ガシラ釣り・・・弟子がライバルに

 前半のGWが始まった。山小屋に居るだけでは、世間から取り残されているようで少し寂しい。「ガシラでも釣りに行くか?」と女房を誘ってみた。先日の釣りでは、夫婦でシーソーゲームを演じ、私の8匹に対し、女房7匹と善戦したし、久し振りで食べたガシラの唐揚げも美味しかったので、女房にとっては渡りに舟の誘いだったのだろう。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130427191649.jpg

 午前10時前に出発し、由良湾の漁港には1時間ほどで着いた。思っていたより風が強い。ゴムボートにエンジンを取り付け、少し白波が立つ中をポイントに向かった。シーアンカーを入れても、流される。

 仕方なくアンカーを投入して釣りを始めた。先日は女房に3匹も先行されたが、今回は私が実力通り最初に釣った。しかしやや小さい。続いて女房が釣った。竿を大きくしならせ、上がってきたガシラは刺身が出来そうなほど大きい。次もまた女房に来た。これがこの日一番の大物だった。

 それからは思い出したように釣れる程度で、ペースが上がらない。波も高くなってきたので漁港に引き返すことにした。弁当を食べながら風が止むのを待ったが、風は強くなったり、弱まったりを繰り返している。

 午前中1時間ほどの釣果は私が3匹、女房も3匹で計6匹だ。晩のおかずには少し足りない。白波が立っていたが、再びポイントに向かった。アンカーを放り込んですぐ、女房が釣った。しばらくしてまた釣った。私には全く当たりがない。そのうち波が高くなり、後ろ髪を引かれる思いで帰ることにした。

 女房の5匹に対し私は3匹だけ。ちょっと情けないので、「あのな、船頭がいいんだよ」と負け惜しみを言ってみた。釣り歴40年の私に比べたら、女房はまだ世話の焼ける弟子である。しかし、先日は女房と1匹差、今回は逆に2匹の差をつけられた。もはや弟子ではなく、ライバルになったかもしれない。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130427191751.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130427191819.jpg

 漁港で帰り支度をしていると、懇意にしている漁師がやって来て「ちょっと待っとけよ」と言う。しばらくすると、玉網に魚を入れて引き返してきた。漁船の生簀からすくってきたのだろう。「刺身で食べなよ」。絶品の麦わらイサギと立派なアジである。

 わずか2時間ほどの釣りだったが、ガシラ8匹の釣果だからまずまずだろう。それよりも、脂がのったイサギと大アジの思わぬプレゼントがうれしかった。その夜はもちろん刺身。冷やした吟醸酒が臓腑にしみた・・・。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130427191851.jpg
スポンサーサイト

「脱亜論」・・・福沢翁に学ぶ

 中国、韓国との関係がぎくしゃくしているのは今に始まったことではないが、尖閣諸島の国有化、前韓国大統領の竹島上陸によって、一層ひどくなった。そして、麻生副総理ら閣僚と国会議員の靖国神社参拝をめぐり、この両国は相変わらず異様に反応している。

 日本、中国、韓国は隣人である。隣人だから仲良くすべきだという友愛の精神は、歴史を見れば空疎な言葉である。そもそも日本とは、文化も風土も違うし、近代の歩みも異なる。

 正直に言わせてもらうと、私は中国と韓国の振る舞いが滑稽に見えて仕方がないのだ。自分たちを大きく見せ過ぎるきらいがある。中国は世界の中心だとする中華思想を唱え、外国要人と接する時の態度は尊大だし、迎える部屋の調度品や装飾品も見栄を張っているように思える。

 韓国も「大国」「強国」という言葉が好きである。家電大国、貿易大国、通商強国、化学強国など枚挙にいとまがない。大韓民国という国名からして、「大」が好きな国家であることがわかる。

 これ以上悪口を並べるのは私の品位を貶めるので、福沢諭吉の有名な「脱亜論」に代弁して貰いたいと思う。この名文は、明治18年、時事新報という新聞の社説として書かれたものである。

 福沢諭吉の文章は、舌鋒鋭く、小気味いい。例えば、幕府要職だった勝海舟が明治新政府に仕官したことを批判した「痩せ我慢の説」は、実に痛快な著作である。「脱亜論」でも支那朝鮮を糞味噌に批判する内容になっている。以下は「脱亜論」の要旨である。

       *  *  *

 ・・・ 日本の不幸は隣国にある。支那と朝鮮である。近代文明や国際法がもたらされているはずだが、変わろうとしない。文明が日進月歩なのに、改進の道を知らない。一から十まで外見の虚飾のみで、真理原則の知見がなく、道徳もなく、残酷さは破廉恥極まる。自省の念もない。

 このような二国は、独立を維持することは出来ない。もし幸いにも救国の志士が現れ、明治維新のように政治を改め、人心の一新ができればいいが、そうでなければ数年も経たないうちに国が滅び、国土が西欧諸国によって分断されるだろう。

 ・・・困ったことに、日本は支那朝鮮と地理的に近いので、欧米人から同じように見られるのだ。法治の観念を持たない国だから、日本も無法の国と見られてしまう。恥を知らない、義侠心のない支那人と同じような民族と思われるかもしれない。朝鮮は残酷な刑を行っているが、日本も無法にして残忍無情と思われる。

 もはや日本に、支那や朝鮮が国際常識を持った開明の国になるのを待っている余裕はない。むしろ、隣国だからと言って格別の配慮は必要なく、西欧諸国と進退を供にすべきである。

 悪友と仲良くなる国は、ともに悪名を免れないものである。私は心に於いて、亜細亜東方の悪友と絶交すると宣言する。

餅投げ、尻餅ついて・・・

vcm_s_kf_repr_468x351_20130422083252.jpg

 屋根に打ち付ける雨音がやかましく、森を吹き抜ける風が木々を揺らし、大きな音を立てている。薄目を開けて目覚まし時計を見ると、まだ午前2時である。起きるには、いくらなんでも早過ぎる。

 今日は、私たちが暮らしている別荘地の山開きの日である。山麓の集落の人たちも大勢参加する。弘法大師の祠の前で法要が行われ、その後に餅投げが行われるが、このような荒れた天気で恒例の行事はどうなるだろう。そんなことを考えていると、ますます目が冴えてきた。

 悶々としていると、少しまどろんだようだ。起きるとすぐ薪ストーブに火を入れ、コーヒーを沸かした。ストーブには前夜の火が残っていたので、すぐにゴーッという音を立てて勢いよく燃え始めた。

 暖をとりながら、コーヒーを飲んだ。外はまだ暗く、風は治まっていたが雨は降り続いていた。そう言えば、私は餅拾いで女房に一度も勝ったことがない。餅は小さなビニール袋に2個入っており、去年は女房20袋に対し私は17袋だった。これはまだいい方で、ダブルスコアで敗れることもある。

 私の悪い癖は、投げられる餅をダイレクトキャッチしようとするのだ。取れないと右往左往してしまい、地面に目を向けた時はすでに人の手が伸びている。餅拾いのベテランは婆さんに多いのだが、ペタンと地面に座り込み、目の前だけを見ているのだ。女房もこれを真似てひたすら地面を見つめ、落ちてくるの待つ作戦だ。

 餅拾いは、お上品なゲームではなく、体を張った奪い合いだ。格闘技のようなものでもある。。地面に落ちた餅を拾おうとすると、何人もの手が同時に伸びてくる。それをひるまず奪い取らなければならないが、私はそこまで出来ない。「男の体面」とか「謙譲の美徳」が邪魔をしてしまう。

 しかし女房は、逆に他人の手から餅をむしり取るのだ。だからいつも、「嫌な性格やわぁ」と自己嫌悪に陥っている。

 さてこの日の天気だが、幸い昼前には雨が上がった。遊びに来ていた兵庫県のご夫婦と一緒に別荘地の広場に出かけた。恒例の餅つき大会もあり、つきたてのヨモギ餅が参加者に振舞われた。女房はすぐ列に並び、「主人の分も」と言って厚かましく二皿もらってきた。全部女房が食べた。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130422083337.jpg

 続いて、メーンイベントの餅投げだ。買い物袋などを手にした人々が、紅白の幕で囲ったステージを取り囲む。いきなり餅がバラバラと投げられた。大人も子供も、無邪気に歓声を上げる。毎年、参加者の割には餅の量が多いのだ。

 私は思うように拾えない。すでに後半戦。空中に飛んだ餅をキャッチしようとしたが失敗した。足元を見ると、餅が落ちている。手を伸ばしたら、左横から体当たりを食らい、見事に尻餅をついた。私を突き飛ばしたのは、70代と見られる臼のように太った女性だった。

 何やら、お尻が冷たい。前夜からの雨で地面に水が浮いており、尻餅をついてパンツまで濡れたようだ。こうなれば戦意喪失だ。仲間のドイツ人Pが私のズボンを見て、「兄貴、何よそれ。明日まで笑えるよ」とはしゃいでいる。

 闘いは終わった。女房が重そうな袋をぶら下げてやって来た。私の20袋に対し、女房は36袋。またも完敗だった。「餅拾いで尻餅ですか」。女房が笑っている。洒落にもなならない。お尻を濡らし、いい年こいて、何をやってんだ・・・。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130422083044.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130422083215.jpg

 

 




 

山桜が満開・・・山菜の季節

vcm_s_kf_repr_468x351_20130419135429.jpg

 ここ紀伊山地の生石高原では、やっと山桜が満開になった。標高800m余りの高地だから、春は里より半月遅れでやって来る。山桜は白い花と一緒に赤い葉が芽を出し、そのコントラストが実に美しく、味わいもある。

vcm_s_kf_repr_351x468_20130419135508.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130419135544.jpg

 山桜の花びらが舞い出すと、高原は本格的な山菜の季節である。ワラビやゼンマイが眠りから覚め、タラの芽が膨らんでいる。山菜の季節を迎えて、春本番に包まれる喜びを噛みしめる。

 先日、高原を歩いていたら、ツバメが二羽飛んでいた。今年初めての目撃だ。二十四節気では四月初旬が「玄鳥至る(つばめきたる)」の候だが、高原への飛来は暦よりも10日ほど遅い。

 昨日まで暖かかったのに、今日は一転して北の風が強く、寒い。週末になると、高原は山菜採りの人たちが大勢来るので、今日のうちに山菜を採っておこうと、女房と連れ立って出かけた。

 ワラビは少し大きくなっていて10~15センチほど。これから大きくなる予備軍は無数にあり、1週間もすると最盛期を迎えるだろう。とりあえず、今晩と明日に食べる分だけ50本ほど採った。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130419135651.jpg

 次は山ウド採りだ。ワラビ、ゼンマイ、タラの芽、コシアブラ、ヤマブキなど山菜の種類はたくさんあるが、その女王は何と言っても山ウドだろう。香りがいいのはもちろんだが、野趣あふれる味わいと食感は、「比類がない」とでも言いたくなるほどだ。天麩羅や酢味噌で食べるのが一般的だが、キンピラにしたり、サラダ感覚で食べたりするのもいい。

 今の時期だと、山ウドの葉が少し出ているだけで、なかなか見つけにくい。前年の枯れた茎の周辺を探せば、親指の先ほどの茎が見つかるはずだ。まだ地上に姿を現す前の白い茎が柔らかくて、風味もあり、最高である。

 ワラビはいくらでもあるが、山ウドはそうざらにある訳ではない。だからつい欲が出て採り過ぎるきらいがある。この日も必要以上に採ってしまい、人格が疑われそうだから写真でお見せするのはその一部である・・・。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130419135731.jpg


 

ガシラ釣り、女房とシーソーゲーム

 朝6時前、軽トラにゴムボートを積んで紀伊水道の由良湾に向けて出発した。珍しく助手席には女房が座っている。やっと暖かくなり、釣りに行く気になったのだろう。私にとっても、これが今年初めての釣りである。

 狙う魚はガシラである。当たりが明確なので、女房のような素人でも釣れる。二人で30匹以上釣ったこともあり、女房はその成功体験が忘れられないらしい。しかし釣りはそう甘くない。それを思い知るのも、修行なのだ。

 電動ポンプでボートを膨らませ、エンジンを取り付けて出発である。目の前を潜水艦が蒸気を噴き上げながら沖に向かっている。15分ほどでポイントに着いた。風はなく、潮の流れも緩いのでボートは流されない。シーアンカーは使わず、プカプカ漂いながら釣ることにした。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130416160351.jpg

 仕掛けをセットした竿を女房に手渡した。餌はサバの切り身である。自分の竿を用意していると、早くも女房が「あっ、釣れた」と言って竿を曲げている。結構いい型のガシラである。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130416160428.jpg

 実力、経験から言っても次は私が釣る番だろう。ところがまたも女房が竿をしならせたのだ。「へへへ、面白い!」と言いながら、良型をぶら下げている。ちょっと悔しいが、これくらいのハンデがあって丁度いいのだ。

 しかし、二度あることは三度ある。その次も女房が釣ってしまったのだ。3匹対0匹の大差。釣り暦40年が泣くではないか。そこへ知り合いの漁師が漁船で通りかかった。「釣れるのは女房ばかりや」と言うと、大笑いして走り去った。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130416160525.jpg

 もう、こうなると必死である。口数も少なくなる。しばらくしてやっと私にも釣れた。ところが、すぐに女房が釣って差は縮まらない。それからはシーソーゲームの展開となり、なかなか女房に追いつけない。

 少し風が出てきてボートが流されるようになり、シーアンカーを投入した。それを合図に私の猛追が始まった。連続3匹を釣り、同点に。そして1匹追加して私の9匹に対し女房は8匹。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130416160610.jpg

 その後釣れなくなったので、納竿することにした。まだ午前11時前だから粘ればもっと釣れるだろうが、これで十分だ。しかも1匹リードで私のプライドは守れた。たかが1匹だが、されど1匹なのだ。

 釣果は二人合わせて17匹の大漁。煮付け、唐揚げ、塩焼き、味噌汁。日替わりで楽しむとしよう・・・。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130416160700.jpg

    ↓ 煮付けを作ってみました。はい、料亭の味です

vcm_s_kf_repr_468x351_20130416185006.jpg
 

地震・・・

 山小屋が「ギシ、ギシ」という音を立て、激しく揺れた。午前5時半過ぎ。地震だ。建物はログ材なので、揺れも音も激しい。

 われら夫婦はロフトで寝ていた。私は横になったまま、窓越しに白み始めた空を眺めていた。小さな揺れは次第に激しくなり、縦に揺れた。しかも長く続いた。

 階下に下りてテレビをつけた。「緊急地震速報」という赤い文字が映し出されていた。しばらくすると、震源地が分かった。「淡路島 震度6弱」。ここ和歌山の生石高原は震度4。物が倒れたりすることはなかった。

 ウッドデッキに出て、紀淡海峡の向こうに横たわる淡路島を眺めた。霞がかかってよく見えないが、何ごともなかったように沈黙している。山小屋から淡路島は、手が届きそうなほど近くに見えるのだ。

 女房は、関空発の飛行機で北海道に行く予定の娘に電話している。地震が起きた時、リムジンバスは連絡橋の上を走っていたらしく、乗客の携帯電話が一斉に鳴り出したという。自動的に送られる地震警報のメールだという。 滑走路を点検しているらしいが、出発は大幅に遅れるだろう。

 午前6時55分現在、今もテレビ各局が地震についての報道を続けている。特段の被害は出ていないようだ。淡路島上空からは何機ものヘリコプターの音が聞こえてくる。早朝の大揺れにびっくりしたが、大したことがなく、良かった。

     ↓ 紀淡海峡の向こうは淡路島だが、霞がかかって見えない。
vcm_s_kf_repr_468x351_20130413065030.jpg

吉野の桜

 NHKの朝のニュースを見ていると、ヘリコプターが奈良県・吉野山の上空から桜を生中継していた。映像は「上千本」のあたりを映している。まだ午前7時過ぎというのに、多くの観光客が散策していた。アナウンサーは「満開の桜はしばらく楽しめます」と言っている。

 「それ行け」--。すぐ決断し、すぐ出かけられるのは、われら自由人の特権である。女房は弁当作りにとりかかる。前夜炊いたタケノコご飯、近くで採った山蕗の佃煮、玉子焼き。山で食べるのだから、これで十分ご馳走だ。バタバタと用意し、8時半ごろ軽トラで吉野を目指した。

 2時間半で現地に到着した。近鉄吉野駅から降りて来る乗客の多さに度肝を抜かれた。ケーブルカーの列も半端ではなく、50分待ちという。駐車場はどこも満車だったが、係員は「ああ、軽トラかぁ」と、ちょっと馬鹿にしたように一瞥し、隅っこに止めさせてくれた。駐車料金は、軽トラでも普通車と同じ1500円。

 周回道路の一つで、杉の樹林帯を通る「ささやきの小径」を歩いた。半時間ほどで如意輪寺に着いた。後醍醐天皇ゆかりのお寺であり、楠木正成の長男正行が足利軍との戦を前に訪れ、如意輪堂の扉に辞世の句を刻んだと言われる。毛氈が敷かれた椅子に座り、お抹茶をいただいた。桜の花びらが舞っていた。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130411115346.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130411115415.jpg

 ここからハイキングコースを歩いた。花見というより、トレッキングである。途中で昼食にした。その後、どこでどう間違ったのか、細い道に迷い込んでしまった。心細くなりながら歩き、やっと本道に出た。急な石段を登ると、いきなり視界が広がり、「上千本」の桜が目に飛び込んできた。ただ、テレビが報じていたような満開ではなく、半分散っていた。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130411115511.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130411115554.jpg

vcm_s_kf_repr_351x468_20130411115627.jpg

 再び登り続けると、水分(みくまり)神社の朱色の鳥居が見えた。お賽銭を入れ、二礼二拍手一礼。家族の健康、ついでに自身の長寿をお願いした。本殿は重要文化財で、桃山時代に再建されたとある。歴史を感じる社殿と枝垂桜が実にマッチしていてきれいだった。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130411115720.jpg

 次は「奥千本」を目指して歩き、途中でコーヒーを沸かして一服した。奥千本の入り口にあるのが「金峯神社」だ。吉野の総地主の神が祀ってあるとのこと。「金峯」とは、吉野から大峰にかけて金の鉱脈があると信じられているのだそうだ。近くに、義経が追っ手から身を隠していたという塔があった。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130411115819.jpg

 ここは吉野山と熊野三山を結ぶ修験道の奥駈道で、女人禁制の山上ヶ岳に通じている。金峯神社から4、50分歩くと「女人結界」の碑があるらしい。一応女人である女房は、ぜひこの機会に結界門に立ちたいという。行ってみたが、旧の女人結界であり、足を踏み入れてもバチが当たる訳ではなかった。

vcm_s_kf_repr_351x468_20130411115923.jpg

 ここで引き返し、「西行庵」に寄り道した。桜に囲まれた静かな場所で、奥千本の名にふさわしかった。帰り道は、人で混み合うメインロードを下った。上千本の桜はまずまずだったが、中千本では半分以上散り、金峯山寺のあたりでは葉桜になっていた。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130411120041.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130411120132.jpg

 全山満開ではなかったが、それでもこの日に行っておいて良かった。次の日は写真のような雪。「思い立ったが吉日」。昔の人はうまいこと言ったものだ・・・。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130411120220.jpg



 

いいスカンポが採れた・・・保存食に

 先日、私たち夫婦が暮らす生石山を下り、買出しに出かけた。地元の農産品を並べている店を覗くと、もう立派なワラビが出ていた。一束150円だった。

 旧暦では二十四節気の「清明」である。若葉が萌え、鳥がさえずり、命が輝く季節だ。土が付いたままの竹の子、瑞々しいワケギ・・・。店の棚からも、清明の時候が伝わってくる。

 先週末は暖かかったので、ひょっとして生石山でもワラビが出ているかもしれないと思った。そこで、山小屋から歩いて半時間ほど下ると日当たりのいい場所があり、そこへ行ってみることにした。

 残念ながら、まったく出ていなかった。やはり標高の高いここでは、里に比べると季節は半月以上も遅い。帰り道、女房が「スカンポなら出ているかもねぇ」と言うので、毎年採りに行く場所へ寄り道してみた。

 すると、こちらはうれしい予想外。若々しいスカンポがたくさん出ていた。二人で夢中になって採った。根元に手を添えて一気に折ると、「ポン」という小気味いい音が出る。スカンポ採りはこうでなくてはならない。

 スカンポはわが家の貴重な保存食である。皮をむいて塩をし、冷凍保存するのだが、皮をむくのに大変な手間がかかる。しかし、これだけ若いスカンポだと簡単にむけるのだ。4月後半になると、見掛けは若いスカンポでも、包丁を当ててむかなければならない。出始めのスカンポは手間がかからないし、味もいい。

 わが家はキンピラ風にして食べる。塩抜きしてごま油で炒め、みりん、醤油、砂糖で味付けする。酸味はなく、シャキシャキとした食感がいい。酒の肴には絶妙である。山小屋を訪れてくれる知人や友人たちもこの珍しい食べ物を褒めてくれる。

 あと2、3回採りに行けば、1年分の量になる。寒い冬に食べれば一段と美味しく、熱燗が恋しくなる一品である・・・。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130408084257.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130408084332.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130408084402.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130408084437.jpg


 

一気に春の陽気・・・畑を耕す

 「ツツピー、ツツピー、ツツピー」・・・。今朝も盛んにシジュウガラが鳴いている。わが山小屋を縄張りにする野鳥はヤマガラの勢力が圧倒的だが、私たちが冬を滋賀で過ごしている間に、シジュウガラの勢力がいくらか増したように思う。

 山小屋で暮らすようになってこの5年の間、毎日、毎日、ヤマガラにヒマワリの種の餌を与えてきた。しかし今年の冬は留守にしていたので、餌をやることが出来なかった。このためヤマガラの一部がどこかへ行ってしまい、その代わりにシジュウガラが縄張りに入り込んだのかもしれない。

 そんな事を考えながら、女房の農作業をぼんやり見守った。このところ花冷えの日が続いていたが、今日は久し振りに暖かい。畑に置いている杉の丸太に座っていると、春の陽気に誘われて眠気が襲ってくる。

 畑は、山小屋のすぐ西にあり、広さは30坪ほどである。3年前、雑木を切り、スカンポや野イチゴなどの藪を刈り取り、開墾した。イノシシさえ逃げ出しそうな荒地をよくぞ開墾したものだと思う。今はそんな気力も体力もない。

 丸太に腰かけ、女房の農作業を見守るなんて、何と気楽な亭主と思われるかもしれない。しかしそれは違う。私が鍬を持つと、やり方が違う、畝が曲がっている、もっと深く掘れ、とうるさい。挙句、腰が入っていないと、プライドを傷つける。もともと農作業は好きでないが、少しは手伝おうと思っても、女房がやる気をくじくのだ。

 ま、それはいい。一家言持っているだけに、女房は立派な畑にした。落ち葉を集め、これに米ぬかや生ゴミを入れて醗酵させ、せっせと畑に入れた。土は黒々となり、小石も少なくなった。

 先日はジャガイモの種芋を植え、二十日大根、人参の種も播いた。玉ネギは無事冬を越し、今日は、オクラを植える畝に堆肥を入れていた。様々な野菜をわれら夫婦が食べるだけ栽培する。採りたての野菜に、ささやかな幸せを感じる。

 畑の一角をふと見ると、アスパラガスの芽が出ていた。小指の先ほどの大きさだが、成長が早いので数日後には食べられるかもしれない。昨日は、生石高原を散歩した時、頭をもたげたワラビを1本見つけた。春の足音が大きくなってきた・・・。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130405130606.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130405130639.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130405130718.jpg

vcm_s_kf_repr_351x468_20130405130750.jpg
 

 

春の海をドライブ

 4月の声を聞くと、紀伊水道の海が気になる。海水温は何度くらいだろう。アオリイカは釣れ出しているだろうか。ガシラはどうだろう。偵察のため、湯浅湾から由良までの海岸線をドライブすることにした。

 一人では退屈なので、女房を誘った。「鰻丼をおごったる」。「それなら行く」。一発で食い付いてきた。魚もこのように釣れればいいが、そうはいかない。実は、鰻の稚魚が値上がりして以来、鰻丼なんて口にしたことがない。女房が目を輝かせたのもそういう事情があるからだ。御坊市に美味しい店があるので、そこへ行こう。

 まずは、湯浅広港を覗いてみた。ここへは、イカ釣りの餌になるアジを釣りに来ることがある。昨年秋は、ここだけがよく釣れた。港には年金暮らしのような数人が焚き火を囲んでいたが、釣り人は一人もいなかった。彼らに睨まれているような気がしたので、すぐ走り去った。

 唐尾、三尾川の漁港も人影が見えなかったので、衣奈の漁港へ。岸壁に行くと、知り合いの漁師夫婦がいた。ビニール袋にガシラやアジなどを詰めていた。お得意さんに配達するのだという。漁師によると、水温は17度とまずまずの暖かさ。最近イカ釣りの客が増えたが、釣果は芳しくないという。まだ少し早いようだ。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130402074916.jpg

 この日は風が強かったが、晴天のドライブ日和だった。海に面した「和歌山断酒道場」の空き地に車を止め、白波の立つ青い海を眺めた。ここは眺望が良く、石垣が高く積まれた道場のたたずまいも風情がある。10人ほどを乗せたマイクロバスが道場に入って行った。断酒に挑戦するアル中の人たちだろう。明日はわが身である。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130402074950.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130402075026.jpg

 しばらく走ると名勝・白崎海岸だ。石灰岩の海岸である。道路脇に車2台が止まっており、下を見ると、何人かが魚釣りをしていた。短い竿に短い糸を垂らし、磯の間を探っている。ガシラ狙いの提灯釣りだろう。近くの大引漁港にも行ってみたが、いつもは誰かいるのに無人だった。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130402075106.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20130402075143.jpg

 次は造船所の近くにある神谷漁港を覗いた。釣りをしていた爺さんに声をかけようとしたら、いきなり竿が曲がって15センチほどのバリコが釣れた。一夜干しにすると美味しい魚で、和歌山人の好物である。隣では若者が紀州釣りでチヌを狙っていた。するとこちらはかなりの大物を掛けた。しかし糸が切れた。「大きかったなぁ」とため息をついていた。

 由良湾を半周し、小さな漁港に向かった。ここは、いつも私がボートを出しているホームグランドである。馴染みの漁師が干したヒジキを熊手でかき集めていた。ヒジキは結構いい値で売れるらしい。この漁師には何かとお世話になっており、「今年もよろしく」と丁重に挨拶しておいた。

 昼も近くなったので、何度か来たことのある御坊の鰻屋に入った。メニューを見ると、定食の鰻丼は200円値上がりしていて1200円。1匹付けは3800円で、こちらは高嶺の花である。もちろん定食を注文した。出てきた鰻丼には二切れしか載っていなかったが、涙が出るほど美味しかった。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130402075237.jpg

 御坊から小一時間ほど走ると、南部市の山あいに「鶴の湯」という温泉がある。源泉掛け流しで、お湯は黄色く濁っている。露天風呂でゆっくりした後、帰途についた。女房は車中で何度も「美味しかったね」とつぶやいた。たった二切れだったが、鰻は香ばしく、甘かった・・・。

vcm_s_kf_repr_468x351_20130402075310.jpg

 

 

カレンダー

03 | 2013/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

月別アーカイブ

ブログ内検索

全記事表示リンク

訪問者数

ランキング参加中!

PR

PR

PR