アオリイカと潜水艦・・・

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 秋雨前線の停滞や台風27号の北上で紀伊水道は荒れる日が多かったが、やっと穏やかな日和になるとの予報だ。早速、軽トラにボートを積んで由良湾を目指した。狙うのは秋が旬のアオリイカだ。

 早朝、湾沿いの道路を走っていると、久し振りに潜水艦が停泊していた。時々由良には来るが、潜水艦を見るのは初夏以降初めてだ。詳しいことは知らないが、潜水艦が新造されると、ここを基地にして訓練やテスト航海が行われると聞いた。

 これまで見た潜水艦は、真っ黒の吸音タイルが真新しく、最新鋭に特徴的なX舵を備えていたものもあった。日本の新鋭潜水艦は大気を必要としないエンジンを搭載しており、長期の潜航が可能で、世界最高水準とされる。

 私は閉所恐怖症である。姉や兄に布団蒸しにされた幼児体験がトラウマになっているのかもしれない。だから、狭い空間の潜水艦は、想像しただけで耐え難いのだ。しかし逆に、怖いもの見たさの心理からか、トム・クランシーの「レッド・オクトーバーを追え」や吉村昭の「深海の使者」など潜水艦の本をよく読んだ。

 あれれ、釣りから脱線してしまった。本題に戻ろう。最初の当たりは7時半ごろだった。泳がせていた生きたアジにイカが抱きついたのだ。竿先を大きく曲げて糸を引き出して行く。大分走られたので、引き寄せに難儀するだろう。

 しばらく待って、寄せにかかる。イカが遠くにいるので少し強引に寄せたが、中ほどまで来たところでふっと軽くなった。イカがアジを離したのだ。そのままの状態で待った。同じイカがもう一度乗る確率は高いので、待つのがセオリーだ。竿先で聞いてみると、案の定乗っている。ヤエンという掛けバリで掛け、幸先良く取り込んだ。

 第1号は700グラムほどのまずまずのサイズだ。レジ袋に入れてクーラーに放り込んだ。ふー、やれやれというのが正直な心境である。すると、あの潜水艦が音もなく、滑るように紀伊水道に向かって行った。

 2杯目は半時間ほどして釣れた。これも同じようなサイズだった。ところが、次から2回続けて失敗した。イカがアジの頭に噛みついた傷が小さく、多分、ヤエンに掛らないほどの小型が回ってきたのだろう。このポイントを諦めることにした。

 次のポイントは、切り札として残している場所である。10分ほどして当たりが出た。糸の出る感じから大きそうだ。ヤエンに掛ってからの引きは強烈だった。引けば糸を出すの繰り返しである。イカを取り込んでみると、ヤエンがエンペラに掛り、魚体が横向きになっているので水の抵抗が強かったのだ。900グラムの今日一番のサイズだった。

 その後も順調に釣れた。サイズもそこそこで、強烈な引きを堪能した。時々沖に目をやると、あの潜水艦が大阪湾の方向に走ったり、逆に走ったりしている。テストを繰り返しているようだ。

 午前11時ごろから雲行きが怪しくなり、霧雨が眼鏡のレンズを曇らせる。風も出てきた。イカは全部で7杯釣れ、満足の釣果である。餌のアジはたくさん残っていたが、風雨に耐えて釣りをするような年齢でもなく、帰ることにした。

 ボートを軽トラに積み、岸壁で弁当を食べていると、潜水艦が帰って来た。まだ正午過ぎである。テスト航行が早く終わったのかもしれない。やがてこの艦も、尖閣の海を潜るのだろうか。黒い巨体を眺め、戦慄した・・・。

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みのもんたのポピュリズム

 卵だけは、ちょっと贅沢している。ここ生石高原の南側の道を下ると、「たまご牧場まきば」という卵の直売所があり、いつもここで買っている。1キログラム650円だから、結構いい値段である。

 鶏を放し飼いしており、卵の白身は盛り上がり、黄身はオレンジ色。濃厚な味だ。有名ケーキ屋さんにも出荷されている。わが家から2キロほど下ると店があり、歩いて買いに行く。往復1時間ほどだから散歩にはいい距離だ。

 実は、ここへ行く楽しみが別にある。鶏舎の番犬をしているワン公に会うためだ。前足の左側が付け根から失われている。交通事故に遭ったのだろうか。私たち夫婦の姿を見ると、3本の足で駆け寄って来る。尻尾を千切れんばかりに振り、仰向けに寝て甘えるのだ。ひとしきりワン公のお腹を撫でて遊ぶ。

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 私は犬好きだから、のべつ吠える犬はともかく、どのような犬でも好きである。この卵屋さんの犬が特別かわいいと思うのは、やはり片足がないからだろう。かわいそうだ、気の毒だという憐れみの情が心のどこかにあると思う。これを人間に置き換えると、障害者への同情は健常者の上から目線であり、間違っていることは承知している。

 変な話になるが、テレビタレントの「みのもんた」についてである。30歳を過ぎた息子が盗みをして捕まり、テレビの出演を自粛していた。そして昨日、TBSへの番組を降板するとして記者会見した。

 成人した子供は親の人格と別だから、親が責任をとることはないとも言える。しかし彼の場合、報道番組での数々の発言が立派過ぎ、今置かれている立場との整合性がとれなくなったのではないか。

 私はずっと以前から、彼のパラリンピックや障害者スポーツへの思い入れに違和感を持ち続けていた。日本の障害者スポーツは遅れており、支援することは重要だし、テレビで啓発することも意義がある。

 報道番組「朝ズバッ」を見ている人は気付いているかもしれないが、彼は障害者スポーツの話題について過剰と思えるほどの反応を見せるのだ。われこそは、障害者スポーツを支援する有名人と言わんばかりである。そこに彼の底意、意地悪く言えば下心が見え隠れしているように感じるのだ。

 障害者スポーツの振興を叫ぶのは、彼一流のポピュリズムではないか。視聴者受けを狙っている。正義漢ぶっている・・・私にはそう見える。この日本には、黙々と振興にたずさわり、静かに支援する人が多いはずである。

 論語には「過ぎたるは猶及ばざるが如し」とある。つまり、人の言行には中庸が大切である・・・。

 

イノシシ徘徊、わが家に接近・・・

 日が落ち、薄暗くなった生石山の林道を軽トラで走っていた。この道は自宅への近道で、車1台がやっと通れる細い道である。すると前方の道路脇で、イノシシ3匹が地面に顔を突っ込み、何やらごそごそしていた。

 イノシシは車のヘッドライトにも知らん顔で、土を掘るのに夢中になっている。ライトをパッシングしても動かない。何回もクラクションを鳴らすと、やっと森の中に入って行った。はなはだ横柄な奴である。

 林道を抜け、少し広い道を走っていると、今度は道の真ん中に大きなイノシシが立っていた。体調は1メートルほどもある大きさだ。丸々と太り、茶色の毛はつやつやしている。しばらく車を止めて睨み合っていたが、ライトに照らされた小さな目は不敵に光っていた。私を一瞥するように、悠々と木立の中へ消えた。

 そこから100メートルほど走ると、またもイノシシと遭遇した。これも巨体で、左から右へ道を横切り、もう少しでぶつかりそうになった。最初の場所から500メートルほどの間に3回も遭遇したのだ。一体、私たちが暮らす生石山にどれほどのイノシシが生息しているのだろう。

 この日の数日前、仲間のPから電話があった。「毎晩、犬が吼えて眠れないよ」と言う。彼は犬3匹と暮らしており、夜は家の中に入れているが、イノシシの気配を察知して吼え続けるらしい。Pは相当頭にきていて、「知り合いに檻を借りてきて、生け捕りにしてやる」と息巻いていた。

 そんなこともあってイノシシの出没に警戒していたのだが、ついにわが家にも接近してきた。先日の雨が降る朝、畑を見に行っていた女房が家に入ってきて、「ちょっと見てみてよ」と息をはずませている。

 女房の後についていくと、家の横手にある畑の周囲が掘り返されていた。畑は網で囲っているので中には入っていなかったが、石をひっくり返し、穴を掘り、やりたい放題である。雨が降って土が軟らかくなり、牙で掘り返してミミズを食べているのだと思う。11月に入れば自然薯が食べごろになり、これを狙って大きな穴を掘るに違いない。

 この夏の初めごろ、車で山を下っていると、中腹に10人ほどの猟友会の人たちがいた。話を聞くと、イノシシに地籍調査の係員2人が襲われ、農作物の被害も多いため、鉄砲で駆除を始めたのだと言う。

 しかし、鉄砲や猟犬に追われたイノシシは、われらが暮らす生石山に上がってくるのだ。しかも頂上付近は和歌山県立自然公園で鳥獣保護区であり、手が出せない。言ってみれば、イノシシの楽園である。

 イノシシはわが家からわずか数メートルの所を徘徊しているのだ。夜、うかうか立ち小便など出来ない・・・。

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暖かい秋・・・キノコも心配

 何日か前、富士山に初冠雪が見られた。八合目あたりから白くなり、やっと富士山らしい姿になった。新聞によると、初冠雪は例年より19日遅く、去年に比べると37日も遅いという。

 旧暦の本を開いてみた。今ごろは二十四節季の「霜降」で、初候は「霜初めて降る」とある。標高800mの山間部に建つわが家と里の温度差は5度ほどあり、とっくに初霜が降りていてもおかしくない。

 しかし今年は、10月に入っても暖かい日が続いている。変な気候である。畑の作物は予想外にたくさん収穫できたし、農産物の市場で買う果物は甘い。アケビは気持ち悪いほど鈴なりになった。

 伊豆大島では豪雨で山が滑り落ち、多くの犠牲者が出た。世界を見ても、洪水や干ばつが発生し、乾燥で山火事が頻発している。獲れるはずのない海域でブリが豊漁らしい。

 季節の移ろいは、暦通りであって欲しい。10月の中旬ともなれば、山の冷気によって身が引き締まり、気持ちもキリッとする。家に入れば、一日中火のある薪ストーブの暖かさがうれしい。野菜だって、季節にふさわしい寒気がおいしさを育むのだ。

 この暖かさでやきもきしているのが、キノコの生育である。家の裏の杉林で色んなキノコを原木栽培しているが、今が旬のナメコは生育が鈍い。キノコにはある程度の寒さが必要なのだろう。

 何十本とある原木からナメコが採れたのはわずか3、4本だけ。残りはまったく発生の気配が感じられない。ヒラタケやクリタケも同じだ。暖かい秋の影響で、遅れているだけならいいのだが・・・。

      ↓ 例年なら黄色いナメコでにぎやかになるのだが。
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リールを進呈する・・・女房喜ぶ

 女房が使っているリールが古くなったので、釣具店で「広告の品」を買い求め、女房に進呈した。何万円もする高級品もあるが、これは数千円の低廉商品である。それでも一応、性能には定評のあるシマノ製だ。

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 話を数日前に戻すと、台風26号が来る前、女房と由良湾へ行き、ボートからガシラを釣った。ブログで知り合った男性を釣り場に案内するため、下見を兼ねての釣行だった。この日は波が高く、湾奥のポイントに着くまでに二人とも波をかぶってびしょ濡れになっていた。

 ボートが揺れて当たりが取りにくかったが、いい型のガシラがボチボチ釣れた。波が高くなったので帰ろうと思った時、女房のリールがトラブルを起こした。風にあおられて糸がスプールから飛び出し、絡んでしまったのだ。

 私は何十年も釣りをしているので、絡んだ糸をほぐすコツを心得ている。コツと言えるほどではないが、要するに短気を起こさず、根気よくほぐすだけである。数分かかって何とか糸をリールに戻した。仕掛けは海底に下ろしたままだったので、女房は仕掛けを回収するためリール巻いた。

 すると、「あれ?重い、重い」と言って、この日一番の大物を釣ってしまったのだ。リールのトラブルが招いた思わぬ幸運であった。しかし釣り人にとっては納得のいかない釣果なのだ。魚の当たりを取り、ちゃんと合わせて魚を手にしてこそ、真に喜べる。ところが女房は、自分の腕で釣ったように無邪気に喜んでいた。

 家に帰ってそのリールを調べたところ、ベールが甘くなっていて空回りすることがあった。この日、糸が飛び出してクラッシュしたのも空回りが原因だった。リールを巻けばガー、ガーと嫌な音も出る。それもそのはずで、このリールを買って10年くらいは経つ。そろそろお払い箱にする時期に来ている。

 そんなリールを弟子の女房に使わせておくのは忍びない。それに、いつも釣果で女房に負けているのだが、ガタのきたリールを使っても勝ったと言われれば、それはそれで悔しい。もうひとつ、新しいリールを買ってやれば励みにもなり、また釣りに行きたいと思うはずだ。

 道糸も一新したリールを手渡すと、女房は「プレッシャー感じるけど、頑張る」と素直に喜んでいた。うん、これでいい・・・。 

女房の殺気

 女房が「ギャー」と絶叫したのは、玄関を出てすぐだった。 私は居間で釣りの仕掛けを作っている最中で、女房が「早く来てぇ~」と叫んでも、複雑な仕掛けだったのですぐに駈けつけられる体勢ではなかった。

 それでも玄関に飛び出したのは、10秒とは経っていない。女房は箒を振り回していた。玄関の脇にステンレス製の燻製器を置いているが、それと壁との隙間に茶色の長いものが見えた。蛇である。

 「何しているのよ、早く、早く」。そう言われても、私は蛇が大嫌いである。目にすれば腰を抜かすほど嫌いなのだ。へっぴり腰で、近くにあった竹の棒を隙間に差し入れ、蛇を出そうとした。

 しかし、蛇が消えてしまった。そうなると恐怖は増幅され、見えない敵に怯えた。「お前はそっちを見張れ」「プロパンのボンベを叩いておびき出せ」。もう、われら夫婦は半狂乱である。

 玄関の隅っこに目をやると、カエルがじっとしていた。蛇はこのカエルを食べようと追って来たのだろう。少年のころ、大きなカエルを飲み込み、腹が膨らんだ蛇を何度も見たことがあった。あんな大きなカエルをどうして飲み込めるのか不思議だった。ともかく、そのカエルを追い立て、逃がしてやった。

 蛇はどこかにいるはずだ。燻製器の下には1センチほどの隙間があり、ここで息をひそめているに違いない。近くにベニヤ板の切れはしがあったので、これを恐る恐る差し入れてみた。弾力のあるそれらしき手応えがあった。

 すると、隙間を覗いていた女房が「いたー」と叫び、竹の棒で蛇を叩いている。私も覗くと、蛇は立ち上がり、大きな口を裂けんばかりに開けて抵抗している。「マムシや」と叫ぶと、女房は逃げてしまった。

 蛇が出てきたので棒で腹を押さえた。鎌首をもたげている。すると女房が床を洗うブラシを持ってきて、その金属部分で頭を叩いた。何回も何回も叩き、頭が完全につぶれた。それでも女房は頭の形がなくなるまで叩き続けた。絶命したはずだが、尻尾が少し動いていた。

 女房は「マムシだから殺したのよ」と弁解しているが、その気迫、殺気はすさまじかった。「殺したのはお前やで」。たたりが怖いので、そう、念を押しておいた・・・。

ナメコ・・・例年より早く

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 ナメコが出てきた。薄暗い杉林の中で、怪しく、艶やかに黄色い光を放っている。ナメコの大きさは500円玉より大きく、軸も太い。口に入れれば弾力があり、プリプリである。

 山小屋裏の杉林では、色々なキノコを原木栽培している。今秋最初に発生したのがナメコである。ナメコのホダ木は50本以上あるが、発生したの2本だけだ。本格的に出てくるのは、多分10日以上も先のことだろう。もっと寒くなると、シイタケやヒラタケ、クリタケも発生する。

 山に冷気が漂い始める9月の中旬になると、キノコの「畑」を見回るのが日課である。出てくるのが早いとは分かっていても、ひょっとしたらという淡い期待がある。朝と状況は変わらないのに、昼と夕方にも見に行くのだから、自分でもおかしくなる。

 キノコは正直なもので、例年顔を出すのは早くて10月初旬である。キノコの発生は、気温と密接な関係があるのだろう。マッチ棒の先より小さいキノコの芽を見つけると、小躍りする。子供の宝探しと変わらない喜びようだ。

 人間、変われば変わるものである。会社に勤務していたころは、自宅の庭に咲く花や女房が育てる野菜にそれほど興味がある訳ではなかった。しかし、ここ紀伊山地で暮らすようになって変わった。

 なぜだろう・・・。ゆっくり流れる時間のせいなのか・・・。


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アオリイカ釣りに通う

 イカの王様と呼ばれるアオリイカは、いよいよ数釣りの本格シーズンに入った。山の中で暮らすわが家にとっては、貴重な保存食で、せっせとイカ釣りに通っている。冷凍しても味は落ちず、却って旨味が増すように思う。秋に釣ったイカは1年にわたって食べる。おかずがない時、晩酌の肴に困った時は、お客が来た時・・・。イカ様さまである。

 イカをさばくのは女房の役目だ。まずは内臓を引っ張り出すのだが、下手をすると墨袋が破裂するからちょっとしたコツがいる。次は、胴体とエンペラの皮をはぎ、部位ごとに分け、フリーザーバッグに釣った日付けを書いて冷凍する。

 胴体は刺身、ゲソは天麩羅、エンペラはチンゲン菜の中華風の丼にすると美味しい。墨を吐く噴射口のあたりに2本の筋肉があり、ヌルヌルしているが柔らかくて甘い。一番美味しい部位で、刺身にしたり、バター炒めにしたりする。

 さて、秋イカ釣りの実戦だが、1回目は9月21日のブログで書いたが、計12杯の釣果だった。それから1週間ほどおいて2回目の釣りに出かけた。漁港で餌の生きアジ20匹を買い、由良湾に向かった。港のスロープからボートを下ろし、凪いでいる海に出た。小さな島から長く伸びる岩礁の上にアンカーを下ろした。

 幸先よく、10分ほどで当たりが出て、リールから糸が出て行く。イカがアジに食らいついたのだ。そのまま3分ほど待てば、イカは食べるのに夢中になって少々引っ張ってもアジを離さなくなる。

 そこでヤエンという掛け針を糸に通して海中に落とし、少しずつイカに接近させる。針がイカに到達したと判断したら、軽く合わせて引っ掛ける。その判断のタイミングが実に難しいのだが、1杯目はうまく掛かり無事取り込んだ。

 その後も当たりが続き、1時間に3、4杯のペースで釣れた。しかし、餌の生きアジが数匹死んでしまい、残りが少なくなった。焦らず、慎重に・・・これを肝に銘じ、ともかく計13杯を釣ることが出来た。アジがなくなったので、午前11時ごろに帰港した。アジさえあれば、もっと釣れたと思う。

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 翌日も天気が良さそうなので、連チャンで釣りをすることにした。前日は、アジが何匹かバケツの中で死んだので、この日は30匹買うことにした。いつもアジを買う漁港のおばさんがおまけで40匹ほど入れてくれた。

 前日とは別のポイントにアンカーを入れた。アジはたくさんあるので、気持ちに余裕がある。やがて当たりが出た。イカまでの距離が少し遠いが、ヤエンを入れた。イカが潜ればそれに合わせて糸を出すが、餌がたくさんあるので試しに合わせてみた。案の定、空振りだ。

 合わせを入れるタイミングは、イカとの距離や竿と糸の角度を見極め、ヤエンがイカの胴体の下に潜り込んでいるかも想像してみる。それらの条件が一致した時、竿を寝かせて軽く合わせて引っ掛けるのだ。

 しかしこの日は、そんな判断がいい加減である。3、4回連続で空振りもした。その後も同じような過ちを繰り返し、当たりの数に対して取り込んだイカの割合は3割くらいだ。自分ではベテランと思っているが、実際は初心者の確率なのだ。釣果は14杯だが、失敗したことばかり頭に残り、未熟を思い知らされた。

 こんな言葉が適当かどうか分からないが、釣りも「ハングリー」でなければならないと思う。餌のアジがたくさんあると気持ちが緩み、判断がいい加減になるのだ。連チャンの釣りは、同じような釣果だったが、満足度、達成感は雲泥の差だった・・・。

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アケビ豊作・・・種を飛ばし童心に帰る

 こちら生石高原も秋たけなわだ。ススキは風に吹かれて海原のように波打ち、逆光によって浮かび上がる銀色の穂が美しい。草原の萩も満開で、赤紫色が一層鮮やかさを増している。

 わが山小屋の木々を見上げると、三つ葉アケビの実が鈴なりである。今年の実は大きく、数も多い。こちらに移り住んで6年になるが、このような豊作は初めてだ。

 実は二つに割れ、今が食べごろである。こんなに甘いアケビを食べるのは久し振りだ。夏の日照りが長く続き、梨やブドウなどの果物は例年になく糖度が高いと聞く。アケビも同じなのだろう。

 黒い種がいっぱい詰まった果肉をほうばる。前歯と舌を巧みに使い、果肉だけを吸い取るように食べる。何という上品な甘さだろう。有名店の和菓子もスイーツもこれにはかなわないと思う。

 しかし若い人たちは、こんな面倒臭い食べ物に興味を示さない。そもそもアケビを知らない。われら田舎育ちの人間にとっては、たまらなく懐かしいのだ。戦後の時代、みんな甘い物に飢えていた。腕白坊主たちは、アケビを払い落とす竹竿を手に山野を駈けたものである。

 腕白はアケビにかぶりつき、口の中に残った種をプッと吹き飛ばす。遠くへ飛ばせばエッヘンと胸を張る。遠い昔を思い出し、種を飛ばしながら童心に帰るのも一興である・・・。

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