映画「春を背負って」を観て・・・

 北アルプスを舞台にした木村大作監督の映画「春を背負って」を観に行った。原作の笹本稜平の山岳小説は何冊も読んでいるし、毎年アルプス通いをしている私たち夫婦にとっても親しみがあり、映画の公開を楽しみにしていた。

 「春を背負って」は、6編を収めた短編集の一つ。主人公の亮(松山ケンイチ)は生き馬の目を抜くようなトレーダーだったが、父親が急死したため山小屋の経営を引き継ぐことにした。物語は、山小屋を支えるアルバイトの愛(蒼井優)、ゴロさん(豊川悦司)ら山に生きる「家族」が描かれている。

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 撮影の舞台は立山連峰だ。映画のシナリオには今一つ物足りなさがあるが、標高3000メートルに展開する山岳風景は実に見応えがある。剱、槍、笠、薬師、水晶などなじみ深い名峰が映し出され、朝日、夕陽の美しさは息を飲む。

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     ↑ 立山連峰の雄山。(2010年)

 ゴロさんは亮に言った。「自分の足で歩いた距離がその人の財産だ」(正確ではないが、そんな内容)。ゴロさんの波乱の人生と重ね合わせ、歩いた山の道のりも人生に無意味ではないと言いたかったのだろう。

 私自身、人生と重ねることはないが、登った山の道はよく覚えており、ささやかな財産だと思う。地図を広げ、歩いたルートを指で辿れば心が躍る。そして、アルプスをまだまだ歩けるという自信が湧き、生への活力を失っていないことを実感させてくれるのだ。歩いた距離は、いつまで経っても心の宝物であり続けるだと思う。

 もちろん、今年も夏のアルプスに行く。去年は、燕岳-表銀座-東鎌尾根-槍が岳-西鎌尾根-新穂高の長い距離を歩いたが、さて今年はどの山に登るか・・・。ルートガイドや地図とにらめっこし、思案中である。

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 女房は、富士山に次ぐ二番目に高い南アルプスの北岳(3193m)に登りたいという。北岳から間ノ岳へとピストンする3000mの陵線歩きは、間違いなく至福の時間になるだろう。もちろん私に異論はない。

 私は、何回でも涸沢に行ってみたいと思う。日本一の涸沢カールの雄大さと、その上に横たわる前穂から奥穂への威厳に満ちた山容は、神々しいと言うしかない。山小屋のテラスで生ビールを飲むだけで幸せだ。ただ折角、涸沢まで来たのだから北穂高(3106m)から槍が岳の絶景を楽しみたいと思う。

 しかし今日、北穂で男女2人が滑落死したというニュースが飛び込んできた。今の時期は、相当の冬山経験とアイゼンが必要で、われらが登る夏山とは世界が違う。とは言うものの、この不幸な出来事は私を少し動揺させた。

 ただ、いいニュースもあった。エルニーニョによって梅雨が長引くとの予報が改められ、普通の暑い夏になるという。梅雨明けから10日ほどが最も山の天気が安定すると言われ、まず最初の登山はこの期間に狙いたい。

 映画を観て、山への熱い思いは募るばかりだ。これからは、長い距離を歩き、山行きに備えなければならない。いやそれよりも、出っ張った腹を引っ込める方が先決だが・・・。
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愛犬ピーの食欲

 本題に入る前に、わが家族の一員「ピー」を紹介しておこう。ピーはシーズのオス犬で、6歳である。元々、娘の愛犬で、時々わが山小屋にホームステイしていたので、ブログに書いたことがある。

 この春、娘が東京に転勤した。ピーを連れて行こうとしたが、新しい住居はペットを飼うことが出来ない。そこで、われら両親にピーを押し付け、上京してしまった。餌代など養育費は娘が支払っている。

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 ピーにとって山小屋の生活は幸せそうだ。これまで、娘が勤めに出た後は夜遅くまで孤独だったが、今は一日中相手になってくれるわれら夫婦がいるし、朝夕の散歩にも連れて行ってもらえる。

 ピーは賢いので、人間の言葉をおおむね理解している。「お留守番」と言えば、一緒に外出できないと悟る。抱いてやると、じっと目を見つめて体をゆだね、甘えることもちゃんと知っているのだ。お腹がすけば、左手で私たちの腕や足をちょいちょいと触れて伝えることも出来る。その仕草が可愛くて仕方がない。

 娘の事情で、ピーとはこれからずっと一緒に暮らすことになるだろう。何だか、養子を迎えたような気分だ。ピーに対するわれら夫婦の情愛は深まるばかりで、日々癒されもしている。実は7年前、飼っていたシーズのオスが原因不明の病気で死んだ。親が死んだ時より多くの涙を流したと思う。そして、二度とペットは飼うまいと心に決めていた。

 しかし、娘の転勤でピーがやって来た。うれしかったが、ピーが私より先に死ねば、また同じような悲しみを味わわなければならない。それがつらい。女房は「ピーより早く死ねばいいのよ」と言うが・・・。

 さて本題だが、前置きが長い割につまらない話である。

 朝起きてテレビを見ていると、しばらくして起きてきた女房が「ゆうべ、コンニャクの煮付け、全部食べてしまったの?」と聞くので、「少し食べただけで、たくさん残してあるよ」と答えた。

 女房が首をかしげながらコンニャクの小鉢を手に取った。赤い唐辛子が一片残っているだけで、コンニャクはすべてなくなっていた。舌でなめた跡がついている。女房は小鉢をピーの鼻先に突き付け、「あんたが食べたの?」と声を張り上げた。

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 ピーは背を丸め、こそこそと食卓の下に潜り込んだ。どの程度怒っているか確かめるように、卑屈な目で女房を見つめている。再び女房に怒鳴られると、さらに身を低くした。しかし尻尾は健気にも振り続け、如才のないところを見せるピーである。

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 ピーは、われらが寝静まるのを待って食べたのだろう。手の届く場所に食べ物を置いておく方が悪いのであり、食欲に抗しきれなかったピーだけを責めることは出来ない。

 「ピーちゃん、おいで」。私が声を掛けると、お腹の上に飛び乗ってきた。上目づかいに私を見つめ、甘えている。女房は「自分だけいい格好しないで」と怒るが、わが家の養子はかわいいのだ・・・。。

ラジオ体操を始める・・・うろ覚え

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 毎朝、ラジオ体操をやろうと思う。筋肉や関節の老化に危機感を持ったのだ。近年、立ったまま靴下がはけず、つい座り込んでしまう。車でバックする時、首が後ろに回らない・・・。遅きに失するが、体操をやらないよりはましだろう。

 難しい体操やストレッチは面倒だが、小さい頃から慣れ親しんだラジオ体操ならすぐに実行出来るはずだ。早速、レンタルビデオ店でラジオ体操のCDを買ってきた。NHKラジオ体操の第一と第二が入っていた。

 テレビにかけてみると、ピアノ伴奏だけで映像が出ない。安いCDだなぁと思っていたが、やはり映像なしのCDだったのだ。小学生の夏休み、毎朝ラジオ体操に通っていたから、映像がなくても自然と体が動くはずである。

 ところが、そうはいかなかった。最初の動作さえ忘れている。うろ覚えで体操を続けたが、まともに出来たのは最後13番目の深呼吸だけだった。「体が覚えている」と言うけれど、覚えて半世紀も経つとそれもいい加減なものだ。

 笑って見ていた女房は「私が教えてあげる」と言う。もう一度CDをセットして体操を始めたが、女房もうろ覚えなのだ。私を小馬鹿にしていた女房、「目糞、鼻糞を笑う」の類である。「鍋が釜を黒いと言う」の例えもある。

 何も女房に教えてもらわなくても、インターネットのYouTubeを見ればいいはずで、それに気付かなかったのは迂闊だった。これを見て少しづつ思い出し、最後まで覚えることが出来た。

 体操を始めて3日になる。まだ効果のほどは分からないが、3分余りの体操をしただけで薄っすらと汗をかく。様々な筋肉、関節を動かすので、長く続ければ何らかの効果があるだろう。朝早く体を動かせば、体も気持ちもシャンとする・・・。

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 朝顔の種を播いて10日ほどになる。4、5日で芽が出始め、今は順調に成長している。

 朝起きると、まず野鳥のヤマガラに餌をやり、続いて朝顔を植えたプランタンの前にかがんで生育状況を観察する。ヤマガラはウッドデッキの手すりに止まり、爺さんの自由研究を不思議そうに見下ろしている。

 この朝顔は高さが3mにもなるらしい。天高く伸びる日に備え、蔓を這わせる棚のようなものを作った。私の不器用は人後に落ちないが、細い竹を組んだ作品はちゃんとした正方形になっており、上出来である。

 この棚に蔓が巻き付き、色とりどりの花を咲かせるのは大分先の事だが、それまではヤマガラの遊び場である。棚で羽を休めたり、夫婦でじゃれ合ったりしている。今年生まれたヤマガラも元気に遊んでいる・・・。

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梅雨・・・空木(うつぎ)の花が咲く

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 ここ生石高原は梅雨らしい日和が続き、森には瑞々しい緑が充満している。ツツジの花と入れ替わるように、ウツギが咲き始め、あと数日で満開になりそうだ。この白い花は、梅雨入りを実感させてくれる。

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 ウツギは「空木」とも書く。情緒あふれる美しい日本語だ。中央アルプスには空木岳という山があるが、「日本百名山」を著した作家深田久弥は山の形もさることながら、名前が美しかったので百名山に選んだとも言われている。

 今暮らしている山小屋を建てて20年になる。その当時、洒落た山荘の名前を付けたいと思った。最初に思いついたのは「空木山荘」 だった。しかし、高原に平仮名の同名の山荘があったので諦めたが、当時少し残念な思いをした。

 梅雨の季節になれば、ウツギの花のトンネルを走りながら、近くの有田川へ鮎釣りに通う。その白い花は若鮎が跳ねる姿と重なり、気持ちを高ぶらせる。先日の釣行では21匹釣れ、口笛を吹きながら花のトンネルを帰って来た。

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 梅雨入りすると、キノコ栽培の節目の作業をしなければならない。この冬、伐採したばかりの原木にキノコ菌を打ち込み、シートをかぶせておいた。これはキノコ菌をホダ木になじませる行程だ。梅雨に入れば、このホダ木を地面に伏せたり、立てかけたりする「本伏せ」と呼ぶ作業を行う。

 先日、山小屋裏の杉林の枯れ葉を取り除き、クリタケ、ヒラタケ、ムキダケの三種類の原木30本ほどを地面に寝かせた。シイタケのホダ木20本は、スギの木の間に横棒を渡し、ここに立てかけた。ふた夏が過ぎる来年の秋には、それぞれのホダ木から味わい深い原木キノコが収穫できる。

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 今年は初めてムキダケのホダ木を作った。ネットでキノコを調べていたら、見た目が実に美味しそうだったので、栽培することにした。名前の通り、皮をむいて調理するらしく、つるりとしていて癖のない味という。すき焼き、味噌汁、鍋、丼によく合うと書いてあった。最近、人気のキノコらしい。

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 これからは、スイカズラやエゴ、タンナサワフタギの白い花が咲き、森は一層にぎやかになる。敷地に群生する笹ユリは、小指の先ほどの蕾が膨らみつつある。今月下旬には、可憐な花を咲かせるだろう。エルニーニョが発生したらしいが、これがもたらす天候不順が気がかりである・・・。

朝顔を植える・・・

 ふと、朝顔を植えてみたいと思った。種を買うためホームセンターに出かけた。店の棚にはたくさんの種類の種が売られている。大輪の花、まだら模様の花、背丈が伸びてグリーンカーテンにもなる朝顔・・・。

 しかし私は、青い花だけの種が欲しかったが、いくら探してもなかった。昔と違って今は品種改良が進み、一株で赤、青、白など色とりどりの花を付ける種が売られている。一色だけの種など買う人がいないのかもしれない。

 使っていないプランタンに畑の土、腐葉土、有機石灰を混ぜて入れ、種を播いた。プランタンはウッドデッキに置き、居間にいながら花を楽しめるようにした。芽が出るのが楽しみだ。毎日ジョウロで水をやろう。竹を組んで、蔓を這わせようと思う。小学生の自由研究みたいである。

 私は花が好きである。しかし、まめに花の世話をするような性格ではない。思い返せば、小学生のころ、イチゴの苗を植えたくらいしか覚えていない。イチゴの成長を見守るというより、甘い果実を食べたかったのだと思う。

 そんな私が朝顔の種を播く・・・。

 最近私は、父親の事をよく思い出す。なぜ父親なのか分からないが、生前の父親に母親ほどの親近感がなかったのかもしれない。贖罪感というのだろうか。しかし、湿っぽい思い出ではなく、からっとした明るさがある。

 実は、父親が栽培する朝顔も思い出の一つである。父親は毎年、植木鉢に朝顔を咲かせていた。三段の棚を作り、一段に5鉢ずつくらい置いていた。割った竹に蔓を這わせていたが、高さはせいぜい50センチくらいだったように思う。

 すべての花が、インクを流した様な鮮やかな青色だった。早起きの父親は、不機嫌な顔をしながら朝顔に水をやるのが日課だった。内心は美しい花に喜びを感じていたのだろう。花にしたたる水滴がキラキラ光っていたのを思い出す。

 朝顔の栽培は、父親の記憶を追っていて唐突に思いついたのだ。プランタンで朝顔が育ち、花が咲けば、忘れ物が戻ってくるような小さな願いが叶う・・・。

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鮎の初釣り・・・2時間で10匹

 有田川へ今シーズン初めて鮎釣りに出かけた。鮎の解禁は5月1日で、それからするとひと月遅れの鮎釣りということになる。しかし私は、あえて5月末まで鮎釣りをしないことに決めている。

 その理由は、早過ぎる解禁に腹を立てているからだ。和歌山の主要河川では、昔から5月25日前後が解禁日だった。ところが有田川漁協は3、4年前から解禁日を5月1日に前倒してしまった。

 「日本一早い解禁」などといい気になっているが、要するに入漁料収入を増やそうという魂胆なのだ。そもそも鮎釣りは日本の夏の風物詩であり、まだ肌寒い5月初めに鮎を解禁するなんて、鮎釣りの伝統をないがしろにする愚行だと思う。

 しかも、鮎はまだ十分育っていないし、餌となる石に付く珪藻の生育もいいとは言えない。日本には四季があり、食べ物にも旬がある。ハモは天神祭、イサギは麦秋。そして夏の鮎である。夏の日差しを浴びて生育する珪藻を食べる鮎はスイカの香りがする。これが「香魚」と呼ばれる所以なのだ。解禁の前倒しなど、いいことは何一つない。

 文句はこれくらいにしよう。午前10時前にわが家を出発、半時間ほどで有田川中流域のポイントに入った。大きな石が入った瀬に立つと、冷たい水が足首のあたりに沁み込んでくる。このところ熱い日が続いているが、川の水はまだ冷たい。

 やはり初釣りは緊張する。オトリ鮎が川の流れに馴染み、ツッ、ツーと上流に泳ぐ。すると、今にも野鮎が掛りそうに思えて胸が高鳴る。やがてオトリが大岩の絶好のポイントに入ると、今度こそはと気持ちが張り詰める。

 10分ほど経って、オトリ鮎を大きな石に挟まれた速い流れに誘導した。竿を立てて糸を緩めた途端、目印が走った。オトリと野鮎がもつれながら下流に疾走する。竿をためて鮎を浮かせ、多少強引に引き抜いた。

 この時期にしては立派な17センチの良型だ。金色と言ってもいいくらいの美しい魚体である。それに、女体を想わせる肌のきめ細かさ。鼻を近づけてみたが、スイカの匂いはしなかった。旬の鮎に成長するのは、もう少し先のことだろう。

 この元気な鮎をオトリにして、流れに入れた。いやに速く走るなぁと思ったら、もう掛っていた。水面を滑らせながら寄せるが、時々深みに潜る。慎重に寄せて引き抜いた。これも同じようなサイズだ。

 この分だとすぐに二桁は釣れるだろうと思ったが、そうは問屋は卸さなかった。丹念に深みの大石を狙い、15分に1匹のペースで釣り続けた。2時間余りで10匹の釣果である。毎年、初期の釣りは苦戦するが、これは予想外だった。

 気分を良くし、昼ご飯を食べることにした。川の中を歩いていたら、石につまずき転倒してしまった。カエルが手足を伸ばした様な前のめりの恰好である。もちろんびしょ濡れで、寒い。竿をたたむと竿先が折れていた。おまけに、ポケットに入れておいた携帯電話は水に浸かり、通話できなくなっていた。

 やる気をなくし、帰ることにした。自宅で熱いシャワーを浴び、やっとひと息ついた。ヘアドライヤーで携帯を乾かすと、幸い元に戻った。竿先は予備に取り替え、折れた部分はゆっくり修理すればいい。

 鮎の初物は塩焼きにした。久し振りに味わう美味である。それにしても、カエルのようなぶざまな転倒だった。晩酌はほろ苦かった・・・。

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