【夫の日記】 仲間が喜ぶアオリイカを釣る

  一昨日はタラと牡蠣の鍋、昨日は焼肉。山暮らしの仲間が、連夜、食事に招待してくれた。女房は晩ご飯の支度をしなくてよいので、喜んでいる。

 近いうちに、わが山小屋にも招待しなければならないだろう。私の釣り好きをよく知っている仲間たちは、言外に新鮮な魚を食べたいような口ぶりだ。しかし、海の水温が下がっているので魚の活性は低く、彼らのお腹を満足させるような釣果は期待できない。

 とは言っても、釣らねばならんのだ。みんなが喜んでくれるアオリイカを狙うことにした。3月並みの気温になるとの予報なので、朝早く、由良湾に向かった。暖かい日差しを浴びて、のんびりすればいいという気楽な釣りではいけない。使命感のようなものが両肩にずしりとのしかかる。

 漁港に着くと、懇意にしている漁師が船の上にいた。「アオリイカは釣れやんよ。帰った方がええなあ」とつれない。しかし、今更、帰る訳にもいかない。

 竿を出したが、なるほど、当たりはない。イカ狙いの他の3人の竿にも変化がない。退屈な時間が過ぎて行く。

 やがて、この波止でよく顔を合わす大阪の夫婦がやってきて、私の横で竿を出した。二人とも70歳を超えている仲の良い夫婦だ。「一応、メバル狙いやが、釣れるなら何でもいいし、一日遊べたらそれだけで楽しい」と、達観している。

 奥さんはよくしゃべり、ケラケラとよく笑う朗らかな人だ。見かけかもしれないが、ご主人を常に圧倒している。しかも、釣りの合わせがビシバシと決まり、なかなか上手だ。メバル、ガシラ、ベラなどを釣っておられたが、このほとんどが奥さんの釣果だ。ご主人は奥さんの世話ばかりしていて、落ち着いて釣りが出来ないのだろう。

 ご夫婦と世間話をしながら当たりを待つが、まったく音沙汰なしだ。昼下がりのポカポカ陽気が気持ちよく、眠くなってきた。夕方の地合いに期待して、竿ケースを枕に、1時間余り眠った。

 夕日が山影に入ろうとしている。もう4時半だ。今日は駄目かもしれない。携帯で女房に電話して、「釣れないので、今夜のイカ刺し宴会は中止やね。仲間に連絡しておいて」と頼んだ。

 皮肉というのか、電話を切った直後、泳がせているアジにイカが乗ったのだ。リールから糸が出て行く。焦る気持ち抑えて3分ほど待って、イカを寄せにかかった。ところが何んたることか、波間を漂っていたビニールの手袋が糸に絡んでいる。道糸を通してヤエンという掛けバリをイカまで送るのだが、手袋に邪魔されてヤエンを進ませることが出来ない。

 しかし、糸を巻くと手袋が少しずつ寄って来る。ラッキーだ。近くの釣り人に頼んで手袋を外してもらって、危機を脱した。ギャフで掛けたイカはまずまずの型だ。

 そして数分後、今日2回目の当たりだ。これは大きいかも知れない。寄せては走られ、走られては寄せる。一進一退のやり取りが続き、ようやく黄色いイカの姿が見えた。合わせを入れると、イカが墨をはく。掛かった証拠だ。ギャフで引っ掛けたが、今度は柄の先っぽだけが外れるというアクシデントである。

 玉網を借りて事なきを得たが、危ないところだった。800グラムくらいはありそうで、これなら仲間に腹一杯、イカ刺しを食べてもらえる。大きなエンペラとゲソは天ぷらにしよう。甘くておいしいのだ。しかし帰りが遅くなるので、宴会は1日遅れになる。

 「見切り千両」という言葉があるが、釣りは諦めてはいけない。野球に例えると、0対0で迎えた9回裏、ヒット2本でサヨナラ勝ちしたようなものなのだ。

 宴会で私は、この劇的な釣りの終始を2倍にも、3倍にも膨らませ、くどくどと自慢するに違いない。作家の開高健は「釣り自慢を聞く時、相手の両手を縛れ」と言った。釣り人は両手を広げて「こんなに大きかった」と自慢する習性があるからだ。

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【妻の日記】 大原工房に遊ぶ/草木染め

  鯖街道へ鯖寿司を食べにいった帰り、京都・大原に足を伸ばしました。 ここ大原の山里は「三千院」や「寂光院」への観光客がたくさん訪れますが、私の今日のお目当ては草木染めと織りの「大原工房」です。「寂光院」のすぐ近く、田んぼの中に和風の大きな屋根が広がっています。ここには、素敵な草木染めのショールや手織りの品がいっぱい。草木染めの体験もさせて下さるのですよ。

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 工房のご主人が玄関横で麻暖簾を染めておられました。気さくな方で、染め作業をしながら楽しくお話して下さいました。媒染液の入ったこの容器は、セメントをこねるための容器だそうです。

 先日のテレビ番組で、梅の産地から「梅染め」が放送されていました。染めをしておられる主婦の方が梅の樹皮の発色が良いので、樹皮だけで染めていると言われていました。

 しかし工房のご主人からは「うーん、梅はですね・・・古木の皮を剥いた木の芯の方がよく色が出るのですよ。しかし桜は若い木がいいんです」と、教えていただきました。あれれ?・・・・です。

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 作業場はこんな感じ。。アカネ、ログウッド、山桜、梅・・・煮出しされて液は、赤、青、ピンク色に染まっています。

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 こんな感じで煮出しで~す。
 このかまど、いい味出しているでしょう。
 レトロでなんともいい感じ!

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 部屋の中には、草木染めされた絹、麻、毛糸がいっぱい。。

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 草木染めと織りのマフラー、ショールのなかで、ひときわきれいなピンクのショールに目が留まりました。山桜の若い茎で染めたそうです。山小屋のまわりには山桜がたくさんありますので、染めてみようと白生地をたくさん分けていただきました。山に戻ったら、山桜の草木染めに挑戦です!!

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【夫の日記】 鯖寿司、食べたけれど・・・

  私は肝っ玉が小さいし、分別ある年なのにまだまだ未熟だなあとつくづく思う。恥ずかしながら、自嘲を込めて、そのつまらない顛末を書いてみたい。

 和歌山の山小屋から4、5日の予定で滋賀の自宅に帰った。女房がお昼ご飯を食べに行こうというので、京都、滋賀の府県境にある花折峠へ足を伸ばした。途中に「途中」という集落があり、左に行くと京都の大原、右が花折峠で、道端に雪が残っていた。

 いつかテレビで見た峠にある鯖寿司の店がお目当てだ。前の道は「鯖街道」の名で知られる。いつ頃からそう呼ばれたか知らないが、福井県の若狭湾で獲れた鯖、カレイ、グジなどの海産物を京に運んだ道である。

 鯖は塩にまぶし、背負って18里の道を駆け、京に着いた頃にちょうどいい味になったという。鯖寿司は京に昔から伝わる食文化の一つだ。今では街道沿いもにいくつかの鯖寿司の店がある。

 その一つが峠の店である。すでに私たちのお腹は、はしなくもグー、グーと鳴っている。土間のメニューを見て、思わず後ずさりした。鯖寿司がたった3切れなのに、値段が高いのだ。「出ようか」と女房の袖を引っ張ったが、女房の方が腹が据わっていて、すたすたと座敷に上がってしまった。

 鯖寿司定食は1890円。わずか3切れでは腹の足しにはならないが、これを二人前注文する勇気はない。鯖寿司と蓬そば(785円)を一つずつ頼み、二人で半分ずつ食べることにした。

 やがて、従業員がうやうやしく鯖寿司を持ってきた。大きな木の桶に3切れがちょこん。添えられている椿の葉に隠れて姿がよく見えない。どうでもいいショウガは気前よくドンと盛られていた。椿の葉もショウガもいらんのだ!と絶叫したくなった。

 確かに肉厚の鯖が乗っている。しかし、しつこいがたったの3切れですぞ。「1切れ600円か~」。そんな計算をしながら、砂を噛むような昼食となってしまった。折角だから、味わって食べればいいのだが、悲しいかな肝っ玉の小さい男はこうなのだ。

 山猿のような私たちでも、鯖寿司の値段が高いのは知っている。そのことだけに腹を立てているのではない。3貫という中途半端な数が問題なのだ。この値段で、この量で満足すると思っているのだろうか。

 いっその事、値段を4000円ほどにして6切れ盛ればいい。まあ、そんな値段にすれば金持ち以外は食べてくれないだろう。3切れだけ食べてありがたがる奇特な人もそうはいるまい。店が有名になると、どうもいけない。「さあ、食え!うまいだろう」という声が厨房から聞こえてきそうだ。

 なお夕方、余りにも腹が減ったので、スーパーで買った回転焼にかぶりついた・・・。

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【妻の日記】 アケビの蔓で籠を編む

  久しぶりにひまじん女房です。私は筆が遅いので、まごまごしているうちに主人が先に書いてしまうのです。やっと私の番・・・。

 アケビの蔓で籠を編んでみました。

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 主人が薪を作るため、山の仲間たちと雑木林を伐採しました。見物に行くと、伐採した木にたくさんのアケビの蔓が巻き付いていたので、これを取ってきたのです。

 アケビは山小屋近くの森にいくらでもあり、どの季節に取ってもいいのですが、ヘビを気にせず雑木林に入れるこの季節に取りにでかけ、毎年、籠を編んでいるのです。。

 骨格になる縦芯を奇数本用意し、これに蔓を交互に通し、螺旋状に編み上げていくのです。表現力が乏しいのでうまく書けませんが、やってみるとそう難しくはありません。

 ただ、太い蔓を曲げて編みますので、とても力がいります。それに、蔓にはそれぞれ癖があるので、なかなか思うような形になりません。でも、私の意志を超えて、自然から授けられた蔓が面白い形を作るのです。

 どれも拙いものばかりですが、この世に二つと無い籠です。ひまじん夫が「いいねえ!おもしろい!」とおだててくれるので、不細工なところも魅力なんだと開き直って編んでいます。

 籠は結構長持ちします。果物や日用品の入れ物として使っていますし、殺風景な山小屋のインテリアとしても役立っています。山のお土産として、お友達にも差し上げているのです。

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【夫の日記】 チェンソーを新調/女房と攻防の末

  チェンソーが故障してしまった。森の住人にとって、この文明の利器はなくてはならない道具の一つだ。武士の刀、医者の聴診器、弁護士の六法全書、ホステスのライター・・・。ま、それほど大げさではないが、故障は困ったものだ。

 愛用のチェンソーは14年も使い続け、手になじんでいる。マキタ製の「パワーメイト」で、排気量は29ccと無難なタイプだ。雑木林を伐採して薪を作るため、連日チェンソーを回し続けた。この酷使が故障の引き金になったと思う。

 私たちが暮らす森の空き地には、伐採した丸太が山と積まれている。この冬、これを薪の長さに切ったり、割ったりし、来年の冬に備えなければならないのだ。チェンソーが故障したままだと、丸太を共有している他の2人に先を越されてしまうではないか。

 財布を握っている女房に「新しいチェンソーが欲しい」と言った。「今のを修理したらいいじゃない」と取り合わない。「修理には時間がかかるのだ」には、「お金がない」の一点張り。「寒い山小屋で心地よく過ごせるのはチェンソーのお陰だぞ」。泣き所を突いたが、「それなら自分のお小遣いで買えば」。何たる言い草か!

 その夜、森に住む先輩から食事に招かれた。大阪からの客人が大吟醸を振る舞ってくれた。女房はコップ酒を調子よく飲み、目元が赤くなっている。ここぞとばかりに、チェンソーのことを皆さんに聞いてもらった。

 先輩の奥さんは物分かりが良くて、しきりに「買ってあげなさいよ」と援護してくれる。先輩も、客人も「必需品やからねえ」と、女房の首を縦に振らせようとする。防戦一方の女房だったが、酔いも手伝って気が大きくなったのか、ついに屈した。

 気の早い先輩夫婦が2日後、「買いに行くよ~」と迎えに来てくれた。車で40分ほど走った住宅街に、目指す店があった。お世辞にもきれいとは言えない店には、「日本一安い」の看板が掛けられていた。色々な商品が乱雑に並べてあったが、看板に偽りはなかった。

 店主は「チェンソーやったら、スチール製だね。在庫もあるよ」と言い、先輩も同社の製品を3台使いこなす「スチール派」だ。かなり高額だが、4割引きとはうれしい。女房は渋々財布を広げていた。

 さっそく使ってみたが、35ccのパワーは凄い。直径30センチほどの丸太はあっという間に切れる。振動が少なく、音も低い。長時間使っても疲れないだろう。

 「チェンソーの魔術師」と呼んでいる仲間のドイツ人Pに見せびらかした。「スチールは世界で初めてチェンソーを作ったドイツの会社よ。最高だね」と羨ましそうな表情だ。ますますうれしくなり、連日回して、エンジン音をまき散らしている。

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【夫の日記】 フキノトウ、一足早く春をいただく

  朝はいつも、山小屋のガラス戸や窓が凍結して開かない。レールに熱湯をかけるのが日課だが、今日は簡単に開いた。寒さが和らぎ、ツララが溶けて、ポト、ポトと滴が落ちている。

 午後から雨になるとの予報なので、午前中に女房と散歩に出た。愛犬ピー助も元気よくついてくる。もう雪の下では、フキノトウが花芽を出しているはずだ。一番早い春の使者。そのほろ苦い味が恋しく、少しばかり恵みにあずかろう。

 フキノトウは山の斜面や道端ならどこにでもある。歩きながら、小さな鍬で雪を掘ってみる。ん?見当たらない。別の場所も同じだ。去年の正月明けには、黄緑色のふっくらした花芽が出ていたのに・・・。今年は寒さが厳しく、雪も多いので遅れているのだろうか。

 女房が、毎年フキを採っている場所へ行こうと言う。そこは急な山道を下らなければならないし、遠い。行きは良いが、帰りは息が上がるだろう。若いピー助は雪道に慣れていないので、滑って転びそうになっている。

 雪を掘ると、フユイチゴの葉っぱが地面に這いつくばるうようにして息づいている。ユキノシタもある。その隙間に、親指ほどの小さなフキノトウが顔を出していた。「コンニチハ」と話しかけたくなる。採るのを躊躇するほどの大きさだったが、20個ほどいただいた。長い帰り道、ピー助は疲れ果てて座り込んでしまった。

 何かで読んだことがあるが、熊は冬眠から覚めると、まず食べるのがフキノトウだという。薬効があるのかもしれない。春は「ほろ苦い山菜を皿に盛れ」ともいう。冬に蓄積された脂肪を溶かす効果があると聞く。タラの芽、コシアブラ、キャラブキ、ゼンマイ、ワラビ・・・。まだまだ厳しい冬が続くのに、フキノトウを目にして、早くも山菜に思いを馳せ、来るべき春に心を躍らせる。

 風味を楽しむなら、何はともあれフキノトウ味噌だろう。レシピに忠実でなくても、味付けなどはおおざっぱでいい。野趣あふれる一品に仕上げればいいのだ。男の出番である。

 水洗いして細かく刻み、ゴマ油でさっと炒める。別の鍋に味噌、ミリン、日本酒、砂糖を適当に入れて、弱火で煮詰める。そこへ炒めたフキノトウを入れて混ぜる。はい、出来上がり。まことに簡単だ。

 味見してみる。少し辛めだったが、ほんわかと苦味が口の中に広がっていく。うん、これでいいのだ。森に暮らす幸せを感じる。自然の恵みに快哉を送りたくなる。今夜の晩酌がうまいぞ!

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【夫の日記】 人の魅力とは・・・/ある木工じいさんの場合

  人間の魅力とは何だろうと考える。思慮深い、知識が豊か、見識や志が高い・・・など色々あるだろうが、面倒見が良いというのは間違いなく大きな要素の一つだと思う。

 魅力のある人の所には、人が集まる。昨夜、たっぷり肉を食べさせてもらったからゴマをする訳ではないが、私たち山の仲間の「岩さん」は、すこぶる面倒見がいい。だから、岩さんの山小屋はいつも賑やかである。

 私たちも随分お世話になっている。女房が畑好きと知ると、仲間が耕している畑の一部を空けて、貸してくれた。材木を買いに行く時も、良心的な製材所を紹介してくれる。しばしば野菜や果物を頂戴する。仲間とともに囲む鍋には、いつも声をかけてもらっている。

 岩さんは75歳。地方公務員だったが、52歳の時、自然の中で暮らしたいと早期退職し、ここ紀伊山地の生石山に移り住んだのだ。23年前のことである。

 退職金は土地と建物に消えた。生活していける成算があった訳ではなかった。奥さんが楽天家だったのが良かったのだろう。2年ほど、山を歩くなど、自然と親しむ生活を送っていたが、お金が底をつき始め、一念発起した。

 木曾にある職業訓練の施設に単身飛び込んだ。ここで1年、若者に混じって木工、漆の技を勉強した。山に帰ると、木を削り、磨き、漆をかける日々が続いた。皿、スプーン、しゃもじ、盆などを作ったが、すぐ売れるものではない。やがて、店の看板を彫る注文が入り、わずかながらお金が入るようになった。

 作品には、野鳥や山野草など山の自然が彫られ、素朴な味わいがある。私たちも14年前に買った菓子皿、しゃもじなどを今なお重宝して使っている。

 余り商売っ気がないので、積極的に漆器店に売り込んだりはしない。買ってくれるならどうぞというタイプだ。それほどお金にもならないから、生活はまことにつましく、奥さんがアルバイトをして家計を助けている。

 ただ、人が集うと言っても、万人が寄って来る訳ではない。こういう人にありがちな「好き嫌い」も見受けられる。気に入ればとことん、気に入らなけれは距離を置く。毀誉褒貶という言葉があるが、他人から見ればそうなのかもしれない。

 こんな性格を中和させているのが奥さんである。人が集まっても、奥さんの目に角が立っていると、居心地が悪い。しかし、そうではない。いつもにこやかで世話好きだ。岩さんはかなりの亭主関白だが、それを適当にいなす才も持ち合わせている。岩さんの魅力は、内助の功に助けられている一面もあると思う。

 岩さんは、木や草花、野鳥などに詳しいし、山間僻地で暮らす術を知り尽くしている。私たちにとって森の暮らしの先生のような存在だ。人間の魅力は天性のもので、それが乏しい私はせめて岩さんの爪の垢を煎じて、その効能に期待するしかない・・・。

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       ↓ 私たちが愛用している岩さんの作品
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【夫の日記】 隠し子がいました/お披露目です

  実は・・・私たちの山小屋に隠し子がいて、一緒に暮らしている。だが、この隠し子のことについて書くのは、気が進まない。書けばどうしても悲しい思い出に触れなければならない。しかし、最近少しづつではあるが心の傷が癒え、隠し子を登場させてみようかと思えるようになった。

 少し冗談がきついが、隠し子とはただの子犬のことだ。「それ何じゃい!」と言われそうだが、私たちのブログに登場したことがないので、隠し子のようなものなのだ。

 名前は「ピィー助」、シーズーの男の子、間もなく1歳の誕生日を迎える。もともとは長女の飼い犬だが、余りの腕白に手を焼いて、私たちに押し付けてしまったのだ。だから、養子と言ったほうが正確かもしれない。山小屋にやって来てひと月近くになる。

 ピィー助は雪が好きだ。朝ご飯を食べて着替えをすると、私たちがこれから外に出るのをよく知っていて、足に飛びついて散歩をねだるのだ。

 今日も山小屋前の道に連れ出した。昨夜降った雪が道を覆っている。粉雪を蹴散らして、走る、走る。雪に顔を突っ込んで臭いを嗅いだりもする。滅多に車も走らないので、30分ほど自由にさせておくと、そのうち疲れてさっさと山小屋に帰って行く。

 雪が玉(だま)になって顔や足にくっつき、凍りついているので払っても取れない。そのまま中に入れてやると、ストーブの前のムートンに顎を乗せ、だらーっと足を伸ばしたまま暖をとっている。まだ子供なので、仕草がかわいい。

 腕白ぶりは尋常ではない。そこらへんに柿やミカンを置いておくと、机の下に持ち込んで食べている。先日は、白菜の漬物をひと盛り全部食べてしまった。

 ピィー助を置いて外出すると、その仕返しはすさまじい。ゴミ箱をひっくり返して中身をまき散らす。土間の靴を居間に持ち込む。昨年張り替えたばかりの障子を破く。帰宅してみると、空き巣が荒らしたような有様なのだ。以来、なるべく一緒に出かけ、軽トラの中で待たせることにしている。

 このように腕白で、甘えっ子だが、森の暮らしを一層楽しませてくれる子供か孫のような存在になっている。しかし、ピィー助が長女の元から山小屋に来るまでは、二度と犬を飼うまいと心に決めていた。

 1年半前の夏、愛犬を亡くしたのだ。私たち夫婦との絆は強かった。まだ6歳の若い雄のシーズーだった。ある日、下血して何も食べなくなった。和歌山や大津の病院に入院させ、治療を受けたが原因は分からなかった。

 毎日、毎日欠かさず病院へ様子を見に行った。日に日にやせ細り、立ち上がることも出来なくなったが、私たちの姿を見ると、懸命に尾を振った。抱いてやると、体をあずけて目を閉じた。帰ろうとするとケージにしがみつき、うつろな目で何かを訴えるように見つめるのだ。半月後、あの世に旅立った。

 私たちは泣き続けた。親が死んだ時より泣いた。こうしてブログを書いていて、またも嗚咽してしまう。近年、涙腺がゆるい。もうこれ以上書き進めない。私の嗚咽をニヤニヤして見ていた女房も、やがて泣いた。天国の愛犬は、ピー助に焼き餅を焼いているのだろうか・・・。

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【夫の日記】 シュロ製品はいいなあ~

  作家吉村昭の代表作「戦艦武蔵」を読んだのは随分昔のことだ.。「和歌山のシュロ問屋から、シュロが一斉にが消えた」(うろ覚え)という趣旨の書き出しが、とても印象的だった。

 シュロは、その意外性から、読者を小説にグイッと引き込むインパクトを持っていた。浮かぶ要塞とまで言われた巨艦建造が、最高機密だったことは言うまでもない。だから三菱重工長崎造船所の建造ドッグは、外部から遮断するためシュロのカーテンでぐるりと囲われたのである。

 和歌山は、かつてシュロの有数の生産地だった。それを言いたいばかりに、吉村昭の作品を持ち出すことは、われながら陳腐だと思うし、当ブログに関心を持ってもらおうという下心もミエミエであり、恥ずかしい。

 話はここから再び飛躍するので、恥の上塗りである。

 私たちが暮らしている森の近くに、ススキの生石高原が広がっている。ここを訪れる観光客はそれほど多くはないが、年間を通して途切れることがない。これらの人のために、食事や土産物の「山の家おいし」という店があるのだが、ここに地元で作られたシュロ製品が色々と売られているのだ。

 私はシュロ製品のファンであり、とても重宝している。何といっても、植物製品だから手触りがいいし、機能的にも優れている。形もおおらかである。

 パソコンのそばに小さなブラシを置いている。私は煙草を吸うので、キーをたたきながらよく灰をこぼす。その度にシャ、シャと払う。女房は煎餅など菓子の破片をボロボロこぼすので、これもシャ、シャ。まことに便利で、パソコンにも優しい。

 薪ストーブの必需品でもある。ストーブ前扉の受け皿やその周辺には、いつも灰が散らばっている。シュロの小型ほうきで灰を掻き集め、シャベルですくってポイ。このほうきには、かわいい竹の柄が付いていて、見るからに愛らしい。

 このほかにも、タワシなど色んなシュロが身近にあり、私たちの暮らしを助けてくれている。石油で作ったブラシなどは、どうも好きではない。エコロジーという点でも優れた製品だと思う。もっと、もっと広まってもいいと思う。

 シュロの木は、周辺の山でたまに見かけるが、枯れている木も少なくない。シュロが生活必需品だったころは、そこらじゅうに林立していただろう。シュロが復活し、植林されれば放置された山は息を吹き返し、里山も蘇るに違いない。

 あなたのお家にひとつ、シュロ製品はいかがでしょうか。

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【夫の日記】 雪の小宇宙を楽しむ

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  金曜の夜から降り出した雪は、土曜日もずっと降り続いた。深々と、時には吹雪となって雪の嵩が増していく。きょう日曜日は、小康状態だ。

 小さい頃から雪との生活に縁のなかった女房は、山小屋がすっぽり雪に包囲され、「怖いねえ」と肩をすくめる。一昨日からここに来ている長女は「こんな雪の中、帰れるやろか」と不安そうだ。

 しかし、私は雪が楽しい。楽しくて仕方ない。雪景色が美しいし、世界から音が失われたように、静かだ。

 無性に雪道を歩きたくなる。登山靴をはき、生石高原まで小一時間の散歩を楽しんだ。道には2、3台の車の輪だちがついていた。「バタ、バタッ」と大きな音をたて、キジが長い尾を引きずるようにして、藪から飛び立った。

 高原では枯れススキの穂が、しぶとく横殴りの雪に耐えていた。弘法大師の祠がある笠石も凍りついている。誰もいない高原にたたずみ、煙草を吸いながら雪景色を堪能した。

 私は豪雪地帯に生まれ、育った。だから、雪が降ると童心をくすぐられるのだ。

 今はそれほどでもないが、少年のころは背丈以上に雪が積もった。家の玄関へ入るには、雪の階段を降りなければならなかった。中学校の担任の先生は、屋根雪下ろしをしていて転落死した。それほど深い雪だった。

 小学校へは、雪の上を歩いて登校することもあった。雪の表面が溶け、朝の冷え込みでその表面がカチカチに凍ると、足が沈まず歩くことができるのだ。シャリシャリという音がするので、子供たちは「今日はシャリシャリやなあ」と喜んだものだ。

 夕方になると、子供たちはスキーやソリを手に、集落の長い坂道に集まった。夕方の冷え込みで雪が凍り、よく滑るようになる。代わる代わる坂道を猛スピードで滑り降り、歓声を上げた。

 スキーもソリも手作りである。スキーは青竹を伐ってきて、節を取って板に打ち付ける。先端は竈の火で曲げるのだ。私の父親は不器用だったのか、いい加減な性格だったのか、作ってくれたスキーは性能が悪く、皆に負けてばかりだった。

 あ、そうそう、男物のレインシューズというのもあったなあ。今はもう売られていないだろうから、若い人は知らないと思う。中学生のころまでは長靴で登校したが、高校生になるとレインシューズを買ってもらえた。足首の上まであるハーフシューズで、黒のエナメルが塗られていたのでピカピカ光っていた。 一見革靴のようにも見え、これをはくと大人になったような気分だった。

 このように、降り積もる雪を見ていると、遠い昔のことが次々と去来する。女房たちの不安をよそに、雪の小宇宙を楽しんでいる。

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        ↓ 米びつが空になったので、女房が軽トラでレストハウスへ買いに走る
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【夫の日記】 娘が山小屋に来た/東北のお土産も

  大晦日、紀伊山地のわが山小屋に3個の宅急便が届いた。送り主は長女だった。箱を開けると、東北地方の日本酒や土産がいっぱい入っていた。森の中で新年を迎える私たち夫婦への差し入れだろう。娘に感謝の念が込み上げた。

 いや、ちょっと待てよ!このような優しい心遣いをしてくれる娘だったかなあ・・・。女房が東北を旅行中の娘にお礼の電話をすると、「飲んだらあかん、食べたらあかん」と、きつい口調で釘を刺したらしい。10日からの3連休、山小屋に遊びに来るので、その時に飲んだり、食べたりする魂胆なのだ。

 その長女は9日夜、雪の中を山小屋にやって来た。アオリイカの刺身、おでんなどで歓待し、東北のお酒も飲んだ。娘は女房と遅くまで飲んでいたので、朝も遅いのに、まだぐっすり眠っている。外は深々と雪が降っている。かなり積もった。悪い日に来たものだ。

 昨夜は、土産のひとつひとつを講釈しながら机に並べ、一人悦に入っている。新潟の「吟醸 極上吉乃川」、酒田市の「純米吟醸生 上喜元」など日本酒6本、甘エビの佃煮、昆布、あられ、羊羹、お餅など、よくもまあちまちまと買ってきたものだ。

 カキの種に似せた煎餅とピーナツを混ぜた「柿ピー」もあった。「こんなもの、どこにでも売っているがな」と言うと、「なに言っているの!これは新潟の米で作ったもので、柿ピーの元祖やで、元祖」と目を吊り上げいる。

 これらの土産をお相伴させていただいたが、お酒はどれもすっきりしていておいしかった。女性好みの味わいかもしれない。柿ピーは元祖という割には平凡だった。私も、娘も、女房もよく飲んで、東北の味を堪能した。

 それにしても、娘は要領が悪いというのか、正直というのか・・・。私なら「お父さん、お母さんへのお土産よ」と如才なく差し出して、ご機嫌をとる。まだまだ人間が練れていないが、まあ遠路はるばる、よく雪の山小屋に来てくれた。

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【夫の日記】 よくやった!雑木林の伐採

  私たち紀伊山地の森に暮らす3人が、薪の原木を手に入れるため雑木林の伐採を始めて7日が経った。巨漢のドイツ人P、筋肉マンのMは、ともに顎が上がってきた。

 Pは軽トラに丸太を1本乗せる度に、ゼー、ゼー言って座り込んでしまう。瞬発力はあるが、持続力に欠けるのだ。Mは右手が痛い、腰が痛いと泣き言を言っている。

 力仕事とは縁遠く、貧相、痩躯の私は、歯痛を起こしたものの、意外や意外、粘り腰で頑張っている。要領がいいだけ?いやー、そんなことはないんだけど・・・。

 ともかく、約70本に及ぶ雑木の伐採はほぼ終わった。その7割ほどの丸太は、軽トラ2台で20回くらい往復し、私たちの住む森の空地まで運び上げた。しかし、残りが現場に転がったままで、作業が終わるにはあと2、3日はかかりそうだ。

 伐採作業は困難の連続だった。倒したい方向にロープで引っ張るのだが、相手は大木なので言う事を聞いてくれない。しかも、空気を切り裂く物凄い音をたてながら、体をかすめて倒れてくる。

 放置されていた雑木林なので、木にはアケビやウメモドキなどの蔓が絡んでおり、これを取り除くのにも時間がかかった。蔓と格闘しながらチェンソーを使うので、危ないのだ。

 缶コーヒーを飲みながらPが面白い事を言い出した。「この仕事、業者に頼んだら、どれくらいの金になるかね」。ややセコイ話だが、いかにもドイツ人らしい発想だ。3人で計算してみた。

 1日7時間働く。時給1000円とすると1日7000円。作業に10日間はかかるので、一人当たり7万円、3人の合計は21万円だ。これにチェンソーの混合ガソリン、オイル代がかかる。それに、木は廃棄物だから、これにも費用がかかる。

 Mは「まあ、しめて30万円くらいはかかるやろ」と言い、私も「少しでいいから、礼金が欲しいわ」と露骨なことを口走ってしまった。

 夕方、地主さんが様子を見に来た。「いやー、よくやってくれなしたなあ。こりゃー、いい畑になるわい」と目を細めていた。そして、「あのね、別の場所にもっと広い雑木林がありますんや。伐採してくれるかね」。ありがたいお言葉だったが、疲れ切った私たちは、とても即答出来なかった。

         伐採前の雑木林
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         伐採して広々となった
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         運び上げた薪の原木
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【夫の日記】 ブログの危機は回避

  今日は踏んだり蹴ったりの1日だった。

 「問題その1」の前兆が現れたのは昨夜のことだった。雑木林の伐採をする代りに、薪の原木となる木をもらうことになり、同じ森に住む私たち3人が伐採作業を続けているが、昨夜、その3人で焼肉をしながら酒盛りをした。その少し前から奥歯が痛み出し、肉を噛み切れないほどになったのだ。

 余りにも痛いので、少し早い時間だったが、明日の作業を約束して、山小屋に帰った。痛みはますますひどくなり、うつらうつらしながら朝を迎えた。根っからの痛がり屋の私は痛みに耐えきれず、山を降りて歯科医院に飛び込んだ。

 この医院は予約がないと診てもらえない。若い事務員が「明日なら空いている」と非情なことを言う。「そこを何とか」と拝み倒したり、半泣きしたりしてようやく医師に取り次いでもらい、治療を受けることが出来た。

 感じのいい若い医師だった。よく話を聞いてくれた。チェンソーで木を伐り、重い丸太を運ぶ作業が連日続いている。医師は、この疲労が引き金になって奥歯が化膿したらしいとの診立てだった。

 抗生物質で化膿を抑えるしかないらしい。だから治療後も痛みは引かず、脈拍が数えられるほどリズミカルにズキズキする。「こんなに痛いのに、何が予約だ」とは言わなかったが、事務員に水をもらい、これ見よがしに鎮痛剤を飲んだ。すぐ痛みは引いたが、今日は伐採作業を勘弁してもらうことにした。

 帰宅してパソコンを開くと、インターネットがつながらないのだ。これが「問題その2」。NTTに電話して、指示に従ってあれこれしたが修復しない。パソコンに問題はなく、モデム本体か、回線に不具合があるかもしれないとのことだった。

 1時間ほどして、NTTの人が新しいモデムを持って来てくれた。素早い対応だ。ところが、モデムを換えても[PPP」の赤いランプが点滅し、つながらない。

 係の人が言うには、ここは山奥なのでADSL回線の電波が微弱らしい。かろうじてつながっている状態で、最悪の場合、インターネットを使えないことこともあるとの説明だった。

 えっ、え~。ならば、私たちのブログを閉じなければならないのか!ブログはわが子のように可愛いし、森の生活の楽しみにもなっている。訪問して下さる人達にも申し訳ない。なんぞ打つ手はないのか。

 係の人は「回線を見てみます」と言って、山小屋前の電信柱で半時間ほど作業をしていた。すると、モデムの赤ランプが青色になった。開通だ!復旧だ!女房と手を取り合って喜んだ。故障発見からすでに5時間が経っていた。

 鎮痛剤が切れ、また痛み出したが、復旧の喜びを込めて更新しようと、パソコンのキーをたたいている。しかし、再び襲う歯の痛みは耐えがたい。もう1錠、鎮痛剤を飲むしかないだろう。

【夫の日記】 巣箱を頂く/人にも住まいを!

  森に暮らすひまじんは、淋しい男だなあ~。奥さんと対話がないのかなあ~。ヤマガラなど小鳥の事をよく書くので、鳥しか相手にしてもらえないと思っている方がいるかもしれない。

 でも、心配はご無用。陽気に愉快に日々を過ごしているし、女房からしばしば飛んで来るお小言もヒラリとかわし、うまくやっている。たまに、「まだお前も若いなあ」などと、歯の浮くようなお世辞も言って、機嫌をとることを忘れない。

 ま、そんなことはどうでもいいが、今日も小鳥について・・・。

 私たち同様、生石山の森の中にMさんというご夫婦が住んでおられる。山の暮らしの大先輩であり、当方のブログを熱心に読んで下さっている。小鳥と遊んでいることもブログを通じてよくご存じなのだ。

 そこで今日、そんな私に、Mさんが手作りの巣箱を持って来て下さったのだ。巣箱は以前から作ろうと思っていたが、出入り口の穴の大きさや箱の寸法などが分からず、作るのをためらっていた。まさにモデルハウスを頂いた訳である。

 Mさんは2町という広大な森の中で暮らしている。何坪になるのかよく分からないが、要するに「ひと山」と言ってもいい面積なのだ。小鳥が大好きで、30個余りの巣箱が取り付けられ、巣作りをする春になると入居率は100%になるという。いつまでも「好評分譲中」なる垂れ幕をぶら下げているマンションとは訳が違う。

 と言うのも、Mさんは巣箱作りベテランで、あちこちに作り方を教えに行っているほど。しかも、毎年のメンテナンスがいいから、いつも満員御礼なのだ。

 一緒にいただいた説明書によると、この巣箱はヤマガラやシジュウガラなどの小鳥用で、着色したり、止まり木を取り付けたりしてはいけない。巣作り中や抱卵中に覗くと巣を放棄するらしい。秋には巣箱を外し、中をきれいに掃除して、熱湯消毒するのが理想的と書いてある。

 ヤマガラなどに餌をやるだけではいけない。住居も与えてこそ、本当の友情が生まれるのだ。

 ついでに言わせてもらうと、不況だからと言って、従業員の首を切った上に住居からも放り出す企業の非情さはどうなんだろう。たっぷりため込んだお金があるというのに・・・。いずれ景気は回復するし、その時、もう一度戻ってくれと言うのだろうか。

 苦しい時にこそ、人や企業の素顔が見える。一度招いた不信感は、たやすく拭えるものではない。企業家諸君!、「惻隠の情」という言葉を知っているか。同情する心は、最高の徳である。新渡戸さんの「武士道」を読んでみなはれ。

 いやはや、巣箱の話が惻隠の情、武士道に。ちょっと飛躍し過ぎましたかな?

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【夫の日記】 水のありがたさ

  昼ご飯を食べて、散歩に出かける準備をしていると、電話が鳴った。同じ森に住んでいるドイツ人Pからだった。 「おーい、兄貴、ジープが動かなくなった。迎えに来てよ」。

 Pは生石山を下り、20キロほで離れた娘さんの家に向かう途中、ジープのギアが故障してしまったという。ジープを近くの空き地に置き、娘さんの家で待っていた。額に深いシワを寄せ、情けない顔をしていた。

 山に帰るには、雪道を登らなければならないので、4輪駆動にスタッドレスタイヤをはいた私の軽トラにSOSを発したのだ。お互い、山で暮らしているので助け合いは当たり前だ。むしろ、喜んで迎えに行った。

 ジープは昭和30年代に作られた自慢のヴィンテージ物だが、これまでは機嫌良く動いていた。しかし、このところの寒さでギアボックスに異常が起きたのではないかと、Pは疑っている。

 大晦日以来、それほど厳しい寒さが続いている。ここ以上に寒い青森の八戸では断水が続き、8万人余りの人たちが不自由な暮らしを強いられている。気の毒なことだ。

 山の中で暮らしていると、水の大切さ、ありがたさが身にしみる。ここでは、断水しても自衛隊が給水してくれる訳ではない。好きで住んでいるのだから、誰も助けてくれないし、最初から覚悟していることだ。

 2年前の事を思い出す。年末から大雪が降った。そして水が出なくなった。水道管の凍結と思い、パイプにお湯をかけるなどしたが、それでも出ない。

 管理事務所に点検をお願いした。水をくみ上げるポンプと、タンク内のセンサーが故障していたのだ。私たちが利用する水は、山の湧水をポンプアップしてメーンタンクにため、そこからいくつかのタンクに汲み上げている。このポンプが老朽化でつぶれていた。新しいポンプに取り換えるには、仕事始めの1月5日まで待たなければならなかった。

 さて、どうするか。山を下って滋賀の自宅に帰ればいいのだが、雪の山小屋も離れがたい。女房も賛成した。それから、水との闘いが始まった。

 深い雪の中、ポリタンク2個を持って、メーンタンクへ水を汲みに行く。重いので10メートルほど歩いて休む。その繰り返しだ。薪ストーブに鍋をかけ、雪を溶かしたが、何ほどの量にもならない。

 皿の上にはラップを乗せて、洗い物の水を節約した。トイレもわずかな水で流した。お風呂は車で20分ほどの温泉に通った。

 そんな生活が1週間続いた。さまざまな工夫を凝らし、知恵も授かった。八戸の人たちには申し訳ないが、今から思えば、楽しい思い出になっているし、水のありがたさを教えられた日々だった。

      ↓ 凍りつく山小屋
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【夫の日記】 おめでとうございます

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  元日の朝は、雪だった。森の木々も、路面も、山小屋への階段も真っ白だ。大晦日から降り続き、正午過ぎの今もチラついている。積雪は10センチ近い。

 小鳥の餌台にヒマワリの種を置いてやるのが日課だが、寒いし、雪も降っているので億劫だ。空っぽの餌台で、ヤマガラが不思議そうに首をかしげてキョロキョロしている。やがて、メジロが数羽やって来て、刺しておいた柿とミカンをついばんでいる。


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 女房と新年のあいさつを交わし、雑煮、黒豆、数の子だけのささやかなおせちで新しい年を祝った。とっておきの大吟醸が腹に沁み、心地よい。

 登山靴をはいて、軽トラで5、6キロ離れた生石神社へ初参りに出かけた。私たちが住む「生石山」は「おいし」と呼ぶが、この神社は「しょうせき」と読む。山の中腹にひっそりとたたずんでいる無名に等しい小さな神社だ。

 ご神体は、拝殿の背後に屹立する二つの巨岩である。高さは20メートル近くあり、見上げると今にも倒れてきそうだ。由来など詳しいことは知らない。

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 雪の山道をノロノロ走り、神社に着いた。お参りの人影はない。参道に2、3人の足跡があっただけだ。例年だと、朝からそこそこのお参拝者があるのだが、今日は雪のためか出足が遅いのだろう。

 私たちはお賽銭をケチらな。100円玉をチリン。女房は長々と頭を垂れている。山ほどの願い事をしているのだろう。私は、神仏のご利益を期待していないので、「皆の健康を」と陛下のお言葉のようにつぶやいただけだった。

 帰り道に、生石山の主峰・生石ケ峰(870メートル)の登山口があるので、近くに車を止めて頂上を目指した。新雪の道に足跡はない。踏みしめると、キュッ、キュッという音が鳴る。誰も歩いていない道は、気持ちがいい。

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          女房が耕している畑が眼下に見えた
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 途中に「硯水湿地」があり、希少植物が育っている。その昔、弘法大師がここで一筆したためようと、筆で地面を突くと水が湧き出てきたという。高野山を開山する前、弘法大師がこの山で修業したとされ、大師信仰の篤い土地柄なのだ。

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 やがて頂上に着いた。風が強く、殴りつけるような雪が頬に当たり、痛い。電波t塔の向こうに私たちが住む山小屋がある。この冬、一日でも長く、ここにとどまりたいと思っている。そのためには、夫婦そろって健康でなければならない。

 今ごろ遅いが、生石神社でもっとお願いしてくればよかった・・・

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