【夫の日記】 厳しかったアユの初釣り

  今月26日、和歌山の大きな河川ではアユ釣りが一斉に解禁となった。アユ師と呼ばれる熱烈なファンにとって、この日は正月なのだ。もう何か月も前から仕掛け作りを始め、竿の手入れをし、厳粛な気持ちでこの日に臨むのである。

 ただ私は、釣り人で込み合う解禁日には竿を出さない。川が静かになったころ、やおら出かけるのだ。そこで昨日の金曜日、ホームグランドの有田川に入った。私の正月である。オトリのアユを川に放つと、心臓が破裂するような興奮を覚える。

 アユには魔性のようなものが秘められている。この小さな魚にとりつかれると、まるで若い娘に恋をしたように、思えば胸が時めき、寝ればうわ言さえ漏らすのだ。これは、決して大袈裟な話ではない。私も熱病に冒された一人である。

 なぜそれほど魅力があるのか。姿がいい。香りがいい。味もいい。しかし、最大の魅力は人間とアユの間に濃厚なコミニケーションが成り立つからだ。

 「友釣り」というこの釣りは、オトリのアユを操作しながら野アユの縄張りに誘導して挑発し、突っかかってくるアユを掛けるという珍しい釣法なのだ。オトリとの二人三脚の釣りであり、ほとんどの釣り人は「もう少し上へ」「もっと泳げ」「あっ、そっちやない」などとぶつぶつ言いながら釣りをしている。

 さて私の初釣りは・・・。オトリ屋の兄ちゃんは「いいポイントに当たればそこそこ釣れるが、全般に厳しい」と言っていた。減水のため、天然遡上のアユが下流で足踏みし、上流まで上っていないのだ。

 確かに厳しかった。1匹目を掛けるのに2時間もかかった。水温が上がる正午過ぎから、ぼちぼち釣れ始めたが、30分に1匹というスローペース。そこで川の中央に立ち込み、オトリを対岸の葦際に誘導した。一発で掛った。竿をため、引き抜く。釣れた大きいアユをオトリにして再び同じポイントへ。また掛った。

 ぽってりとした美しいアユだった。スイカのようなほのかな香りがする。背びれがビローンと長い天然遡上独特の姿だ。20匹以上の釣果を期待していたが、残念ながら12匹に終わった。

 実はきょう土曜日の夜、どうしても息子夫婦の家に若アユを届けかったのだ。初孫の「お食い初め」を行うことになっており、そのお膳にアユ載せてやりたいとの思いが強かった。数は少ないものの、届けてやれることになったので正直ホッとした。

 お食い初めは、子供が一生、食べ物に困らないよう願う儀式だそうだ。まだ3か月の赤ちゃんなのでアユを食べることはできないが、そっと口に触れさせてやろうと思う。「おじいちゃんのアユが食べたい」。将来、孫の口からそんな言葉を聞いてみたいという願いを込めて・・・。

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【夫の日記】 舌平目にイワシ、キス/女房が爆釣

  朝5時、軽トラにゴムボートを積んでミカン畑の山道を下った。つい先日まで満開だったミカンの白い花はすっかり散っている。目指すは紀伊水道の由良湾。1時間の距離である。

 助手席には、久しぶりに同行する女房が座っている。いつもなら朝が早いので眠っているが、今日はカッと目を見開いている。ほ、ほー、やる気やなあ。午前中はキスを狙い、午後からはガシラでも釣ろうという計画だ。

 海は天気予報通り穏やかである。ボートのエンジンは快調な音を響かせ、海面を滑るように進んでいく。風は少し冷たい。15分ほどでポイントに着いた。

 水深は4メートルほど。ゴカイを付けて仕掛けを下ろすが、反応がない。もう少し水深のある場所に移動した。「来た、来た」と女房がリールを巻いている。針にはキスがぶら下がっていた。持ち帰るには少し気が引けるような小さなピンギスだが、女房は大事そうにクーラーに入れている。

 私に釣れるのはガッチョばかりだが、女房はピンギスを釣っている。しばらくすると、女房が「底に掛かったのかなあ」と言いながら竿をあおっている。「あっ、あっ、何か付いている」。ギリギリとリールを巻くがなかなか上がって来ない。

 ようやく姿を現した魚は、何と大きな舌平目だ。「明日はムニエル料理やねえ」とはしゃいでいる。岡山に赴任していた新婚時代、女房は舌平目(岡山ではゲタと呼んでいた)のムニエルなど多彩な料理を作ってくれたが、いつしか料理はマンネリかつ簡素となり、ムニエルなど長いこと口にしていない。

 まあ、それはどうでもいいが、私には釣れないので面白くない。「ガシラをやろう」と無理やりボートを岩礁地帯に移動させた。ガシラはポツリ、ポツリと釣れるが、今日は食いが悪い。

 女房が仕掛けを上げると、カタクチイワシが金色の針に反応して食いついていた。私は「1匹いれば1000匹はいる。大きな群れが来ているで!」と言って、女房にサビキ仕掛けを作ってやると、イワシと小サバが鈴なりになって釣れて来るではないか!

 女房は狂喜乱舞である。正午も近くなり、トイレにも行きたいので一旦港に帰りたいが、女房は「クーラーが一杯になるまで釣る」と言ってきかない。仕方ないので一足先に弁当を広げ、機関銃のように釣り続ける女房の釣りを見物していた。

 もう7時間余りボートの上にいるのに、トイレはしたくないのだろうか。いつもは「トイレ、トイレ」とうるさいのに・・・。多分、少々チビリながら竿を振っているのだろう。

 今日の釣りは女房の一人舞台だった。私の面目は丸つぶれだったが、女房はまた釣りに行きたいと言うに違いない。それでいいのだ、それで・・・。

 200匹以上も釣ったカタクチイワシはその夜、煮付け、刺身にして食べた。残りは天日干しに。舌平目は、女房が何十年かぶりにムニエルにした。今日の昼、緑に囲まれた山小屋のベランダに出て食事をしたが、実においしかった。それはまるで、ブルゴーニュの森のレストランでランチをしている雰囲気である。エ、ヘ、ヘ、ヘ。

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【夫の日記】 野菜を食べよう/体調の回復めざして

 昨日の耐えがたい激痛が嘘のような目覚めだった。今日は日曜日。時折、雨がぱらついているので、医師の言ううことをきいて体を休める一日としよう。

 昨日の土曜日は、朝から女房に手伝ってもらいながら、道路沿いに置いていた廃材をベランダの下に運ぶ作業をした。廃材といっても中には立派な柱になるような材木があり、結構重いので重労働になった。

 作業中、いつもと少し体調がおかしいと感じた。すぐに息切れしてしまうのだ。フーフー言いながら、何とか数10本の材木を運び上げ、昼までに作業を終えた。

 昼食は、ベランダに出て前日山の仲間たちと食べたカレーライスの残りを食べた。急に疲れがどっと押し寄せ、長椅子に寝っ転がり、そよ風に吹かれながらしばらく昼寝をした。

 胃の痛みで目が覚めた。胃の上あたりがチクチクするのだ。この程度ならいつも正露丸を飲めば治るが、2時間、3時間たっても痛みが引かない。強制的に吐いて、今度は胃薬を飲んだ。しかし、痛みはひどくなるばかりである。

 夜の7時頃にはもう我慢できなくなり、女房に車を運転してもらい、救急外来に飛び込んだ。超音波の診断、血液検査の結果、胆のうに細かい石があり、これが膵臓を刺激して痛みが起きたらしいが、余りに痛くて医師の言っていることをよく覚えていない。

 1時間半かけて点滴してもらい、次第に痛みが治まった。薬も処方してもらい帰宅し、8時間も眠り続けた。布団の中で、医師の言葉を反芻した。「酒はほどほどに」「余り重労働をせず、体を休ませた方がいい」「脂ものは控え、食べ過ぎないように」・・・。

 耳の痛い話ばかりだったが、これまでの生活を少し改善しなければならないだろう。幸い、女房が耕している畑には色々の野菜が収穫期になっているので、これからは季節野菜を中心にした食事に変えていこうと思う。

 日曜の午前中、夫婦でラディシュ、スナップエンドウ、大根、セロリを収穫した。畑仲間からは、いま採ったばかりだというタモギダケをいただいた。体にはいいものばかりだ。

 もう痛みはなく、治まれば病院に来なくていいと言われている。でも油断は出来まい。薪作りなどの重労働は慎もうと思う。脂こってりの食事も控えよう。

 好きな釣りなら精神がリラックスできるので、せっせと通いたいと思う。問題は毎日の晩酌である。確か医師は「酒はほどほどに」と言っただけで、禁酒を命令した訳ではなかった。「ほどほど」とはどれほどの量か分からないが、うーん、悩ましいところだ。今夜あたり、ちょっとだけなら・・・。

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【夫の日記】 新作テーブル

  暑くもなく、寒くもなく、いい季節だ。山小屋のベランダに出て食事をしたり、お茶を飲んだりするのは気持ちがいい。渡り鳥もやって来て、様々な鳴き声を聞かせてくれている。

 ベランダには20年ほど前に買ったテーブルを置いているが、冬の間、ズボラして外に出したままにしておいたら、板が反りくり返ってしまった。まるで寺院の屋根のような曲線で、箸がコロコロと転がってしまう。

 そこで、テーブルを作り替えることにした。当方のブログによく訪問して下さる「マダム半世紀の憂鬱な毎日」さんは、女だてらと言えば言葉は悪いが、日曜大工に精を出しておられる。別に対抗心を燃やして思い立った訳ではないけれど、出来栄えを自慢したいという思いが少しある。

 しかし、大工仕事に自信がある訳ではない。以前にも書いたことだが、女房にせがまれて作った植木鉢を置く台は一夜にして崩壊した。鉢が何個も割れてしまい、以来、女房の信頼を取り戻すには至っていない。乾坤一擲のテーブル作りであるが、さて・・・。

 ホームセンターで特売の板を4枚買い、これをテーブルにする。脚は家屋を解体した時の廃材をもらったのでこれを利用する。費用は板代の680円ポッキリである。仮に使い物にならなくても構いはしない。

 板をつなぎ合わせ、90×70センチの小振りのテーブルにしよう。ネジくぎで止める前に女房に見せた。「夫婦二人だけだから、これくらいの大きさでいいだろう?」。ところが女房はとんでもないことを言うではないか。「こんな小さななテーブルで、額を突き合わせてご飯を食べるなんていややわ。それに加齢臭も匂ってきそうだし・・・」

 言っていいことと悪いことがある。親しき仲にも礼儀というものがあろう。正直ムッとしたが、余計な言い争いはしまい。もう一枚、板を買うため山を下りて、ホームセンターに走った。

 いいテーブルを作り、女房の憎まれ口を見返してやろう。テーブルの裏側からネジを止めたので、表はきれいだ。孫が来て、頭でも打ちつけたら困るので、グラインダーですべての角を取り、丸味を持たせた。我ながら配慮が行き届いていると思う。

 次は脚である。脚も横板も寸法通り切ったつもりだが、組み立ててみると斜めになっているし、ガタガタする。悔しいけれど女房を呼び、真っ直ぐか、平行かを見てもらいながら、ネジを止め直した。どうして私の大工仕事はいつもこうなんだろう。恐らく、三半器官か何かが悪いのかもしれない。

 朝から夕方までかかって完成した。塗料はまだ半乾きだが、脚にテーブルを乗せてみると、なかなかの出来栄えである。少々ガタつくが、このほうが手作りの味があっていい。

 これからこのテーブルで女房と向き合うことになるが、その距離は遠くもなく、近過ぎることもなく・・・。古女房との距離感は絶妙と言うべきか・・・。

      ↓ こんなに反り返ったので・・・
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【夫の日記】 笹ユリに恋する

  私は小学生のころ、よく父親に連れられて家の近くの山に行った。父親は仏前に供える木を伐ったり、チマキを作る笹の葉を採ったりしていた。時々、生い茂る雑木や草の陰に隠れて父親とはぐれることがあり、怖い思いしたことがあった。

 それはちょうど今頃、初夏だった。父親の姿を追っていた時、草の中に、すくっと白いユリが咲いていた。子供心にも美しいと思った。長い年月の間にその記憶は増幅され、白い花だけがスポットライトの光で浮かび上がっていたように思い出される。

 花が美しいと思う瑞々しい、無垢な心は、大人になるにつれて失われていった。進学の勉強に苦心し、働くことに追われ、結婚して女房に心を砕き、周りの人たちに気を遣い・・・。一輪の花をまじまじと見つめる心の余裕を持てなくなっていた。

 しかし今は、草花や森の木々を美しいと思えるようになっている。女房に気を遣う以外は、もはやストレスといったものはなくなり、気ままで自由な日々である。美しいものを美しいと思える当り前の生活を取り戻したのだ。

 少年のころに見たユリの花の記憶と繋がっているのか、私はユリが好きである。特に、もうしばらくすると山小屋の周囲に花を咲かせる笹ユリに心を奪われる。

 笹ユリは何と言っても清楚である。香りもいい。真っ直ぐ伸びる茎は、しなやかに風になびき、健気でさえある。ニッポン女性もこうであらねばならない。清らかで、近づけばそこはかとない芳香が漂う。その茎のように、気立ても優しくなければならぬ。おい、分かったか女房!

 私たちが暮らす山小屋の敷地には笹ユリが群生している。今朝、数えてみると40株ほどあった。そのいくつかには、すでに少女の乳首のような花芽が付いていた。

 花が咲くと、いつも近づき過ぎて鼻の頭に赤茶色の花粉をつけてしまい、女房に笑われる。それほどあの花の香りが好きなのだ。どのように表現したらいいか、適当な言葉が見つからないが、要するに気品に満ちているのだ。

 花が咲くのが待ち遠しい。コーヒーカップを片手に、笹ユリの花を楽しむ早朝のひと時が至福の時間なのだ。女房に隠れて、ユリを恋人なぞらえて仮想恋愛を楽しんでいるのかもしれないが・・・。

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     ↓笹ユリより一足早くシャクナゲが咲いた
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【夫の日記】 ピーターにベーコンを進呈したワケ

   魔がさしたというか、ボケが回ったというか、大変な失敗をしてしまった。チェンソーには混合ガソリンとチェーンオイルを別々の容器に注入しなければならないのだが、この2種類の液体を逆に入れてしまったのだ。15年もチェンソーを使っていて、こんな事は初めてだ。

 まさかガソリンタンクにオイルが入っているとは思っていなかったので、、エンジンを始動させるため、何回も、何回もロープを引っ張った。これが症状を一層悪くした。粘度のあるチェーンオイルをエンジンの心臓部キャブレターに吸い上げてしまったのだ。

 普通は専門の業者に修理してもらわなければならないし、そうなれば時間もかかる。森の空き地には道路拡張工事で伐採された雑木が運び込まれ、仲間と一緒に薪作りに取り組んでいるのだが、チェンソーが使えないので私だけが遅れをとってしまう。

 修理は森の仲間のドイツ人ピーターに頼むしかない。彼がどこでどのように修理技術を身につけたか知らないが、ともかくプロ級の腕前の持ち主だ。農機具店に放置されている中古のチェンソーをもらってきて、見事に再生してしまうほどである。

 ピーターは私のチェンソーを前に、「うーん、これは重症だね。分解するので見て勉強するといいよ」と言う。チェンソーはドイツ製のスチールで、キャブレターの構造が少し複雑だが、次々と分解していく。部品をガソリンで洗い、コンプレッサーで汚れを吹き飛ばす。

 3時間がかりで修理は終わった。しかし、エンジンはかかるが、すぐに止まってしまう。ピーターは「ガソリンのチューブが悪いよ」と再び分解を始めた。

 チューブにコンプレッサーの圧縮空気を送った瞬間、「ブシュー」という音をたて、チューブの中にたまっていたガソリンが噴き出した。額を寄せ合っていたのでピーターも私も頭から顔にかけてガソリンをまともに浴びた。

 「何か飛んだよ!見たか?」「ガソリンが目に入ったので見ていない」「ボク見たよ。オイルの塊だと思う。確かに飛んだ」。

 そこで、もう1本のチューブにも圧縮空気を送ったところ、先ほどより多くのガソリンが飛び出し、またまた二人とも顔にガソリンを浴びた。顔も衣服もズブ濡れで、マッチで火を付ければ丸焼けになるのは間違いなしだ。

 「また飛んだね」「うん、今度は見えた」。いい年をした大人の会話とは思えないだろうが、私たちは真剣なのだ。これで原因らしきものが分かった。オイルが固まってチューブを塞いでいたに違いない。

 再度組み立ててエンジンをかけると、一発で始動した。ガソリンの臭いをプンプンさせ、「やった!やった!」と無邪気に喜んだ。修理を始めてすでに4時間半が過ぎていた。

 ピーターには半日を棒に振らせたので、私は「何かお礼をしたい」と申し出ると、すかさず「兄貴のベーコンは最高よ。作ってよ」と言う。早速豚バラを2キロ買ってきて7日間冷蔵庫で熟成させ、きょう土曜日、スモークをかけた。

 出来上がったベーコンを進呈すると、ピーターは子供のような笑顔を見せ、喜んでくれた。今夜はベーコンを挟んだフランスパンを食べながら、ワイングラスを傾けているだろう。

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【夫の日記】 薪作り、ガシラ料理で骨休め

  私たちの森の空き地に、薪を作る丸太がダンプ4台で運び込まれ、ドイツ人ピーター、ファーマー松ちゃん、私の3人でチェンソーを回し続けている。

 この丸太は道路拡張工事で伐採した雑木で、工事業者は雑木の廃棄にお金がかかるため、ここに運んで来るのだ。薪の木が欲しい私たちとは、持ちつ持たれつの仲である。

 ストーブや五右衛門風呂で薪を使っている人達にも声をかけたが、「もう置く場所がないので、どうぞ」とのことだった。「薪の丸太」と聞いただけで目の色が変わる半永住組のMさんも珍しく薪作りに加わっていない。

 Mさんは地下室に薪を置いているのだが、余りにも薪を作り過ぎ、その重みで床が抜けそうになっているそうだ。この家を建てた大工からも、これ以上積み上げないよう止められている。地下室を見せてもらった松ちゃんによると、長さ30センチに切りそろえた薪がたっぷり2年分はあり、まさに壮観だったという。

 どうやらMさんは「チェンソー病」にとりつかれているようだ。木屑を吐き出しながらスパッと切れていくことに快感を感じているのだろう。そして大音響のエンジン音。彼にとってこの音も心地よいに違いない。

 大音響と言えば思い出すことがある。10数年前、招待で鈴鹿サーキットへF1レースを見に行った。右手の下り坂から正面の直線に突っ込んできて、トップスピードで駆け抜けて行く。その時のエンジン音は、テレビ放送の音とは似て非なるもので、この世のものとは思えない断末魔のような爆音なのだ。

 ホンダの人から耳栓を手渡されたが、なるほどと思った。家に帰って何日も、あの爆音が耳から離れない。F1にはまっているファンは、すさまじいエンジン音にとりつかれているのだと確信した次第だ。おそらく、MさんもF1ファンのようにチェンソーのエンジン音が好きなのだろう。

 チェンソー病のMさんは家にじっとしていられないらしく、薪作りの現場に毎日現れ、朝から夕方まで丸太を切り続けている。自分の薪ではなく、私たちのために切ってくれるのだから大助かりだ。

 連日の作業で、丸太の山はだいぶん少なくなった。あとひと息になったので、私の山小屋で昨夜、慰労会を開いた。料理はガシラのフルコースである。

 このガシラは、日曜日に松ちゃんと二人でボート釣りに出かけ、釣ったものだ。全部で20匹ほど釣れ、刺身、煮付け、唐揚げにした。酒もすすみ、同じ話をくどくど繰り返しながら、夜は更けた。

 薪の大富豪になったのはいいが、私の山小屋にも積んでおく適当な場所がない。薪を作り過ぎ、地下室の床が抜けそうになっているMさんを笑ってはいられないのだ。困った、困った・・・。

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【夫の日記】 「まほろば」に思いを寄せる

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  濃い霧が山の下から舞い上がってきて、山小屋のベランダを這うように走り去って行く。今日も雨が降っている。これで5日連続の雨だ。たまの雨は気分が落ち着くが、こうも続くとうんざりする。

 気温も低い。朝は10度にも満たず、薪ストーブを焚き続けている。思わぬ薪の消費であり、この冬に作ったばかりの薪を無理やり燃やしているのだ。

 先日、山小屋の周辺でゼンマイを採った。灰をまぶして干しているが、まったく乾かない。ゼンマイは私たちの貴重な保存食であり、天日で乾かしているのでおいしい。しかしこの天気では、いい味に仕上がるか心配だ。

 この森に暮らす仲間は、私と同様、死んだように引きこもっている。昨日、ドイツ人ピーター(今後はPではなく、ファーストネームを使います)がコーヒーを飲みにやって来た以外は、誰も顔を見せない。

 何もすることがないので、せっせと釣り具の手入れをしている。一昨日は昼間からお風呂を沸かし、釣り竿を抱いて湯につかった。竿の内部にこびりついた塩を洗い流すのだ。リールに油を差し、回りを良くした。鮎やガシラ、キスの仕掛けもたくさん作った。

 本も読んでいるが、30分もすると眠たくなる。自由の身になれば、好きな本をたくさん読めると思っていたが、現役時代の半分ほどしか読めていない。暇なのにどうしてだろう。

 今は小説など3冊を同時並行して読んでいる。一番面白いのは、日本史である。そもそも私には教養がないので、新しい発見が多い。

 特に「鉄」は面白いなあと思う。鉄はさまざまな文明をもたらしてきたし、現代でも粗鋼生産量は景気のバロメーターである。

 鉄が日本に伝わったのは縄文の後期から弥生時代にかけてと書いてある。朝鮮半島からの伝来で、九州北部や山陰地方が早かったらしい。

 鉄は農耕の器具としては革命的だった。それによって稲作が栄えた。鉄は貴重品で、これを取り仕切る人物はその地方の有力者となり、社会の高位に位置づけられるようになる。本格的な階層社会の始まりなのだ。

 鉄がもたらされて、戦が多発するようになった。鉄の武器が威力をふるうようになったのだ。戦は農耕の発達に伴う耕作地や水をめぐる争いなのだが、敵からムラを守る環濠が多くなるのもこのころだ。鉄の輸入は戦争の輸入でもあったように思う。

 この時代、幾百という殺戮された人骨が見つかっている。縄文時代には見られなかった光景なのだ。縄文の人々には、顕著な階級も階層もなく、それぞれの集団がおおらかに暮らしていたに違いない。

 私たちの日本には「まほろば」という素晴らしい言葉がある。「「住みやすい、暮らしやすい場所」という意味の日本の古語であり、縄文の時代を彷彿とさせる。新党さきがけを旗揚げした元代議士の武村正義さんに「まほろばの国づくり」を唱えた文章がある。今も私に強い印象を残している。

 復古趣味かもしれない。もはや「まほろば」は死語かもしれない。しかし、私たち夫婦の森の暮らしは、ある意味で「まほろば」への憧憬に満ちている。

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【夫の日記】 愛すべき男の話

  彼は少年がそのまま大人になったような男だ。50歳台の半ば。童顔で、笑顔がかわいらしい。そして、何事につけ少し抜けているようなところがあるが、愛嬌があって、憎めない性格だ。大手飲料メーカーでバリバリ働いているのだから変人という訳ではなく、立派な社会人である。

 彼がここ生石山の森に中古の山小屋を買って4年ほどになる。金曜日の深夜にやって来て、日曜の深夜に大阪へ帰って行く。典型的な週末の住人だ。円満な家族なのに、奥さんや子供が来たためしがない。

 昨日は朝から強い雨が降っていた。昼前、ドアをノックするので外に出てみると、その彼が雨に濡れながら、ヌッとたたずんでいた。「牛肉の塊を買ってきましたんや。今夜、焼肉をしようと思うので、来て下さい」と、お誘いを受けた。

 快諾したものの、少々不安がある。実は半月ほど前、仲間のドイツ人PやファーマーMらが彼に招かれてカレーライスをご馳走になったのだが、とらえどころのない味で、ご飯も堅く、「ここだけの話、あれはまずかった」と、あとで聞いた。

 しかし、今回は焼肉なので味付けの良し悪しなど関係ない。ホットプレートで焼いてタレを付けて食べるだけだ。心配することはないだろう。

 彼の山小屋を訪ねると、肉の塊を切るのにハサミと箸を使って悪戦苦闘している。女房が「手伝いましょう」と言って手で肉をつかむと、「肉は手で触ってはいけません。味が落ちます」。その真偽は分からないが、どうやら綺麗好きなのだろう。

 ドイツ人Pも招かれていて、まず彼が肉を口にした。「ん?これ牛肉じゃないよ!パックのラベルを見せてみなよ」。ラベルには英語で「子羊」と書かれていた。要するにマトンなのだ。

 「いやー、あんまり安かったので、買ってしまった。牛肉ではないのか。すまん、すまん」と頭を掻いている。彼を傷付けてはいけないので、「まあ、そこそこうまいよ」などと言いながら、肉片をかじり続けた。このように、彼はちょっと抜けたようなところがある男なのだ。

 その彼に昨年夏、意外な出来事が起きた。声をひそめて、しかし山の仲間のみんなに、「夕方、なじみのスナックのママさんが来るんですよ」と言い触らしている。

 いやー、それからが大変だった。山小屋の大掃除が始まったのだ。ガラクタが出るわ、出るわ。ワゴン車で3回もゴミ捨て場に運んでいた。

 このようにして迎えたママさんとどのような夜を過ごしたのか。仲間たちは興味津津、ヤキモキ、あらぬ想像力逞しくしていたのだが、彼が一つだけ言わなかったことがある。ママさんは友達同伴だったのだ。なーんや、アホらし・・・。

 牛肉ならぬマトンをご馳走になった翌朝の6時過ぎ、電話が鳴った。こんなに朝早い電話に悪い予感がしたが、その彼からだった。「ジャガイモありますか?」と、いきなり奇妙なことを聞く。「カレーライス作っているんです」という。

 ジャガイモを取りに来た彼は「良かったら食べに来て下さい」とまたまた招待を受けた。聞きしに勝る彼のカレーライスの味。好意に応えることにしたが、戦々恐々の心境である・・・。

【夫の日記】 帰ってきました/再び森の暮らし

  母親の法事などを済ませ、9日ぶりに和歌山の山小屋に帰った。法事には子供3人、長男の嫁さんと孫の家族全員が集まり、にぎやかだった。このようなことがないと、家族がそろうことはない。「次はお父さんの葬式かなあ」と、長女が減らず口をたたいていた。

 留守にしている間に、山暮らしの私たちにとって「事件」とも言える出来事が起きていた。それは、うれしい反面、気の重い事態でもある。

 森の空き地に、薪用の丸太がうずたかく積まれていたのだ。仲間のドイツ人Pの山小屋を訪ねて事情を聞くと、道路拡幅工事で伐採した雑木で、工事業者がダンプ3台で運んでくれたらしい。連休明けにも次々と運び込まれるという。

 Pによると、これを5人で山分けすることにし、私が山に帰って来るまでは薪作りを自粛していたというのだ。律儀な男である。その心遣いがうれしいではないか。

 この冬、雪の日も作業を続け、来年使う薪はたっぷり作った。だから、この丸太の山は、再来年の分になる。それはそれでありがたいことで、またまた薪の富豪になるのだから気持ちが豊かになる。

 しかし本心を言えば、薪作りはもうこらえて欲しい。連休が明ければ、釣りに通いたいのだ。しかもゴムボートを買ったばかりだし、水温も次第に上がってきたので魚の活性が高まり、色んな魚がたくさん釣れるはず。

 そんな絶好のシーズンを迎えながら、毎日、毎日、チェンソーを回し続け、斧を振り回さなければならないのは辛い。だったら、釣りに行けばいいじゃないかと言われそうだが、そうはいかないのだ。

 留守にしている間に、仲間がどんどん丸太を切ってしまうと思うと耐えられない。釣りをしながら、丸太はまだ残っているだろうかなどと心配していては、魚信にも集中できない。このように、私は肝っ玉が小さい男なのだ。

 これだけの木を薪の長さに切り、割って山小屋まで運び上げるのに、10日以上はかかるだろう。釣りに心を奪われながらチェンソーを回していては大怪我をしかねない。私の帰りを待っていてくれた仲間の気遣いを思うと、真面目に取り組まねばならないのだ。

 畑も気になるので、女房と見に行った。エンドウがずいぶん大きくなり、ネットに蔓を絡ませていた。ジャガイモや玉ネギなどもすくすく成長している。晩のおかずにするため、ブロッコリー、白菜の菜の花、ホウレンソウ、大根葉を収穫して帰った。山小屋の敷地では山ウドが大きくなっていた。大好物の山菜だ。

 こんな山奥まで新型インフルエンザはやって来ないだろう。新鮮な空気を吸いながら、再び森の暮らしを楽しもう。

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【夫の日記】 愛犬ピー助の盗み食い

  母親の25回忌のため、和歌山の山小屋から滋賀の自宅に帰り、一時滞在している。昨日の昼ご飯の時、女房が私の好物のニシンと茄子の煮付けを作ってくれた。これは女房が母親から教えてもらった料理の一つである。母親を偲ぶにふさわしい懐かしい味がした。

 お鉢に一杯作ってくれたので、まだたくさん残っていた。晩酌の肴にもなるので、楽しみだ。食卓の上にのせ、女房ととともに買い物に出かけた。

 2時間ほどして帰宅してソファで寝そべっていると、台所から女房が呼んでいる。「あのニシン、全部食べたの?」と聞く。「冗談じゃないよ」と答えると、「娘が食べたのかなあ」と首をかしげている。

 鉢に半分以上残っていたはずなのに、ひとかけらのニシンも茄子もない。おまけに、お汁もきれいになくなっているではないか。

 「こいつやー、間違いない!」。私が叫ぶと、それまでムートンの上で寝ていた愛犬「ピー助」(シーズ、雄の1歳)がこそこそと柱の陰に隠れた。お尻だけをこちらに向け、尻尾を盛んに振っている。「あんたかー、コラ!」と女房が眉を吊り上げている。

 追いかけると、居間の机の下をクルクル逃げ回り、やっと二人がかりで玄関に追い詰めて捕まえた。抱きかかえてピー助の頭を鉢に突っ込み、「こら、正直に言え!お前が食べたやろ」と問い詰めたが、答えるはずはない。

 今後のこともあるので、教育的体罰を加えねばならない。頭をポカポカと4、5回たたいてやった。すると、悪さを反省したのかカーテンの向こう側に身を潜め、こちらの様子を覗っている。

 「ピー助」と呼んでも出てこない。いつものように「ピーちゃん」と優しく呼ぶと、少しうなだれてトボトボとやって来て膝の上に乗る。もう一度、「ピー助!」と叱ると、脱兎のごとくカーテンの陰に隠れ、まことに卑屈な目つきでこちらを見ているのだ。

 この繰り返しを夫婦で笑い転げて楽しんだが、ピー助はなかなか演技がうまい。大笑いすることしか能のない近頃の漫才師やタレントより、よっぽど芸達者なのだ。この日のピー助の演技力は座布団3枚に値する。

 実は同じような前歴があるのだが、すっかり忘れていた。やはりピー助を置いて外出したとき、山小屋のテーブルに置いていたてんこ盛りの白菜の漬物を全部食べられた。単に食い意地が張っているのか、置いてけぼりの復讐をしているのか。多分、その両方だと思う。

 それにしても、あの小さな体のどこに、お鉢半分の食べ物が入るのだろう。吐きもせず平然としているし、時折舌なめずりさえしている。憎めない奴なのだ。

 明日はピー助に留守番をさせて母親の法事に行かねばならない。今度は何をしでかすか、戦々恐々である・・・。

  使い慣れない娘のパソコンを使っているので、ピー助の画像を取り込めない!!!


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