ヤマガラが戻って来た・・・

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 野鳥のヤマガラは、われら家族の一員である。森の中にぽつんと建つ山小屋での暮らしは、人とのコミニケーションがそれほど濃い訳でない。だから、いつもわれら夫婦に寄り添ってくれるヤマガラは、実に愛らしい存在なのだ。

 山小屋のウッドデッキに置いている餌台には、餌のヒマワリの種を欠かさないようしている。いつもは20羽くらいが餌をついばみ、空中でもつれ合いながら遊んでいる。

 散歩に出ると、後を追って来て頭や肩に止まって餌をねだる。畑でも、裏のベンチでも、ヤマガラは私たちにまとわりつく。だからポケットにはいつもヒマワリの種を入れておいて、与えることにしている。

 しかし、今年は違った。ヤマガラがほとんど寄り付かなくなったのだ。これはわが家だけでなく、ここ生石高原の仲間の家でも同じだった。ブログを読んで下さっている人からも、寄りつかないというコメントをいただいたことがある。

 たまに飛来しても4、5羽くらいだ。餌を置いていても食べ残していることが多かった。孫が山小屋に来ると、手に餌を載せて食べさせるのを楽しみにしているが、今年のお盆はそれが空振りに終わった。

 なぜ寄り付かなくなったのだろう。餌になる昆虫が例年になく多いと言う人もいるが、真偽のほどは分からない。

 ところが今月下旬になると、急にヤマガラが来るようになった。以前とほぼ同じの20羽くらいの数だ。朝起きて階下に下りると、まだ外は薄暗いのにウッドデッキの手すりにずらりと並んで餌を待っている。

 餌がなくなると、ベンチの背もたれに止まり、ガラス戸越しに私を見つめて餌を催促する。それでも私が腰を上げないと、羽をばたつかせてホバーリングを繰り返す。これらの動作は毎年同じであり、同じヤマガラが山小屋の周辺に居ついているのだと思う。

 それにしても、餌がなくなるのが早過ぎる。不審に思ってヤマガラの行方を追っていると、種はほとんど食べず、地面や石の間に埋めているのだ。この習性は別に珍しいことではなく、秋になるといつもこうするのだ。冬に備えて餌を備蓄しているのだろうが、例年よりも早く冬支度しているように思う。

 ということは、今年の冬の訪れが早いということなのかもしれない。急にわが家に寄りつくようになったのも、保存しやすいヒマワリの種をもらえるからなのだろう。

 人間は暦を発明し、それをもとに田植えをしたり、冬の支度を始めたりする。しかしヤマガラたちには、実に正確に季節を知り、予知する能力があるのだと思う。

 ただその割に、ヤマガラには少々物忘れの癖があるようだ。今はせっせと種を地面に埋めるているが、どこに埋めたか忘れるらしく、翌年にはあちこちでヒマワリの花が咲く。まぁ、そこがまた可愛いのだが・・・。

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旬の岩ガキ・・・

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 昼前、玄関のドアを叩く音がした。出てみると、ここ生石高原で暮らす仲間の男性が段ボール箱を抱えて立っていた。「友達が海に潜って獲ってきた。食べるか?」。それは見事な岩ガキである。

 岩ガキは夏が旬だから、もちろん食べたい。箱の中には20個くらい入っており、5個もらうことにした。岩ガキの身は卵よりも大きいから、これで十分だ。彼の友人が紀伊水道の海で獲ってきたらしい。

 女房は「それじゃ今夜はバーベキューね」と言う。岩ガキだけでもご馳走だが、少し物足りない。それなら鮎も一緒に焼きたいので、2時ごろから鮎釣りに出かけた。

 近くの有田川の鮎は、お盆を過ぎると本格化する。それまでは、おもに放流鮎が釣れるが、これからは大きく育った天然遡上の鮎である。ただこの残暑だから川の水はお風呂並みの温かさで、掛る鮎はすぐに弱ってしまう。元気なオトリがうまく循環しない釣果が伸びない。これが友釣りの難しいところだ。

 それでも5時ごろまでに12匹釣れた。鱗は滑らかで、まだ若々しい鮎である。これで一応今夜のバーベキューの役者はそろった。

 山小屋裏で焚き火をして炭を熾した。赤くなった炭をコンロに移し、岩ガキを載せた。金槌でたたいても割れないほどの分厚い殻だから、火も通りにくいのだろう。殻が開くまで20分くらいかかった。

 ナイフを刺し込んで貝柱を切ると、ぷっくり膨らんだ身が出てきた。かぶりつくように食べた。海水の塩味とクリーミーな濃厚な味が口の中に広がった。さすが真夏が旬の岩ガキだ。おいしかった。

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夏野菜・・・覚えのない野菜も

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 山小屋の畑では夏野菜が大きく育ち、今が収穫の最盛期だ。

 オクラは食卓の脇役に過ぎないが、ねばねばした食感と独特の生臭さに存在感がある。女房は買ってきた袋入りの種を全部播いたところすべて発芽し、畑はオクラだらけになってしまった。

 エチオピアが原産地とされるこの野菜は、やはり異国の風情を感じる。花はクリーム色、真ん中が紫で、派手ないでたち。茎は筋肉質で太く、背丈は1mにもなる。夏ばて防止の効果があるというから、せっせと食べよう。

 ゴーヤは例年になく大きく育っている。東側の雑木を伐採したため、日当たりが良くなったためだろう。女房は、バナナ、牛乳、蜂蜜を混ぜたゴーヤジュースを毎朝飲ませてくれる。良薬、口に苦し・・・。

 キュウリ、トマト、モロッコ豆、シシトウ、ピーマン・・・。こんな野菜も毎日収穫できる。年を取ると、喉の通りが良い野菜がうれしい。若いころは、野菜を丁寧に取り除いて食べたものだが、今はその逆である。

 畑の中央ではカボチャが蔓を伸ばしており、大きな実が7個も鎮座している。しかし、カボチャの種を播いた訳ではない。勝手に出てきたのだ。女房は、落ち葉や生ゴミなどで堆肥を作っているが、その中にカボチャの種が混じっていたのだろう。

 カボチャだけではない。トマトもプチトマトも勝手に芽を出し、今ではたくさんの実を付けている。すでに色づいているものもあり、もうすぐ食べられるだろう。正体不明の野菜も育っており、小さな実を付けている。何者か、興味津々。成長を見守る日々である。

 2000年以上前の種によって開花した大賀ハスの例を引くまでもないが、植物の種の生命力はすごい。堆肥の中には野菜や果物の種もたくさんを捨ているので、来年は思わぬ実りがあるかもしれない・・・。

     ↓ オクラの花
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     ↓ 大きなゴーやが育つ
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     ↓ 堆肥の中の種が発芽し、こんなカボチャが7個も
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     ↓ 赤く熟すと、カラスに取られるので網をかぶせた
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     ↓ 正体不明の野菜。どんな実を付けるのか?
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暁の奇襲作戦・・・

 「明日の朝3時半だよ。兄貴、分かったか?」。ここ生石高原で暮らす仲間のPは、私たち夫婦にこう念を押した。

 翌朝、目覚まし時計で起床したわれらは、すでに緊張の極みである。間もなく、Pが懐中電灯を手にわが山小屋に姿を現した。「電気を全部消して。ウッドデッキの電灯もだよ」と、険しい表情で厳命した。

 この「暁の大作戦」は、午前4時前に始まった。女房は、和室の網戸越しに懐中電灯を「敵に」に向けて照らすと、Pが素早くウッドデッキに出るや、あらかじめ電源をいれておいた高圧洗浄機を噴射した。

 敵とは、スズメバチの巣である。噴射は10分以上続けられた。奇襲攻撃を受けたスズメバチは巣から飛び出したが、水圧で蹴散らされる。Pもひるむことなく、巣が崩壊するまでノズルを向け続けた。

 私はというと、ハチに刺されないよう鮎釣りの玉網を頭にかぶり、室内を右往左往するだけである。時々Pに「気を付けてよ」と声を掛ける以外、「暁の大作戦」に何一つ貢献していない。女房は照明係として重要な役割を担っているのだ。情けな・・・。

 Pによると、スズメバチは夜になると巣に入り、夜明けまで出てこないと言う。このハチに刺されると、アレルギー反応でショック死することもある危険な敵である。よって、ハチが眠っている間に奇襲をかけることにしたのだ。

 この巣は、お盆で山小屋に来ていた息子の嫁さんが見つけた。ウッドデッキの近くの軒下にぶら下がっており、黄色いハチが何匹も盛んに出入りしていた。巣は直径が20センチ以上もある大きなものだが、私たち夫婦はそれに全く気付いていなかった。

 われらは先月末から北アルプスに行っていて、1週間ほど留守にしていた。その間に巣作りを始めたとしたら、スズメバチの人海戦術はすごい。いや、以前から少しずつ作っていたのかもしれない。

 Pが帰ってしばらくして、ガラス戸を開けて取り除いた巣の様子を見てみた。数センチほどの残骸が残っていたが、それに数十匹のハチが群がっているではないか。すると、開けたままにしていたガラス戸からスズメバチ3匹が室内に入った。

 女房は、戸を開けたままにした私を怒っている。私は長さ2mほどの棒に粘着テープをぐるぐる巻きにして、これでハチをくっ付け捕獲しようとしたが、怖くて近づけない。すると女房が棒を引ったくり、ハチを追い詰めて3匹ともひねり殺してしまった。私はその死骸を外に捨てるだけで、またも男としての体面を失ってしまった。

 ハチは巣の残骸に群がり、再び巣作りを始めた様子だ。もう、これ以上好きにさせてはいけない。山を下り、ホームセンターで「スズメバチキラー」という噴射式の殺虫剤を買ってきた。値段は1450円で、4~6m先の巣を直撃できると書いてある。噴射時間は40秒ほど。2本は買いたいところだが、高くつくので1本にした。

 さて、誰が噴射するか。内心、女房にお願いしたかったが、やはりここは私が名誉挽回するしかない。男らしく、腹をくくった。上も下も分厚い服とズボンを2枚重ね、さらに羽毛の古い防寒着を2枚着た。頭と顔を保護するため、鮎釣りの玉網を二つ重ねてかぶせた。網の柄が邪魔だし、前も見えない。汗が噴き出した。

 女房が私の少し大袈裟な「雄姿」を見て笑っている。「笑っている場合か」・・・。意を決してウッドデッキに出るや、敵の群れに噴射した。前が見えないので、うまく当たっているのか分からない。もう闇雲である。あっという間にボンベのガスがなくなった。

 次は高圧洗浄機で巣の残骸を根こそぎ洗い流すのだ。女房が「後ろにハチが来た」「上にもいる」と叫んでいる。もうこうなったら、刺されても構わないという狂乱の心理状態に陥っている。右手で洗浄機のノズルを、左手で頭にかぶっていた玉網を外して振り回す。

 長い時間が過ぎ、洗浄機を止めて軒下を見た。巣があった所はきれいになっているし、ハチは姿を消していた。スズメバチ退治は成功したのだ。ホームセンターの売り場には、業者に頼んだ場合の値段が書かれてあった。21500円也。蛇足だが、男はやる時はやるのだ・・・。

       ↓ 巣の直径は20センチほどもある。身の危険があるのでやむなく・・・
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       ↓ 巣の残骸を利用して、再び巣の製作を始めた
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       ↓ スズメバチキラー。ハチが逃げただけで、死んではいないかも・・・
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       ↓ 活躍してくれた高圧洗浄機
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       ↓ 女房は、臨場感のあるこの写真を使った方がいいと言ったので、恥ずかしながら・・・
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鈍足夫婦の北アルプス縦走・・・5日目(終わり)

 出来ることならこのまま時間が止まり、天空の山々に囲まれ、じっとしていたいと思う。しかし今日は5日間にわたった北アルプス縦走の最終日、新穂高へ下りなければならない。

 午前4時過ぎ、星を見ようと双六小屋の外に出た。すでに東の空が白み始めており、それほど多くの星を見ることは出来なかったが、上弦の月が青白く輝いていた。今日はきっといい天気になるだろう。

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 夜明け前、空が燃えている。

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 そして、ご来光だ。太陽は、われらが縦走を始めた燕岳のあたりから顔を出した。絶景の表銀座を歩き、強風の中、東鎌尾根の断崖を這うように歩き、槍が岳へ。そして、ライチョウに見送られながら西鎌尾根を下って来た。

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 三俣蓮華岳が赤く染まっている。登山用語でいえばモルゲンロート。バラ色の朝焼けだ。

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 笠ケ岳(右端)の頂上も少しバラ色に。この山はどこから見ても美しい。

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 たくさんの人が双六岳への道を登って行く。これらの中には黒部五郎岳に向かう人もいるだろう。前夜、双六小屋に泊まった人に聞いたのだが、黒部五郎小舎では布団1枚に3人寝るという混雑ぶりだったという。

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 テント場前の池塘に、双六岳が映し出されていた。

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 水に映っていた双六岳。

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 双六小屋から新穂高に下る小池新道を歩けば、ずっと槍が岳と穂高連峰が見つめている。

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 振り返ると、昨日越えてきた西鎌尾根と樅沢岳(左)が見えた。

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 鷲羽岳、その左には水晶岳も見えた。

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 前方には、乗鞍岳、その奥に御嶽山が。ズームで引っ張ったので、実際はもっと遠くに見える。

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 今日は雲海が美しい。

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 雲海の中に浮かぶ乗鞍岳と御嶽山は何度見ても美しい。その手前、ちょこっと頭を出しているのが火山の山・焼岳だ。

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 花見平に来た。白いハクサンイチゲ、黄色いシナノキンバイ。

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 雪渓を歩く。今年は雪が多いという。

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 ガスの切れ目から鏡平山荘と池が見えた。ひと息入れてからここへ下ろう。

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 弓折乗越だ。直進すれば名峰笠ケ岳、左へ行けばこれから立ち寄る鏡平山荘だ。

 ここでコーヒーを入れて一服する。槍・穂高を眺めながらのコーヒーは贅沢だ。

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 槍が岳の右の急な飛騨沢を下り、左へ伸びる尾根へと進む。この4枚の写真が、われわれの下った長い西鎌尾根だ。

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 鏡平の池に映った槍・穂高。この景色を撮影するため、多くの人が訪れる。われらは、これまで2回撮影を試みたがガスで撮れなかった。今回は三度目の正直でやっと実現した。

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 秩父沢まで下って来た。ここで蒲田川を渡る。涼風が感じられ、多くの登山者がひと休みする。秩父沢の写真でも分かるように、鏡平山荘を出発するころから雲が湧き出し、槍・穂高が隠れてしまった。

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 5日間にわたった北アルプスの縦走は終わりに近づいた。一抹の寂しさがあるが、ここまで無事に来られた安堵感、満足感もある。

 下山しながら、週刊誌に載っていた作家林真理子さんとアルピニスト野口健さんの対談を思い出していた。野口さんは次のようなエピソードを紹介していた。エベレストに登頂したフランス人が下山の恐怖から発狂し、飛び降りて死亡したというのだ。

 野口さんが言いたかったのは、無事に下山して登山が完結する、つまり下山こそが大切ということだ。登山による遭難は、登る時より、下山時の方がはるかに多いと言われる。

 林さんは、人生も下山のほうが大切だと応じていた。人生の折り返しを過ぎてからの方が味わいのある日々を送れるという人は多い。それまで見えなかったものも見えるし、命ある限り一日一日を有意義に過ごしたいと、一層強く思うようになる。

 「下山」という言葉には暗いイメージがあるが、登山も人生もそんなことはないと思う。山では、登る時見えなかった景色や花が見えるし、人生では礼節や道理など人の道が見えてくる。

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 午後1時過ぎ、新穂高温泉の登山口に無事下山した。鈍足夫婦らしくゆっくりした山行だったので、私も女房もすこぶる元気だ。もうひと山くらいなら登る余力さえある。

 平湯のバスセンターで昼食を食べた後、3階の温泉で5日間の疲れを癒した。夢のような天空の旅だった・・・。

                                           (終わり)

鈍足夫婦の北アルプス縦走・・・4日目

 北アルプス縦走4日目は、槍が岳山荘から西鎌尾根を下る。その前に、槍の頂上へ登ることにしていた。午前4時過ぎに起きて外に出てみると、何と、天気予報が外れて雨が降っているではないか。

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 実は前日、雨も上がっていたので頂上に登ろうと思った。しかし風がかなり強い上、頂上は時折濃いガスに包まれていた。山荘のボードに書かれた翌日の天気予報では「曇り」だったので、登頂を今日に延期していたのだ。

 しかし、この天気では頂上に登っても何も見えないし、濡れた石でスリップしそうだ。「命あっての物種」である。そんな余裕が持てるのも、すでに頂上へは以前、晴れ渡った日に登っているからだ。

 雨を眺めていると、中年の女性が話しかけてきた。「これで3回来たが、雨で一度も登っていないのよ。もう絶対、槍には来ないっ」。その気持ち、よく分かる。同じような話を何人かから聞いたことがある。この日も多くの人が登頂を断念したようだ。それでも諦め切れない人たちもおり、頂上の方に歩き出していた。

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 それにしても、韓国人ツアーの多いこと。前夜宿泊したのは50人は下らないだろう。韓国では日本と同じように登山ブームで、韓国に3000m級の山がなく、ウォン高、円安もあって人気の北アルプスに押しかけているのだという。

 たくさん来日してくれるのはいいことだ。日本の国柄を知ってもらい、観光収入もアップする。ただ、ほんの一部の人だが、靴のままフロアを歩いたり、ベンチに上がったりして行儀がよろしくない。肩で風を切るようなところも見受けられる。別に私は悪口を叫ぶ「ヘイトスピーチ」の類ではないので、念のため。下の写真は韓国ツアー御一行様。

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 西鎌尾根を下り、双六山荘に向かう。霧も立ち込め、足元に気を付けよう。

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 槍の肩からすぐの所だ。何か動く気配を感じたので目を向けると、ライチョウが1羽歩いていた。国の特別天然記念物だ。目の上が赤いので雄の成鳥だろう。ライチョウは霧や雨の時に姿を現す習性がある。こんな天候は登山するのにうれしくないが、せめてライチョウに巡り合えば少し幸運である。

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 この日の西鎌尾根は登山者が少ない。前にも後ろにも人はいない。地の果てに行く気分だ。

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 あっ、またライチョウだ。今度は子供である。見にくいが、中央の下に映っている。

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 千丈乗越まで来た。ここを左に折れると飛騨沢。お花畑が美しい斜面を下り、槍平小屋を経て新穂高温泉に至る。去年、この道を下ったが、終盤の林道の長さにうんざりした。

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 振り返ると、槍が岳が見えた。ガスもかかっていない。1時間ほど待機していたら、頂上に登れただろう。下山を早まったかもしれないが、山の天気は気まぐれだ。また、この次にしよう。

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 ガスが少し切れて、向かいの山の中腹に赤い屋根の山小屋が見えた。池に映る「逆さ槍」を写真に撮る絶景ポイントの鏡平山荘だ。ここへは明日立ち寄る。

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 このような鎖場は何か所もあるが、前日登った東鎌尾根に比べれば断然楽である。

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 雪渓のそばを歩いていると、またライチョウがいた。これでこの日3回目の遭遇だ。写真を撮ったが、右端の岩の上にちょこっと映っているだけだった。

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 雨に濡れて鮮やかさを増した青い花。イワギキョウだろうか。よく分からない。 

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 霧の中に、クルマユリがすっくと佇んでいた。

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 よくライチョウに出会う。これで今日4度目だ。最初は1羽だと思っていたが、もう1羽出てきた。夫婦だろう。数分間見つめていたが、ライチョウは立ち去ろうとせず、こちらが先を急いだ。

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 これからいくつものピークを越えて行く。行く手の全貌が見えないので、遠くに感じる。

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 女房が携帯電話を取り出して、何か撮影している。クロユリだ。「花の命が短いので、ラッキーよ」。

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 実は先ほどから硫黄の臭いが漂っていた。硫黄沢から沸き上がってきたものだろう。そして一気にガスが晴れ、その硫黄沢の全貌が目の前に現れたのだ。

 硫黄沢は、槍が岳からも、裏銀座コースのどこからでも見下ろせるが、このような間近で見たのは初めてである。

 女房は「舞台の幕が上がり、大魔王の棲む世界が現れたみたい。これを見られただけで、西鎌尾根に来た甲斐があったわ」と感激していた。たしかにここは、魔界という言葉がふさわしい。写真をうまく撮れなかったが、それは鳥肌が立つ光景だった。長い時間、ここに立ち止まった。

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  この日の目的地は双六小屋だ。これまで2回泊まったことがあるので、小屋のすぐ背後に樅沢岳がそびえているのを知っている。樅沢岳を越えればすぐ目的地なのだ。あれがその山だろう。

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 いや、そうではなかった。 

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 今度こそ、あれが樅沢岳だろう。

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 それも間違いだった。前の山が本当の樅沢岳だった。

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 何度も裏切られて2754mの頂上に着いた。ふぅー・・。

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 双六小屋が見えた。北アルプス縦走4日目のゴールだ。

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 双六小屋で宿泊手続きをし、すぐビールとカレーライスで腹を満たした。結構歩いたけれど、余力があったので双六岳の中腹まで登ってみた。ここは三俣蓮華への分岐点だ。

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 夕暮れが迫ってきた。夕陽が百名山鷲羽岳を照らしている。

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 はるか向こうに、われらがこの縦走をスタートさせた燕岳が見える。白い点がと初日に泊まった燕山荘だが、写真では見えないかも。それにしても、あんな遠くからよくぞ歩いてきたものだ。

 明日が最終日だ。寂しい・・・。

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                                       (続く)

















 

鈍足夫婦の北アルプス縦走・・・3日目

 ヒュッテ西岳で迎えた北アルプス縦走3日目は、朝の3時半ごろ目が覚めた。山小屋のトタン屋根を打つ雨音が聞こえる。今日は難路の東鎌尾根を登り、槍が岳の肩に至る計画だが、この雨は辛い。

 雨に濡れて低体温症になれば大変だ。実は3日前、宿泊した燕山荘の人から、中央アルプスを登山中の韓国人パーティー5人のうち4人が低体温症のため死亡したと聞かされた。

 山小屋の主人は悪天候のため登山を中止するよう注意したが、韓国人は振り切って出て行ったという。韓国マスコミの一部は「携帯電話がつながらない日本の通信事情が遭難の原因」と報じた。登山は自己責任でやるものだし、山間部で携帯がつながらないのは常識だろう。難クセもたいがいにしてもらいたい。


 午前5時半、早立ちの女性が出発して行った。やるなぁー。われらはしばらく様子を見てみよう。

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 雨が止む気配がないので、6時45分、しびれを切らして出発した。この道をどんどん下って行く。

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 鎖を使って下る。

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 梯子を使って下る。

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 下り坂を見下ろすと、うんざりする。登り直さなければならないので、下りはもったいない。

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 1時間余りかけて下ると、水俣乗越の分岐点。ここから槍が岳への険しい東鎌尾根が始まる。左へ曲がれば、上高地に通じる槍沢に下りられる。

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 東鎌尾根には、厳しい登りの山がいくつも待ち構えている。梯子、梯子の連続だろう。

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 ニッコウキスゲが咲いていた。少しホッとする。向こうに槍沢の雪渓が見える。

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 東鎌尾根最初の核心部には4連の梯子が架けられている。ほぼ垂直。絶対下を見ない・・・。

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 難路の中継点「ヒュッテ大槍」まであと40分の表示。ふー、まだ40分かぁ・・・。

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 右を眺めると北鎌尾根。まるで地獄のような様相だ。ここで幾多の登山家が命を落とした。この尾根を有名にしたのは、新田次郎著「孤高の人」だろう。小説の主人公は単独行で知られる加藤文太郎で、もう一人の若い登山家が加藤を無理に北鎌登山に誘い、彼の行動が遭難の原因にもなったと書かれている。しかし彼は、加藤も認める岩登り名手だった。遭難の真相は北鎌尾根だけが知っている。

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 この山を越えれば「ヒュッテ大槍」。さぁ、もう少しだ。

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 ヒュッテに到着した。昼食には早いが、天麩羅うどんを食べた。冷えていた体が温まった。

 東鎌尾根を一緒に登って来た同じような年配の男性二人がここで悪天と疲労のため離脱した。今夜はヒュッテに泊まり、翌朝、槍沢から上高地へ下ると言っていた。「お互い、気を付けて」・・・。

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 ヒュッテで1時間ほど休憩し、再び槍が岳を目指して歩き始めた。

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 しばらく登ると、「見えたぞ!」という声が上がった。ガスが吹き飛ばされ、槍が見えたのだ。

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 実は、大槍ヒュッテまで難所は多かったが、それほどの怖さはなかった。ところが、写真のようにヒュッテを過ぎてからは道が細く、しかも左側は断崖である。鎖もない。落ちれば、生きて還れないだろう。悪いことに、当時は強風が吹いており、私は吹き飛ばされそうになり、しばしば這いつくばった。正直、恐ろしかった。

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 最後の梯子を越えると、槍が岳山荘が見えてきた。

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 強風が吹いており、身をかがめて進む。山荘は見えているが、なかなか近付いてこない。

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 仰ぐと、3180mの大槍がのしかかってきた。この日のフィナーレはもうすぐだ。

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 天を衝く奇跡のような岩峰を前に、なぜ山に登りたいのかと考える。英国の登山家マロリーは、新聞記者たちから「なぜ、あなたはエベレストを目指すのか」と問われ、「そこに山があるから」と答え、後に名言となった。

 ある本で読んだのだが、あまりしつこく質問されたので、ぶっきら棒に思いついたことを応えただけだというのだ。マロリーが言えば名言になるが、私が言えば「アホか」となる。

 しかしこれだけは言える。黒田日銀総裁の言を借りれば、そこには「次元の異なる」、非日常の世界が広がっているのだ。

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                                        (続く)











 

鈍足夫婦の北アルプス縦走・・・2日目

 鈍足夫婦が行く北アルプス縦走は2日目だ。前日の夕焼けが約束してくれたように、朝から素晴らしい天気になった。目覚めスッキリ、痛い所もない。

 この日は燕山荘を出発、大天井岳(2922m)中腹の巻道を歩き、赤岩岳から ヒュッテ西岳を目指す。6時間ほどのコースだが、目の前に絶景が広がっており、見とれてもっと時間がかかるだろう。

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 燕岳から常念岳、蝶ガ岳までは「北アルプス表銀座」と呼ばれ、最も人気がある縦走コースだろう。緩やかな尾根が続き、右手には槍・穂高連峰、「裏銀座」と呼ばれる双六岳、水晶岳などの峰々が望める。夏山登山の真っ最中だから、登山道の前にも、後ろにも登山者が続いている。さぁ、前に進もう。

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 左側を振り返ると、立山、剣岳が見えた。何年か前、一の越小屋のベンチに忘れ物をした。あの時の不覚を思いだす。

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 左の岩は、どうやら「蛙岩(げえろいわ)」と呼ばれる奇岩だろう。どっから見てもカエルには見えないが・・・。

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 前方に大きな山容の大天井岳。表銀座コースの象徴的な山だが、まだまだ遠い。

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 朝日に照らされる鈍足夫婦の影。別に寄り添っている訳ではないが、構図が面白いと思ってカシャ・・。

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 「大下りの頭」と書かれた標識。ここから下りが始まるが、それほど長い下りではなかった。目指す槍が岳の姿はまだ小さく、ため息が出る。

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 大下りの途中、目の前をかすめて黒い影が横切った。そして木の枝に止まった。高山帯に生息するホシガラスだろうか。幸運の鳥ならいいが。

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 下り終わると、目の前にピークへの道が続いていた。これから、いくつも大きなピークが待ち構えているだろう。

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 それは、下の写真の大天井岳手前にあるはずだが、見逃してしまった。切り通という岩にはめ込まれた「小林喜作レリーフ」である。今回の登山に備え、山本茂実著「喜作新道 ある北アルプス哀史」(朝日文庫、昭和61年発刊)を読んできたので、是非ともレリーフの前で敬意を表したかった。

 本のあら筋は7月15日のブログで書いているので、よかったら読んでもらいたい。喜作は息子とともに、大天井岳から東鎌尾根へと開削し、槍が岳に通じる新道を大正9年に開通させた。それまでは、常念小屋からいったん槍沢に下って槍が岳に登っていたが、この新道によって2日ほどで槍へ行けるようになった。大変な功績である。

 この本の中では、ウェストン夫妻を北アルプスに案内した上條嘉門次、登山者のたまり場を提供していたお人好しの「常さ」らも紹介されている。常さの小さな小屋には、いつも早稲田、慶応、学習院などの学生や山好きが集まり、常さの釣ってきた岩魚を食べるなど、常さの好意に甘えていた。

 酒好きだった常さは、やがて小屋を失い、体も弱り、方々に身を寄せていた。しかし、世話になった学生たちは誰ひとり、常さを見舞うことはなかったそうだ。そして、衰弱した常さは梓川の水を一口飲ませてもらい、車に乗せられて故郷の奥飛騨に帰って行った。しばらくして息を引き取った。

 社会的地位も得ていたはずのあの学生たちは、常さの悲報を知っていたのだろうか。常さは上高地の有名人である。風の便りにも聞いていたと思う。それなのに・・・。悲しく、寂しい山の話である。


 大天井岳が迫ってきた。山肌に延びる左の道は常念岳方面、見えにくいが、右の道が東鎌尾根方面だ。

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 常念岳・東鎌尾根の分岐点。常念岳方面に向かう登山者が圧倒的に多い。東鎌尾根は険しく、敬遠されているのだろうか。われらは、右折して槍が岳方面へと進む。

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 後方に、緑色の高瀬ダムが見えた。黒部ダムに続くわが国第二位の規模らしい。烏帽子岳への登山口がある。背後の立山連峰が美しい。

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 険しい道を歩き、一歩一歩、槍が岳への距離を詰めて行く。

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 行く手に、前穂高、吊り尾根、奥穂高が見えた。

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 やっと大天井岳ヒュッテに到着した。その背後に大天井岳の頂上が見える。最初は頂上へ行く予定にしていたが、余りに急なため、やーめた。

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 燕岳で出会ったこの人たちとは、またヒュッテ前のベンチで再会した。われら夫婦と同じルートで槍が岳を目指しており、険しい東鎌尾根を歩く連帯感のようなものがある。若くて美しい女性3人は、地獄で会った仏のようである。

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 今年は花の当たり年ではないかと思うほど、咲き競っている。特にコバイケソウ、ハクサンフウロが目立った。写真の高山植物は、上からハクサンイチゲ、ハクサンフウロ、タカネヤハズハハコ、イワハゼ、シナノキンバイ、コバイケソウ、ニッコウキスゲ、イワツメグサ

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 今夜泊まる「ヒュッテ西岳」が見えてきた。

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 「ヒュッテ西岳」は、山小屋らしい山小屋だ。食事は燕山荘のようにはいかないが、素朴で家庭的な雰囲気がある。収容人員は70人と少なく、夏場は電話予約しておかなければならない。

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 ふぅー、よく歩いた。コーヒーカップをかざして名峰常念岳にカンパーイ。明日も晴れればいいが・・・。

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                                         (続く)

鈍足夫婦の北アルプス縦走・・・1日目

 われら「鈍足夫婦」は、信州・中房温泉の登山口から北アルプス縦走の第一歩を踏み出した。急登で知られる合戦尾根を経て燕岳に登り、そこから5日間かけて北アルプス表銀座-東鎌尾根-槍が岳-西鎌尾根を歩く計画だ。

 この縦走は、われらの脚力からするとかなりハードだ。夫婦の年齢を併せると約130歳。厚労省認定の「実年」である。バリバリの実年も少なくないが、われらはそんな立派な登山者じゃない。だから鈍足であり、登山道で抜かれることがあっても、抜くことはない。亀さんのように、一歩一歩を安全に歩くのが信条だ。

 午前6時半、大粒の雨が降りしきる中、合戦尾根に取り付く。燕岳は百名山ではないが、人気の山だ。カッパで身を固めた大勢の人たちが次々と登って行く。「亀さんのように、ゆっくりだよ」。私より多少健脚の女房に釘を刺しておく。

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 40分ほどかけて第一ベンチに到着した。普通に歩いて30分という。やはり鈍足かぁ・・・。

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 第一ベンチの近くに水場があり、水を汲みに下りると、ダケカンバが倒れていた。湧水は冷たく、手がちぎれそう。

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 第二、第三ベンチを通過し、合戦小屋が近付いてきた。合戦尾根は、ブナ立尾根、笠新道と並ぶ北アルプスの三大急登だ。汗が噴き出し、肩で息をする。「合戦小屋まであと5分」の看板が現れた。やれやれ。

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 合戦小屋の名物はスイカ。一切れ800円。二つに切ってもらい、女房と分けた。つましい・・・。(スイカを買っている女性は他人です)

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 尾根の上に、今夜泊まる燕山荘が見えてきた。普通の山小屋らしくない西洋風の瀟洒な建物だ。

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 ふっー、やっと到着。標高2763mの燕岳がそびえている。すっかり雨も上がり、ラッキーだ。花崗岩の奇岩があちこちに見える。

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 燕岳は、高山植物の女王と呼ばれるコマクサの群生地だ。女王様にケチを付ける訳ではないが、私には若づくりのセレブたちが女子会を開いているように見える。すんません。

 乾燥した砂礫地に群生するコマクサは、水分を吸い上げるため根が数十センチもの長さ。人からの受け売りです。

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 バーナーでお湯を沸かし、前夜コンビニで買ったおにぎり、カップ麺で早目の昼食。食後はコーヒー。寒いので体が暖まる。

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 さぁ、あの山頂を目指そう。1時間余りで登れる。まずは「イルカ岩」、その右に槍が岳が見える。天を衝く奇岩、眼鏡の形をした岩。頂上では登頂のガッツポーズ。

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 夕食前、雷鳥の子供2羽が姿を現した。草むらを駈けたり、石垣を登ったり。しまいには人の通る階段で遊ぶやんちゃぶりだ。親鳥は見えず、放任主義の家族みたい。

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 登山者が一番泊まりたい山小屋に選ばれたのがこの燕山荘。中はこんな具合。ベッドはどこも同じの蚕棚だ。個室もあるが、フトコロ事情の寂しいわれらには縁がない。大正10年の創設で、歴史を感じさせる何かがある。

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 これが夕食。山小屋にしてはかなり豪華だ。デザートも付いている。食後は燕山荘社長のホルン演奏と山の講話で、お客は有難く拝聴する。「ブォーン」という牧歌的な音が流れ、アルプス気分を味わう。ただ素養のない私には、演奏が上手かどうか判別できなかった。

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 明日の好天を約束してくれるような夕焼け。北アルプス表銀座、喜作新道からの絶景を楽しめるだろう。

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                                      (続く)









 

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