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森に暮らすひまじん
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 お盆には山小屋に娘や息子、孫ら全員がそろい、にぎやかだった。みんなが集合した後、30分ほど離れた田園の中にある行きつけのレストランでランチの会を催した。 シェフは京都のホテルで修業しただけあって、料理はなかなかおしゃれである。

 夕方、山小屋に帰り、デッキにしつらえたバーベキューコーナーで焼き肉を楽しんだ。これが終わると、思い思いに東京や大阪に向けて帰路に就いた。

 騒がしかった山小屋は一転して静寂に包まれ、寂しくもあり、ホッとしたりもする。毎年同じことを繰り返し、年齢を重ねていく。来年のお盆にも健康でみんなを迎えられれば幸せだ。

 お盆の前日、山小屋の敷地に植えている茗荷を収穫した。ここは標高800メートルの山の上なので気温が低く、里よりも10日ほど遅い収穫だ。

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 茗荷で父親の顔を思い浮かべた。母親が病弱だったので、父親が食事などの家事をしていた。茗荷を刻んだ味噌汁はまずかった。少しならまだしも、ドサッと入っていたのだ。 

 キュウリの具にも閉口した。大きくなり過ぎたキュウリの種は、オタマジャクシのような生き物のを口に含んだように思えた。このまずさは尋常ではない。さらに、カボチャの具も嫌いだった。甘ったるく、喉に詰まりそうだった。

 しかし、すべてがまずかったと言う訳ではない。ナスとニシンの干物を入れた味噌汁は美味しかった。この取り合わせは家内もよく作るので、ナスとニシンは相性がいいのだろう。

 振り返れば、父親の苦労のほどが偲ばれる。台所に立つ父親の姿が今も思い出される。お盆ということで、父親がひょっこり私の心の中に入り込んできたのだろう・・・。

 
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 古い友人から大きな荷物が届いた。梱包を開けると、巣箱が二つも入っていた。友人の手作りのようだ。 

 わが山小屋裏の雑木林には、10数年前から巣箱を二つ取り付けていたが、今は朽ちて雨漏りがひどくなり、野鳥は巣作りをしなくなった。友人はそんな私の話を覚えてくれていて、作ってくれたのだろう。

 巣箱は、どこか民芸品のような出来栄えである。板の表面をバーナーか何かで焼いてある。板を長持ちさせる工夫だろう。継ぎ目も釘ではなくビスで固定してあり、丈夫なものだ。このような巣箱は、道の駅で買えば結構な値段だろう。

 今まで使っていた巣箱は、同じ山に住む人からもらったもので、自分から作ろうと思ったことがない。板を切ったり、穴を開けたりする道具を持っていないこともあるが、家内に言わせると「失敗するのは目に見えているので」作らせてもらえなかったのだ。

 一口に巣箱と言っても、板で箱を作り、鳥が入る穴を開ければいいというものではない。穴の大きさ、穴から箱の底までの長さなどそれなりの決まりがあるらしい。

 大工仕事について、私にはトラウマがある。まだ岡山に住んでいた新婚ほやほやの頃、妻から植木鉢を載せる台を作るよう頼まれた。花が好きな家内はすでに6、7鉢の花を栽培していた。

 その頃、今のようにホームセンターがある訳ではなく、個人の店で板材やノコギリ、金づち、釘などを買った。適当に木を切り、釘を打ってとりあえず花台らしきものが完成し、アパートのベランダに置いた。

 花台は3段で、丈がちょっと高過ぎたように思ったが、植木鉢をいくつか置くと、台はひしゃげたように歪み、崩壊した。植木鉢は半分くらいが割れた。新妻にいい所を見せようとしたが、頼りにならない亭主を印象付ける結果になった。

 半世紀前の嫌な思い出だ。失敗を笑いでごまかしていたように思う。それ以来、家内が私に大工仕事を頼むことはなくなった。

 

 愛犬ぴ~の散歩に出かけようと玄関を出ると、アサギマダラが飛んでいた。カメラに収めようと思ったが、裏の森の中へ飛んで行った。今年初めての目撃だった。列島の北の方面が寒くなってきたので、温かい南西諸島の島々に移動中なのだろう。

 これから11月にかけて南下中の蝶をしばしば見かけるだろう。美しい蝶なので見惚れてしまう。山小屋にはこの蝶が好むフジバカマという植物を植え、繁殖中だ。蝶にとって、わが山小屋は長い旅の途中の休憩所になればいい。

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 わが家のデッキから4、5メール下の山の斜面を見ると、山ブドウが葉を茂らせている。この春までは蔓が地上を伝っていたが、家内が竹とロープを使って棚を作り、これに這わせたところ、みるみる大きく育った。日当たりが良くなったためだろう。

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 これだと実が食べられると思ったが、それは浅はかな考えだった。山ブドウは雌雄異株なので、雌木と受粉用の雄木の2本を一緒に植える必要があるという。苗は3、4年前に知人からもらったものだが、1本だけだったので、これだと実はならない。

 私の少年時代は裏山が遊び場だったが、山ブドウを食べたことはなかったし、その存在すら知らなかった。郷里の山にも生えていたはずだが、それほど美味しいブドウではなかったので、知らなっただけだろう。

 山ブドウなるものを知ったのは、植物としてではなく、蔓を使った工芸品としてだ。20年ほど前、夫婦で東北地方を2週間かけて旅行したことがあり、旅行12日目、秋田県の青荷温泉で泊まったが、ここの売店で山ブドウの蔓で編んだバッグが売られていた。

 長期旅行の記念にと思い、私が家内にプレゼントした。値段は2万5千円ほどの中級品だ。工芸品は何でも同じだろうが、使えば使うほど味が出る。家内は今でも使っており、それなりに味わいがあると喜んでいる。

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 ブドウ棚を眺めていてそんなことを思い出した。実がなるようもう1本苗を植えたいが、最初の苗は北海道から送られてきたものをもらったもので、雄と雌の株がそろうのは難しいかもしれない。


 カメラを持って生石高原を歩くことにした。20分ほど歩くと駐車場に着いた。まだ朝が早いので、車は1台も止まっていなかった。誰もいない高原に登ると、清々しい風が吹いており、ススキの海原を波立たせていた。

 カワラナデシコは今が見ごろだ。ひらひらの花びらが可憐で、清楚である。日本女性をナデシコと呼んだのは大昔のこと。今やその面影はない。どんな花に例えたらいいのか・・・。

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 オミナエシが咲き出していた。スキの間から真っすぐ茎を伸ばしており、黄色い花が風に揺れていた。秋の七草の代表格だ。

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 オニユリも咲いていた。間もなく鈴なりのつぼみが花を咲かせ、草原をオレンジ色に彩るだろう。どこか毒々しいこの花を現代女性に例えたら怒られるだろうか・・・。

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 細長い花びらを放射状に咲かせるハルジオンという植物はどこにでもあり、雑草の代表みたいだが、昭和天皇は「雑草という名の植物はありません」とおっしゃった。なるほど。

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 柏餅に使う葉を見つけた。晩秋には赤い実を付け、家内はリースを作って玄関に飾っていたことがある。後で調べて知ったのだが、サルトリバラという名前らしい。

 小学生か中学生の頃、母親から柏餅を作るので葉を取って来てと頼まれたが、その葉がサルトリバラだ。茎に鋭い棘があるので鎌を持って裏山へ行った。母親が作ってくれた柏餅はほんのり甘く、葉からはの山の匂いがした。

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 わが家の気温計は30度に達しようとしている。恐らく、今がこの夏で一番暑いだろう。標高800メートルの森の中にあるわが山小屋で、ここまで暑くなるのは珍しい。

 もちろんクーラーなどないし、居間のシーリングファンもほとんど役に立たない。だから風が通る裏の空き地にビーチチェアを運び、ここでうたた寝したり、本を読んだりして一日を過ごしている。

 やや気温が下がる夜は、風が通るウッドデッキで過ごすことが多い。デッキは10畳ほどあり、ここに四角錐のテントを常設しており、これがわが家の第二の居間である。

 ちょっと自慢したくなるのだが、デッキから見下ろす紀淡海峡では、奇跡の情景が繰り広げられる。夕日が傾くと、海も山もオレンジ色一色に染まる。いわゆる、「熟柿色」である。

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 夕日は、海峡を堰き止めるように連なる友が島の島々を越え、対岸の四国あたりに差し掛かると、夕日は大きく膨張してゆっくり沈んでいく。そよ風を頬に感じながら、絶景を楽しむ。

 デッキには、ずっとコンロを置いたままだ。いつでも肉を焼いたり、魚を焼いたり出来る。コンロは能登半島から切り出された珪藻土で作られた箱型七輪だ。遠赤外線効果か、肉も魚もひと味違うような気がする。

 ウッドデッキでバーベキューが楽しめるの短期間で終わる。8月も中旬になると、夜は一気に気温が下がるのだ。そして下旬には、薪ストーブで薪を燃やすこともある。足早に駆け抜ける季節。その速さちょっと切ない・・・。

 

 「ファイヤーステック」をご存じだろうか。知らなかったのは私くらいかもしれない。テレビのリモコンのようなもので、Amazonのプライム会員だと、このリモコンを使って映画やドラマを無料で見ることが出来る。暇にしている私たち夫婦を思ってか、娘がこの機器をプレゼントしてくれ、大いに活用している。

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 先日はAmazonプライムで映画「燃えよ剣」を見た。新選組を描いた司馬遼太郎の小説を映画化したもので、新選組ファンとしては必見のドラマである。戊辰戦争に敗れ、北海道へ敗走した土方歳三の回想から始まっている。

 武術に長ける歳三たちは将軍警護の一員として上京するが、長州など攘夷派と血で血を洗う争いを繰り返した。その様子を始め、鉄の規律を求める新選組副長としての姿や、池田屋事件、盟友近藤勇との別離などが描かれている。

 私たち夫婦はこの映画を一緒に見ていたが、土方と近藤の離別のシーンに差しかかると、夫婦で同時に驚きの声を上げた。そのシーンは私たちがほとんど毎日散歩している生石高原の広大な草原を映し出していたのだ。

 生石高原は和歌山の観光地の一つだったが、この映画によって全国区に格上げされたと、勝手に喜んだ。撮影されたのはススキが枯れた晩秋だろう。

 以下の写真は、私たち夫婦が毎日歩いているススキの草原だ。自宅から歩いて15分ほどで草原の入り口に着き、そこから標高876mの生石ケ峰にまでも15分ほど。土方役の岡田准一が馬で駆ける背後の山が生石ケ峰で、この草原一帯をほとんど毎日歩いている。

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 昨日も草原を歩いたが、映画を観た直後っだったので登場人物が生々しく思い浮かび、新選組の非業の最期が一層切なく思えた。


 私たちが暮らすここ山奥の小さな池で、たくさんスジエビを掬った。このことを前回のブログで書いたが、家内は早速、掬ったエビを使って「エビ豆」という料理を作ってくれた。

 「エビ豆」は滋賀県でよく作る家庭料理である。今風に言えば「ソウルフード」だろう。つまりご当地料理である。

 琵琶湖で獲れるエビを大豆と一緒に甘辛く煮た煮たもので、おかずとしても、酒の肴としてもよく知られる。また祝い事の「ハレの日の」料理でもある。

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 私たち大津で暮らす人間にとっても馴染み深いものだ。どんなに小さな煮物屋さんにも必ず置いている。家庭によって多少の味の違いはあるだろうが、甘辛いのが基本だ。

 私からすれば、豆は少し硬い方がいい。豆はふっくらと炊くのではなく、豆の皮に少し皺があり、やや歯ごたえのある方が好きだ。

 つまりこれは、滋賀の人とって「おふくろの味」なのだ。家内は時々炊いてくれるが、「豆はもう少し硬めで」などと注文を付けると、嫌な顔をされるのがオチ。

 この微妙な違いは、幼少期からの記憶のひだに刻まれてている。だから大阪生まれの家内にとってここまで細かく注文を付けられると、はなはだ不愉快かもしれない。しまいには「あんたがやれ」という結末になり、諍(いさか」いの元にもなる。

 それはともかく、家内が作ってくれたエビ豆は美味しく仕上がっている。晩酌では豆を一つ口に入れ、続いてエビを1匹噛みしめる。じわっと舌の上に甘味が転がり懐かしい気分になる。ここ森の池で掬ったエビは思わぬ贈り物だった。

 ここ生石高原に近い山の中で暮らす人たちは、SNSのLINEで繋がっている。その人数は私たちを含めて10人を少し上回るだけの少人数だ。それでも何かの話題や変事があれば瞬時に伝わる。

 先日は、家内のLINEに、「エビが獲れる」という書き込みがあった。日がな暇にしている私たち夫婦はさっそく車で走った。場所は山小屋から3、400mほど下った場所にある池である。

 かつてプールとして使われたことがあり、ここの住人が飲み水として使っている湧き水や沢の水が流れ込んでいる。そのままでも飲めるほど美しい。その後、プールとして使われることはなく、ただのため池のようなものである。

 タモと鮎釣りのオトリ鮎を生かしておく容器を持って出かけた。池の中を見ると、なるほどエビが泳いでいた。大きさは体長3センチほどで、釣りの餌にも使う川エビだ。

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 闇雲に掬い取った。それでも一度に3、4匹タモに入る。夫婦でこれを繰り返し、小一時間ほどで一合升に2杯ほど獲れた。これだけあれば、天ぷらのかき揚げが作れる。山で暮らす私たちにとって思わぬご馳走である。

 それにしても、なぜここにエビがいるのだろう。誰かがエビを放流したとしか考えられない。その人はきっと釣り好きで、釣りに出掛ける時に掬っていったのだろう。

 その夜は、エビを入れたかき揚げを作った。エビは滋賀の大津で買うような湖産エビと違ってやや硬い感じだが、味はそれほど変わらなかった。それにしても、こんな山奥でエビが獲れるとは驚きだった。

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 ここ何日も空はどんよりと曇り、そんな空模様と同様、心も晴れない。あの事件のせいだろうか。

 昨夜も寝付きが悪かった。ここは標高が高く、気温は里よりも5度ほど低いが、湿度が高いせいか寝苦しく、昨夜はこの夏で初めて窓を開けて寝た。涼しい風が入って来て、やがて眠りに落ちた。網戸がないので虫が入って来きそうなものだが、不思議にそれはない。
 
 つい先日、いつものように朝8時過ぎ、愛犬「ぴ~」を連れて散歩に出た。山小屋から1キロほど離れた路上で1匹のモグラが死んでいた。その翌日は100mほど離れた路上で、やはりモグラが死んでいた。

 それらの死骸は、鳥か獣によって持ち去られるが、二日目の午後、同じ場所で屍骸があった。2匹目がそのままになっていたのか、3匹目が新たに見つかったのか分からないが、このように続けて屍骸が見つかるのは珍しいだろう。

 それらの屍骸は道のほぼ中央で仰向けになり、短い両手両足を上に向けて息絶えていた。その姿が滑稽と言えばかわいそうだが、モグラとはそのような姿勢で息絶えるのだろう。

 若いころ、民家の火事の取材に行って焼死体を目にしたことがあった。今は遺体を人目に触れないよう腐心しているが、当時は規制が緩かった。見た焼死体はボクサーのようにファイティングポーズをとっていた。

 イタリアのポンペイの遺跡に行った時も、火山灰で焼け死んだ人がファイティングポーズをとり、そのまま展示されていた。モグラの屍骸も両手両足を突き出すファイティングポーズのようだった。

 何かの本に書いてあったが、モグラはミミズを探して地中を掘り進めるという。ということは、地上まで出てしまったモグラが余りの暑さで死んだのかもしれない。それとも、地中で何か変事が起き、地上へ追い出さた可能性もある。

 何かの凶事の前兆とすれば不気味だ。まずは地震が怖い・・・。