【夫の日記】 キス1匹の投資で・・・大物が!

  鬼の居ぬ間の洗濯という訳ではないが、女房が東京の娘の所へ遊びに行っている間に、一人でボート釣りに行った。ガシラなどそこそこ釣ったので、ダメ元でアジのサビキ仕掛けを下ろしたところ、24、5センチもある大きなアジが入れ食いになった。

 帰ってきた女房にそのアジの一夜干しを食べさせながら、事のいきさつを話したところ、目が光った。この時季は10センチにも満たない豆アジは良く釣れるが、このような良型が釣れるのは珍しい。女房が「ほんまに釣れるの?」と聞くので、「可能性は大やねえ」と気を持たせる返事をしておいた。

 案の定、女房がアジを釣りたいと言い出し、夫婦でボート釣りに出かけることに相成った。結論から言うと、私に大アジが1匹釣れただけで見事な空振りに終わった。しかし、この後にドラマが待っていたのだから、釣りは面白い。

 海水浴場の沖でキスを狙っていると、女房がすかさず小型を釣り上げた。このキスに針を付けて泳がせ、コチかヒラメを釣ってやろうと思ったが、女房は「折角釣ったのだから、釣れるかどうか分からない釣りに使うなんて・・・」と渋っている。

 石橋をたたいても渡らない女房にしてみれば、私のハイリスク、ハイリターンの釣りは理解できないだろうが、この場合はたかだかピンキス1匹を犠牲にするだけだ。女房の手からキスを奪い取り、大物への期待を込めて仕掛けを10メートルほど潮下に投げた。

 キスは元気に海底を泳ぎ、竿先がリズミカルに動いている。10分ほど経った時、フリーにしておいたリールから「ジーッ」という音が鳴り、糸が引き出されていく。何かがキスをくわえたのだ!

 早合わせは禁物だ。焦りを静めるため、煙草に火を付けたが待ちきれず、竿をあおった。「グィーン」と強烈な引きが手元に伝わってくる。間違いなく針掛かりしている。

 さあ、それからが大変。リールを巻いて寄せるが、たちまち糸を引き出される。何回もそれを繰り返していると、悪いことにアンカーロープをくぐり抜けて反対側に逃げようとする。竿をロープの下にくぐらせて何とかしのいだ。

 敵はすでにボートを1周して、激しく抵抗している。ようやく海中に姿が見えた。大きな灰色の影である。蒲鉾にしかならない嫌われ者のエソか?正体を見極める前にまた潜られた。

 そんなことを繰り返し、やっと浮いてきた。玉網を構える女房が「わ!、大きい!」と叫びながら魚をすくってくれた。紛れもなくマゴチである。頭が大きいグロテスクな姿をしているが食味は最高で、鍋に良し、刺身に良しである。

 「キス1匹の投資だから、100円が1万円になったような気分や」と女房に胸を張ってみせる。尾を曲げてもクーラーに入らな大物だ。60センチ近いだろう。

 夫婦だけで食べきれないし、ドイツ人ピーターら山の仲間にも食べさせたい。さあ、明日は鍋を囲んで盛大に宴会だ・・・。

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【夫の日記】 笹ユリに恋い焦がれて・・・

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  笹ユリが咲いた。なんと美しいのだろう。花は夜来の雨を受けて重くなり、少しうつむき加減だ。霧にかすむ雑木林の中で、風に吹かれて揺れている。けがれを知らない少女のような趣がある。

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 何度も足を運び、飽きることなく見続けている。鼻をこすりつけるようにして香りも楽しむ。まずは六株が花を付けたが、これから順次咲き始め、全部で四十ほどの花が咲くだろう。
 
 私たちが暮らす山小屋の周囲にはさまざまな花が咲き出し、にぎやかである。紫陽花はこれからだが、山紫陽花は今が見ごろだ。薄暗い藪の中で咲くこの花は控え目で、楚々とした姿に味わいがある。

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 シモツケも咲き出したた。下野国で最初に発見されたことからそう名付けられたという。小さな花が密集し、その集まりが一つの花のように見える。ピンクと白の花は、妙に心を穏やかにしてくれる。これに似た京鹿子も綿菓子のようなふわふわした花を咲かせている。

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 ユキノシタはユーモラスな花だ。豊かな白いヒゲを蓄えた紳士のようにも見えるし、想像力を働かすとみんなそろって「ワッ、ハハ」と笑っているいるようにも見える。

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 さまざまな山野草が身の周りにいっぱいあるが、名前はよく知らない。女房から教えられ、何度も名前を反芻して覚えようとするが、1時間もすると忘れてしまう。

 植物の名前や由来など知識が豊かであれば、花を見る楽しみも格別だろう。万葉の歌に詠まれていたりすると、その花からいにしえの世界が垣間見えるような気分になる。そうありたいものだが、どうも物忘れがひどくて・・・。

【妻の日記】 東京へ行ってきました

 山小屋にひまじん夫を残し、ひとりで東京に行ってきました。節約のため高速を使わず下道を四時間かけて大津の自宅に帰り、翌日、京都からJRバス「昼特急中央道東京行」に乗り八時間かけて東京へ・・・。新幹線を利用すると早くて楽ですが、時間がたっぷりある私は、いつも安い料金のバスです。

 二階バスなのに乗客はわずか四人でした。八王子に帰られるお茶の先生と話が弾み、立川までご一緒させてもらいました。東京ではファミリーセールに出かけたり、吉祥寺でお茶したりで久しぶりの娘との時間を楽しんできました。

 帰途もJRバスでしたが、疲れと退屈で京都は遠かった。

 大津の自宅でゆっくりしたかったのに、「ジャガイモがイノシシにやられた」とひまじん夫からです。
 
 翌日、大津での用事を済ませ、あたふたと山小屋へ。和歌山の桃山町では、早くも「あらかわの桃」の販売が始まっていました。産直のお店に寄ると、いつものおばあさんが「まだこんなにこまいの。でも甘いよ」とおっしゃって・・・。なんとこれが¥500なんです。 

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 山小屋に戻ると、「ゆきのした」の花が笑顔で迎えてくれました。どうです? 笑っているように見えるでしょう?

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 裏庭のおナスが心配で畑を見に行くと、まるで一面雪化粧のよう。エゴの花のじゅうたんです。

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 山小屋に入ると、うわぁー、ビワです。出荷用の甘い、甘いビワなんですって。夫が知人から「好きなだけ取っていい」と言われ、コンテナ山盛り取ってきました。食べきれないので、あちこちにおすそ分けしたそうです。これだけあれば、お腹いっぱい食べれます。買えばお高いんでしょうねえ・・・。

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【夫の日記】 ジャガイモがイノシシにやられた!

  女房が山小屋を出て行って8日になる。逃げ出した訳ではない。東京で一人暮らしをしている末娘の所へ遊びに行ったのだ。女房がいないと気楽であはるが、食事や掃除など何もかも自分一人でしなければならないので、面倒だ。

 昨夜、一人でつましく侘しい食事をしていると、電話が鳴った。「やられた、やられたよ!」。女房が生石山中腹に借りている畑のボスからだった。イノシシが畑を荒らしたとのことだ。恐れていたことが、ついに起きてしまった。

 ボスによると、他の人のジャガイモは全滅したが、女房のジャガイモは被害が半分で済んでいるいるという。残りを今夜中に収穫しておかないと、全部やられてしまうだろう。

 外は細い雨が降っている。しかも真っ暗だ。しかし、女房が手塩にかけて育てたジャガイモを助けなければならない。釣り用のヘッドランプを付けて畑に急いだ。畑は有刺鉄線で囲んでいるが、どこから入ったのか、ジャガイモの畝の半分が掘り返されている。

 鍬で掘った。あちこちに食い散らしたジャガイモの破片が出てくるが、畝の半分は無傷だ。満腹になったイノシシは、今夜食べる分として残しておいたのだろう。計算高い奴である。

 泥だらけになって、収穫した。まだ十分成長していないので、小さなイモが多い。ヘッドランプの光だけなのでよく見えず、取り残したイモもあるだろうが、大小100個くらいは収穫出来た。留守を守る夫の責任は果たせた。

 女房がジャガイモを植える時、ボスから「イノシシにやられるよ」と反対された。ところがイノシシはやって来ない。これを見て、他の人もジャガイモを植えた。何事もなくすくすくと成長し、収穫を目前に控えたこの絶妙のタイミングで荒らされたのだ。

 狡猾なイノシシは雑木林の中から、じっとジャガイモの成長を見守っていたに違いない。当初から甘く見ていた訳ではなく、女房は食べられて元々と腹をくくっていた。それでも、無残に荒らされた畑を目の当たりにすると、無念の思いがふつふつと湧いてくる。

 標高700メートルの高地で、しかもイノシシと背中合わせで野菜を栽培するのは難しいことだ。しかし、出来る限り野菜は自給しようという生活スタイルだから、作り続けねばならない。それに女房は根っから畑好きで、日々、野菜の成長に目を細めている。

 私たちがこの畑を耕すずっと前から、イノシシはここに住み続けている。荒らされると腹は立つが、この先住民とうまくやっていくしかない。被害を防ぐ知恵が必要だし、覚悟を決めておくことも大切だろう・・・。

       ↓イノシシに荒らされたジャガイモの畝
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       ↓イノシシはネットの下をこじ開け侵入したらしい
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       ↓これだけ収穫出来たから不幸中の幸い
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【夫の日記】 怒った!笹ユリの盗掘

  怒髪天を衝く--。私のおつむに天を衝くほど豊かな髪の毛がないのが悔しいが、それはともかく、私は本気で怒っているのだ。ただ、何に、どうして怒っているのかは、しばらくお待ちを・・・。

 新聞やテレビで伝えられる世の中の出来事には人並みに思うところはある。しかし、それらが理不尽な事柄であってもそれほど怒りが込み上げてこないのは、何故だろう。

 世の中を達観するほど枯れているとは思わないし、喜怒哀楽の感情が希薄になった訳でもない。そもそも私は、この目で見たこと、直接人から聞いたことはともかく、映像や伝聞は信用ならないという思いがあり、だから喜んだり、悲しんだり、怒ったりすることに多少の抵抗と躊躇があるのだ。

 しかし今回の怒りは、この目で見たので怒髪が天を衝くのである。

 怒りの矛先に向かう前に、書いておかなければならないことがある。私たちが暮らす山小屋の周囲に群生する笹ユリのことである。

 数日前から花が膨らみ始め、薄い桃色に色づいている。それはまるで少女が娘へと成長するように、ほのかな色香を漂わせているのだ。あと数日もすれば、最初の開花が見られるだろう。細い幹の先っぽに凛と咲く笹ユリは、えもいわれぬ香りを楽しませてくれるはずだ。

 さて、ブログといえどもその人物を特定するようなことは避けたいので、紀伊山地に暮らす「Aさん」としておこう。実は数日前、Aさんの敷地に笹ユリが生えているのを見て奇異に感じた。先日前まで、1本もなかったのだ。ざっと40株ほどもあるではないか。

 どう考えてみても、どこからか盗掘してきたに違いない。近くの山には笹ユリが自生しているが、花を引っこ抜いたり、球根ごと持ち去ったりする不届き者が後を絶たず、随分と少なくなっている。笹ユリは、種が落ちて花が咲くまでに6年も7年もかかる。絶滅危惧種にまで至っていないが、保護しなければならない貴重な植物なのだ。

 そのような笹ユリを何十株も引っこ抜いてくるとは如何なる料簡だろう。一輪、二輪の花なら出来心という言い訳も出来ようが、その数から言っても申し開きはできまい。土地には所有者がいるのだから、明らかに窃盗罪に当たる。実際、貴重植物を盗んで処罰されたケースは少なくない。

 Aさんは現役時代、取締役として人の上に立って働いてきてたと聞いた。普通に考えると、社会の常識も見識も持ち合わせていると思うが、私はそうは思わない。人の土地に入り、貴重な植物を根こそぎ盗むのは分別ある人間の仕業と思えない。常識云々以前の問題なのだ。

 この山に住む限り、過去の社会的地位など何の意味もない。自然と向き合う心のあり方が問われるのだ。自然への尊敬、あるいは畏敬の念と言えば大袈裟としても、自然への思いやり、親しみが欠如している。それは山の暮らしの最低条件だ。

 私と思いを同じくする仲間のドイツ人ピーターと一緒にAさんの山小屋を訪ねた。私たちはどうしてもこの一件を見過ごすことが出来なかったのだ。ピーターが口火を切った。「これ、ドロボーよ。罰金30万円よ」と詰め寄った。Aさんは「山で採ったのだから・・・」と言い訳したが、明らかにうろたえていた。

 少し厳しすぎる口調だったかもしれないが、見て見ぬ振りをしていれば、Aさんはまた同じ過ちを繰り返すだろう。本人のためにも、自然のためにも、これでよかったのだと思う。

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【夫の日記】 牡丹雪のように、エゴの花が散る

  山小屋裏のベンチに座って煙草をくゆらせていると、めっきり薄くなった頭にポトリと何かが落ちてきた。大よその見当はついていたが、やはりエゴの花である。ベンチの真上にエゴの枝が張り出しているのだ。

 3、4日前から、エゴの花が散り始めた。ここ生石山はいたる所にエゴが繁っていて、散り落ちる花で地面や道路、屋根など雪が降ったように白くなっている。花は直径1・5センチほど、花びらは5、6枚。純白と言っていいほどの白さで、清楚な感じがする。

 桜の花は散り際が最も美しいと言われる。花びらがハラハラ、ヒラヒラと宙に舞う風情が喜ばれるのだろう。しかし、エゴは花びらが一枚、二枚と散るのではなく、花ごとポトリと散るのだ。いや、垂直に「落ちる」と言った方がいい。それは、牡丹雪が降る様に似ている。

 「桜散る」--。昔、大学受験の不合格を知らせる電報にそう書かれていて、受験生たちは肩を落としたものである。武士道にも通じているのか、桜の花の散る様を「潔さ」になぞらえる。日本人の死生観と結びついていると言う人もいる。桜をこよなく愛した西行は「願わくは花の下にて春死なん・・・」とも詠んでいる。

 総務大臣を辞めた鳩山さんは、しきりに「潔さ」を強調していたが、どうみても花の散り際のようには見えない。盟友麻生さんに言われて渋々辞めたようにも見える。本当に潔ければ、「麻生さんから手紙をもらっていた」などと後でとごちゃごちゃ言わないものである。男は黙って・・・が美しい。

 鳩山さんはどうでもいいが、私は桜の散り方にはまだ咲いていたいという未練があるように見える。それよりも、ポトリと落ちるエゴの花の方がはるかに潔い散り方だと思う。

 まだまだ死にたくはないが、その時が来たらエゴの花のように、あっけなく、ポトリと落ちてあの世に旅立ちたいものだ。桜の花は惜しまれて散るが、私なんぞはそんな風に思われることはないだろう。「おっ、死んだか、そうか」。うん、それでいい・・・。

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【夫の日記】 草木染めを演出する

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  まずは冒頭の写真をとくとご覧いただきたい。テーブルの上で寝そべっている愛犬ピー助を撮ったものではない。背後にある奇妙な形をした丸太だ。木の枝がバッファローの角のように伸びている。 なかなか面白い形だと思う。

 さて、女房の趣味の一つは草木染めである。私たちが暮らす生石山の様々な草木を採取し、ショールやスカーフなどを染めている。草木の種類によって色合いや風合いが異なり、その自然がもたらしてくれる変化を楽しんでいるのだ。

 染めたもののほとんどは、友人や知人にプレゼントしているが、それでも染物が少しずつ手元に残ってくる。そこで、生石高原の「山の家」で働いている知人から「お店がにぎやかになるので、染めを置いて欲しい」と頼まれ、何枚かを並べている。素人の染めなのでお金を儲けようなどとは思っていない。

 生石高原はススキの名所で年間50万人が訪れるが、素人作品を買ってくれる奇特な人はほんのわずかだ。しかし女房は「買ってくれなくても、見てくれるだけでいい」と達観している。しかし、亭主としては、女房が工夫を凝らして染めているので、何とか力になれないかと思っていた。

 衣料でも食料品でも、展示の仕方によって売れたり、売れなかったりするらしい。実演販売もその手の一つだろう。書店だって、大手出版社や売れっ子作家の本は平積みにして目立たせている。女房の染めを目立たせるいい方法はないものか・・・。

 そこで作ったのが冒頭の木工なのだ。薪を作る雑木の中に、枝が突き出た丸太があったので、何かに使えるのではないかと残しておいた。木は仏像などにも使われる木肌の美しい槇である。

 張り出した枝に染めを巻きつければ、人目につきやすいし、見栄えもするのではないかという発想である。「おや?」と染めに目を留めてくれる人がいるだけで、私も女房も本望だ・・・。

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【夫の日記】 薪ストーブのメンテ/半年間ありがとう

  朝5時半、山小屋のベランダに出て、煙草に火を付ける。「プーン、プーン」という蜂の羽音が聞こえてくる。やかましいほどである。満開のエゴの花に群がり、蜜を吸っているのだ。

 エゴの花が咲き出すと、ここ紀伊山地もやっと暖かくなる。つい先日まで薪ストーブに火を入れる日もあったが、最近ではセーターを着込むだけでいい。そろそろ、半年にわたって働き続けたストーブの煙突掃除をしなければならない。

 私は高所恐怖症である。だから屋根に突き出ている煙突の所まで行けない。梯子をかけてひさしに足をかけることは出来るが、そこからどうしても一歩踏み出せないのだ。決して意気地がない訳ではない。恐怖で体が硬直してしまうのだ。

 2年前のことだ。煙突の塗料がはげてきたので、高所をそれほど苦にしない女房に懇願して屋根に登ってもらった。女房が耐熱塗料のスプレーを使っているところへ、山の仲間のドイツ人ピーターが軽トラで通りかかった。

 ピーターが叫び声を上げている。「兄貴!なんてことしているの。奥さんをそんな所に登らせて、落ちたらどうするのよ!」。彼は女性に優しいので、亭主が女房に危ないことをさせるのが我慢ならないのだ。「二度とダメよ」と釘を刺された。

 だから、煙突掃除は屋根からではなく、ストーブのダンパーからブラシをねじ込み、下から上に煤を落としていくのだ。煙突に張り付いている煤の塊がバラバラと落ちてくる。冬には時々、煙突をたたいて煤を落としてきたので思ったより煤の量は少なかったが、それでもバケツに半分くらいになった。

 ストーブ本体もきれいに掃除した。灰を取り、本体に油を塗り、ガラスを磨いた。もう15年も使っている老いたストーブだが、見違えるようにきれいになり、若返った。

 最新のストーブに比べて無骨な姿だが、山小屋の牢名主のように威張っていて、大きな存在感を漂わせている。一度もダダをこねることなく薪を燃やし続けてくれ、程よい暖かさで私たち夫婦を包み込んでくれた。厳寒の冬を過ごせるのもこのストーブのお陰である。

 再びストーブに火を入れるのは10月下旬ごろだろうが、多分、炎が恋しくなって真夏でも燃やすことがあるだろう。ストーブの炎は、不思議なほど安らぎを与えてくれる。感謝、感謝・・・。

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     ↓ おお、きれいになった!
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【妻の日記】 特製有機堆肥で野菜すくすく・・・

 昨年、山小屋のベランダ下にトマトを植えました。石ころまじりの土を耕しもせず、肥料もやらずに育ててみたのです。山の仲間からは、「それでは実がならないよ!」と笑われたのですが、どっこい・・・トマトが出来たのです。少し小ぶりのトマトで収穫に時間がかかりましたが、自分で作ったトマトはとても美味しかった!!
 今年は、より美味しいトマトを作ろうと、落ち葉と生ゴミで作った「有機堆肥」を入れて植え付けてみました。とても生育がよく、茎の太さは美味しい実を予感させます。 

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 特製の有機堆肥をプランターに入れて、春菊の種を蒔いておいたら、こんなに美味しそうなのが・・・

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 おナスも有機栽培です。草木染めに使ったススキを敷いてみました。周りには元気に育つという枝豆を植えて・・・。おナスは日当たりが良くないといけないのですが、上には木々の枝が張り出していて日差しを遮っています。日照時間の短い裏庭は、ナスの生育が少し心配です。 
 でもね・・・
生石山中腹に借りている畑には、ジャガイモ、大根、人参、さつま芋、エンドウ豆、キュウリ・・・もう植える場所がないので、仕方なく裏庭に耕作地を広げたのです。

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 栽培している山ウドの足元にも、たくさんの堆肥を入れました。

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 ミントやレモンバーム、バジルも元気です。さて、さて、特製堆肥の効果は・・・。

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【夫の日記】 女房に負けたガシラ釣り

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↑ 最初は釣れないので、女房はこのフグのようにふくれっ面・・・


  伊水道の由良湾にゴムボートを浮かべ、夫婦で釣りをした。朝のうちはキス、昼前後にカタクチイワシ、午後はガシラでも釣ろうという計画だ。

 遠浅の砂地でキスの仕掛けを下ろしたが、ほとんど音沙汰がない。1時間ほどで方針転換し、前回イワシがたくさん釣れたポイントに移動した。ボートのいいところは、気軽に釣り場を変えられ、色んな釣りができることだ。

 このポイントでは、魚群探知機の画面に魚マークがいっぱい出ており、イワシへの期待が高まった。しかし、サビキ仕掛けには小サバと豆アジが食いつくだけ。イワシを諦め、今度はガシラのポイントに向かった。

 サバの切り身を付けて仕掛けを10メートルほど前方に投げると、すかさず当たりがあり、20センチほどのいいガシラが釣れてきた。3匹連続して釣れたが、女房には当たりがあるものの針に乗ってこない。

 女房の合わせのタイミングを見ていると、手に伝わる感覚だけで合わせている。だから早過ぎたり遅過ぎたりするので釣れないのだ。

 「竿先に現れる当たりで合わせ」と極意を教えた。クッ、クッと竿先が抑え込まれた瞬間に合わせよという意味だ。最初の震えるだけの当たりで合わせていてはなかなか釣れないのだ。

 これまでの釣りでは「誘い方」を教えてきた。どんな魚も動く餌に興味を示すから、餌を引いたり、少し浮かせたりすると、釣れる確率が高まるのだ。これは少しマスターしている。

 竿先の抑え込みで合わせる--。女房は徐々にこのタイミングが分かってきたようだ。しばらくすると、大きく竿を曲げている。25センチほどの大きなガシラだ。「合わせ方が分かった!分かった!」と得心している。

 それからは釣るわ、釣るわ。私のお株を奪うほどの釣れっぷりである。最初は私がリードしていたが、少しずつ差を詰められ、ついには追い抜かれてしまった。13匹対11匹の差がつき、しかも女房が釣ったガシラは型がいい。
 
 まあ、たまには女房に花を持たせておかないと、釣りへの意欲を失ってしまう。女房は「誘い」と「合わせ」を自分のものにしつつあり、近いうちに、「また行きたい」と言うに違いない。これでいい、これでいい・・・。

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【夫の日記】 森林セラピーでボケ防止

  女房の物忘れが心配になってきた。先日も、女房は私の大好物の鮒寿司を滋賀の自宅の冷蔵庫から山小屋に持って来るのを忘れた。それだけではない。外出する時は、何か一つ必ず忘れ物をする。いちいち車をUターンさせなければならなので、困ったものだ。

 そういう私も偉そうには言えず、関心のないことはすぐ忘れるし、都合の悪いこともすっかり忘れる、あるいは忘れたフリをするのである。頭のよい人、記憶力のよい人は脳が皺だらけらしいが、私の脳味噌はゆで卵のようにつるつるしているので、もともと記憶力はよろしくない。

 加齢による物忘れは誰にでもある。しかし、病気による物忘れだと、これは大変だ。ボケ、痴ほう症、アルツハイマーなどの言葉が浮かんでくる。最近では「認知症」などという難しい言い方をするそうだ。多分、「後期高齢者」と同じように官僚が考えた言葉だろう。

 女房の物忘れが、ボケの前兆だとしたら・・・。そして将来、本当にボケてしまったら・・・。夫としては誠意を尽くして介護しなければならないと思うが、お互い辛いことだ。

 まあ幸いというか、女房の減らず口、お小言、屁理屈は健在なので今のところ大丈夫と思うが、将来は分らない。老い始めると誰でもそんな不安を抱くように、私も内心恐れている。その恐怖と悲劇は、自分がボケていることに気付かないところにあると思うが、どうだろう。

 実はこのような事を書いているのは、先日の新聞記事がきっかけになった。記事によると、森林セラピーを通して、認知症の予防を図るプログラムが大阪で行われるという。

 癌患者を対象にしたこれまでのプログラムでは、免疫力の活性が高まるなど有効性を示す科学的根拠がそろってきたと言われる。今回は物忘れが気になる55~79歳の人を対象に30人を募集するらしい。

 この記事を読んで、大いに勇気づけられた。私たち夫婦は、森の真っただ中にある山小屋で暮らしている。一日中、ボケ防止や癌予防の有効物質が降り注いでいるのだ。ここに住み続ければ、都会の人よりボケも癌にもかかりにくいことになる。ああ、幸せ!

    ↓ 山小屋は深い緑に囲まれているが・・・

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【夫の日記】 擦り寄るアユ釣り師/有田川

  「擦り寄る」という言葉は、余りいい意味では使われない。政治家に擦り寄る、大金持ちに擦り寄る、美人に擦り寄る・・・。どれも、その行為にいかがわしい思惑が隠されている。これに比べて、「寄り添う」は微笑ましい。私と女房が寄り添う。恋人同士が寄り添う・・・とか。

 回りくどい言い方だが、アユ釣りの話である。きのう今季2回目のアユ釣りに出かけた。もちろん、ホームグラウンドの有田川だ。水温が低い午前中は追いが悪いので、ゆっくり出かけた。

 ブドウ園下と呼ばれる長い瀬には一人だけしかいなかったので、ここに入った。覚悟していたことだが、なかなか掛らない。1時間ほどしてやっと天然遡上のアユが掛った。胸の追い星が黄色く、背びれも長い。元気なオトリに替わると、案の定、ボチボチと掛るようになった。

 すでに6匹を掛けていた。50メートルほど下流で竿を出していた人が、次々釣り上げる私の姿をチラチラ見ていた。しばらくすると、じわりじわり、こちらの方に近寄って来る。やがて、5メートルほど下流まで接近した。

 7匹目のアユを釣り上げた時、糸が絡んだのでほぐしている間に、何と私が釣っていた場所に立っているではないか。まさに、「擦り寄る」とはこのことだ。

 これでは、元の場所で竿を振ることは出来ない。何でもそうだが、遊びにもルールがある。ルールはお互いが不愉快な思いをしたくないから、自然に成り立ったのだと思う。それは常識を物差しにしたもので、少しの気配りで守れるものだ。

 この人は、私のポイントが釣れると思い、擦り寄って来たのだろう。相手への気配りに欠けるルール違反だ。その厚かましさが釣りだけならまだ救いはあろうが、おそらく社会生活の場でも同じような振る舞いをしているに違いない。

 このポイントで釣りをする気にはなれないので、岩に腰掛けてパンをかじりながらこの人の釣りを見学していた。もう釣れそうなアユが残っていないのか、釣れない。しばらくして、平然と姿を消した。釣れても、釣れなくても、こんな行為だけはしたくない。

 不愉快な思いをしたが、次は愉快な釣りが待っていた。あの釣り人が最初に立っていた50メートルほど下流に、波立つ瀬があった。わずか長さ10メートルほどの短いポイントだが、オトリを誘導すると、一発で掛った。

 このアユは大きい。グイーンと竿をしならせ、対岸に向かって走る。竿を倒して浅瀬に誘導して引き抜いた。20センチはあろう。次も大きい。その次も。夢中になって釣り続けた。ここだけで8匹。このポイントには誰も竿を入れていなかったのだろう。幸運だった。

 当たりが遠のいたので、腰まで水につかりながら川を渡り、200メートル下流のポイントに移動したが、ここでは1匹だけ。そうはうまくいかなかった。

 結局この日は計16匹の釣果だった。不愉快なこともあったが、有頂天になるような釣りも出来た。終わり良ければ、すべて良し・・・。

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【夫の日記】 珍味の高峰にきらめく鮒寿司

  御三家、三筆、日本三大○○とか、日本人は「三」の数字が好きなようだ。インターネットで「三大」を調べてみると、あるは、あるは、馬に食わせるほどある。早い話、「三」は権威づけの冠なのだろう。

 ひとつ納得できないものがある。日本の三大珍味には、ウニ(塩うに)、カラスミ(ボラの卵巣の塩漬け)、このわた(なまこの腸の塩辛)と紹介されることが多いが、大いに不満である。なぜ、滋賀県に伝わる「鮒寿司」が入っていないのか。

 鮒寿司は、間違いなく日本珍味の最高峰に位置するもので、三大珍味もヘッタクレもない。別にお国自慢を言っている訳ではない。それくらい美味なのだ。その名を聞いただけで、「日本の宝だ!」と興奮する人もいるくらいで、私もその一人である。

 知らない人のために、受け売りのウンチクを・・・。鮒寿司はなれ寿司の一種で、琵琶湖の固有種である子持ちのニゴロブナが使われる。養老令や延喜式にもその名が出てくるというから1300年の歴史があり、朝廷にも献上されていたと言われる。

 ご飯と塩をまぶして発酵させるのだが、独特というか、物凄いというか、強烈な臭いを放つ。しかし、卵がパンパンに詰まった薄切りの肉片を舌の上に転がすと、余りのおいしさに卒倒する。適度な酸味とともに、ほのかなチーズのような味わいが口の中に広がるのだ。

 ただ問題は高価過ぎることである。ニゴロブナが獲れなくなっているからだ。大きな鮒寿司は1万円を超えるし、中型でも数千円はするので、そう易々と我らの口に入るものでない。

 ところが先日、姉から鮒寿司2匹が滋賀の自宅に送られてきたのだ。もう何年も食べていないので、小躍りするほどうれしかった。和歌山の山小屋に持ち帰り、少しづつ、大切に食べようと思う。

 私の小さい頃は、鮒寿司がしばしば食卓に並んだものだ。ニゴロブナがよく獲れたので、普通の家庭でも作られていた。まだ値段も安かった20数年前まで、私は琵琶湖北部の有名店で樽ごと買い、その味わいを堪能していた。その頃でも30匹くらい入った樽で5万円はしたはずだが・・・。

 姉の好意で、久しぶりにわが食卓にあの逸品が戻って来る。しかし、しかしである。滋賀の自宅から山小屋に帰ると、女房が叫び声を上げた。「鮒寿司を忘れてきた!」。何たることだ。怒りで体が震えた。バカモーン!

      ↓大津市内では琵琶湖の魚を売る店が多い。

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      ↓女房が鮒寿司を忘れてきたので、インターネットから写真をお借りした。

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