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女心と秋の空

 紅蓮の夕日が紀淡海峡の上空を焦がした。余りにも美しかったので、山小屋のデッキから写真に撮った。夕日が赤く染まると、翌日は好天になることは子供のころから知っている。

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 しかし、「女心と秋の空」という恐ろしい例えもある。秋の空は女心のように移り気だから、気を付けねばならない。確かに、私の拙い経験から言っても、手のひらを返したように豹変する性悪女を何人も見てきた。

 ともかく、赤い夕陽は翌日の好天を予兆しており、にわかに鮎釣りに行こうという気になった。ただ問題は4連休である。有田川にも釣り人が押しかけ、追っ気のある鮎はあらかた釣られているだろう。だからそう簡単には釣れまい。

 釣りに奇策は通じない。常道というものがある。オーソドックスに白波が立つ瀬で竿を出してみた。半時間もすれば、出会い頭に1匹くらい掛かってもおかしくないが、オトリ鮎はすいすいと泳ぐばかりである。

 今シーズンよく釣れた場所に移動してみた。ひと頃、石の周りでは銀色の腹を返す鮎がたくさん見られたが、今では1m四方に1、2匹いるだけである。この鮎は縄張り意識が低い遊び鮎で、まず釣れることはない。

 最初の1時間余りは徒労に終わった。釣りに奇策はないと書いたが、もう理屈をこねている場合ではない。てくてくと20分ほど河原を歩き、足のくるぶしほどの浅い場所に向かった。私の鮎釣りの師匠M名人はかつて、鮎の背びれが見えるくらいの日高川の浅瀬で妙技を見せてくれたことがあった。

 浅場で釣るのは奇策とまで言えないが、そんな場所で竿を出すのは勇気がいる。まだ使っていないもう1匹の元気なオトリを浅瀬に送り出した。竿を立ててオトリを下流に誘導し、そこから上流に遡らせた。

 オトリが石と石の間を通過した時、上流に向けて光が走った。物凄いスピードだ。オトリと掛かり鮎が空中に飛び上がったように見えた。寄せようとしたが、くるくると円を描き、結構な馬力で走り回った。タモでキャッチしたのは20㎝を超える良型だった。

 それからもぼちぼち釣れ続けた。竿先に感じていた魚の重みが不意に消えたと思ったら、糸に付けた目印が思わぬ方向に飛んでいた。これも20㎝ほどの黄色い鮎だった。よそ見をしていたら、グイッと手元をひったくられることも何回かあった。

 予想外の釣れ具合だ。近くには釣り人はおらず、このまま内緒にしておきたい。釣れたぞーというパフォーマンスは禁物である。さぁこれからと思った時、川面にポツポツと雨の波紋が広がった。

 タモの中には今しがた釣れたばかりの鮎が泳いでおり、もつれた糸をほどけばこの鮎をオトリに送り出す。ところが、老眼の度が合っていないのか、あたりが暗くなって見えにくくなったのか、もつれた糸の具合はひどくなるばかりだ。

 雨脚は一層強くなった。背中に冷たい雨が伝った。「女心と秋の空」とはよく言ったもので、秋の空模様はかくのごとき急変する。まだ昼時までに時間はあったが、ずぶ濡れになりながら竿をたたんだ。釣果は計17匹。性悪女のような天候に翻弄されたが、十分満足した。

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冬に備えるヤマガラ

 うるさくてしようがない。朝起きると、ヤマガラに餌のヒマワリの種を催促され、閉口しているのだ。ヤマガラが餌を欲しがるのは日常のことだが、このところその頻度が激しい。

 朝、昼、夕方の3回ほどウッドデッキの餌台にヒマワリの種をひと握り置いてやるのが日課だが、最近はそれだけでは足りず、ガラス戸越しにホバーリングを繰り返し、餌を催促するのだ。

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 それだけではない。お気に入りのベンチの背もたれに止まり、じっと私を見つめる。視野の端にヤマガラがいつもチラチラしていて、落ち着いて新聞を読めないし、テレビを見ていても気が散る。

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 だから、私と家内は交代でデッキに立ち、手のひらに餌を置いて食べさせる。ヤマガラは入れ替わり立ち返り手のひらに乗り、餌をくわえて森に飛び立つのだが、うるさいと言いながら、ヤマガラが自分の指に爪を立てる時の感触がくすぐったく、気持ちいい。

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 デッキに集まるヤマガラは10羽余り。以前に比べると三分の一ほどに数が減った。その半数は何の警戒心も見せず手に乗るが、残りは物欲しげな表情を見せるだけで、決して近づかない。ちょっと憎らしくなり、意地悪して餌台から餌を回収することもある。

 ところで、このところどうして餌を催促する頻度が多くなったのか。自分で食べる回数が増えたのではなく、秋の深まりとともに 「貯食行動」が活発になったからだ。貯食とは、木の実などが不足する冬に備え、餌を地中に埋めたり、木の穴や積み上げた薪の隙間に隠したりする野鳥独特の習性だ。

 それにしても、ヤマガラは自分が隠した場所を覚えているのだろうか。GPS機能のようなものを備えているのか、それとも下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる式で、そこらじゅうを掘り返しているのかもしれない。ただ、春になるとヒマワリがあちこちで芽吹くから、食べ残しがたくさんあるのだろう。

 冬にひもじい思いをさせては可哀そうなので、1日に50粒ほど餌台に落ちるような装置があればいいなぁ、と思ったりする。でも、そんな装置があるとは聞かない。こうしてパソコンのキーを叩いている時も、ヤマガラは物欲しげに家の中を覗いている・・・。

鮎釣り散々・・・

 わが家がある生石高原は、一気に季節が入れ替わった。朝の気温は15度と肌寒く、薪ストーブに火を入れる誘惑にかられる。ただ、薪がもったいないのでそうはしないのだが・・・。里の気温はここより5、6度高いが、それでも鮎釣りに行くのは億劫になってしまう。

 台風9、10号が九州をかすめ、近畿地方にも雨を降らせた。ホームグラウンドの有田川は未だに増水したままで、われら高齢者が鮎釣りの竿を出すのは危険である。しかし、ダムからの放流が少ない粟生地区は、ひざ下くらいの水位なので釣りは可能だ。

 しばらくの間、鮎釣りをしていなかったので、意を決し、釣りに行くことにした。前日の日曜日は粟生地区に釣り人が集中し、大変な混雑だったという。その人出で鮎が落ち着かず、釣られる鮎も多く、恐らく釣り荒れが起きているに違いない。

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 そんな心配をしながら川に入った。月曜日とは思えない釣り人の数で、上流5、60mの間に3人、下流の見える範囲には4人がいた。空いていたポイントで竿を出し、5分ほどで1匹目が掛った。20㎝ほどで、オトリにするには申し分がない。

 これなら釣れると思ったのが大間違い。オトリは元気に縦横に走っているが、1時間に1匹釣れる程度のペースだ。しかも混雑していて、気が付いて上流の釣り人を見ると、5mほどに迫っている。仕方なく下流に移動して間隔を空けると、また迫られるという繰り返しだ。

 これではゆっくり釣りを楽しめないので、河原でしばらく休憩することにした。すると、お尻のへんが冷たい。タイツに穴でも開いているのだ。合成ゴム用のボンドを買ってきて修理したはずなのに、接着具合が悪いのか、別の場所から滲みているのか。ゴムの接着は意外と難しいものだ。

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 釣りに復帰したが、下半身がかなり濡れ、特にキ●玉が縮み上がっており、寒い。あまり深い場所には入らず、丹念に岩の周りをでオトリを泳がせ、何とか2匹を追加した。そのうち下流から釣り上がって来た釣り客に押し出され、移動を余儀なくされた。

 ここまでの釣果は3匹で、晩のおかずにするには足りない。トコロテンのように押し出されたので仕方なく、場所を替えることにした。深場は危険なので入りたくなかったが、釣果を上げるためヘソ上まで水に浸かり、竿を出した。

 水が少し濁っているので川底の形状が分からず、川面の流れの変化を見てオトリを泳がした。すると、ピンクと緑の目印がストンと水中に引き込まれた。掛った鮎は上流に走った。浅い場所に移動し、引き寄せにかかったが、馬力が強くなかなか浮かせられない。

 それでも何とか引き抜きの態勢に入り、水面ギリギリでキャッチした。22㎝以上もある良型で、これをオトリにしてポツリ、ポツリと釣果を追加した。釣果は6匹と少なく、半日で20匹前後を釣っていたひと頃の好調さはウソのようだ。

 釣果が伸びない上、浸透してくる冷たい水で徐々にやる気を失い、午前中で早々と撤退した。

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根に持たれる離党

 自民党総裁選は、14日の選挙に向け、各陣営の多数派工作が熱を帯びている。石破茂元幹事長、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長の三つ巴の争いだが、派閥のほとんどは安倍総理の路線を引き継ぐ菅さんを支持しているから、勝負の行方は菅さんで決まりのようである。

 2、3位争いは石破さん、岸田さんの今後を占う試金石と言われる。ところで、3回目の出馬となった石破さんは地方党員の支持が強味とされているが、今回もその行方が興味深い。それにしても、なぜ石破さんは国会議員に不人気なのだろう。石破さんに対する怨念のようなものが渦巻いているかに見える。

 それは1993年のこと。非自民連立の細川政権が誕生すると、石破さんは「自民党の時代は終わった」と言って自民党を離党した。党員や支持者の間では、「自民党が一番苦しい時に裏切られた」と口をそろえるのだ。4年後の1997年に復党したが、その時の恨みが今なお尾を引いているのだ。

 今回の選挙で石破さんが掲げた「納得と共感」というキャッチフレーズが、意味深長で面白い。普通に解釈すれば、国民の納得を得て、共感してもらう政策を推し進めるというものだろう。これに対し意地悪な見方をすると、安倍政権には納得をしていないし、共感も持てないというものだ。それが本意なら、いかにも石破さんらしい。

 ところで、前哨戦を展開していた先日、石破さんは歯科医院で治療を受ける場面をテレビに撮らせ、その翌日には理髪店にまでカメラを招き入れた。テレビの露出度を重要視する戦略は、私の大好き(?)な東京都知事の小池百合子さんと相通じるものがある。ともに、基本的にはポピュリストなのだろう。

 本題からそれるが、石破さんの行動や言動について、佐賀藩武士道のバイブル「葉隠」の一節と重ね合わせてみた。「葉隠」は江戸時代中期、佐賀藩士山本常朝が武士としての心得を口述したもので、なかなか過激な内容だ。「武士道とは死ぬことと見つけたり」というフレーズが有名だ。本文を読んだことはないが、現代語訳3冊を読んだことがある。

 手元に資料がないので正確でないかもしれないが、こんな一節を覚えている。城内で藩士同志が口論となり、その一人が斬られた。この時代、喧嘩両成敗が武士の掟だが、佐賀藩では斬られた藩士に切腹を命じ、斬った方は不問に付した。斬られた藩士には背後からの刀傷があり、敵に背中を見せ、逃げたと判断されたのだ。

 別に古臭いことを言いたい訳ではないが、逃げたり裏切ったりする行為は、いつの世も相手から根に持たれるものだ。石破さんが党内から不人気を買うのは、かつて自民党を見限ったからだろう。しかもそれが、政権から転落した一番苦しい時だった。政治の世界には怨念や嫉妬、自尊心など特異な感情が渦巻いていて、その政治劇はなかなか見応えがある。

アサギマダラ、お帰り

 1週間ほど前の話である。鮎釣りに行ってくたびれ果て、山小屋への階段を重い足取りで登っていると、デッキから私を見下ろしていた家内が「来てるわよ」と声をかけた。「誰が?」と問うと、「ほれ、そこに飛んでいるでしょう」と言った。

 その不意の訪問者は、旅する美しい蝶で知られるアサギマダラだった。敷地の斜面で栽培している山ウドの花に2匹が止まっていた。しばらくするとその場を離れ、あたりを優雅にひらひらと飛び、また山ウドの花に止まった。2匹は夫婦だろうか。

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 このような場合、私はカメラを取りに山小屋に駆け込み、アサギマダラを撮影することにしているが、この日は疲れていてその気にはならなかった。今から思うと、写真を撮っておけば良かったと後悔している。

 それにしても、今年は変である。アサギマダラが好むヒヨドリバナやフジバカマの花はとっくに咲いているはずなのに、まだ咲いていないのだ。その原因は分からないが、梅雨が長引き、日照時間が少なかったことと関係しているのだろうか。

 例年、6月ごろには山小屋の周辺に姿を見せ始め、10月ごろまではよく見かける。しかし今年は花が咲かないので、当然、寄り付かなくなっているのだと思う。今年最初に見かけたのは8月12日早朝で、その後は生石高原に通じる道で2回目撃しただけだった。

 山ウドは20株以上栽培しているが、この花に止まっているのを見たのは初めてだった。花は仁丹ほどの大きさで、このような小さな花からも密を吸っているのも驚きだった。アサギマダラが好むフジバカマの密には毒があり、体内にその毒を貯め込み、外敵などから身を守るそうだが、山ウドの密にも毒があるのだろうか・・・。ふと、そんなことを思った。

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 わが山小屋にアサギマダラがやって来ると、何となく心が温まる。1000㌔、2000㌔の遠距離を旅する蝶で、和歌山でマーキングされた蝶が香港で見つかった例もある。旅の途中、わが家を選んで滞在してくれることがうれしいのだ。姿を見かけると、思わず「お帰り」と声を掛けたくなる・・・。

入れ掛かり

 台風9号が北上を続けているが、近畿地方に風や雨の影響が出ないうちにと思い、有田川へ鮎釣りに行った。いつも通り、竿を出したのは粟生地区だ。上流には男女3人の先客がいた。しばらく眺めていたが、それほど釣れている様子はない。

 それでも期待に胸を膨らませ、オトリに鼻カンを通し、緩やかな瀬に誘導した。元気なオトリは上流に向けて潜るものだが、このオトリは少し覇気がなく、上流に向かおうとしない。その辺をウロウロしているばかりでは、野鮎のテリトリーに侵入することはない。

 とは言え、早々ともう1匹のオトリに交換していては、後で困ることになりかねない。そのままオトリをここぞと思うポイントに入れ、あれこれ操作したが、いかんせん弱ったオトリでは役に立たない。苦戦しながら釣り始めて40分ほどが経過した。

 そんな時、通りかかった30代くらいの二人の若者から、「釣れますか?」と声を掛けられた。「まだ1匹も釣れていな。下手糞やからしゃーないな」と自嘲気味に答えた。青年からは「そのうち釣れますよ。頑張って下さい」と励まされ、下流に歩いて行った。

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 若者から同情してもらうなんて情けない。ここは心機一転、元気なオトリに交換して出直すことにした。それから20分ほど経っただろうか、オトリが上流から、さらに対岸へと走った瞬間、掛った鮎が大きな弧を描いた。

 1匹目が釣れるまでに1時間かかった。これをロスと取るか、次につながる踏み台と取るか・・・。私は楽観主義者だから、もちろん後者である。その答えが出たのは数時間後だった。今シーズン初めての歓喜の瞬間ががやって来たのだ。

 上流から下流へ、下流から上流へと移動しながら10数匹釣れた。3時間半ほどの釣果はこんなものである。少し足が疲れたので、手提げバッグを置いていた場所に戻り、ごつごつした河原で横になった。下半身を川に浸し、熱中症にも備えた。すると元気になり、まだ早かったが、おにぎりを一つ食べた。

 ここで1時間ほど体を休ませた後、その場で元気なオトリを曳き舟から取り出し、鼻かんを通して下流へ放った。黒い岩盤でいきなり、鮎がくるりと弧を描いた。そして流心に突っ込んでいく。竿を寝かせて浅瀬に誘導するが、びくともしない。自分から川を下るしかない。

 引き抜こうと竿を立てたとたん、再び流心に戻り、潜った。余り無理すれば糸が切れる。じわじわと浅瀬に戻してもまた潜られる、その繰り返しが3度、4度、何とか鮎が顔を見せた。大きい。23㎝はあるだろう。もたもたしてはいけないので強引に引き抜き、タモに入れた。

 これをオトリにするのはもったいないので、別のオトリに取り換え、竿を立てた。するともう鮎が掛かっているのだ。次も5mも行かないうちに掛った。次はその場からすぐ上流で掛かり、詳しいことは覚えていないが、少なくとも10連発、いやそれ以上の入れ掛かりだったと思う。この日の釣果は、18、19㎝を中心に計27匹だった。

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 釣り人にとって「入れ食い」というフレーズは夢のような出来事である。仕掛けを垂らせばすぐ釣れるという垂涎の情景である。私のブログの友は「イレグイ号クロニクル」というブログ名を付けているほどである。

 鮎釣りでは「入れ掛かり」である。3匹、4匹連続で釣れても立派な「入れ掛かり」であるが、なんせこちらは10連続である。長年、鮎釣りをしているから、そんなこともあるだろう。記憶に残るのは、南紀日置川の笹が瀬というポイントで52匹釣ったことがあるが、20連発以上の夢のような本当の話である。

 芥川作家の故開高健さんは随筆で次のように書いている。「釣り人から話を聞く時は、彼の両手を縛って聞け」。つまり、釣り人というのは、釣った魚の大きさを語る時、両手でこれくらいの大きさだったと表現する。つまり、話は常に大袈裟だという自嘲的な体験談である。しかし、私の10連発は誇張ではない・・・。

鮎と太刀魚

 ブログを通じて親交を結んでいるイレグイ号さんは、昨日27日の夜明け前、和歌山市内の港を愛艇で出航し、紀淡海峡で太刀魚釣りの仕掛けを流していたはずだ。そして午前6時半ごろには、生石高原のわが家に電話をかけてくれた。「ひまじんさん、今日は家にいますか」という内容だった。

 恐らく、太刀魚が釣れ、釣果をわが家に届けてくれるというのだろう。皆まで言わなくてもそこは以心伝心、イレグイさんの腹積もりは読めた。しかし、この日私は鮎釣りに行くことにしていたので、イレグイさんと会うことが出来ない。多分、イレグイさんは太刀魚を家内に届けてくれるのだろう。

 さて鮎釣り。午前7時過ぎには、ホームグラウンドの有田川に向け、家を出た。どこで竿を出すか迷ったが、結局、粟生地区にした。ここは発電用の水を流していない「空白地区」で水位が低く、水のほとんどが清流の五村川から流れ込んでおり、水質が良い。その上水位が低く、私たち高齢者には安全だ。

 入川しようと思っていた場所には先客がいたので、ずっと上流のチャラ瀬で竿を出した。最初の15分ほどで1匹目が掛り、元気なオトリが確保できた。徐々に釣り下り、5匹釣れた。下流を見ると、入りたかったポイントに先客は姿を消しており、ガラ空き。えらく見切りの早い人だなあと感心した。

 家内に電話を入れると、イレグイさんは今わが家に来ているという。持ってきてくれた太刀魚はクーラー満杯、20匹は下らない量だ。折角来てくれたのだから、釣った鮎を持って帰ってもらいたかったが、たったの5匹では様にならない。

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 電話を切って釣りを再開すると、いきなり川面に閃光が走った。鮎はグイグイと上流に走った。糸が川に突き出た石を巻き込みそうになり、竿を上げて何とかかわした。鮎を川下に移動させ、引き抜こうとするが、鮎の重みで竿がたわみ、寄せるのに難儀した。やっとこさタモに入れた鮎は今シーズン最長の目測23センチ。

 ここから釣り下り、3、4匹掛けた。さらに100m上流まに移動し、20㎝ほどのいい型を何匹か釣った。すると、ポツポツ大粒の雨が降り出した。これはチャンスだと思った。雨が降れば鮎が活性化し、よく釣れるという伝説があるのだが、これも時と場合によるのだろう。まったく釣れなくなった。

 雨は次第に強まり、川面は跳ね返る雨粒で川の中はまったく見えない。容赦なく体の中に入り込む雨で、夏といえども少し寒い。バケツをひっくり返したようなという表現があるが、まさにそれ。雨が止む気配はなく、計18匹の釣果で午前中の釣りを終えた。

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 家に帰り、イレグイさんが持ってきてくれた太刀魚をみてその多さにびっくりした。魚の幅が指5本という大型が何匹もいた。20匹以上の太刀魚をさばくのは家内の仕事、ご苦労さんなことである。家内を褒めるのも何だが、家内は太刀魚を三枚に下す達人である。身のロスがほとんどない。

 山小屋仲間の奥さんかにおすそ分けしたが、早速、「こんなに美味しいの食べたことがない」というお礼の電話をもらった。家内は得意げに、「1本釣りと網で獲った魚の味は断然違うわよ」と鼻高々だった。わが家では天ぷらで食べたが、脂の載ったフワフワ、ホクホクの分厚い身を堪能した。

 鮎釣りは10月初旬まで続けるが、糸、針、鼻かんなど仕掛けのパーツが不足している。そこで、釣具店への買い物を兼ねて、イレグイさんにこの日釣った鮎を届けた。もっと多ければ良かったが、これが私の実力だ。お土産に手提げ袋いっぱいのサツマイモをいただいた。鮎は役に立つ・・・。
  

久々の雨・・・鮎21匹

 先週の土曜日、8月22日の昼前だった。みるみる空が黒くなり、大粒の雨が降り出した。雷も激しく、落雷に備えてパソコン、テレビ、給湯器などの電源を切った。6年前、わが家のテレビアンテナに雷が落ち、ほとんどの電気製品が使えなくなった。この苦い経験から、ピカッと光ったらこのように予防策を講じている。

 雷は大したことはなかったが、5、6時間にわたり、強い雨が降り続いた。和歌山の梅雨明けは7月31日で、それ以来、わが家の周辺地域では一滴の雨も降らず、木や草は元気をなくしていた。まさに恵みの雨であり、鮎釣りをする釣り人もこの雨を待っていた。これでホームグラウンドの有田川は水量が回復し、鮎が活性化するはずだ。

 翌日の日曜日に釣行したかったが、混み合う川で竿を出すのが嫌なので、月曜日の24日を待って出撃した。このところ通っている粟生地区を見て回ったところ、釣り人は3、4人だけだった。とりあえず、空いていた流れの緩い場所に入った。前回のブログでは、鮎の姿がまったく見られず、落胆したことを書いた。

 今回はそこそこの数の鮎が白い腹を返していた。だからと言って釣れる訳ではないが、案の定、まったく反応がない。100m下流まで下り、ここぞという場所でオトリを泳がせたが、徒労に終わった。もう1時間半が経過しており、元の場所に戻った。

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 しばらくすると、上流に泳いでいたオトリがもぞもぞしている。糸を張ると、2匹の鮎がその場でくるくる回っていた。ようやく掛ったのだ。15㎝ほどだが、オトリとしては申し分ない。これをオトリにして上流に上らせていると、まさに電光石火、滑り台を下るようなスピードで鮎が走った。流心の流れに突入したので、寄せるのに苦労したが、無事、タモに入った。この日の最長寸21㎝。

 しかし、釣れたのはここまで。50mほど上流に場所替えし、対岸の岩盤を攻めた。オトリは岩盤に到達し、テーブル状の一段高い場所に上ったところで鮎が弧を描いた。次も、その次も、同じような釣れ方をしたが、これ以降反応はなかった。いずれも20㎝ほどの良型だった。ここでは、闘争心のある鮎はそれほどいなかったようだ。

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 そこで、休憩を兼ねて元の場所に戻り、河原に腰を下ろした。残暑が厳しい昨今、キンキンに冷えた水は必需品だ。喉を鳴らして飲んだ。さらに、帽子で川の水を汲み、何回も頭からかぶった。

 この時期に手放せないのが防虫スプレーだ。8月下旬になると、目の前を1ミリほどの小さい虫が群れになって飛び回るのだ。これに刺されると、一日か二日すると物凄く痒くなる。だから釣りを始める前に、大量の防虫剤を顔や手にスプレーし、手袋をはめることもある。厄介な虫である。

 釣りを再開したが、釣れそうな場所で掛からないのだ。まだ十分、鮎の餌となるアカが石に付いていないのか、釣り荒れなのか・・・。よく分からないが、要するに攻撃的な鮎が少ないということだろう。オトリにまとわりついてくる鮎が掛かると、釣れているのかどうかも分からない。

 この場所を見限って、下流へ下った。流心では釣れないので、流れのヨレや大石の周りを泳がし、拾うよに釣った。釣りを止めようと思うと釣れるから、なかなか踏ん切りがつかない。ズルズルと釣り続け、結局、竿をたたんだのは午後1時ごろだった。釣果は計21匹。12、3㎝の小型も数匹混じった。

 鮎は家計の足しになるから、家内が大いに喜ぶ。また行かねばならない・・・。

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鮎釣り・・・熱中症は心配だが

 静岡県浜松市で、わが国の最高気温41・1度を記録したのは、つい先日の8月17日だった。ここ和歌山は36ほどだったが、それでも熱中症にかかる危険は大きかった。にもかかわらず、有田川への鮎釣りを敢行した。いい年をして分別のない行動であり、蛮勇のそしりを免れない。

 竿を出すのは有田川粟生地区だ。お盆に下見に行ったが、たくさんの釣り人が川に入っていた。私の小さい頃は、「お盆には殺生するな」と教えられてきたが、この釣り人の多さは何だろうと思った。家庭教育の欠如は今に始まった訳ではないが、お盆も正月も特別の日ではなくなってきているのだろう。

 さて愚痴はここまで・・・。釣りを始める前に川の様子を眺めた。これまでは、石や岩盤に無数とも言える鮎が見えたが、この日はほとんど見えない。余りにも暑いので、深みに移動したのだろうか。これではダメかもしれない・・・大釣りへの期待がしぼんで行った。

 ともかく、オトリに鼻かんを通し、下流に誘導した。ところが、その途中で早くもオトリが反転し、鮎が掛かった。竿先が絞り込まれ、引きが伝わってきたが、大した引きではない。ポンと引き抜いてタモでキャッチした。15㎝ほどで、魚体も胸の追い星も黄色が鮮やかだ。

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 これをオトリにして足元から川へ放すと、流れを横切り、川の中央あたりで川上に向きを変え、遡上した。その直後、水中で2匹の鮎がもつれるように円を描いた。あっという間の2匹目で、これも同じようなサイズだ。3匹目は浅い岩盤の上で掛った。ゴンという当たりが手元に伝わり、岩盤の上を滑るように疾走した。まずまずの17㎝。

 えっ、えー・・・てな感じだ。3匹釣るのにわずか1分か2分。こんなハイペースは今シーズンで初めてだ。家を出る前、家内に「今日は釣れん。晩のおかずは期待するな」と釘を刺しておいたのだが、この調子ではどれだけ釣れるか分からない。捕らぬ狸の皮算用である。

 これまでの釣りでは、釣り始めてすぐ、根掛かりや曳き舟の蓋が開いていてオトリ2匹うち1匹を失い、綱渡りのような釣りが何回かあった。しかし今回はオトリとして使えるのは5匹もいる。余裕の心境だが、水温が高いのでオトリが弱るのは早く、慢心は禁物だ。

 案の定、それからパタリと釣れなくなった。嘘のようだ。鮎を川上に泳がせたり、対岸の大きな石を攻めたり、あらゆることを試してみたが、まったく反応がなかった。万策尽きて河原に腰を下ろした。それにしても暑い。汗が頭から滝のようにしたたり落ちる。ただ、これまで一度も熱中症になったことはなく、暑さには強いはず。

 腰には1リットルの魔法瓶をぶら下げているし、ポケットにも凍らせたアクエリアス入れている。時々、帽子で川の水をすくい、頭を冷やす。それでも暑いようなら、胸まで川につかる。これなら、熱中症の予防対策は万全だろう。

 早々と3匹釣ったが後が続かず、100mほど下って心機一転、再起を図った。大きな石の周りを泳がせると、ひったくるようにして鮎が掛かった。川に木の枝が張り出したその下でも掛った。忘れたころに1匹、そしてまた1匹。そのような調子で計13匹が釣れ、とりあえず晩のおかずは確保した。

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 午前11時ごろ、魔法瓶の水が底をつき、これを機に竿をたたんだ。お盆の人出で釣り場が荒れ、当分は苦戦を強いられそうだ。今後、ひと雨降れば鮎の活性が戻るはず。有田川ではお盆を過ぎてからが、天然遡上の鮎の最盛期だとされている。さぁ、これからだ・・・。

生石高原に秋の花

 「カナカナカナ」・・・。毎朝5時ごろ、蜩(ひぐらし)の大合唱で目が覚める。鳴き声は物悲しく、はかなく聞こえる。秋に向かうお盆の頃は、二十四節気の立秋である。私たちが暮らす生石高原に近いわが家には、朝と晩、ひんやりした風が通るようになった。

 このところ、毎日のように生石高原を歩く日が続いている。標高800mの高原は風通しが良く、日中の暑さから逃れられるからだ。

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 高原にはさまざまな花が咲き乱れている。ピンク色が鮮やかなカワラナデシコは、登山道の両側を彩っている。秋の七草のオミナエシ(女郎花)を目にすると、もう秋だなぁと思う。オニユリはちょっと毒々しい花を付けている。そのためかもしれないが、鬼百合という名前は気の毒である。

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 シシウドの花は、花火が開いたような形が面白い。高原ではいたる所で見られる。梵鐘を吊り下げたようなツリガネニンジンの青い花は、可憐という表現がぴったりだ。この他にも色々咲いているが、名前を知らない。

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 お盆の頃は、例年大津に帰るが、コロナ禍の今年は山小屋に引きこもっている。息子夫婦と孫や娘二人とは会えないので、寂しい。北陸の実家への墓参りも中止し、旅行も自粛しており、特別の夏である。

 

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