焼け木杭に火が付くか・・・ゴルフ

  この連休中に女房の兄貴が友人と連れだって山小屋にやって来る。2連チャンでゴルフをやろうというのだ。正直言って、これはえらいことになったとあわてている。

 少し自慢めいた話になって恐縮だが、私のオフィシャルハンデはシングルである。現役で働いていたいた頃はよく練習したし、年間70~80回もプレーしていた。メンバーコースの競技会では何回か優勝し、ハンデキャップがどんどん下がっていく。ゴルフが面白くて仕方なかった。

 しかし、ここ和歌山の山小屋に移住してから、ゴルフ熱が次第に醒めていった。森の中の生活はそれなりに忙しいし、海や川が近いので魚釣りに興味の重心が移った。ゴルフはよく歩くので健康にいいけれど、お金がかかる。釣りは新鮮な魚という実利があり、家計の助けになるのだ。

 最近は、どうしても断れない場合を除いてゴルフから遠ざかっている。練習もしない。ハンデキャップはホームコースの温情でシングルのままになっているが、実力は90点前後で回れればいい方だろう。

 ただ、つまらないシングルのプライドがあって、兄貴の前で無様なプレーを見せたくないという思いが強い。だから付け焼刃で練習をしているが、ひどいものである。球は曲がるし、ダフリ、トップ、シャンクが連発だ。ゴルフをなめてはいけないとつくづく思う。「えらいことになった」と書いたのはこのことだ。

 もう、プライドなんて言っている場合ではない。今の実力でプレーを楽しむしかないだろう。ゴルフ現役の頃は、人を見たら「握ろう」と持ちかけ、ニアピン、ラスベガス、オリンピックといった賭けゴルフに引き込んで小遣いを稼いだ(大負けしたこともあるが・・・)。今のゴルフでは逆立ちしても勝てないので、「握ろう」なんてとても言えない。

 ゴルフはそこそこにして、遠路山小屋に来てくれる兄貴たちを大いにもてなそうと思う。山小屋には囲炉裏がしつらえてあるので、冷凍保存してあるアユを焼こう。アオリイカの刺身も喜んでくれるはずだ。今は山菜の季節なので山ウド、ワラビ、タラの芽の天麩羅もいい。

 私たちが明日から2日間プレーする「有田東急ゴルフクラブ」は、山小屋のデッキからよく見える。以前は双眼鏡でコースを見ながらワクワクしたものだが、今はさほど見る気が起きない。男女の仲もそうだが、一度醒めると見向きもしなくなる。ただし、焼け木杭(ぼっくい)に火が付くこともあるし・・・。
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餅は取れない、魚は釣れない・・・

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  めっきり暖かくなってきた。ウッドデッキに面する引き戸を開け、そよ風に吹かれながら新聞を読んでいたらつい眠ってしまった。頭上で羽音がするので目が覚めた。ヤマガラが部屋に入って来て遊んでいる。しばらくすると出て行ったが、思わぬ訪問者に心が和んだ。

 先の日曜日、私たちが暮らす生石山で、春恒例の山開きが行われた。いつもひっそりしている森の広場には別荘地の人たちや山麓に住む家族が集まり、大賑わいになる。山開きは、弘法大師空海をしのぶ法要も兼ねている。

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 この日に合わせ、山の仲間ピーターの誕生パーティーを開いた。ピーターの娘夫婦と孫、農機具店の夫婦ら10人ほどが集まり、持ち寄った焼き肉、山菜サラダ、タケノコご飯を食べながらピーターの変わらぬ健康を願って祝杯を上げた。

 広場では餅つき大会が始まった。参加者が代わる代わるついたヨモギ餅は、広場の人に振舞われる。女房は長い列に並び、「餅は別腹」と言って2皿も平らげた。

 続いてメーンイベントの餅まきだ。女性や子供が多い一角は有利と思ったが、作戦は散々だった。女性は地べたに這いつくばって拾い、子供は機敏だ。私は尻もちをついたり、帽子を飛ばされたりしながら奮闘したが、結局拾った餅は12個だけ。女房は36個も拾っていた。

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 ドジは続くものだ。翌日、海の波が治まったのでボート釣りに行った。大金をはたいて買った流し釣り用の竿とソーラー付きリールを試すのが目的だ。元漁師から教えてもらった沖合の漁礁を魚群探知機で探したが、見つからない。

 一度も当たりがないまま午前中が過ぎた。午後から磯の際を流し、小さなガシラ5匹、ベラ4匹を釣り、風が少し強くなってきたので帰ることにした。この日は、海の上を右往左往しながらガソリンを浪費するだけだった。

 クーラーボックスを開けた女房は「何よこれ。1日かかってこれだけか?」とせせら笑っている。「うん、今日は潮が悪かった」と言い訳するのが精いっぱい。この小さな魚を唐揚げにして食べたが、身をほじくるのが辛かった・・・。

 

山菜の季節が巡り、ワラビ採り

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  山焼きされた生石高原に、山菜の季節が巡ってきた。先日からたくさんの人が高原を歩いている。レジ袋を片手に持っているから、ワラビやゼンマイ、スカンポ(イタドリ)などの山菜を採っているのだろう。

 私たちも遅れを取ってはいけないが、焦ることはない。雨の翌日、人の少ない平日を選んで出かけるのだ。雨が降れば、山菜は一気に地上へ顔を出す。

 シーズン最初の頃は、ワラビとスカンポを採る。ワラビは長く伸びたものより、太くて短い方が柔らかくて美味しい。いわゆる懐石料理に出てくるようなはしりのワラビである。

 高原のすぐ近くに住んでいるので、そういうワラビが出る場所を知っている。そろそろ出始めているだろうと、昨日、女房とワラビ採りに行った。前の日に雨が降ったので条件はいいが、手がかじかむほど寒い。

 こんな寒い日に、しかも朝早くから誰も来ていないだろうと高をくくっていたら、私たちと同じような年配の夫婦が山の斜面に這いつくばっていた。レジ袋は、はち切れそうに膨らんでいる。かなり早い時間から採っていたのだろう。

 この夫婦の採り残しを拾いながら山を登った。ワラビの長さは10センチ前後、小指ほどの太さで申し分ない。色は茶色だ。次の場所に移動すると、ここには鮮やかな緑色のワラビがいっぱい出ていた。赤くて若いスカンポも出ていたので、4、50本ほどレジ袋に入れた。

 そこそこ採ったので、お互いが「さあ、帰ろう」と言い合うのだが、目の前にワラビが生えているのでつい採ってしまう。「さあ、帰ろう」を何回も繰り返し、1時間余りしてやっと引き上げた。

 灰汁抜きは薪ストーブから出る灰を使う。まず、ステンレスのボールにワラビを入れ、その上に灰を振りかけ、熱湯をひたひたになるまで注ぐ。すると、ワラビはきれいな緑色になる。そのまま半日ほど漬けておくだけだ。

 水を切って冷凍保存しておけば、年中春の味覚を味わえる。採りたての味とそう変わらないのでありがたい。スカンポも皮をむいて塩で処理し、冷凍しておくのだ。このスカンポを胡麻油で炒めてキンピラ風に仕上げれば、シャキシャキした食感が楽しめるのだ。

 これから山菜の季節が本格化するので、忙しい。あとしばらくすると、コシアブラ、タラの芽を採る。フキも茎が太くなってきたので、そろそろだ。これも佃煮にして冷凍保存しておく。山ウドは特に美味しい。山小屋の敷地で栽培しており、小さな芽が出てきたので10日ほどすれば食べられるだろう。

 山菜は、冬の間にたまった体内の老廃物を排出する効果があると聞く。山菜の効用にあやかり、この1年を健康に過ごすことが出来れば、有難い。

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臭いが気になるお年頃・・・芳香剤を買う

  父親の25回忌法要のため、1週間ほど山小屋を留守にしていた。法要の時のことだが、読経を聞きながら父親の思い出にひたっていると、後ろに座っていた息子から背中をつつかれた。「オヤジ、いい臭いやなあ。何か付けているやろ。今更もう遅いわ」。口さがない事を言う息子である。確かに内緒で芳香剤を吹き付けてみたが、気付かれたのは不覚だった。

 人間、年を取れば「臭い」に気をつけねばならないと思う。特に「加齢臭」を放って人を不快にさせたくない。女房は「自分で自分の臭いは分からないので、お互いが時々チェックした方がいいね」と言うが、もっともなご意見である。

 息子の嫁さんに会う度に、「お父さんの臭いは山小屋の臭いやねえ」とよく言われる。薪ストーブの世話をするのが私の役目なので、どうしても煙の臭いが全身に染みついている。若嫁が言う「山小屋の臭い」は煙の臭いなのだ。東京で暮らす娘にも同じことを言われた。

 誰にでもそれぞれの体臭はあるし、職業によって染みついた臭いもあろう。腋臭で悩む人もいる。「山小屋の臭い」はご愛嬌だが、臭いは個人的な身体的特徴なのでデリケートな問題だ。時に人を傷付けることもあるので、臭いについての軽はずみな発言には気を付けたい。

 2年ほど前、私のガールフレンド3人が2泊3日で山小屋へ遊びに来てくれた。ここへ来る車中で、70歳を少し超えた最年長のご婦人に対し、他の2人が「加齢臭がする」と失礼なことを言ったらしい。ご婦人はその一言でへそを曲げたらしく、会話が妙に刺々しかったのを覚えている。

 「あの女性、バタ臭い顔やなあ」という言い方がある。白人の体臭はバターの臭いがするので、白人っぽい顔つきの女性をそう言った。今はほとんど聞かれないが、昔の人が白人の体臭をさげすんでそう言ったのかもしれない。

 父親の法事で滋賀に帰った際、女房に付き合ってスーパーへ行った。店内をぶらぶらしていると、様々な芳香剤が並んでいるのが目に付いた。煙の臭いが気になっていたので、つい女房の買い物かごに入れた。

 それにしても、色んな芳香剤があるものだと驚いた。最近の若者は臭いに敏感らしい。「女性を魅了する香り」などと書かれたものもある。私の場合、女性を惹きつけようというスケベ心がないので、「ウッディーな香り」を選んだ。

 男たるもの、香水や芳香剤をふりかけ、チャラチャラするのは許せないと思っていた。しかし、今のご時世はそれがエチケットなのだろう。私も毎朝、芳香剤をシュッ、シュッとやっている。甘い香りが漂うが、山小屋暮らしには不似合いで、後ろめたい妙な気持ちにもなる・・・。

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普天間移設は沖ノ鳥島か尖閣へ

  「私には腹案があります」--。普天間移設問題を見守る賢明な国民は、鳩山総理の発言に一応騙されたフリをした。だって、鳩山さんは1億2千万人の頂点に立ち、世界第2位の経済力を持つ日本国の最高指導者なのだ。はなから「嘘だろう」と言えば失礼だし、発言の重みを信じたい気持もないではなかった。

 4月1日のこのブログで、「腹案」発言を茶化したことがある。鳩山総理は、移設問題が行き詰った頃合いを見計らって「腹案」をスパッと公表する。すると国民は「さすが鳩山さん」と絶賛し、民主党の支持率も急上昇する。こんな意地の悪いシナリオを描いてみた。

 そもそも鳩山総理は日本語をよく理解していないフシがうかがえる。お約束、お気持ち、お考え、お暮らし・・・なんでも「お」を付ければ相手が喜ぶと思っているらしいが、丁寧語も過ぎると気持ち悪いということを理解していない。

 「腹案」という言葉の使い方もそうだ。「腹案を持っている」と言えば、「まだ表に出せないが・・・」という前提が付き、腹の中で温めているという意味である。ところが何のことはない、発言以前から公になっていた徳之島などへの移設案だったのだ。どこが腹案、腹積もりなのか。

 もはや公言していた5月末決着は無理だと言われている。沖縄の負担軽減、だから「最低でも県外移設」を訴えたのだが、それは闇雲に突撃する勝算のない戦のようだった。政権交代という異様な高ぶりの中で、前政権がやったことは何でも気に食わないという危うい思考を生んだ。

 こうなれば、危険極まりない普天間基地をそのまま継続するしかないだろう。最悪の結果だ。

 そこで、社民党が実現不能のテニアン移設を大真面目に訴えているので、私も荒唐無稽な提案をしてみたい。移設先は沖ノ鳥島だ。海兵隊の運用など多くの問題があるので、漫才のネタにもならないのは承知している。

 沖ノ鳥島はわが国最南端の絶海の孤島である。中国に言わせると、島ではなく「岩」だそうだ。仮に岩でも日本としては死守しなければならない。この島がなければ日本の国土より大きい排他的経済水域を失うのだ。

 中国海軍は先ごろ大規模な訓練をし、艦隊が東シナ海のわが領土をかすめて太平洋に出て行った。沖ノ鳥島あたりをうかがうような行動であり、太平洋の制海権を念頭に置いているようだ。

 沖ノ鳥島は環礁に囲まれ、その真ん中にごく小さな陸地がある。これが沈まないよう、波消しブロックで囲っており、観測施設も設置されている。ここに巨大な滑走路と訓練施設を建設すれば岩も陸地になるし、海兵隊が常駐するので中国がちょっかいをかけることも出来ないだろう。

 まあ、遠くの沖ノ鳥島でなくても、中国に狙われている尖閣諸島でもよい。ただ、中国や台湾に遠慮してこの領土に港湾施設さえ作れない日本政府だ。春眠をむさぼりながら、せいぜいアホな夢を見るしかないようだ・・・。 

気まぐれな春・・・生石山は雪

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  日本の天気はどうなっているのか。迷走する鳩山政権と同じとは言わないが、少し暖かくなったと思ったら、また冬に逆戻りするという変節ぶりだ。

 朝起きてロフトから窓を覗くと、山桜の花びらが舞っている。いや、そう勘違いしてしまったのだ。本物の雪である。雪は次第に強くなり、15日午後1時現在も横殴りの激しさだ。

 気温はマイナス1度。ようやく咲いた山桜、黄緑色の新芽出し始めた木々や草花は震え上がっている。地球は温暖化に向かっているそうだが、本当だろうか。腹立ちまぎれで疑いたくもなる。

 ブログを読んで下さる人の中には、生石山の様子を知りたいと思う人が何人かおられるようだ。参考までに下手な写真をアップしたが、雪は道路に積もるほどではなく、すぐ溶けている。

 不意の寒さは、真冬の寒さよりも身にこたえる。ああ、寒い・・・。

生石山は寒いが、春はそろり・・・

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  今日、4月も半ばなのに北風が冷たい。待ちわびていた割に春の天気は安定せず、気持ちも晴れたり、曇ったりする。しかし、ここ生石山の自然は着実に春に向かっている。ツバメもすでに飛来しており、寒空を切り裂くように旋回している。

 山桜が咲き始めた。この森には山桜が多く、山は一気に華やかになる。花のボリュームソが豊かなメイヨシノと違って、山桜は若芽と混じり合って咲くので、楚々とした趣がある。

 山小屋から1キロほど山を下ると、谷川の水を湛えるため池がある。池の水に映る山桜の花が何とも美しく、好きな景色の一つだ。あとしばらくすると、この池から里の田んぼに水が引かれ、田植えが始まる。

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 山焼きが行われた生石高原を歩くと、焼け跡特有のすえた臭いが漂っている。地面をよく見ると、ワラビが出始めている。まだ10センチほどの長さだが、太くて柔らかそうだ。ひとつかみ採って持ち帰り、卵とじにして初物を味わった。

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 日当たりのよい場所にはイタドリも茎を伸ばしている。採るにはまだ少し早い。私たち夫婦は、イタドリの佃煮が大好物である。たくさん採ってきて皮をむき、塩で処理して冷凍保存しておくので、年中その味を楽しむことが出来る。

 森の木々も芽吹き始めた。どの新芽も天に向かって太陽のエネルギーを受け止めようとしている。葉を落とし寒々としていた森が、いよいよ活気づく。ゴールデンウィークの前には、森は緑一色に染まるだろう。

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老人には知恵も味もある・・・

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  みんなの党の渡辺代表は、平沼さんらが結成した「たちあがれ日本」を「立ち枯れ日本」と言い間違えた。単なる間違いであっても、その発言には品性がないし、礼節を欠いている。どこかの黄門様は「家出老人」とも言っている。 

 両方の発言には「老人いじめ」の臭いが漂う。年寄りの政治家のどこが悪いのか。若者には勢いがあり、壮年には分別があり、老人には知恵がある。世の中はそのようなバランスのもとに成り立っているのだ。

 そこで今日は老人について書いてみたいと思う。少し老いを感じ始めている人、これから第二の人生を踏み出す人、すでに老いらくを楽しんでいる方々に読んでもらえたら有難い。老境の舅と同居している若奥さんにもどうぞ・・・。

 私は藤沢周平のファンである。作品の多くを読んでいるが、本棚には同じ本が何冊かある。すでに読んだ作品を忘れてしまうから、つい買ってしまう。逆に、読まないままになっている本もある。

 「三屋清左衛門残日録」も読まずに眠っていた文庫本だ。先日、たまたま埃にまみれたこの本を手に取った。読み進めるうちに、「これ、したり」と膝を打つ場面に出会う。いつしか主人公の清左衛門になりきり、一喜一憂する。「残日録」は、誰にも訪れる老いに明るく向き合える爽快な物語で、老い行く人たちへの応援歌でもある。

 清左衛門は、先代藩主の側用人を務め、息子に家督を継がせて気楽な老後を送るご隠居である。若い現藩主からも気に入られ、過分な録を頂戴している身分だ。すでに糟糠の妻はなく、息子の若嫁里江の世話を受けている。

 なまった体を鍛え直すため剣術道場に通い、ふらり釣りに出かける。学問の塾にも通うほどだから向学心旺盛。夜は老子などの読書にいそしむ。たまに小料理屋で旧友と杯を交わし、カニの味噌汁などを楽しむグルメでもある。藩の勢力争いの渦中に片足を突っ込んでいるので、生臭い面もないではない。

 池波正太郎の「剣術商売」に出てくる主人公の爺さんは、年甲斐もなく若い嫁をもらい、悪党どもをバッタバッタと退治する。この痛快な爺さんとは対照的なのが「残日録」の清左衛門である。昔とった杵柄、無外流の技はあるけれど、大立ち回りの場面はない。むしろ、「年寄りの冷や水」をよく自覚しているところが心憎い。

 この本の各編とも、人から持ちかけられる困り事やトラブルを解決し、藩主の求めで執政争いにも手を貸すというストーリーだ。小説に一貫しているのは、清左衛門の「年寄りの味」である。相手の話をよく聞くし、必要とあらばどこへでも出かけていくフットワークの良さ。なかなかの人情家でもあり、人を一刀両断にするような裁きを好まない。

 江戸詰めのころ多少の遊びもたしなみ、男女の機微にも通じている。よく行く小料理屋の若い女将が事情あって店を人に任せ、古里に帰ることになった。女将はその別れの夜、清左衛門の胸に顔を埋めて泣いた。私ならその場で舞い上がるかもしれないが、清左衛門は淡い思いを胸に秘めたまま静かに見送るのだ。偉い!

 若嫁の里江との掛け合いが絶妙で、この小説を一段と面白くしている。いつも釣果が振るわない舅に「たくさん釣っておいでなさいませ。夜食のあてにしておりますよ」と優しく励ます。例の小料理屋にいそいそと出かける際には、「女将はきれいな方だそうですね」と奇妙な笑顔を投げかけ、うろたえさせる。

 こまごまと世話をしてくれる若嫁に感謝しながらも、肩身の狭い思いもしている。風邪をひいたときなど、妻が生きていたら甘えることも、無理も言えると複雑な思いを吐露するのだ。私は、若嫁の心遣いや出来た妻への思いが書かれている部分に赤線を引き、わが女房に「ここ読んでみ」というような嫌味なことをしている。

 最後の章は、脳卒中で倒れた幼馴染のことを書いている。医者はリハリビをすすめるが、その友は床から出ようとしない。「やつは臆病者だから」と侮っていた。しかし、数か月後見舞いに行くと、杖を手に転びそうになりながら懸命に足を運ぶ友の姿を万感の思いで眺めたのだ。涙もろくなった私は、この本の最後の1頁に目頭を熱くした。

 清左衛門は次のように締めくくっている。「衰えて死が訪れるその時は、己をそれまで生かしたすべてのものに感謝を捧げて生を終わればよい。しかし(死ぬ時までは)人間は与えられた命をいとおしみ、力を尽くして生き抜かなければならぬ」・・・。

 

釣りじいさん、有難う・・・冥福をお祈りします

 釣りじいさんとお母様が亡くなった。私のブログに「心何処」のアガタ・リョウさんと釣り友の亀丸さんから訃報のコメントが入り、悲しい出来事を初めて知った。今は言葉もない。

 2年前、私がブログを始めると、すぐにコメントをもらったのが釣りじいさんだった。以来、軽妙で、洒脱なコメントを読むのが楽しみだった。コメントの最後はいつも「にゃは」で締めくくられていて、心が和んだ。

 じいさんのブログには多くの人たちからコメントが寄せられ、大きな人の輪が広がっていた。しかし、半年前くらいからブログの更新もコメントの発信もが滞りがちだった。お母様の体調が思わしくないと書かれていたことがあり、介護が大変なのだろうと心配していた。

 私は、両親をはじめ多くの友人、知人の死に接してきた。しかし、ネットで交流を深めた人の死は初めてである。ブログを始めて、ネットでも心が通い合う世界があることを知った。釣りじいさんはそんな一人だった。

 天国のじいさんにひと言声をかけたい。「寂しいなあ」・・・。ご冥福をお祈りします。

イワシは釣るより、すくう / ああ情けな・・・

  釣りは情報戦だ。どこで、どんな魚が釣れているかを知ることが重要で、やみくもに出かけて釣り糸を垂れても、釣果はしれている。だから、時々近くの波止場や馴染みの釣具店に足を運び、情報を得ることにしている。オンナの尻を追っかけるようなマメさが釣果を左右するのだ。

 きのう、山小屋から近い有田方面の海岸線を偵察しようと出かけてみた。最初に行った所は有田川河口に近い初島漁港だ。遠くから見ると、10人くらいの釣り人の竿にキラキラ光る魚が付いている。近寄ると、小さなカタクチイワシである。サビキの仕掛けに鈴なりになっている。

 さっそく女房に電話して、「イワシが入れ食いやで~」と実況放送をした。「行こう、行こう」という思惑通りの反応が返ってきたので、急いで山小屋に引き返した。山の仲間のMを誘うと、行くという。釣りが嫌いなドイツ人ピーターは「たくさん釣って来てよ。天麩羅パーティーをしよう」と提案した。

 午後2時ごろ漁港に到着すると、釣り人は暇そうにしているではないか。海の中を乱舞していたイワシの大集団はどこかへ姿を消している。潮の変化は魚の回遊や活性に影響を与え、別に珍しいことではないが、女房は「話が違う」と憮然としている。

 2時間ほど経つとイワシが回ってきたが、2、3投に1匹くらいしか釣れないのだ。これでは天麩羅パーティーどころではない。少し向こうで、直径1メートルもある玉網でイワシをすくっている人がいた。女房はこれに目をつけ、竿をほっぽり出してこの人にすり寄って行った。

 網に入ったイワシをクーラーボックスに入れているが、網が大きいので何匹かこぼれるのだ。女房は「拾ってもいいですか?」と年に似合わない甘ったるい言葉をかけている。女房のお世辞に気を良くしたのか、「よっしゃ、すくってやるわ」と気前よくイワシをクーラーに入れてくれるようになったのだ。

 私も1匹、2匹と釣っていては埒が明かないので、女房の助っ人にかけつけた。この人と話していて、失礼ながら大笑いしてしまった。顔や五分刈りの頭にイワシの鱗が無数に張り付き、唇は潮風に吹かれて真っ白。異様な風体なのだ。

 「簡単そうに見えるかもしれないが、難しいんじゃ。30年もやっている」と、色々と講釈を受け賜わった。気はいい人で、こうして人のためにイワシをすくってやり、感謝されるのを楽しみにしているようにも思われた。

 お陰でパーティーに十分なイワシが確保でき、お礼を言って引き揚げた。夜に天麩羅の試食をしてみたが、しっとりとした脂が乗っていて、吟醸酒がすすんだ。女房の交渉上手に感謝である。

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椎茸が盗まれた・・・自首しなさい

  変な天気だ。やっと春の気候になったと思ったら、きのうは春の嵐だ。しかも朝から冷たい雨が降り続いた。山小屋の階段脇に植えているラッパスイセンが、やっと黄色い花を咲かせ始めている。この寒さにもかかわらず、植物は季節がめぐると、律儀に、健気に活気づく。

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 昼過ぎになって雨がやんだので、女房と散歩に出た。冷たい北風を避けるため、生石山の南斜面を歩いた。道路沿いの桜はこの寒さに躊躇しているのか、まだ二分咲きくらいだ。里の桜に比べると半月ほど遅い。

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 先日、山焼きが行われた生石高原を見上げながら片道半時間の道を歩いた。焼かれたススキの草原にはまだ緑の気配はなく、黒々としていた。あと10日ほどすれば、ワラビが姿を現し、さまざまな植物が芽を吹くだろう。

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 山小屋に帰り、杉林へシイタケの様子を見に行った。あれ?ない!。4、50個ほどあったシイタケがない。女房を呼んだ。「収穫したのか?」と尋ねると、「採ってないわよ」という。

 ホダ木の場所に連れて行くと、女房は「えーっ」と悲鳴を上げる。すでに多くのシイタケを収穫し、冷凍保存しているが、出来のいいシイタケばかりを残しておいた。それがすべてなくなっているのだ。

 ウサギやリスなどの小動物が出没するが、シイタケを食べる訳がない。根元からきれいに取っているので、人間の仕業に違いない。一昨日、夫婦で釣りに行って留守をした時に盗まれたのか・・・。このような山奥にドロボーがいるのだ。驚きととともに、不気味さを感じる。

 女房の怒りは、時間が経っても治まらない。「防犯カメラを付けよう」などと口走るのだ。たかだかシイタケを守るために防犯カメラとは大袈裟だが、この秋にはヒラタケ、ナメコ、クリタケなども出てくるので、それなりの対策を講じなければならないだろう。

 私たちが暮らす森の人口は10人にも満たない。みんな自然が好きで、分別のある人ばかりだ。シイタケを栽培している杉林は登山道のそばにあるが、ここを通る人は滅多に見かけないし、山を歩く人に悪い人はいないと思う。ならば、誰が・・・。嫌な世相である。

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友にガシラを送る・・・「恥」の宅配便?

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  春だ! 釣りだ! やっと暖かくなったので、釣りに行った。4か月近くも冬眠していたことになる。

 朝6時前、軽トラにゴムボートを積んで由良湾に向けて出発した。空はすっかり明るくなっており、みるみる日が長くなって行く。生石山を下る途中、乳白色にかすむ紀伊水道と島影が見え、中腹の梨の畑には白い花が咲いていた。

 魚をいっぱい釣り、ブログの友人に送ってやろうという計画だ。宅急便の中身はにぎやかな方がいいので、助っ人として女房を引っ張り出した。「頼りにしているで~」と気合を入れる。

 港に着くと、馴染みの元漁師が小舟を出そうとしていた。「これから鯖と遊んでくるわ」と言う。いつも釣りたての魚をくれるので、友人への宅急便に新鮮な鯖が入り、うんと豪華になる。しめ、しめ・・・。

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 まずは鯵のポイントで竿を出す。魚群探知機に魚影が映るが、さっぱり釣れない。海中にはクラゲが大量に浮遊しており、これが探知機に反応しているのだろう。

 女房はこれまでいい思いをしている造船所に場所を替えようとしつこい。ここを早々と切り上げ、転戦だ。女房がいきなり竿を曲げる。上がって来たのはピンク色の小鯛だ。すまし汁の具くらいにしかならない。立て続けに小鯛3匹を釣ってご機嫌だが、鯵はいないようだ。

 かなり沖合にバスを沈めた漁礁があるらしく、そこへ向かって魚探で探したが見つからなかった。これで鯵釣りはギブアップ。水温が15度しかなく、鯵は由良湾に入って来ていないようだ。

 続いてガシラを狙う。シーアンカーを入れてボートを流しながら釣る方法だ。ぼちぼち釣れるが小型ばかりだ。宅配便に入れるには少し気が引ける。しかし、1回だけ大きな当たりがあり、そこそこの大型が釣れたので帰ることにした。

 港に着くと、元漁師が頭をかいている。「鯖はまったく釣れんかった」。えーっ、冗談じゃない。代わりにと言って天然のワカメをくれたのが救いだった。ガシラ、小鯛など10数匹とワカメを入れて友人に発送した。どうやら「恥」の宅配便になってしまった。相手は海のない信州だから、ま、いいか・・・。

     ↓ これは大物だ!
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     ↓ こんな小型が多かった
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花より団子・・・餅まきだ~

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  遠い昔を思い出している。私が生まれ育ったのは山深い小さな村だった。民家の棟上げ式があると聞くと、私たち鼻垂れの悪ガキどもは連れだって出かけて行った。棟上げ式では、餅まきがあるからだ。

 角砂糖くらいに切られた紅白の餅がまかれると、それをポケットにねじ込みながら争って取り合った。式が終わると、取った餅を見せ合い、自慢したり悔しがったりした。まだ戦後の食糧不足の時代、子供が空腹を満たす楽しい行事だった。

 先日、雨降りなので近くの「二川温泉」に行った。一時間近く湯に浸かった後、畳敷きの休憩所で寝っ転がり、女房が出てくるのを待っていた。ふと、壁に貼られたポスターが目に入った。「二川さくら祭り」の案内で、その下の方に「餅まき」と書いてあった。

 子供のころの記憶は、今になっても強く反応してしまう。女房も同じ体験があるらしく、「行こう、行こう」と積極的だ。餅を取り合った貧しい時代を追体験する。そう、これなのだ。

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 そこで今日日曜日、さくら祭りに出かけた。会場は、有田川の二川ダム脇にある広場だ。両側から山が覆いかぶさるように迫っている。ダムが建設された当時に植えられた桜の並木は今が満開で、弱い風に吹かれて花びらが舞っていた。

 餅まき時間に合わせて行ったので、すでに広場での花見宴会はお開きに近づいていた。即席ステージでは歌謡ショーが行われており、厚化粧の歌手が声を張り上げている。でも、宴会の人たちは余り聞いていないようで、少し気の毒だった。

 会場に集まった多くは、このあたりに住む果樹農家や林業の人がほとんどだろう。都会の祭りとは違ってスマートなものではないが、素朴さを感じていいものだ。田舎育ちの私は、このような祭りの方が違和感なく入って行ける。

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 地元の子供や親たちがよさこいソーランを踊ったあと、いよいよ餅まきだ。かなりいいポジションで陣取り、女房は帽子でキャッチする体勢を整えている。町会議長さんの長い挨拶がすむと、紅白の餅が降って来た。

 まずはブログ用の写真を撮らねばならないが、そんな余裕などなく、シャッターを一回押しただけ。やみくもに手を差し出すが、うまくキャッチ出来ない。隣のばあさんは、地べたに座り込んでみんなが取り損なった餅を拾い集める。なかなか手慣れたもので、ダブルスコア以上の完敗だ。

 結局、われら夫婦とも行儀が良過ぎて私が7個、女房が6個の計13個。車の所へ歩いていると、前を歩いている何人かが、5、60個入ったレジ袋を重そうにぶら下げていた。「あんなに取って、どうするんかいな」と負け惜しみをささやき合った・・・。

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あっぱれとなるか・・・鳩山さんの腹案

  春4月は雨で始まった。このように暖かい朝は、何か月ぶりだろう。アジサイの芽が膨らみ、ラッパスイセンは間もなく咲くだろう。ここ生石山の山桜の蕾はまだ硬いが、10日ほどすれば咲き始めるはずだ。

 今日はエイプリルフールだ。嘘をついてもよいが、人をからかったり、人に害を与えたりしてはいけない。要するに、思わず笑えてしまうような、あるいはワサビが効いた嘘が上質とされる。

 だからと言って、政治家は機知に富んだ嘘でも言わない方がいい。揚げ足取りが横行しているからだ。ご用心。

 鳩山総理は昨日の党首討論で普天間基地移設問題に関して「私には腹案がある」と大見栄を切った。エイプリルフールに一日早いが、まさか嘘ではあるまい。テレビニュースを見ていてつい興奮し、「あっぱれ、総理大臣!」「さすが鳩山さん!」と叫んだ。

 昨年の総選挙の時、基地の移設先を「最低でも県外」と演説したのは嘘ではなかったのだ。自民党は「当てがないのに、13年もかかって米国と合意した辺野古沖移設をつぶした」と怒っていたが、それ見たことか。鳩山総理の胸の内に、ちゃーんと腹案があったのだ。

 岡田外務大臣がアメリカとカナダで、ゲーツ国防長官、クリントン国務長官に会って政府案を説明したとのことだが、これは高度な陽動作戦なのだ。今言われているホワイトビーチ埋め立て案、辺野古陸上案、県外への分散移設案などは、もちろん米側は反対する。そんなことは承知の上で、一応ボールを投げてみただけである。

 5月末までに決着させることが公約であり、世間は「ちょっと難しかろう」とヒヤヒヤしている。しかし、鳩山総理はそんな世評をにんまり眺めているのだ。

 移設先が行き詰ったかに見せかけ、絶妙のタイミングで米側も移設先住民も納得する「腹案」をスパッと表明する。それはまるで、桧舞台で大見栄を切る歌舞伎役者のようである。近い将来、鳩山総理の晴れ姿を見ることが出来るだろう。

 「腹案」は密かに練られた起死回生の作戦である。低迷している民主党の支持率を引き上げ、参院選に勝利をもたらす。小沢幹事長が選挙上手とは言っても、鳩山総理に比べれば戦術のスケールが小さい。まだ誰にも言っていない「腹案」こそ、劇的に民主党を救うのだ。

 「腹が立つ」のも、「腹を決める」のも、体の中心である腹が生み出す力である。「腹案」もいつか表に出さなければ、ただの独り言であるが、「腹案」というからには放出した時の衝撃は凄いものになるだろう。今は公表するタイミングを計っているだけなのだ。

 もはや野党は、くどくどと移設問題を追及するのを止めるべきだ。国民生活に直結する政策や成長戦略など論じたらいい。果報は寝て待て・・・という言葉もあるではないか。私もくだらない「田舎評論」をやめて、固唾を飲んで見守ろうと思う。

     ↓ 雨に濡れながら開花を待つラッパスイセン
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