「転ばぬ先の杖」・・・その結末

  最近、よく父親のことを想う。それほど多弁ではなかったが、ポロッと人生訓のようなことを口にしたのが印象に残っている。明治生まれの人は、実に多くの人生訓を知っていた。その時代の当たり前の教養だったのだろう。ふとした時、父親が言っていた人生訓のいくつかを思い出すのだ。

 「転ばぬ先の杖」・・・もその一つである。「暮れぬ先の提灯」「濡れぬ先の傘」とも言っていた。親が子供を叱るのは、「後悔先に立たず」という意味を教えることだったのだろう。当時は親のお小言が煩わしく思ったが、今思えば身に沁みる。

 それはともかく、高齢になっての骨折は怖い。そのまま寝込んでしまうケースも少なくないと聞く。年を取れば回復はままならず、若い人のようにはいかない。次第に気力も萎えてくるので、リハリビが面倒臭くなって、余計に回復が遅れるのだ。私たち夫婦も、日ごろから骨折には気を付けようと言い合っている。

 わが山小屋は、山の斜面に沿って階段が続いているので、滑って転べば骨折の危険がある。照明が暗いので、夜は危ない。特に冬は凍結するので滑りやすいのだ。そこで、「転ばぬ先の杖」である。骨折してからでは遅いので、照明で明るく照らすことにした。

 物置に古いセンサー付きの照明器具がある。電球が切れていたので新しいのと取り替えた。取り付け場所を色々迷ったが、やはり階段の上り口に立てているのがいいだろう。ここには表札を付けたヒノキの太い丸太を立てており、ここに取り付ければ階段全体を照らすことが出来る。

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 まずは表札の丸太が動かないよう杭を打って固定。丸太の側面をチェンソーで削って照明器具を取り付けた。電線を地面に這わせてコンセントにつないで工事完了だ。不器用な上、ドンクサイのでほぼ一日かかった。出来栄えはなかなかいい。

 日が暮れて暗くなるのを待ち、センサーの具合を調整することにした。女房を階段の中ほどに立たせ、手を振らせてセンサーの反応を確かめる。しかし点灯しない。センサーの方向が合っていないようだ。あちこち方向を変えても沈黙している。段々腹が立ってきて、「もっと手を振れ!」と女房に八つ当たりする始末だ。

 仕方なくセンサーを手で覆ったところ、それでも点灯しない。ハロゲンランプは新しくしたばかりだから、器具そのものが故障しているのだろうか。それとも電線の接続が悪いのか。訳が分からん。

 「もっと手を振れ」と怒鳴られた女房は「あんた、今日一日何してたん」と、ひどい言葉を投げつけた。確かに、「はい、おっしゃる通り」と言うしかないが、私が妻の立場なら、「次は頑張ろうね」と一応ねぎらいの言葉をかけると思うのだが・・・。

 「転ばぬ先の杖」と思って汗を流したことだが、ただ用意周到でなかったことは事実だろう。その結果、役立たずの器具を設置してしまった。徒労に終わって、まことに情けない。父親が生きていたら、不肖の息子のドジにどのような人生訓を垂れるだろう。

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アワビと海と湯の小さな旅に出る

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  半日余りもパソコンの前に座っていた女房が、弾んだ声を上げた。「アワビづくしの料理だって。料金が安い! ここへ行きたいなあ」・・・。お得な旅行情報を探すため、楽天トラベルとかじゃらんを調べていたのだ。

 「どうする? 行ってみましょうよ」 「任せる」。 「いつ行く?」 「任せる」。 こんな会話で1泊の小旅行が決まった。亭主関白だった私の力はとっくに衰え、もはや主導権は女房に移っている。だから、余計な口出しはせず、女房に従うことが何事も平和的に進むのだ。  

 さて、アワビの旅の行く先は、三重県の紀伊長島に近い海辺である。ということは、私たちが住む紀伊半島の西側から東側へ半円を描くようにぐるり回らなければならない。長いドライブになるが、黒潮が洗う海を見ながらの旅もいい。

 半島に点在する磯場は懐かしい風景である。枯木灘の伊古木、すさみ、口和深、見老津・・・。大阪から夜行列車に乗り、よく釣りに通ったものだ。たくさん釣れたこともあったが、疲労だけを背負って帰りの電車に揺られることの方が多かった。

 やがて串本に着き、水族館のある海中公園に立ち寄った。女房は以前子供と来たことがあるので、私だけが入館した。マグロ、サメ、ロウニンアジ、石鯛、ウツボなど黒潮の魚を見るのは楽しかった。まるで、子供の遠足気分である。

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 本州最南端の潮岬灯台に向かう。青空にそびえる白い巨塔が美しい。60数段の急な階段を上ると、潮岬の絶景が目の前に広がる。悲しいかな高所恐怖症なので一歩も動けない。手すりにつかまったまま眺めていると、異様な波立ちが目に入った。

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 岩礁地帯の数百メートル沖を黒潮が川のように流れているのだ。切符売り場のおばさんから耳寄りな話を聞いた。アオリイカはこの潮の激流を泳いで沖に行けず、手前で群れをなして留まり、それを狙って多くの漁船が漁をするのだという。アオリイカの釣りをする私にとって聞き捨てならない情報である。

     ↓ 黒潮が北上する川のような波立ち
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 日本・トルコ友好の象徴ともいえる串本大島にも行った。1890年9月、トルコの軍艦エルトゥールル号が沈没、多くの乗組員が樫野碕の岩礁地帯に打ち上げられ、地元の漁師たちが献身的に救助した。トルコの人たちの間では今なお美談として語り継がれているそうだ。この浜には立派な慰霊碑が建てられている。

     ↓ トルコ海軍の軍艦が沈没した現場
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 あちこち道草をし、8時間半かかって「紀の国」という旅館に到着した。目の前の小さな漁港には夕闇が迫っていた。飛び切りの美人女将が笑顔で迎えてくれた。私はアワビより、こちらの方がうれしい。

 さて食事・・・。アワビの刺身、バター焼き、グラタンの3種類。サザエの壺焼き、カンパチなどの刺身盛り合わせ、ヒラメの刺身大盛り、熊野牛、焼き魚、カレイの唐揚げ・・・。

 特に美味しかったのがウニ。「甘ーい」などと馬鹿タレントのように当たり前のことは言わない。とにかく、その量が半端ではないのだ。ウニの殻の底まで一杯詰まっている。女房の好物なので半分くれてやり、喜ばせてやった。

 お高い旅館では、もったいぶったような料理が大き過ぎる器にちまちまと盛られているが、ここでは小さな器にはみ出るように盛りつけてある。素朴で、気取っていないのがいいではないか。全部はとても食べきれず、美人女将に言い訳ばかりしていた。

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 翌日は、紀伊半島の奥地にある十津川温泉に向かった。気絶しそうな切り立った山道を辿り、車の運転は緊張の連続だ。この熊野古道にある温泉地は、夏休みとあって多くの人でにぎわっていた。「星の湯」で汗を流し、熊野本宮大社を経由して生石山の山小屋へ。

 美味しい海鮮料理、輝く黒潮の海、天にそびえるような山々を楽しむ小さな旅だった。いくつになっても旅はいいものだし、何よりも健康でいられることに改めて感謝したい・・・。

眠れぬ夜・・・加古隆の曲に想うこと

  夜10時ごろ床につき、1時間余りまどろんだ後、妙に目が冴えてしまった。働いていた頃は翌日の体調が気になり、眠ろうと焦った。今はそんなことを気にせず、眠たくなった時に眠ればいいという気楽な生活だ。

 そこで、ウイスキーの水割りを片手にウッドデッキに出て、椅子に座った。残暑は厳しいが、夜は肌寒い。空を見上げると、無数の星が輝いていた。これほど多くの星が見えるのは珍しく、北斗七星も北の空に美しく見えた。

 星座のことはほとんど知らないが、しばらく天空の輝きに目を凝らした。膨張を続ける宇宙では、今その瞬間にも新しい星が生まれ、老いた星が死んで行く。この地球でも新しい命の誕生と死滅が繰り返されている。

 星空を見ていると、若いころから得体のしれない恐怖に包まれるのだ。年を取った今もそれは変わらない。星の向こうに広がる果てしない闇に恐怖を覚えるのだと思う。

 体が冷えてきたので、居間に戻った。ウイスキーの酔いがほどよく回り、まだまだ眠れそうにない。音楽を聞きたい気分だ。こんな時はしばしば、「ピアノの詩人」とも言われる加古隆の曲をかける。

 加古を知ったのは、10数年前のことだった。NHKスペシャル「映像の世紀」で加古作曲の「パリは燃えているか」が流れていた。壮大な音の広がりとともに、物悲しい旋律が刻まれている。

 20世紀は「戦争の世紀」であり、その番組も戦争の映像を中心に編集されていた。加古の曲には、戦争の愚かしさ、痛ましさを訴えかける響きがあり、激しく魂を揺さぶられた。

 この曲を聞くたびに、ある光景を思い出し、今でも涙がにじんでくる。あれは沖縄だったか、いやそうでなかったかもしれない。進駐軍が車を連ねてやって来る。すると、集落の男も女も子供も、隊列にくるりと背を向けた。彼らが出来る精いっぱいの日本人の気概であった。

 酔いに身を委ね、「パリは燃えているか」の曲に聞き入り、あの時の映像と重ねながらまた泣いた。決して泣き上戸ではないのだが・・・。

 大東亜戦争が終結して65年。その年のちょうど今ごろ、進駐軍が日本に上陸した。そして9月には、パイプをくわえたマッカーサーが飛行機から降り立った。私は戦争を知らない世代ではあるが、あの戦争のアメリカに一物を持ち続けている。

 戦争の大義とか善悪とか云々するほど青くはない。しかし、2発の原爆を落とし、雨のように爆弾を降らせ、根拠のない戦犯法廷で人々を裁いたことを忘れる訳にはいかないのだ。

 いつの時代も「正義」とは言えない正義を振り回すアメリカに、戦後日本は、みんな、みんなヘラヘラしている。進駐軍に背を向けたあの精いっぱいの気概はどこへ行ったのか。加古隆の音楽が余計な事を書かせてしまった。決して怒りん坊でも、怒り上戸でもないのだが・・・。

イノシシに敗北する人々・・・

  Mという団塊世代の男性は、生石山の森に暮らす私たちの仲間である。働いている奥さんを大阪に残し、一人で気ままに暮らしている。畑を耕すのが生き甲斐のようで、山小屋の前に100坪の土地を借り、さまざまな野菜を栽培している。仲間とバーベキューをしたり鍋を囲んだりする時は、彼が野菜を持って来てくれるので、有難い。

 その彼が肩を落としているのだ。一昨日、ゴミ置き場に行く途中立ち寄ると、開口一番、「イノシシにやられた!」と大きな声を上げた。あとひと月ほどで収穫する予定だったサツマイモを食い荒らされたのだ。「全滅や」・・・。そう語る鬼瓦のような顔に悔しさが滲んでいた。

 イノシシに畑を荒らされたのは、今年で2度目である。最初の時は自然薯を掘り返され、ササユリの球根も狙われ、穴ぼこだらけにされた。畑は網で囲っているが、1か所だけ弱点があり、そこから入られたらしい。網を修理し、大きな石を置いて網を押さえておいた。これでイノシシ対策は万全だと信じていたのだ。

 ところが今回、その重い石を動かし、網をこじ開けて侵入していたという。この怪力ぶりから想像すると、イノシシはかなり大型と見られる。そうだ、あのイノシシの仕業に違いない。

    ↓ Mが野菜を栽培する農園
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    ↓ ここにサツマイモを植えていた
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 実は彼の畑を荒らされる2日前、私たちの山小屋に立ち寄ったご夫婦が、「今すぐそこで、大きなイノシシが道路を横切り、車に当たりそうになった」と言っていた。腹が大きかったというから、妊娠しているのだろうか。相当食い意地の張った大きなイノシシがこの森を徘徊しているのだろう。

 生石山の中腹で、畑をしている二組の夫婦がいる。畑を厳重に網で囲っていたが、7月中旬、相次いでイノシシに入られ、作物を荒らされた。手塩にかけて育てた野菜が無残な姿に変わり果て、どちらの夫婦も「気力がなくなった。もう畑はやめようと思う」と打ちひしがれていた。

 女房も山小屋の敷地と、少し離れた場所の2か所で畑をしているが、今のところ幸い被害はない。サツマイモを栽培している畝はゴルフ練習場からもらったフェンスで囲い、杉の丸太で押さえ付けている。しかし、敵は怪力なので、安心はしていられない。戦々恐々の日々である。

 ただ、イノシシにしてみれば、自分たちの方が先住民だと思っているだろう。私たちも、Mも、畑の放棄を決めた二組の夫婦も、後からこの山にやって来たのだ。イノシシだって必死に生きており、生き抜くためには渾身の力で網を破る。畑の作物を食べることに躊躇するはずがない。

 人間とイノシシとの攻防は厳しいものだ。自然との共生、野生動物との共存・・・。そんな美しい言葉がもてはやされているが、山や森に暮らせばきれいごとだけでは済まない。そこのところが、なかなか難しいのだ・・・。

    ↓ フェンスで囲った女房の畑(手前はサツマイモ)
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天然鮎の燻製はうまいで~

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  お盆が終わったので、有田川はいつもの静けさを取り戻しているだろう。生石山を下り、久し振りに鮎釣りに出かけた。まあ、私の場合、1週間も釣りに行かないと、久し振りという表現になる。結構な身分に感謝しながら、川へ向かった。

 いつもの河原に出ると5人ほどが竿を出しており、釣り人の多さは意外だった。釣果を聞いてみると、手を横に振っている。今年の有田川は、天然遡上が多かった割りに余り釣れない。しかも鮎の型が小さい。ああ、今日もダメなのか・・・。出鼻をくじかれたような気分になる。

 天気予報通り、すさまじい暑さだ。釣り人の何人かはタオルで頬かむりし、ほぼ全員がベルトにペットボトルをぶら下げ、暑さに備えている。この夏、全国で130人以上が熱中症で死亡しているのだから、恐ろしい。

 釣り始めて10分もすると、額から汗がポタポタ落ち、眼鏡の内側を濡らすのだ。風がないのでサウナに入っているようである。時々、腰まで水につかり、体温を下げるようにした。

 ふと竿の先を見ると、トンボが止まっている。やがて、帽子のひさしに止まり、1分ほどじっとしていた。愛嬌のあるトンボだが、ひょっとしたら釣れない釣り人を馬鹿にしているのかもしれない。

 上流にポイントを替えると、いきなり川底で白い魚体が身をくねらせた。掛った!これで元気なオトリが手に入った。鮎釣りは「循環の釣り」と言い、元気なオトリを循環させることが釣果を左右するのだ。

 新しいオトリは対岸に向かう。次の瞬間、電光のように掛かり鮎が上流に走った。これはそこそこ大きく、竿をためて引きに耐える。浮いたところを引き抜き、玉網でキャッチした。ずぼらして糸の取り換えを怠ったため、大きな鮎を抜き上げる時、糸が切れて逃げられることもあったが、それでも午前中に10数匹が釣れた。

 火傷するほど暑い河原の石に腰かけ、おにぎりを食べ、お茶をがぶ飲みして午後に備えた。すると、河原には6人ものグループが新たに姿を現した。そろいの服を着たいわゆる軍団である。彼らは別の場所で釣っていたが、芳しくないのでここに来たと言っていた。

 竿が触れ合うような釣りはしたくないので、上流へ歩いて空いているポイントに入った。苦戦している軍団を横目に、ここでもそこそこ釣れた。午前中よりも型が大きい。

 午後2時、暑さはピークに達した。熱中症になっては女房が泣くので、後ろ髪を引かれながら竿をたたんだ。釣果はちょうど20匹である。これまでの最高が16匹だったので、上出来だ。有田川の鮎はこれから盛期を迎えそうな予感がした。

 自分で言うのもなんだが、天然鮎の燻製は絶品である。お世辞を差し引いても、食べた人の感想は好評である。翌日、燻製作りにとりかかった。焚き火をして炭を熾し、その上にダッチオーブンを乗せる。塩をして2時間乾燥させた鮎を入れる。ブナのチップでたっぷりスモークすると、鮎は黄金色に輝き、表面にしっとりした脂がしみ出す。

 熱々の鮎を試食すると、燻製の香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、クリーミーな味わいだ。去年は何回もこの珍味を堪能したが、貧果にあえぐ今年はこれが初めてだ。わが山小屋の夏の風物詩である・・・。

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父親の気持ち・・・

  気温35度の炎暑にうんざりしながら、久し振りに山小屋へ帰って来た。涼風が吹き抜けるここ生石山の森は別天地のようだ。山小屋に腰を下ろしてほっとひと息ついた。

 この6日間、子供たちと関西方面で過ごした。長女のマンションで東京に住んでいる末娘と合流し、有馬温泉へ1泊の旅に出た。女3人と男1人。何事も多数決で決めるので、父親の権威などはないに等しく、部屋の隅っこでいじけていた。

 翌日は娘二人をアウトレットに送り、女房が続けている西国33か所巡礼のお伴をして姫路の書写山など3か寺を回った。要するに、私は運転手である。書写山はロープウェーで登った後、片道20分の坂道を歩かなければならず、暑さと疲労で倒れそうになった。

 夕方、渋滞する山陽道、中国道を走り、大阪の焼き肉店へ。孫を連れた長男夫婦と合流したが、娘2人はアウトレットで時間をつぶし過ぎ1時間の遅刻である。「遅い!」と声を張り上げても、「ごめんねー。でも、お父さんの言う通りに行かないわよ」と軽くいなされる。

 現役で働いていたころは、稼ぎに物を言わせてそれなりの力はあった。しかし、年金生活に入ると、子供や女房はこちらの懐を当てにしない分、力関係は微妙に変化して行くのだ。肉体の老化が進むのは仕方ないが、それよりもこうした力関係の激変が老いを一層意識させるのかもしれない。

 このような思いは、往生際が悪いと言った方がいいのだろう。仕事を退き、子育てもとっくに終えた親父は、いつまでも家族の長として権力を振り回してはいけないのだ。子供にも女房にも「はい、はい」と従い、物分かりの良い好々爺を演じる他なさそうだ。情けないことだが・・・。

 その次の日は、女房と娘の3人が梅田へ買い物に行くという。後ろについて歩いていたが、衣類、下着、化粧品などの売り場を金魚の糞みたいに歩く父親の姿は異様に違いない。別行動することにした。女3人の「行ってらっしゃーい」の声は空々しく、邪魔者を追い出した安堵の表情が浮かんでいた。

 藤沢周平の短編小説を買って喫茶店に入り、読みふけった。不覚にもこの本を読むのは二度目だったが、読み直すと新鮮に思えてなかなか面白い。下級武士の生きざまに何度も涙を流し、時間が経つのを忘れた。喫茶店を2軒はしごしたころ、待ち合わせの時間が迫っていた。

 翌日、滋賀の自宅に帰った。長く風を通していないのでカビ臭い。夜は1皿100円の回転寿司で40分も並んで食べた。昔は老舗寿司店の暖簾をくぐっていたのに、今は身分相応の店に落ち着いた。お勘定にハラハラすることもないので、この方が気楽でいい。

 女房と娘は、翌日もまたデパートへ。くそ暑い自宅に閉じ籠るのも嫌だから、一緒に外出した。書店で立ち読みした後、本を何冊か買い、喫茶店に入った。金魚の糞をしているより、本を読んでいる方が楽しい。また感極まって泣いた。隣の女性が好奇に満ちた目でちらちら目を向けてきた。

 お盆休みも最後となり、子供3人はそれぞれの生活に戻って行った。私たち夫婦も森の山小屋に帰る。

 子供たちと過ごした日々は、女房にとって楽しそうだった。しかし、「元気でな」と別れる父親の表情は、どこか寂しげだったはずである。遠い昔、遊園地で親とはぐれた時の事を思い出した。そんな思いが今、心のどこかでうずいている・・・。

 

薪ストーブはドブレ760CB

  残暑お見舞い申し上げます。この暑苦しい中、飛び切り暑苦しい話題で恐縮です。  

 16年間使ってきた薪ストーブが壊れ、買い替えなければならなくなった。どの機種がいいのか、ネットで調べたり、専門店に電話で問い合わせしたりしているが、なかなか決断出来ないでいる。9月になれば寒い日もあるので、いつまでも迷ってばかりいられないのだ。

 薪ストーブは、コンバスターという触媒で2次燃焼させる方式と、炉の構造を工夫して2次、3次燃焼させるクリーン・バーン方式がある。触媒方式は長時間運転が出来、薪の量も少なくて済む。クリーン・バーンはその逆だが、メンテナンスが簡単という利点がある。

 今回壊れたストーブは、ダッチウエスト社製の触媒方式だが、この際、世界の流れになっているクリーン・バーン方式に乗り替えようと思っている。この先進技術を取り入れたメーカーはヨーロッパに多いので、その中から選ぶことになる。長持ちを考えると、ストーブ本体に使われている鋳物の精度も高くなければならない。

 主なメーカーは、ヨツール(ノルウエー)、ドブレ(ベルギー)、コンツーラ(スウェーデン)、モルソー(デンマーク)、アンデルセン(オランダ)などがあり、それぞれがいい製品を出しているので、目移りしてしようがない。

 山小屋はそれほど広くないので中型ストーブがいいと思っている。ストーブは大は小を兼ねるという訳ではなく、値段が高い大型は薪を大量に食うだけで、ほど良い暖かさが得られないのだ。値段、性能、姿、形などを総合すると、ヨツール社のF400に心が傾いていった。

 ところが、あるブログの写真を見て、そのストーブにひと目惚れしてしまった。ドブレ社製の760CBという機種である。ごてごてした飾りがなく、すっきりしたスタイルだ。特に、炎の美しさが堪能できるガラスが超ワイドで、ヨツールやバーモントのような格子もない。ガラスに映る炎は、まるでオーロラのようでもあり、水族館の水槽に揺らめく不思議な生き物のようでもある。

 女房に見せると、「これ、いいねえ」と同じ意見だ。寒くなれば、私たち夫婦の薪ストーブライフが始まり、多くの時間を炎とともに過ごす。それだけに、お互いが納得する機種でなければならないと思っている。

 日本では代理店の関係で、ヨツール、ダッチウエストが圧倒的なシェアを占めている。しかし、ドブレがマイナーかと言えばそうではなく、ヨーロッパでは名器として知られているそうだ。元はノルウエーの会社だったが、ベルギーの広大な土地に引っ越した。鋳物の精度はトップクラスという。

 このドブレは、重さが210キロと大型力士並みである。これまでのストーブに比べると、ふた回りくらい大きい感じがする。1日に燃やす薪の量も2割か3割は多くなるだろう。しかも、値段が高く、貧しい年金暮らしには贅沢かもしれない。

 しかし、これからの人生はそれほど長くはない。大きなガラスに揺らめく炎を眺めながら、ゆったりと時間を過ごす贅沢は許されよう。えーい、どさくさまぎれにシングルモルトのウイスキーも買ってしまおう。ストーブの前でチビリチビリやるのだ。女房には悪いが、新しい嫁さんを迎えるようで、わくわくする。


 * 下の写真は、岡山の写真家「ヒゲMac」さんのブログから拝借した。ドブレ760CBについて詳しく紹介されており、逡巡する私の背中を押してくれた。写真の無断拝借をお詫びします。

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アルバイトか奉仕か・・・草刈り作業

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  森に暮らす仲間のピーターが、私たちの山小屋を訪ねてきたのは一昨日だった。「奥さん、アルバイトしないかね」と切り出した。ピーターはある別荘の住人に敷地の草刈りを頼まれ、女房に手伝って欲しいと言うのだ。

 女房は二つ返事で「やる、やる」と引き受けた。私も小遣い稼ぎになるので、「オレにもやらせてよ」と言ったが、「兄貴は仕事の邪魔になるだけよ。いらないよ」とにべもない。足手まといになるのは自分でもわかっているが、それにしてもピーターは私の仕事ぶりをよく分析している。

 以前、ブログでも書いたが、女房は草刈り機にはまってしまい、毎日のようにエンジンをうならせている。自分の敷地だけでは飽き足らず、隣の敷地や周辺の道路などの草を刈りまくっているのだ。女房の草刈り機大好きはすっかり有名になっており、ピーターが白羽の矢を立てたのも当然だろう。

 その別荘地は約100坪あり、家の周りにびっしり雑草が生い茂っている。伸び放題の紫陽花は背丈よりも高くなっている。数年は草を刈ったことがないのだろう。これでは蛇やマムシの棲みかになってしまう。

 作業ぶりを見に行ってみた。ピーターと女房の息はぴったりだ。ピーターが太い雑草を円盤型の草刈り機で大雑把になぎ倒すと、その後で女房がロープ式の草刈り機で根元から払って行くのだ。

 怪力、巨漢のピーターは瞬発力はあるが、持続力がない。10分ほどすると煙草を吸ったり、腰を下ろしたりして休憩してしまう。まあ、私が加わっていたら、指示ばかりして作業がはかどらないから偉そうに言えないが・・・。その点、女房は持続力があり、草刈りも丁寧でいい仕事をしているのだ。

 すべてを刈り取るには2日はかかるから、結構な重労働だ。ピーターは持ち主とアルバイト代まで決めていないらしいが、仮に持ち主がピーターの好意で草刈りをしてくれたと思えば、金は入って来ない。女房は、ピーターのお人好しで勤労奉仕になってしまうか、しきりに心配している…。

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鮎竿が折れた・・・

  増水していた有田川はようやく水位が落ち着き、鮎の活性が良くなっているはずだ。炎天下の釣りに備えてしっかり朝ご飯を食べ、川に向かった。オトリ屋に着くと、「そろそろ来ると思っていたわ」と顔見知りの2人が笑顔で迎えてくれた。コーヒーを飲みながら「釣れんなあ」「今年は小さいなあ」と愚痴をこぼし合った。

 小一時間して腰を上げ、釣り場へ。竹藪を抜けて河原に出ると、釣り人は一人だけだった。深い瀬でオトリを泳がせてみたが、掛らない。さらに深場へ移動し、竿を立ててオトリを上流に上らせていると、オトリに付けた針が川底に引っ掛かってしまった。

 水深が深いので、針を外しには行けない。竿をあおって外そうとしたところ、バキッという音を立てて竿先から2番目の所で折れてしまった。流れて行く竿先を回収しようと川に飛び込んだが、追いつけない。釣り始めて半時間しか経っていないのに、釣りが出来なくなった。

 鮎釣りの竿は高純度のカーボンで出来ていて、全長9メートルと長いが、とても軽い。だから、めっぽう高価なのだ。穂先と2番部分を取り寄せれば数万円はする。買い替えれば最低でも15万円くらい必要だ。お金の計算が頭をぐるぐる駆け巡り、余りのショックで河原に座り込んでしまった。

 携帯電話で女房に「これから帰る」と連絡すると、「えーっ、こんな早い時間にどうしたん」と驚いている。あえて気落ちした声で「竿が折れたんよ」・・・。女房の同情を引こうとしたが、「あっ、そう」のひと言だけ。いくつか小石を川に投げ込んで、気持ちを鎮めた。

 それにしても、今年は三隣亡のようである。お祓いをしてもらわないといけない。薪ストーブが壊れたと思ったら、今度は鮎竿の破損。まあ、どちらも長く使っているので、こういうこともあるだろうが、年金生活の身にとって、立て続けの出費は辛い。

 私たち夫婦の山小屋暮らしは、出来る限り自給自足をしたいと思っている。私は魚を釣り、キノコを栽培し、女房は野菜を作る。薪をせっせと作って薪ストーブで暖房し、灯油は買わない。しかし、お米、パン、肉類、調味料などは買わなければならず、自給率はせいぜい10%とか20%くらいのものだろう。

 「自給自足」といえば聞こえはいいが、実際はむしろこちらの方がお金がかかるように思う。釣りは趣味と実益を兼ねて頻繁に出かけ、釣った魚は家計を助けているのは確かだ。しかし、高価な鮎釣りの竿、海釣り用のボートやエンジンの出費を考えると、魚1匹当たりの値段は相当高いものになっている。

 薪ストーブによる暖房も、近年高値どまりの灯油を使わなくて済むけれど、ストーブの設置費用は高くつくし、薪作りにかかる費用も馬鹿にならないのだ。化石燃料を使わない暖房だから地球温暖化に少しは貢献をしているとはいえ、やはりこれも趣味の世界だろう。

 竿は折れたし、薪ストーブも買い替えなければならない。釣りと暖房をはかりにかければ、もちろんストーブは最優先だ。竿は、予備が2、3本あるので当面はこれで辛抱するとしても、すぐに新しい竿が欲しくなるのは間違いない。

 薪ストーブの買い替え費用の算段に苦心している女房に、新しい竿が欲しいなどとは言えないし、「竿は自給自足の道具だ」と言っても詭弁になる。良いことは滅多にないのに、どうして悪いことは重なってしまうのだろう・・・。

イサギの大漁だ・・・一夜干しにも

  ボートで釣りに出るのはひと月ぶりだ。梅雨が長引いた後は波の高い日が続き、機会に恵まれなかった。前夜は釣りのあれこれを思って寝つきが悪く、寝不足のまま由良湾に向かった。

 星がきれいに輝いていた。今日も晴天になり、さぞや暑くなるだろう。「熱中症」という言葉を聞かない日がない記録的な酷暑が続いている。クーラーボックスの中にはたっぷりお茶を入れた。

 海はベタ凪である。イサギのポイントは遠く、亀のような鈍足2馬力エンジンで30分ほど走った。多くの漁船が出漁しており、それらは二つのグループに分かれていた。さて、どちらに行くか。漁船の多い方が有利だろうと、北のグループの近くにアンカーを下ろすことにした。

 1時間ほどやってみたが、釣れるのはスマガツオばかりだ。美味しくないので、すべて海に戻してやる。漁船を見ていると、どうやらイサギとは別の魚を狙っているらしい。これは早とちりだった。10分ほど走って南の漁船グループにすり寄ることにした。

 4隻がアンカーを下しており、漁師に様子を聞いてみた。「ボチボチやねえ」と言いながらも、次々イサギを釣り上げていいる。早速、釣りの開始だ。鉄仮面という100号のオモリにアミエビを入れ、水深40メートルの海底に仕掛けを下ろす。ビシという手釣りである。

 誘いをかけると、小気味良い当たりが伝わって来た。でも軽い。小さなアジが2匹が付いている。しばらくはアジが釣れ続いたが、「グィ」というアジとは違う魚信があった。イサギに間違いなさそうだ。黄色みを帯びた縞目が鮮やかな25センチほどのイサギが釣れた。

 その後もアジに混じってイサギが釣れる。10時過ぎ、漁船は次々と帰って行く。「頑張りやー」と声をかけてくれる漁師もいる。漁師は暗いうちから釣っているので、この日の仕事は打ち切りなのだろう。釣れても釣れなくても、きっちり時間を決めて漁をしているのだ。

 かなり沖合いの海に独り取り残され、少々心細い。しかし、そのころからイサギがよく釣れるようになった。漁船の撒き餌で分散していた魚が、私のボート周辺に集まって来たのか。「グィ」「クックッ」という当たりを楽しみながら夢中で釣った。

 クーラーボックスがいっぱいになってきた。撒き餌は残っているが、これ以上釣っても処理に困るので、正午前、港に向かった。陸上の酷暑が嘘のように、海上はそよそよと風が渡り、涼しかった。思いのほかよく釣れたので、鼻歌が出るほど上機嫌だった。

 家に帰って数えてみたが、イサギ40匹、アジ多数。生石高原「山の家」の女性たちや山の仲間に配り歩いたが、それでも手元にかなり残ったので、一夜干しにしてみた。さて、どのような味だろう・・・。

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薪ストーブ選びは迷路に・・・

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  薪ストーブのメンテナンスをしていて、煙突の取り付け部分に大きな亀裂が見つかり、もはや修理不能のようである。このストーブを設置してもらった大阪の業者に連絡したところ、「16年も使っているのだから寿命ですな」と言われ、この際、買い替えするよう奨められた。

 薪ストーブのない山小屋生活は考えられない。10月に入ると、薪を燃やし続けなければ寒くて仕方がないし、厳冬期は日中も氷点下になる。薪ストーブは24時間運転できるので、寝ている間も暖かい。鋳鉄の塊が放つ熱は遠赤外線の効果か、体の芯まで温まる。

 だから今は、買い替えを真剣に考えている。毎日、毎日、パソコンの前に座り、ネットで調べまくっているのだが、なかなか結論が出ない。専門メーカーは世界に7社も8社もあり、代理店のホームページには製品のいいことばかりが書かれていて、迷路に入り込んでしまった。

 薪ストーブは家具のようなものだから、姿、形も重要な選択の要素だ。炎の美しさが楽しめる機種も見逃せない。もう一つは燃焼効率だ。つまり、薪からどのくらいの熱を引き出す機能が備えられているかである。  

 燃焼方式は大きく二つに分かれている。薪を燃やした1次燃焼の熱を触媒を通して2次燃焼させる方法。もう一つは、触媒を使わずに効率的な燃焼をめざすクリーン・バーンという方式がある。近年は後者が主流になっているが、どちらも一長一短があって難しい。

 まずクリーン・バーンは薪がたくさんいるし、油断していると高熱になり過ぎる。しかし、ガラス越しに見える炎がまるでオーロラのように美しい。触媒方式は構造が複雑でメンテナンスが面倒なうえ、触媒を4、5年ごとに取り換えなければならない。半面、薪の消費量が少なくて済むし、長時間運転に向いている。

 さて、どちらにするか。結局は、生活スタイルに合うストーブを選ばなければならないだろう。週末だけストーブを焚くのと、年間を通じて主暖房器具として使う場合とは大きな違いがある。つまり、燃費である。よく車を利用する人がハイブリッド車を買うのと同じように、薪が少なくて済むのは大きな魅力なのだ。

 寒いわが山小屋では、年間、直径10センチほどの薪を3000本近く使っている。クリーン・バーンは触媒方式より3割ほど多く薪が必要と言われているので、1年で7、800本ほど薪を余分に燃やす計算になる。将来、よぼよぼになれば薪をたくさん作るのは苦痛になるだろう。

 それを考えると、下の写真のダッチウエスト社(アメリカ)のFA265・ラージコンベクションヒーター(38万8500円)に心が傾く。

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 しかし、下のヨツール社(ノルウエー)のF400(45万1500円)という機種も捨て難い。クリーン・バーン方式で、薪はたくさんいるが、姿が美しいのだ。海、波、海図をイメージした窓のデザインにうっとりする。薪は食うが、頑張って作ればいいと思ってしまう。

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 もちろん、これ以外にも素晴らしいストーブがたくさんあるが、迷っていてもキリがない。ストーブを焚く季節はすぐそこまで迫っているのだ。ああ、どうしよう・・・。あっ、その前に、お金の算段も・・・。

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