ボケ防止のため始めたそのブログで、ひまじん夫婦がすでにボケであることを告白しなければならないのは、まことに皮肉であり、つらい。 つい4、5日前、山小屋のポストに、キノコ観察会の案内状が入っていた。シイタケやナメコなどを栽培しているし、キノコに興味があるので参加することにした。
6日(土)の朝、山小屋から45キロほど離れた和歌山県かつらぎ町に向かって出発した。集合場所は、1700年前の創建とされる「丹生都比売(つひめ)神社」の駐車場だ。この神社は「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されている。


↑ 社殿は北条政子、太鼓橋は淀君がそれぞれ寄進したという
集合時間の30分前に着いて待っていたが、それらしき人は誰も来ない。社務所で聞くと、「キノコ観察会は明日ですよ」とのこと。不覚にも日を間違えていたのだ。
「お前が今日や言うたやないか」
「あんたが案内状を見て6日や言うたわよ」。
ボケているのはそっちだと、互いにののしり合うひまじん夫婦だが、どちらもボケているのは間違いなさそうだ。
折角来たのだからお参りした。4棟が建ち並ぶ立派な社殿に向かい、二礼、二拍手、一礼。「もうこれ以上ボケが進みませんように」。女房も神妙に拝んでいる。「・・・」
ここまで来たのだから、すごすごと帰るのはもったいない。40分ほどで行ける高野山に向かうことにした。車のナビに「奥の院」を設定。ナビ通りに走ると、とんでもない所に行きついた。そこは、奥の院の裏側に広がる深い森の中で、行き止まり。なんでこうなるの?今度はナビがボケている。ナビを過信するなということだ。

↑ ナビを信用していたら奥の院の森に迷い込んだ
仕方なく引き返し、歴史上のお歴々の墓が並ぶ参道を御廟まで歩いた。バスガイドの話を盗み聞きして、ひとつ賢くなった。あの巨大な墓石は重くて運べないので、中がくり抜かれているのだそうだ。そして、ピラミッドを積み上げた手法(周囲に砂を盛り上げながら石を積む)が用いられているという。

高野龍神スカイラインを走って帰路についたが、途中の標識に「野迫川」とあった。この地区はまさに秘境で、以前から行ってみたいと思っていたので、寄り道することにした。道は細く、谷はV字型に切れ込んでおり、落ちたら一巻の終わり。
そろり、そろり走ること約10キロ。平維盛ゆかりの地に着いた。小高い丘の上に塚があり、地区の人たちが下草をきれいに刈り、お守りしている。

↑ 小高い丘が平維盛の塚
維盛は光源氏の再来と言われた男前だったらしいが、武人としてはいまいちで、連戦連敗。平家の落人として紀伊国に落ち延びたと伝えられる。維盛の塚は、寂寥感を漂わせ、秘境にたたずんでいた。
夫婦で手を合せてこの地を去り、さらに走り続ける。川の相が美しい。渓流の女王アマゴがいっぱい泳いでいるのだろう。

やがて1軒のホテルが現れ、「野迫川温泉郷」の看板が掛けられていた。入浴料は1人800円。普通は600円だから高いが、今日はずいぶん冷や汗や脂汗をかいたので、洗い流すことにした。

↑ 秘境に似合わないおしゃれなホテルに温泉もある
スカイラインに戻り、標高1000メートルを超える護摩壇山に立ち寄った。この山は、ひまじんの山小屋からも見えるので、なじみ深い。
女房は「色々あったが、秘境にも行ったので、久しぶりにいい旅だった」と喜び、ボケの反省はすっかり忘却の彼方へ・・・
墓参りをした後、余呉湖に足を伸ばした。琵琶湖の最北端、その少し北にぽつんと小さな湖がある。これが周囲わずか4キロの余呉湖だ。琵琶湖と余呉湖こ挟まれた山並みの中心が賤ケ岳だ。本能寺の変で討たれた信長の跡目をめぐり、羽柴秀吉と柴田勝家の両軍が激突した古戦場である。余呉湖もこの戦乱の舞台となり、湖水が血に染まったと伝えられる。
久しぶりに訪れた余呉湖は、お盆休みなのに人影は少なく、静かだった。ここには羽衣伝説が伝えられており、天女が衣を掛けたという柳の古木がある。その木陰に入ると、涼しい風が吹いていた。
周回道路を車でノロノロと走った。余り商売っ気が感じられない食堂が1、2軒。湖の奥まった所に国民宿舎があるが、人影は少ない。お年寄りの夫婦がベンチに腰掛け、ぼーっと湖面を眺めていた。
戦国の武将が「槍の血を洗った場所」と書かれた立て札があるが、目印となる石組みなどがある訳ではない。観光地によくある怪しげな墓碑やゆかりの建物などはほとんどなく、ただ豊かな水をたたえた静かな湖があるだけだ。
ひまじんは少年の頃、この余呉湖でよく遊んだ。夏休みになると、水浴びに出かけた。岸から少しは離れた沖合いに古びた杭が何本か立っており、そこまで泳ぐのが肝試しみたいなものだった。水を飲んで溺れかけたことが何回かあり、今から思うとゾッとする。
ウナギ捕りもした。近くの小川でとったドジョウを針に刺し、岸の石積みの中に入れて釣るという方法だ。飽きもせず、何回も試みたが、釣った記憶はない。川では素潜りで鮎掛けもやったが、いつも空振りだったと思う。せいぜいオイカワを手にしただけで、母親に焼いてもらい、空腹を満たした。中学生になると、湖から遠ざかった。なぜだか分からない。
帰省すると必ず、湖を見に来る。少年の頃の思い出にふけるためではない。ただ、自然に足が向くだけだ。




西国二十三番札所「勝尾寺」にいってきました。勝尾寺は勝運の寺として知られています。ここのだるまを授かり、試験、選挙、スポーツ、病気‥‥に勝運をつかんだ人が多いとか。私も数年前、娘のスポーツ勝運のためにだるまを授かりましたが、やはり精進がものをいうようで‥‥。


おこのみのだるまを求め、願いが叶えば黒目をいれます。選挙の時めにするあのだるまです。

厄よけの鐘だそうです。ひとつついてきました。自分のついた鐘がゴーンと鳴り響くのはなんとも気持ちのいいものです。

勝尾寺は箕面の山中にあります。桜の開花もまもなくでしよう。平日は千里中央駅からバスが3便しかありませんので要注意。( 9:10 11:15 14:15 )




おこのみのだるまを求め、願いが叶えば黒目をいれます。選挙の時めにするあのだるまです。

厄よけの鐘だそうです。ひとつついてきました。自分のついた鐘がゴーンと鳴り響くのはなんとも気持ちのいいものです。

勝尾寺は箕面の山中にあります。桜の開花もまもなくでしよう。平日は千里中央駅からバスが3便しかありませんので要注意。( 9:10 11:15 14:15 )





















