【夫の日記】 首相の椅子、ボートの椅子

  ♪政権交代音頭♪の歌声に乗って、国民の多くが乱舞した夏祭りは終わった。予想通り民主党は圧勝し、念願の政権交代を果たした。

 これから国の舵取りを任せられるが、どうか稚拙な運営だけは勘弁してもらいたい。政権の内なる矛盾で右往左往し、世界に恥をさらしてもらいたくもない。

 民意によって選択されたのだからケチはつけないが、民意は昔から気まぐれである。「民意」を錦の御旗のように掲げ、何でもかんでも「ミンイ、ミンイ」などと蝉しぐれのように鳴いてもらっては困る。要は、政策や判断がこの国にとって正しいかどうかである。

 総選挙の結果について、これ以上つべこべ言うつもりはない。ともかく、鳩山さんはめでたく首相の座を手に入れ、あの重厚な「首相の椅子」に座ることになる。テレビクルーが執務室に押しかけ、「座り心地はいかがですか」などと、いつもながらの馬鹿な質問に鳩山さんがどう答えるか分からないが、人がいなくなると頬ずりするかもしれない。

 国会議員の椅子、大臣の椅子、委員長の椅子・・・。政治家は椅子が大好きであり、最高のステータスと信じて疑わない人種のようだ。椅子取りゲームに負けた候補者には、口先だけだが、同情を申し上げる。

 椅子と言えば、笑えない話を聞いたことがある。ある民間会社の若い社員が自前の椅子を職場に持ち込んだ。腰が悪いので、負担を軽くするタイプを買ってきたそうだが、この椅子には肘掛け付いていたらしい。総務か庶務の人が飛んできて、「君はヒラだ。何を考えているんだ、えっ?」と、椅子を持ち帰らせてという。

 職場でも、社内の序列によって椅子のタイプに差をつけているところが多い。ヒラは背もたれだけ、係長は肘掛けがあり、課長はこれより少し大きい、部長や役員になると白い布がかぶせてある。自前の椅子を持ち込んだ若者は、ノー天気といえばそうだが、目くじらを立てるほでもないと思うのだが・・・。

 実は、私も大の椅子好き人間だ。現役で働いていたころ、ポストという椅子に野心がなかった訳ではないが、今では座り心地の良い椅子、形のよい椅子を求めて遍歴を重ねている。今までに何脚の椅子を買い替えてきただろう。半ば病気みたいなものである。

 山小屋では囲炉裏のある大工手作りのテーブルを使っている。これには、胡坐がかけて回転する大型の座椅子が心地いい。死ぬまで座っていたいと思うほどの優れ物である。女房は北欧で作られた年代物のチェアを気に入っている。食事の度にこの上で胡坐をかき、私を見下しているのが少し気になる。

 先日、大きな段ボール箱が届いた。欲しかった椅子である。こちらはゴムボートの椅子なのだ。背もたれが付いていて、回転式だ。ボートに渡した板の上で1日釣りをしていると、腰とお尻が痛くなる。この椅子なら楽チンなのだ。

 新調したボートの椅子に座り、釣りをしながら政権交代の行く末を拝見しよう。呑気なものである。世間様に申し訳ないと思う。鳩山さんはマニフェストに縛られ政権運営に苦労するだろう。ガマガエルのようなおっさんにも見つめられているし。首相の椅子はそれほど座り心地は良くなかろう・・・。

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【夫の日記】 森の広場でマムシ談義

  私たちが暮らす森の広場に、どかーんと丸太が運び込まれて10日余り。仲間4人が連日のようにチェンソーをうならせ、薪の長さに切り、斧で割り続けた。ひと抱えもある桜の大木は、仲間の彫刻家が引き取って行った。

 全員が良質の薪を作り、それぞれの山小屋に持ち帰った。私は積み上げた薪を眺めながらり、頬が緩んだ。ただ、ドイツ人ピーターだけは「もう疲れたよ」と言って、切った丸太を持ち帰ろうとせず、ピラミッドのように積んだままにしている。

 広場には木の皮や木屑が散乱し、これらをドラム缶で燃やした。広場はきれいになった。その一角に腰掛けの木株を10個ほど円形に並べ、古代人の集会所のようにしてみた。いわゆる、森のコミュニティー広場である。

 この広場が昨日の夕方、さっそく賑わった。私やピーターら薪の仲間4人、生石山中腹で暮らしている夫婦、たまたま通りかかった仲間の奥さん2人、すぐ近くで畑仕事をしていた女房も加わり、計9人の集まりとなった。

 ドラム缶で火を焚いているので焼き芋をしようということになり、それぞれがさつま芋とジャガイモを取りに帰り、火に入れた。30分ほどでほかほかの焼き芋が出来上がり、フーフーしながらほうばった。

 話は毒蛇のマムシで盛り上がった。確かに今年はマムシが多い。私だけでも10匹は見た。山小屋の周辺では見かけないが、少し離れると道路にニョロニョロと出ている。だから、山暮らしの仲間たちは長靴をはくのが当たり前になっている。

 今月初めごろ、都会から遊びに来た男性がマムシにかまれれ、ドクターヘリで病院に運ばれた。腕が黒く腫れ上がり、10日間も入院したらしい。草むらに入り、植物を採ろうとしたとのことだが、余りにも不用意過ぎる。

 犬の散歩も要注意だ。以前、リーダーを付けずに散歩させていて、かまれて死んだ。うちにもシーズ犬がいるが、勝手に歩かせたりはしない。道路の真ん中を歩くよう訓練しているのだ。

 夕日が沈むころまで話は続いたが、間近に迫った総選挙のことなどまったく話題に上らない。みんな関心がない訳ではなかろうが、政治よりマムシの方が生活に密着した話題なのだ。

 「民主党」と言うだけで、ちょいと可愛いお嬢さん、ご婦人が当選してしまう当節の選挙風景。ま、自民党の大敗北は自業自得に違いない。政権交代--けっこう毛だらけ猫ハエだらけ。それを言っちゃーおしまいよ・・・か。あい、すんません。

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【夫の日記】 豚が木に登り、鮎の燻製

  2日前のことだ。かつて砕石を置いていた山の空地で、地面にへばりついている砕石を少しばかり頂戴するため女房と一緒にスコップでかき集めていた。そこへ、ランドクルーザーが乗りつけた。ここ生石山中腹の山小屋に住んでいるご夫婦だった。

 「遠くからでも、すぐにひまじんさん夫婦だと分かりましたよ」とからかわれた。そして、ご夫婦は口をそろえて、「この間のアユの燻製はおいしかった。このような珍味は滅多にありません」とおっしゃるのだ。

 おだてりゃ豚も木に登る・・・。私はそういうタイプだ。「そうですか、そんなに気に入ってもらえましたか。それじゃ燻製を作りましょう」と約束してしまった。

 まずは、アユを釣らねばならない。翌日、有田川に出かけると、川の水位がぐんと下がっているではないか。これはチャンスなのだ。水位が高いとアユのオトリを入れられるポイントが限られるが、水位が下がると広範囲にポイントを探ることが出来る。

 急な瀬にオトリを入れて1分もたたないうちに、目印が飛び、掛りアユがオトリを引っ張って対岸に走る。竿をためて引きに耐える。流れの緩い場所に誘導して抜きあげ、網でキャッチした。24センチはある大きなアユだ。大き過ぎてオトリには使えず、再び養殖のオトリを瀬に入れると、しばらくしてまた掛った。

 今度も同じようなような大きさだが、養殖オトリが疲れているので釣ったばかりの天然をオトリにして送り出す。瀬でギラッと光り、掛りアユが上流に疾走する。続いて対岸へ。やっと寄ってきた。

 強引だと思ったが、引き抜いた。2匹のアユが重いので竿が曲がり過ぎ、水面すれすれで飛んできた。糸が玉網の枠に当たったのか、プツン。足元に掛りアユとオトリの2匹のアユが一瞬キョトンとしている。網をかぶせると素早く逃げた。ダイビングして再び網をかぶせる。

 アユは下流に姿を消し、私は全身ずぶ濡れである。折角掛けた大きなアユ2匹に逃げられ、涙が出そうになった。したたる水をぬぐいながら河原にへたり込み、アユが逃げた先を恨めしそうに見続けた。

 気をとり直し、上流へ下流へと釣り歩いた。身が切れて逃げられたり、糸が切れたりの失敗も2度や3度ではなかった。長い時間、まったく釣れないことこともあった。それでも、夕方までに20センチを超えるようないいアユを22匹釣った。

 今日さっそく燻製作りに取りかかった。もったいないが、おいしい内臓を取り出し、塩をして2時間陰干しにした。ブナのチップをダッチオーブンの底に敷き、アユが黄金色になるまで燻すのだ。

 燻製を始めようとしたその時、「こんにちわ~」の声が聞こえた。なんと、当ブログで先週紹介した大阪のご夫婦で、熱心にブログを読んで下さっている。ここ生石山と私たちの暮らしを気に入られ、再び訪問されたのだ。お土産にご主人手作りの靴べらを頂いた。立派な工芸品である。

 来訪はグッドタイミングだ。燻製の仕方を見てもらい、出来上がったアユを食べてもらった。差し出された物をまずいとは言わないだろうが、ご夫婦の表情から合格点を頂いたようだった。

 燻製アユが取り持つ人の輪が広がれば、私に釣られたアユも成仏してくれよう。南無阿弥陀仏・・・。

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     ↓ 頂いた靴べら。工芸品だ。
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【夫の日記】 土に感謝し、新しい畑を耕す

  ここ生石高原で15年前から知り合いになったご夫婦がいる。とても温厚、朴訥な人柄だ。高齢なのにまだ現役で働いておられるので、ひと月に一、二度くらいしか高原に上がって来られない。

 先日のお盆休み、散歩していて久しぶりにお会いした。女房が畑作りのことを話していると、ご夫婦から思わぬ言葉が飛び出した。

 「うちの敷地の畑を使ってもらえないでしょうか」とおっしゃるのだ。その畑は長い間使われておらず、雑草が伸び放題になっている。このまま放置していては近所にも迷惑だし、これからも畑で野菜を栽培することはないと言う。

 女房は大いに喜んだ。「本当にいいんですか?」。話は即決である。「畑で出来た野菜はどうぞ自由に食べて下さいね」と言えば、「水道の水もお使い下さい」とありがたい申し出である。

 実は、生石山中腹に畑を借りているのだが、車で5分くらいかかり、やはり不便なのだ。野菜は一日置きくらいに収穫するし、草取り、水やりで頻繁に通わなければならない。今回借りることになった畑は山小屋から200メートルと離れていないので、まさに、渡りに舟のお話だった。

 私は女房の畑作りから少し距離を置いているが、周囲の草刈りは私の仕事だ。ご夫婦の敷地も草だらけなので、お礼にすべて刈り取った。畑の草がなくなると、結構広いのだ。丸太を切って腰掛けを作り、一服出来るようにした。道路から畑に上がれば近道なので、梯子もこしらえた。

 畑作りのベテランMが小さな耕運機を持っているので、さっそく耕してもらった。女房は石灰を入れて畝作りを始めた。とりあえず、大根、人参、ネギなどを植えるそうだが、新しい畑への夢が広がり、女房はご機嫌さんである。

 私たちの山小屋の敷地にも小さな畑があるので、耕作面積はそこそこの広さになる。女房は有機栽培で安全な野菜作りを目指しており、新しい畑で野菜が育ち始めれば、ほぼ自足できるようになるだろう。

 生石山の麓から中腹にかけて農家が点在している。急な斜面にしがみつくように建っている家もあり、そこに住む人たちの苦労がしのばれる。この人たちのほとんどは開拓者で、山の斜面を耕し、段々畑で稲を育て、果物を栽培している。

 それらの耕作地には、開拓者の苦難の歴史が刻まれている。それに比べれば、私たちの野菜作りは子供のおままごとのようかもしれない。「土」への感謝を忘れず、慈しみの心を持ち続けたい・・・。

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【夫の日記】 当ブログの訪問者が来て下さった!

  今日8月19日の昼下がり、私は山小屋の近くにある空き地で薪作りに励んでいた。すると、1台のステーションワゴンが止まり、車内から見られているような視線を感じたが、しばらくすると車はいなくなっていた。

 それから1時間ほどすると、山暮らしの仲間のドイツ人ピーターが軽トラでやって来て、「兄貴、お客さんだよ。すぐここへ連れて来るよ」と言うのだ。えっ、誰だろう?

 間もなく、ピーターの先導で先ほどのワゴンが来て、中年のご夫婦が降りて来られた。

 開口一番、「ひまじんさんのブログのファンです。ずっと見ています」とおっしゃるのだ。私たちの森の暮らしに興味を持たれ、わざわざ大阪から来られたと言う。

 ご夫婦は「ひまじんブログ」によく出てくるピーターについてもよくご存じで、たまたま彼の山小屋の前を通りかかり、話しかけられたそうだ。ブログのことが話題になり、ピーターは「あの男ならそこにいるよ」と、案内してくれたのだ。

 このようにして、ブログを読んで下さっている人とお会いするのは驚きであり、少しくすぐったい。話をさせてもらうと、実によくブログに目を通してもらっている。本当にうれしかった。

 折角おいでだから、私たちのむさくるしい山小屋にご案内した。山小屋裏のテーブル、荷物を運ぶモノラック、ゴムボート、野鳥の餌台、薪ストーブ、山と積まれた薪など、すべて良くご存じで驚かされた。

 ご主人は本業のかたわら木工もされていて、インターネットで靴べらなどの小物を販売されている。私が思い描く山暮らしの男のイメージとぴったりなのだ。奥さんは気さくでひょうきんなお人柄だ。ご夫婦ともおおらかな雰囲気に満ちている。

 ご自身の目と足で生石山を確かめられ、一層この森を気に入られたようだ。適当な物件があれば、ここに山小屋を建てて第二の人生を過ごしたいとおっしゃる。もちろん、私たちは大歓迎である。これから私たちとの交流が広がれば、願ったりかなったりである。

 ブログを通じてこのようなご縁が生じるのは、意外であり、ありがたいことである。実は最近まで気づいていなかったのだが、ブログを始めて1年5か月で延べ2万ものアクセスをいただいた。

 このご夫婦のような人たちに支えられいるのだなあと、つくづく思う。ブログを書くのは私の楽しみなのだが、時々、面倒になることもある。こうして読んで下さる人たちがいらっしゃると思うと、やはりサボる訳にはいくまい。

 大阪・阿倍野のご夫婦、おいで下さりありがとうございました。どうか、私たちの森の仲間に加わって下さいね。

【夫の日記】 女房の門をたたいた姉妹

  私たちが住んでいる和歌山の生石高原には、お盆休みでたくさんの人がやって来た。高原の無料キャンプ場はテント村の様相である。少し離れた空き地では、ボーイスカウトが日の丸を掲げ、野外生活をしていた。

 別荘地も多くの人でにぎわった。そのほとんどは年に何回かしか来ない人たちである。ここを生活の本拠にしている私たちが、わがもの顔でうろうろしては迷惑だろうし、チェンソーや草刈り機をつかってもうるさいだろう。毎年のことだが、お盆の時期はなるべく山小屋で静かにしているのだ。

 朝ごはんを食べてしばらくすると、仲間のドイツ人ピーターが30歳代とおぼしき2人の女性を軽トラの荷台に乗せて訪ねてきた。この女性はとても仲の良い姉妹で、時々別荘に来るので私たちとも顔見知りである。

 「蔓の編み方を教えて欲しい」というのが訪問の理由だ。高原のレストラン「山の家」には、女房の草木染めやアケビの蔓で編んだ籠を置いているのだが、姉妹はその籠を見て気に入り、自分たちも編んでみたくなったのだと言う。

 前日、蔓をとってきて編もうとしたが、蔓があっちに跳ねたり、こっちに跳ねたりの繰り返し。ご両親も手伝ったらしいが、結局、まったく形にならなかったらしい。

 何事も基本が大切で、籠の場合は、底の部分を編むのにちょっとしたコツがあるのだ。それに、蔓なら何でも良いという訳ではない。葛の蔓はどこにでもあるが、しばらくすると痩せてしまい形が崩れてしまうのだ。

 それらに比べてアケビや藤は仕上がりがきれいで、蔓の個性が生かされて味のある籠が出来る。女房にすれば、初めての弟子であり、喜々としながら懇切丁寧に教えていた。

 彼女たちは月に一度くらい親の別荘に来て、自然を楽しんで帰って行く。山での時間は精神のリラックスをもたらしてくれるだろう。何もせず、ひたすらがボーっとして過ごすのもいいと思う。

 けれど、少し物足りないような気もする。私の貧乏症がそう思わせるのだろうか。山で過ごす時、何か一つやることがあれば、また違った楽しみが増えることになる。私も女房も、山小屋生活ならではの楽しみ方に貪欲だ。

 姉妹に、女房の手ほどきを受けながら草木染めをしてはどうかと勧めてみた。すると妹さんはポンと手を打った。「そうなんです。何かしたいと思いながら、見つからなかったのです。草木染め、やります!」と言ってくれた。

 若い時には何でも挑戦しておくといい。いつかはきっと役に立つ時がある。仕事一筋で定年退職した人で、何の趣味もないのは気の毒としか言いようがない。「濡れ落ち葉」などという言葉は失礼千万だが、そうならないよう若い時から趣味の世界に首を突っ込む余裕を持ちたい。

 ただ、私のように釣り、ゴルフ、スキー、麻雀、囲碁将棋にうつつをぬかし、人様から散々後ろ指を指された人生も考えものだが・・・。

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【夫の日記】 欲ボケ、本音は薪をため込みたい

  朝7時半、山の仲間のドイツ人ピーターからいつものように電話がかかってきた。彼は毎朝、この時間に電話してきて、朝の挨拶をしてくれる。山の中で生活しているので、お互い何があるか分からない。朝の電話は消息確認の意味もあり、彼の心優しい気遣いなのだ。

 今日の電話はいつもと様子が違った。「兄貴、大変だよ。まあ、来てみなよ」と言うのだ。近くのテニスコートの跡地に行くと、ピーターが待っていてニヤニヤしている。

 何と、空き地の隅に丸太が山積みされているではないか。ピーターは両手を広げ、首を振りながら渋い表情を作っている。私は「冗談じゃないよ!」と叫んだ。

 墓地造成のため伐採した丸太をダンプ4台でここに運び込んだという。ダンプの運転手はピーターの知り合いで、薪の木を欲しがっている私たちへの好意で運んでくれたのだ。

 しかし、薪ストーブを使っている私たちの仲間は、すでに十分な蓄えがある。この冬の薪はもちろん、2年先に使う半分くらいの量は全員ため込んでいるのだ。

 新しく山の仲間になった夫婦は、狂ったように薪を作り続け、その重みで地下倉庫の床が抜け落ちそうになっているし、奥さんを大阪に置いてここで暮らしているMという男は、軒下に高く積んだ薪が2度も崩壊して、危うく怪我をしそうになった。私もピーターも、すでに保管する場所がない。

 しかし、大量の丸太を積み上げている空き地は、時たま別荘に来る家族の子供たちが遊ぶ公共の場所だから、いつまでも放置しておく訳にはいかない。丸太を薪の長さに切り、割ってそれぞれの家に運ぶのは重労働だし、4、5人で作業しても1週間以上はかかるが、とにかく丸太の処理は急がねばならない。

 標高800メートルの山の上といっても日中は暑く、仲間たちは「もう勘弁してよ」と悲鳴を上げるのだ。渋面を作って見せたピーター、「冗談じゃないよ」と言った私も同じ思いだ。

 とか何とか言いながら、実はこれ、ポーズなのだ。本音は薪の丸太が手に入ったので、みんなうれしいのだ。家に帰れば小躍りしているに違いない。冬は雪に閉ざされ、薪が十分ないと不安で仕方がないのも事実である。

 しかし、これは人間の「欲」というものだろう。薪がたまれば、もっとためたいと思うのだ。悲しいというか、情けないというか・・・。ただ、言い訳ではないが、お金に関しては仲間のほとんどが無頓着である。まあ、お金をためたいと思う人間は、こんな山奥で暮らしたいとは思わない。

 薪の話からいささか飛躍するのだが、こうして山で暮らしていると、老子の「足るを知る」という言葉を思い浮かべることがよくある。「足るを知る」はあるがままの今の生活に満足することであり、そのような人は常に豊かであると言う意味だろう。要するに「欲」を戒める言葉だと思う。

 薪への欲望に少しくらい目をギラギラさせても、老子さんには叱られはしまい。ただ、ないものねだりをしたり、人を羨んだり、今の生活に不満を持ったりはしないよう心がけようと思っている。 ん? 私も近ごろ少し人間が出来てきたなあ・・・。

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【夫の日記】 のりピーと原爆に思う

  墓参りや法事などで滋賀に戻り、5日ぶりに山小屋に帰ってきた。あと2日ほど滞在する予定だったが、余りの暑さにたまらず、逃げるように帰ってきたのだ。山小屋には夕方着いたが、気温は22度。やはり過ごしやすい。

 滋賀の家では、バカバカしいと思いながらも、民放テレビをよく見た。どのチャンネルを回しても、朝から晩まで芸能界の麻薬汚染のニュースばかりを流し続けていた。

 六本木のマンションで若い女が死亡していて、同じ部屋にいた押尾とかいうタレントが麻薬の錠剤を食べた疑いで逮捕されたとか。死亡現場にいては自分が捕まると思い、部屋から立ち去ったと言われる。

 何と幼稚で、小賢しい行為だろう。野球のボールで民家の窓ガラスを割ってしまい、こそこそと逃げ帰る子供のようである。その程度の男にキャー、キャーと騒いでいたファンにはいい薬になっただろう。

 清純派の仮面をはがされた酒井法子の覚せい剤事件も面白い。夫が逮捕された時点では、テレビはのりピーに同情し、芸能コメンテーターらが「早く元気な姿を見せて下さい」なんてバカなことを言っていた。

 やましいことがなければ行方をくらます必要などないではないか。そんなことは初めから分かっていたこと。バカ丸出しを演じたのは、千葉の森田知事だ。「のりピー、苦しいと思うけど出てきて下さい」と訴え、逮捕状が出たと分かると、「お騒がせしてお詫びします」と訳の分からないことを言っていた。

 お前はのりピーの親戚か。どうして彼女に代って謝るのか。そもそも、知事という公人が芸能人についてコメントするなんて、どうかしている。この男、疲弊する地方に目が向いているのだろうか。まあ、彼を選んだのは県民であるのだが・・・。

 ここからは、真面目に書きたい。8月6日は、米国が広島に原爆を落とした日である。今日9日は長崎だ。テレビで祈念式典を見ていて、改めて怒りが沸々と湧いてきた。日本人は何年経とうが、米国への怒りと恨みを忘れてはいけないと思う。

 しかし、広島市長が式典で述べたメッセージは理解に苦しむ。核廃絶を世界に訴えたオバマ大統領を高く評価したのだ。確かにオバマの演説は核廃絶への力強い言葉に聞こえるが、彼は紛れもなく原爆を投下した米国の大統領なのだ。

 これまで、一度として米国が謝罪や反省の言葉を口にしただろうか。オバマが核廃絶を言う前に、自らの国の原爆使用について一言あるべきだろう。11月に来日するらしいが、広島、長崎に足を運び頭を下げるのが先ではないのか。

 いやいや、そんな事を言うはずがない。核は依然として米国の軍事プレゼンスに変わりなく、「核の傘」を同盟国に恩着せがましく保障してみせるのだ。そして、核が拡散した場合、核のテロリズムが向かう先は米国であり、自国防衛のため危機感を抱いているだけである。

 核軍縮のポーズは怪しげである。核に代わる強力な爆弾が開発されつつあるとも言われる。とすれば、核軍縮が進めば進むほど米国の軍事的優位は高くなり、オバマ演説を裏読みすれば、米国の自信の表れとも受け取れる。

 日本人はどうして64年前の屈辱を忘れてしまったのだろう。米国の顔色ばかり見て、勝手に始めたイラクの戦争に軍を出し、洋上給油を続けて秋波を送っている。米国の会計基準に従うなど、米国スタンダードに金縛りになっている。

 日米同盟から離脱するという非現実的なことを言っているのではない。日本は独立国としての矜持を持たなければならないのだ。

 大昔のことを言って恐縮だが、聖徳太子の時代、当時の超大国であった中国に対し、「日出ずる処の天子」から「日没する処の天子」に書状を送り、中国の怒りを買った。しかも中国によって名付けられた「倭」から「日本」を名乗り、小さな島国がまぎれもなく独立国であることを内外に知らしめたのだ。

 遣隋使、遣唐使を送り、中国の文化や律令を学んだが、あくまでも日本の国のあり方にこだわり、国家を形成していった。日本には古来からの価値観や矜持、文化を持っているのだ。日本はいつから「キンタマ」をなくしたのか。女性には元からないので、蔑視ではない!

 米国が中国との関係を「G2」と言えば、それにあたふたする日本。クリントンの訪朝に「頭越し」と危機感を募らせる日本。アホかと言いたい。原爆を落とした米国は、自分勝手なそういう国なのだ。わが国は「惻隠の情」という人情豊かな思想を持ち続けてきたのだ。私は誇りに思う・・・。

【夫の日記】 梅雨明け、すぐにボートを出す

  あっけなく、唐突に、和歌山の梅雨が明けた。気象予報士は「梅雨のような天気は当分続き、ずるずると秋を迎えるかもしれない」と言っていた。その舌の根も乾かないうちに梅雨明け宣言とは、これいかに。

 気象レーダーをいっぱい配備し、宇宙からも観察するという最新の気象予測も、自然相手となるとなかなか難しいらしい。気象予報士に文句を言っても始まらないが、まあ、やっと夏が来たのだから栽培している野菜にも元気が出てこよう。

 ボート釣りも随分とご無沙汰である。悶々と梅雨が明けるのを待っていた。さあ今日こそ、ボートを出そう。もちろん魚を釣るのが目的だが、買ったばかりの高圧電動ポンプを確かめてみたかったのだ。

 当ブログを訪ねて下さるほとんどの人にはポンプなどどうでもよいだろうが、でも、書かずにいられない。実はゴムボートに空気を入れる度に必ず夫婦喧嘩になるのだ。ポンプが「喧嘩防止装置」になるかを書いておきたい。

 実際、空気を入れるのは大変な作業である。最初の8分目くらいは車のシガレットからコードを引き、おもちゃのような電動ポンプで入れるのだが、残りの2割は足で踏むフットポンプで入れ、ボートを指で押さえてもへこまないくらいかんかんにしなければならない。

 私は釣り具の積み込みなどで忙しく、フットポンプは女房に任せるのだが、すぐに「しんどい」と言って真剣に取り組まない。目を離すとサボっている。空気が入らないと出港が遅れるので、私は焦るのだ。「やる気があるのか!」と怒れば、「男の仕事やろ」と言い返され、喧嘩になる。

 朝一番の足踏み運動は美容にもいいと思うのだが、そうも言っておられない。しかも、自分一人でボートを出す時は、女房のしんどさがよく分かる。やはり、高圧電動ポンプを買うしかない。少ない小遣いをはたいてバッテリーも併せて買った。

 使ってみると、なんと便利なことか。今まで2、30分かかっていた空気入れが5分くらいで終わる。今回の釣りに女房は「シミが出来る」と言って参加していないが、これからはこの文明の利器によって喧嘩することなく、すんなりと出港出来るだろう。

 さて釣りの方だが、アジ、ガシラ以外は目ぼしい釣果はなかった。大サバを釣るのが目的で、懇意にしている漁師に教えてもらった沈み根のあるポイントに向かうと、漁船3隻がサバを釣っていた。邪魔をする訳にはいかないので、すぐ近くにボートを止め、しばらく見物していた。漁師は「今日はあんまり釣れやんよ」と言っていた。

 いったんその場を離れ、漁船がいなくなってその場所に行き、魚群探知機で沈み根を探したが、どうしても見つからない。山立てという漁師独特の位置を知る方法を勉強するか、GPSを付けなければならない。結局、1匹も釣れなかった。

 余りの暑さに根を上げて正午には釣りをやめた。漁港に戻ると、例の漁師が近付いて来て、「シオが回っている。ボート釣りするならシオを狙いなよ」と言う。

 カンパチの子のシオはまことにおいしいらしい。独特のルアーのようなものをボートで曳きながら釣るのだそうだ。仕掛けの作り方も教えてもらった。9月からが本格シーズンで、ハマチも釣れるという。「シオなら10匹くらいなら釣れるよ」という漁師の言葉が耳に残ったが、とりあえず1匹でいい・・・。

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        ↓ 電動ポンプだとすぐボートを膨らませ、水洗いも簡単だ
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【夫の日記】 雨、また雨の8月は憂鬱

  ここ生石高原から紀伊水道の向こうに四国の山並みが見える。蒲生田岬の左手には伊島が浮かんでおり、空気が澄んでいる時は室戸と思われる岬が突き出ているのも見える。

 手を伸ばせば届くようなその四国が31日梅雨明けしたのに、和歌山はその気配さえない。今日も朝まで雨。今、テレビ画面に大雨警報のテロップが流れている。週間天気予報も芳しくない。エルニーニョの影響とか言われているが、もういい加減にしてよと、絶叫したくなる。

 日照不足のためジャガイモや玉ネギなどの成長が悪く、野菜はかなり値上がりしているようだ。女房が耕している畑も散々だ。特に情けないのはナスである。苗4本を植え、順調に花が咲いて小さな実をつけたが、それから全然大きくならない。子供のこぶしほどの実がプラプラ風に揺れているのを見ていると切なくなる。

 有機栽培のトマトもダメだ。7、8本の苗は大きく育ったものの、うち半分は長雨に害虫が追い打ちをかけたのか、ほとんど枯れかけている。実はほんのりと色づいているものもあるが、大半は青いままである。

 カボチャは元気に蔓を伸ばしているが、実はソフトボール大のまま成長が止まっている。その隣に植えたウリだけはすこぶる元気で、長さ30センチほどになっている。少し救われた気分になる。

 幸い、キュウリやニンジン、モロッコは収穫出来ている。しかし、ナスやトマト、枝豆などは当てが外れ、山小屋の食糧計画に少しばかり狂いが生じているのだ。

 山小屋は山の上に建っているので、しょっちゅう霧に包まれている。だからあらゆるものにカビが生え、閉口している。外に置いている木製の小さな物置はカビだらけ。食パンにも、釣り竿にも・・・。

 3000本ほど積み上げている薪も断面に気持ちが悪いほどのカビだ。ストーブで燃やしてしまえば同じだが、屋内に持ち込むのでやはり美しい薪の方がいい。

 薪のカビを眺めていて、木は伐採されたあとも生きているのだなあと思う。昨年12月に作った薪にはカビは見られないが、今年3月に伐採した木は青カビが生えている。春先の木は水を吸い上げ始めているので、木の内部に水分が多く、カビの原因になっているのだろう。ヒノキにもカビは生えない。これはこの木が持つ殺菌作用のためだろうか。

 雨、曇り・・・、雨、曇り・・・の毎日だ。身も心も湿っぽくなる。女房に言わせると、心配しなくても私にはとっくにカビが生えているのだとさ--。

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