伊吹山・・・芭蕉の句に涙する同級生

 夜の11時過ぎ、私の携帯電話が鳴っている。酔っ払って早く寝る私は、すでに夢の中だった。余りにしつこく着信音が鳴るので、渋々階下へ下りて行った。

 「俺だよ。久し振り」・・・。電話の向こうから、高校時代の同級生の甲高い声が聞こえてきた。10数年ぶりの消息である。

 「おお、Kか。今ごろの時間にどうした?」「今度の同級会に行くのかい?」「うん、参加する」「そうか、俺は仕事で行けないから、みんなによろしく伝えてもらおうと思って電話したんだ」

 高校時代、彼とは同じ文化系のクラブで活動し、親しい友人の一人だった。しかし、お互いが大学に進学した後は、連絡を取り合うことはなかった。私が社会人になって数年後、彼から連絡があり再会した。彼はある事情から金に困っているようだった。彼の手を押しのけ、いくばくかのカンパをした。

 それから10数年が経った。私の会社の喫茶店で会った彼は、社長の名刺を差し出した。結婚し、何人かの子供も授かっていた。会社は小さいが、経営は順調のようで、羽振りもそこそこ良かった。

 それから1年に何度か会うようになり、わが家へも家族で遊びに来たこともあった。しかし、その後音信が途絶え、今回の電話が10数年ぶりとなった。会社の経営はうまく行っているのか、ふと、気になることもあった。

 その夜の電話で、彼は一方的にと言っていいほど自分の近況を語った。「お前、伊吹山を詠んだ芭蕉の句を知っているか」と質問した。「いや、知らんなあ。ちょっとメモするから、句を言ってみてくれ」・・・。

       そのままよ 月もたのまし 伊吹山 
       
 彼の説明によると、芭蕉が紀行文「奥の細道」の旅を終えて岐阜県大垣に帰った元禄二年秋 伊吹山を久し振りに眺め、そう詠んだという。「伊吹山は、月の力を借りなくても立派な山だ」という意味らしい。

 「俺は近ごろ、この句を口ずさむと、泣けるんだよ。なぜかなあ」・・・。彼はしみじみと語った。

 彼も私も、伊吹山を見ながら高校時代までを過ごした。私たちが通った高校の背後には、いつも圧倒的な山容が覆いかぶさっていた。故郷である北陸に近いこの地から見る伊吹山は、芭蕉が目にしていた大垣からの眺めとは違う形だろう。それでも、深田久弥が選んだ日本百名山にふさわしい姿である。

 「泣けるんだ」・・・。彼の故郷に寄せる思いなのだろう。そう言えば、彼の会社は関西にあったが、今は東京に住んでいると言っていた。会社を大きくして東京に進出したのか、それとも別の事情があるのだろうか。詮索するようなことは聞かなかったが、どこか寂しげな口ぶりだった。

 石川啄木の詩を思い出した。啄木にとっての山は、言うまでもなく青森の秀峰・岩木山である。

   ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな

 伊吹山に涙する。胸が張り裂けるような郷愁。彼も年を取ったのだ。もちろん、私も・・・。 
                   

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孫がやって来た・・・自然体験

 息子の嫁さんと孫が、紀伊山中で暮らすわれら爺さん、婆さんを慰問に来てくれた。たまには孫の顔を見せてやりたいという嫁さんの心遣いだろう。

 孫はまだ2歳半の男の子である。顔を見るのは4か月ぶりだが、その間に一段と口達者になるなど、成長著しい。

 遠くから来てくれたので、何とか楽しい思い出を作ってやりたいと思う。和歌山には、海南市のマリーナシティー、白浜のアドベンチャーワールドなど子供にも楽しめる施設があり、そこへ連れて行くことも一度は考えた。

 しかし、遊園地へ行くのは余りにも孫に媚び過ぎているのではないか。それよりも、折角自然豊かな山に来たのだから、その中で存分に遊ばせてやろう。大人になったら、今回の山小屋の体験などは忘れてしまうかもしれないが、それでも何かが残ると思う。

 孫たちは午後遅く山小屋に到着した。まずは、すぐ近くの生石高原へ。草原の小道にはススキが覆いかぶさり、孫は「トンネルやねえ」と走り回る。折れたススキを拾って振り回し、「シャワー、シャワー」と言ってはしゃぐ。確かに、穂の形はシャワーに似ている。子供は、大人の目と違うユニークな発想をするものだ。

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 嫁さんが夕陽を見たいと言うので、小高い場所に移動した。折しも夕陽が紀伊水道に落ちようとしていた。嫁さんはその美しい光景に見入っていたが、孫はまったく無関心。ま、仕方ないだろう・・・。

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 翌朝は、ウッドデッキに出てヤマガラに餌をやる。孫は山小屋へ来る度にこれを楽しみにしているのだが、ヤマガラが手に止まると、こそばゆいのかすぐ手を引っ込めてしまう。ヤマガラはびっくりして飛び立ってしまい、うまくいかない。

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 次は焚き火体験をさせる。例えば、八ヶ岳の別荘地では焚き火が禁止されている。火事の危険もあるが、近隣の人から「煙たい」という苦情が多いらしい。困った世の中だ。枯れ葉を燃やし、暖を取る。灰は畑に使う。焼きイモを作るのも、日本の良き伝統だ。

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 山小屋裏の杉林に入り、孫に杉の枯れ葉を集めさせる。火を付けると、パチパチと勢いよく燃えあがる。その様子が面白いのか、孫の目がキラキラ光る。焚き火の炎は、孫の記憶の襞に刻まれるだろう。

 原木栽培しているキノコ畑に連れて行き、クリタケとシイタケを採らせてやった。「ジジィが作っているんだよ」と説明しても、理解するのは無理だろう。しかし、キノコは木に生えるものだと、少しは分かっただろう。

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 このような体験をし、「また来たい、バイバイ」と言って帰って行った。その言葉は、お世辞を知らない子供の本心だろう。自然と触れ合い、自然と遊ぶのは情緒教育に役立つとも言われるが、そんな難しいことはどうでもよい。

 自然に、森に、少しでも冒険心をかき立てられれば、それでいい・・・。

 

秋の食を楽しむ

 急に寒くなってきて、朝夕の最低気温が10度を下回っている。今日は特に冷え込みが厳しく、早朝の気温は5度だった。ここ生石山も本格的な晩秋を迎え、もうそこに冬が迫っている。

 山を中腹まで下ると、ミカンの収穫が始まっている。有田地方は有数の産地だから、山という山にはミカンが鈴なりになっており、オレンジ色と緑が織りなす光景は、山下清画伯が描くような点描絵画の世界である。

 食欲の秋・・・。秋は他の季節よりも食材が多彩で、食欲がわくという意味だろう。わが家も食欲の秋を楽しんでいる。

 まずは新米だ。懇意にしている農家からキヌヒカリの玄米を分けてもらった。耕作している田んぼには生石山から美しい水が流れ、大きな寒暖の差と相まって、美味しい米を育てる。スーパーで買う米では味わえない風味があり、つい食べ過ぎになる。女房が、茶碗を差し出す私の手をしばく。 

 原木栽培しているキノコは、わが山小屋の特産品だ。ヒラタケがほぼ終わり、ナメコも終盤だ。クリタケは今たくさん発生していて、収穫の時期だ。シイタケはこれから本格化するはずだが、年によって当たり外れがあり、さてどうなるだろう。

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 ヒラタケの炊き込みご飯も美味しかったが、シチューに入れるとなかなかの味わいだった。ナメコは大根おろしにポン酢。これがこたえられない。クリタケはグラタンに入れ、薪ストーブの中に入れて熱する。コリコリした食感がいい。 

 女房の畑から採れる秋の野菜の数々もうれしい。チンゲン菜には、釣ってきたアオリイカを入れてあんかけ風に。これを炊きたてのご飯にかければ、美味しい丼である。

 水菜、小松菜のサラダは、眠気が残る朝のけだるさをシャキッとさせてくれる。赤カブの甘酢漬けは、小さい頃よく食べた懐かしい味である。有機栽培で育てたこれらの野菜は、高地のため育ちが悪く女房を落胆させているが、それでも十分美味しい。

 女房は、玉ネギの植え付けを終えた。苗はホームセンターで半額で買った。150本で450円。その「半額」が女房を大層喜ばせたようだ。男の感覚でいうと、900円でも何てこともない。いい苗なら、何倍のお金を出してもいいと思うものだ。

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 主婦にとって、1円でも安い買い物は大いなる喜びなのだろう。こんなことでケチケチしている女房だが、何万円というお金には無頓着になる。訳がわからん・・。

 それはともかく、今植えた玉ネギは来年の梅雨の前に収穫できる。寒い冬を越し、どうか大きく育って・・・。

 

近場の地磯でアオリイカ5杯

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 24日の月曜日、わが山小屋から近い湯浅湾の地磯へアオリイカ釣りに出かけてみた。ここは以前よく釣りをした場所だが、このところ由良湾にボートを出すことが多かった。昔通った居酒屋の暖簾をくぐりたくなるのに似ていて、久し振りにその地磯の様子を伺いたくなったのだ。

 朝の6時過ぎに到着すると、幸い誰もいない。このポイントは、せいぜい2人が竿を出せるくらいの狭さだ。前方に定置網が仕掛けられているので、魚の通り道なのだろう。

 ただ、沈み磯が点在していて、磯をアオリイカが回り込めば、なかなか取り込むのが難しい。加えて浅い場所なので、イカを掛けるヤエンが底に引っ掛かるケースも少なくない。

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 竿を出して30分ほどすると、小さなイカが掛った。持ち帰るのは少し恥ずかしいサイズだが、クーラーに入れた。それからしばらくするとまた当たりがあり、7、800グラムはありそうないい型が釣れた。

 当たりが遠のいたので、竿を手持ちにして誘いをかけながら釣り続けた。案の定、イカが誘いに乗ってきた。次も誘いに乗った。ご婦人と親しくなるためにも、誘いは不可欠である。釣りもしかり・・・。なーんてつまらないことを考える。

 その後1杯を追加し、計5杯の釣果だ。その後は誘いをかけても反応がない。磯の上に寝転び、秋の空を眺めた。雲を見つめていたら、いつの間にか眠ってしまった。釣りとはのんびりとした時間を過ごすものだが、しかしそれでも、何故か心がチクリ痛む。

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 やがて100mほど前方に小型の漁船がやってきた。漁師は前日海底に沈めておいたカゴを次々引き揚げている。何を獲っているのだろう。カニだろうか、タコだろうか、よく分からない。

 しかし、20個ほどのカゴを引き揚げたが、ほとんど入っていなかったように見えた。どうやら不漁のようで、気の毒になった。この漁師は一家を食べさせるため、日々漁に汗を流しているのだろう。

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 それを見ている私は、いたずらに時間をつぶしているだけである。また、心がチクリ、チクリと痛んだ・・・。

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紀州湯浅の「鯖っと鯵まつり」

 醤油発祥の地・湯浅は、ここ生石山から車で走れば半時間余りで行ける。漁業の町でもあり、戦前は軍港としても栄えた。その湯浅で「鯖っこ鯵まつり」が開かれると聞いたので、23日の日曜日、夫婦で出かけてみた。

 町に入ると、港の魚市場に向かう道は長蛇の列だ。大阪や神戸、奈良など関西方面のナンバーの車も目立つ。車が前へ進めないので、市場のだいぶ手前で車を止め、歩いた。

 魚、果物、服、靴などを売る露店が立ち並び、立錐の余地のない賑わいだ。香ばしい煙がする方向に歩き、路地を入ると、大漁旗がはためく広場に出た。ここでは、大きなサバを炭火で焼いており、買い求める人で押し合いへし合いである。

 金串を刺したサバを細長い炉に2、30匹並べて焼いており、いい匂いを放ちながら黄金色に焼き上がっていく。1匹700円だ。北陸で生まれ育った私には、懐かしい味である。生前の母親は、よく焼きサバと素麺を炊いてくれたものだ。

 1匹買って帰ろうとしたら、お金と引き換えの整理券を買わねばならないのだ。ここには100人以上の長い列が出来ていた。迷った末、列の後尾に並んだ。長い時間かかって整理券を手にしたが、焼きサバとの引き換えにもまた長い列だ。

 やっとの思いで熱々の焼きサバを手にした。美味しそうな香りが漂ってきて、にわかに空腹を感じる。寿司を買い、よく釣りに行く田村漁港まで走り、岸壁に腰かけて焼きサバをつつきながら昼食にした。

 静かな海を見ながら味わう焼きサバは、思っていた以上に美味だった。700円は安い!・・・。

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生石高原のススキと夕陽・・・テレビが来た!

 人口が10人に満たない生石山の広大な森に、パトカーがサイレンを鳴らして走れば大騒ぎになる。仲間のピーターからは、「なんかあったかね」とすぐに電話がかかってくる。女房も好奇心をみなぎらせ、山小屋の外に走り出してしまう。

 10日ほど前、朝早くヘリコプターが飛来した。それだけでは驚かないが、手が届きそうなほど低空飛行し、しかも長時間にわたって行ったり来たりを繰り返したものだから、山暮らしの仲間の間でも話題になった。。

 翌日も同じ白いヘリが飛んできた。今回は30分ほど上空を旋回した後、大阪方面に帰って行った。さっそく、仲間の奥さんから電話がかかってきた。「やかましいなあ。ヘリが10台も飛んでいた。役場に抗議せないかんわ」と怒っている。ヘリは1台だが、上空にとどまって旋回したから10台も飛んでいるように錯覚したのだろう。

 数日後、生石高原「山の家」のおばさんがヘリの正体を教えてくれた。NHKが朝のニュース番組で、高原の秋を上空から生中継したのだという。1日目がリハーサル、2日目が本番で、中継時間はたったの1分間。それだけのために、どれだけのガソリンを使ったのだろう。さすが、NHKである。

 それはともかく、生石高原も有名になったものだと感激した。NHKが中継したように、高原が一番美しいのは秋である。全山がススキの草原になっており、穂が銀色に輝く晩秋はなかなか見ごたえがある。

 ここから見る夕陽も格別である。この季節は、大きな太陽が紀伊水道を赤く染めて沈んでいく。和歌山県の夕陽百選にもなっている。この夕陽とススキを一緒に撮ろうというアマチュアカメラマンが、連日たくさん押しかけている。

 先日、日課にしている生石ケ峰(876m)への登山をし、帰りに「山の家」に立ち寄ると、5、6人のテレビクルーがお茶を飲んでいた。スタッフに話しかけると、生石高原から見る夕陽を撮影に来たという。時々テレビで見かける男女のアナウンサーの姿もあった。

 テレビ朝日の「おはよう朝日」という番組で、22日土曜日の午前7時半ごろオンエアされるらしい。関西エリアの放送だから区域外の人には見てもらえないので、残念だ。私たちにはいつも見慣れている光景とはいえ、テレビが見せる夕陽には興味がある。ぜひ、チャンネルを合わせてみよう。

    ↓ 影がこんなに長くなり、間もなく夕陽が沈み始める。
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    ↓ アマチュアカメラマンが夕陽とススキのアングルを定め、シャッターチャンスを待つ。
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    ↓ この坂を登れば夕陽が見える。
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    ↓ 夕陽が沈み始めた。
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    ↓ 紀伊水道を赤く染め、夕陽が落ちる。
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    ↓ こちらはわが山小屋から見る夕陽    
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臭いにうるさ過ぎないか?

 山の上で暮らしているので、週に1回か2回、町のスーパーへ食料品のまとめ買いに行く。先日、買い物に行った際、洗剤の安売りをしていたので、女房は1個買った。レジを済ませ、段ボール箱の中に食料品を入れて持ち帰る。

 私が箱詰めを手伝っている時、洗剤の箱を食料品の上に乗せた。すると女房は「こんな所に置いちゃダメじゃない!」と怒るのだ。「えっ、どうして?」。「食料品に臭いが移るのよ。主婦はみんなそういうことに気を付けているんだから」・・・。

 ふーん、そんなものかねえという感じである。だったら、そんな臭いのする洗剤で洗濯するのは矛盾していないか?と言いかけたが、反論されるのが面倒なので止めた。私は洗剤の臭いが嫌いではないし、テレビコマーシャルだって良い臭いを強調しているではないか。

 世の奥方も女房と同じなのだろうか。そうだとしても、女房は少し過敏過ぎると思うのだが・・・。コンビニの駐車場に車を止めた時、そこが下水のマンホールの上だったので文句を言った。いつも私の体に鼻を寄せ、臭いを確かめる。「耳の裏をしっかり洗わないと、加齢臭がするのよ」と注意もする。

 余計なお世話である。もはや、若いお嬢様とデートする訳でもないし、まして彼女がいるスケベ爺でもない。まあ、夫婦だからお互いの臭いのことを言っても喧嘩にならないが、私の女友達が仲間の女性に冗談で「加齢臭がする」と言ったから、さあ大変。一時険悪な空気になったという。

 しかしそれにしても、今のご時世、消臭剤、芳香剤など臭いに関する商品があふれ過ぎてはいないか。私も以前、息子の嫁さんに嫌われないよう芳香剤を買ったことがあり、偉そうなことは言えない。しかし問題は、人が、あるいは物が発する臭いが耐え難いほど不快かどうかだろう。

 現代人は、「寛容」と「我慢」の幅が狭くなっているのではないか。些細なことでキレて人を殺す。モンスターペアレントも生んだ。臭いに関してもうるさ過ぎる。臭いのことでいじめられる子もいるのだ。誰かの臭いが気になっても、人格まで否定するようではいけない。そもそも、洗剤の臭いが食料品に移るのだろうか。どうも釈然としない。

 臭いに敏感になり過ぎている現代社会--。それは人類の嗅覚の進化なのか、文明社会のある種の歪みなのか。多少の臭いも許さない現代人の狭量さは困ったものだ。多少の臭いをも排斥するような社会は居心地が悪い。

 とまあ理屈っぽく書いてきたが、いや、ちょっと待てよ。女房は鋭い嗅覚の持ち主だ。昔、ひょっとして夜な夜な私のカッターシャツや背広に鼻をくっ付け、怪しい臭いを嗅ぎ取ろうとクンクンしていたかもしれない。思い返せば、背筋が寒い・・・。

心に沁みる秋の風景

 私たちが暮らす生石山の木々が少し色づいてきた。この山にはウリハダカエデが群生しており、やがて黄色から赤へと色合いを深める。葉は女性の手のひらほどの大きさがあり、木いっぱいに広がる紅葉は実に華やかである。

 山桜やエゴの木の紅葉も風情があるが、今年は台風12号、15号が立て続けに紀伊半島を襲い、葉っぱをあらかた散らせてしまった。これから迎える森の紅葉は、例年に比べるとやや寂しいものになるだろう。

 紅葉よりひと足先に、山小屋裏の杉林に伏せてあるホダ木からヒラタケが出てきた。昨年より早いお出ましである。毎年、真冬に鼻水を垂らしながら植えたキノコ菌が、今こうして季節感あふれる食味を楽しませてくれる。

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 ヒラタケが発生し始めたのは1週間ほど前だ。黒色の仁丹ほどのプチプチした芽が日ごとに大きくなり、みるみる直径3、4センチに成長した。薄い灰色の表面はなめらかで、見るからに美味しそうである。本格的に採れるのはこれからだ。

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 初物は炊き込みご飯で食べることにしよう。原木栽培にふさわしい風味と食感がこたえられない。古今東西、人間はキノコに特別の思いを寄せ続けている。平家物語や今昔物語にもヒラタケの美味が記されていると言い、古くから好奇に満ちたキノコだったのだろう。

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 秋が深まるこの季節、わが家では恒例のモミ殻の薫炭作りをする。青い煙が立ち上り、酸っぱい臭いが山小屋を包む。モミ殻は、生石山の麓の農家からもらって来る。先日、軽トラに満載して持ち帰った。結構な量なので、薫炭作りには、何日もかかるだろう。

 薫炭は畑の土作りに欠かせないと、女房は言う。酸性の土壌を中和し、水はけ、保温にもいいらしい。いつも新鮮な野菜が食卓に並ぶ山小屋生活だが、モミ殻の薫炭が野菜の美味しさに一役買ってくれているのだろう。

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 寒い日も、暖かい日もあるが、秋は確実に深まって行く。薫炭の煙、キノコの採取、木々の色づき・・・日々単調な暮らしではあるが、季節の移ろいを感じさせるこれらの光景は、心に静かな旋律をもたらしてくれる・・・。

パエリアを囲み、深まる秋を楽しむ

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 「兄貴、パエリアって知っているかい?」。生石山で暮らす仲間のピーターが、そう聞いてきた。「もちろん知ってるよ。スペインの料理だろう」。「本場のレストランで注文したら、出て来るまでに1時間もかかった。ワインを飲みながら待っている間に、酔っぱらってしまってね。でも、美味しかったなあ」・・・。

 この夏、わが山小屋裏のベンチでコーヒーを飲みながら、こんな会話を交わした。女房は「そんなに好きだったら作ってあげようか」と約束してしまった。それから顔を合わせる度に、「パエリアはいつ作ってくれるのかね」としつこいのだ。

 先日、大阪へ遊びに行った女房が、「パエリアの素」を買って帰った。これでようやく約束が果たせるようになった。同じ仲間のMやS夫婦も招き、野趣豊かなパエリエを食べながら深まる秋を楽しもう。

 パエリアといえば、ダッチオーブンの出番である。分厚い鋳物で出来たダッチオーブンだから、美味しく仕上がるはずだ。まずは焚き火をして炭を熾す。中に入れる具の調理をしている女房のゴーサインが出れば、オーブンを熱し始める。つまりプレヒートである。

 十分熱せられたらたら、オリーブオイルをたっぷり敷いて米を炒め、水を注ぐ。パエリアの素、あらかじめ炒めておいた玉ネギ、私が釣ってくるアオリイカ、ベーコン、ソーセージ、海老、ピーマンなどの具材を混ぜ合わせてオーブンにぶち込むのだ。まさに、男の料理である。

 煮ること50分ほど。焦げ付きそうだったら、途中で水を注ぎ足す。出来上がる少し前にアサリを入れる。ムール貝が定番だろうが、田舎のスーパーでは売っていない。気取らない料理だから、アサリで十分だろう。

 出来上がる頃、タイミングよくピーターら4人の客がやってきた。「さあ、蓋を開けるよー」と、少しもったいぶるところが、私の人間の小ささかもしれない。ふぁーっと湯気が立つ中、具がいっぱいのオレンジ色のパエリアが現れた。これだけでは芸がないので、釣ったイカを大判振る舞いし、バター焼きで食べてもらった。

 ピーターはパエリアを口に運んだ途端、「かーちゃん、うまいねえ」と片目をつむり、大袈裟に称賛した。ピーターは外人なので日本語の語彙はそれほど多くない。彼の「うまいねえ」を翻訳すると、「スペイン風味を損なうことなく、日本の食材の良さが引き出され、深い味わいがある」となる。手前味噌だが・・・。

 みんなお代わりをしてくれた。多少のお世辞もあろうが、初めて作った割には上手に出来たと思う。もちろん、肝心の調理は女房がしたが、炭火の加減などダッチオーブンの管理は私の役目だ。「これが料理の出来を左右するのだよ」と言っても、誰も聞いていなかった。男はつらい。

 2時間余り、料理をつつき、たわいない会話を楽しんだ。山の暮らしにふさわしい秋の昼下がりだった・・・。

     ↓ 10分ほどオーブンを熱しておく
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     ↓ たっぷりのオリーブオイルで米を炒める
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     ↓ 水を注ぎ、具を入れる 
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     ↓ オーブンの蓋にも炭を置き、全体を熱する
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     ↓ 50分ほどで出来上がり。湯気が立っておいしそう
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     ↓ デザートはアケビで・・・
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快晴の連休はアオリイカと遊ぶ

 私の釣りは、平日派である。場所を取り合ったり、隣の人と肩が触れ合ったりする釣りが嫌なのだ。平日の釣り人はまばらで、存分に一人だけの時間を楽しめる。毎日が日曜日のリタイア人生に与えられた最高の贅沢かもしれない。

 しかし、この3連休の天気予報を見て気が変わった。連日晴れマークで、波も静かである。秋の天気は気まぐれだから、このチャンスを逃したくない。紀伊水道に面した由良湾にボートを浮かべ、アオリイカを狙ってみよう。

 10月8日早朝、由良湾に向かった。夜明けにはまだ少し時間があり、星がきれいに輝いていた。こんなにたくさんの星を見上げるのは久し振りだ。宇宙の片隅にあるこの太陽系は、50億年ほどすると消滅するらしい。どこかの学者がそう言っていたのを思い出した。人類は、それまでに他の銀河へ脱出できるるだろうか・・・。

 まあ、そんなことはどうでもいい。今日の釣りで何杯のイカをゲット出来るかが重要である。

 いつものように、島の前にアンカーを入れた。まずは煙草を一服。続いて4・5mのインナーロッドを伸ばし、針に生きたアジを掛け、20mほど前方に投げる。アジの銀色の魚体に朝日が当たり、キラキラ輝きながら飛んで行く。アジは空を飛ぶのは初めてだろう。気の毒だ。

 投入して30秒も経たないのに、いきなり当たりが出た。ジッー、ジッーとリールから糸が出て行く。つい今しがた煙草を吸ったのに、興奮を抑えられず、2本目に火を付けた。2分ほど待って竿をゆっくり立てると、確かなイカの手応えが伝わってきた。

 ここで焦ってはイカがアジを離してしまう。少し寄せるが、ジェット噴射して遠ざかる。気の遠くなるようなその繰り返し。頃合いを見計らい、掛け針のヤエンを糸に装着して海中に送り込む。ここからが勝負どころだ。イカとの距離を詰め、ここぞというタイミングで軽く合わせを入れると、うまく針に掛った。

 イカは一気に潜った。竿が海中に突き刺さる。1キロに満たないイカであれば、難なく引きをかわせるのでゆっくり寄せればいい。何度も墨を吐かせた後、網ですくった。今の時期にしては大きい部類に入る800グラムほどの良型だ。

 その後、さらに3杯のイカを追加したが、午前9時ごろから1時間半ほどまったく当たりがなく、場所替わりすることにした。島を半周したポイントで竿を出したが、ここも音沙汰なし。次第に風が強くなり、白波が立ち出した。

 そんな時、激しくリールから糸が出た。イカの当たりではない。竿をあおると一気に走られ、リールが逆転した。多分、ツバスだろう。何度もやり取りして網に納まったのは、やはりツバスだった。ハマチ級なら脂も乗って美味しかろうが、ツバスでは淡白過ぎる。とは言っても捨てるにはもったいないので、クーラーへ。

 波しぶきがかかるようになったので、帰港することにした。イカ4杯とツバスでは、少し不完全燃焼だ。ボートを港に繋いで翌日も釣りをすることにした。

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 明けて9日も早朝のご出勤である。生きアジが少ないので午前中だけの釣りになるだろう。さして面白くもない釣りの実況は省くが、2時間余りで4杯釣れた。その時点で残りのアジは2匹だけ。もう1杯釣りたいと思っていたら、土壇場で当たりが来た。しかも、結構大きそうだ。

 しかし、ヤエンを入れて合わせを入れると、見事空振り。イカ釣りには失敗が付きものだからこんなこともあるが、昨日以来ノーミスで釣ってきただけに、この失敗は悔しい。

 逃げられた場所の近くに、最後のアジを付けて飛ばした。「もう1杯」の願いが天に通じたのか、まさかが本当になった。多分逃げたイカが食いついたのだと思う。これで溜飲を下げ、港に向かった。二日目の釣果は計5杯。

 家に帰ると、昨日イカをおすそ分けした山の仲間の奥さんが遊びに来ていて、女房と話し込んでいた。「イカは甘くておいしかった」とお礼を言われた。釣り人にとって、「おいしかった」は一番うれしい言葉である。「それではもう1杯どうぞ」・・・。

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ナメコちゃん、こんにちは・・・

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 秋が深まると、そわそわする。変な意味ではない。早朝と夕方、山小屋裏の杉林に足を運んでいるのだ。杉林には、キノコのホダ木が200本ほどあり、キノコが顔を出しているかどうか気になってしようがない。まだ早過ぎるのは分かっていても、ホダ木を覗かずにいられないのだ。

 キノコは、シイタケ、ヒラタケ、ナメコ、クリタケ、タモギダケの5種類ある。菌を植えて2年目のタモギダケは、8月にほんの少し出たが、その後は別のキノコが出てきて全滅したようだ。雑菌に冒されたのか、桜の木が適合しなかったのか。しかし、他のキノコのホダ木はよく菌が回っていて、今年もたくさん発生するだろう。

 昨日の朝、ナメコの小さな粒が出ているのを見つけ、うれしくなった。マッチ棒の頭より少し大きめの小さなものだが、オレンジの粒はヌメリで艶めかしく光っている。きっと今年も豊作に違いない。

 昨年は10月半ばごろに次から次へと発生し、食べ切れないほどの量だった。山の仲間や知人に配り歩き、残った分は冷凍保存した。

 11月に入れば、ヒラタケ、クリタケが出てくる。ヒラタケは鍋や炊き込みご飯によく合うし、クリタケはピザやグラタンに入れる。どちらも薪ストーブの炉の中で熱すると、遠赤外線の効果というのか、うまい具合に焦げ目が付いて美味しく仕上がるのだ。

 女房も朝と夕方、畑の作物を見に行くのが日課である。見に行ったところで作物が大きくなる訳はないが、私がキノコの成長が気になるのと同じだろう。作物を自分の手で育て、やがて大きく育つ姿に胸をときめかせる。そして収穫する時の達成感。キノコや野菜の味が市販のものとそう変わらなくても、「やはりうちのは美味しいねえ」と確認し合う喜びがある・・・。

 こんなことを書いていると、東北の震災に遭われた農家のことを思い浮かべてしまう。手塩にかけた作物が放射能に汚染され、収穫しても出荷できない。その上、傷口に塩をすり込むような風評被害。何と無念で、むごいことだろう。東京電力や国は補償してくれようが、そういう問題ではないだろう。

 ささやかだが、野菜やキノコを栽培していると、そのような農家の人の気持ちが少し分かる。収穫の秋を迎えて、楽しみでもあり、被災地を思うと切なくもある・・・。

ブログが復旧しました・・・すみません

 10月2日の朝、パソコンを開いて自身のブログにアクセスした。すると、数秒後に広告のページに切り替わった。操作を間違えたと思い、もう一度同じことを繰り返してみたが、やはり「森に暮らすひまじん日記」は広告ページにジャンプしてしまう。

 この広告は、美容石鹸や田舎暮らし物件などを紹介する真面目そうなものだった。しかし、広告項目をクリックすると悪質なウイルスに感染するかもしれない。パソコンの素人なりに考えて、余計な事はすまいと思った。 

 その日、ブログを読んで下さっているSさんから「ブログがおかしいですね。どうなっていますか?」という電話を頂いた。事情を説明すると、「解決出来るよう、詳しい人に聞いてみましょう」との親切な言葉が返ってきた。どうしていいか分からない私にとって、とても有難かった。

 ブログは娘が作ってくれたもので、私は記事を書き、写真を張り付けるだけ。それ以外の事はチンプンカンプンなのだ。そこで娘に相談したが、「解決するの難しい」とつれない返事だった。仕方なく、利用している「FC2ブログ」にメールを送り、解決方法を問い合わせた。しかし、3日経つのに返事はない。

 すると、異変から5日目になる10月6日早朝、娘から「一時的かもしれないが、解決しておいた」との携帯メールが入った。ブログにアクセスすると、変な広告にジャンプせず、ちゃんと記事が読めるではないか。

 娘の仕事は深夜に及ぶのが日常なのだが、眠い目をこすりながらパソコンに向き合って努力してくれたのだろう。「一時的解決」という下りは気になるが、一気に安堵感が広がった。

 ブログを書いていると、それを続けることに義務感というか責任感のようなものを感じるようになる。一日のアクセス数は多いとは言えないが、それほど少なくもない。折角クリックして下さる読者の皆さんには、申し訳ない気持ちで一杯だった。

 それにしても、どうしてジャンプしてしまったのだろうか。ウイルスとかハッカーという言葉は知っているが、どのようなメカニズムになっているかよく分からないし、今回の異常事態はそれが原因かどうかも分からない。しかし、どう考えても人為的で、悪質ないたずらとしか思えない。

 「ひまじん」をクリックしていただいた皆さんにご迷惑をおかけしました。急ぎ、回復したことご報告します。

山小屋裏の登山道に団体さんが大挙・・・

 天気予報通り寒気が南下し、ここ生石山でも晩秋のような寒さになった。朝起きて、山小屋の外に掛けてある寒暖計を見ると、気温は11度だった。ここ数日、朝夕はめっきり冷え込むようになり、薪ストーブに火を入れる事が多くなった。10月入りしたこの日はとくに寒く、一日中薪を焚き続けた。

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 昼前、ストーブの前で本を読んでいると、人の声が聞こえてきた。外に出ると、山小屋の裏を通っている登山道を団体さんがやって来たのだ。地元の公民館が募集した登山の一行で、案内人の一人から事前にこの催しを聞いて知っていた。

 一行は30人余り。山小屋の裏にはベンチもあるので、みなさんに一服してもらった。公民館の山歩きの催しに何回か参加したことがあるので、顔見知りの人もいた。「ブログを読んでいますよ」というご夫婦もおられ、気恥しいやらうれしいやら・・・。

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 こんな山奥で暮らしているわれら夫婦を珍しがる人もいた。「冬もここで過ごしているのですか」との質問は、まことにごもっともだ。確かに、標高800mに立地するわが山小屋は、雪に閉ざされる日が多く、気温も氷点下10度近くになることも珍しくない。「真冬になると、この広い森の人口は私ら4人だけなんです」と答えたが、多分、変人と思われているのだろう。

 一行は間もなく生石高原に向かった。ここからは15分ほどの距離である。高原のススキはこれからが見ごろだ。午後からは晴天になり、ススキの穂が波打つ白銀の世界を楽しまれたことだろう。

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 午後4時ごろから私も生石高原を歩いた。日が西に傾くと、逆光になってススキの白銀の穂が際立って美しく、この時間帯に歩くことにしているのだ。安物のカメラで無造作に写真を撮ってみた。深まる秋を実感していただければ・・・。

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