。

 ネパールでトレッキングした時、小高い丘の上にロープが張られ、それがまるでしめ縄のように結界を作っていた。ヒンズー教かチベット仏教のものか分からなかったが、日本人の心情と通じるものがあり、親しみを感じて写真に何枚も収めた。

IMG_6423.jpg

 

白内障手術・・・でも視界不良

 どうやら、少々はしゃぎ過ぎたようだ--。5月30日に受けた左目の白内障手術の直後、窓から見た向かいのビルの壁が余りにも白く、感動したのだ。手術をしていない右目で同じビルを見ると、黄色く薄汚れて見えたから、一層感動したのだ。

 しかし一夜明けると、どうも見え方が変なのだ。外の景色を見ると、確かに白色はきれいに見えたが、輪郭がぼやけているのだ。医師は、遠くが良く見えるレンズを入れると言っていたので、これでは話が違う。なぜだろう・・・。

 手術翌日のこの日は土曜日で病院は休みだが、担当医から念のため診断するので来院してほしいと言われた。休診日に診療すると言うので、仕事熱心な医者だなぁと感心した。

 しかし同時に、疑念も抱いた。白内障の手術は普通20分、熟練医は10分程度と聞いていたが、私の場合は40分以上もかかっていた。医師は若く、経験不足は本人も認めていた。手術に手間取り、何か不都合があったのだろうか。

 私が手術を受けた日の患者は計5人だったが、休診の土曜日に診察を受けたのは私一人だけだった。悪く言えば、医師に何か心配な点、あるいは後ろめたいものがあったと思うのが普通だろう。

 その休診日、病院内はガランとしていた。看護婦もいない診療室で医師と向き合った。なぜ遠くが見えないのか、医師の見解を聞いた。医師は「眼内レンズが後ろか前に少しずれているかもしれませんね。中にはこんなケースもあります」と言った。

 視力検査をすると、適正なレンズでは1・0程度見えた。医師は「それでいいじゃないですか。白色もきれいに見えているから、手術の効果は出ていますよね」と言った。おいおい、冗談じゃない。メガネをかけなくても遠くが見えると言っていたじゃないか。

 私は新聞記者時代、司法を担当していたことがあり、数は少ないが医療過誤の訴訟も取材したことがある。現代とは違い、何十年もの昔、医師側の鉄壁を崩すのは容易ではなかった。最大の問題は、医療行為とその結果の因果関係を立証することの困難さだ。

 だから今回の場合、仮に医師側にミスがあったとしても、私はミスを認めさせよういう追及はしない。医師がミスを認めるはずがないからだ。作戦を変え、年金生活者の困窮と、手術台に乗った時の恐怖を訴えることにしたのだ。

 日曜日をはさんだ月曜にも診察を受けた。その際、これから行う右目の手術をキャンセルしたいと申し出た。目を開けたまま、40分以上も水晶体を取り出す不気味な音を聞き続けるのは耐え難いというのがキャンセルの第一の理由である。

 第二は、費用対効果が得られないという理由だ。入院費を込みで片目だけで4万円以上かかり、年金生活者にはきついのだ。また同じ効果しか得られないのであれば、手術を受ける意味がない。「我慢して生きていきます」と訴えた。

 これは私の深謀遠慮である。この病院の眼科の医師はベテランの女医と、私を担当した若い医師の2人しかいない。私の本音は腕が立つ女医に右目を執刀してもらいたいのだが、それを言えば若手医師のプライドを傷つけてしまう。

 詳しいやり取りは省くが、ついに若手医師は「女医さんに執刀してもらえるよう頼んでみます。私は助手に回ります」と言ってくれた。右目の手術は10日後の予定だが、若手医師には悪いが、ひと安心である。医師育成のための実験台になるほど、私は優しい人間ではない・・・。

 

カレンダー

06 | 2019/07 | 08
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

月別アーカイブ

ブログ内検索

全記事表示リンク

訪問者数

ランキング参加中!

PR

PR

PR