北岳~間ノ岳・・・泣き笑い ③終わり

 南アルプスへの登山基地・広河原を出発して3日目、北岳を仰ぐ標高2900mの北岳山荘で朝を迎えた。朝食前の午前4時ごろ外に出てみると、ガスが立ち込めていた。その中を、早くも二人の登山者が出発して行った。

 私たち夫婦はこの日、中白根山(3055m)を経て日本第3位の間ノ岳(3190m)を目指す。さらにこの先の農鳥小屋へ下り、もし時間が許せば西農鳥岳、農鳥岳へと進み、Uターンして北岳山荘へ帰る計画だった。

 しかし、われらの脚力と帰着時間を考えると、農鳥岳まではきついかもしれない。それでも農鳥小屋へは行きたいと考えていた。この小屋のご主人については、ネットでの情報しか知らないが、かなり有名人らしい。

 ご主人は、小屋への到着時間が遅れた登山者には相当厳しく怒鳴りつけるらしい。反感を持つ人がいる半面、登山者の安全を思いやる人、本当の山男だと評する人もいる。甲州犬3匹とともに山小屋を守るこの人に、私は妙に親近感を持ち、会ってみたいと思った。

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 山荘を出発すると、猛烈な風が吹いていた。ガスも濃く、視界は10mもない。鼻水は出るわ、涙は出るわ・・・。吹き付ける霧が眼鏡を濡らし、ワイパーを取り付けたいくらいだ。

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 風はますます強まるばかりだ。標高3000mの稜線に吹く風は、半端ではない。台風を中継するテレビ局のアナウンサーなどは「物凄い風です。立って居られません」と絶叫。しかしちゃんと立ったままマイクを握っている。そんなわざとらしく、アホらしい光景を思い浮かべながら、黙々と歩いた。

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 ガスの向こうに標柱らしきものが見えた。間ノ岳の山頂に違いない。

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 やっと着いた。3190m。今年4月、日本第4位から3位の高峰に改定された頂きだ。

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 さてこれからどうするか。当初の計画では、農鳥小屋へ下って、時間を測りながら農鳥岳方面に向かう事にしていた。しかし、濃いガスと強風である。ここまで来てその先に行かないのは無念だが、安全を考えれば諦めるしかない。

 当初、この日も北岳山荘で宿泊することにしていたが、遠征を取りやめたので北岳山頂を越え、一気に御池小屋へ下ることにした。長い距離を歩く一日になる。

 北岳山荘に立ち寄ったころには風が弱まり、ガスも取れ始めていた。山荘の人に聞くと、小さな低気圧が通過中だったとのことだ。体が冷えていたので、熱いカップ麺を食べた。食堂には10人ほどのグループがいて、同じようにカップ麺をすすっていた。考えることはみな同じである。

 これから再び北岳を越えなければならない。その急峻な山を前に、逃げ出したくなった。

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 頂上の近くで、20人ほどの登山グループがカメラを手に集まっていた。女性のひとりに聞くと、キタダケソウが咲いていると言う。人垣で近づけず、カメラをズームにして撮影したのが下の写真だ。肩ノ小屋の近くにも咲いていたから、これで二度目である。北岳固有のキタダケソウは、普通、この時期には散っているという。ラッキーだ。

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 北岳山頂に到着した。今回登山では二度頂上を踏んだ。お地蔵さんが安置されており、お賽銭を供えて下山の安全を祈願した。石のくぼみに置かれたお賽銭は何千円もありそうだ。盗むような不埒者はいないようだが、しかし誰が回収するのだろうと、気になって仕方なかった。

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 頂上から下ってしばらくすると、先を歩いていた女房が何やら興奮している。「百名山のガイドさんですよね。テレビ見てまーす」と黄色い声を上げ、ロマンスグレーの男性に駆け寄った。

 この男性はNHK「日本百名山・北岳編」のガイドを務めた人で、名前は村上周平さん。われらは何度も録画を再生して見ているので、女房は他人とは思えず、舞い上がってしまったのだろう。ミーハー、丸出しである。

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 ガレ場、ザレ場を延々と下り、足の裏が痛くなってきた。小太郎尾根の分岐あたりで、女房に先に行ってもらい、私は靴の紐を締め直した。「すぐ追いつく」と言っておいたが、女房との差は広がるばかりだ。

 やっと白根御池が見えた。すぐそこに見えるのに、なかなか近付かない。足の裏も痛い。この道は、「草スベリ」という名が付いており、疲れたら草の上を滑り降りよという意味なのだろうか。癪にさわる名前である。顔にブヨがまとわりつき、ますます機嫌が悪くなる。池の近くで私を待つ女房の姿が見えたが、それからがまた遠かった。

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       ↑ このあたりから草スベリの急坂が始まる。

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 白根御池小屋で4日目の朝を迎えた。今日は晴天だ。これから広河原に下り、夕方には大津に帰る予定だ。

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 登山初日は右俣コースを登り、帰りは半時間ほど遠回りになるが、大樺沢沿いを下る。もったいないが、しばらくは登りの道が続く。

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 大樺沢二俣に出た。このあたりまで雪渓が来ており、涼風が吹いていた。

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 見上げれば北岳が見送ってくれている。あの山をよくぞ2回も登ったと思う。

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 大樺沢を南アルプスの天然水が流れている。雪渓から沁み出した水である。途中何度も沢で顔を洗い、水を飲んだ。水のうまさを何と表現したらいいのだろう・・・。

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 広河原に到着し、4日にわたる山旅を終えた。今年も元気で歩けたことが、何よりうれしい。夫婦で万歳をした。女房は私のことを「去年より強くなっている」と言ってくれた。振り返ると、北岳が「またおいで」と言っているようだった・・・。

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北岳~間ノ岳・・・泣き笑い ②

 北岳直下の「肩ノ小屋」でしばし休息、ふんどしを締め直し(女房は?)、標高3193mの頂上を目指した。ここからの道はさすがの高峰、荒々しい岩の連続で、息が乱れる。

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 振り返ると、もう肩ノ小屋は小さく見え、その向こうに鋭角的な甲斐駒ケ岳(2967m)がそびえていた。全国にいくつかある駒ケ岳の中では一番高い。

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 駒ケ岳の左に目を向けると、仙丈ヶ岳(3033m)の圧倒的な山容が横たわっていた。どこか北アルプスの女王・薬師岳の姿に似ていると思った。

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 半時間ほど登ると、ついに北岳、間ノ岳、農鳥岳へと連なる天空の縦走路が見えた。録画してあるNHKの「日本百名山」の北岳編を何度も見て、美しい縦走路が目に焼き付いている。今回の登山は、この光景に魅せられて計画した。縦走路の左手には、今夜泊まる赤い屋根の北岳山荘も見えた。

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 頂上への道にはいくつもの岩壁が立ちはだかった。これが頂上だろうと勘違いすること二度、三度。やっと前方にピークが見えた。10人ほどの登山者がいる。

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 白根御池小屋を早朝に発ち、5時間歩き続けて富士山に次ぐ頂きに立った。私と女房は交代で、三角点にタッチした。

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 はるか遠方に、白い北アルプスが横たわっている。よく見れば、槍が岳や奥穂高岳のそれらしい姿が確認できる。その左に乗鞍岳、御嶽山などの中央アルプス・・・。そこに北岳より高い山はない。

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 「北岳山頂で食べよう」と買ってきた赤飯。熱湯を注げば、20分で食べられる。5年間保存できるので、災害用としても重宝されるだろう。味は本物とそん色がないし、温かいのがうれしい。量も十分で、満腹感がある。

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 赤飯を食べたら眠くなった。3193mの天空の昼寝・・・。こんな贅沢はない。女房が勝手にだらしない姿を撮影した。

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 さぁ、北岳を下り、今夜泊まる北岳山荘に向かおう。前方に、明日歩く予定の間ノ岳(3190m)(左)が鎮座している。国土地理院は最新技術によって主要な山の標高を計測し直し、その結果、間ノ岳は北アルプスの奥穂高岳を抜いて日本3位になって話題を呼んだ。奥穂に以前登ったことがある私たちは、4位転落に落胆したものだ。

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 振り返ると、北岳ピークが屹立していた。

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 突然、悲鳴が響き渡った。女房が「あれよ、あれ」と指をさす。数匹の猿が喧嘩していたのだ。槍が岳でも見たことあるが、猿は登山が好きなのかもしれない。(うまく映っていないが、猿は手前の岩の上にいる)

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 「八本歯のコル」方面を示す標識。八本歯という奇妙な名が付くくらいだから、相当厳しい場所なのだろう。登山の計画段階では、間ノ岳方面への縦走を終えたら、ここを通過して下山する予定だった。しかし残雪が多く、滑落事故が相次いたため、このルートを断念した。このためもう一度北岳へ登り直し、肩の小屋経由で下山することを余儀なくされた。

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 北岳山荘の赤い屋根を見ながら歩いた。しかし、いつまで経っても山荘は近付かない。振り返れば、北岳の巨大な山容が私たちを見つめている。明日、あの高峰をもう一度登らなければならないと思うと、気持ちがくじけそうになる。

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 今回の登山では、富士山がくっきりとは見えなかったのが、少し残念だった。ところで、富士山に登りたいかと問われると、もっと他に登りたい山があると答えてしまいそうだ。心のどこかに、富士山は眺める山という思いがあるのだと思う。

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 ようやく標高2900mに建つ北岳山荘に到着した。

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 登山靴を脱いで素足になると、足の疲れが消えていく。少し冷えるが、そのままの方が気持ちいい。

 山荘の屋外ベンチに座り、まずは缶ビールで喉を潤す。そのビールだが、「訳ありビールあります」の紙切れが吊るしてあった。自動販売機では500円だが、こちらは250円。賞味期限を少し過ぎているだけだった。隣に座っていたおじさんは「安いので5缶飲んだ。これから6缶目だよ・・・」。

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 明日は天空を歩く。3000m級の縦走路はここ以外にない。間ノ岳まではほぼ4キロ。時間に余裕があればその向こうの農鳥岳方面にも足を伸ばしたい。さて、3日目の山旅は・・・。

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        ↑ 北岳山荘から間ノ岳方面を望む

北岳~間ノ岳・・・泣き笑い ①

 民主党の蓮舫さんは、スーパーコンピューターの開発をめぐって「どうして二番ではダメなんですか」と言った。世界一にしのぎを削るこの分野で二番は意味がなく、蓮舫さんは散々叩かれた。しかし私は彼女に少し同情したいと思う。この世には大いなる「二番」だってあるのだ。

 私たち夫婦は、富士山に次ぐ日本で二番目に高い南アルプスの「北岳」(3193m)を目指した。日本百名山に数えられる名峰だ。山小屋の「北岳山荘」では、「2」の数字を強調したTシャツが売られており、北岳への敬意と誇りが感じられた。富士山は美しい山だが、北岳はそれに劣らない堂々とした山容で、威厳に満ちていた。

 何日も前からリュックに荷物を詰め込み、そわそわしながら梅雨明けを待った。気象予報士たちは、エルニーニョ現象で梅雨明けは8月にずれ込むと予想し、やきもきさせた。しかし何のことはない、南アルプスの甲信地方は平年並みの7月22日に梅雨が明けた。

 その日、われらは軽トラで山梨県の奈良田温泉に向かった。ここからは登山基地の広河原行きのバスが出る。もう一つの発着点となっている芦安温泉からの道は台風8号の豪雨で崩落し、復旧のメドが立っていない。このため奈良田に登山者が集中していた。

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 軽トラの長旅も何のその、正午前、気合いを入れて歩き出した。梅雨明けで天気はいいが、北岳の頂上にはガスがかかっていた。吊り橋を渡り、樹林帯に分け入る。半時間ほど歩くと、若者でも根を上げるほどの強烈な急登が始まった。

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 苦労したが、何とかコースタイム通りの3時間半ほどで白根御池小屋に到着した。今夜は、標高2200m余りのこの小屋で泊まる。小屋前のテーブルでは、あちこちで宴会が始まっており、高揚感にあふれていた。私もウイスキーでほろ酔いになった。夕方が近づくと次第にガスが晴れ、北岳の頂上が姿を現した。それはまるで魔物の棲みかのように見えた。

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 北岳は南アルプスの盟主と呼ばれ、火山でない山としては日本最高峰だ。南の海の海底がせり上がって山が出来たらしく、エベレストと同じように太古は海の底だった。白根三山と呼ばれる北岳、間ノ岳、農鳥岳を結ぶ縦走路は標高3000mの天空の道だ。私たちもこの道を歩くため、ここに来た。

 御池小屋では一人に布団一枚が与えられ、比較的すいていた。午前4時前に起床、外に出るとよく晴れており、北岳もきれいに見えた。5時半ごろから歩き始め、「草スベリ」という急な道を登った。3時間ほどすると一気に空が開け、見事なお花畑が現れた。シナノキンバイの大群落だ。左手には鳳凰三山、遠方に八ヶ岳が見えた。

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         ↑ 鳳凰三山

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         ↑ 八ヶ岳

 お花畑を過ぎると、左手に富士山が少しかすんで見えた。北アルプスからも眺められるが、ここは近い分、山が大きい。標高3000mに達し、空気が薄いので肩で息をする。足を止めると高山植物が咲いている。花好きの少女の気分だ。

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 歩き始めてとっくに3時間を超えた。やがて北岳肩の小屋が見えた。やれやれという気分だが、まだ歩かなければならない。御池小屋で下山してきた人から、肩の小屋のすぐ近くにキタダケソウが咲いていたと聞いた。花好きの人なら泣いて喜びそうな情報だ。この花は、北岳にしかない固有種で、7月の初めには散ってしまうらしい。

 小屋から10mほど下った場所に、全部で20輪ほど咲いていた。滅多にお目にかかれない高山植物で、これを見るためだけに登って来る人もいるほどだ。「花こそ命」というおばさんが多く、随喜の涙を流す。

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 肩の小屋を出発して、いよいよ北岳山頂に向かう。気持ちが高ぶっていて疲労感はない。頂上ではお祝いの赤飯を食べる予定だ・・・。

ピリリ王国の山椒パスタ・・・紀伊山地

 東京にいる娘が、関西へ出張したついでにわが山小屋へ立ち寄った。素通りして帰るのは気が引けたのかもしれない。このようなご機嫌伺いは、親としてうれしいことである。

 娘の趣味はグルメ旅行なので、私たちが以前から目を付けていた店へ案内することにした。生石高原を下り、有田川に沿って遡ること半時間。山が両側から迫る旧清水町である。秋篠宮紀子さんの曾祖父の出身地として知られる。

 国道をそれて500mほど走ると、眼下に日本の棚田百選になっている「あらぎの里」が目に飛び込んでくる。有田川の流れがU字形に湾曲し、その囲まれた土地に棚田が作られており、実に見事な造形美である。

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 棚田は、狭い土地を有効利用する先人の知恵だろう。山あいでは農業だけで食べて行けず、ここでは山の斜面に山椒の木を植えている農家が多い。清水の山椒は、日本一の折り紙付きである。小粒でもピリリと辛いことから、清水の町は「ピリリ王国」と名乗っている。

 この「あらぎの里」から2キロほど入った所に、これから行くレストランがある。小高い場所に洋風の店が建っており、これが「田舎Cafe かんじゃ」だ。「ピリリ王国」らしく、山椒風味たっぷりのパスタとデザートが売りである。

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 私たちは床柱のある座敷の丸テーブルに座った。メニューを開き、娘と女房がぺペロンチーノ、私がカルボナーラを注文した。サラダとデザート付きで1000円。卓上には、石臼で摺った粉山椒が置いてあり、あたりにいい匂いが漂っていた。

 パスタは山椒の風味がよくマッチしており、娘も大いに気に入ったようだ。帰りは林道のような細い道を走り、行列が出来る石窯パンの店に寄った。こんな山奥にいくつもの人気の店が点在する。インターネットの絶大な力を思い知る・・・。

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ボートにまたもネズミの巣・・・

 由良湾にゴムボートを浮かべ、夫婦でガシラ釣りをしたのは1週間ほど前のこと。この時のことは、7月9日のブログに書いた。漁港でボートを広げると、ネズミが枯れ葉で巣を作っており、しかもボートをかじって穴を開けていたのだ。

 穴は、高圧空気を入れるボート本体ではなく、底のシートだったためガムテープで塞ぎ、何とか事なきを得た。ボートはしっかりした専用のカバーで梱包しており、どうしてネズミが入り込んだのか不思議でならなかった。

 釣りから帰り、隙間を作らないよう丁寧に梱包した。そして1週間後の一昨日、再び同じ由良湾へガシラ釣りに来て梱包を解いた。「てっ」・・・。またも枯れ葉が持ち込まれ、巣作を作っているではないか。幸いボートは無事だったが、わずか5、6センチの山ネズミに翻弄され、怒りに体が震えた。

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     ↑ 左の白い部分は、前回穴を塞いだ箇所

 ともかく、出航した。実は先日、地元の人から大きなアジが釣れるという話を聞いた。その人は手を広げてアジの大きさを示したが、30センチはありそうな大物である。教えてもらったポイントへボートを走らせた。

 アミエビをカゴに詰め、サビキ仕掛けを下ろした。大アジは底で釣れるらしいが、底に着くまでに10センチ余りのアジが食いついてしまう。結局小アジが100匹ほど、そこそこの中アジが2匹釣れ、1時間ほどでアジ釣りに飽きてしまった。

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 そこで、ガシラのポイントへ向かった。造船所の岸壁に帆船が繋がれているのが見えた。船名は「日本丸」。太平洋の白鳥、海の貴婦人とも呼ばれる優美な姿だ。初代日本丸は昭和の初めに建造され、目の前の帆船はⅡ世だろう。叶わぬ夢だが、帆船で世界の海をクルーズしてみたい。

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 ガシラ釣りは、女房のひとり舞台だった。私が1匹釣る間に2、3匹釣るほどの好調ぶりだ。しかも27センチの大物も釣った。そもそもガシラ釣りは私が手取り足取り、教えたのだ。それなのに感謝の気持ちはなく、偉そうに釣り方をアドバイスしたりするのだ。悔しいが、釣りは結果が物を言う世界である。

 釣果はジャスト40匹。平均して良型が多かった。どこかで聞いたセリフだが、「もうお前に教えることはない」と申し渡した。免許皆伝である。「次からは、自分で仕掛けを作れ」と付け加え、意地悪を言ってみた。

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 小アジは面倒だが三枚に下ろし、酢飯にのせて食べた。アジが釣れるといつもこうするのだが、これくらい美味しいものはない。女房は含み笑いを浮かべながら、ビールを2缶飲んだ・・・。

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梅雨の晴れ間・・・薪ストーブの手入れとジャガイモの収穫

 ここ生石高原の朝夕はまだ肌寒い。それでも最近は、薪ストーブに火を入れるほどでもなくなった。そこで梅雨の中休みとなった昨日、薪ストーブの掃除をした。

 まずは炉内の空気を煙突に誘導する鉄板を取り外す。煙突の入口が現れ、そこへワイヤーブラシを差し入れ、何回も上下させながら煤を取り除く。

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 普通は屋根に上がり、煙突の傘を外してブラシを入れるが、高所恐怖症のため屋根に上がれない。仕方なく女房に屋根へ上がってもらうが、近所で「ご主人は奥さんに危ない作業をさせている」という噂が広がり、やむなく炉内から煙突掃除をするようになった。

 煙突にこびり付いた煤がバラバラと落ちてくる。タオルでマスクするのを忘れ、煤をたくさん吸い込んだ。トイレに行ったついでに、洗面所の鏡で自分の顔を見たら、鼻の穴の回りが真っ黒になっており、笑ってしまった。

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 ストーブのガラスを磨き、本体の埃を雑巾で拭き取った。錆止めのスプレーを吹き付けると、しっとりとした黒光りになる。薪ストーブの魅力は、炎の美しさと、鉄の質感と重量感にもあると思う。

 標高800m余りのここでは、薪ストーブを使わないのは1年のうち3か月ほどである。つまり、9か月もの間、摂氏200度もの熱を放射し続ける働き者なのだ。ゆっくり休んでくれと言いたくなる。

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 梅雨の中休みを待っていたのは、女房も同じである。朝早くから畑のジャガイモ(キタアカリ)の収穫に汗を流した。収穫の喜びは大きいが、それよりも「よくぞご無事で」という心境だ。つまり、イノシシに食べられなくて済んだのだ。

 ネットを張っているが、それでも度々被害に遭っている。昨年はイノシシの先を越して早めに収穫した。この機先を制する作戦に戸惑ったのか、今年は畑に近づくことがなかった。とりあえず今年はイノシシに勝利した。万歳・・・。

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南紀「えびね温泉」に行くつもりが・・・

 とんだドライブになった。ドライブと言えば聞こえはいいが、車は軽トラである。走った距離は345キロ。しかも紀伊半島深部の悪路で、天井に頭を打つほどの振動である。谷は切り立っていて、ガードレールもない。脱輪して谷底へ落ちれば、生きては帰れまい。ブログを書いている今も、まだ体が揺れている。

 その日、朝ご飯を食べ終わると、女房は唐突に温泉へ行きたいと言った。台風8号が近付いており、行くなら今のうちだろう。行く先は、南紀・日置川のほとりにある「えびね温泉」だ。われらの大好きな温泉で、遠征も苦にならない。

 湯は硫黄の香りがし、肌がつるつるになる。ここへ初めて来たのは30年くらい前で、それ以来、時々訪れている。温泉水を買いに来る人も多く、私たちもポリタンクに入れて買って帰る。これでコーヒーを入れても、焼酎のお湯割りにしてもまろやかな味になる。

 温泉へは、紀伊半島を西から東へ横断し、熊野古道の中辺路を右折して日置川に向かうコースだ。右折する直前までそのつもりだったが、温泉とは反対側の熊野本宮大社に寄ることにした。参拝して、日頃の行いを反省するためである。本宮の八咫烏はサッカー日本代表のシンブルマークだが、残念ながらW杯はご利益がなかった。

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 ここから日置川へ引き返せばいいのだが、女房が「古座川の柚子酢が買いたい」と言う。いったん新宮市まで下り、紀伊半島の最先端から古座川町に入るのが普通のコースだが、私たちは熊野川の支流赤木川に沿って行くことにした。

 と言うのは、20数年前、家族5人で赤木川のそばにある小口キャンプ場でテントを張ったことがあり、懐かしくてこの道を選んだ。キャンプ場は昔のままのたたずまいだった。みんなで川沿いを散歩し、大きな蛇に遭遇したのを昨日のように思い出した。

 しかし、ここから古座川への道のりは大変だった。道路は車1台がやっと通れるような狭さで、谷が切れ落ち、高い所では3、40mもの深さである。しかも、路肩が明確でない。落石も多く、女房は石をよけるため懸命にハンドルを回していた。私は助手席から美しい渓谷を眺め続けた。

 1時間半ほどかかったろうか、やっと古座川の集落が見えてきた。柚子酢を買うために、わざわざここへやって来たのだ。女房はここの柚子酢のファンで、鮎の塩焼きに二、三滴落とすと最高に美味しいと言う。酢は、国の天然記念物・一枚岩の売店で売られているが、店は閉店していた。どっと疲れが出た。

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 ともかく「えびね温泉」に向かわなければならない。すさみ町から日置川に沿って走り、午後5時に到着した。6時閉店なので滑り込みセーフだった。相変わらずいい湯だった。風呂のガラス越しに暮れなずむ日置川を眺めた。鮎が川面を跳ねていた。

 あっ、そうそう、このドライブには愛犬ピー(シーズの6歳、男性)が同伴していた。狭い軽トラの座席で文句も言わず、寝そべっていた。家に帰ると水をがぶがぶと飲み、ふぅーとひとつ、ため息をついた・・・。
 

 

ネズミ野郎、ボートに穴を・・・

 ここ生石山で田舎暮らしをしているKさんが、釣り用のゴムボートを買った。早速進水式をしようと、Kさんと奥さん、私たち夫婦が由良湾の漁港に集まることになった。もとより進水式は建前で、ガシラ釣りをするのが目的だ。

 約束の午前6時前、Kさんも私も相次いで漁港に到着した。もちろん、私の軽トラにはゴムボートが積んである。ボートを包んでいるカバーを取り外し、ロール状にたたんでいたボートを取り出そうとした時、数枚の枯れ葉が出てきた。

 それは、不吉な予兆である。山暮らしをしている人間ならではの勘なのだ。ボートを最後まで開くと、やはり大量の枯れ葉が一か所に集められていた。ネズミが巣を作っていたのだ。最後にボートを使ったのはひと月ほど前で、その短い期間にせっせと枯れ葉を運んでいたことになる。

 数年前のことだが、冬の間留守にしていた時、ガスレンジの魚を焼く場所に枯れ葉を詰め込み、巣を作っていたことがあった。長靴の中や、積んでいる薪の隙間など、どこにでも巣を作る油断ならないネズミである。

 山のネズミは体長7、8センチの小型である。玄関を開けっ放しにしておくと侵入し、家の中に住みつく。物音でそれと分かれば、粘着シートのネズミ獲りを仕掛ける。かわいそうだが、割りと簡単に捕獲することが出来るのだ。

 まぁ、そんなことはどうでもよい。ともかく、ボートを広げてみて驚いた。「てっ」・・・。(最近、甲州弁の影響を受け、こんな声を上げている)。なんと、ボートの底に穴が開いているではないか。長さ4センチ、幅1センチもの穴である。ネズミがかじったのだ。枯れ葉を目にした時、こんな最悪の事態も覚悟していた。

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 これではボートを出せない。女房は「Kさんのボートでテトラの一文字まで送ってもらい、穴釣りをしよう」と言い出し、釣りを諦めない。その積極姿勢は評価できるが、私としてはボートを破られたショックは大きく、釣りをする気にならない。

 ボートの穴を見ながら、しばし考えた。高圧の空気を注入するボート本体に穴が開けば、修理に丸一日かかるが、底の場合はゴムシート一枚だけなので、穴を塞げば浸水を防げるはずだ。

 知り合いの漁師の家に走り、粘着テープを借りてきた。三重に貼って穴を塞いだ。ボートを浮かべてみたが、浸水は見られない。決死と言えば大袈裟だが、釣り道具を積んで恐る恐る岸壁を離れた。しばらく走ったが、大丈夫のようだ。

 そのうちガシラ釣りに夢中になってしまい、浸水の危険はどこかへ吹っ飛んだ。釣れなくなると、大胆にも遠くのポイントへ移動を繰り返した。ベラ混じりだが結構な大型も釣れた。Kさん夫婦も順調のようで、奥さんはかなりの大物を釣り上げ、魚を掲げて満面の笑みである。

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 釣果は全部で39匹。女房にダブルスコアでまた負けたが、ともかく難局を乗り越え、釣りを楽しむことが出来た。それもこれも、私の機知とアイディアのお陰である・・・。

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       ↑ 由良湾ではアコウに似たこんな魚も時々釣れる。名前は分からないが、実に美味しい。

笹ユリが咲く

 今日から7月。二十四節季の夏至に当たり、今ごろの時期は「半夏(はんげ)生ず」の候である。旧暦の本「日本の七十二侯を楽しむ」(東邦出版)の受け売りだが、「半夏生」は田植えを済ませた農家の人たちが休息をとる日だそうだ。

 讃岐では、田植えを手伝ってくれた人をねぎらい、うどんを振舞うことから、7月2日は「うどんの日」だそうだ。1日から祇園祭がスタート、7月いっぱい様々な祭礼が行われる。旬の魚ははもで、祇園祭にちなんで「祭りはも」とも呼ばれる。

 わが山小屋の周りでは、笹ユリが満開である。敷地には30株ほど自生している。 例年に比べて遅くもないし、早くもない。花は時候通りに咲いてくれる。

 ユリに近付くと、甘く、どこか切ない香りが漂ってくる。気品に満ちたこの花は理想の女性像と重なり、胸が時めくが、詳しくは書かない。つたない笹ユリの写真だが、みなさんそれぞれの思いを巡らしながら、どうぞご覧あれ・・・。

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