悪魔がささやいた・・・アオリイカ6杯

  私の心に悪魔が棲んでいて、こうささやいた。「明日は小春日和だ。波も静かで暖かいぞ。ボートを出せ」・・・と。

 女房が留守の間、アオリイカ釣りに呆けていたので、しばらく大人しくしていようと決めていた。それが3日も経たないうちに、決意が揺らぐ。何という男だろうと思う。

 しかし、小春日和は滅多にない。この機会を逃してどうするのかという思いがムラムラと湧いてくる。人生はあとわずか。後悔するくらいなら、釣りに行こう。まずは行動するのが私の人生哲学である。まあ、これは体のいい言い訳なのだが・・・。

 朝5時、空を見上げると、満天に星が輝いていた。風もない。ゴムボートを積んだ軽トラの運転席に座り、まなじりを決して由良湾に向かう。今日はいい日になりそうだ。

 ひと月ほど前、1キロのアオリイカを上げた縁起のいいポイントにアンカーを下ろした。入り江のような磯場で、釣れるという確信がある。さあ、生きアジにイカが乗ってくるぞとわくわくしながら待つが、竿はピクリともしない。そんなはずはないと思いながら、3時間が経過した。

 もう我慢も限界なのだが、ここで粘るか、別の場所に移るか、釣りはここのところが実に難しい。「もうはまだ、まだはもう」、「見切り千両」などという言葉もあれば、「人の行く裏に道あり花の山」なんていう諺も思いつく。

 別の場所に移動することにし、15分ほどボートを走らせた。ここは底の岩盤が見えるごく浅いポイントだ。アンカーを下ろし終わると、顔見知りの漁師が近寄ってきて、漁船を横付けした。「ここは案外いいよ」という言葉に勇気づけられた。

 漁師の言葉通り、1投目からイカが乗ってきた。700グラムほどの食べごろサイズである。しばらくして2杯目。それからも退屈しない程度に4杯が釣れた。

 午前中に空費したあの3時間は何とも腹立たしい。最初からここに来ていたらと思う。しかしそれは欲だろう。今釣れ続いているのは我慢したご褒美だと受け止めるべきだと思い直す。

 しばらくすると、潮が変わった。アジに乗ったイカは潮に乗ってどんどんとボートに近づいてくきて、海を覗くとアジにしがみつくイカの姿が見える。糸は垂直になっており、ヤエンという掛け針がイカの下に入らないので100%掛らない。

 こんなことが度々あり、悔しいことこの上ない。大型のイカが沈み磯に回り込み、逃げられたこともあった。このあと何とかか2杯を追加し、計6杯となったところで餌のアジがなくなり、竿を収めた。午前中は棒に振ったが、そこそこの釣果だった。

 悪魔のささやきに応えて良かったと思う。女房に内緒で、また悪魔ちゃんにささやいてもらおう・・・。

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【夫の日記】 新しい仲間・・・ブログのご縁で

  つたない当ブログを見てもらっているご夫婦が大阪にいらっしゃる。この夏、ご夫婦が突然私たちの山小屋を訪ねて来られた。ブログを読んで森の暮らしと生石山の自然環境に興味を持たれたのだという。趣味の木工が本職になりつつある「Sさん」である。

 それ以来、しばしば山小屋に来られ、家族同士の交流が深まっている。何回も足を運ぶうちに、「私たちもここに山小屋を持ちたい」という話に発展していった。実はSさん、生石山から数10キロ南の太平洋に面した所に別荘を構えており、ここを売って当地に移って来ようというのだ。
 
 あちこち物件を見て回った。いい場所は値段が高いし、安ければ断崖のような土地だった。最近になってSさんからいい物件が見つかったという連絡があり、一緒に見に行った。

 しばらく生石山を下り、細い脇道に入ると、突如としておしゃれなログハウスが現れた。コナラの大木に囲まれ、前には谷川が流れていた。まるで童話の絵本に出てくるようなたたずまいで、あたりは恐ろしいほど森閑としていた。

 この話はひとまず横に置いておこう。実はSさんから太平洋を望む例の別荘に招待されていたので、昨日、仲間のドイツ人ピーター、ファーマーMと私たち夫婦の4人でお邪魔した。

 別荘は山の頂上にあり、家の中からカントリーウエスタンの曲でも流れてきそうな雰囲気だ。前には青い太平洋が広がり、左手に白浜温泉の街並み、右手に日ノ岬が見える。確かに絶景ではあるが、別荘が密集しており、私には戸惑いを感じた。

 お昼、ローストビーフにフランスパンなど手作り料理をいただいた。運転手役の女房を除き、ビールやワインを飲んで盛り上がったとき、Sさんの携帯電話が鳴った。長い通話が終わるとSさんは満面に笑みを浮かべて言った。「たった今、生石山のログハウスの持ち主と話がまとまりました。来週、売買契約することになりました」。

 「ようこそ、生石山へ」--。私たちは拍手を送り、Sさん夫婦の仲間入りを祝った。

 Sさんがなぜ生石山にこだわるのか、分かるような気がする。なるほど海の見える家はいいけれど、都会の住宅地をそのまま移したような環境に違和感を感じているのだと思う。山は何より静かだし、はっきりした四季の移ろいがあり、どこか神秘的な空気も漂う。

 しばらくするとSさん夫婦がやって来る。デッキの修理や敷地の整備に忙しかろう。何より、寒いのでストーブの薪が必要だ。私たちには丸太のストックがあるので、薪を作ってやろうと思う。この静かな山に、陽気な仲間が加わるのだ。

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【夫の日記】 鬼の居ぬ間の・・・イカ釣り

  ブログを更新するのは久しぶりだ。これまで、おおむね2日か3日に一回書いてきたが、10日近く更新しなかったのは珍しい。その間、何か忘れ物をしたような気持ちになって落ち着かなかった。

 もしかしたら、地下室を作る作業中に負傷した後遺症がひどく、寝込んでいるのではないかと心配して下さる人もいるだろう。でも、順調に回復し、真っ直ぐ歩けるようになっている。新型インフルエンザにも感染せず、しぶとく息をしている。

 このところ、「鬼の居ぬ間の洗濯」に忙しかったのだ。煙たい人、気づまりな人が居ない間に好きな事をしてくつろぐという意味だから、鬼にされた女房は怒るだろう。要するに、アオリイカ釣りに呆けていたのだ。

 女房は10日ほど前から滋賀に帰った。これ幸いとばかりに、朝早く釣り場に向かい、夕方帰ってくるという生活だ。3連休は娘のマンションで過ごして、再び山小屋に帰った翌日にはまた釣りに出かける。女房は「疲れないの?」と言うが、とんでもない。命の洗濯をさせてもらっている。

 アオリイカ釣りは、これからがベストシーズンだ。この釣りはエキサイティングだから飽きることがない。それに、イカの王様と言われるので甘くて美味しい。刺身はもちろんだが、ゲソの天麩羅もなかなかのもの。エンペラはお好み焼きに入れると、これまたいい。チンゲン菜のあんかけは女房の好物だ。 

 人里から遠く離れた山奥に住んでいるので、不意の客があってもロクなご馳走が出来ない。そんな時、アオリイカを振る舞うと喜ばれる。冷凍しても味が変わらないので、せっせと冷凍保存しているのだ。だからイカのストックはいくらあってもいいし、山小屋暮らしの保存食と言ってもいい。

 ただ、釣りは期待したほどの釣果が得られなかった。一番多い時で5杯、最低で1杯。平均すると2、3杯だ。ただ、1050グラムを筆頭に大きいイカが結構釣れたので、重量からするとまずまずだった。

 今日、女房が山小屋に帰ってくるので、鬼の居ぬ間の洗濯はひとまずお休み。しばらく大人しくしていようと思うが、明日、明後日は天気がいいとの予報。悪い虫が動き出しそうである・・・。

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【夫の日記】 地下室は出来たが、無様な負傷・・・

  ゴムボートや船外機などの釣り具、燻製器など諸々の道具が山小屋を手狭にしている。女房はいつも文句を言うが、自分も農作業の道具や肥料、燻炭などをそこら辺に置きっ放しにしており、時々つまずいたりするので困る。

 そこで物置用の地下室を作ってやろうと、思い立った。私の不器用さを知っている女房は、この大胆な計画に冷やかである。まあ、見ておれ。

 山小屋は山の斜面に建っており、その3分の1ほどが空中にせり出している。その三角形の空間にコンパネを水平に敷き、透明の波板で囲いをすれば地下室ができるのだ。

 構造をうまく書けないので分かりにくいと思うが、ともかく、作業は試行錯誤を繰り返しながらも一応順調に進んだ。ところが、作業も終わりに近づいたころ、えらい災難に見舞われたのだ。

 斜面に置いていたコンテナを取ろうとした時、バランスを崩して後ろ向きにもんどり返った。よく覚えていないが、斜面を3回転か4回転したと思う。そしてベランダのコンクリの基礎に左腰をしたたかに打ち付けた。

 私はサツキの繁みに頭を突っ込み、仰向きになったまま身動きできない。唇から血が滲んでおり、あちこち痛い。腰の骨が折れたと思った。誇張して書いているのではない。

 私の悲鳴とコンテナが転がる大きな音を聞いた女房が家から出てきた。カエルのようなあられもない姿を見て、クスクス笑っている。いくらなんでも不謹慎だろう。「早く手を貸してくれ。痛いので静かに起こしてや」と頼み、やっと繁みから抜け出した。

 しばらくその場に座り込み、呼吸を整えた。女房の肩を借りて立ち上がって歩いてみる。腰がくだけるようになるが、どうやら骨は折れていないみたいだ。風呂に入って分かったことだが、腰や足に痣ができていた。

 痛くてうまく歩けないが、まあ、不幸中の幸いだった。転ぶような所ではないのに、どうしてあんなことになったのだろう。そういえば最近、時々バランスを崩すことがある。年をとったのか、三半器官がおかしいのか。そんな自分が情けなくてしようがない。

 地下室とは書いたものの、そんな大層なものではない。下の写真を見れば馬鹿にされそうだが、私にすれば良く出来た方である。ただし、不本意な隙間が出来てしまい、今日の強い雨が中に侵入してきて床を濡らしていた・・・。

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【夫の日記】 干し柿作りに忙しい

  柿は、私たちが暮らす和歌山の特産品だ。高野山の登り口近くにある九度山町を通りかかると、「日本一の柿」という大看板が立っている。生産量を誇っているのか、味の良さを自慢しているのかよく分らないが、まあ、それなりの根拠があるのだろう。

 とにかく柿が安いのでうれしい。ここ生石山のいたる所に無人販売所があり、富有柿5、6個入って100円である。これらは出荷できないキズもので、大きさも不ぞろいだが、甘くておいしい。まともな値段で買うのが馬鹿らしくなる。

 去年のことだが、車で走っていて道に迷い、ふと農家の軒下を見ると柿がコンテナにいっぱい入っていて、「自由にお持ち帰り下さい」と書いてあった。柿は平種柿で、富有柿の季節になったので不要になったのだろう。

 半分くらいいただくつもりだったが、女房は私の制止を振り払い、すべてを持ち帰ろうとコンテナを持ち上げている。私にも欲が出てきて、不本意ながら車のトランクに放り込むのを手伝ってしまったのだが・・・。

 いつかこんなこともあった。滋賀の自宅に帰る途中、畑に富有柿が山のように捨ててあるのだ。良さそうな柿を選んで拾い、段ボール箱に詰めて持ち帰った。ご近所や知人に、いかにも買って来たような顔をしてお土産として差し上げ、大いに喜ばれた。

 この季節になると、私たち夫婦は干し柿作りに忙しい。渋柿は毎年、地元産品を売っている店で買うのだが、昨日、散歩のついでに生石高原のレストハウスに立ち寄ると、渋柿を売っていた。

 1個20円の安さである。柿の蔕(へた)は吊るしやすようにTの字のように切られている。収穫する苦労も思うと、何か申し訳ないような値段である。とりあえず100個買ったが、あと200個くらいは買おうと思っている。

 毎年干し柿を作っているが、カビが生えるなど満足に仕上がった試しがない。北側に面した山小屋の軒下に吊るしているのが良くないらしい。霧がが多いうえ、雨が当たる時もある。小まめに世話をすればいいのだが・・・。

 今年からは雨が当たらない南側の軒下に吊るすことにした。風通しがよくないので出来上がりが少し心配だ。さて、子供や人様にあげられるような干し柿に仕上がるだろうか。と言っても、食べるにはまだ早いのに、試食、試食を繰り返すので、何ほども残らない。

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【夫の日記】 カヤの実・・・昔のあの味はどこへ

  今日もまた雨が降っている。先日の雨は半端ではなかった。まるで台風のような風と一緒に吹きつけてきて、顔に当たると痛い。屋根に当たる音もやかましく、眠れたものではなかった。

 数日来の雨で、紅葉した葉っぱが散ってしまい、木々は寒々としている。ここ生石山にはウリハダカエデが群生しており、手のひらほどもある大きな葉は黄色から赤色に移ろいつつある。これが散って路上にべったりと張り付いており、退職されたご亭主が目をそむけたくなる濡れ落ち葉の様相だ。

 山小屋の中に閉じ籠もっていると気持ちも塞ぐので、女房と日帰り温泉に行くことにした。有田川沿いに車で20分ほど走ると、清水温泉がある。この日はレディースデーで、女房は半額の300円のはずである。

 温泉の2キロほど手前に、「あらぎの里」という道の駅があるので立ち寄った。富有柿が6、7個入って100円は安かった。柚子は5個でこれも100円。女房の好きな栗饅頭、燻製用の木綿豆腐2丁なども買った。

 売り場の隅っこに置いてある小さなビニール袋に目がとまった。と言うより、釘付けになった。袋にはカヤの実が入っているではないか。3、40個ほど入っていて200円だ。迷わず2袋を買った。

 カヤの実は懐かしい。子供のころのおやつだった。近くの神社に大きなカヤの木があって、みんな競うように実をとった。緑色の果肉をむくと、ピスタッチオを大きくした細長い実がでてくる。灰を入れた水に浸しておいて灰汁を抜くのだ。

 鉄鍋で煎り、硬い殻を割って食べる。子供のころ、こんなうまいものはないと思ったものだ。いま、何十年かぶりに食べてみた。香ばしく、油分たっぷりの実からは懐かしい味がしたが、子供のころのように美味しいとは思わなかった。

 人間の舌は不確かなもので、食生活の環境や年齢とともに変化していく。ロクなおやつがなかった少年時代に比べると現代人の舌は肥えているだろうが、それにしても舌はどこか身勝手で、腹立たしい。かつてカヤの実に感激した思いが強いだけに、尚更、そんな思いがするのだ。

 道の駅で豆腐を買ったのは、燻製のレシピ集に「その舌ざわりは極上のチーズだ」と書いてあったからだ。レシピ通りにスモークしたが、燻製の香りがするただの豆腐だった。やり方が悪いと言われればそれまでだ。しかし、いくらなんでも「極上のチーズ」とは誇張が過ぎる。

 これと同様、今の世は味の誇張があふれ、落胆や失望、怒りを買っている。特に許し難いのはテレビの食べ物番組だ。レポーターやゲストは、目をつむったり、白目をむいたりして「おいしい!なぜ?どうして?」と感激したフリをしている。

 また馬鹿をやっておるわいと、すぐチャンネルを変えるのだが、そもそも味覚はどの人にとっても等しいものではない。思い出、習慣、思い入れなどその人の人生と深く結び付いているのだ。それを一律に、しかも誇張して「美味しい」と言う馬鹿なテレビ番組が闊歩している。

 ただし、奥方の手料理にだけはケチをつけてはいけない。円満、円満・・・。

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【夫の日記】 煙草税・・・NHK、新政権に申し上げる

  ここ生石山では今、ムベの実が赤紫色に色づき、食べごろを迎えている。ムベはアケビと同じ蔓性の植物だが、熟すと実が二つに割れるアケビとは違い、こちらは割れない。

 実を割ると、中に種が詰まっており、その周りをゼリー状の果汁がねっとりとまとわりついている。これがとても甘い。種をプッ、プッと飛ばしながら素朴な味わいを楽しむのだ。それに、赤紫色の実は美しく、居間に置いておくと妙に心がなごむる。

 西日本の山地に多く自生しているそうだ。私が生まれた近江はムベの産地として有名で、何年か前から皇室に献上していると聞いた。10世紀の延喜式に鮒寿司とともに献上した記録が残っており、これを1000年以上の時を超えて復活させたということだろう。

 「むべなるかな」という言い方があるのはご存じの通り。近江では次のような言い伝えがあるので、私には馴染みが深い。

 古代から猟場として知られる蒲生野に、天智天皇が狩りに出かけた。そこで8人もの男の子に恵まれた壮健な老夫婦に出会った。天皇は「どうしてそのように長寿なのか」と聞いたところ、夫婦は「ここで採れるムベという無病長寿の果物を毎年秋に食べている」と答えた。天皇はこれを食して「むべなるかな」と得心したと伝えられる。

 さて話は転じて・・・。NHKのニュースを見ていたら、世論調査の結果を報じていた。最初の項目は煙草税引き上げの是非についてである。賛成は50数%、反対は20%だった。う~ん、「むべなるかな」。

 この場合、ムベを引き合いに出すのは誤りだと承知している。NHKの報じ方に得心していないのだ。報道というものは、このように数字だけを生のまま放り投げるのは誤りである。

 煙草を吸わない人が引上げに賛成するのは当たり前田のクラッカーである。日ごろ煙草の煙に迷惑し、1箱1000円、2000円になっても屁とも思わない人たちだ。片や引き上げ反対の20%は、ほとんどが愛煙家だろう。

 税引き上げの是非は、煙草という嗜好の傾向と直接結びつくので、そもそも世論調査にふさわしくない。喫煙率と並べてそのように解説するならまだしも、「ほれ、こんなに賛成しているぞ」と世論を操作するような報道姿勢は許せないのだ。

 文句を言うついでに、新政権にも一言申し上げる。政策がバラマキかどうかはともかく、余り文句の出ない煙草税で財源不足を補おうというのは姑息である。国民の多くは国の巨額の借金を知っているし、社会保障にも不安を持っており、消費税の引き上げは避けて通れない。新政権はそれを4年間も凍結するという。

 消費税を論議せず、唐突に煙草税を持ち出すのは、闇撃ちのようなものだ。これはある意味で、国家が個人の嗜好に口を出しているに等しい。つまり、一箱500円、600円になれば貧乏人は煙草を吸うなとなる。大袈裟ではなく、国民統治の根幹にかかわる問題である。

 長妻厚生労働大臣は「煙草は健康に悪いので理解を得られるのでは・・・」と引き上げのもっともらしい理屈をこねている。愛煙家への優しい心づかいのように聞こえるが、余計なお世話だ。私たち愛煙家は「早死に」を覚悟して気持ちよく紫煙を吸い込んでいる。息を引き取るときは、「最後に一服」と言って潔くあの世へ旅立つのだ。

 政府の政策もNHKの報道も、国民が「むべなるかな」と納得、得心しなければならない。

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【夫の日記】 森のお勉強に行く

  和歌山県立博物館の学芸員たちが案内してくれる植物観察会に夫婦で参加した。定期的に開かれている催しで、これまでにも何回か参加している。様々な植物について実地で学ぶとても良い機会なので、いつも楽しみにしているのだ。

 しかし悲しいかな、こうしてブログの文章を書きながら復習してみると、教えてもらった木の名前や特徴など大半を忘れてしまっている。昔から物覚えが良くない上に、年をとって一層ひどくなっているようだ。それなりに向学心を持っているのだが、これだから困ったものである。

 観察会は晴天の日曜日に行われた。紀伊半島北西部の白馬(しらま)山から城が森山に至る標高1000メートル前後の林道を歩きながら、樹木の見分け方を学んだ。その一帯には、ブナやヒメシャラ、モミ、トウヒなどの大木が林立している。

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 木肌がすべすべしているヒメシャラの前で、学芸員が「奥様を抱きしめるように、木を抱いて頬ずりをして下さい」という。少し恥ずかしかったが、抱いてキスまでしてしまった。なんと、木が冷たいのだ。夏の登山では、ヒメシャラを抱いてひと時の涼を楽しむのだそうだ。

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 林道脇のいたるところでウリハダカエデが美しい紅葉を見せている。黄色や赤色の葉にまじって、赤紫の異様な葉を付ける木があった。樹皮がシカに食べられてはがれている。光合成で作られた澱粉が根の養分として樹皮の内側を伝って下るのだが、樹皮が傷つけられたため葉に澱粉質が蓄積されて赤紫色になっているのだという。

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 峰々のはるか向こうに、枯れたススキの草原が広がっている。私たちの山小屋がある生石高原だ。双眼鏡を覗けば、わが家が見えるかもしれない。寂しく留守番している愛犬ピー助のことを思ったりした。

 山小屋の裏手に高さが10メートルはある巨岩がむき出しになっており、しばしばこの上で朝日を眺めることがある。何重にも連なった峰の中ほどに林道が縦走しているのを知っていたが、これが今回訪れた林道だと初めて知った。

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 たくさんのことを学んですぐ忘れる体たらくだが、紅葉の秋を満喫し、美味しい弁当を食べて楽しかった。山小屋に帰ると、ピー助がこそこそと机の下に隠れた。居間には靴が転がり、ゴミ箱をひっくり返し、中の物をばらまいていた。留守番をさせた腹いせなのだろう。

     ↓ ブナにキツツキが丸い穴を開けていた
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     ↓ 美味しそうなキノコ。でも月夜ダケという毒キノコらしい
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【夫の日記】 色づく森と草原を歩く

  ここ数日、小春日和が続いている。きょう土曜日も朝から暖かい。シャツの上にベストを羽織っただけで散歩に出た。近くの森を歩き、ススキの草原が広がる生石高原まで足を伸ばした。

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 森の紅葉は、例年に比べてそれほどでもない。台風18号が尾根伝いのこの森を駆け抜け、紅葉しかけた葉っぱをあらかた吹き飛ばしてしまったのだ。しかし、低木のクロモジはその影響を受けず、黄色の葉が美しい。ハゼの木やウルシの怪しげな赤色にはドキッとする。

 女房が趣味にしている草木染めもそうだが、自然しか醸し出せない色合いがある。「癒される」という言葉は手垢がついて好きではないが、森や草原の色の変化を見ていると、ついそんな言葉を使ってみたくなる。

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 森はミステリアスでもある。突然、大きな羽音がして、キジが飛び立つ。遠くから、「コンコンコン」という音がする。キツツキが木肌をほじくっているのだ。時に、シカのような鳴き声も聞こえてくる。草むらがガサッという音を立て、思わず後ずさりする。野鳥か、リスか、マムシか・・・。

 森のクマノミズキ、アカカシ、コナラ、アカメガシワ、リョウブ、山桜、エゴなどは分かるが、むしろ名前を知らない木の方が多い。名前を覚え、それがどのような花を咲かせ、実を付けるのか、材は何に使われているかなど知りたいと思う。

 私たちが暮らす生石山の中腹に、ミカンを栽培している初老の男性がいる。朴訥という言葉がぴったりの人柄で、飾らない風貌である。時々、山小屋の前を通りかかり、ミカンや野菜を置いていってくれる。

 実はこの人、植物に大変詳しいのだ。学者顔負けという人もいる。経歴を聞いたことはないが、多分、独学だと思う。何十年も山や野を歩き、コツコツと積み上げた知識なのだ。図鑑や専門書とは違う生きた植物学と言うべきだろう。

 いつか彼と一緒に山を歩いている時、草むらで大きなマムシを見つけ、捕まえ方を教わった。マムシを踏みつけておいて、蔓で輪っかを作って首を縛るのだ。もう一つは、木の枝を蔓で縛ってハサミのようにして挟み付けた。

 その一連の所作は驚くべき早さだ。後ずさりしながら妙技に見入った。私はしばしばマムシに出くわすが、真似をしようとは思わない。私はひたすら逃げるだけである。

 森を歩いていると、私も彼のように「森の実学」を身につけたいと思う。そうすれば、ますます森が楽しくなるだろう。「森だ、緑だ」と言ってありがたがってる訳ではないし、自然を理屈っぽく語るエコロジストでもないが、今はつくづく、森の中に住んでいて良かったと思っている。

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【夫の日記】 初雪・・・ヒラタケが出た

  ちょっと面白い話なので、紹介しよう。それぞれの説話の書き出しが「今ハ昔」で始まる「今昔物語」からの抜粋である。平安時代の書物に親しむような博学、博識ではないので、単なる受け売りに過ぎない。

 信濃の国司が任期を終えて京に帰る途中のことだった。場所は信濃と美濃の国境の峠で、国司の乗った馬が橋を踏み外し断崖絶壁の谷底へ真っ逆さまに落ちた。

 家来たちは国司が到底生きているとは思わなかった。ところが、谷底から「籠に縄をつけて下ろせ」という国司の叫び声が聞こえた。命令通り籠を下ろしたが、引き上げる籠が軽い。中を見ると、ヒラタケがいっぱい入っていた。

 再び籠を引き上げると、国司がヒラタケ3株を抱えながら上がってきた。国司が言うには、途中の大木に引っ掛かり命拾いしたが、その木にたくさんヒラタケが生えていたので、手が届く範囲で採ってきたという。まだたくさんあったので、「宝の山を前に、もったいないことをした」とため息をついたのだそうだ。

 京育ちの貴族は、任地に赴いて初めて食べたヒラタケが余程おいしかったのだろう。木にぶら下がりながら、命がけでヒラタケを採る光景はまことに滑稽だが、平安の昔からヒラタケの美味しさを物語る話だろう。

 前置きが長くなったが、わが山小屋で栽培しているヒラタケが出始めたのだ。大人げないが、少々興奮気味である。というのは、ホダ木に菌を植えてふた夏過ぎないと出てこないと言われるのに、1年目から出たので喜びもひとしおなのだ。多分、ホダ木を短く伐って埋め込んだのが良かったのだろう。

 顔を出したヒラタケはまだ500円玉くらいの大きさだ。黒っぽい灰色で、表面が光っている。食べられるまであとしばらくかかりそうだ。天麩羅にするか、炊き込みご飯の具にするか、鍋に入れるか・・・。ネットでレシピを調べてわくわくしている。

 山の仲間の所では一足早く収穫出来たらしい。どこで習ったのか知らないが、油で炒めたヒラタケの上にチーズとパン粉をふりかけてオーブンで焼いた。「いやー、うまかった」という同じ話を4回も5回も聞かされているので、まんざら嘘ではなかろう。

 市販されている「シメジ」はヒラタケで、おが屑で栽培されているらしい。野生のものとは味はもちろん大きさも歯ざわりも劣るだろうが、それでも原木栽培のヒラタケは市販のそれと比べて雲泥の差があると聞く。

 木枯らし第一号が吹いて、標高800メートル余りのわが山小屋にも薄っすらと雪が積もった。足早に秋が深まり、キノコが活性化する。ナメコは終わったが、存分に風味と舌ざわりを楽しませてくれた。シイタケはかなり大きくなっている。次はヒラタケである。「香り松茸、味シメジ」の言葉に心が躍る・・・。

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【夫の日記】 夜も集う、森の宴会

  4日連続となった野外の宴会も16人が参加して盛況だった。

 生石山の広場に常設しているドラム缶に丸太を放り込んで火を熾す。私が持ち込んだ大鍋は、ドラム缶にすっぽりはまり、ちょうどいい具合だ。30分もすると、鍋が煮立ってきた。

 女性たちが刻んだ白菜やシイタケ、菊菜、大根、ゴボウに、各自持ち寄った豚肉を入れる。勢いよく湯気が上がったところで大量の味噌を溶かせば出来上がりだ。

 誰かが特大のウイスキーの瓶を持ってきた。缶ビールもふんだんにある。食べては飲み、飲んでは食べてテンションが上がってくる。

 そこへ、学校の先生をしている独身女性2人が「仲間に入れて~」と年に似合わない黄色い声を上げてやって来た。ここに工房を持っている彫刻家も「いつもすみません」と言って仲間入り。

 学校の先生がブリキ缶を一つ持ってきた。前々から燻製の仕方を教えてほしいと言われていたのだ。缶に穴を開けたり、切り取ったりしなければならないが、仲間の一人が自宅に持ち帰り、加工して帰ってきた。ゆで卵と蒲鉾を入れて、お試しのスモークをしてみた。上出来とはいかなかったが、まあそれなりに燻製の味と香りがする。

 鍋には締めくくりの即席ラーメンを入れた。いい出汁が出ているので、これがなかなか美味しいのだ。奥さんが不在の仲間の一人は、羽根を伸ばし過ぎて酔っ払い、ラーメンを半分こぼしブツブツ言っている。

 鍋は三分の一ほど残っており、夕方、雑炊をしようということになった。となると、宴会は5連続である。もうこうなったら乗りかかった舟だ。とことんやるで~。

 あたりが薄暗くなったころ、再び集まりだした。ドラム缶を囲むように軽トラを止め、ヘッドライトをつけて明るくする。山小屋暮らしの私たちは、保存食として餅を冷凍しているが、まずはこの餅を鍋に入れる。

 十三夜の月明かりを楽しみながら、餅を食べ、卵を入れた雑炊を楽しむ。十数人がドラム缶を囲んで立ち食いする光景は、知らない人が見れば異様に思うだろう。山賊一家の集まりか、終戦後の闇市か、はたまた日比谷の派遣村か・・・。

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     ↓ 即席のスモークも・・・
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