早朝、パジャマ姿で山小屋の周辺を歩いた。森の冷気はすがすがしく、少し肌寒い。1週間ぶりに山小屋に帰ってきたのだが、下界の猛暑が嘘のようだ。隣の敷地をふと見ると、河原撫子が一輪咲いていた。多分、自生したものだろう。すらりと伸びた茎の上にちょこんと咲いているピンクの花。まことに清楚なたたずまいである。
気恥ずかしくて、大きな声ではいえないが、ひまじんが一番好きな花が撫子なのだ。やくざの親分が「リカチャン人形、大好き!」と言えば、子分どもはずっこけてしまうだろう。ま、これに良く似た話である。
撫子は、竹久夢二が描く女性のイメージと重なる。物憂げな目元、ほっそりした腰のくびれ、思わず抱擁したくなる。撫でたくなるからその名がついたらしいが、夢二の女性はまさしく大和撫子そのものである。
ちょっとした縁があって、ある茶道家がひまじんを正客とした茶事を催してくれた。前もって、色々と質問があって、その一つに「好きな花は何ですか」があった。恥ずかしかったが「撫子です」と答えておいた。
茶室に入ると、床の間の備前焼に撫子が一輪。しかも、ひまじんの干支にちなんだ軸が吊るされていた。この心配りに、熱いものが込み上げるほどの感動を覚えた。撫子を目にすると、いつもあの茶事を思い出し、撫子への愛着を改めて強めるのだ。
さて、ひまじんが言いたいのは、ここからだ。日本代表女子サッカー、またの名を「ナデシコJAPAN」。どこが撫子や?もう、こらえて頂戴な、と言いたくなる。
北京五輪を決めたイレブンはすごいと思う。それぞれの技も情熱も文句なしだ。容貌のことは言わないが、まあみんな個性的だし、太ももは逞しい。鳥の巣のようなヘアースタイルをした選手もいる。掛け声だって、断末魔のような響きがある。
一流のアスリートに間違いないが、だからと言って、いくらなんでもナデシコはないだろう。大和撫子は「清楚」の代名詞なのだ。どこ清楚や?とまでは言わないが、これはどう見てもミスマッチだ。
恐縮至極でございますが、うちの女房は若い頃、撫子のような女性だった。嘘ではありません。ただし、2008年時点、もはや例える花はございません。サッカー協会も、ひまじんくらい謙虚になり、ネーミングを反省していただきたい。ガンバレ!北京五輪。

本日は午後からアユ釣りに行った。これくらいしか釣れなかったが、型は良かった。


大暑。お暑うございます。南半球の人には余計なお世話だが、北半球にお住まいの皆さんに、琵琶湖畔からご覧の大型扇風機で涼しい風をお届けしたい。
今日はクラクラするほど暑いので、お昼ごはんを食べてから夫婦でドライブに出かけた。カーナビに示された気温は36度。アスファルト道路に陽炎が立ち昇っている。
琵琶湖畔の周遊道路を走り、烏丸半島の水生植物公園を目指す。自宅から約30分のドライブコースだ。ここには50万本の蓮が植えられており、いまが花の見ごろ。


見渡す限りといえば大げさだが、広大な湖畔一面に淡いピンクの花が咲き乱れている。日本一の群生地という。湖面を渡る風は意外に涼しく、われら夫婦は肩を寄せ合い、しばし花に見入ったのであります。
花の見ごろとあって、多くの人たちが訪れていた。リュックを背負ったお年寄りの女性が目立った。若い人のリュックは身軽で感じがいいが、お年よりは余計に背中が曲がって見え、見栄えが良くない。女房には「年を取ってもリュックはやめたほうがいい。やはりショルダーバッグだね」と念を押しておいた。
振り返ると、風力発電のプロペラがゆっくり回っていた。どれくらいの電力を生み出すか知らないが、環境先進県の象徴としての役割を担っているのだろう。しかし、琵琶湖の風景には馴染まず、唐突な感じは否めない。エコと景観・・・難しい問題である。
以心伝心、阿吽の呼吸、打てば響く。夫婦はこうであらねばならない。エッ、聞きたくない?まあそう言わずに、しばしお付き合いを。
帰りの車中、夫婦が考えていたのはピタリ「鰻」。天地神明に誓って嘘ではない。「帰りに蒲焼の馬杉に・・・」「私も同じこと考えていたわ。ホ、ホ、ホ」。
大津の膳所にある「馬杉」は、鰻の蒲焼でちょいと知られた店である。浜松産の生きた鰻をその場でさばき、炭火で焼き上げる。だからおいしく、午後3時に店を開くとすぐ売り切れる。4時前に店に着くと、土用ということもあってすっかり売り切れていた。焼いているのはすべて予約の蒲焼だった。


しかし、女房は目ざとい。店の隅っこに無造作に置かれた2匹の蒲焼を見逃さない。1匹は身が5センチほど欠け、もう1匹は焼き過ぎ。「これ売ってくれない?」。「これでよかったら、いいですよ。味は同じです。安くしときます」。これで商談成立。身が欠けたのが1700円、肝2本600円、計2300円。
以心伝心で大いに盛り上がったが、結末はケチ臭い話に落ち着いてしまった。食卓に乗ったかぐわしい蒲焼。「欠け落ちた身はどこへ行ったのかなあ」とぼやきながらも、ひまじん夫婦にとっては、豪勢な晩御飯になったのであります。

人間は、自分に対しても、他者に対しても、どれだけ正直になれるだろうか。つい先日のゴルフで、そんなことを考えさせることがあったので、ぜひ、書いてみたいと思う。その前に、あるエピソードを紹介したい。アメリカか、イギリスか、どちらのゴルフトーナメントか忘れたが、ある選手は自分で打ったボールの所に行くと、ボールのすぐ後ろに小さな花が咲いていた。ショットをすれば、花はなぎ倒される。
そこでこの選手は、1打の罰を受けるアンプレアブルを宣言し、ボールを別の場所にドロップした。プロにとって、1打の差で賞金額が何百万円、何千万円も違ってくる場合がある。
「1打は取り返すことが出来るが、ショットをすれば花の一生を奪ってしまう」と言ったそうだ。出来すぎた話に聞こえるかもしれないが、この年のフェアプレー賞に選ばれた有名な話なのだ。自分の信念に正直でありたい。そんなプレーだった。
さて、一昨日、あるゴルフコンペに参加した。メンバーは、トップアマの1人に数えられるはひまじんの師匠Kさん、全日本アマ常連の選手、全日本グランドシニアの代表選手、ひまじんの4人だ。ひまじんを除けば全員ゴルフを知り尽くした人たちである。
あるミドルホールで、Kさんは短いパーパットを外した。他の3人はスコアカードのKさんの欄に「5」と書いた。ところがKさんは「7」と言った。
えっ、どうして?と聞いた。「アドレスした時、手が震えて2回ボールに触れたように思う」との説明だった。他の3人はKさんのパッティングを見ずに、すたこらグリーンを離れたので、ボールに触れたかどうかは見ていない。しかし、本人がそう申告したのだから、触れたのだろう。アドレスしてボールに触れると1打とみなされるのだ。
この申告は当たり前と言えば、当たり前である。ゴルフに審判はいない。だから自分が審判なのだ。同伴競技者が見ていなくとも、ルールにのっとり、正直に申告しなければならないし、過小申告すれば失格となる。
しかし、ひまじんはこんな場合、本当に正直になれるか、自信がない。「ボールが動いていないから、ま、いいか」との思いが頭をよぎるかもしれない。
Kさんは73歳。全日本アマなど数々の試合に出場し、クラブチャンピオンも9回を数えるトップアマだ。ひまじんがクラブを手にした時から教えてもらっており、師匠と言うより、恩師なのだ。その人柄もよく知っている。
ゴルフが上手でも、ルール違反をする人は少なくない。ブレザーを着用しない、半ズボンでもハイソックスをはかないなど、マナー違反も目立つ。だから、この話をどうしても書きたかったのだ。
Kさんのプレーぶりは、当たり前とはいえ、見事だ。トップアマとして崇められているのは、ゴルフが上手なだけではない。ルールにもマナーにも厳格であり、正直な人なのだ。
ゴルフはハンデキャップのある平等のスポーツだ。最も重要なのは、「ルールを守る」。それだけである。
73歳のKさんは今なお250ヤードのドライバーショットを放つ。

女房が、二階の和室でごそごそしている。へそくりでも探しているのか。いや、それにしては、物音が騒々しい。「山小屋に戻ったら、お茶でもたてようかと思って」と言いながら、茶道具を引っ張り出しているのだ。女房は、若い頃、何年も茶道を習っていた。
新婚当時、時々お点前を披露してくれたことがある。ひまじんは見栄を張って、「結構なお点前で」などと言いながら、粗相のないようちょっと緊張したものである。
わが家には、茶道具の家宝がひとつある。高名な作家による抹茶茶碗だ。ひまじんのような貧乏人が買えるようなものではない。
私が京都に赴任していた頃、三千家からそれぞれ新年恒例の初釜に招かれた。家元のお点前を拝見しながらお濃茶をいただくと、別室に席を移し、お屠蘇もいただくのだ。
そして最後に、これも恒例のくじ引きが始まる。30人ほどの客に、若い女性のお弟子さんがくじをのせた三方をうやうやしく差し出す。
ひまじんは最も若輩だったので、末席に座っていた。最後に残った1枚を押し戴く。くじを開くと、隣の京大工学部の先生が覗き込み、「カラやねえ」とおっしゃる。「空」と書いてあるので、なるほど空くじなのだ。
順次、「松のお方」「竹のお方」などと呼ばれた人が賞品をもらっている。最後に「くうのお方」と呼んでいる。えっ、「くうって、空のことか?」。そう1等賞の抹茶茶碗が当たってしまったのだ。残りものに福があるとはこのこと。ちなみに、その年の歌会始のお題は「空」だった。
なんぼくらいの価値があるか、野暮なことは書かないが、家元の秘書役は「家元から出たものは、売ったらあきまへん。そんなことしたら、すぐ分かります」と釘を刺された。骨董屋に飛び込みたいと思ったこともあるが、幸い家宝としてまだ健在なのだ。
来週、この抹茶茶碗など茶道具一式とともに山小屋に戻る。そして、お茶をいただくのだ。「侘び寂び」などという世界は、粗野なひまじんには無縁だと思うが、そんな境地に浸る真似事も悪くない。私たちの森の暮らしはまことに簡素であり、その点だけは「侘び寂び」の美意識に通じるところがある。


ひまじん夫婦が滋賀の自宅に帰る日の朝。遅い朝食をすますと、残り物でお昼のお弁当を作り、台所を片付けけ、生ゴミを土に埋める。冷蔵庫の食料品をクーラーボックスに移し替えると、今度は段々畑の野菜に水をやる・・・。あれもこれも気になってパニック寸前ですが、主人はパソコンの前に悠長に座っています。嫌味を言うのをぐっと我慢します。出発はお昼前になりました。30分ほど走ると、「あら川の桃」の直販所です。すっかり馴染みになった気の良さそうなおばさんが店番をしていました。いつものように、贈答品からはずれた安い桃を買う。2000円も出せば、びっくりするほどの数の桃が買えるのですよ。

紀の川の左岸にに沿って車は快調に走ります。信号も余りないので、山小屋を出て1時間で高野口です。

高野口で紀の川に架かる赤い橋を渡ると、前方に京奈和道が見えてきました。この道路は国道24号線のバイパスとしてつくられたので、無料なのです。現在、五条市までの間と、橿原市から大和郡山市の2区間が開通しています。


五条市に入ると、金剛山が見えてきました。(下の写真の右奥)。大きな山容です。あの山を越えると、私の生まれ育った所です。
大阪で唯一の村、千早赤阪村があるのです。大楠公こと楠正成の生まれた歴史ある村なのですが、合併話が取りざたされ、村名が消えてしまうかもしれません。そうなれば、寂しい限りです。
クスノキに囲まれた楠公誕生地があります。城跡は残っておらず、その上には私が学んだ中学校が建っています。敵塚、味方塚もあり、味方塚より敵塚の方が立派で大きいのですよ。敵であっても尊敬の念を忘れない。そんな精神を学ぶようにと教わり育ったのですが・・・

無料の高速を降りて国道24号線に入ります。右手に若草山を眺めながら京都に入り、お茶で有名な宇治田原を経て大津の自宅に帰りました。
ミカン、モモ、イチジク、柿などの果樹園、お茶畑の中を走る3時間半の旅でした。阪和道、近畿自動車道、名神という高速道路のルートであれば、2時間で帰れるのですが、片道3,850円という高い高速料金を払うのは馬鹿らしい。時間もたっぷりあるので、もっぱら奈良、京都経由のルートです。それに、幼い頃、いつも仰ぎ見ていた金剛山の麓を走るこのルートは、なぜか、わたしの郷愁を誘うのです。
しつこい!くどい!そんな声も聞こえて来るが、またまたダッチオーブンを使ったアユの燻製。明日、所用で滋賀の自宅に帰るので、ご近所や知人のお土産にしようという訳だ。燻製に使うアユは、食べ応えのある22、3センチの大型だ。まず、内臓を出してぬめりもきれいに取る。塩をして、2時間ほど陰干しにする。
さあ、燻製だ。アルミホイルを敷いてサクラのチップをひとつかみ。中敷にアユ6匹を並べる。普通は20分くらいで出来上がるはずだが、ひまじんがやると、その何倍もかかってしまう。
地方に赴任していた若い頃、職場の石油ストーブで餅を焼いていたところ、上司から「お前は乞食の餅焼きやなあ」と言われた。
乞食は、餅を早く食べたいので、待ちきれずに裏返したり、表に返したり、じっとしていない。だから、餅はうまい具合に焼けるというのだ。ひまじんも、何事につけ、鷹揚に構える性格ではなく、餅を焼くにもちょこちょこと手が出てしまう。
ところで「乞食」という表現だが、新聞、テレビでは禁止用語になっている。そもそも乞食は宗教用語で、「こつじき」と読む。托鉢の修業僧のことだが、いつしか物乞いをする人を指す言葉となった。ホームレスや路上生活者は段ボールや空き缶を集める労働をしているので、乞食ではない。しかし、マスコミは乞食を路上生活者と言い換えている。これ、逆差別ではないのかえ?乞食は事情あって物乞いするのであって、なにも姑息に言い換えることはないと思うのだが・・・
燻製があらぬ方へ行ってしまった。ともかく、ひまじんはオーブンの中の様子が見たくて、何回も、何回も蓋を開けてしまう。このため、熱と薫煙がそのつど逃げてしまい、時間がかかってしまうのだ。1時間余り、やっと燻製が出来上がった。黄金色に輝いている。つまらん言葉で飾る必要のない出来なのだ。
続いて2回目の燻製だ。今日は17、8匹を作る予定だったが、もう日が暮れてきた。3回目の燻製は断念しなければならない。蚊がプーンと顔の周りを飛び回っている。とっぷりと日も暮れ、ちょっと早いが、これにて終了だ。これも、いい具合に出来ているだろう。
目の前に置いたアユの燻製を眺めながら、晩酌をちびり、ちびり。毎度のことだが、酒の肴が少ないので、出来たての燻製を食べたくなるのは当然。「ちょっと味見」と箸を伸ばしかけると、女房が「ダメですよ。差し上げる人を計算しているのですから」。でも、スキを見て食べた。おいしかlった!



まず、キノコの写真をご覧いただきたい。ひまじん夫婦にとって始めて見るキノコだ。何とも毒々しい黄色。知らない人にもらったら、毒キノコと思って捨ててしまうに違いない。
私たちが住んでいる生石高原に、古くから住んでいる「I」さんという人がいる。高原に広がるススキの「大草原を守る会」(NPO法人)の会長さんである。今朝、この奥さんが、ご自分で栽培している黄色いキノコを届けてくれたのだ。山椒と炊き合わせた佃煮も一緒にいただいた。日ごろ、ひまじんが釣ったアジやグレの干物など差し上げており、そのお返しだと言う。
このキノコ、「たもぎ茸」という名前らしい。しゃきしゃきした食感に加え、ほのかな甘みもある。シメジとエリンギを足して二で割ったような食味である。まことにおいしい。
北海道や東北、シベリアなどに自生しているらしい。気温が低い高原だからこそ栽培出来るのだろう。インターネットで調べると、免疫活性を高めるBグルカンが多く含まれていると書いてある。ガンに効くと一時有名になったあのアガリスクタケよりも2〜3倍も多いらしい。ガン予防に効くありがたいキノコなのだ。
さっそく、有田川で午前中に釣ったばかりのアユをお返しにと届けた。そうしたら、またまた、もたぎ茸をいっぱいいただいた。
年をとると怖いのがガンである。免疫活性を高めてくれるもたぎ茸を毎日でも食べたいと思う。わが家でも栽培してみよう。来年春に菌を植えれば夏から秋に収穫できるらしいが、それまで少々時間がかかる。これからは、アユなどの魚をせっせとお届けし、キノコと物々交換だ。また、釣りが忙しくなる・・・



甘いものが大好きな女房が、ダッチオーブンでパウンドケーキを作りたいと言い出しました。ブログを通じて友達になった「海の見える部屋のノルさん」がおいしそうなケーキをアップしておられ、これに刺激を受けたようです。ダッチオーブンを使う場合、焚き火をして火を熾し、火力の調節をするのがひまじんの担当。料理の準備をするのが女房と、分業になっているのです。
女房は洗濯中なので、その間に焚き火を始めました。炭も熾しました。ところがこちらは準備万端なのに、女房のほうはチンタラと洗濯を続けており、ケーキの準備はまったく手つかず。「早くせんかい。炭が消えてしまう」と尻をたたくが、「はい、はい」とのんびりしたもんです。
ひまじんはいらちなんです。困ったものです。ノルさんのブログを開いて材料を確認する。ホットケーキミックス、卵、バター、胡桃、さとう、ココア 山小屋にあるある大丈夫!胡桃はないけど省略してもOK。次に焼くケース。家にはいろんな型があるんだけど、まさか、山小屋でケーキを焼くなんてことは考えていなかったので、もってきていない。はて、困った!空き缶を探すが見つからない。流しの下をさぐって、ステンレスの四角のバットをみつけた。少し高さがある。ダッチオーブンに中敷きをして蓋が出来るかが問題です。やっぱり!蓋が出来ない。でも、小石を敷くことでこれをクリアーできそうです。山小屋には、ピザの生地を作ろうと持ってきたこね器があるので、材料さえ揃えばここからは短時間でできます。こね器がみんなやってくれるのです。このこね器は、ほんとうに便利です。材料を入れてスイッチをいれれば、はねが回転して ハイ出来上がり!

ケースが大きすぎるのでは?まぁー 大は小を兼ねるのだ!

しびれが切れた頃、ようやく、女房の準備は出来たようです。レシピ集によると、事前にオーブンを熱しておき、下の火は超弱火、蓋の上は中火です。しかし、女房がごゆっくりされていたので、炭が消えかけている。ええーい、構うもんか。火力の弱い炭でケーキを焼き上げます。女房が山小屋でお休みになっている間も、団扇で炭をあおり続けます。20分経過。「おーい、蓋を開けるでー」。
うわぁー すごい!びっくりするほど膨らんでいます。爪楊枝をさしてみる。生地はついてこないけど、あと少しだけ焼きましょう。
焼き上がりました。きれいな焼き上がりです。

恐るべしダッチオーブンです。主人の火加減というか、汗かきかき団扇であおったのがよかったのでしょう。ガスオーブン、電気オーブンで焼いたものと遜色ありません。いや、それ以上です。「レストランでいただくのと一緒だね」と、無邪気に主人とともに褒め合い、ふっくら、しっとりのケーキを味わいました。

薄い霧の中、生石高原を下る。もちろんアユ釣りだ。山道沿いには合歓の木(ネムノキ)がたくさんあって、今、花が満開だ。余りに美しく、軽トラを道端に止めて、見入った。花は茶せんのような形をしていて、根元が白、先がピンクで、そこはかとない色気が漂う。古いところでは、妖艶の女優太地喜和子、新しいところでは山本モナが思い浮かぶ。モナちゃんは巨人二岡選手とデートしている写真を撮られ、またまたキャスターを降板したらしい。枯れかけたひまじんの心を揺さぶるあの色気。モナちゃん、かわいそう。
まあ、そんなことはどうでもよろしい。合歓の木は、夜になると葉を閉じて眠るので、そんな名前がついたらしい。「昼は咲き、夜は恋ひ寝(ぬ)る・・・」(万葉集)。妖艶の木でありますな。

さて、アユ釣り。瀬を攻めていると、中年の釣り人がやって来て、ひまじんの5、6メートル下で竿を出すではないか。これはルール違反だ。邪魔になってオトリを操作できないし、掛かったとき取り込めない。川がすいていれば、だいたい30メートルくらい間隔を開けるのが暗黙のルールだ。若者はちゃんとルールを守るのに、近年、ええ年をした釣り人の行儀の悪さが目立つ。
気分が悪くなったので、すぐ場所替わり。大型のアユを狙って下流に車を走らせ、オオセというポイントに入った。1時間ほどまったく釣れず、昼ごはんを食べて、モナちゃんの長い足など思い浮かべながらボーっとしていた。
午後1時過ぎ、釣りを再開したがオトリが弱っており、釣果ゼロの不安がよぎる。オトリを強引に流芯に入れ、竿を寝かせて対岸に誘導。竿を立ててしばらくするとグイーンと水中糸が走った。背掛かりで20センチほどの元気なアユが釣れた。
オトリが替われば、釣れるはずだ。予想通り、その後はポツリ、ポツリながら掛かり、それも20〜23センチの良型ばかり。河原を走り回り、ほぼノーミスで11匹が曳き舟に納まった。
もう帰ろうか。車の所に歩いて行くと、石の色の良い瀬があった。スケベ心が出て、もう一度竿を出すと、いきなり掛かった。5連発だ。アユも大きく、走り回された。16匹の釣果に納得して竿を納めた。

軽トラを止めている前の瀬でご夫婦が釣りをしていた。ご主人は70過ぎに見える。ちょっと腰が曲がっている。奥さんはそれよりは二つ、三つ若い。大阪の人だが、近くに別荘があり、ここに滞在しているという。
驚くべきことが起きた。ご主人がアユを掛けた。これは大きい。竿を伸ばされている。すると、このご主人、下流の釣り人に「ごめんやっしゃ!、ごめんやっしゃ!」と叫びながら走り出したのだ。腰が曲がっているので、川は下れまいと思っていたが、まさに脱兎のごとくである。
40メートルほど下流で無事タモですくった。これはもう感動である。いずれひまじんもこのような年齢を迎えるが、あの健脚は大きな勇気を与えてくれた。

奥さんが寄り添ってタモをのぞき、「よう取れたねえ」と夫の健闘を讃えている。上の写真のようにアユは23センチを下るまい。心から拍手を送りたかった。いい光景に出会えて、今日もいい1日だった。


今日のひまじんは少々お疲れ気味です。前日、大型アユと格闘して、相当疲れたのでしょう。川に入る気力がないようで、買い物に素直についてきてくれました。
お昼前、ひまじんの運転で生石高原を下りました。買い物のついでに、和歌山県の紀ノ川に近い桃山町まで足をのばしました。と言っても、生石高原から車でわずか30分の近い所にあるのです。桃を買いにきたのです。ここで栽培される桃は「あら川の桃」と呼ばれ、全国に知られています。
桃山町に入ると道のあちこちに桃の直売所があり、この時期、贈答品を求める人で賑わっています。私のお目当てのお店は、桃畑の横にある直売所。贈答品から外れた桃を安く売っているのです。
美味しそうな桃でしょう! お店の横が桃畑で、食べごろの桃がぶら下がっていました。



手前の箱には大粒の桃が入っていますが、これがなんと1000円。
奥の箱は小粒の桃で500円。当然2箱買いました。
今の時期は、白鳳と言う品種、まもなく清水白桃がでるそうです。
和歌山は、本当に果物のおいしいところです。それも安いのです。
今日もしあわせを実感するひまじん妻です。
お昼前、ひまじんの運転で生石高原を下りました。買い物のついでに、和歌山県の紀ノ川に近い桃山町まで足をのばしました。と言っても、生石高原から車でわずか30分の近い所にあるのです。桃を買いにきたのです。ここで栽培される桃は「あら川の桃」と呼ばれ、全国に知られています。
桃山町に入ると道のあちこちに桃の直売所があり、この時期、贈答品を求める人で賑わっています。私のお目当てのお店は、桃畑の横にある直売所。贈答品から外れた桃を安く売っているのです。
美味しそうな桃でしょう! お店の横が桃畑で、食べごろの桃がぶら下がっていました。



手前の箱には大粒の桃が入っていますが、これがなんと1000円。
奥の箱は小粒の桃で500円。当然2箱買いました。
今の時期は、白鳳と言う品種、まもなく清水白桃がでるそうです。
和歌山は、本当に果物のおいしいところです。それも安いのです。
今日もしあわせを実感するひまじん妻です。




































