大衆にすり寄る「政策コンテスト」

  「コンテスト」と言われれば、美人コンテストくらいしか思い浮かばないが、世界の美女が壇上で笑顔を振りまき、大股で闊歩するのはまことに壮観である。しかし、人前で肌をさらし、女性美を競わせるのは女性蔑視だと言う人たちもいて、世の中は難しいものだ。美しさだけでなく、知性も・・・なんていう理屈も付いているそうだが、まあ、付け足しだろう。

 いや、ここで言いたいのは民主党が予算編成で行う「政策コンテスト」なのだ。各省庁の概算要求を一律1割削減し、これでひねり出した1兆円を超える特別枠の予算配分を公開のコンテストによって決めるのだそうだ。国民の声も反映したいという計画もあるらしい。

 この方式、以前どこかで見たような気がしていたが、そう、事業仕訳である。白い服の若き女性政治家が、税金の無駄遣いをあぶり出そうと、役人や外郭団体の幹部をポンポンやり込める。これがテレビやネットで中継され、国民は新しい政治の形に喝采を送った。

 確かに、予算の使われ方を国民の目に見える形にした効果はあったのだろう。しかし正直なところ、事業仕訳の映像を見る度に、私はこの劇場型の政治に大きな違和感と、言い知れぬ不気味さを感じた。極端かもしれないが、ヒットラーの演説に酔いしれるドイツの大衆と重ね合わせて見てしまうのだ。

 にわか勉強してきた仕訳人が、次々と「廃止」「削減」などと裁いていくが、本当にそれでいいのか。かのヘーゲルに言わせると、「存在するものは合理的」であるそうだ。この場合、この名言が当てはまるかどうか分からないが、無駄と思われるものには歴史的必然とか、他との調和とか、一口に言えない様々な要素が絡まっており、一刀両断にするほど単純なものではなかろう。

 衆人環視の中で下される仕訳人の裁定は、水戸黄門の印籠、官軍が掲げた錦の御旗のように、その名分によってオーソライズされたかのような錯覚を与えている。仕訳が「国民に見せる」手法だから、急進的にならざるを得ないかもしれないが、拙速が過ぎると日本の大切な事柄や文化をないがしろにしてしまうこともあるのではないか。

 特別枠の予算配分をコンテストで決める・・・。これも事業仕訳と瓜二つだ。「さあ、国民の皆さん、予算編成はガラス張りですよ、あなたたちの意見も反映されますよ」と言いたげである。「公開」とか「国民目線」とかのフレーズは、美人コンテストに知性を求めて正当化するのと変わらないように思えるが、どうだろう。

 民主党だけとは言わないが、政治家は大衆の人気取りにご執心である。事業仕訳や政策コンテストといった手法を否定しないが、大衆の目ばかりに気を取られていると、道を誤ることもありえよう。政治は、大衆に惑わせれない判断や、時に反発を覚悟する胆力も必要だろう。 

 「見せる政治」と「見える政治」は同じではないと思う。見せる政治には、人気取りの意図が透けて見える。大衆にすり寄ろうとすればするほど、大衆を侮っているという逆説が成り立つのではないか。それがどうにも我慢ならないのだ・・・。
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破れたパンツ・・・シンプルライフ

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  「これからの人生は、これ、これ」。いつもの女房の独り言である。読んでいた新聞の書籍広告を切り取って、山小屋のカウンターに貼り付けた。本の題名は、ずばり「シンプルに生きる」。出版社は次々ヒット作を出す幻冬社だが、いつもながら本のタイトルを捻りだすのが実にうまいなあと感心させられる。

 女房は以前、テレビの対談で女優有馬稲子が「身の回りの物をいかに捨てていくか」という話を聞いて大いに共感したと言っていた。このような考え方を本にしたのが「シンプルに生きる」で、著者はフランス人女性だ。ヨーロッパでは結構売れているらしい。

 広告の面白いところは、著者の生き方37カ条がすべて書かれている点だ。これを読めば本を買わなくて済むと思うのだが・・・。ご親切なことである。

 目ぼしい項目を拾い上げてみると--。

 「物を処分したり他人にあげたりすることに罪悪感を抱かない」。そして、「常にどうしてこれをとっておくのか?と自問自答してみる」と言い、「1年1度も使わなかった物はすべて捨てる」と駄目を押すのだ。

 その結果、「泥棒が入っても、とっていくものがないくらい」が理想的だとしている。これらを実行するためには「少ないことが多くをもたらすことを実感する」とし、「欲求と必要の違いを区別できるようにする」と意識改革を促している。

 「洗面所に香水サンプルのコレクションを置かない」は、いかにもフランス女性らしい項目だが、「品質の良さを長年示してきた伝統的なものを信用する」は納得できる。最後の37条では「余計な装飾品は捨てる」と断じ、女性には耳が痛かろう。

 女房はこのような「捨てる」をどんどん実行している。「あっ、それは・・・」という物まで容赦がない。私の宝物である釣り道具まで「捨てよ」とうるさいのだ。

 蔵書と言うほどのものではないが、家にはたくさん本がある。女房と娘は、大きな段ボール箱2個に本を詰め込み、「本、DVDを売って下さい」の看板を掲げる店に持ち込んだことがある。お金になったのは、たったの450円。「本を売って下さい」は、詐欺のようなものものだ。

 本や釣り道具を捨てるのは、身を切られる思いだ。しかし、読み直したり、再び使うこともないし、あの世まで持って行けるものでもない。ただ、これらを捨てるのは身辺整理をしているようで、一抹の寂しさを感じる。

 家の中を見回してみると、なるほど余計な物が多過ぎる。箪笥の奥にも、破れたパンツや靴下を押し込んんでいる。「破れたパンツをはくのか」と問われれば、口ごもってしまう。それもこれも、小さいころからそう言って育てられた「もったいない」の一心がそうさせるのだ。

 確かに、物にこだわる考え方や生活は、本当に大切な事柄を見えにくくすると思う。簡素な生活、いわゆるシンプルライフは心の豊かさを求める生き方だろう。女房のシンプル主義は勢いを増すばかりだが、情けない話、破れたパンツを繕うべきか、捨てるか、大いに迷っている・・・。

満身創痍の薪ストーブ・・・別れが近い

  下界は暑いらしい・・・。こういう言い方は、いかにも意地の悪いセリフである。まして、熱中症で何人も死んでいるというのに不謹慎かもしれない。しかし申し訳ないが、こちら生石高原は暑さが苦にならないし、朝夕はセーターが恋しくなるほど涼しい。夜は窓を閉め切り、布団をかぶって眠っている。

 このように自慢めいたことが書けるのは今のうちだ。秋は足早にやって来て、10月に入れば薪ストーブに火を入れなければならない。12月ともなると雪がちらつき、何か月も冷凍庫の中にいるような生活が続くのだ。

 昨日、寒くなる秋に備えて薪ストーブの煙突掃除をした。高所恐怖症なので屋根に上るのはまっぴらだ。以前、女房に上がらせて掃除をしているところを仲間のピーターに見つかり、「危ない作業は奥さんにやらせている」という話を言いふらされた。面目丸つぶれだった。

 以来、女房を屋根には上らせず、ストーブのダンパーという排煙口からブラシを突っ込み、下から上に掃除をするようになった。半年分の煤の塊がバラバラと大量に落ちてくる。バケツに半分くらいの量になった。

 このストーブは16年も使い続けているので、あちこち傷みが出ている。鋳鉄製の本体と煙突のつなぎ目に隙間が出来、毎年耐火セメントで塞いでいる。この部分のセメントを剥がすと、何としたことか、煙突に沿って1センチ近い隙間がぐるりと広がっているのだ。

 ショックは大きかった。機嫌よく薪を燃やしてくれるし、使い込んだいい味が出ている。出来ることなら修理して使い続けたいが、こんなに大きな穴を溶接で埋めたとしても、長く使い続けることが出来るか疑問だ。

 この薪ストーブを設置してもらった大阪の専門店に電話すると、「もう寿命かもしれません。この際、買い換えましょうよ」と、あっさり言ってくれるではないか。ストーブは、アメリカのダッチウエストにしても、ノルウエーのヨツールにしても30万円前後はする。取り付け費を加えると、かなりの値段になる。

 新品に買い替えるとすると、まずは財布を握る女房との折衝が大変である。車のガソリン代までケチケチする女房が、そうやすやすと首を縦に振る訳がない。しかも、そんな大金があるとは思えない。買い替えを説得するためにはまず、ストーブの痛ましい姿を見せることだ。

 「えーっ、ひどいねえ」と女房もびっくりしている。「あのー、新しくするしかないよねえ」と恐る恐る切りだすと、「そうねえ、薪ストーブがなければ、山小屋で暮らせないしね。お金の事はゆっくり考えましょう」。おおー、太っ腹! 実際の腹回りよりも、うんと太いぞ!

 ストーブの購入計画は、追々報告しようと思う。まずは途中経過・・・。最後に、ブログを訪ねて下さる皆さんに、暑中お見舞い申し上げます。日中は外出をお控えされますように。

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思わぬお金が・・・

  わが山小屋のポストに、分厚い封書が入っていた。差出人は町役場の税務課である。首を長くして待っていた通知である。「おー、来たぞ、来たぞ」・・・。その場で封を切った。

 全部で13枚の書類が入っていた。各年度の固定資産価格決定通知書、固定資産税賦課額変更通知書、そして最後の1枚が「過誤納金還付通知書」だ。これを待っていたのだ。いかにもお役所らしい難しい文字が並んでいるが、要するに、誤って収めていた固定資産税をお返ししますという通知なのだ。

 その額は約5万円。予想していたより多く、小躍りした。働いていた頃はボーナスや、払い過ぎた税金の還付など思わぬお金が転がり込んでくることもあった。しかし、年金生活者には1円たりとも臨時収入といものががない。

 日産のカルロス・ゴーン社長に比べたら塵のような金額だが、私たちにとっては大金だ。お盆に集まる子供たちや孫に、国産黒毛和牛のすき焼きでもご馳走できよう。

 そもそも、この森に住む仲間から「手続きすれば、還付がある」と聞いたのがきっかけだった。山小屋を月1回以上利用している場合は、5年に遡って固定資産税が減額されるという規定があるのだが、還付の手続きは色々と面倒だった。

 まずは役場へ行って、係の人の話を聞いた。月1回以上の利用を証明するためには、5年間の月別電気料金の領収書が必要だと言う。月々基本料金以上を支払っておれば、還付の対象になるのだ。

 山小屋に定住し始めて3年になり、それまでも月1回以上は利用していたので問題はない。しかし、電気料金の領収書は捨てているので手元にない。そこで関西電力の営業所に出向き、過去5年分の領収書を欲しいと頼んだ。「記録を取り寄せることが出来ますが、ただし有料です」との説明だった。

 後日、680円の料金を振り込むと、領収書が送られてきた。これを持って再び役場へ。税務係の説明不足もあって追加の領収書をもらわなければならない。そんな煩わしいこともあったが、ともかく手続きは済んだ。そして、間もなく還付金が振り込まれてくるのだ。

 払い過ぎていた税金を取り戻すのは、住民の当然の権利である。しかし、お役所は様々な住民の権利について十分公報していない。だから知らなければ損をする仕組みになっている。

 山小屋を建てて16年になる。5年分の払い過ぎは取り戻せたが、11年間もずーっと払い過ぎていたことになる。もう少し早く還付の事を知っていたらと思うと釈然としないが、ま、それでも5万円の臨時収入だ。悪い気はしない・・・。

墓参りから帰るとヒグラシが鳴いていた

 お盆の墓参りが出来なくなったので、滋賀の自宅に帰った。何事も遅いより早い方がよかろうと思ったまでだが、先祖様や両親たちは「ちょっと早過ぎるなあ」と、ささやき合っているかもしれない。墓の周りの草取りをし、切り花を供えて神妙に手を合わせてきた。

 滋賀への帰り道は、尋常の雨でなかった。車のワイパーを最速にしても前が見えず、立ち往生した。こんなゲリラ豪雨が列島を襲い、多くの人命が失われた。いつもは快い水音が突如牙をむき、濁流に豹変する。自然の営みは、時に無慈悲だ。恐怖の極限の中で奈落に落ちて行った人たちを思うと、気の毒でならない。

 それから2日後、豪雨災害が嘘だったかのように空が晴れ渡り、梅雨が明けた。それにしても今年の梅雨はしつこかった。ここひと月余り、山小屋周辺の土は乾くことがなく、いたる所にカビが生えたりして気持ちを滅入らせていた。それだけに、遠く滋賀で見た青空はまぶしかった。

 自宅から15分ほど坂道を下ると、琵琶湖畔に出る。運動不足なので、青い湖を眺めながら毎日歩いた。湖畔は遊歩道が整備され、気持ちよく歩ける。ジョギングする人、散歩する人、犬に引かれる人・・・。多くの老若男女と出会った。私たち夫婦が暮らす山奥の和歌山とは別の世界のように思えた。

 大津プリンスホテルに近づくと、バーベキューの香ばしい匂いが漂ってきた。軽やかなハワイアンの音楽も流れている。湖畔に面したビヤガーデンは大賑わいだった。一段高いステージで踊るフラダンスの女性に目が釘付けになった。白く長い指が波うち、豊かな腰がうねっている。生垣の隙間から目を凝らす自分が恥ずかしかった。

 しばらく歩くと、2人の釣り人がいた。次々とブルーギルを釣り上げ、バケツに放り込んでいる。話をしていて分かったことだが、彼らはアルバイトをしているのだそうだ。外来魚の駆除に取り組む漁協では、組合員に限り、ブルーギルなどを持ち込むとキロ250円で買い取っているのだ。

 釣り人の一人は、5月から10月までほとんど毎日この場所で外来魚を釣り、昨年は30トンの水揚げで75万円儲けたと言う。好きな釣りをしてお金が儲かるのだから、羨ましい。和歌山の山から下りてきて、ひと儲けしてみようか・・・。そんないじましい誘惑が頭をかすめた。

 彼が煙草を吸うため一服したので、竿を貸してもらった。こちらだって釣り歴40年。1投1匹のペースで10センチ前後のブルーギルを釣り、彼が針を外してバケツにポイ。「あんた、うまいなあ」と褒めてくれたが、下手でも釣れるほど外来魚の猛威はひどい。生態系が崩れた琵琶湖の現実を垣間見た。

 色々と用事を済まし、猛暑の中、山小屋に向かった。生石山を上ると次第に気温が下がり、山小屋にはひんやりとした風が吹いていた。「カナ、カナ、カナ」・・・。どこか寂しげなヒグラシゼミが鳴いている。気象庁よりも正確に梅雨明けを告げるセミである。

 ひと夏で終わる命の一滴、一滴を絞り出すような鳴き声だ。梅雨が明け、夏が来て、季節が駆け抜けて行く・・・。

ハエに翻弄されて・・・

  昨日は、山が滑り落ちそうな大雨だった。今日もしつくこ雨が降り続いている。ずっと山小屋の中で陰鬱な時間を過ごしているのだが、気持ちを一層苛立たせているのは室内に入り込んだ1匹のハエである。

 雨の日は、山小屋の居間に置いている回転式の座椅子に座り、足を投げ出しながら他愛もない小説を読む。普段は20分ほど読んで眠り、また読んでまどろむという繰り返しなのだ。しかし今日は、身辺をハエが飛び回り、厚かましくも顔や手足に止まったりするので、本を読むどころではない。

 新聞紙を片手に、これではたき落してやろうと、むきになっている。ハエが止まると新聞紙を構えるが、気配を察知して飛び去ってしまうのだ。しかし、またやって来る。今度は新聞紙を低く構えてビシッとはたくのだが、あざ笑うように身をかわす。

 女房も殺気立っている。「そっちに行った!」 「あほ、お前の頭に止まっているがな!」・・・。二人で追い回し、バシッ、バシッを繰り返している。笑い事ではない。たった1匹のハエに、大の大人が何時間も翻弄されているのだ。「プゥーン」という羽音が何と憎たらしいことか!

 そうだ、このハエのことをブログに書こうと、パソコンに向かった。すると今度は開いた液晶パネルの上をチョロチョロと這っている。遊ばれていると思うと、ますます腹が立って来る。

 妙案はないものか・・・。思いを巡らせるていると、いい方法を考えついた。鮎釣りの網があるので、これを上からかぶせれば生け捕りに出来るではないか。網に入ったハエは、ゆっくり、ゆっくりいたぶり、恨みを晴らせばよい。

 しかし、昆虫採取のように網を振り回すのだが、これもうまくいかない。湯呑茶碗などの上に止まるので、勢いよくかぶせることが出来ないのだ。平らな床に止まればいいが、敵もさる者、そうはうまくいかない。かぶせてもわずかな隙間から逃げてしまう。もはや、万策尽きた。

 ああ、昔は良かったとつくづく思った。「ハエ獲り紙」と言ったかどうか忘れたが、ロール状の粘着紙を引っ張り出し、食卓の上に吊るしておくと、これにくっ付いてもだえ死ぬ。1日で何十匹も獲れ、威力抜群だった。後は焚き火で燃やし、火葬にしてやるのだ。

 ハエ叩きという絶妙の道具もあった。4、50センチの柄の先に、葉書ほどの大きさの網が付いていて、バシッと叩く。スナップを利かせると、ハエが逃げるスピードより速く、イチコロだった。今ではスプレー式など新兵器が売られているが、粘着紙、ハエ叩きを凌ぐような優れ物はなかろう。

 たった1匹のハエだが、気になると余計気になり、気が立ってくる。座禅を組み、無我の境地を求める高僧だって、思わず手で払うだろう。飛ぶハエを箸でつまむという剣豪の話を読んだこともあるが、あれは絶対ウソだと思う。

 ハエを追い払いながら書き連ねた馬鹿げたブログも最後の1行だが、今もわがもの顔で飛び回っている。おのれ! ええ加減にせぃ! 胃が破れそうになるほど腹を立てている・・・。

誰も責任を取らないのか・・・参院選

  参院選が終わって、2日目の朝を迎えた。与党民主党は大惨敗し、参院の過半数を得られなかった。法案を通すことは容易でなくなり、国政の停滞が心配される事態を招いた。

 私は固唾を飲んで見守っている。民主党は、国政の混乱をもたらす敗北の責任を誰がとるのか・・・。

 責任を一番目に問われるのは菅総理だろうが、開票が終わらないうちから早々と側近に続投を明言した。選挙の最高責任者である枝野幹事長、実務責任者の安住選対委員長とも、今のところ責任を取る気配はない。

 これはどう見ても、美しくない。政治は中身はもちろんだが、立ち振る舞いも美しくなければ国民から軽蔑されよう。責任ある者は、問題があれば責任を取るのが世の常識である。まして、国民から選ばれた政治家には、出処進退の潔さが求められると思っている。

 唐突だが、「忠臣蔵」について書いてみたい。赤穂浪士は主君の仇を討つため、一年余の周到な準備をしたうえ討ち入り、吉良上野介の首をとった。泉岳寺の主君の墓前に報告した後、四十七士はいくつかの藩に引き取られ、幕府からもたらされる切腹、斬首、助命のいずれかの沙汰を待った。

 主君の仇を討つ美談として、今日まで演劇、映画、小説、講談などを通じて伝えられている。私はよく「葉隠」の山本常朝を引き合いに出すアホの一つ覚えだが、常朝はこの美談を一刀両断にしている。

 彼は言う。まず、1年余りも準備をするとは何事か。その間に相手が病気で死んでしまったらどうするのかと。つまり、直ちに主君の恨みを晴らせと言っている。成功、失敗を考える前に、まず刀を抜けというのが常朝の考えだ。

 そしてここで言いたいのは、常朝の次の一喝である。どうして泉岳寺で腹を切らなかったのか。これぞ、武士の汚点であると断言する。幕府の沙汰があるまで、自らの責任をとらない優柔不断はお上品な「上方風」と軽蔑している。

 別に政治家は昔の武士でないから、武士道、葉隠とは関係がないかもしれない。しかし、責任の取り方は武士であろうがなかろうが、結果と責任の関係は今も昔も変わりがない。まして人の上に立つ人間は、常に出処進退の覚悟を持っておくべきではないか。

 政権与党とは、国民から安定した国政を負託されているのだ。それが自らの失政によって国政の混乱を招いている。その責任を誰も取らなければ、この世のルールを無視するのに等しい。

 仮に、枝野幹事長たちが辞めたくても、党内事情で辞められないというなら、それは間違っている。国民は政党がかくあるべきという前に、政治家としての矜持を問い質しているのだ。

 一刻も早く責任を取り、けじめをつけるべきと思うが、どうだろう。憂国の士・・・はい、私の事だが、腕を組みながら難しい顔で事態を見守っている。
 

民意の風は恐ろしい・・・参院選

  参院選挙が終わった。テレビで開票結果を見ていたら、日付けが変わっていた。だから今朝は眠くて仕方がない。激しく降り続ける雨をながめながら、ぼーっとした頭で選挙結果に思いを巡らせている。

 与党民主党は大敗だった。昨年夏の総選挙の大勝ぶりを振り返ると、余りにも落差の大きい結果だ。しかもわずか10か月の間に起きた事である。有権者の間に吹く風の大きさ、不思議さにある種の危うさを感じざるを得ない。

 「民意」・・・。 民主党に対する参院選への厳しい結果も民意なら、前回総選挙の政権交代を求めた結果も同じ民意である。民意とは熱しやすく冷めやすい、気まぐれであり、危ういものであることを改めて見せつけたと思う。

 総選挙で民主党が圧勝した要因は、有権者が自民党政治からの政権交代を求めたことと、マニフェストに掲げた子供手当てや高速無料化、ガソリン税の低減、農家への補償など政策が共感を得たのだろう。言葉は悪いが、バラマキこそ選挙の武器になったはずだ。

 しかし、民主党の甘いささやきは、そんなに甘いものでないことが分かるにつれて民意は離れた。しかも、菅総理が唐突に消費税を言い出したのが悪かった。しかし、決定的に民意の方向を変えたのは、前政権をあげつらうばかりの政権運営、迷走した安全保障問題、荒っぽい国会運営、明らかにならなかった政治とカネの問題への不信だろう。

 移ろいやすい民意による政権交代。民主党にとって「はい、明日からあんたが主役」と言われても、いきなりそううまくいく訳がない。まだ1年も経たないのだから、同情すべき点もあると思う。二大政党による政権交代がスムーズに移行できるまでには、長い年月が必要なのだろう。

 参院選と総選挙の選挙制度は違うが、そもそも二大政党による小選挙区がいいのかと疑問に思う。民意という風が吹けばいとも簡単に政権が替わってしまう。二者択一を迫る選挙制度は、聖徳太子以来の「和を尊ぶ」日本の風土にそぐわないのではないかと思うのだ。

 政治が民意に翻弄されるなら、いずれ衆愚政治に陥ってしまう。民意が反映される政治システムがより民主主義的かもしれないが、それが正しいことかどうかは別だと思う。日本の将来を考えて、あえて民意に反することも断行しなければならないのが政治ではないのか。

 「命もいらず、名もいらず」という気概に燃えた人たちが明治維新をやり遂げた。なるほど子供手当てや消費税に民意の風を吹かせるが、しかし日本人の根っこに、そのような志の高い政治家や人物を支持する気風が流れていると信じている。

 むしろ、民意、民意と大衆におもねっているのは政治家なのだ。そして、都合のいいように民意をもてあそぶのも政治家である。間もなく梅雨が明け、やがて蝉時雨がにぎやかになる。「ミンイ、ミンイ、ミンイ」と・・・。

 

ブログの友に鮎を届ける

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  きのうは朝から激しい雨が降っていた。テレビの天気予報は、和歌山県に出された大雨洪水、強風注意報を伝えている。朝の散歩が出来ないので小説を読んでいると、唐突に、前日釣った鮎が冷蔵庫の中にそのままにしてあるなあと、頭をよぎった。

 そうだ、この鮎を届けようと、急きょ思い立った。お相手は2年ほど前から海に近い田園地帯で田舎暮らしを始められ、ブログが縁で知り合った団塊世代のご夫婦である。去年の秋、ご夫婦が私たちの山小屋を訪ねて下さったが、私はあいにくアオリイカ釣りに出かけていて、女房がお相手した。

 ご主人は、「煙樹ケ浜だより」という当地の地名をとったブログで、釣りや野菜作りなど暮らしの一部始終を書いておられる(リンクしています)。関西の自宅を売って浜風が爽やかなこの地に引っ越してこられた。住み慣れた地を離れるには、さぞや強い覚悟がいったことだろう。

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 ここ生石山の山小屋からは車で1時間半ほどの距離だ。昼食時に伺っては迷惑なので、御坊市内にある鰻の専門店「川常」で鰻丼を食べることにした。肝吸い付き1000円。滋賀に住んでいた頃は鰻をよく食べたが、こちらに来てからはしばらく口にしていない。蒲焼きをちまちまとかじりながら、貧乏人らしく味わった。

 カーナビがアホなので迷ってしまい、ご主人が私たち夫婦を迎えに来て下さった。ご自宅は洋風の瀟洒な建物で、広い敷地に野菜畑とハーブ畑が備わっている。居間にはふかふかのソファー、暖炉があり、よく整頓されていた。二階に通じる階段もお洒落で、今にも貴婦人が現れそうな雰囲気である。

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 それに比べてわが山小屋は、あちこちにクモの巣が張り、様々な虫がウロチョロしている。釣り道具、収穫したジャガイモや玉ネギなどが乱雑に置かれ、薪ストーブの煙の臭いが染み付いている。大袈裟に言えば、縄文人と現代人くらいの違いがありそうだ。

 ご主人は天気が良ければ釣りに行き、野菜作りにも精を出しておられるようだ。目指すは自給自足。奥さんは自分のアトリエを持ち、陶芸を楽しむ日々である。絵に描いたような第二の人生の過ごし方だ。

 うちの女房も草木染めという高尚な趣味をお持ちであり、生石高原のレストハウスで売っている。「今月は2000円儲かった」と喜んでいるいるから、スケールが小さい。少しかわいそうな気もするが・・・。

 私がご夫婦にお会いするのは初めてで、どちらも気さくで、飾らない人柄に好感が持てた。帰りに自家製のベーコンを戴いて辞去した。帰宅してさっそくベーコンを試食してみたが、まことに美味しかった。女房は「あんたが作るのより味わいが深い」と、憎たらしい感想を述べた。あっ、そう。

鮎釣り・・・突然の豪雨で逃げ帰る

  このところ、はっきりしない天気が続いている。晴れ間がのぞいたと思ったら、ざーっと雨が降って来る。どっちつかずのこういう天気には閉口する。

 きのうの朝、南の空が明るかったので雨は降るまいと思い、鮎釣りに行った。すでに午前10時を回っており、遅い出発だ。有田川は連日の雨で水位が高い。本流はあきらめ、支流の五村川に向かった。

 好きなポイントが空いていたので、ここの川岸に下りた。川底の石はキツネ色に光っていた。鮎が石に付いた珪藻を削ぎ落とすように繰り返し食べるので、石が磨かれて光っているのだ。鮎がたくさんいるに違いない。

 オトリ鮎を大きな石の周りに誘導して泳がせる。しかし、期待に反して鮎は掛って来ない。天気も期待を裏切り、半時間ほどすると、雨が降り出した。次第に雨足が強まり、釣りどころではない。橋の下に雨宿りし、恨めしげに黒い空を見上げる。

 1時間近くするとやっと小降りになったので、100メートルほど上流に場所変わりした。対岸に樹木が覆いかぶさり、糸が絡まりそうになる厄介なポイントだ。それだけに、釣り人は竿を出したがらない。穴場になっている可能性がある。

 案の定、オトリを泳がせると、一発で掛ってきた。顔は小さく、肩が力士のように盛り上がっている。魚体は黄色く、黒い背びれは手からこぼれるほど長い。河口から遡上してきた海産鮎だ。20センチ近くある。

 これをオトリにして送り出すと、対岸でギラッと光り、掛り鮎とオトリの2匹がもつれるように下流へ走った。この鮎もよく肥え、姿が美しい。夢中で6匹釣った。再び降りだした激しい雨が背中をしたたり落ちる。もうやっておれない。

 いったん川から上がり、車の中でパンをかじりながら雨が止むのを待った。しかし雨の勢いは増すばかりだ。バケツをひっくり返すとはこのことだろう。待つのは辛いもので、再び雨に打たれながら川に立った。荒瀬で2匹掛けたところで、次第に水かさが上がって来た。

 流されでもしたら命が危ない。渋々、竿を収めることにした。釣果は8匹だったが、いい鮎なので納得した。今晩のおかずにも、これで十分だ。数年前までは、20匹、30匹釣らないと不満だった。それにしても、随分満足度のハードルが下がったものだと思う。年のせいか、分別が身についてきたのか・・・。

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ヤマガラとの交遊は小さな幸せ・・・

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  私たち夫婦の幸せなひと時について書いてみようと思う。のろけ話を語るには、ちょっと年を取り過ぎた。そういうのではなく、毎日、毎日、山小屋にやって来る野鳥ヤマガラとの交遊である。

 朝起きるとまずウッドデッキに出て「ピュー、ピュー」と口笛を吹くと、待ちかねたようにヤマガラが飛んで来る。手のひらに載せたヒマワリの種を食べさせるのが、お互いの朝の挨拶である。少し遅れて起き出す女房もデッキに出て、餌をやりながら「ピーちゃん、たくさん食べるのよ」などと会話を交わすのだ。

 同じ顔つきなので見分けはつかないが、この山小屋を縄張りにするヤマガラは20~30羽くらいいるように思われる。これらをよく見ると、三つのタイプに分けられる。

 第一のタイプは、人を恐れることなく手に乗る可愛げのある鳥だ。第二は近くまで寄って来るが決して手には乗らない警戒心の強い鳥。第三のタイプは目の前にある餌に辛抱たまらず、手の餌を咥えるとひったくり犯のように飛び去っていく。

 手に乗るヤマガラは家族の一員のように可愛い。手の上でちょこちょこ歩くのでこそばゆい。餌を咥える前に、こちらの目をじっと見つめ、時折首をかしげたりする。黒いつぶらな瞳には猜疑心のかけらもない。

 ヒマワリの種を近くの木の枝に運び、上手に足で押さえつけ、一撃で殻を弾き飛ばす。脂肪、蛋白質、鉄分、炭水化物など栄養たっぷりの実を無心に食べる。1分ほどで食べ終えると再び飛来して来る。その繰り返しだ。

 手に乗らない臆病なヤマガラにのために、餌はあとで餌台に置いておく。そうすると、入れ替わり立ちかえり飛んできてにぎやかになる。餌がなくなると、どこかへ遠征に行くのか姿が見えなくなるが、1、2時間するとまた帰って来るのだ。

 お腹がすくと、窓辺でホバーリングして餌をねだるのだ。山小屋の裏手のベンチに座ってぼーっとしていると、餌を欲しがって肩に止まったりする。窓を開けておけば部屋の中に入って来るので、追い出すのに一苦労する。

 ヤマガラの偉いところは、ついばんできた餌を奥さんか、亭主か、それとも友人か分からないけれど、気前よく口移しにして分け与えるのだ。そんな姿を見ていると、ほのぼのとする。これぞ友愛精神というのだろう。それに比べると、政治家が説く友愛はどこか空々しい。

 女房以外、誰とも話さない日が多い。そんな森の生活だから、ヤマガラとのコミニケーションは心がなごむ。夫婦でヤマガラを相手に遊んでいると、心が穏やかになり、小さな幸せを感じるのだ。

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ササユリ泥棒・・・パトカーが殺到

  滅多にパトカーが通ることのないここ生石山に、サイレンをうならせながら5台ものパトカーが次々やって来た。警官6、7人が道端にいた年配の男2人を取り囲み、乗用車のトランクを開けさせた。

 もしこの騒ぎをテレビが放映すると、レポーターが「トランクからとんでもないもの出てきました!」とか言って長いCMが流れる。リモコンを投げつけたくなるようなテレビの手法に腹を立てていたので、思わず皮肉の一つも言いたくなった。

 さて、トランクの中から何が・・・。球根もろとも掘り起こしたササユリが50株ほど隠されていたのだ。2人組は和歌山市内から盗みに来ていたという。山野草のマニアか、それとも売る目的なのか。どちらにしても、生石山の中腹より上は県立自然公園に指定されており、草花を盗んではいけない。

 挙動不審のこの男たちを目撃したのは、知人の女性だ。朝の7時半ごろ車で通りかかると、鍬のようなものを持って山の斜面にはり付いていていた。車の中には掘られたササユリがあり、知り合いを通じて警察に通報してもらったという。

 2人組は警察に連れて行かれ、調書をとられた。生石山にはササユリなど希少植物が多く自生しており、こうした不届き者は後を絶たない。大きな声では言えないが、身近にも意外とそんな人が多くいて、苦々しく思っている。

 「手に取るな やはり野におけ レンゲ草」--。そんな句を引くまでもなく、野に咲く花は、野にあってこそ美しい。山野草を掘り起こし、自宅の庭に植えたがるのは、山野草の本当の美しさを知らない単なるマニアと呼ぶべきだろう。

 私たち夫婦が暮らす山小屋の敷地では、今、ササユリが咲き競っている。40株ほどあるが、1本たりとも盗んできたものはない。種が地面に落ち、6年、7年の長い年月を経て美しい花を咲かせているのだ。下草を刈り、巻きついた蔓を外し、日当たりを良くしてきたので、年々株が増え続けている。

 当ブログでは毎度お馴染のササユリだが、恥ずかしながら下手な写真をアップしてみた。

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   ↓ これは毎年10輪ほどの花を咲かせ、いつも道行く人が立ち止まって見てくれる
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   ↓ 薪を積んだこんな薄暗い場所にも花を付けた
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日本サッカーと日本の誇り

  日本のサッカーW杯は南米パラグアイに破れ、ベスト8はならずに終わった。しかし、岡田監督も選手たちも、悲観的な前評判を見事に覆し、健闘した。チームは今日の夕方、関西空港に帰って来る。

 私も眠い目をこすり、最後までテレビ観戦した。延長戦からPK戦へ。ここまでくると、選手の技術や気力などが物を言う世界ではなかろう。「運」が支配するとしか言いようがない。

 顔に日の丸をペイントした現地サポーター、街に繰り出して応援する若者たち、テレビの前で一喜一憂する人たちにとって、思いの半分は悔しかったろうが、「日本はよくやった」というおおらかな気持ちで納得したに違いない。

 思えば、こんなに「日本」を強く意識するのは、このW杯か五輪くらいなものだろう。世界の舞台に立つ日本選手に声援を送り、勝てば「日本の誇り」に酔いしれる。そのことは当たり前の国民感情で、どの国だって同じだろう。

 しかし、日本の本当の誇りは中空にさまよっている風船のようで、とらえどころがない。スポーツの世界にかろうじて「日本」とか「誇り」の姿が見えるだけだ。

 日本の誇りとは何だろう・・・。

 戦後の高度成長で世界第二の経済大国になり、豊かになった。しかし、90年代のバブル崩壊で夢のような時代は終わった。経済力、先進技術、モノづくり、高い教育水準などが揺らぐと、それらを「誇り」と信じていた多くの国民は自信を失った。

 本来、経済が貧しく、技術や教育が低くても、その国には国の誇りがある。私たちは戦後の豊かさを誇りであると勘違いしていただけだと思う。誇りの拠り所といったものが失われているのではないか。

 その国民が拠って立つ基本精神は、憲法に書かれていなければならないというのが私の考えだ。参院選は後半戦に入っているが、自主憲法の制定がさほど論戦にならず、不思議でならない。

 言うまでもなく、現行憲法は戦勝国アメリカが草案を書いた。日本の再軍備を阻む良く出来た平和憲法だ。しかし、現在の陸海空の戦力は強力であり、憲法をどう読んでも自衛隊は違憲だろう。それなのに政治は姑息な憲法解釈を繰り返し、国民を欺き続けている。

 この国家の根幹部分で国民を騙すような国に、本当の誇りなど持てるのだろうか。何も平和憲法を否定するものではなく、国民の総意によって独立国家としての憲法を作り直さなければならないと思う。そして現行憲法から抜け落ちている日本文化の尊さとそれを継承する大切さも謳い上げなければならないだろう。

 国民が自前の誇り高い憲法を手に入れてこそ、日本への誇りを持つことが出来るのではないか。何でもかんでも外国との比較ばかりして一喜一憂するのは馬鹿げている。

 W杯を観戦しながら、ふと思いついたことを書いてしまった。余計な事かもしれないし、思慮が浅いかもしれない。年を取って、こらえ性がなくなって困ったものである・・・。

 

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