旧友と北アルプスの涸沢に行く(後編)

 北アルプス登山の二日目は、上高地から2時間ほどの徳沢「氷壁の宿」で朝を迎えた。朝日が峰々を赤く染めるモルゲンロートを見ようと、夜明け前から外に出て、その時を待った。カレー男はすでに来ており、さすがアウトドア派として要点を押さえている。

 この日も晴天だ。午前5時30分、朝日が顔を出した。明神岳(主峰2931m)はみるみる赤味を帯び、次第にモルゲンロートは峰の中腹へと広がっていく。登山でしか味わえないドラマチックなひと時だ。

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 7時半ごろ、涸沢に向かって歩き出した。涸沢は氷河が削り取った日本最大級のカールだ。奥穂高岳や北穂高岳に登る人たちで賑わうが、カールの絶景を写真に撮ったり、絵を描くためだけに来る人も多い。上高地から涸沢へのルートは、北アルプス登山の初心者コースである。

 前夜、酒を飲んだ割にはさわやかな気分だ。みんなの足取りも軽い。しかし登山では、勢い余って早足になるのは禁物だ。「ゆっくり歩こう」と呼びかけたが、材木商は終始先頭を歩いた。彼は関西弁で言う「いらち」であり、ゴルフをしていてもチンタラ歩く私の尻を叩くのだ。

 カレー男も材木商に遅れまいと後を追い、一番後ろを歩く私と近江商人との差は広がるばかりである。あれは10年以上前、薬師岳(2926m)に登った時だった。高齢の女性二人が実にゆっくりと前を歩いていた。追い抜いたけれど、太郎平小屋に先に到着したのはあの女性たちだった。彼女たちは休憩しないのだ。

 われらは1時間後、横尾に着いた。吊り橋を渡れば涸沢、そのまま直進すれば槍ヶ岳方面で、この三叉路は多くの登山者がリュックを下ろして休む。ここから本谷橋という吊り橋までは1時間ほどで、余り起伏のない楽な道だ。左手にそびえる垂直の屏風岩を眺め、谷川のせせらぎを聞きながら歩く。

      ↓ 屏風岩
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 本谷橋に到着し、橋のたもとの岩に腰掛けて休んだ。ここから先が本格的な登山道で、段々に組まれた石を踏みしめて登るのだ。この夜泊まる涸沢小屋までのコースタイムは2時間ほどだが、高齢のわれらはもっとかかるだろう。

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 次第に、元気が良かった材木商とカレー男の調子が落ちてきた。手ごろな岩があると、腰掛けて休むことが多い。逆に、近江商人は意外としっかり歩いている。一応登山に慣れている私は順調で、いつの間にか先頭に立っていた。登山道脇には遅咲きのハクサンフウロが咲いていたが、彼らの目には入っていないだろう。

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 やがて、前方に涸沢カールの全貌が見えてきた。そしてその上に、前穂高岳、吊り尾根、奥穂高岳が圧倒的な姿を見せている。右手前方には今夜泊まる涸沢小屋が見えてきた。標高は2000mを超え、空気も薄い。このあたりからが胸突き八丁だ。彼らの悪戦苦闘ぶりを撮影しようと、先回りして悪意ある写真を撮った。

       ↓ 右手に涸沢小屋。ここからが遠い。
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       ↓ 重い足取り。後ろの2人の姿は見えない。 
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 まさに青息吐息・・・北アルプス登山が初めての3人は、何とか涸沢小屋に到着した。彼らににぜひ絶景を見てもらいたいと、私は天気予報を小まめにチェックし、登山日を決めた。それが的中し、今その絶景が目の前に迫っている。宿泊手続きをしたあと、標高2350mの展望デッキに出て生ビールで乾杯した。

 絶景なら映像でも写真でも見られるが、自分の足でそこに到達し、そこに漂う空気感とともに絶景を自分のものにする。これが登山の魅力であり、えもいわれぬ達成感がある。その場に立てば、非日常の世界をひしひしと感じるはずだ。

 カールを見上げれば、ゴジラの背中のようなごつごつした前穂高岳、そこから弓なりに続く吊り尾根、そして日本第4位の高峰・奥穂高岳。友人は3人とも饒舌ではないが、「凄いなぁ」という短い言葉で感激を表現した。登山を計画した私にとって、そんな簡潔な言葉から十分感動が伝わってきて、うれしかった。

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       ↓ ゴジラの背中のような前穂高岳
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       ↓ 三角形の百名山の常念岳
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 そして次に、意外な人との出会いが待っていた。日本百名山と二百名山を一筆書きで踏破したプロアドベンチャーレーサー田中陽希さんが、デッキに現れたのだ。実は前日の午後、宿泊した徳沢園で彼を見かけ、彼は横尾山荘で泊まると言い残して走り去った。
  
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 その後どうしたのか気になっていたが、彼はこの日、横尾山荘から一気に槍ヶ岳の頂上を踏み、さらに凄いのは、そこから南岳を経て大キレットを踏破して北穂高岳に立ち、涸沢小屋に下りてきたのだ。ベテランでもどこかで1泊するが、午後の早い時間に涸沢に達していたのだ。もはや超人としか言いようがない。

 陽希さんの番組をいつも見ていたから、何やら初対面のように思えず、いろいろと話をした。今回はSONYの依頼で、登山の時に装着するビデオカメラの宣伝用に登山の様子を撮影したという。ファンを大切にする気さくな対応に、一層好感を持った。

 ひと息ついたので、カールをもう少し登ってみようと提案したが、「行く」と言ったのはカレー男だけだった。材木商と近江商人は「疲れた」「足が痛い」と泣き言を並べ立てた。カレー男と一緒に半時間ほど登ると、三角形の涸沢槍が間近に見え、涸沢の景色は大きく変貌した。雪渓を渡り、岩を越え、2時間ほどアルペン気分を味わった。

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       ↓ ナナカマドが涸沢を赤く染めるのは間近
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 涸沢での一夜が明けると、朝から強い雨が降っていた。滑らないよう慎重に下ったが、近江商人は疲れのためか、3回も尻餅をついた。一気に上高地へ下り、シャトルバスで平湯へ。ここから新穂高温泉の旅館に直行し、プールのように広い露天風呂に体を沈め、至福の時間を過ごした。かくして年寄りの大冒険は終わった・・・。

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                                                (終わり)

 

 
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旧友と北アルプスの涸沢に行く(前編)

 今回のブログに登場する人物は4人。いずれも私の高校時代からの友人である。食品会社でカレーの開発一筋の「カレー男」。商社マンとして海外で木材の買い付けをしていた「材木商」。高層のビジネスホテ2軒を保有する「近江商人」。暇人を名乗る私はマスコミのクズ。

 一人を除いて現役を退き、おおむね大人しく第二の人生を歩んでいる。10年ほど前、同級会で何十年かぶりに再会した。高校時代はいつもつるんでいたので、たちまち意気投合し、年3、4回、泊りがけでゴルフをするようになった。

 今年6月、ゴルフを終えて雑談していると、カレー男が「お前の趣味の山に連れて行ってもらえないか」と言った。近江商人は「俺も行く」と同調したが、材木商は「あんな苦しい登山なんか行きたくない」と断固拒否の姿勢だ。「じゃ、3人で行こう」となり、計画を始めた。

 私は、ぜひ北アルプスの絶景を見せてやりたいと思った。山の初心者だから、比較的楽に登れる涸沢カールを目指すことにした。涸沢は日本最大のカールであり、ナナカマドなどの紅葉の名所でもある。シーズンになれば、紅葉と登山者のテント村の写真が新聞の1面を飾る。

 登山計画は随時メールで送った。情報を共有するため、念のため登山拒否の材木商にも送信しておいた。すると、彼から「やっぱり俺も行くわ」というメールが届き、一同のけぞった。絶景に興味を引かれたのか、のけ者にされるのが嫌だったのか分からないが、ともかく4人がそろった。

 9月初旬、名神の養老サービスエリアで合流した。新品の登山靴にリュック姿。まぁ、それなりに登山者の装いだ。運転手役は近江商人で、車は彼のレクサス最高級車だ。乗り心地は暇人の軽トラとは雲泥の差である。東海北陸自動車道で高山を経由、上高地への玄関口平湯温泉に向かった。

 平湯のあかんだな駐車場に車を止め、シャトルバスに乗り込んだ。すると、近江商人のスマホに「車の窓が開いている」とのメールが送られてきた。高級車はこんなシステムが装備されているのだ。出発直前だったので、近江商人は80キロの巨体を揺らしながら全力疾走で駐車場を往復した。登山のいい練習になったことだろう。

     ↓ 上高地行きシャトルバスの向こうに笠ケ岳
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 上高地は晴天だった。河童橋に立つと、穂高の峰々が美しい姿を見せていた。明神までは梓川の右岸を行き、清流を泳ぐ岩魚などを見ながら歩いた。暇人はここぞとばかり知ったかぶりを披露し、日本アルプスを海外に知らしめた宣教師ウェストン卿のことを語り、彼を山に案内した上條嘉門次の小屋に案内したが、3人はさも興味なさそうに聞いていた。

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     ↓ よく見れば岩魚が泳いでいる         
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 垂直に切り立つ3000m近い明神岳を見上げながら、その夜泊まる徳沢園までゆっくり歩いた。この宿は井上靖の小説「氷壁」の舞台となった山小屋で、「氷壁の宿」として有名だ。主人公が荒天の穂高を登り、恋人が待つ徳沢へ向かうのだが・・・。その辺のことを講釈師よろしく語って聞かせたが、耳を素通りしてる様子である。

     ↓ 明神岳
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 さすが徳沢園は、食事も寝る所も普通の山小屋と違い、ホテルに近い。学生時代富士山に登ったカレー男は別にして、他の2人は山小屋に泊まるのは初体験だ。「涸沢小屋にも風呂はあるんだろう?」と言ったかと思えば、「俺は個室でないと眠れない」とほざき、登山をなめきっている。

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 その夜、暇人はウィスキーを片手に外に出て、満月の夜空を眺め続けた。他は、布団の上でスマホをいじっていた。翌日は本格的な登山になるが、さて、どうなるやら・・・。

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                                       (続く)

 

 

名峰・白山を登る・・・(後編)

 白山の室堂から最高峰の御前峰(2702m)に向かって歩き出した。朝方に降っていた雨は止んではいたものの、依然としてガスが立ち込めていて見通しが悪い。山頂直下には七つの池があり、これを回る「お池めぐり」は白山登山のハイライトだが、この視界不良では遭難の危険があり、無理かもしれない。

 山の斜面には今が盛りのお花畑が広がっており、まさに百花繚乱だ。さすが日本有数の花の山だ。高山植物は、氷河期という厳しい環境を生き延びてきた草木であり、私も健気に咲く美しい花に魅了される。氷河期とはどのような環境だったか知らないが、私などはマンモスが雪原をのし歩く光景しか思い浮かばない。

 御前峰への登山道沿いでは、黄色い花が咲き乱れていた。キンバイかキンポウゲか・・・。花のベテランならすぐに見分けがつくそうだが、われら素人が知ったかぶりを言うのは控えよう。いずれにしても、夏山を代表する花だ。

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 次は、ピンクのコイワカガミと、その背後に咲く黒紫色のクロユリだ。北アルプスなどでもよく見かける花だが、どちらも白山の群落はスケールが大きい。クロユリは石川県の「郷土の花」だそうだ。ユリと言えば清楚な純白だが、クロユリはとても可憐とは言い難く、私などは隠微な匂いを嗅ぎ取るのだ。

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 若い女性がカメラを構えていた。その先にクルマユリが咲いていた。鮮やかなオレンジ色で、その下に薄紫色のハクサンフウロが二輪、三輪、ひっそりと咲いていた。

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 登山道の足元で、イワギキョウとイワツメグサが咲いていた。肩で息をしながら急な山を登る時、岩と岩の間に咲くこの二つの花は、一幅の清涼剤だ。

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 ハイマツの松ぼっくりは、実に鮮やかなピンク色だった。松ぼっくりはライチョウなどの餌になるが、出会った登山者によると、白山にはライチョウはいないのだという。何年か前に目撃情報があったが、あれは北アルプスから出張してきたものらしい。北アルプスなどではしばしば見かけるが、ハイマツが繁る白山にはなぜいないのだろう。

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 山頂まで500mの高天ケ原という場所まで登ってきた。依然としてガスがかかっている。それから10分ほど歩くと、上空が明るくなってきた。よく見ると頂上らしき場所に何人かの人影が見えた。

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 標高2702m、御前峰の山頂に着いた。途中で青空が見えたので喜んだが、またガスに覆われていた。1300年前、この小さな社があった場所には十一面観音が安置されていたが、今は白山神社の奥宮になっている。観音菩薩がのけ者にされてしまったようで、複雑な気分だ。

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 頂上のすぐ近くの岩場で、未練がましくガスが晴れるのを待った。ガスがかかっていると、登山道が分からなくなり、ガイドブックによるとお池巡りは厳禁である。半時間ほど待っただろうか、一気に視界が開け、直下にエメラルドグリーンの池が二つ見えた。白山の神のご利益か、観音菩薩の慈悲か・・・。思ってもみなかった幸運である。

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 女房は「これで行かなければ一生の後悔。さぁ、行きましょう」と言って急なガレ場に踏み出して行った。結構急な斜面で、岩がゴロゴロしている上、砂礫の所もあって滑りやすい。普段は何事にも私の方が積極的だが、女房は人が変わったように鼻息が荒かった。

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 下の写真の「油ケ池」がお池巡りのスタートだ。ガスが湧けば、このような場所では方向感覚を失いそうだ。踏み跡がはっきりしない場所もあり、道に迷うのは必至。岩を越え、雪渓を渡り、お池を巡るこのコースはゆっくり歩いて1時間半ほど。下から2枚目の写真は「千蛇ケ池」で、雪に覆われたこの池の下に千匹のヘビが封じ込められているという。

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 お池巡りのコースはすり鉢状の底を歩く感じで、お花畑が広がっていた。中でもハクサンコザクラは可愛い花で、女房のお気に入りだ。その名前から白山の花だと思っていたが、研究用に持ち込まれたらしい。少しがっかりだ。

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 下の写真はゴゼンタチバナ。御前は白山の御前峰からとったとされている。その下はチングルマの群生地。白い花に淡いピンクが混じるのはハクサンシャクナゲだ。

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 白山登山のハイライトを終え、室堂から弥陀ケ原を歩いて下山にかかった。途中、巨岩がごろんと横たわる「黒ぼこ岩」を写真に撮り、その下の「延命水」では湧き水を柄杓で2杯飲んだ。私の長生きを嫌がる女房は「やめて」と言ったが、これでさぞや長生きすると思う。

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 このあたりから再び雨が降り出し、滑りやすい岩の登山道を慎重に下った。別当出合に下山したのは午後5時を過ぎており、この日だけで10時間近く歩いたことになる。最後の方は膝が痛くなり、サポーターを巻いて何とかしのいだ。白山を甘く見ていたことを反省した。楽に登れる山など一つもないし、ましてここは日本百名山である。

 以前から各地の十一面観音を巡拝している私にとって、今回の登山は聖地巡礼のようなものだった。しかし、白山はその山自体が御神体であり、6000体もあったとされる石仏は打ち捨てられ、ひとかけらもなかった。もはや仏教の気配は徹底的に消されていたのだ。

 明治新政府が発した廃仏毀釈によるものだが、神道による国家統合を進める明治政府に、廃仏という口実を与えたのは仏教の堕落があったのかもしれない。しかしそれにしても、このような文化破壊は何と嘆かわしいことか。イスラム過激派ISが、シリアのパルミナ遺跡を破壊したことと重ね合わせ、暗澹たる気分だった。

 御前峰のお堂に鎮座していた本尊の十一面観音像などの仏像は、廃仏毀釈の難を逃れ、麓の林西寺に移された。白山を追われた観音菩薩などの8体は「下山仏」として公開されており、その翌日、拝観した。

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 登山の楽しみは、下山後の温泉である。今回泊まるのは「中宮温泉」だ。以前、白山スーパー林道(現在はホワイトロードに改名)を走った時から目をつけていた温泉である。石川県側の料金所を出てすぐ左折し、300mほど走ると温泉がある。源泉かけ流しで、泉質の良さには定評がある。

 旅館に到着すると、夕食の時間を遅らせてもらい、風呂に駆け込んだ。私のか弱い足はボロボロに疲れており、湯につけるとジンジンと痺れた。名湯の誉れ高い湯によって疲れは癒され、山菜料理をつつきながらビールを流し込んだ。もう、これがたまらないのだ・・・。

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名峰・白山を登る・・・(前編)

 石川、福井などにまたがる北陸の名峰・白山(2702m)はいつか必ず登りたい山だったが、これまで北アルプスや南アルプスの山に目移りし、ずっと後回しにしてきた。しかし、年齢的にも能力的にももう待ったなしの状態で、まだ多少の力が残っている今、挑戦することにした。

 後で後悔することになるのだが、私はどこか白山を甘く見ていた。それに、出発する前、知人から「なだらかな山ですよ」と聞かされてもいたことも甘さにつながった。しかし考えてみれば、楽に登れる山など一つもないし、まして日本百名山の頂上を踏むにはそれなりの苦難が伴うのが当たり前だった。

 もう一つ、白山に登りたい訳があった。1300年前、白山最高峰の御前峰の祠に、白山を開山した泰澄上人が自ら彫った十一面観音像を安置したとされ、この山こそ観音信仰の聖地とされているのだ。私は各地の十一面観音菩薩を巡拝しているので、今回の登山は聖地巡礼でもある。ただ、大いに落胆した。その理由は後で・・・。

 登山に備え、和歌山の山小屋から北陸に近い大津の自宅に帰った。テレビでは秋田や新潟、それに石川などの豪雨が伝えられていたが、すでに中腹にある南竜山荘を予約していた。登山前日の夕方、白山の予約センターから電話があり、雨で登山口の別当出合への道が閉鎖されているとのことだ。

 もし白山が駄目なら、福井を経由して上高地から焼岳に登ろうと、午前5時半に見切り発車した。8時を過ぎれば予約センターで情報が得られるとのことだった。勝山市の手前で女房が電話すると、通行止めが解除されたとのことだ。このような電話をしてくれるのは珍しく、以前から抱いていた「北陸人の親切」はその通りだと再認識し、うれしかった。

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 午前10時過ぎ、登山口の別当出合に到着した。山を見上げると、霧が覆っていた。義務付けられている登山届けを提出して歩き出した。いきなり100mほどの吊り橋だ。女房は目をつむって渡るほどの吊り橋恐怖症で、「私が渡り終えるまで、絶対来ないで」と念を押して渡った。

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 登山道は急登から始まった。私たちの前におばさん中心の20人近いグループがおり、しばしば渋滞する。花を観察し、写真撮影しながらの登山だから、渋滞も当然だ。彼女たちはあらん限りの花の知識を披瀝し合い、少し滑稽。人のことは言えないが・・・。「すんまへん」と言って一気に追い抜いたが、息が切れた。

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 ブナやダケカンバの森の中を登って行く。すると、黒の作務衣に頭に手拭いを巻いた集団が迫ってきた。10代と思われる若者で、「永平寺の人?」と問うと、礼儀正しく「はい」と答えた。厳しい修行を続ける永平寺の禅僧だ。

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 登山道沿いに「この先、火口域から2キロ圏内」という標識があった。白山は紛れもない活火山であり、ひとたび噴火すれば噴石が飛び散る範囲ということだろう。あの御嶽山の悲劇が蘇ってきた。

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 いくつも小さな池があった。これらの池にはサンショウウオが生息しているとテレビで知った。池をのぞいてみると、赤ちゃんがいっぱい池の底を這っていた。大人になれば14、5センチの大きさになるらしい。

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 3時間ほど登ると、甚之助非難小屋に着いた。ここでカップ麺とおにぎりを食べ、すぐ歩き出した。このあたりは標高2000mほどで、高山植物が見られるようになる。言うまでもなく、白山は花の山である。「ハクサン」を冠する花は18種類と聞いた。ハクサンコザクラ、ハクサンイチゲ、ハクサンフウロ・・・。高山植物の代名詞のような花である。

 高山植物の名前をうかつに人に教えるのは禁物だ。同じような花でも異なる場合が少なくない。ベテランは花より葉をよく観察する。一番下の写真はヨツバシオガマだが、これは間違いない。

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 室堂と南竜山荘の分岐点を過ぎると、平坦な道になった。見上げると、青空がのぞいていた。やがて今夜泊まる南竜山荘が見えてきた。すぐ上まで雪渓が迫っている。山小屋のベッドにリュックを運んだ後、外のベンチでウイスキーを飲んでいた。すると、二組の夫婦が同じテーブルに座った。何と和歌山の隣町の人たちで、にわか県人会と相成った。

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 翌朝は小雨が降っていた。朝食の前、沸かしたコーヒーを飲みながら、恨めしく空を睨んだ。朝7時、雨具を着込んで出発した。前日、下山してきたおばさんたちと立ち話をした。二日間とも雨に降られたらしいが、「私たち登山というより、花を見に来たのよ」と強がり言っていた。なるほどそんな言い方があるもんだ。

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 頂上へ向かうにはいくつもルートがあるが、私たちはエコーラインを登った。急な斜面のため道はつづら折りになっていた。それに沿って様々な高山植物が雨に打たれていた。それはそれで風情があるが、「花を見に登ってきた」という強がりはとても言えず、雨は残念至極・・・。

 ナナカマドが群生していた。秋になればさぞや紅葉して美しいだろう。黄色いニッコウキスゲは、ハッとさせるほど鮮やかだ。ピンク色のコイワカガミはこれから何度も目にするだろう。チングルマも健気に咲いており、すでに花が散り、綿毛になっている場所もあった。

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 急な石の道を登った。やがてイブキトラノオの花の向こうに、室堂の建物が見えてきた。南竜山荘から2時間近くもかかった。相変わらず霧が立ち込めている。これから小一時間かけて最高点の御前峰に登るのだが、深い霧に気勢を削がれた。

 その頂上からは、エメラルドグリーンの水を湛える噴火口が眺められ、白山きっての絶景である。そして、この池を巡るトレッキングは白山登山を締めくくる完結編である。しかし、霧が出れば道が不明確になり、遭難の危険が大きい。われらは果たして行けるのか・・・。     

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大峯奥駈道の釈迦ケ岳へ・・・

 大峯奥駈道にそびえる日本二百名山の一つ「釈迦ケ岳」(1800m)をめざし、朝5時40分に軽トラで家を出た。生石高原からは、清水町を経て急坂を登って龍神スカイライン(無料)に合流、ここを左折して高野山に向かう。ちなみに清水町は、秋篠宮妃紀子さんの曽祖父の出身地である。

 高野山の手前で右折し、野迫川(のせがわ)町へ下って行く。野迫川と言えば、光源氏の再来とうたわれた美貌の武将・平惟盛の塚があり、私も訪れたことがある。それはともかく、道が細い上 曲がりくねっており、軽トラに乗っているから上下、左右の振動がひどい。

        ↓ 野迫川町の平惟盛塚(2008年9月撮影)
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 案の定、しばらく走ると車酔いが始まった。助手席の女房もやはり酔ったらしく、盛んに生あくびを繰り返している。酔いはますますひどくなり、路肩に車を止めておう吐した。車を運転していて酔うことは滅多にないのだが、この日は体調が悪い。

 高野山から下ること約1時間、五条市と十津川村を結ぶ国道に出た。ここを右折し、日本一長い谷瀬の吊り橋方面に向かうと、「釈迦ケ岳登山口」の標識があった。この道がまた大変な悪路で、路上のあちこちに巨石が落ちており、カーブも連続しているので車酔いがぶり返した。

 半時間ほど走ると、左側の路肩に天然記念物のニホンカモシカがたたずんでいた。私たちが暮らす生石高原でもたまに見かけるが、人間を怖がらず、人をじっと見つめるクリクリした目がかわいい。こんなに人懐っこい野生動物も珍しい。この先には猿が何匹も遊んでいたが、その目には警戒心がみなぎっていた。

 登山口に着いた。自宅を出て3時間も車に揺られっぱなしで、車を降りると少しふらついた。駐車場には6、7台が止まっており、かなり遠方のナンバーもあった。大峯奥駈道の標識の横には「熊出没注意」の看板があり、夫婦で3個のクマ除け鈴を付けて出発した。

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 ブナやカエデ、ヒメシャラの森を進んだ。相変わらず車酔いの症状で、辛い。標識に行方不明者の紙がぶら下げられていた。中年女性が道を間違え、未だに見つかっていないという。このあたりは登山道が二股に分かれており、谷の方へ迷い込んだのかもしれない。

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 急な坂を登りきると、尾根に出た。このあたりから大峯に多いバイケイソウの群落が広がっている。ちょうど今、花芽が出ており、しばらくすると白い花が咲くはずだ。シカなどに食べられず、群落が保たれているのは毒草のためだろう。

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 車酔いは収まらず、ほうほうの体で歩いていると、右前方に先端が丸みを帯びた独特の山が見えた。地図を見ると、どうやら大日岳(1568m)だ。その左手は見えないが、そのあたりに今回目指す釈迦ケ岳があるはずだ。

 釈迦ケ岳は、山上ケ岳、八経ケ岳などと並ぶ大峯奥駈道の中核的な山。桜の吉野山から熊野三山を縦走する80キロに及ぶ修験道の奥駈は、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録されている。この道を歩く度に、大峯の奥深さに何か畏怖のようなものを感じる。

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       ↓ ズームアップするとこんな形の山
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 先を歩いていた女房が私を振り返り、「これヘビなの?」と言った。近寄ると、ヘビが下半身をさらして横たわっていた。足で地面を叩くと、ヘビは草の中に逃げ込んだ。ここは標高1500mを超えており、こんな高地に餌となるカエルなどがいるのだろうか。ショッキングな遭遇だった。

 大峯でも鹿害が著しいが、なるほどいたる所でシカを見かけた。登山者に慣れているのか、2、30mまで近付いても逃げない。わが家の周りでもシカが出没し、鳴き声を口笛で真似ることがあるが、前方にいるシカに向かって得意の口笛で「ピュー」という音を出すと、シカは「アホかいな」という顔をして横を向いた。

         ↓ 3頭のシカが草を食んでいた  
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 やっと釈迦ケ岳が見えた。想像していた通り急斜面が頂上まで続いている。体調がいま一つなので、逃げ出したい気分だ。しばらく歩くと、年配の男性が花の写真を撮っていた。下山してきたらしく、「あとどれくらいですか?」と尋ねると、「残り200mの登りはきつく、それだけでも30分はかかるよ」との答えだ。

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 だとすると、現在地から1時間はかかる計算だ。確かに胸突き八丁の急坂だったが、20分ほど登ると、すぐ前方に釈迦如来像が見えた。頂上である。あっけなく登ってしまった。あの男性のアドバイスは何だったのか・・・。

 その銅像は重さが120キロ。大正13年、「鬼マサ」の異名で知られていた強力が3分割して担ぎ上げたという。新田次郎の小説「強力伝」を思い浮かべた。実話に基づくこの小説は、富士山の強力が北アルプス・白馬岳山頂に、重さ50貫もの方位盤を担ぎ上げた物語だ。50貫と言えば約190キロ。とんでもない強力がいたものだ。

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 山頂には、ツツジの仲間のシロヤシロが純白の花を咲かせていた。そう言えば昨年、大峯の主峰の八経ヶ岳はに登ったのもシロヤシロが満開のころだった。山頂からは、真北に堂々とした八経ヶ岳を見渡すことが出来た。

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 山頂の少し前から酔いのような症状は治まり、何とか胸突き八丁を乗り切ったが、コースタイムから大幅に遅れる体たらくだった。昼食は食欲が進まず、1個のカップ麺を女房と分け合って食べた。帰りは女房に遅れることなく、そこそこ快調に歩けたのが幸いだった。今回も心に残る大峯奥駈道だった・・・。

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