サバの燻製・・・これはいい

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 「サバの燻製って旨いんだよなぁ」・・・。熱海で暮らしている高校時代の同級生が、わが山小屋を訪れた時、そんな風に語ったことがある。芦ノ湖に別荘を持つ彼の友人がサバの燻製を作り、食べさせてくれたのだという。

 燻製は私の趣味の一つだが、サバをスモークしたことはない。理由は、新鮮なサバが手に入らなかったからだ。サバは魚の中でも特に新鮮さを保つのが難しい。

 しかしチャンスが巡ってきた。先日のブログ「紀淡海峡の釣りに招かれた」の記事を読んでいただければ有難いが、ブログで知り合った友人の船に乗せてもらい、たくさんのサバが釣れたのだ。

 熱海の友人の言葉を思い出し、よし、燻製を作ろうと思った。釣れたサバは夏が旬の「ゴマサバ」だった。釣りから帰るとすぐ4匹を三枚に下ろした。燻製の味を決めるのはソミュール液で、コップ4杯くらいの水に砂糖40グラム、塩45グラム、胡椒、オレガノを加えて作った。燻製の場合、少々薄味の方が無難である。

 煮立った液をさまし、身を半時間ほど漬け込む。取り出したら薄い塩水で洗い、ペーパータオルで水分を取って冷蔵庫で24時間乾燥させた。燻製の専門用語だが、これを「風乾」といい、スモークの効果を上げる大切な工程である。

 スモーク缶の電熱器を強にして温度を上げ、70~80度くらいで熱する。半時間ほどすると、サバの皮がパリッとなる。ここでチップを入れてスモークする。チップは魚に合うブナを使った。スモークの時間は30分ほどだ。煙がもったいないので、ゆで卵も入れておいた。

 取り出したら軒下にぶら下げて風を当てる。身は飴色に光っていて、美味しそうだ。味見してみた。表面はパリッとしているが、中はふわふわに仕上がっている。

 スモークのふくいくとした香り。そして、ほのかな塩味とともに、サバ本来の旨みが引き出されていた。文句なしに美味しい・・・。

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       ↓ ゆで卵もスモーク
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       ↓ 待つこと30分
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       ↓ しばらく風に当てると、はい完成
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紀淡海峡の釣りに招かれて・・・

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 午前4時半、われら3人の釣り人を乗せた船は和歌山市の水軒港を出港、雑賀岬沖の紀淡海峡に向かった。薄曇りの空に満月がぼんやりと浮かび、海面を照らしている。天気予報では多少波が高いとのことだったが、幸い穏やかである。雨も降りそうになく、絶好の釣り日和となった。

 船を操るKさんは、大阪の大きな企業に勤めるサラリーマンである。船は漁師だった祖父から引継いだもので、休日には紀淡海峡に船を出し、旬の魚、季節の釣りを楽しんでいる。彼には祖父譲りの漁師の血が流れているのだろうか。

      Kさんの釣り船(8人乗り)
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 彼は熱心に私のブログを読んでくれている。私もまた、釣りと読書を綴る彼のブログ(http://blog.goo.ne.jp/matufusa/)を読んでいる。今年の春、Kさんから私が暮らす生石高原の山菜についてブログのコメント欄に問い合わせがあった。後日、山ウドやワラビ、タラの芽、コシアブラが採れる場所に案内した。

 今回の船釣りは、山菜採りの返礼として招かれた。律儀なことである。先日、サバとアジが釣れ始めたとの連絡をもらい、女房とともに好意に甘えることにした。ただ、釣果は芳しくなく、Kさんが試し釣りに出かけたところ、ゴマサバ1匹、クサフグ2匹だけだったという。だから過大な期待はなかった。

 仕掛けはKさん手作りのサビキで、針が10本、長さ10メートルの大仕掛けである。このあたりでは一般的な「チョクリ」という釣り方だ。雑賀岬から紀の川河口にかけては砂地になっており、サバ、アジの好漁場だという。

 最初のポイントは水深が40メートルほど。50号のオモリを付けて仕掛けを下ろし、竿を大きく上下させながら当たりを待った。仕掛けが海底すれすれに達した時、グン、グンと糸がひったくられた。上がってきたのは30センチを超える丸アジだ。しかも3匹。1匹は針外れしたが、幸先がいい。

 続いて同じような水深で当たりが来た。今度は引きが強い。何と、見たこともない大きなイシモチだった。塩焼きがおいしいはずだ。ムニエルなんかもいいだろう。いいお土産だ。

 ところがその後、私に釣れない時間が続いた。生意気にも女房は順当に釣っているし、もちろんKさんも竿を曲げている。なぜ女房に釣れて私に釣れないのか。女房はKさんから指示されるタナに忠実だが、私は下手に経験があるだけに色々と釣り方を試めしてしまうのだ。悔しいが、女房の「愚直さ」に軍配が上がった。

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 紀の川の河口沖にポイントを変えてしばらくすると、女房が「来た来た!重い、巻けない」と悲鳴を上げた。Kさんも折れんばかりに竿を曲がている。そして私の竿も引き込まれた。何と、3人とも10本の針に10匹のサバが掛かっている。仕掛けもお祭りだが、船上でもお祭り騒ぎである。

 ふっー、もうこれで十分だ。大きなクーラーはほぼ満タンだ。Kさんからも「終了」の声が掛かった。この間、Kさんは女房が釣る魚を取り込んだり、仕掛けを交換するなど大忙しだった。

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 船は港に向かった。前方に、ひと際高い生石高原の山並みが見えた。私たちが釣っていた紀淡海峡は、わが山小屋の居間から毎日眺めている海である。双眼鏡を覗けば、Kさんの船が見えるかもしれない。表情まで見えないが、豊漁の笑顔であってほしい・・・。

      三枚に下ろし、しめ鯖を作る
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      サバの燻製に初挑戦。ソミュール液につける
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奇妙な縁で釣りの交流

 ガシラを釣ろうと、由良湾にボートを浮かべた。いつもは前の席に女房が座っているが、今回は客人が乗っている。この人については、いつかブログでも書いたことがあるが、それは実に奇妙な出会いだった。

 昨年春、私たち夫婦が山小屋のウッドデッキでヤマガラに餌をやりながら遊んでいると、下の道路を歩いていた夫婦から「釣り好きの人ですかぁ」と声を掛けられた。まぁ、そう言われればその通りだが、初対面のそんな第一声に意表を突かれた。

 これも何かのご縁であり、「お茶でも飲んで行きませんか」とお誘いし、山小屋に上がってもらった。ここ生石山で暮らす人から釣りキチが住んでいると聞き、とりあえず最初に出会った私たちに声を掛けたのだという。

 この夫婦は、生石山中腹に畑付きの民家を買い、兵庫県から通って田舎暮らしをしている。将来はここに永住したいらしい。和歌山県を選んだ理由は「魚釣りがしたいから」であり、当地の釣り事情を知りたいと、噂で聞いた釣りキチを探していた訳だ。私も20年前、豊かな海と川がある和歌山に釣りの拠点となる山小屋を建てた。

 これが縁で、家族同士の夫婦の交流が始まった。女房は奥さんと馬が合うようで、いつも楽しそうにおしゃべりをしている。ご主人のKさんからは、和歌山の釣り場を教えて欲しいと頼まれていた。手始めとしてまずボートからのガシラ釣りを計画、今回の釣行が実現した。

 先日の朝早く、由良湾の小さな漁港に互いの夫婦が集合した。ゴムボートに電動ポンプで空気を入れ、エンジンを取り付けた。まずは私とKさんがボートに乗り、女性陣は岸壁でサビキ釣りをしてもらうことにした。

 サバの切り身を餌にガシラを狙う。いきなり私の竿に当たりがあり、結構いい型のガシラが浮いてきた。取り込もうとしたところ針が外れ、ガシラは海底に戻って行った。いいところを見せようと思っていたのに、苦笑するしかなかった。

 次はKさんが竿を曲げた。釣り好きというだけあって、竿さばきは手馴れている。中型のガシラを巧みに取り込んだ。しばらくすると、今度は竿を大きく曲げている。「これはよく引く」と言うだけあって、取り込んだガシラは刺身が出来るほどの大物だった。そして次もまた大物が釣れ、「和歌山に来た甲斐がありました」と満面の笑みである。

 ここで女性陣と交代し、3人で竿を出した。初体験だった奥さんには釣れなかったが、うちの女房は半時間ほどの間に3匹釣った。私はその間に1匹だけで、奥さんの前で恥をかいた。釣果はKさんが7匹、わが家は8匹で似たようなものだが、それも内助の功に助けられての結果である。

 釣りのため、わざわざ和歌山に居を構えた二組の家族。奇妙な縁で交流が深まっている。「またボートで近いうちに」とKさんはやる気満々である。もちろん異存はない・・・。

       → 満面の笑みを浮かべるKさん
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       → Kさんが釣った大物
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       → わが家の釣果
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人の好意を裏切った

 ここ生石山で暮らす仲間のPがぶらりやって来た。山小屋の裏手を覗くなり、「オー、スバラシイ、ビューティフル」と感嘆の声を上げた。私が懸命に進めている土留め工事の出来栄えに驚いたのだ。

 大雨が降れば、今にも山小屋裏側の斜面が崩れそうな状態にある。家の裏には大きな軒を設けてあり、崩れた土砂がその土台を直撃したらえらい事になるのだ。だから梅雨の前には完成させようと、工事を急いでいた。

 この軒は4年前、Pが一人で作ってくれたのだ。お陰で雨の日も洗濯することが出来るようになり、物置も置けるようになった。Pには感謝しても感謝しきれない。

 軒の工事に当たって、彼はほとんど私に手出しさせなかった。私が余りにも不器用であり、非力であったからだ。少しでも手伝おうとすると、「兄貴、邪魔しないでよ。いいから見ててよ」と言った。非力は事実だから、そう言われても悪い気はしなかった。

 しかし、今回の土留め工事はPの世話にはなりたくなかった。自分一人ででもやれるところをPにも、女房にも見せたかったのだ。杉の木を倒し、皮をむいた。そして、鉄パイプを打ち込んで丸太を積み上げた。土留めの効果は間違いないだろう。仕上がりも美しい。われながら完璧な工事だと思った。

 家の裏のテーブルで、Pと女房の3人でコーヒーを飲みながら談笑し、私は土留め工事の出来栄えを自慢した。すると、Pは少し寂しげな表情を見せた。その時、初めて私のうかつさに気付いた。

 実は以前、土留め工事の予定をPに話したことがある。彼は「手伝うよ」と言ってくれた。しかし、自分ひとりで工事を進めてしまった。彼にすれば、自分が作った軒の土留めだから、その関連工事も自分でやり遂げたいという気持ちが強かったのだと思う。

 Pの好意に甘えなければならなかったのだ。素直に「お願い」と言えなかった自分は、まだまだ未熟だなぁと思う・・・。

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     ↓ 工事の前はこんなんだった
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ブログの更新を怠けていた・・・

 女房の携帯に姪から電話がかかってきた。「生きているのか?」。ブログの更新が10日も滞っていため、何かあったのかと心配し電話してくれたのだ。有難い心遣いである。

 高校時代の友人と遊びに行っていたこともあるが、それよりも何をブログに書けばいいか、要するにネタに困っていたのだ。いや、書くことはいくらでもあるのだが、そんなネタなんてつまらなく思ってしまった。

 この前のブログでは、化け物のようなアオリイカを4杯も釣ったことを書いた。この釣りは私にとてつもない衝撃を与えた。釣りのレポートを書いているだけで、身も心も震えた。そして、達成感に酔いしれた。これ以上のブログの話題なんてないと思った。

 実は、こんなこともあった。とても登れないだろうと勝手に思っていた槍ヶ岳から帰った時も、そんな心理状態に陥った。しばらくの間、何をする気も起きず、ブログを書くことも出来なかった。

 随分前に人生の折り返しを過ぎた私にとって、釣りや登山、人との交流などによって味わう感激は貴重なものなのだ。若いころ感じなかったであろう感激や達成感が今はある。これからの人生で、そんな喜びが何度あるのだろうかと考えることもある。

 ブログを書こうとパソコンの前に座って考えを巡らせる。すると、あのアオリイカの重量感、引きの強烈さが蘇り、思いつく様々なネタがひどく色あせて思えてしまった。その結果、えーいっ、やめたー、となってしまい、ブログの更新を怠ける結果となった。

 大津の自宅から和歌山の山小屋に帰ると、敷地のシャクナゲの花が満開になっていた。笹ユリも背丈を伸ばし、風になびいていた。そう、ブログはこんな平凡なことを淡々と綴ればいいのだ。もう、巨大なイカのことは忘れよう・・・。

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会心の釣り・・・アオリイカの大物4杯

 凪の由良湾が朝日を浴びて光っている。ゴムボートを浮かべ、アオリイカ釣りの竿を出して1時間ほどが過ぎた。針には、餌となる20センチほどの大きな活きアジを付け、泳がせてある。

 遠くの景色を見ながら、数分の間、ボーっとしていた。竿先に目を戻すと、糸が緩んでいる。リールを回して餌を回収すると、軽い。何と、アジが食べられ、尻尾だけがぶら下がっている。短時間の間に大きなアジを食べ尽くすのだから、相当大きなアオリイカが潜んでいると見て間違いない。

 餌を付け替え、同じ場所に投げる。すると、竿先が曲がり、ジリッ、ジリッとリールから糸が出て行く。よし、イカが乗った。イカがアジを食べるのに夢中になるまで、そのままにしておく。3分経過。これだけ待てば多少引っ張ってもアジを離さない。

 少し引いてみると、グイーンと糸を引き出して逃げる。この繰り返しで、まさに一進一退だ。手応えからかなりの大物だろう。少し早いと思ったが、ヤエンという掛け針を道糸に装着し、海中に送った。焦らず、ゆっくり、慎重に。これがイカ釣りの基本だ。

 やがて、イカが一気に走った。ヤエンがイカの下部に潜り込み、針がイカを捕らえたのだ。竿をのされたため、糸を出したところ、バッククラッシュしてしまった。糸を元に戻す余裕はない。リールを巻けないので、手で糸を引っ張って寄せるが、何回も潜られる。

 何分くらい経ったのだろう。海中に黄色い巨体が見えた。猛烈に墨を吐いている。やっとの思いで寄せたら、また潜られた。竿を持つ手が痛い。玉網の届く距離まで寄せたが、大き過ぎて網の枠に当たり、なかなかすくえないのだ。最後はヤエンを手に持ち、ぶら下げるようにして網に落とし込んだ。

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 釣れたのは午前7時15分。後で計ったら胴長46センチ、ジャスト3キロだった。クーラーからはみ出すので、胴体を曲げて入れた。女房に電話してイカとの激闘を報告すると、「はよ、帰っといで」と言う。半分その気になったが、餌のアジが何匹も残っているので、しばらく続けることにした。

 次のドラマは9時50分ごろだ。物凄い勢いで走られ、寄せるのにかなりの時間を要して冷や冷やした。ヤエンを入れたが、イカまでの距離が長いので、ヤエンが途中でブランコのようになり、なかなか前に進まない。取り込むことを半ば諦めかけたが、辛抱強く寄せた甲斐あって、ともかく玉網に納めることが出来た。

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 これもほぼ3キロあり、このクラスのイカとのやり取りは、格闘技と言ってもよい。闘い終えると、肩で息するほど疲れる。これでやめればいいのに、欲が出る。それから15分後、今度は2・5キロほどのサイズが釣れた。クーラーに押し込んだが、もうこれ以上は入らない。

 これが潮時である。正直そう思って帰り支度を始めた。しかし、そこが私のスケベなところで、一応アジを付けて竿を出しておいた。これにイカが乗ったのだ。四度目の格闘の開始である。くどくど書かないが、一進一退を繰り返し、3キロ弱のイカを釣った。

 クーラーが満杯だから、イカはアジを活かしておくバケツに押し込み、午前11時過ぎ、漁港に帰った。岸壁でイカ釣りをしたいた人に余ったアジを差し上げた。私の釣果を見て、「なんじゃこれ」とびっくりしていた。それを聞いて、私の鼻の穴が広がった・・・。

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琵琶湖畔を歩く

 連休の後半は、定住している和歌山の山小屋から大津市の自宅に一時的に帰った。東京で暮らす娘と合流するためだが、娘は中学時代の同級生たちと次々と約束し、出歩いているばかりである。若い頃、自分も同じような経験があるので、無下に娘を責められない。「親の心子知らず」・・・である。

 今日も娘はどこかへ行ってしまった。女房は庭の草むしりばかりしている。所在がないので、散歩に出かけた。自宅から10分ほど歩くと、琵琶湖畔に出る。お城の形をした琵琶湖文化館から膳所公園の近くまでを往復するのがいつもの散歩コースである。風景を楽しみながらゆっくり歩いて2時間ほどだ。

 湖畔は「なぎさ公園」と名付けられ、よく整備されている。この日も多くの人が行き交っている。ジョギングする人、犬と散歩する人、ブラックバスのルアーを飛ばす若者たち。光る湖面には観光船が走り、モーターボートが水しぶきを上げている。対岸の比叡山は新緑が美しい。

 この時期は、琵琶湖名産の小アユが釣れる。和歌山で暮らす前は、気が向くと竿を手に湖畔まで歩き、よく小アユを釣ったものだ。1、2時間ほどで50匹ほど釣れ、天麩羅にして食べた。独特の苦味があって、まことに美味しい。たくさん釣れた時は、女房が実山椒を入れて佃煮風に炊いてくれた。

 釣りをしていた年配の男性に声をかけると、「今年は駄目ですねえ」と言う。水産試験場が昨年秋に調べたところ、産卵数は例年のわずか2%に過ぎなかったという。新聞やテレビもこの異変を何回も取り上げている。今年だけの異変だといいが、将来が心配だ。アユがいなくなれば、もはや琵琶湖とは言えないのだ。

 天気も良く、気持ちのいい散歩だった。お昼も近くなったので、自宅に帰った。その家からも琵琶湖が見渡せるのだが、人からよく「こんな美しい所に住んでいながら、どうしてわざわざ山の中へ行ったのか」と聞かれる。答えに窮するが、詰まるところ「ここより人が少なく、静かだから」。変かなぁ・・・。

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アケビの花と友人・・・

 ここ生石高原の森では、アケビの花が咲き出した。花には赤紫色と白色の二種類あるが、わが山小屋のアケビは赤紫色である。逆光に浮き立つ花びらは実に鮮やかで、自然界が生み出した絶妙の色彩だと思う。

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 実は、この花には悲しい思い出が重なっていて、花を見る度に切なくなる。

 9年前のゴールデンウィーク、会社の同僚A夫婦が山小屋へ遊びに来て、ひと晩泊まってくれた。帰り際、アケビの花を見つけた奥さんは「何と美しい」と感嘆の声を上げた。アケビの蔓を手繰り寄せ、花をかざす夫婦をカメラに収めた。

 この写真はアルバムに貼ってあり、今も手元にある。写真のAは、はにかむような笑顔を見せ、穏やかな性格そのままに映っている。しかし彼は、もうこの世にいない。

 そのアケビの頃からしばらくして、Aに癌が見つかった。進行性が強く、あっけなく死んでしまった。知人や職場の同僚たちの見舞いを拒み、葬儀も家族だけで済ませた。亡くなるひと月ほど前、電話で少し話した。相変わらず生真面目な口ぶりだったが、どこか死を覚悟していたようにも思えた。

 Aと私は20歳代のころ、地方都市にある会社の出先機関で一緒に働いていた。結婚することになった私は、先に結婚していた彼に住居について相談した。すると、雇用促進住宅という安いアパートがあることを教えてくれた。彼はすでにその住宅に入居していたのだ。

 家賃は月4000円だった。当時の私の月給からすれば、分相応の家賃だったと言える。Aとは別の雇用促進住宅が空いていたのですぐ契約し、そこが私たち新婚生活を始める新居となったのだ。

 雇用促進住宅は、炭鉱離職者のために建てられた住宅だったが、炭鉱で働いていた人たちばかりではなかった。住人たちはみんな親切で、居心地の良い住環境だった。40年近く経った今でも年賀状をやり取りしている人もいる。

 建物は、公団住宅のような造りになっており、家賃が安い分、中は狭い。ドアを開けるといきなりキッチンがあり、その続きに3畳ほどの部屋があった。その奥には6畳の居間兼寝室があり、引き戸一枚隔てて風呂があった。風呂と居間が一緒になったような構造なのだ。

 今では考えられないような1DKの住宅だが、それが普通だろうと思い、別に気にならなかった。しばらくして、女房の家族が高級外車に乗って新婚生活の様子を見に来た。外車を持つ実家の暮らしと、つましい新婚生活の落差にさぞ驚いたことだろう。

 それから何年か経って二人とも本社に帰った。互いに釣りが趣味で、並んで竿を出すこともあったし、飲みにもいった。そんな時は、地方都市で勤務した頃の思い出話が多かった。特に、雇用促進住宅の暮らしぶりを自虐的に語り合い、爆笑した。

 アケビの花はAの顔と重なり、瀬戸内の海が光る地方都市でともに働いた若いころを思い出させる。切なく、やるせない美しい花である・・・。

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