地震か? 薪の大崩落だ!

  お昼ご飯を食べてしばらくすると眠たくなった。薪ストーブの前に座椅子を引き寄せ、うたた寝していた時だった。「ガタガタ、ドスン、ドスン」という大音響がして、飛び起きた。南海地震、東南海地震・・・来るべきものが来たか!咄嗟にそう思ったほどの不気味な音だった。

 同じように寝そべっていた女房も「何よ!」と言いながらうろたえている。地震のような揺れがないのでひとまず安心したが、一体何が起きたのか。外に飛び出すと、積み上げていた薪が崩れ落ちていたのだ。

 大崩落・・・。その無残な光景を見て情けなくなった。泣きたいと言ってもいいくらいだ。薪の大部分は山小屋の下に積んでいるのだが、崩れた薪はウッドデッキの下に積み上げていたものだ。高さが2メートル近く、幅が4メートルほどである。24時間焚きっ放しで2か月分の量になる。

 これを積み上げるにはたっぷり1日かかる。積み上げると言っても、無造作に積んでいる訳ではない。薪の太さ、形をうまく組み合わせ、崩れないように工夫しているのだ。薪は長さが30センチほどだから、これを2メートルもの高さに積むので難しい。

 その薪が通路や敷地の斜面に散乱していたのだ。拾い集めるだけでも大変なのに、再び積まなければならないと思うとうんざりだ。薪は乾燥するに従って痩せるので、バランスを崩したに違いないが、要するに高く積み過ぎたのが原因だろう。

 冬は、来シーズン分の薪を作るのに忙しい。仲間の一人は、どこで手に入れたのか大きな丸太を何本も運び込んでいる。ざっと、ひと月分はあるだろう。先日からチェンソーをブンブンと唸らせ、丸太を切っている。羨ましくて仕方がない。

 しかし、こちらも当てがない訳ではない。山小屋のすぐ近くの雑木林で、関西電力が電線にかかる木を伐ったとの情報を得ているのだ。誰かに先を越されれば大変だ。崩落し、散乱した薪はそのままにして、女房ととともに薪集めに行った。

 雑木林の中に入ると、丸太が4か所に分けて捨てられていた。ウリハダカエデ、エゴの木がほとんどでそれほど硬い木ではないが、私たちにとっては燃えれば何でもいいのだ。1時間余りかかって拾い集めた丸太は軽トラ1台分になった。

 さっそく薪の長さに切ったが、10日分くらいの量になった。1年分の薪を確保するには、こうした地道な努力が必要だ。常に薪の事を念頭に置いておくと、思わぬ宝の山に巡り合い、狂喜乱舞することもある。

 今回崩落を起こした大量の薪もコツコツと集めたものだ。そんな努力をしなくても、石油ストーブ、電熱器、ホットカーペットがあるではないかと言う人もいる。けれど、理屈抜きに目の前で燃える火が好きなのだ。

 今日は朝から雨が降っている。散乱した薪が濡れている。悲しくなる・・・。

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真冬の野外で玉子かけご飯を・・・

  「ひまじんさん、山小屋にいますか?」と電話がかかってきた。ブログが縁で親しくなった大阪のご夫婦からだ。私たちの暮らしぶりと、生石山の森の雰囲気を随分気に入られたようで、しばしばご夫婦一緒に遠くから遊びに来てくれる。

 折角だから仲間2人を呼んで、一緒にお昼ご飯を食べることにした。とは言っても、しばらく買い物に行っていないので食材が乏しく、メニューは苦肉の策として玉子かけご飯と豚汁である。

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 ここ生石山では、新鮮な玉子が売られている。山の中腹に「たまご牧場」の看板を掲げるお店があって、鶏を放し飼いして玉子を産ませている。いわゆる「平飼い」である。都会のケーキ店やレストランに出荷するほどのブランド品なのだ。

 値段は少々高めだが、玉子を割るとオレンジ色の黄身、盛り上がった白身が現れ、いかにも新鮮だ。熱々の白いご飯に玉子を割り、その上に醤油をぶっかける。この醤油も玉子かけ用に作られたもので、少し甘みがある。

 山小屋裏のテーブルで食べることにした。寒いので、ガンガン焚き火をする。風向きがくるくる変わり煙たいが、まあ仕方がない。ブログ「心何処」のアガタ・リョウさんから送っていただいた熟成沢庵も添えたが、あっと言う間にみんなの胃袋へ。

 粗食ではあるが、真冬の野外の食事もいいものだ。食事が終わると、焚き火を囲んでコーヒーをすすり、わいわい、がやがやと楽しいひと時を過ごした。

 ご夫婦から、珍しいお土産をいただいた。日本海特産の「オニエビ」で、ご夫婦は時々、兵庫県香住漁港から取り寄せているという。そのおすそ分けだが、たっぷりの量があり、さぞ高かっただろう。

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 見るのも、食べるのも初めてだ。良く見ると、奇妙な姿をしている。頭の前に長い角が突き出ていて、頭の後ろから背中にかけてノコギリのような角が伸びている。鬼のような姿からそう名付けられたのだろう。

 冷蔵庫で解凍し、まずは生で食べてみた。とろっとした甘味があって、甘エビとは違った美味しさである。次は囲炉裏に炭を熾し、焼きエビにした。女房はエビが大好物で、私が1匹食べている間に3、4匹を食べてしまう。「ゆっくり食べろよ」と言っても聞かない。

 頭からかぶりつくと、クリーミーで実にうまい。身も生で食べるより甘味が増すようだ。久しぶりのご馳走にありついたが、オニエビのように見てくれの悪い食べ物は概して美味しいと思う。オコゼの刺身、味噌汁は絶品だし、ズワイガニ、毛ガニだって美しい姿とは言えない。人間も見てくれで判断してはいけない。えっへん・・・。

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里道を歩く・・・手つかずの自然の中を

  先日、山小屋の裏手で焚き火をしていると、20人ほどの中高年のグループが山道を登って来た。この道は、山小屋の敷地に沿っていて、旧金屋町の集落から標高870メートルの生石山に続いている。ここを通る人は年に数回見かけるだけで、これほどの多人数が通るのも珍しい。

 地元の人は「登山道」とは言わず、「りどう」と呼んでいる。漢字で書くと「里道」である。明治の初め、道路は国道、県道、里道の三つに分けられ、その後、里道は道路法の適用から除外された。林道、あぜ道、けもの道も里道だそうだ。今では生石山に至る道路が通っているが、昔はこの道幅1メートルにも満たない里道が唯一の道だったのだ。

 私たちは、山小屋から山頂に向けて何度も歩いているが、下へは行ったことがない。先日のグループに刺激を受けて、夫婦で歩いてみることにした。自然がそのまま残る雑木林は気持ちがいい。あちこちで倒木が道を塞いでいた。道端を掘り起こすなど、イノシシが跋扈している形跡も見受けられた。ミステリアスな気分にもなる。

 この里道は、集落から山頂まで10キロほどの道のりだ。平安時代の初期、弘法大師空海は集落からこの道を通い、頂上に近い「笠石」と呼ばれる巨岩に座って修業を重ねていたと伝えられている。

 信仰の道でもあるので、途中にいくつも祠や石仏がある。その前には花が供えられているので、信心深い地元の人たちがお世話しているのだろう。ありがたいことだ。

 私たちは帰りの上り道がしんどいので、途中で引き返すという根性なしだった。それにしても、この道を毎日通ったという弘法大師は健脚だったなあと感心する。遍路の四国だけでなく、各地に足跡を残している。鉱物探査をしていたという話もあるが、定かではなかろう。

 現代人は歩かなくなった。車や電車があるので当たり前だが、そのうち足が退化するのではないかと心配になる。ノーベル文学賞の大江健三郎さんは毎日歩いているそうで、脳が活性化してアイディアが浮かんでくると言っている。健康増進だけでなく、脳にも効用があると広く言われている。

 私のような年になると健康だけを考える。お金などなくても、体が動き、食べ物が美味しい健康な生活が何事にも代え難い。私たち夫婦も歩く効用を信じて毎日1時間ほど歩くことにしている。しかし、女はいくつになっても美容、ダイエットと欲張りだ。もちろん女房も・・・。

   ↓ 滅多に人が通らない里道に登山グループが
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アケビの蔓で籠を編む・・・ブログの友と

  きょう日曜日、朝から雲ひとつない晴天になった。次第に気温が上がり、正午には2度まで上がった。きのうまでは終日氷点下だったので、過ごしやすい。小鳥たちの動きも活発で、デッキの餌台にはヤマガラとシジュウガラが入れ替わり立ち替わりやって来る。

 昼前、電話がかかってきた。「今日おじゃましてもいいですか?」。ブログを熱心に読んで下さる「エコ夫婦」さんである。私たちの森の暮らしに興味を持たれ、昨年、ここ生石山に土地を買われた。ご夫婦は休日ごとにやってきてログのキットを組み立て、自分たちの手でついに山小屋を完成させてしまった。

 先々週、初めて私たちの山小屋を訪ねて来られた。奥さんは、女房が生石高原のレストハウスに出しているアケビの蔓で編んだ籠を気に入られ、自分も編んでみたいとのことだった。

 そこで今日、アケビの蔓を取りに行き、籠を編むことなったのだ。山を少し下れば、アケビはいっぱいあり、小一時間で30本ほどの蔓を取った。蔓には色々な種類があるが、やはりアケビは年月を経ても痩せないのでいい。奥さんにはどれがアケビの蔓かを覚えてもらった。

 編み方の指導はもちろん女房。蔓を締め上げながら編むのでかなりの力がいるのだが、奥さんはログ材を担ぎ上げるくらいだから、女性にしては力持ちだ。1時間ほどで、取っ手の付いた籠が完成した。初めてにしてはなかなかの出来栄えで、果物を入れてよし、花をいれてもよし。自然に囲まれた山小屋に良く似合うだろう。

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 実は昨日、フキノトウを探しに行ってみた。残念ながらまだ早いようだ。早春の味が空振りに終わったので、無性に山菜を食べたくなった。女房も同じ意見で、晩ご飯はワラビの卵とじ、イタドリの煮付けを作った。私はアユを塩焼きにした。わが家のストッカーには、春に採った山菜やアユをたくさん冷凍保存しているのだ。

 季節外れの山菜やアユだけに、冷凍とは言え、それはそれでおいしかった。しかし、食べ物はやはり旬を食べなきゃと思う。冷凍保存するのは、情けないが食費節約のためだ。山菜の旬を迎えるのは3か月先、若アユは5か月も先である。まだまだ寒さに耐えなければならない。

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原口大臣の問題発言に怒る

  人里から遠く離れた山小屋で暮らしていると、心が穏やかになる。意に反することでも、それほど腹を立てることもない。しかし、今回ばかりは腹に据えかねるので、書きとめておきたい。

 私はどこかの政党を支持している訳ではない。政治的な信念などないし、政治にも疎いので、正直どうでもよいのである。ただ、心情的には保守なので、社会主義的な傾向を強める民主党には違和感を抱いている。だからと言って、理屈の通らない批判はしたくないと思っている。

 腹に据えかねるのは、原口総務相の発言だ。この男は小沢幹事長に近い間柄と聞く。よくテレビに出演してチャラチャラしている一方で、如才なく立ち回っているらしい。時々お茶目なこともやってのけるが、これは「私は賢い」という驕りの裏返しなのだ。それが透けて見え、いやらしい。

 その発言とは--。小沢幹事長の政治資金疑惑の報道について、「『関係者によると』という報道の仕方はそれが検察なのか、被疑者関係なのか分からない」と言った上で、そこを明確にしないと、公共の電波による報道として適切でないとしている。

 要するに、検察の情報であるなら、検察官を明記して報道せよと迫っているのだ。相当馬鹿げた発言である。報道機関がニュースソースを明かす訳はない。それを承知の上での発言としたら、検察の情報を報道するなと言っているに等しい。報道の自由という民主主義国家の根幹を揺るがすゆゆしき事態だ。

 原口大臣の本音は、検察の情報リークによって親分が追い詰められていることに苛立っているのだ。なるほど、検察官は国家公務員法によって守秘義務を課せられている。しかし同時に、日本国憲法は報道の自由、国民の知る権利を保障している。

 守秘義務と報道の自由のこのようなせめぎ合いは、民主主義国家の当たり前の姿である。報道の側はあの手この手で検察に肉薄し、手練手管で情報をとろうとする。検察側は、捜査に影響しない程度に情報をリークし、世論を操作したり、被疑者側の様子を見たりすることもないとは言えない。

 判決が確定するまで被告は「推定無罪」である。そんなことは中学生だって知っている。だからと言って、公式発表だけを報じるなら、人民日報と同じである。しっかりした裏付けを取らない報道もあるし、意図的な報道がなされることだってあるだろう。その場合は法治国家だから、刑事処罰や賠償責任を負わなければならない。

 唖然としたのはこれだけではない。資金疑惑をめぐり、民主党の一部議員が「捜査情報漏えい問題対策チーム」を発足させた。名前からしてアホらしい。原口大臣と一緒で「検察けしからん」の一本道だ。与党議員としての立場で検察に圧力をかけようというのであれば、血迷っているとしか言いようがない。政権党の一員になった高ぶり、驕りのどちらにしても、子供じみている。

 米国の新聞記者が書いたノンフィクション「大統領の陰謀」は、ウォーターゲート事件の真相を暴いた本として有名だ。その著者による新聞報道によって、ニクソン大統領は辞任に追い込まれた。権力の深層に切り込む取材力は半端ではない。

 日本の記者にそのような迫力はないが、権力と真実に迫ろうとする姿勢を崩してはいけない。検察のリークは間違いないだろうが、国民の知る権利の方がはるかに大きいと思う…。

見つめられるスキンヘッドの自画像

  昨日の事である。昼ご飯を食べてテレビを見ていたら、国会で始まった各党の代表質問を映し出した。自民党の大島幹事長が壇上に立ち、鳩山総理と小沢幹事長の献金疑惑を追及している。口をひん曲げながら語る大島さんの容貌は、気の毒だがどう見ても品位を欠いている。

 持って生まれた人様の容貌をあげつらうのはいけないが、それにしても今の政治のリーダーには威厳も凄味もない。凄味という点では、検察を恫喝するほどの小沢さんは合格点だが、いかな品がない。鳩山さんは品があるが威厳がないし、お小遣いを月に1500万円ももらえるボンボンらしい軽さがある。

 歴代首相の顔を思い浮かべてみる。安保闘争が渦巻いた当時の岸首相。今年は日米安保50周年だから、半世紀も前になる。岸さんは目も鼻も口も大ぶりで、個性派俳優さながらの風貌だった。「妖怪」と呼ばれた岸さんが国会壇上でまくしたてる姿は印象的だった。

 「貧乏人は麦を食べよ」とうそぶいた池田首相もなかなかの顔立ちだったし、知性的だった。所得倍増計画で国民に夢を抱かせた。ノーベル平和賞をもらった佐藤首相。その評価はともかく、ギョロリとした目で周囲を威圧する凄味があった。歌舞伎役者の風貌だった。首相辞任会見で「記者は出て行け」と言って晩節を汚したが・・・。

 ブルドーザー田中首相は粗野ではあったが、凄味のある顔から発する言葉には力があった。しかし、それ以降、これと言った顔立ちの首相にはお目にかからない。阿部さん、福田さん、麻生さん・・・この二世議員たちは顔も言葉も迫力がなかった。

 そんなつまらん事をボーッと考えながらテレビを見ていたら、車のドアを閉める音がした。クロネコヤマトの宅急便だ。二段重ねの箱が届いた。ブログで親しくしてもらっているハンドルネーム「アガタ・リョウ」さんからである。高齢のお母さんを介護しながら、洒脱な文章を日々更新しておられる。

 箱を開けると、1枚の紙が添えられていた。目が点になった。ご自身で描かれたアガタさんの自画像なのだ。脳味噌がいっぱい詰まっていそうな大きな頭は、何とスキンヘッド。鋭さと優しさが宿る眼がじっとこちらを睨んでいる。俳優のユルブリンナーを彷彿とさせるではないか。

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 そう、これだ、これだ!今の政治家に求められる顔立ちである。洒脱なアガタさんらしい茶目っけあふれる自画像に、思わず政治家の顔立ちと重ね合わせてしまった。

 送られてきたのは、1段目の箱に高級和菓子のような干し柿、二段目には信州の風土によって熟成された手作りの沢庵である。その味についてくどくどと書く必要はあるまい。ひと言、格別にうまい。

 アガタさんの自画像を山小屋の壁に貼り付けた。何かを語りかけようとする眼光である。思わずたじろいだ。果たして、何を語りかけているのだろう・・・。

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風呂にお湯が出たー!

  猛烈な寒さで水道の配管が凍結し、水が使えない生活を強いられていたが、4日振りにやっと復旧した。タンクとタンクをつないでいる配管が凍ったため、私たちが使っているタンクに水を送ることが出来なかったようだ。ともかく、やれやれである。

 しかし困ったことに、風呂に温水を送る管が凍結しており、風呂に入ることが出来ない。モグラ叩きみたいなものだ。近くの温泉に通ったが、こんな状態ではどうも気分がすっきりしない。

 そこで、熱湯を毎日、毎日、何回も風呂の配管にかけて溶かそうとした。風呂場に石油ストーブを持ち込み、配管を温めてもみた。しかし、どうしても溶けないのだ。お湯をかけても、冷え込みが厳しいのですぐに凍ってしまうのだろう。

 どうしたものか。頑固な配管を眺めながら思案投げ首だ。気温は氷点下だが、太陽の光が降り注いでいる。これだ!と思った。配管は積み上げた薪に隠れており、光が当たらない。薪を取り除いて太陽光線が当たるようにしてみた。

 2、3時間経っただろうか。風呂場を覗くと、お湯の蛇口から熱湯が出ているではないか。「やった、やった」と思わず叫んだ。さっそく湯を張り、どっぷりと浴槽に身を沈めた。鼻歌が出た。

 太陽は偉大だと改めて思い知った。太陽の有難味が身にしみた。配管にお湯をかけても氷が溶ける前に冷えてしまい効果がなかったが、太陽光線は配管を温め続けるのだ。

 女房は娘のマンションでぬくぬくと過ごし、水も出ない厳寒の山小屋に戻って来ない。だから、冷凍食品ばかり口にしている。この際、お風呂の復旧を祝い、すき焼きでもやろうという気になった。山を下り、肉や豆腐、糸こんにゃく、ネギなどを買ってきた。見よう見まねですき焼きをしてみたが、涙が出るほど美味しかった。

 今朝も朝風呂を沸かし、平穏な生活に戻った。そう言えば、今日から通常国会が始まり、与野党の攻防が繰り広げられる。喧嘩は大きいほど面白いので、その行方を眺めるとしよう。

 それにしても、新しい政治をうたう民主党は不真面目だなあと思う。「国民のお気持ち」を繰り返す鳩山さんも、日一日と色あせていく。事業仕訳では、これぞ情報公開と胸を張っていたのに、トップ二人の金銭疑惑に関しては必死になって隠そうとする。「国民のお気持ち」に反する。

 朝風呂に入ったから言うのではないが、関西ではこういう輩を「風呂屋のおっさん」と揶揄する。つまり、「湯だけ(言うだけ)」である。以前、オバマ大統領がノーベル平和賞もらうことになった時、同じことを書いたので、またかと思っている方もいるだろう。ともかく、民主党の情報公開は風呂屋のおっさんと同じなのだ。

 信頼の絆を切るのに物騒な刃物などいらない。舌を二枚使えばいいだけだ。政治と国民はもちろん、夫婦も・・・。

   ↓ 薪の山を取り除き、配管に太陽が当たるようにしたら・・・
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氷点下9度、水道が凍った

  先日、女房を娘のマンションに残し、私一人で山小屋に向かった。猛烈な寒気が日本列島をすっぽり覆っており、ここ和歌山も冷え込みが厳しい。まるでスケートリンクのようにツルツルの山道をゆっくりと上り、何とか標高800メートル余りの山小屋に辿りついた。玄関の寒暖計を見るとマイナス9度だ。

 室内は冷凍庫のようである。デッキの下から薪を運び、薪ストーブに放り込んで火を付ける。重さ100キロ近いこの鉄の塊が熱を放つまでに1時間も2時間もかかる。猛烈な寒さだが、それでも、都会で退屈な時間を過ごすより、山小屋の暮らしの方がいい。 

 少し体が温まったので、水道の元栓を開かなければならない。山小屋を離れる時は、水道管の破裂を避けるため水抜きをしておくのだ。元栓を開けると水は出たものの、どうも水圧が低い。嫌な予感がした。しばらくすると出なくなってしまった。最初はタンクからの配管にたまっていた水が出たのだろうが、おそらくタンクは空っぽのはずだ。さあ、大変だ。

 翌日、山の仲間に応援を頼み、湧水を汲み上げるポンプやタンクを調べた。案の定、タンクに水はない。ポンプは動いているので、どこかで配管が凍結していて詰まっているのだろうか。ここにはいくつもタンクがあり、最も高い所にあるこのタンクは、今のところわが家だけが使っている。気温がマイナス10度近くになると、時々こんなトラブルが起きるので困ったものだ。

 管理会社が水道屋さんやポンプの業者を呼んでくれることになったが、日中も氷点下なのでそう簡単には復旧しないだろう。しばらく水のない生活を強いられる。

 ご飯が炊けないので、もっぱら冷凍食品だ。朝は餅を焼き、昼はグラタンやピラフを電子レンジでチン。夜も電子レンジのお世話になる。缶詰や佃煮があるので、これで焼酎をチビリチビリ。流しには皿、箸、鍋、フライパンがどんどんたまるばかりである。

 一昨夜テレビを見ていると、大阪の高級料亭「吉兆」の店先に群がる報道陣が映し出されていた。間もなく、民主党幹事長の小沢さんが車で乗り付け、料亭の中に入った。2万円も3万円もする懐石料理を食べている小沢さんを思い浮かべてみる。

 床柱を背に坐る小沢さんの前に、八寸、刺身、椀物、焼き魚など吟味された料理が運ばれてくる。さて、そのお味はいかがだろうか。身辺に検察の捜査が迫り、風雲急を告げている。政治生命にかかわるかもしれない。おそらく、砂を噛むような思いで料理を口に運んだに違いない。

 こちらは同じころ、鯖の缶詰と塩昆布を肴に安物の焼酎を楽しんでいた。検察やお巡りさんの影に怯えることもないし、しばらく風呂に入っていないけれど、小沢さんより身辺はきれいだから、食べても飲んでもみな美味しい。

 その翌日には、元秘書の現職議員ら側近が逮捕され、小沢さんは追い詰められている。剛腕、恫喝が裏目に出たようだ。議員辞職を迫られる前に、ここは男らしく政界を引退してはどうか。希有の政治家として箔がつくし、日本のためにもなると思う。気楽に暮らせば、粗食でも、三度のご飯はおいしいですよ・・・。

ああ、恥ずかしい秘密(その二)

  木の枝を木工もどきで作った木片は、何に使うのか--。前回のブログで謎かけのようなことを書いたものの、所用でしばらく山小屋を留守にしてしまい、ブログの更新が滞っていた。すみません。私の恥ずかしい秘密を告白するとしよう。

 一戸建ての住宅に転居した時だから、20数年前になるだろうか。私は女房に一生秘密にしておこうと思っていたその現場を見られてしまったのだ。トイレで大便をしている時、ノックもせずにドアを開けた女房が私の異様なスタイルを見て、「何やってんの!」と絶句した。彼女の目は、さげすみの色が滲んでいた。

 私は洋式トイレの便座に座って用を足すことが出来ないのだ。だから、便座を開けて、陶器の便器の上にまたがり、和式トイレのようにして使っている。女房に問い詰められたが、うまく説明できない。「出るものが出ないのだ!」と言うしかなかった。

 実は、このような姿でトイレをしていると、時々バランスを崩すことがある。年を取るとそれがますますひどくなってきた。力んだ瞬間が危ない。汚い話で恐縮だが、用便の途中でひっくり返りでもすればひどいことになる。笑い話ではなく、私の深刻な問題になってきているのだ。

 そこで、安定した姿で、安心してトイレが出来るよう、取っ手を付けようと考えたのだ。これをしっかり握っていれば、バランスを崩すことはない。この木片は、便座にまたがる私の特異な用便スタイルを助ける器具なのだ。

 実のところ、この特異スタイルは私だけではないと思う。ゴルフ場の男子トイレを見てみるとよい。洋式にまじって二つか三つ、必ず和式トイレがある。これは、和式を愛するご仁が一定程度いる証拠だろう。

 昔は洋式トイレなどなかった。妙齢のご婦人だって、和式トイレにまたがっていたのだ。長年慣れ親しんだ和式にこだわる人がいても不思議ではない。力学的にも、和式の方が肛門を広げ、弛緩させる効果ががあり、大便をするには理にかなっていると思う。

 なるほど洋式トイレは便座が暖かいし、シューッとお湯が出てきて気持ちいい。もちろん私は、洋式で用を足した時は、便座に坐り直して、シューッとやる。言い訳ではないが、和式トイレは、造形的に簡素で美しいと思う。かまどが姿を消し、掘りごたつもなくなった。古き良きものが一つ、また一つと姿を消していくのは寂しい。和式トイレもいずれ絶滅するのだろうか。

 私は、木片で作った取っ手にしがみつきながら、あくまでも和式にこだわりたいと思う。だって、出ないんだもん・・・。

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秘密の木工、さて何の器具?(その一)

  1週間ほど前から、散歩する度に雑木林に目をやり、手ごろな木を探していた。やっと、それが見つかった。何に使うかは、しばらく秘密にしておきたい。すぐに種明かしをしてしまうと面白くないので、次のブログで明らかにしよう。

 今回は予告編みたいなものである。思わせぶりで、出し惜しみしているように思われるだろうが、ご勘弁を・・・。

 昨今のテレビ番組でもよく似たことをやっている。ナレーターが「そこには何と、とんでもない秘密が隠されていた」とか言ったあと、CMが流れる。視聴者を番組につなげとめようというアホなことをやっているのだ。秘密でも何でもないことを大袈裟に言っているに過ぎない。私にもブログの読者の気を引こうという魂胆はあるが、しかし秘密の中身は誰も想像つくまい。

 手ごろな木--。それは「リョウブ」という名前の木で、木肌が美しいので床柱に使われるし、木目が詰まっていて硬く、上質の木炭にもなる。この森にはいくらでもある。これを使って、小学生の木工のようなことをしようというのだ。

 実は、女房が同窓会に参加するため大阪に行くことになった。当分やもめ暮らしが続くので退屈だ。そこで、木工もどきをしながら暇をつぶそうという訳である。

 女房を送るため、雪の山道を下り、JRの駅に向かった。女房はバーゲンで買った服を着込み、精一杯のおしゃれをして軽トラの助手席ですましている。笑いたくなるが、まあいい。

 山小屋に戻ると、さっそく木の枝を伐りに行った。雪をかぶっているので、ノコギリで木をひくと、雪が降りかかってくる。切り落とした枝は、曲がり具合も太さも申し分ない。これならいい器具が出来るだろう。

 枝を適当な長さに切ったあと、取りつけしやすいようグラインダーで削った。次は、薪ストーブの前に新聞紙を敷き、ナイフで仕上げの細工をする。なかなかの出来栄えである。

 さて、このヘンテコな木片は何に使うか。読者の皆さん、お暇なら考えていただきたい。私のとても恥ずかしい秘密と関係がある。次のブログで恥を忍び、告白しようと思う。

    ↓ 枝の曲がり具合がいいリョウブの木を伐る
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    ↓ 不必要な部分を切り落とし、薪ストーブで乾かす
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    ↓ 細工が終わるとこんな形。後は取り付けるだけ
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ピッケルの縁で・・山小屋暮らし

  山小屋の薪ストーブのすぐ横に、1本のピッケルが立てかけてある。長い間手入れをしていなかったので、あちこちに錆が浮いている。今朝、外はマイナス5度と寒く、外に出る気がしないのでピッケルの錆落としをしよう。

 ピッケルは杖が木製である。鉄の部分には「EVERNEW・MADE IN TOKYO」と刻印されている。雪上で滑落を食い止めるほどの機能はなさそうだが、姿がまことにシャープだ。相当古いものだろう。お宝鑑定団に出してみたいと思わぬでもない。

 今、私たち夫婦が山小屋暮らしをしている原点のようなものが、実はこのピッケルにある。

 17年前、夏休みを利用して八ヶ岳へキャンプに行った。末の娘と途中から合流した長女、私たち夫婦の4人の旅だった。八ヶ岳には古い友人が別荘を持っていて、招待を受けていたので一泊させてもらうことになった。

 その夜、友人の別荘には近くの別荘の住人が集まり、私たちを盛大に迎えてくれた。企業戦士や会計士さんがいて八ヶ岳の楽しい暮らしを聞かせてもらった。夜遅く、会計士さんの山小屋にもお邪魔した。デッキにはハンモックが吊るしてあったのをよく覚えている。

 山小屋を辞去する際、会計士さんが「今日の記念に」と言って、このピッケルを下さったのだ。東京の骨董店で買い求めたものだという。以来、身の回りに置き、大切にしてきた。ピッケルを手にする度に、あの八ヶ岳の夜を思い出すのだ。

 わが家族は、休みがとれると車にテントや炊事道具などを積んでキャンプに出かけていた。ちゃんとしたキャンプ場には行かず、森の中や谷川のほとりにテントを張った。女房や子供はもっと人がいる場所がいいと言ったが、「キャンプは冒険だ。緊張感があった方がいい」というのが私の考えで、いつもこのスタイルだった。

 しかし、テントを張ったり、重い荷物を運んだりするのが面倒になり始めていた。そんな時の八ヶ岳の旅だった。そろそろキャンプを卒業して、友人や会計士さんのような山小屋が欲しくなった。女房と話し合ったが、資金がある訳ではなく、いつも山小屋計画は頓挫した。

 私は若いころから和歌山の日置川のほとりに釣りのための小屋を建てるのを夢見ていた。その思いはずっと澱のように胸の奥に沈んでいた。それが再びうごめき出したのだ。

 女房は私の我儘を聞き入れて、専門誌で和歌山にいい物件を見つけてくれた。日置川のほとりではなかったが、それが今住んでいる生石山なのだ。山を下れば有田川が流れ、小一時間で海にも行ける森の山小屋は、若いころから思い描いていたものだった。

 このピッケルの縁がなければ、こうして山小屋の暮らしをしていたかどうか分からない。縁とは不思議なもので、人生まで変えてしまうこともある。

 さて、あの会計士さんはどうしているだろう。出会った当時、奥さんが虫嫌いなので別荘に来てくれないと嘆いたのだが、風の便りによると、最近はご一緒に八ヶ岳の暮らしを楽しんでおられるという。

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初釣り、喜びのアオリイカ

  目覚めると、森がうなり声を上げていた。雨戸がガタガタと大きな音を立てている。物凄い風だ。8時半ごろ、風が弱まると雪が降ってきた。山小屋のデッキの床がみるみる白くなった。

 ここ生石山は年末30日から雪が降り、15センチほど積もった。正月3が日も荒れる日が多かった。しかし、その次の4日だけが信じられないような好天になった。今年を占う初釣りの絶好の機会だ。この日を逃してはいけない。

 大阪に住んでいる亀丸さんから「初釣りはアオリイカ釣りをしたい。ぜひ、ご教授を」という連絡を受けていた。「ご教授を」と言われるとこそばゆいが、亀丸さんのイカ釣りは次が3回目、私は多い年で100杯くらいのイカを釣っているので、師匠と言われれば一応そういうことになる。

 4日の初釣りが決まった。亀丸さんはイカ釣りに適した竿、リール、道糸、竿受けなどを一新してこの日に臨んだ。かなりの費用を要したに違いない。不況で給料が目減りしているだろうに・・・。イカ釣りへの意気込みが伝わってくるではないか。

 師匠としては、彼の期待に応えなければならない。途中の漁港で生きたアジを買い、由良湾の漁港に向かった。岸壁にはすでに3、4人の釣り人がいたが、私たちの釣り座は確保できた。

 年末からの寒波で海水温が下がっており、これが気がかりだ。多分、14度くらいに下がっているのではないか。イカの活性が悪いのは覚悟の上での釣行である。1杯でも釣れれば儲けものだろう。

 悪い予感は当たるものだ。午前中は一度の当たりもない。師匠としてはだんだんと申し訳ない気持ちになり、何とかしなければと焦る。この岸壁から少し離れた所に、いい磯があるのだが・・・。場所変わりするのは時間も労力もかかるし、そこで釣れなければ落胆も後悔も大きい。

 坐して死を待つというほど大袈裟ではないが、ここは思い切って場所変わりを選択する。竿受けのピトンを打ち、さあ釣りの再開だ。しばらくすると、亀丸さんの竿に当たりが出た。イカが乗っているのは間違いないが、糸が海底の岩に絡んでいてどうしようもない。

 当たりがあったので、俄然やる気が出てくる。息をひそめてイカが乗るのを待つ。亀丸さんのリールからジー、ジーという音を立て、糸が引き出されて行く。アオリイカだ! その後も、ジリ、ジリと数センチずつ糸が出る。イカがアジを食べるのに夢中になるままで3分ほど待たなければならない。

 いよいよ寄せにかかる。亀丸さんは「いやー、緊張しますわ」と言い、手が震えている。これがイカ釣りの面白いところだ。しかし、勝負はここからだ。糸がかなり出ているので、寄せるのに何分もかかる。亀丸さんは慎重にうまく寄せた。
 
 いよいよ掛け針のヤエンを道糸に装着して海中に下ろして行く。ヤエンはブランコのように少しずつ潜っていく。数分が経過し、「よし、今だ!」という私の指示で合わせを入れると、イカが大量の墨を吐いた。がっちり掛っている。私がギャフを入れた。

 亀丸さんは磯の上に横たわっているイカを見つめながら、「やった、やった」と言いながら、呆然としている。700グラムほどの中型だが、釣れれば万々歳だ。苦労して釣り上げた気分は、大袈裟ではなく天にも昇るようなものなのだ。それほどこの釣りは難しい。

 結局、私には一度も当たりはなかった。「師匠」と呼ばれるのが情けない。多分その夜、亀丸さんは自慢話を繰り返し、一家4人でアオリイカの甘い刺身を楽しんだことだろう。私は、餌の残ったアジを刺身にして、しょぼく焼酎をすすった。そして、弟子が釣った1杯を心から喜んだ。それでいい・・・。

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初詣、今年も健康で・・・

  新年 明けまして おめでとうございます。

 とても寒いです。今日元日の朝は、これまでで一番の冷え込みです。気温は氷点下8度。山小屋は30日の夜から降った雪に包まれています。今も、雪がチラチラと舞っています。油断すると、水道管が凍てつき、水やお湯が出なくなります。

 お雑煮、数の子、紅白の蒲鉾、煮豆を食べて、夫婦でささやかに新年を祝いました。とっておきの大吟醸も少し飲みました。普通の家庭は子どもや孫たちが集まり、にぎやかな新年を迎えますが、わが家では子どもが3人もいるのに、誰も来ません。昔は父親の一喝で集まったものですが・・・。

 まあ、山小屋への道は雪で凍結しているので、「来い」とは言えません。孫も連れてきてほしいが、風邪でもひかれたら大変です。こんな山奥に住んでいる私たちが悪いのかもしれません。

 元日恒例にしている歩きの初詣に行こうとしていたところ、ドイツ人ピーターとファーマーMの二人がやって来ました。味噌汁のお雑煮を出すと、やもめ暮らしの二人はおいしそうに食べ、新年らしい気分を味わったようです。1時間半ほど話し込んでしまったので、初詣には軽トラで行くことにしました。

 巨岩がそそり立つ「生石(しょうせき)神社」は、深い森の中にあります。山道は雪がカチカチに凍っており、道を外れると谷底へ落ちるので、用心深く走ります。神社には数人の足跡はありましたが、当時は私たち二人だけです。二礼二拍手。お賽銭は張り込んで200円、チャリン、チャリン。

 私は「家族みんなが健康でありますように」と、簡潔だが心を込めて祈願。片や女房は、思い浮かぶ人たちの顔をいちいち思いながらお願い事をするそうだ。まるで世界平和から鳩山総理の健康まで祈願しているような時間の長さです。

 続いて生石高原にある弘法大師の祠へお参りです。これも恒例です。ご利益も数撃ちゃ当たるという不埒なものではありません。神仏混淆は日本古来の伝統です。

 祠は「笠石」と呼ばれる大きな岩の上に建てられています。弘法大師は聖地を探して各地を歩き、ついにここ生石高原にたどりつきました。すると、はるか向こうに霊験あらたかな高野山が見え、ここに真言密教の聖地を開いたとされています。

 そんな訳で、生石山は大師信仰の篤い所で、数々の由緒が伝えられています。高原はいつもの散歩コースなので、週に3、4回はお参りしています。お大師さんは「なかなかうい奴じゃ」と見守ってくれているかもしれません。

 午後、本を読んでいると、森の仲間二人が「新年のあいさつ」と言ってやって来ました。またまた話し込んで、すでに元日の夕暮れです。明日は、仲間たちをわが山小屋に招いて新年会の予定。森の暮らしも結構にぎやかです。

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