良いお年を・・・

 今年も残りわずかですね。この1年、ブログ「森に暮らすひまじん」にお付き合いいただき、有難うございました。皆さんのクリックの積み重ねで、アクセス数は11万件を超えました。ブログを始めた時には想像もしなかった数字です。

 この冬は紀伊山地の山小屋を一時離れ、滋賀の自宅で過ごすことにしました。空き家にしていた自宅にはインターネット回線が引かれていません。ブログの更新をどうするか、色々と迷いました。

 新たに回線を引くか、無線ランの機器を使えばいいのですが、わずか2ヶ月余りしか滋賀にいないのに、1年分の回線料金を払わなければなりません。何かいい方法がないか、契約しているプロバイダーに相談してみました。

 結論は、やはり余分に年間4万円くらいの料金がかかることが分かりました。ところが昨日、プロバイダーの女性から電話がかかってきました。「都市部にはホットスポットという場所があり、そこからだと月額315円でネットが利用できる」とのことです。「最初からそう言え」と言いたかったのですが、言葉を飲み込みました。

 ホットスポットなんて初めて聞く言葉で、ホテルなど特定の場所、とくにマクドナルドは全店でネットが使えるそうです。滋賀の自宅の近くにはマクドがあるので、すぐ契約しました。正月明けにパソコンの設定をしようと思っていますが、うまく使えるようになればいいのですが。

 冬の間はマクドナルドでコーヒーを飲みながら、ぼちぼちブログを更新しようと思っています。退屈な内容になるかもしれませんが、今後ともお付き合いのほど、宜しくお願い致します。

 みなさん、良いお年を・・・。
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「裏切り者」と言われても・・・

 今年の冬は、生石高原の山小屋を離れ、空き家にしている滋賀の自宅で過ごそうと思っている。気候温暖な和歌山とはいえ、標高800mを超える山中に建つ山小屋は余りにも寒いのだ。滋賀の自宅は比叡下ろしの寒風に晒されるけれど、ここに比べれば大分ましである。

 山を下りることは、生石高原でともに暮らしている仲間にはまだ言っていない。「裏切り者、卑怯者、根性なし」などと言われるのが辛いのだ。年末になると、過酷な冬をここで過ごす仲間は数人だけになってしまい、それだけに残された仲間の連帯感は強い。しかしこの冬、われら夫婦が脱落することになり、後ろめたいものを感じるのだ。

 これまで4回の冬、山小屋で過ごしてきた。最低気温は10度近くになることもあり、日中でも氷点下のままの日が多い。水道が凍結するので、寝る前、元栓を締めて水抜きという作業をしなければならない。昼間でも、水道をチョロチョロと出しておかないと、たちまち凍結して水道管が破裂する。

 部屋の暖房には薪ストーブを使っているが、大量の薪を焚かなければならない。備蓄している薪の山がどんどん減り続け、心細くなってくる。薪ストーブだけでは暖まらず、石油ストーブを使う日も少なくない。雪が積もれば春まで根雪になり、道路はスケートリンクのように凍結する。食料の買出しも難儀することがある。

 愚痴っぽいことを書いているが、それは逆で、寒さや雪、そして不便さを楽しんでいたのだ。新雪が積もれば外に飛び出し、生石高原を歩きながら新しい踏み跡を楽しんだ。雪国生まれの私にとって、雪景色は懐かしく、様々な記憶が蘇ってくる。空気が澄んだ高地からの星空も美しい。痩せ我慢で冬を過ごして来た訳でなかった。

 しかし、「寒さに強い」と自慢していたのに、ついに気持ちが折れたのだ。年を取るということは、こういう事なのかと、つくづく思う。「寒さに耐えられなくなっただけでなく、何事にも消極的になってきたように思う。好きな魚釣りも回数が減った。ちょっとした仕事も「明日にしよう」と怠ける。

 いつまでも若くはないということだ。自分の体力や気持ちに素直になればいい。「老境」という嫌な言葉も潔く受け入れよう。意地を張って寒さに立ち向かっても、もろくな事がない。明日にでも仲間たちに「冬だけ山を下りる」と話そうと思う。多分背中に、冷たい視線を感じるだろうが・・・。

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加齢臭・・・喜んだり沈んだり

 加齢臭--。

 何とも、嫌な言葉である。男性は40歳くらいから、女性は閉経後くらいから臭い出すらしい。脂臭い、青臭いというのが、この臭いの特徴だ。自分の臭いは自分で分からないから、悩ましい問題である。

 あれは4年前のことである。私のガールフレンド3人が、乗用車で滋賀から和歌山のわが山小屋へ遊びに来た。その車中で、女性の一人が最年長の女性に向かって「加齢臭がするーっ」と言ったらしい。さぁ大変だ。

 それはもちろん冗談で、会話が弾み過ぎて脱線してしまったらしい。しかし言われた本人にとって、愉快なはずがない。その夜、バーベキューで宴会をしたが、当の女性の口がいつもより重かった。それとなく理由を聞くと、女性の一人が「加齢臭がすると言ったら、ヘソを曲げちゃったのよ」と明かしてくれた。

 今回の一件は、親し過ぎて飛び出した不規則発言であり、翌朝にはケロリとしていたから大事には至らなかった。ただ、他人の体臭について言うのはタブーである。いくら親しくても、気をつけた方がいいと思う。

 実は東京で暮らしている娘が山小屋に来ていた際、「お父さん、加齢臭がしなくなったねぇ」と不思議そうに言ったのである。

 以前から、女房や娘たちから「加齢臭には気をつけた方がいいよ」と言われ続けていた。だからご婦人方と会ったりする時は、芳香剤を頭から振り掛けたものである。実に馬鹿げたことではあるが・・・。

 ともかく、娘からそう言われた時はうれしかった。娘はお世辞を言うようなタイプではないから、やはり私から加齢臭が消えたのだろう。女房も私に鼻をくっ付けて「お父さん、良かったねえ」と喜んでくれた。

 しかしそう言われても、果たして加齢臭が消えるということがあり得るのか、疑問に思った。

 もしそれが本当なら、私の体内から脂やホルモンなど臭いの元になる物質がなくなったということになるのだ。臭いを発散させない人間・・・。それは、生き物として風前の灯ではないのか。無味無臭、無味乾燥という言葉も頭をよぎる。ふと、カサカサと風に舞う枯葉を思い浮かべる今日この頃なのだ。

 「臭い」と言われて怒り、「臭わない」と言われて落ち込む。煮ても焼いても食えない難儀な年寄りである・・・。

お父さんのイカ・・・美味しいね

 東京で暮らしている娘が、有給休暇を消化するため休みを取り、山小屋にやって来た。ご馳走もない山暮らしなので、冷凍保存しているアオリイカを毎日、毎日、刺身にしてたらふく食べさせた。

 「お父さんが釣ったイカは美味しいね」と、娘はいたずらっぽく笑った。「お父さんが釣ったからではなく、アオリイカそのものが美味しいのだ」なんて四角張ったことを言っているが、内心はうれしいのである。

 娘は帰り際、「釣りたてのイカをクール便で送ってね」と言った。おだて上げれば、私が喜ぶのを知っているのだ。その翌日は天気も良く、早速イカ釣りに行くことにした。年は取っても、私のせっかちな性分は治らない。

 釣りに行くのは、先月中旬以来だ。この間、天候不順が続き、雪が降ったり波が高かったりした。加えて、毎年このシーズンは仲間とともに薪作りをしているので、なかなか釣りに行けなかったのだ。

 朝8時前、生石高原の山小屋を出発、由良湾に向かった。気温はマイナス2度。山道は雪に覆われている。雪のない中腹より下は霜が降りていて、凍結状態だった。スピードを落とし、慎重に運転した。

 ホームグランドの漁港に着くと、防波堤の先端で2人がグレ釣りをしていた。イカ釣りは私だけで、防波堤の付け根で竿を出した。やがて3人の若者がやって来た。彼らも同じイカ釣りである。仲間が出来て楽しく釣りが出来そうだ。

 途中の漁港で生きたアジを買ったが、馴染みのここの漁師は「このところの寒波で水温が一気に16度まで下がった。イカ釣りは難しいかもなぁ・・・」と言っていた。案の定、まったくイカの当たりがない。

 正午前、若者の一人に当たりがあった。割と強引にやり取りをしており、バラしはしないかハラハラしながら見ていた。しばらくしてヤエンという掛け針を投入したが、うまく掛からず逃がしてしまった。若者たちは「大きかったなあ」と海中を覗き込み、悔しがっていた。

 それから1時間ほどした時である。竿をそっと上げたところ、少し重い。イカがアジに食いついているかもしれない。そのまま2分ほど待って竿先で聞いてみると、イカがジェット噴射して沖へ走った。

 この機会を逃せば、もう釣れないかもしれない。ジワジワと慎重に寄せ、ヤエンを投入した。ヤエンが糸にぶら下がりながらイカに近づいて行くのが手応えで分かる。

 そろそろ掛かるはずだと思った時、水面が黒く濁った。ヤエンが掛かるとイカは痛がって(?)墨を吐くのだ。近くまで寄せ、糸を張ったまま玉網を置いている場所まで5メートルほど後ずさりした。若者の一人が「針が掛かっているのは足1本だけですよ」と声を上げた。えっ、これでは足が切れるかもしれない。そう思った瞬間、竿が跳ね上がった。

 イカが海中に逃げていくのが見えた。それほど大きくはなかったが、やっと手にしかけた1匹である。若者に「まぁ、こういうことあるわな」と笑って見せたが、心中穏やかでない。「クソッ」と悪態をつきたかった。

 結局、イカの当たりはこれ1回きりで、全員打ちそろっての丸坊主だった。東京の娘にクール宅急便を送れなかったことが、何より残念、無念である。「娘の願いを叶えるエライお父さん」を見せたかったのに・・・。

カレンダーがもらえない・・・

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 年の瀬を迎え、侘しいことが一つある。カレンダーがないのだ。例えば昨年は、年末ぎりぎりまで1枚のカレンダーもなかった。ここ生石高原で暮らす仲間が、元勤めていた会社のカレンダーをくれたので、何とか新年に間に合ったという具合である。

 現役で働いていたころは、会社に様々な企業からカレンダーが持ち込まれ、社員はより取り見取りで持ち帰った。カメラメーカーのカレンダーなどは豪華で美しく、部屋のインテリアとしても使えた。女房は、ゴミ出しなどのスケジュールを書き込めるカレンダーを欲しがり、持って帰った。

 給料は振り込みだったので銀行との付き合いもあり、うるさいくらいカレンダーをくれた。ヤクルトのお姉さんもくれた。使わないで捨てるカレンダーがいくつもあり、もったいないと思った。しかも当時のカレンダーの多くは上質紙が使われており、伐採されるパルプ材のことを考えると、心がチクリ痛んだ。

 しかし今はどうだ。退職後に和歌山の山奥に移住したため、銀行や町の商店とも付き合いがなくなり、カレンダーをもらえなくなった。今は年金が振り込まれる郵便局と最も懇意にしているが、カレンダーではなくティシュペーパーしかくれないのだ。

 もう12月中旬というのに、カレンダーをくれたのは持病の薬をもらっている薬局だけだ。しかし、虫眼鏡で見ないと読めないほどの小型版なのだ。数年前までは地元の車の修理工場からもらっていたが、経費節減で配らなくなった。「最近の車は故障しないので、業界はジリ貧だ」という。カレンダーからも世相が見える。

 私が現役の頃、立派な役職についていた先輩から、年末になると時々こんな電話がかかってきた。「会社のカレンダーと手帳を送ってくれんかなあ。総務部に言っといてよ」・・・。その度に少し悲しくなったものだが、今は先輩の気持ちがいくらか分かる。私だって会社に頼めばカレンダーを送ってくれるだろうが、それを言う勇気はない。

 今年は、予約販売のカレンダーを買った。それが先日届いた。買ったのは「2013・日本アルプスカレンダー」(1800円)である。今年8月、槍ヶ岳に登った時、泊まった山荘で売られていた。どうせ今年もカレンダーをもらえないし、記念にもなるので予約しておいたのだ。

 それは北アルプスの四季を描いた美しいカレンダーである。どこかの商店で、「これ、もらえるかなあ」と卑屈な笑いを浮かべて持ち帰ったものじゃない。ちゃんとお金を払った。たかがカレンダーかもしれないが、私にとってささやかな贅沢である・・・。

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生石高原は雪・雪・雪

 このところの寒さは強烈だ。テレビでは「爆弾寒波」と呼んでいる。1週間ほど前から、アラレや雪がちらつく日があったが、今日は朝から雪が降り続き、正午までに5センチほど積もった。

 ここ生石高原の森に山小屋を建てて19年になるが、12月中旬にこんなに雪が積もるのも珍しい。例年、軽トラのタイヤをスタッドレスに交換するのは年の瀬でよかった。それがこの雪で困ったことである。

 外はもちろん氷点下。女房が洗濯をしようとしたが、屋外の水道が凍結して水が出ない。お湯を何回もかけてやっと水が出た。標高800mのこちらは、写真のような白の世界。車の運転には注意を。

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ミカン狩り

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 私たちが暮らす生石山からつづら道を下ると、ミカン畑が広がっている。日本一の出荷量を誇る「有田みかん」の産地である。畑のあちこちにコンテナを満載した軽トラが止まっており、収穫作業は今が最盛期である。

 ミカンは年末年始になくてはならない果物だ。私が小さいころは、今のように段ボールではなく、木箱に詰められていた。掘り炬燵の上に盛られたミカンを食べながら家族と談笑するのは、日本の正月の風物詩でもある。

 先日、ミカン農家のNさんから「ミカン狩りに来ないか?」という電話をもらった。東京で暮らしている末娘が山小屋に来ており、われら夫婦と3人で参加した。畑には、親しくしている大学の先生と娘さんも来ていた。

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 今年は豊作の年だという。しかしNさんは渋い顔である。安値になって儲けが少ないうえ、最盛期には採り切れないそうだ。時期を逃すと、野鳥につつかれたり、熟し過ぎて傷がついたりして、出荷できないと言うのだ。

 Nさんの収穫を見ていると、ほんの少しの傷がついていても、惜しげもなく捨てるのだ。品質保持のためには、それも仕方ないのだろう。オレンジなどの自由化によってミカン農家は苦境に陥ったが、それでも食べて行くためには、ミカン栽培にすがるしかなかったのだろう。そんなことを思うと、ミカン狩りもちょっぴりホロ苦い・・・。

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 私はミカン狩りをせず、もっぱら見物していた。しかし女房と娘は、鋏を使って次々と摘み取っていく。その合間に、味見と称して食べるのだから大忙しだ。1時間余りで、コンテナ2個が満杯になった。女房と娘は「ちょっと欲張り過ぎたかな?」と舌を出した。

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 ミカン畑を見ていると、少年時代に読んだ紀伊國屋文左衛門の絵本を思い出す。ミカンを満載した船が嵐の中を進む。帆柱につかまりながら咆哮を上げるちょん髷の文左衛門。それは、安く買い叩いたミカンを江戸の町に運び、巨万の富を得たサクセスストーリーだった。子供心にわくわくした。

 文左衛門は、ここ有田に近い醤油の町・湯浅の出身だそうだ。ミカンで得た金で材木商を営み、やがて幕府ご用達となった。絵本のほかに彼のことは知らなかったが、昨年、夢枕獏著「大江戸釣客伝」を読んで、なかなかの風流人だった彼の一端を知った。

 世は花の元禄時代。趣味のためには惜しげもなく金を注ぎ込み、芭蕉の一番弟子の宝井其角や画家英一蝶らと親しく交わった。しかし晩年、幕府から十文銭の鋳造を請け負ったが失敗し、乞食同然の生活をしていたとも言われる。平家物語の一節を思い起こす波乱の人生は、ここ有田特産のミカンに端を発しているのだ。

 わが山小屋の居間には、コンテナ2個に一杯のミカンがある。もう食べ過ぎて指の爪が黄色くなった。Nさんが手塩にかけて育てたミカンを無駄にしてはならない。息子夫婦や知人に送ろうと思う・・・。

 

 

障子の張替え・・・居間が明るくなった

 変な出会いだった。3か月ほど前、女房と一緒に山小屋のウッドデッキに出て、野鳥のヤマガラにヒマワリの種を与えながら遊んでいた。すると、家の下を通る道路から人の声が聞こえた。

 「魚釣りが好きな人ですかぁ~」。熟年のご夫婦のようで、ハイキングの服装をしていた。「はーい、そうですよ~」と答えると、「ここへ登って来る途中、お宅のことを聞きました。私も釣りが好きなんです」という声が返ってきた。まことに奇妙な会話である。

 折角だからわが家に上がってもらい、コーヒーを飲んで貰った。ご夫婦は兵庫県にお住まいで、今年の春ごろ、ここ生石山の中腹に家付きの広い土地を買い、時々来ているのだという。

 田舎暮らしをしながら釣りも楽しみたい。これが和歌山を選んだ理由だとのことである。ご主人は襖、掛け軸、額などの職人さんで、四代続く老舗だそうだ。訥々とした話しぶりで、人懐っこい笑顔が印象的だった。奥さんはコロコロとよく笑う朗らかな人である。

 その後、私が釣ったアオリイカを食べて貰おうと、ご夫婦を山小屋に招いたことがある。酒を酌み交わしていると、ご主人は居間を仕切っている障子に視線を泳がせていた。さすが、襖や障子の職人さんなんだなあと思っていた。

 この障子を張り替えたのは、いつ頃だったろうか。5年以上は経っているかもしれない。紙は黄ばみ、所々破れ、補修した跡がある。下の方には、愛犬「ぴー助」が引っ掻いた穴がいくつもある。

 そろそろ張り替えたいと思っていたが、今ひとつ気力が湧かず、そのままにしていた。先日、隙間風についてブログで書いたが、障子の穴から吹き込む隙間風もまた実に冷たいのだ。障子の裏から紙切れをあてがう応急処置しかしておらず、まことにズボラなわれら夫婦である。

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 先日、このご主人から電話があり、食事の招待を受けた。その際、「障子紙をはがし、障子を持ってきて下さい。すぐに張替えますから」と言われた。何というご親切。穴が空いた古びた障子に、痛く同情されたみたいだ。

 なるほど、代々受け継がれてきた技はすごいものである。障子3枚の張替えに要した時間は半時間にも満たない。しかも、出来上がりは寸分の狂いもなく、美しい。紙は少々のことでは破れないとのことである。

 早速、障子をはめた。居間がパッと明るくなった。山小屋の中は乱雑なままだが、障子だけは正月に向けて準備万端である・・・。

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