【夫の日記】 鳩山さん、「お」「お」の連発やめて

  昨日も今日も雨。多分、明日も雨だろう。山小屋に閉じこもって悶々と過ごしていると、ブログも鬱陶しい中身となってしまう。で、今回は八当たり・・・。

 政権交代早々、鳩山首相が訪米した。頭から湯気が立っているような感じだった。意気込みも伝わってきた。温室効果ガスの25%削減を高らかに歌い上げ、各国の賞賛を浴びたように報道されている。本人も満足の表情を浮かべて政府専用機に乗って帰ってきた。

 鳩山さんはオバマ米大統領と会談し、「信頼関係が深まった」と胸を張った。「バラク」「ユキオ」と呼び合う仲になったらしい。1回くらい会っただけで絆が深まるなんてある訳がない。陳腐というより滑稽である。

 例えば夫婦関係--。真の信頼関係を築くのに、皆さん、苦労しているではないか。恋し、愛し合った仲なのに破綻するするのは珍しくないだろう。信頼関係なんて、そんな薄っぺらなものではない。わが身に照らしても・・・いやいや、それは言うまい。

 まあ、鳩山さんにしてみれば、あえてそう言わなければならない事情もあるのだろう。新政権は対米関係に難題が多く、「信頼関係」は外交辞令なのかもしれない。ただ、日本語は正しく使いたい。

 その日本語についてだが、私の中に前々から「ある危うさ」がくすぶっている。

 鳩山さんは「お約束させていただきます」「お訴えさせていただきます」「皆さんのお暮らしをお守りします」という言い方が目立っている。何でもかんでも「お」を付けたがる。

 丁寧語も過ぎると嫌味に聞こえるのだ。「お約束」も「させていただきます」も丁寧語であり、これは「馬から落馬した」に等しい。「皆さんの暮らしを守ります」でいいのだ。

 鳩山さんの育ちがいいので、そんな言い回しをするのだろうか。それは違うと思う。これは鳩山さんの政治手法に「大衆への媚び」のようなものが潜んでいるのだ。彼の信条の「友愛」も大衆の心をくすぐる耳ざわりのよい言葉である。

 大衆への媚はポピュリズム、衆愚へつながっていく危惧がある。民主党の労働組合依存、官僚批判はポピュリズムの一つの形態だ。政策も社会主義的に傾いている。その遠い、遠い先にファシズムがあるという説もある。

 私は、これまでの政治手法や富の分配を転換する民主党政治に期待している。鳩山さんは人の良さもうかがわれ、好感が持てる。ただ、「お」「お」「お」を多用して大衆に媚るような言い方はやめてもらいたい。飛躍かもしれないが、「お」の先に日本の危うさが・・・。
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【夫の日記】 太刀魚惨敗、でもタコが・・・

  先日、ボート釣りからの帰り、由良湾の岸壁にたくさんの人が竿を出しているのが見えた。そうだ、太刀魚のシーズンなのだ。長いこと釣りをしているが、太刀魚はやったことがない。かなり面白いと聞くので、その二日後、女房を誘って由良湾に向かった。

 途中の釣具店で電気浮きや仕掛けなど一式そろえた。まさに泥縄である。釣りを甘く見ている訳ではないが、思い立ったらブレーキがきかないタイプの人間なのだ。女房が「どうして釣るの?」と聞くので、「現地にベテランがいるだろう。その人に聞けばいい」と、これまたいい加減だ。

 岸壁に着くと、地元の人が魚のアラなどを網籠に入れて次々と沈めている。聞くと、タコを捕っているのだという。しばらくして、ポリ袋にタコを入れて帰ってきた。私たち夫婦が大金持ちに見えたのか、「タコが2匹、どや、1000円で買わんか?」と言う。

 こういう場合、物欲しげな態度を見せてはいけない。そこは金持らしく鷹揚に、「ああ、いいよ」とタコを受け取った。中型のマダコでまだ生きている。刺身にカルパッチョ・・・。卑しくもよだれが出そうになる。内心「しめしめ、いい買い物だ」とほくそ笑んだ。

 日が傾きかけたころ、いかにも太刀魚釣りのベテランらしい人が来た。「初めてですので、よろしくご指導を」と慇懃にあいさつ。ベテランさんは「この2本針は気に食わんなあ。まあ、それしかないので仕方ない。浮きが沈んでもあわててはいけない。1分か2分待って合わせる」と、一通り教えてくれた。

 紀伊水道に日が落ち始めた。いよいよジアイである。すると、ベテランさんが早速釣り上げた。そちらに向けていた目を戻すと、浮きが沈んでいる。すっかり「1分待つ」のセオリーを忘れ、エイ、ヤーと合わせてしまった。空振り・・・。

 また当たりだ。浮きがピコピコして沈んでいった。早合わせは禁物だと思って我慢していると、浮きが浮いてきた。仕掛けを回収すると餌がない。待ち過ぎてもいけないらしい。なんと、難しいことか。

 女房が「これ、来たよねえ」と間の抜けた声を上げ、ギリギリとリールを巻いている。もう少しというところで、「あっ、軽くなった」。女房のドジをなじったが、今度は私のドジである。

 浮きがスウーと海中に沈んだので、「1分待つ」をやめて大きく合わせると、グイーンと竿が曲がる。間違いなく針掛かりした。水際では物凄くファイトする。こりゃー、面白いわ~と少々遊び気味にブリ上げると岸壁にワンバウンドし、銀色に輝く美しい太刀魚が海中に消えていった。

 何たることか!悔しいというより、情けない。「は、は、は、逃げられた」と余裕の表情を作ってみせたが、多分、顔が引きつっていただろう。

 一緒に並んだ4人はみんな5匹~1匹釣っている。何がいけなかったのだろう。腕が悪い、経験不足は言うまでもない。言い訳が許されるなら、まず餌がいけない。たくさん釣った冷凍のイワシを持ってきたが、どれも腹が破れていて半腐りだ。2本針の仕掛けもここではいけない。いや、いや、これ以上悪あがきはやめておこう・・・。

 早々と餌がなくなったので、帰ることにした。ベテランさんに「お先に」と小さな声であいさつし、すごすごと海を後にした。女房は「太刀魚は面白いねえ。また来よう」と明るく言い、打ちひしがれていないのが不思議だ・・・。

     ↓ 潜水艦を見物しながらジアイを待つ
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【夫の日記】 明暗を分けたアジ/アオリイカ

  「明日、和歌山へボート釣りに行こうと思っています。ひまじんさん、行きませんか」との電話がかかってきたのは連休4日目の午後だった。相手は大阪に住んでいるボートの師匠・亀丸さんである。

 亀丸さんの口ぶりから察するに、この連休を家でごろごろして過ごし、かなり退屈しているようだ。こちらも同じ心境で、渡りに舟である。このところ、台風の影響などで波が高かったが、やっと海が静かになってきた。明日はボート日和になるはずだ。

 朝5時、由良湾の漁港についた。ほとんど同時に亀丸さんも来た。曇り空ということもあって、あたりはまだ暗い。亀丸さんは以前ここで釣ったカンパチの強烈な引きに魅せられ、小魚を餌に飲ませ釣りをするという。

 私はアオリイカ狙い。生きたアジを泳がせ、これに抱きつかせる「ヤエン」という釣法だ。今年生まれたイカはまだ小さく、時期としては半月は早いが、ダメ元で挑戦することにした。

 午前6時、そろって出港。波は静かだ。まずは餌になるアジを釣らねばならない。「いくらでも釣れるよ」と請け合ってポイントに案内した。しかし釣れてくるのは小鯛とアカジャコばかり。えーっ、こんな訳はない。

 アジが釣れなければ釣りが出来ない。別のポイントに向かう。ここでも釣れない。また別の場所へ。亀丸さんは小鯛を餌にやってみると言って、沖に出て行った。私はアジを探して右往左往を繰り返し、やっと10匹ちょっとのアジを釣ることが出来た。出港から4時間も経っていた。

 イカのポイントに移動して、ヤエン釣りの開始だ。しばらくすると、リールから糸が出た。イカがアジに抱きついたのだ。掛け針のヤエンを送りこみ、1杯目を取り込んだ。クーラーに入れるのが気の毒なほど小さい。昼過ぎまでに3杯を釣り、ノーミスだったのがうれしい。

 弁当を食べながら沖に目をやると、黄色の旗をなびかせながら場所を移動する亀丸さんのボートが見える。その動きから苦戦しているようだ。やがて船首をこちらに向けて走って来て、私のボートに横づけ。「精根尽き果てましたわ。高速の渋滞がひどいので、もう帰ります」と言うので、小さなイカだが、お土産に1杯を進呈した。

 午後は場所を替わり、イカ釣りを続けた。こんなこともあった。イカを引き寄せている途中、掛りが悪かったのか外れてしまった。素早く仕掛けを回収し、頭をかじられたアジをそのまま同じ場所に投入すると、沈下する死んだアジに抱きついた。多分逃げた同じイカだろう。してやったりである。

 結局、5杯のイカが釣れた。この時期にしては上々の釣りだった。短時間だったが、幸運にもアジが釣れたのが良かったのだ。アジは釣れるものという先入観は甘かった。海は、いつも不可解で不思議な生き物である。

    ↓ 黄色い旗をたなびかせて帰る亀丸艇
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【夫の日記】 懐かしく、悲しいアケビの実

  シルバーウィークとやらも明日まで。高速道路も新幹線も大変な混雑のようだ。私たちが暮らすここ生石高原もススキが見ごろとあって、多くの人が来ている。普段はガラガラの駐車場が満杯、第二駐車場に入りきれない車が道路に長い列を作っている。

 連休中に敬老の日が入っているためか、家族に手を引かれて散歩するお年寄りが目立った。中には、高原から15分ほどで登れる標高870メートルの山頂を目指す元気な人もいる。どこに行ってもそうだろうが、この高原にも高齢化社会の風景が垣間見えた。

 女房と高原の散歩から帰り、ふと山小屋のそばにあるアケビの蔓を見上げると、実が口を開けている。数日前まではまだ実が堅かったのだが・・・。

 高バサミで実を採った。皮は鮮やかな紫色に色づき、口を開けた実の中に親指ほどの果肉が横たわっている。これを口に含むと、上品な甘みがする。ぷっ、ぷっと種を飛ばしながら、子供のころにかえったような仕草をしてみた。

 アケビは子供のおやつだった。この季節になると、餓鬼大将が連れ立って長い竹竿を持って山に入った。大抵は高い所にあるので、採るのに苦労した覚えがある。種を相手の顔に飛ばし合って、無邪気に遊んだものである。

 あれは4年前だった。友人が奥さんとともに、山小屋へ遊びに来てくれた。彼は私より2歳年下で、若いころ会社の出先があった岡山で一緒だったし、本社でも同じ職場だったことがある。

 彼ら夫婦が帰り際、赤紫のアケビの花を見つけ、「美しい」と感嘆の声を上げた。記念にしたいので写真を撮って欲しいというので、シャッターを切った。彼は「アケビの実が食べられるころに、もう一度来たい。落ちアユも食べたいしね」と言って帰って行った。

 その秋、彼ら夫婦は来なかった。しばらく経って、彼が末期がんであることを知った。お見舞いに行こうと電話したが、奥さんが出てきて「今は誰とも会いたくないと言っていますので・・・」と、申し訳なさそうだった。

 それから1年半後、彼は死んだ。酒は好きだったが、自然食にこだわる健康志向の男だった。無茶ばかりしている私はまだ生きている。人間の運命は皮肉なものだ。

 アケビの花とともに写っている彼の写真が手元にある。アケビは彼のことを思い出させる。

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【夫の日記】 ピーターは怪物だ

  山暮らしの仲間、ピーターは怪物である。その怪物ぶりを目の当たりにして感心するやら、肝を冷やすやら、二の句がつけなかった。その顛末とは・・・。

 秋の5連休中は天気が良さそうなので、色々と作業をしなければならない。中でも、山小屋の屋根にこびりついた苔を取る作業は急ぐのだ。そのままにしておくと屋根が腐るのではないかと、心配で仕方がない。

 私は極度の高所恐怖症である。小学生のころ、家の柿の木から落ちて怪我をしたのが原体験として脳に刻まれ、これが恐怖症の原因ではないかと思っている。高い所に登ると体が動かないし、高層マンションの外側の通路では壁際に張り付くようにして歩く。大袈裟ではないのだ。

 しかし、屋根の作業は男の仕事である。勇気を出してやるしかない。屋根のてっぺんから地上まで7、8メートルはあり、落ちたら怪我では済まない。まずは木に丈夫なロープをくくりつけ、これを屋根の反対側に渡した。この命綱を体に巻きつければ、転落することはないだろう。

 ベランダから屋根に梯子をかけて登った。しかし、どうしても屋根に足をかける事が出来ない。梯子を支えている女房が「ロープを引っ張りながら上がればいいでしょ!」と叫んでいる。

 息を整えて再チャレンジだ。悲愴感とヤケクソが入り混じる心境で梯子を登った。今度は右足を屋根に掛ける事が出来たが、あともう一歩が踏み出せない。「何を迷っているの!」と、また女房が怒鳴っている。そんなに私の生命保険が欲しいのか!

 この滑稽な情景を軽トラで通りかかったピーターが見ていたのだ。「兄貴、頑張れよ~」と冷やかしながらやって来た。「俺がやってやるよ。替わりな」と言うけれど、体重100キロの巨体が登れるものかと思った。

 ところが何と、軽々と屋根に登ってしまった。そして駆け足のようにして一番上まで登り、綱渡りの曲芸のように片足を上げてふざけている。私も女房も「やめろ!やめてー」と悲鳴を上げた。

 命綱を腰に巻いてひさしの所まで下りてきて、手際よく作業を進めてくれた。ひさしから下を見ると目もくらむほどの高さなのに、どうして軽業師のような事が出来るのだろう。ピーターの度胸は半端ではない。

 お陰で屋根はきれいになったが、またまたピーターと私の能力の違いが浮き彫りになってしまった。巨漢なのに器用だし、家まで建ててしまうほどの能力もある。力持ちで、人助けをいとわない。それに比べて私は・・・。悔しいが、女房は心からピーターを尊敬している。

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【妻の日記】 ヒラゴイワシが釣れた!

 和歌山県湯浅湾近くの田村漁港でイワシが釣れているらしいと、ひまじん夫が情報を得てきました。

 田村漁港は私が初めてアジ釣りをしたところ。昨年はたくさん大きなアジが釣れたので、毎週出かけていましたが、今年はアジが回って来ないので、ずいぶんとご無沙汰です。 イワシの干物が好きな私は、グレねらいの夫についていくことにしました。
 
 午後1時頃、田村漁港に到着。波止の先端に一人り釣り人がいましたがすぐに引き揚げていき、夫と二人だけの釣りに・・・。船溜まりでサビキ釣りを始めると、ご覧のように入れがかり・・・。網ですくいたいほどのイワシがいるのです。 イワシが3匹連なって掛かっているのが見えますでしょうか?

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 その後、百数十匹釣ったところで暑さで気力がなくなり、私は竿を収めました。

 遠く四国沖に夕陽が沈む頃、地元の釣り人がやってきてサビキ釣りを始めましたが、アジ狙いでイワシはいらんと言うのです。カタクチイワシはおいしいけれど、今釣れているヒラゴイワシは脂も少ないし美味しくないというのですよ・・・。
 

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 山小屋にもどり、主人に刺身にしてあげると「本当だ。美味しくない!」。
 疲れがドット出た私は、海水の入ったクーラーボックスに魚を入れたままで寝てしまいました。
 今朝クーラーから出してみるとイワシがこんなにたくさん・・・。

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 ひまじん夫の釣果。恥ずかしい・・・

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 インターネットでヒラゴイワシを検索してみる。マイワシの子で美味しいと出ているではないか!
 時季に依るのだろうか?少し気を良くした私は料理に取り掛かることに・・・。
 頭と内臓を取り出し、山椒と梅干しを入れて、甘辛く煮付ける。
 実に、美味しいのです。

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 タルタルソースで食べるフライだって、イケる!

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 残りのイワシは干物に。

 さて、そのお味は・・・

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【夫の日記】 虫除け帽子は森の必需品

  山は虫がやたら多い。畑仕事、敷地の草刈り、薪割りなどをしていると、ブヨや蚊がまとわりつき、鬱陶しい。スズメバチも多いので、気が抜けない。

 虫に刺される人、そうでもない人がいるように思う。その違いは何だろう。それぞれの人が持つ体臭なのか、血が濃い薄いの問題だろうか。血が甘い糖尿病の人が必ずしも虫に刺される訳ではないので、血とは無関係だろう。う~ん、わからんなあ。

 ともかく、女房は刺されやすいタイプだ。時々顔を刺され、お岩さんみたいになって半泣きになっている。「その方が見栄えがええわ」とからかって、火に油を注いだこともある。毒気の強い私には余り寄って来ない。

 そこで・・・。 

 「虫除け帽子」というのがある。帽子に網が付いていて、これをすっぽり被り首で絞めつけておく。ホームセンターなどで何種類か売ってある。

 女房が以前買った帽子は、それでもブヨが侵入してきて往生していた。細かい網目から果敢に入って来るのだから、血に飢えた虫の執念はすごい。

 今年の春、私たちの山小屋に近くの奥さんが遊びに来られた。グリーンのハイカラな帽子を被っておられる。例の虫除け帽子だ。女房は一目で気に入り、ホームセンターで買ってもらうことにした。

 これがなかなかの優れ物で、網目が細かく、虫の侵入を許さない。その上、ファッショナブルだ。網を中にしまうと、西部劇に出てくるご婦人のようないでたちになる(大袈裟か・・・)。

 これが、生石山に一大旋風を巻き起こしたのだ。機能的にも、格好もいいので、私も欲しいという人が続出し、たった2、3か月で10人くらいに広まった。虫に弱い男性も2、3人が買ったらしい。

 この森には常時10人ほどしか人がいないので、グリーンの虫除け帽子は生石山のユニホームのようになっている。この前、同じ帽子を被った女房ら女性3人が話をしているのを見て、おかしくて噴き出しそうになった。

 商品は、いい物であれば売れるんだなあとつくずく思う。この虫除け帽子は大阪の「コジット」という会社が製造していて、安い店では900円くらいで買える。ただの帽子だが、この小さな森の、小さな仲間たちの間に広がるのだから、物作りの原点を見る思いだ。

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【夫の日記】 燕に想う秋の空

  ススキの草原が広がる生石高原は、山小屋から歩いて10分ほどである。軽い散歩にはちょうど良い距離なので、しばしば高原を歩く。疲れたら草の上に寝っ転がって、ぼーっとしながら時を過ごす。

 今日は、きのうの雨から一転していい天気になった。しばらく高原を歩き、石の上に腰掛けて空を見上げた。夏の名残りのような雲があった。うろこ雲も、すじ雲も見られた。季節の変わり目が見て取れる。

 ツバメが数十羽、空気を切り裂くように飛んでいた。空高く舞い上がったと思えば、急旋回して草原をかすめるように低空飛行している。よくもまあ、休むことなく飛び続けることが出来るものだ。飽きることなく、ツバメの飛ぶ様を眺めた。

 そういえば、山里にあった生家 にも毎年律儀にツバメがやって来て、巣を作った。懐かしい思い出だ。父や母だけでなく、集落の人たちはみなツバメを大切にした。田んぼの害虫を食べてくれるからなのか。ツバメはそれぞれの家の家族のようなものだった。

 家の土間の天井に、父が板切れでこしらえた巣の台が取り付けてあった。初夏、南方から飛来したツバメはここに草や泥を運び、巣を作るのだ。

 子供のころの玄関は障子だった。ツバメが土間に出入りできるように、一番上の障子紙が切り取ってあった。その狭い枠をくぐり抜けるツバメの俊敏さが驚きだった。

 やがて雛が数羽かえり、家の中はにぎやかになった。親鳥は一斉にくちばしを開ける雛にせっせと餌を運んでいた。そのような光景を目にしながら子供から少年になり、高校生になった。そして都会に出ると、ツバメの仲睦まじい姿を見ることはなくなった。

 今は、こうして高原のツバメを飽きずに眺めている。あれから何十年の歳月が流れた。高原には一足早く冷気が忍び寄っている。しばらくすると、ツバメは太平洋を渡り、南の地に旅立つ。来年もまたおいで・・・。


         
 いや~、驚いた! 

 昨日のことである。山小屋裏のテーブルで野鳥を眺めていると、遠くから人の声が聞こえてきた。山小屋のすぐ裏は尾根道になっており、滅多に人が通ることはないが、その声が山歩きのグループだとしたらまことに珍しいことだ。

 しばらくすると、男女6人が山道を下って来た。軽く会釈すると、温厚そうなご婦人から声を掛けられた。「もしかして、ブログのひまじんさんですか?」。予想もしない言葉が飛び出した。「ええ、そうですが・・・」と答えると、「毎日、ブログをチェックしているんですよ」とおっしゃる。ご主人も「ブログの更新を楽しみにしています」とありがたいお言葉だ。

 こういうのを「青天のへきれき」と言うのだろう。ブログに掲載している山小屋の写真で「ひまじん」と判断されたのだろう。ご夫婦は和歌山のある町にお住まいだそうだ。これを縁に新しい人の輪が広がるかもしれない。「消防署の隣のご夫婦さん」、ありがとうございました。またお越し下さい。

     ↓ ニホンカモシカの写真同様、虫メガネで見て下さい
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【夫の日記】 女房の友達が来た

  女房の友達2人がやって来た。彼女らは滋賀の自宅のご近所さんである。一人は控え目なAさん、もう一人はケラケラとよく笑うにぎやかなKさんで、まことに対照的なお人柄だ。

 このお二人、私たちがどんな所で暮らしているのか、興味があったらしい。自宅は新興住宅地の一角にあり、24年間も暮らしたのだから、私も女房も友人、知人は多い。彼女らにしてみれば、そんな滋賀を飛び出してしまったのだから不思議で仕方なかったのだろう。

 狭い山道を車で走ること30分。生石山頂上付近の高原に着くと、一気に視界が広がる。私たちの山小屋はその近くの森の中にあるのだが、Kさんの第一声は「ヒエーッ、えらい所やねえ」。予想を超える山奥にびっくりしたのだろう。

 女房は二人を連れてススキの穂が美しい高原を散策し、近くの清水温泉にも足を伸ばしツルツル、ヌルヌルの湯を楽しんでもらった。

 私は山小屋に残り、歓迎準備だ。夜はバーベキューなので、炭を熾す。寒くないよう焚き火もした。準備が整ったころ、湯で顔を赤らめた3人のご帰還である。

 まずは焚き火で串刺しのアユを焼く。強火の遠火でこんがりと。焼き上がるまでに時間がかかるので、先付けとしてアオリイカの刺身を食べてもらう。アユもイカも私が釣ったものだから、安上がりである。赤ワインも頂きもの。

 イカは甘く、好評だった。アユは22、3センチもある大きさだが、Kさんは「食べていいの?いいの?」と恐縮しながら5匹も平らげた。「おいしい」と言ってもらえば、釣り師としては本望なのだ。

 オンナ3人姦しい。私は控えめにその会話に耳を傾ける。家庭での主人の振る舞いが話題の中心だ。Aさんのご主人は大手電機メーカーを定年退職、今は読書三昧の日々らしいが、「家のことは何もしないのよ」という。

 Kさんのご主人は現役の大学教授だから、家事を手伝うことは無理だろうが、奥さんにしてみれば「何もしない」という考え方自体が我慢ならないらしい。

 さてわが家。女房は山小屋暮らしは「夫婦対等」を譲らない。だから私は朝ご飯を自分で作り、食器は台所に運ぶなど、こまごまと健気に手伝っているのだ。お二人にそんなことは言わなかったが、山奥での夫婦の暮らし方がそれとなく伝わっただろう。

 翌日、紀伊水道の美しい海、湯が塩っ辛い温泉などに案内した。お二人は「いい暮らしよねえ。滋賀のご近所に報告しておくわ」と言って帰っていった。「あの亭主関白のご主人、奥さんの尻に敷かれているわよ」などというヘンな噂が広がらねばいいのだが・・・。

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【夫の日記】 森の秋は早い

  このところ、気持のいい天気が続いている。8月終わりごろの朝晩は寒く、薪ストーブに火を入れたくなるほどだったが、今はそうでもない。しかし、歯磨き後の口をすすぐ水は冷たく感じ、私たちが暮らす生石山の森は足早に秋が深まりつつある。

 早朝、コーヒーカップを手に、山小屋裏にしつらえてあるベンチに座るのが日課である。鬱蒼とした森に薄い霧がかかり、キツツキのような野鳥がコンコンと木をたたいている。時折、エゴの実が落ちてきて、めっきり薄くなった私の頭を直撃することもある。

 山桜の葉が赤く色づき始めた。敷地にある栗はもうそろそろ食べられそうだ。アケビもしばらくするとパックリと口を開け、甘い果肉が姿を現すだろう。

 昨日の夕方、近くの生石高原を散歩した。日曜日とあって、多くの家族連れや若いカップルが涼しい風を楽しんでいた。ここは全山ススキの草原で、赤い穂が出始めている。

 草原には美しい花々が咲いている。背丈のあるオミナエシの黄色い花は、波打つススキの海原を泳いでいるように見える。私の好きなカワラナデシコは終わりに近い。シシウドの花は何とも奇妙な形である。四方に幾何学模様の花の軸が広がり、その先に白い花を付けている。

 女房が耕している畑では、秋の野菜が一斉に芽を出している。大根、小松菜、人参、白菜、ホウレンソウ・・・。大根、小松菜の若芽を間引いて、サラダにして食べると実においしい。女房は草取り、水やりと忙しい。

 畑が高原にあるためか、キュウリは今なお毎日収穫できる。まだまだたくさん黄色い花が咲いていて、当分収穫できそうだ。モロッコも同じように実を付けている。ナスなどとの炊き合わがおいしい。

 明日から、女房の友達二人が山小屋にやって来る。有田川のアユを食べてもらいたいので、これから釣りに行こう。新鮮な野菜や冷凍庫に眠っているアオリイカ、先日作ったアユの燻製なども味わってもらい、一足早い森の秋を満喫していただこう。

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【夫の日記】 ニホンカモシカと見つめ合う

  有田川のアユ釣りは終盤に入った。しばらく川に入っていないので、今日は行ってみよう。釣り荒れが激しく、それほどの釣果は期待できそうにない。晩酌の肴が数匹釣れればいいだろう。

 昼前、軽トラで生石山を下った。中腹にさしかかると、道路の左側に黒っぽい動物がじっとたたずんでいる。それはなんと、特別天然記念物のニホンカモシカだ!

 3、40メートルほど先で車を止めた。カモシカはまだじっとこちらを見ている。そうだ、写真を撮らねばならない。助手席に置いていた携帯電話を持って外に出ると、サイドブレーキが甘かったのか、車が坂を下り出した。あわてて車を追いかけて飛び乗り、危ないところでブレーキをかけた。

 カモシカは反対車線に移動して、まだこちらを見ている。携帯のカメラなどほとんど使ったことがないが、ともかくシャッターを切った。映っているはずだ。

 カモシカと向かい合い、見つめ合った。クルッとした丸い眼がかわいい。女房とは睨みあうことはあっても、見つめ合うことはない。この年になると、目つきにも分別が備わってきて、麗しいご婦人であってもチラリ視線を泳がせるだけだが、このニホンカモシカに限っては熱い視線を送った。

 まあ、そんなことはどうでもいい。カモシカとは長い間見つめ合った。なんという親しげな視線だろう。古い友人と会ったような気分だった。いや、カモシカの方にしてみれば、タイツ、ベストの派手なアユ釣りスタイルが珍しかったのかもしれない。

 やがてカモシカは踵を返し、悠然と崖下に姿を消した。カモシカの目撃は今年3度目である。一度目は車の前を横切って行った。二度目は女房が車の助手席からしばらく見つめ合い、私は後姿をチラッと見た。

 一時は全国で3000頭にまで減ったニホンカモシカだが、保護が功を奏し今では7~10万頭が生息しているとされる。私たちだけでも半年で3度も目撃しているのだから、この森にもかなりの数が徘徊していることになる。豊かな自然がうれしい。

 さてアユ釣り。カモシカを見たので、釣りも幸運に恵まれるだろうと思ったが、釣り始めて1分も経たないうちに糸が石に絡んで切れてしまった。しかし、悪い予感は杞憂だった。スペアのオトリを泳がせると、しばらくして1匹目が釣れ、その後も期待した以上に釣れた。5時間で18匹の釣果だから上出来だ。

 それにしても、あのカモシカも、私に釣れれるアユも、山小屋の餌台にやって来るヤマガラも・・・それら動物の瞳はどうして美しいのだろう。私は白内障ではないが、世俗にまみれて濁っている。

 人間の瞳は疑い深く、欲深く、好色である。保身、怠惰、駆け引き、名誉欲などの心の動きも映し出す。それが人間の業というものなのか・。嗚呼・・・。

  ↓ 虫メガネで見て下さい。写っているのです。
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【夫の日記】 露店風ちゃんちゃん焼き

  「4時半から、広場でちゃんちゃん焼きやるよ~」。電話の主は、大阪に奥さんを残し、ここ生石山で暮らしているMである。畑作りのベテランだ。

 「ちゃんちゃん焼き」--。Mに食べさせてもらうまで見たことも聞いたこともなかった。。「ちゃんちゃん」という呼び方はどこか安っぽく、いかがわしい素人料理だと思っていた。

 ところがこれは大いなる誤解だった。北海道の漁師町の名物料理らしい。鮭を丸ごと鉄板に乗せ、たっぷりの野菜とともに味噌だれをまぶして食べるのだ。

 「ちゃんちゃん」の由来は、「お父ちゃんが料理するから」「鮭を焼くときに、鉄板がチャンチャンという音がするから」など諸説あるらしい。それはともかく、漁師たちの素朴で、手早く出来る料理であり、これまで何回もMにご馳走になった。

 森の広場には、シェフ役のM、私たち夫婦、ドイツ人ピーター、仲間の奥さんの5人が集まった。Mは道具持ちで、自家発電機も持っている。エンジンをかけと、テーブルに置いたホットプレートが熱くなってきた。

 Mが手際よく鮭の半身を置き、その上にキャベツやモヤシ、玉ネギ、シシトウ、ピーマンなどを山のように乗せる。煮立ってきたら味噌だれを入れ、鮭の身をほぐして出来上がり。

 トンボが舞う中、熱々のちゃんちゃんを缶ビールと交互に口へ運ぶ。この料理、特別おいしいというものではないが、野外でわいわい言いながら食べるので、みんな舌鼓を打つている。

 このような仲間の集まりは、ピーターは大好きである。しかし、ちゃんちゃん焼きはほとんど口にしない。箸先でちょこんと鮭の肉片をつまみ、ウイスキーばかり飲んでいる。甘ったるい味噌味が口に合わないのだ。

 ピーターの食事はなかなか厄介である。焼肉をしても日本風のたれは好まず、塩コショウ一辺倒。ジャガイモはお国柄大好きだが、さつま芋は食べない。イカ、タコは後ずさりする。ナスもダメ。数え上げればきりがない。

 いつか女房が「ドイツの料理はまずい」と言ったところ、「そうではな!」とふくれていた。お国のことをけがされればいい気はしないだろう。しかし、彼に面と向かって言えないが、食文化という点では日本や中国、フランスにはとても及ばないだろう。

 横道にそれたが、こうして森の広場で野外料理を囲むのはいいものだ。私は「自家発電機もあることだし、ここで露店を開いてはどうか」とMをそそのかしてみた。みんなも大賛成だ。もちろん、ちゃんちゃん焼きがメーンで、焼きそば、おでん・・・。

 滅多に人が通らない森だから商売になるはずもないが、奇想天外な夢を語るだけで楽しいではないか・・・。

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