【夫の日記】 感謝、感謝の訪問者1万人です

  昨夜9時ごろ、私たち夫婦のブログ訪問者が延べ1万に達しました。うれしいというより、1万という数の重みを感じています。いつも訪問して下さる方々、ちょこっとクリックして下さった方々、そんな皆さんに「ありがとうございます」と言わせて下さい。

 ブログは今年3月に始めました。これまでに書いた記事は220本。主に、森の暮らし、有機栽培、釣り、旅などについて下手な写真を添えて、つたない文章で綴ってきました。

 自然と戯れ、自然の恵みを受ける生活は実に楽しいのです。そんな一端を発信したいというのが私たちの願いでした。

 しかし、訪問して下さる人たちの大半がお仕事を持ち、日々を懸命に生きておられます。そのような人にとって、私たちの生活は少し距離のある世界かもしれません。

 生活スタイルも人生観も人それぞれです。ただ私たち夫婦は、ともに田舎で生まれ、育ちました。今は、そのような生活に戻っただけなのです。「自然が好きだ」などという常套句を声高に言うつもりもありません。

 ケチ臭い話になりますが、このような生活はお金がかからないのです。野菜を栽培し、魚は自分で釣ります。山菜など山の恵みもあります。暖房も薪を使っています。仲間同士の助け合いは頼りになります。

 ただ、買い物は山を下らなければなりません。病院も遠い。図書館も映画館もありません。テレビもほとんど映りません。文化的生活と距離を置き、むしろ不便を楽しむ暮らしを選んだのです。

 新聞は購読しているのですよ。郵送してもらっているので、半日遅れで読んでいます。世界不況が起き、日本でも解雇が相次いでいるとか、政治の混乱が起き、自民党の分裂が取りざたされているとか、この世で起きていることは、おおまかに、それなりに分かっているつもりです。

 ただし、不況も、政治不信も、イスラエルのガザ攻撃も、凶悪事件も、オバマさんの行方も、食品不信も、何もかも遠い世界の出来事のように思えるのです。消費税が上がっても余り買い物しないので影響は少なく、森に景気、不景気の波は届きません。

 着実にバカになっています。ただでさえ小さな脳味噌が一段と収縮しています。しかし、心は安らいでいます。バカですから風邪ひとつひきません。

 これからも、森の暮らしを書き続けたいと思います。お付き合いのほど、よろしくお願いします。ここには正月はなく、お節料理もお屠蘇もありません。古女房と小鳥とともに迎える平成21年です。皆さんにとっていい年でありますように・・・。
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【夫の日記】 1年分の薪作り/雑木林を伐採

  昨日書いたばかりなのに、また、また、薪の話でございまして・・・。「もうよい!」という声も聞こえてきそうだが、どうかお勘弁を。

 紀伊山地の一角、標高800メートルの生石山。この厳寒の山で越冬するのは私たち夫婦、ドイツ人P、団塊世代の男の3家族だ。いずれも、薪ストーブのエコ暖房にこだわっているので、薪になる木は喉から手が出るほど欲しい。

 そんな私たちに、またとない話が舞い込んだ。生石山中腹の雑木林を伐採する代わりに、薪となるそれらの木をそっくり頂けることになったのだ。木はこの3家族で山分けする。

 年も押し迫った30日午前9時、3人が雑木林に集合した。伐採する木は6、70本はありそうだ。林道に近い所から伐り始めることにした。

 「ブ、ブ、ブ、ブォーン、ブォーン」--。3人のチェンソーが一斉に唸りを上げる。まず、伐採の邪魔になる周辺の小さな木をなぎ倒す。そして、いよいよ伐採だ。

  木を倒したい方向にV字の切り込みを入れるが、木自体の傾きや枝の重量によって、思わぬ方に倒れることがあるので危険だ。そこで活躍するのがPの愛車ジープである。木にロープをくくりつけ、これをジープで引っ張って倒すのだ。

 Pは若い頃、ドイツ海軍の兵隊さんだったので、舟結びというのか、ロープのくくり方がうまい。普通の結び方だと、強い力で引っ張るのでほどくのに難儀するのだ。

 しかも彼は、カナダで森林業に従事していたことがあるらしく、チェンソーの魔術師なのだ。丸太の切り口は見事と言うしかない。伐採は私たち2人が行い、Pはジープで引っ張る。そして3人で長さ1・5メートルほどの丸太を作り、軽トラ2台とジープで私たちの森の空き地まで運び上げた。

 この日だけで、20本ほどの木を伐った。空地に積み上げた丸太は結構な量になった。まだ、4、50本の木を伐り、丸太を薪の長さに切りそろえなければならない。

 それらの作業は当分続くし、重労働になるが、これで来シーズンの薪を心配しなくていい。丸太の山を前に、鼻歌が出てきた。

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【夫の日記】 もうすぐ富豪になる/薪の話ですが・・・

  朝の散歩中、同じ生石山で暮らすドイツ人Pと大阪から永住したMの二人が道端で立ち話をしていた。Pは私の顔を見ると、ニタニタしている。「兄貴、いい話あるよ」と言うので、「昼ご飯を食べに来ないか。その時、たっぷり聞かせてもらうよ」と言って、散歩を続けた。

 またまたPに新しいガールフレンドが出来たのだろうか。70歳を超えているのに、「オンナ好き」なのだ。私が知っているだけで、ガールフレンドは10指に余る。しかも、そのほとんどが70歳、80歳のおばあちゃんというから笑わせる。老若分け隔てなく接するのがモテる秘訣なのだろう。

 正午前、PとMがやって来た。女房が前日からコトコトと煮た特製のカレーライス(肉が少ない)を振る舞う。二人前を食べ終わったPは「来年の薪は心配いらないよ。兄貴とMの3人で分けようぜ」と切り出した。

 生石山中腹に、煙草も売っている小さな、小さな食料品店がある。店内には何脚か椅子が置いてあり、数十軒しかないこの地区のサロンになっていて、夕方になると人が集まり、井戸端会議が始まるのだ。ヘビースモーカーのPはこの店で煙草を買っており、サロンの仲間なのだ。

 先日、ここでおしゃべりしていると、ガールフレンドの一人、71歳のおばあちゃんから「薪になる木いらないか?」と持ちかけられたらしい。その雑木林を畑にするので、木を伐採してもいいという話だったのだ。

 カレーライスを食べた後、現地を見に行くことにした。雑木林は車で5分ほど下った所にあった。雑木林まで林道が通っており、車を乗り入れることが出来る。伐採した木を運ぶのにまことに好都合だ。

 木はすべて落葉樹で、薪にはもってこい。しかも樹高は20メートルくらいあり、まっすぐ伸びているので薪にしやすい。3人で山分けしても、たっぷり1年分はありそうだ。金鉱を見つけたような気分である。

 このところ寒い日が続いているので、連日、薪ストーブをガンガン燃やしている。ベランダの下に積み上げている薪は恐ろしいほど減っていく。備蓄は十分なのだが、それでも恐怖心が湧いてきて、寝言でも言いそうな心境なのだ。

 私たち山暮らしの仲間は、薪ストーブにこだわるエコ暖房派なのだ。だから、年がら年中、薪の原木をいかに確保するかが話題になる。Pの多彩かつ華やかな女性関係から飛び出したビッグニュースに、3人とも興奮し、小躍りした。

 現金なもので、その夜からストーブに放り込む薪の量が大胆になった。大金持ちになった気分なのだ。

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【夫の日記】 エナガは来るか?/餌台を作って待つ

  私たちが暮らす紀伊山地・生石山の森の中に、木彫の工房がある。ここの主とは14年来の付き合いで、女房が耕す畑の仲間でもある。先日釣ったアジを届けに行って雑談していると、ベランダの鳥の餌台に初めて見る野鳥が飛来し、熟し柿をついばんでいる。
 エナガという野鳥だ。スズメよりひと回り小さく、羽、背中、頭が黒く、腹と胸が白い。特徴は尾が長いことだ。柄杓の柄が長いことからこの名がついたらしい。
 わが山小屋のベランダの餌台にはヤマガラ、シジュウガラがよくやって来るが、柿やミカンを置いていないためか、エナガの姿は見たことがない。
 私たちにとって、野鳥はひと気のない森で一緒に暮らす仲間みたいなものである。とくに、手のひらに乗って餌をついばんでくれるヤマガラには恋人に似た親しみを感じるのだ。よし、エナガを呼び寄せ、仲間を増やそうではないか。
 ということで、エナガも来てくれそうな餌台を作ることにした。薪を作った椎の木の切れ端がある。どっしりしているので、強風でも動くことはなかろう。
 まず、ヒマワリの種が風で飛ばないよう、台の真ん中をくり抜かなければならない。木が堅いのでノミでは時間がかかる。チェンソーを使って彫った。デコボコをグラインダーで磨いた。
 クロモジの枝を伐ってきて、柿やミカンを刺せるようにする。止まり木にもなるので、千客万来の餌台になるはずだ。われながら、なかなかの出来である。
 さっそく止まり木に柿を刺し、ヒマワリの種を乗せ、見守った。やって来るのはヤマガラばかりだ。エナガがすぐに来てくれるとは思わないが、早く姿を見せてほしい。ブログを書きながら、ガラス戸の露を拭いて餌台にチラ、チラと目をやっている。

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【夫の日記】 穴場でアジを釣る/年末の食糧を確保!

  「まだ、アジ釣れるの?」。女房が浮かぬ顔をしてそうたずねた。「うーん、海水温が下がったからねえ。朝と夕方なら、ひょっとして釣れるかも・・・。でもあまり期待できないなあ」
 実は、買い物をせずに生石山の山小屋に登ってきたので、冷蔵庫にほとんど食べる物がないという。そこで、アジを釣って当分の食糧にしようというのが女房の魂胆だ。
 となれば、釣りに行くか、買い物に行くかのどちらか。念のために、湯浅町の釣り餌店に様子をたずねると、「アジねえ、釣れやんよ」と芳しくない。そこで、湯浅より南の海の情報に詳しい系列店に電話すると、なじみの店員が出てきた。「きのう様子を見に行ったら、なんと釣れている場所があったんよ。よう釣れてるで」と、うれしいことを言ってくれる。
 あたふたと釣りの用意をして、山を下ったのは午前9時半。そのなじみの店員の店でアミエビを買い、場所を教えてもらった。目指すは御坊市の日高漁港だ。初めて行く場所なので勝手は分からないが、車を走らせていると岸壁で10人ほどが竿を出している。おー、バンバン釣れている!

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 女房は慣れたもので、さっさと用意をしてもうアジを釣りあげている。私も少し遅れて仕掛けを下ろすが、竿が短いので深場を探れず、竿の長い女房のペースでは釣れない。
 女房の後姿を見ると、真新しい帽子をかむっている。この帽子、先日訪れた八ヶ岳のJAファームの店で買ったものだ。顔をぐるりと覆う布が付いており、和歌山ではなかなか見かけない優れものである。「顔が見えないので、よく似合うなあ」とからかってやった。

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 地元のおいやんたちは、釣れる度に「赤や」「青や」と言っている。なんのことか分からないので聞いてみると、赤はマアジで脂が落ちておいしくないが、青は脂の乗ったマルアジだと言う。なるほど、釣りあげたとき、確かに赤く見えるアジが混じる。
 すでに軽く100匹を超える釣果だ。クーラーに海水と氷を入れて絞めているので2、3日は刺身で食べられるほど、鮮度が保たれる。
 午後から強烈な向かい風が吹いてきた。アジ釣りは女房に任せ、私は軽トラで広い漁港の見学に出かけた。帰ってみると、風は一段と強くなっており、女房はお気に入りの帽子を脱ぎ棄て、髪を振り乱して釣っている。
 もうこれ以上竿を振れないので帰り支度をしていると、女房は軽トラで風を避けながら、アジの数を勘定している。サバのような大きなものから10センチほどの小さなものまで計220匹も釣った。

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 保存食にするため一夜干し、ミリン干しを大量に作ろう。南蛮漬けも。刺身にもしたい。余った分は山の仲間に配ろう。わずか500円ほどの餌代で、この釣果。食糧確保の目的は十分達成した。

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 まだ時間も早かったので、帰りは台風並みの風の中、海岸沿いに走り、4、5か所の漁港を下見した。煙樹ケ浜に近い岩場では、釣り人が竿ケースを波にさらわれて、網ですくおうとして高波を頭からかぶっていた。風の強い日に岩場で釣りをするのは危険だ。自己責任ではあるが、遭難でもすれば皆に迷惑をかける。怖い光景だった。

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【夫の日記】 女房に感謝!再び森の暮らし

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  東京を歩き、信州に寄り道して、10日ぶりに紀伊山地の森に帰ってきた。気温は1度と寒い。山小屋の中に入ると、プーンと煙の臭いが鼻腔をくすぐった。
 おー、この臭いなのだ。薪ストーブの煙に燻された室内にどっかり腰を下ろすと、身も心も安らかになる。新聞紙で焚きつけに火をつけ、ストーブにどんと薪を放り込んだ。パチパチと音をたて、オレンジ色の炎が渦巻いた。次第に暖かくなってきた。

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 私は、都会で長く働いてきた。時間とたたかう職業なので、ストレスがたまった。ネオンの街に足が向き、きれいなおねえさん相手に酒も飲んだ。おいしいものもたくさん食べた。ちょい悪オヤジだったかもしれな。
 そんな私だったが、久しぶりに東京の雑踏にまみれ、言いようのない息苦しさを感じた。おびただしい無機質な光にもうんざりした。丸ビルで食べたスパゲティー、新宿で飲んだ酒・・・。簡素だが、山小屋の食事や酒にはかなわない。
 私のわがままを聞き入れて、山小屋についてきてくれた女房殿に感謝しなければならないだろう。ここに住み始めて1年半になるが、女房は最初のころ、蛇が怖い、虫が嫌い、寒い、煙たいなどと言っていたが、今では野菜の有機栽培に精を出し、草木染めや山菜採りも楽しんでいる。すっかり森のオバサンになった。
 元気なうちは、ここに住み続けたいと思う。女房にも異論がない。「アリガトウ、女房殿!」。いえ実はですね、これが書きたかったのです・・・。

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【夫の日記】 奥蓼科の薬湯につかる

  娘が住む東京を後にして、夜の高速を滋賀に向かって走った。カーナビに表示された自宅到着時間は翌午前2時25分だ。私は東京滞在中のあれこれを回想して無言のままハンドルを握り続けた。女房も黙っている。1時間ほどして私が口を開いた。
 「せっかくここまで来たのだから、このまま帰るのはもったいないなあ」「今夜はどこかで泊まり、明日は温泉でも行かないか?」
 女房は待ってましたとばかりに、「それ、ええなあ。そうしようよ」。話は決まった。急遽、双葉サービスエリアに車を乗り入れ、長女に電話する。夜も遅いのに、まだ会社にいた。「この近くでホテルを予約して」と頼むと、すぐに返事が来た。ホテルは昭和甲府IC近くのビジネスだ。
 自分でもびっくりするほどの急な展開となった。紀伊山地の山小屋で簡素な生活を続けているので、たまには温泉もいいだろう。持ち金が心配だったが、女房が胸をポンとたたいた。

         ↓甲斐駒ヶ岳を眺めながら諏訪湖へ向かう
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 翌朝、高速代をケチって地道を走り、諏訪湖へ。お昼ご飯も節約して白州の「道の駅」で買い求めた山菜おこわを食べた。安くて実においしい。諏訪大社(秋宮)にお参りしたあと、コンビニで買った温泉ガイドで今夜泊まる温泉旅館を探した。

         ↓諏訪大社(秋宮)の御柱
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 女房の希望で、奥蓼科に抱かれた一軒宿の渋温泉(辰野館)に決めた。結構お高い旅館だが、野菜を中心にした料理がいいらしい。道路の凍結が心配なので、早めに旅館に向かった。
 高原の道は標高1000㍍を超えると雪が深くなり、何とか標高1700㍍の辰野館に辿り着いた。白樺と唐松に囲まれた建物は年代を感じさせ、どっしりしたたたずまいだ。

         ↓渋温泉は百名山・蓼科山の懐に抱かれている
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 壁には、吉永小百合の液晶テレビCMでなじみ深い東山魁夷画伯のリトグラフが掛けられていた。森の中に白馬が描かれている、あの絵である。画伯がこの辰野館に逗留し、描いたという。

         ↓画伯が描いた唐松の森と沼
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 温泉は「信玄の薬湯」と呼ばれ、薬効が強いので長湯は好ましくないと書かれている。薄暗い湯殿には源泉が滝のように流れ落ちており、温泉風情があふれていた。夕食までに2回湯を使い、身体を温めていざ食事である。

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 品数は10数種類もあり、鍋の豚肉、焼き物のニジマス以外はすべて野菜と山菜だ。どれもあっさりした味付けが施されており、お酒が進んだ。とても食べきれなかったが、食い意地の張った女房が平らげてくれ、ポッコリお腹が一段と大きくなったように見えた。

         ↓野菜の盛り合わせ。この他に鍋、焼き魚など盛りだくさん出てきた
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 朝食もふんだんにおかずが盛られていた。満足のいく宿だった。雪を踏みしめ、宿の周りを散策したあと、八ヶ岳の原村に向かった。実はこの別荘地には学生時代からの古い友人の別荘がある。16年前に家族で訪れたとき、お隣のMさんにもお世話になった。Mさんはここに永住していると聞いていたので、久しぶりにお会いしたくなったのだ。
 Mさん夫婦は、突然訪れた私たちに驚かれたが、快く、穏やかな表情で迎えてくれた。Mさんは生き馬の目を抜く証券マンだっただけに、ここでの暮らしで安らぎを取り戻されたのだろう。お互いの山暮らしのあれこれを話し合ったが、一つ、とても悔しいことがあった。
 おびただしい薪の量である。薪小屋が二つあり、軒下の分を会わせると3000本は下るまい。私の在庫は800本くらいなので、Mさんは大富豪なのだ。うーん、負けた!

          ↓八ヶ岳に住むMさんの別荘と薪小屋
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 思えば、昨日も今日も、奇跡のような晴天だった。澄んだ空気の向こうに北アルプス、南アルプス、中央アルプスの勇姿がそびえている。そして背後には、八ヶ岳の峰々が様々な表情を見せてくれた。何回も車を止め、息を飲んで見続けた。

         ↓右手に穂高連峰の白い峰が輝いている
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 赤い夕日に向かって帰路についた。実は、前日の記事に寄せられたコメントを読ませていただいて、少し申し訳ない気持ちになった。「意外な展開」 と書いたことが過大な期待を誘ってしまったのだろう。
 しかし、紀伊山地の山小屋で細々と暮らす私たちにとって、費用も高くつく温泉旅館は清水の舞台から飛び降りるような決断であり、意外な展開だったのだ。どうか、お許しいただきたい。
 間もなく山小屋に帰り、私たちの「日常」を取り戻す。

【夫の日記】 山猿が東京に遊ぶ

  和歌山の山小屋を離れ、娘が暮らす東京へ向かったのは14日の日曜日。名神から中央道に入り、恵那山トンネル手前の神坂SAに車を止め、歩いて15分ほどの馬籠宿へと向かった。ここで昼食をとる予定だった。レストランでサービス定食を注文すると、とても1000円とは思えないボリュームたっぷりの料理が出てきて感激した。蕎麦も栗おこわもおいしかった。

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 中山道の馬籠宿は、明治の大火ですべての建物を焼失。旅人でにぎわった往時をしのぶ宿屋は一軒も残っておらず、坂道の両脇には工芸品などの店が並んでいるだけだった。80歳を超えるようなおばあちゃんが名物の五平餅を焼いていた。微笑ましいお店だったので2本買い、女房と食べた。味噌の甘みが口いっぱいに広がった。

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 夕方、東京に到着した。仕事から帰ってきた娘は元気そうだった。心配していた「悪い虫」はどうやら付いていないようだ。少し安心して、私は酔って寝てしまったが、女房とは深夜まで色々と話していたようである。
 翌日、私は学生時代の友人と吉祥寺で昼食をとりながら何時間も話し込んだ。女房も商社時代の同僚とランチし、ともに旧交を温めた。
 その次の日は娘が出勤したので、私たち夫婦は狭い部屋に取り残された。「どないしょう」としばらく思案投げ首。「そうや、丸ビルのレストランへ行こう」と女房が提案した。開店した何年か前、随分と話題になったのは知っている。
 レストラン街は大変なにぎわいだった。アメリカの金融不安が世界同時不況を引き起こし、わが国でも解雇や倒産が相次いでいる。職や住まいを失った人たちにが多いというのに、このグルメの盛況はなんだ!・・・しかし、私たちもそんな一人であり、胸がチクリと痛んだ。
 5階のパスタの店に入ったが、気取った店だった。調理台が見えるようになっており、まるで芸術品でも紡ぐようにパスタをこね回している。山奥に暮らす田舎者の私たちをあざ笑うような手つきも癪にさわった。1800円も出せばこれくらいの味が当たり前だろう!と毒づいた。

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 皇居を散歩した。皇宮警察によって要所を厳重に警備され、近づくと怖い顔をして睨まれた。「体調を崩された天皇にお会いし、お見舞いを申し上げたい」。悪い冗談でも言ってみたかったが、腰が引けた。
 二の丸跡へも足を運んだ。大奥跡と書かれた標識があった。広い敷地に驚いた。ドラマ篤姫のシーンを思い起こした。敷地の真ん中に、わが家のお局さんがたたずんでいる。篤姫の気分なのか・・・。

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 歩いて、歩いて、国会議事堂へ。中へ入れてもらうと、外交防衛委員会を終えた議員が続々と出てきた。元スケート選手やヒゲの隊長の顔も。多くがニヤニヤしている。政治家は志が高くなければいけない。死んでも信念を曲げてはならない。面々を見ていると情けなくなった。
 東京4日目は、娘が手に入れた入場券で英国ブランド洋品の特売会に出掛けた。不況というのに、前夜から列をなすなど、ここも大盛況なのだ。一体、世の中はどうなっているのか。
 ご婦人方は入り口に置いてある大きなビニール袋を引ったくると脱兎のごとく駆け出し、ろくに商品を見ずにポイポイ袋に入れていく。
 一流ブランドなのに破格の安さなのだ。女房も目を吊り上げている。8万円くらいするジャケットが1万5000円。女房はサイズをチラッとみて袋にポイ。ブラウスをポイ。私はサンタクロースのように袋をかつぎ、もう一方の手で袋を引きずる。「とりあえず入れておいて、後からチョイスしたらええねん」。英語を使うな!と言いたかったが、そんな雰囲気ではない。
 女房は最後にブランド特有のチェックの靴下2足をつまみ上げた。自分のものだけを買ったのに気が引けたのか、私に買ってくれたのだ。2足で1100円。いつもは5足1000円なのに・・・。
 東京最後の日は、房総半島をドライブした。高層ビルが建ち並ぶ湾岸を走り、九十九里浜を経て南下した。私たちが暮らす紀伊半島と同じ半島でもあり、親近感がある。黒潮が運んだ文化や食がどう伝わったているのかも興味があった。駆け足なのでよく分からなかったが、房総の沿岸はどこか荒涼としていて、少し期待外れだった。

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 昼食は「漁港直行」という看板に惹かれて、その店に入った。女房はどこでも食べられるようなウニ、イクラ、マグロの丼を注文したものの、顔をしかめていた。私は鰯の天丼。漁港直行といううたい文句だからおいしいだろうと、600円の刺身を追加した。鰯はそれなりの味だったが、刺身は落胆というか、むしろ怒りさえ覚えた。タコはフニャフニャ、鰹は黒みがかっている、マグロはもう言いたくない代物。悪い店に当たったのであろうが、房総の名に恥じる。

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 いったん娘のところに帰り、夜遅く滋賀に向かった。お上りさんの道中記はこれで終わりたいと思ったが、この後、意外な展開が待っていた。この続きは明日書こうと思う。
 

【夫の日記】 娘に会いに東京へ

  今日の午後、生石山の山小屋から自宅のある滋賀に帰らなければならない。末娘が住む東京へ出向くためだ。
 娘と会うのは、今春の卒業式で東京へ行ったとき以来だ。親元の関西で働いてほしかったが、親の言うこに耳を貸さず、東京の会社に就職してしまった。
 娘に「悪い虫」がついていないだろうか。どのような社会人生活を送っているのだろうか。わがままな性格が少しは治っているだろうか。どのような食生活をしているのだろうか。
 そのような心配を吹き飛ばすほどの笑顔が返ってくればいいのだが・・・。しかし、期待は裏切られるような予感がする。人間、そう簡単に変われるものではない。
 娘は小学校低学年からある採点競技のスポーツを続けてきた。中学選手権や大阪府代表でインターハイ、国体などに連続出場していた。私たち夫婦を応援で全国各地へ連れて行ってくれた。スポーツの素晴らしさも教えてくれた。
 中学生の時、練習を終えた娘を車で迎えに行くのが日課だったが、コーチから1時間も2時間も延々と説教を食らい、ずっと待たされたことがしばしばあった。苦しい練習を重ね、スポットライトを浴びることもあれば、負けて泣いていたこともある。
 私たち夫婦は、娘のダイエットで苦労もした。油ものはいけない。ケーキなど甘いものはもっての外。炭酸飲料禁止・・・。娘の布団の中から、時々、ポテトチップスの空き袋を見つけたことも。
 反面、ちやほやされてきただけに、わがままな性格になった。言葉は悪いが、スポーツ馬鹿の傾向も強い。
 そんな娘に会いに行く。山小屋で作った干し柿、地元でとれた新鮮な野菜、柿やミカンを持って行ってやろう。女房は娘の好物の料理を作ってやろうと張り切っている。
 という訳で、しばらく山小屋を離れるので、ブログの更新が滞ることがあります。

アオリイカと干し柿 004

【夫の日記】 欲張り釣り師の結末/アオリイカ

  真冬並みの寒気の到来で、わが山小屋も冷凍庫のようになった土曜、日曜日。しかし、月曜日は大陸からの高気圧が張り出し、暖かくなるとの予報だ。待ってましたとばかりに、釣りに出かけた。
 狙いはアオリイカだ。普通の釣りは、餌を付けてウキが沈むのを待つのだが、イカ釣りはちょっと複雑である。生きたアジの尻尾に針を刺し、泳がせる。食い気のあるイカはこのアジに抱きつき、首根っこをかじって殺し、頭から順に食べていく。
 食べることに夢中になると、少しくらいなら引っ張っても気にしない。何となく哀れな習性なのだ。夢中になったところで、長さ30センチほどの「ヤエン」と呼ばれる掛けバリを道糸に通し、ゆっくり、ゆっくり送り込み、イカまで到達させ、引っ掛けるという釣り方だ。釣りの中ではかなり難度が高く、熟練を要するのだ。
 さて、前え置きはこれくらいにしておこう。釣り場は由良湾の柏漁港の波止で、ここの漁師から生きアジを買って、いざ釣り開始。午前中は当たりが出るものだが、先日来の冷え込みで海水温も下がったのか、さっぱり音沙汰なし。
 しかし、横でエギング(ルアー釣り)をしていた人は、小さいながらも4杯をものにしている。生きたおいしいアジよりも、エビに似せたルアーの方に食指を動かすとは何たることか。アオリイカにその本心を聞いてみたい。
 午後3時ごろ、ついにイカがアジに食いついた。フリーにしたリールから「ジッ、ジッ」と少しずつ糸が出て行く。失敗する訳にはいかない。いつもより慎重にヤエンを送り、じっくり寄せる。墨を吐きながら姿を現し、ギャフで仕留めた。600グラムほどのまずまずのサイズだった。
 日が暮れてきた。そろそろ帰ろうかと思っていた時、右の竿から糸が出て行く。そしてほぼ同時に左の竿にもイカが乗ったのだ。さて、どっちから寄せるか。そして、1杯を確実にものにするか、2杯とも手にしようとするか。人間性というか、自身の度量を試されるケースなのだ。
 「二兎を追うもの一兎も得ず」という諺など、この際は糞くらえ。欲張りの私は「二兎を得る」道を選んだ。まずは右手の竿。気がせいて操作が雑になっている。ヤエンのタイミングも少し早かったが、何とか掛ったようだ。大きなイカが姿を見せた。しかし、掛けバリが足1本だけに掛っているだけだ。これは危ない。案の定、強烈なジェット噴射で外れてしまった。
 落胆している場合ではない。もう1本の竿にイカが乗っているのだ。こちらをものにすればいい。慎重に操作しているつもりが、やはり焦りがあったのだろう。強く引き過ぎて、イカがアジを離してしまった。
 思わず、その場にへたり込んでしまった。大袈裟ではなく、全財産を失ったような喪失感が漂う。この気持ち、分かってたまるものか。このまま帰れば、今夜は眠れまい。
 午後5時半といえばもう真っ暗に近いが、やるしかない。ヘッドランプを装着する。神様、仏様!固唾を飲んで当たりを待つ。祈りが通じたのか、ついにイカが乗った。
 焦りは禁物だ。3分待って寄せにかかるが、糸を引きだしながらイカは沖に走って止まらない。寄せては引き出されの繰り返しだ。辛抱たまらずヤエンを投入し、少し強めに寄せる。ランプで照らして糸の角度を確かめると、45度以上あるようだ。合わせを入れるとがっちり掛った。
 強い締め込みが繰り返される。ようやく寄って来た。ランプの光にぼんやりとイカの姿が浮かび上がる。ギャフで引き揚げると、けっこう大きい。1キロには少し満たなかったが、これで先ほどの失敗はチャラになり、留飲を下げた。
 大きい方のエンペラの片側だけを刺身にし、甘くてコリコリとした食感を楽しんだ。晩酌が進み、以上のいきさつを女房に残らず話した。「何を大袈裟な。アホちがう?」。やはり私は人間が小さいのかなあ・・・。

二兎を追うアオリイカ釣り 002

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【夫の日記】 異臭から逃れて連日の生石山

  朝食をすませ、薪ストーブの前にどっかり座ってテレビを見ていた。何やら臭い。「やったやろ」と女房を睨みつけたが、沈黙を決め込んでいる。「正直に言え!」。それでも女房はクスクス笑うだけである。
 女房は、薪ストーブの上で大好物の小豆を コトコトと炊き、毎日食べている。鼻が曲がるほど臭いのは、小豆のせいだろう。若いころは、どこかへ行って「ぷっ」とやっていたらしいが、今は何だ!
 「あれから40年」と熟年女性を笑わせる綾小路ナントカという漫談家のネタに出てきそうな光景なのだ。100年の恋も冷めるという年齢はとっくに過ぎているが、それにしてもそこまで大胆になれるのか?おい!
 悪臭の満ちた山小屋を飛び出て、新鮮な空気が吸いたい。きのうに続いて、近くの生石高原の主峰・生石ケ峰(870メートル)に登ることにした。天気は快晴だが、きのう降った雪が熔け出す気配はない。しかし、肌を刺すような冷気が気持ちいい。
 高原の中腹に小高い所があり、ここに20数人の人だかりが見えた。グライダーをリモコンでとばしているのだ。今日は京阪神から同好の人たちが集まり、競技会を開くらしい。
 以前、当方のブログでグライダーを飛ばしている人を紹介したことがあるが、この人も来ていて話を交わした。若い人はチラホラいるが、多くは中年男性だ。ピカピカに磨かれたグライダーを手に、少年のように目を輝かせている。人間、いくつになっても大空へのロマンを追い求めるのだ。

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 山頂に着くと、きのうは雪雲に隠れて見えなかった東側の山々を眺める事が出来た。和歌山の最高峰・護摩壇山は雪をかぶっている。その左手の遠方に、真っ白の大峰の峰々が見える。山容は荒々しく、信仰の山にふさわしい姿だ。

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 実は登って来る途中、女性二人と出会った。なんと昨日、レストハウス・山の家でストーブにあたっていたお母さんと娘さんだ。その時、兵庫県から来たと言っていた。
 もう一度出会うとは奇遇である。昨夜は和歌の浦の旅館に泊まり、生石高原の景観が気に入って、再度訪れ、山頂まで登ってきたと言う。ここの住人としてはありがたいことで、出しゃばったことかもしれないが、山の名前や紀伊水道の島々を説明した。
 仲睦まじい母娘だった。娘さんははきはきしていてかわいらしい。お母さんは眼鏡をかけていたが、ハッとするような美しい人だった。
 このご婦人も、ご主人の前でおならをするのだろうか。まさか、女房のように強烈ではあるまいが・・・。そんなバカなことに思いを巡らしながら、山頂へ向かったのである。

【夫の日記】 雪の日の山歩き/終日氷点下

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  朝6時に起きた。ロフトから居間に降りてカーテンを開けると、外は一面銀世界だ。この冬二度目の積雪である。ベランダに出ようとしたが、ガラス戸が凍結して開けることが出来ない。外の寒暖計は氷点下4度だ。
 この冷え込みを予想して、前夜、太い薪をストーブに入れておいた。お陰で室温は10度近くあり、それほど寒くはない。さらに薪を放り込み、女房のお目覚めに備えた。
 レールにお湯をかけてガラス戸を開け、ベランダに出てみた。口笛を吹くと、この寒さなのにヤマガラが飛んできた。ヒマワリの種をついばみ、雪を蹴散らして飛び去って行った。

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 日が昇ってもまだ氷点下の世界だ。雪もちらついている。朝食をすませて、女房と生石高原の主峰・生石ケ峰(870メートル)に登ることにした。歩いていると、長靴の底から冷気が伝わり、足がちぎれるほど冷たい。

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 頂上には1等三角点の礎石がある。360度の展望だが、北側は雪雲が垂れこめ、見えない。紀伊水道が広がる西側はよく見えた。遠くに四国の蒲生田岬が突き出し、その左側に平べったい伊島がかすんでいる。
 この島には、20代の頃、女房と行ったことがある。石鯛が2、3匹釣れ、巨大なタコも引っ掛かってきた。タコは旅館で料理してもらったが、硬くておいしくはなかった。懐かしい島影を毎日見ることができるのは何かの縁なのかもしれない。

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 その右手に目を転じると、NTTの電波塔見え、その向こう側に私たちの山小屋がある。ここからも、同じような景色が見られるのだ。

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 きょうは一日中雪が舞っていた。明日も寒いらしい。こうして、寒さへの覚悟が次第に固まって行くのだ。そうすれば、寒さが辛いとは感じなくなるから不思議である。

【夫の日記】 10年計画の有機農法/仲間と勉強会

  今日は、わが山小屋が勉強会の教室となる。和歌山県御坊市からわざわざ講師に来てもらい、有機農法について教えてもらうのだ。
 「生石高原農場」と名付けた400坪ほどの畑を耕す私たち7家族は、安全でおいしい野菜を育てたいと有機農法を目指しているが、本格的な知識は持ち合わせている訳ではない。そこで正確な知識を身につけようと、勉強会と相成ったのだ。
 女房は朝から「講師さんに粗相があってはならない」と、まなじりを決している。掃除機をかけ、乱雑な居間を整頓する。料理にも余念がない。
 講師2人と聴講生6人がそろったのは正午過ぎ。講師は席に着くといきなりパソコンを取り出し、パワーポイントで講義を始める。ボランティアで来てもらったのに、それでは申し訳ない。
 「まあ、まあ、まずはお食事を」と腹ごしらえ。アオリイカの刺身、ナメコ入りの豚汁、菊イモのサラダ。加えてアジの干物、シイタケ、イカのエンペラを炭火焼きにして食べてもらった。

有機農法の勉強会 007

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 講義は「生ゴミの活用」から始まった。御坊市の場合、一人が1日に捨てる生ゴミは160グラムで、年間にするとドラム缶3本分になるらしい。これを燃やして処理せず、肥料にすればCO2の排出削減に貢献していることになると言う。
 続いて、生ゴミの処理の仕方。発酵促進剤(ボカシ)を振りかける一次発酵(嫌気菌)、空気を触れさせる二次発酵(好気菌)などのメカニズムを教えてもらう。
 次にボカシの作り方実演。あらかじめ作っておいたボカシ、米ぬかをぬるま湯でよく混ぜ合わせる。これを3日か4日、ビニール袋に入れて寝かせ、毎日こねる。臭いがなくなるか、発酵熱がなくなればこれで完成。このボカシの一部を使って繰り返しボカシを作るのだ。
 女房はメモしながら真剣に聞いている。農作業にさほで熱心でない私なので、一応「なるほど、なるほど」と、分かったような顔をして相槌を打っているが、脳の半分くらいは昨日のイカ釣りの失敗などを思い返したりしている。すんません。
 一通りの講義が終わると、私たちの農場視察。第一声は「ほっ、ほー、いい畑ですねえ」だった。落ち葉、ススキに米ぬかを振りかけている堆肥置場も見てもらった。「これでいいんです。できれば赤土を入れるのがいいんです。普通の土でもいいですよ」とアドバイスいただいた。
 有機栽培の土を作るには5年、10年もかかる長丁場だ。そうなれば連作障害がなくなるらしいが、それにしても先が長い。女房は10年先を夢見ているが、私の本心は「あぁ、しんきくさ」・・・

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【夫の日記】 軽トラの冬支度/スタッドレスに交換

  「ピュー、ピュー」という口笛が鳴った。同じ森に暮らすドイツ人Pのいつもの合図だ。ちょうど朝食を食べている最中で、口をもぐもぐさせながらベランダに出た。
 「きょうは天気いい。スタッドレスタイヤに入れ替えようぜ」と言っている。今週末、ひょっとしたら雪が降るかもしれないので、Pの呼びかけはグッドタイミングである。
 Pは色々な道具を持っている。タイヤの入れ替えに必要な油圧式のジャッキ、十字のスパナはもちろん、チェンソーの刃を研ぐ高価な機械、高圧の空気を噴射する機械などがそろっているのだ。趣味はホームセンターを物色することだそうだ。
 まずは私の軽トラから入れ替える。油圧式ジャッキを車体の下に差し込み、ボルトを外す。スタッドレスをはめてネジを締める。この一連の作業はかなりの力仕事だ。
 「兄貴!力弱いよ」とPは言う。私の方がはるかに年下なのに、「兄貴」と呼ぶのだ。私の力では強く締められているボルトを外せない。巨体のPは丸太のような腕で軽々と外してしまう。ボルトを締めるときも、最後はPに締め直してもらうのだ。
 互いにたばこを吸いながら一服していると、「ボルトは車の命よ」と神妙な顔つきで話し始めた。
 「以前、軽トラの車検が終わって帰る途中、車がガクンとなったのよ。そうしたら、タイヤが1本外れて坂道を転がって行った。そして、前から来た車に衝突したのよ。車、壊れたよ。修理屋がタイヤのボルトを締めていなかったの。頭来たね」
 幸い相手にも怪我はなかったらしいが、ドイツ人気質の交渉術で、軽トラの程度のいい中古を分捕ったらしい。こんなことがあって、Pは赤鬼のような形相でボルトをきつく締めるのだ。華奢な私が締めていたら、いつ外れるか分かったものでない。Pは色んなことを教えてくれるいい相棒だ。
 1時間ほどで軽トラ2台の入れ替え作業は終わった。真新しいスタッドレスタイヤだ。「早く雪が降れ!」と、つまらぬ冗談を言い合った。間もなく本格的な冬を迎えるが、4WDにスタッドレスは最強の備えである。

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【夫の日記】 友人夫婦の来訪/アジ釣りにご満悦

  三度目の正直とはこのことだ。数少ないガールフレンドの一人がご主人を伴って私たちの山小屋を訪ねたいと連絡があったのは、ひと月ほど前だった。ところが、所用で来ることが出来なくなった。そして先日、再度訪問するとの連絡があったが、当日朝になってご主人の体調がすぐれず、またまた訪問を断念するとのメールが届いた。しかしその4時間後、体調が回復したので山小屋に向うと電話がかかってきた。このように紆余曲折したが、ようやく夫妻の訪問が実現したのだ。
 奥さんは私たちのブログをよく読んでいてくれている人で、女房がアジをよく釣る記事に触発されたのか、自分たちもぜひ釣りをしたいとの要望だ。和歌山の湯浅にある餌店で待ち合わせをして、先日大釣りした唐尾(かろ)漁港に向かった。
 強い西風がビュンビュン吹いていた。女房が試しに防波堤の沖向きに竿を出すと、一発でいい型のアジが釣れた。女房は次々と釣り上げるが、ご夫妻はまだコツをつかめず、苦戦している。アジ釣りでは一日の長がある女房がアドバイスすると、ポツリポツリと釣れるようになった。

丸山夫妻が来る 001

 「キュッ、キュッという当たり、強い引き。こりゃー病みつきになるねえ」と二人ともご満悦だ。遠路滋賀から来てくれたのに、もし釣れなかったらどうしようとヒヤヒヤしていたが、ご夫妻の弾けるような笑顔を見て胸をなで下ろした。

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 3時間ほどの釣りで200匹を超える釣果だった。私は竿を出さなかったが、愛弟子(女房)の獅子奮迅の働きで、大量のお土産が出来た。

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 お二人には山小屋に近い二川温泉に行ってもらい、その間に食事の準備だ。釣ったばかりのアジでお寿司を作り、アオリイカの刺身、先日作ったアジの一夜干し、自家栽培のナメコ、シイタケを味わってもらう。安上がりの食材だが、わが山小屋の定番料理なのだ。

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 ご夫婦が持って来てくれた近江牛を囲炉裏で焼きながら、宴会が始まった。ご主人は大学の教授らしい訥々とした語り口調で好感が持てる。美食家の奥さんからも「おいしい」と好評をいただいた。日付が変わるまでよく食べ、よく飲んだ。
 翌朝、ベランダから口笛を吹いてヤマガラを呼ぶと、次々飛来してきた。ご夫婦の手に止まり、ヒマワリの種をついばむ。二人とも人見知りしないヤマガラのかわいい仕草に感動していた。
 近くの生石高原を散策したあと、夫妻は200匹近いアジをクーラーボックス入れ、次の訪問地、龍神温泉に向かった。

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 森の中に暮らしていると、ふと、人恋しい思いにかられることがある。旧知の友との再会は楽しいものだ。そんなひと時を過ごした後、再び夫婦二人の静かな生活に戻るのだが、だからと言って森の生活が寂しいとは思わない。

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