ナメコにヒラタケ・・・実りの秋

 旧暦では、二十四節季の「霜降」に入った。七十二候を見ると、今は「霜が最初に降りるころ」である。しかし、私たちが暮らすここ生石高原は標高800m余りの高地だが、まだ霜は見られない。

 異常気象が続く昨今である。そのせいか、今年の10月は例年になく暖かく、気持が悪い。今日の朝の気温は5度で例年並みだが、日中は急に暖かくなる。薪ストーブは、朝と晩だけ火を入れるだけで、薪が節約できるのはうれしい。

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 暖かい秋のため、キノコがたくさん発生するか心配だった。つい先日までキノコの原木は沈黙していたが、このところ少し気温が下がり、キノコの子供がニョキニョキと出てきて、ひと安心である。

 ナメコは朝の木漏れ日を受けてオレンジ色に輝いている。ブドウの房のようだ。鍋に味噌汁、大根おろしにポン酢で食べるのもいい。キノコは冷凍保存できるので、年中、とろとろのナメコを楽しむことが出来る。

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 ヒラタケも少し出てきた。こちらは11月に入らないと、本格的に発生しない。それでも豊作の予感はある。クリタケの原木はまだ眠ったままだ。シイタケは小指の先ほどの芽がたくさん出ている。

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 山桜やコナラなどの原木にキノコ菌を打ち込んでおくと、夏を二回経ればキノコが発生する。直径10センチほどの原木だと、キノコの出る寿命は3年ほどだ。キノコを絶やさず、さらに増産するために原木を伐っておかなければならない。そろそろ、そんな季節がめぐって来た・・・。
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イカに噛まれたが・・・でも11杯の釣果

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 10月に強力な台風が二つも日本を襲い、大きな被害をもたらした。海釣りに行こうと思うと海が荒れ、鮎釣りに行こうとすると川が増水した。夏の異常気象とあわせ、釣り好きには散々な日が長く続いた。

 やっと海が穏やかになりそうな天気予報だ。この好機を逃さずアオリイカを釣り、冷凍保存をしたいと思う。イカは年中食べるわが家の貴重な蛋白源だ。家計を助けることにもなる。早速、ボートからのアオリイカ釣りに行くことにした。

 ただ、和歌山北部の波の高さは「1・5mのち1m」と予想され、この1・5mが心配だった。由良湾の漁港に着いてみると、案の定、強い風が吹いており、湾内にも白波が立っていた。波が治まるまで、岸壁で竿を出すことにした。しかし、強風で竿が折れんばかりに曲がり、糸フケも多い。これではイカがアジに食いついても、当たりが見分けにくい。

 半時間ほど経った。何となくだが、糸フケが少なくなったように見えた。2分ほど待って竿を持ち上げれると、ギューンと引き込まれた。イカがアジに食いついているのだ。糸を引かれたイカは違和感を感じ、遠くへ逃げようとする。風で竿があおられ、イカを寄せるのに難儀したが、そろりそろり20mほどの所まで寄せた。

 掛け針のヤエンという道具を糸に通し、慎重にイカへと近付けていく。ころ合いを見計らい、少ししゃくって合わせる。一気に竿が絞り込まれた。ヤエンがイカを捉えたのだ。ボート用の玉網は短いので、岸壁に這いつくばって落ちそうになりながらイカをすくった。大騒ぎするほどのサイズではなく、700グラムくらいだろう。

 ヤエンを外すため、イカを手に持った。すると、10本の足が手に絡み、左手中指を一気に吸い込んだ。その瞬間、激痛が走った。指を抜くと、二か所から血が出ている。くちばしで噛まれたのだ。それは、まるで自在に手足をくねらせるエイリアンのようで、驚くべき早技だった。

 噛まれたのはこれで二度目である。イカには鳥のような鋭いくちばしがあり、無造作につかむとこうなるのだ。知り合いの漁師の家に駆け込んでバンドエイドをもらい、ぐるぐる巻きにして何とか血が止まった。

 そうこうしているうちに、波も多少落ち着き、ボートを出すことにした。ボートが波に乗り上げると、向かい風のためしぶきがまともに飛んで来る。波に乗り上げないよう低速で走り、風裏の磯にアンカーを下した。

 この天候だから余り期待はしていなかったが、イカはすぐ乗ってきた。イカがアジを離さないよう慎重に引き寄せた。釣れたイカは4、500グラムほどの小型だ。しばらくすると、またもフリーにしているリールから糸が引き出されて行く。このような当たりが退屈しない程度に続き、午前中に11杯のイカが釣れた。

 風が強い中、満足のいく釣果で、正午前に帰港した。大きなイカこそ釣れなかったが、シーズン初期のサイズはこんなものだろう。指を噛まれるというイカの逆襲に遭ったけれど、自業自得であり、イカに恨みはない・・・。

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大津祭に招かれて

 10月12日、湖国三大祭りの一つ「大津祭」が行われ、見物に行った。台風19号が本土に接近していたが、幸いスピードが遅く、好天の中で13基の曳山が大津市内を巡行した。主催者によると、14万7千人の人出だったという。

 実は、会社の同僚だった友人が祭りに招待してくれ、和歌山から駆け付けたのだ。彼の家は、古くから卸商を営んでいた大津商人である。ご両親はすでに亡くなられ店をたたんでいるが、今も曳山を守る町衆の一人だ。町内の曳山保存会の会長でもある。

 彼が建て替えた自宅は、通りに面して窓が広げてあり、祭り仕様にしてある。大津の旧家の多くは、窓際に緋毛氈を敷き、飛び切りのご馳走を食べながら曳山を見物するのだ。祭りの日は、子供や孫、親戚縁者が集まり、一年で一番にぎわう。

 大津祭は、江戸時代の初めに始まった。大津は物流の拠点で、日本海沿岸から運ばれた米や海産物などが琵琶湖を渡って集められた。祭りは、そんな豪商たちの経済力を物語っている。

 町衆たちは、祇園祭を小さくした祭りと言われるのを嫌う。確かに曳山は一回り小さいが、曳山を飾る「見送り幕」などの懸装品は重文級で、祇園祭にひけを取らない。しかも、どの曳山にもカラクリ人形があり、町内の様々な場所で意表を突くカラクリが演じられ、観衆の喝采を浴びるのだ。

 祇園祭と同様、コンチキチンの祭り囃子で町内を巡行する。こちらは、曳山の上から厄除けのちまきと手ぬぐいを投げ、見物客がとり合う。祇園祭が豪華絢爛なら、大津祭は民衆目線の素朴な味わいがある。

 大津の旧町はどんどん取り壊され、マンションが林立する町になってしまった。それでも400年の伝統を受け継ぐ大津祭は立派に観衆の心を引きつけ、町衆の絆も強めている。小さな町や村に伝わる祭りをもっと活性化させ、その土地に縁のある企業家がドーンと大金を寄付する。「地方再生」の一歩になるかもしれない・・・。

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由良湾で五目釣り、アイゴ、アオリイカ、アジ・・・

 今から40年ほど前、職場の先輩に連れられて磯釣りに行った。近郊の波止場へは時々行ったことはあるが、太平洋岸の小さな磯から釣りをするのは初めてだった。渡船は舳先を磯に押しつけながら釣り客を下すのだが、そのスリリングな磯渡しに胸がドキドキしたのを思い出す。

 狙うのはグレだった。先輩に教えられた通り、釣具店でクジャクの羽を買い、その芯を使って長さ7、80cmの棒ウキを作った。寄せ餌は米ぬかの団子で、餌はオキアミだった。船頭に教えてもらったポイントに仕掛けを遠投した。

 詳しいことは覚えていないが、ウキが沈んだので竿をあおると、物凄い引きだった。夢中でリールを巻いた。先輩が網ですくってくれたが、磯の上を跳ねる魚は黒っぽい斑点があり、背びれを広げていた。体長は約40cmだった。

 先輩が「触るな!」と言ったのもよく覚えている。魚の名前は「アイゴ」で、背びれや胸びれに猛毒があり、刺されると何時間も激痛が続き、のたうち回るらしい。磯で初めて釣ったのがアイゴであり、この1匹の強烈な引きが私を海釣りに引き込んだのだ。

 前置きが長くなったが、私たちが暮らす生石山の中腹で田舎暮らしをしているKさん夫婦を誘ってボート釣りに出かけた。Kさんは先ごろ船外機付きのゴムボートを買ったばかりだ。

 風が吹くとの天気予報由だったが、由良湾はべた凪だった。まずは五目釣りのポイントへ向い、Kさん夫婦とボートを並べて釣りの開始だ。サビキの仕掛けを下すと、いきなり15~20cmのマアジが釣れた。アオリイカの餌になるので、活かしバケツに15匹ほど入れた。

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 やがて私の竿が海中に突き刺さった。強い引きのため、1・5号の糸が心もとない。やっと上がって来たのは、27、8cmのアイゴである。背びれが刺さると大変なので、恐る恐る針を外した。すると、今度は女房が竿を曲げた。魚は何度も海中に潜ろうとファイトする。これもいい型のアイゴだった。

 私が女房に代わって針を外そうとしたが、なかなか外れない。やっとの思いで外したのはいいが、ちゃんと用心して置いていた私の竿がない。恐らくアイゴが食いついて竿ごと持って行ったのだろう。竿もリールも高価なものではないが、大損した気分になった。背びれを広げるアイゴを見ながら、思わず冒頭のシーンを思い出した訳だ。

 アジがたくさん釣れたので、亭主はアオリイカ、女房たちはガシラ釣りに転戦した。イカもガシラも同じようなポイントである。15分ほどすると、私の竿先にわずかな変化が起きた。しばらく待って少し引いてみると、グイーンと竿を曲げた。イカがアジを抱いているのだ。ボートの下に潜り、反対側に走った。

 ボートのロープに絡まないよう四苦八苦しながら竿を操作し、やっと掛け針のヤエンを入れる態勢に入った。ヤエンを糸に装着し、慎重に送りながらイカに近付けていく。糸の角度、イカとの距離を測りながら小さく合わせを入れた。竿が大きく曲がり、うまく掛かったようだ。久しぶりに味わう強烈な引きである。800グラムほどの良型だった。

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 イカの当たりはこの一回だけだった。五目釣りをしながらイカも狙うという欲張りがいけなかったと思う。昼ごろから思いもよらない雨となり、港に引き返した。釣果はアイゴにアオリイカ、ガシラ、アジ、サンバソウなど多種多様な魚が釣れ、クーラーボックスははズッシリ重かった。

 ところで、和歌山で暮らして7年になるが、不思議に思うのは和歌山人のアイゴ好きである。アイゴのことを、「アイ」「バリ」「バリコ」と呼び、これが釣れると大喜びなのだ。背開きにして一夜干しで食べれば絶品と言う。しかし独特の臭みがあり、私はそれほど好きではない。

 その夜、背開きしたアイゴに薄く塩をし、冷蔵庫で乾燥させた後、焼いて食べた。やはり、美味しいと言えなかった。何度食べても、アイゴ独特の匂いとクセのある味になじめないのだ。しかし紀州人のアイゴ好きは、黒潮と向き合ってきたDNAそのものなのだろう。これにはかなわない・・・。

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今シーズンの鮎釣りを終えた・・・

 台風18号は紀伊半島をかすめるように北上し、6日未明から風雨が強まり、紀伊山地のわが家は突風で少し揺れた。10mほどしか離れていない裏山では杉の木が何本か倒れたが、予想したより風も雨も大したことはなく、幸いだった。

 この台風の4日前、今シーズン最後の鮎釣りをしようと、有田川に向った。20分ほどでオトリ屋に着くと、店の親父が手持無沙汰に川を眺めていた。「今日は珍しく客が少ないんだ。ポイントはどこも空いているよ」と言う。このような日は滅多になく、好きなポイントを釣り歩くことが出来る。

 まずは400mほど上流の瀬に向った。なるほど、釣り人に一人も出会わなかった。先月は大雨が降り、川は水かさが増し、濁っていた。しかしここ1週間ほどで水量が減り、濁りもだいぶん取れた。急に水量が下がると、鮎の警戒心が強くなり、静かに釣らねばならない。

 釣りは膝上まで川に立ち込むので、次第に体が冷える。有田川はお盆の頃から天然遡上の鮎が大きく育ち、10月いっぱいまでがベストシーズンだが、私は水が冷たく感じる10月初旬で鮎釣りを終える。「年寄りの冷や水」ということわざもある・・・。

 ポイントに着き、まずは流れが緩い瀬にオトリを入れた。1分もしないうちに、クックッと目印がひったくられた。二歩、三歩下りながら鮎を浮かせ、引き抜いた。オトリと掛かった野鮎の2匹が飛んできて、玉網に収まった。20センチほどの良型だ。

 釣れたばかりの鮎をオトリにして同じような場所に誘導した。すかさず掛かった。それから5匹の入れ掛かりだ。この調子だと大釣りは間違いないと思った。しかしそうは行かないのが鮎釣りである。追いっ気のない鮎がいなくなったのか、川は沈黙してしまった。

 この時期、ブヨに似た小さな虫に悩まされる。ひどい時は手の甲に10匹くらいたかる。刺されると、物凄くかゆい。だから防虫スプレーを噴きつけて釣りをするが、この日は気持が焦っていてスプレーを車に忘れた。余りにも虫がひどいので、川を下って取りに戻った。

 結果的には、このUターンが良かった。車を置いていたすぐ前の瀬で4匹入れ掛かり。その瀬肩では6匹釣れた。さらにそこから50mほど上流で10匹以上釣れた。ここは、玉石を敷き詰めたごく浅いチャラ瀬である。川の中が丸見えで、野鮎が掛かると物凄いスピードで上流に疾走する。川を切り裂くような鋭さだ。これが鮎釣りのだいご味だ。

 昼ご飯を食べ、もう少しだけ釣ることにした。最初の上流のポイントに入ったが、ここでもそこそこ釣れた。ごろた石の上をかなり歩いたので、足の裏が痙攣するようになった。まだ釣れそうだが、もはやこれまで。この日の釣果は35匹だった。私にしては上出来だった。

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 河原にたたずみ、竿をたたんでいると何とも言えない寂寥感に襲われた。あぁ、今年の鮎釣りは終わってしまった・・・。振り返れば、異常気象もあって川は増水し、満足に釣りに行けなかったし、満足な釣果も得られなかった。

 私の鮎釣りの師匠は、鮎釣り界のスーパースターだが、彼はしみじみこう言っていた。「ワシはなぁ、シーズンが終わると半月ほど寝込むんや。抜け殻みたいになってしまうんや」。それほどまでに釣りに打ち込み、身も心も鮎に捧げていた。師匠の足元にも及ばない私だが、それでもしばらくは虚脱感を引きずってしまう・・・。


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 そこそこのサイズが釣れたので、友人や子供たちから頼まれていた鮎の燻製を作った。

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秋本番の生石高原

 朝食の少し前、北の空からヘリコプターの爆音が聞こえてきた。こんなに早い時間にヘリが飛ぶのは、自衛隊か救急ヘリくらいのものだが、多分、報道関係のヘリだと思った。デッキに出ると、やはり見覚えのあるNHKのヘリのようだ。

 10月ともなれば、ここ生石高原はススキの季節である。NHKなどのテレビ局は、ヘリを飛ばして上空からススキの草原を中継するのだ。NHKの場合は、関西のもう一つの名所、奈良県の曽爾高原と隔年で飛んで来るようだ。

 午前8時45分、NHKの番組は関西ローカルに切り替わり、いきなり生石高原が映し出された。機体は西から東へ飛び、やがて旋回した。いつも歩いている草原は、風にそよぐススキが銀色に光っていた。

 この日の午後、高原を散歩した。本当は夕日が紀淡海峡に落ちるころが一番美しい。熟柿色の太陽と、逆光を浴びて銀色に浮き立つススキの穂。その一瞬のコラボを撮影するため、多くのアマチュアカメラマンをやって来る。近年は、スマートフォンのカメラで撮影する若者が多い。
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 高原の東側にある小高い山が生石ケ峰(876m)で、高原からは20分ほどで頂上に立てる。ここに登るのが私の日課である。心地よい風に吹かれながら登山道を歩くと、季節外れのカワラナデシコが二輪咲いていた。命を燃え尽くすようなピンク色である。

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 今の時期、野菊もたくさん咲いている。以前、植物に詳しい知人に野菊の種類を聞いたことがあるが、ノコンギクとヨメナを見分けるのは難しいらしい。名前は分からなくても、野菊は幼いころから見慣れた花で、童心をくすぐられる。

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 つい先日、家の裏山で栽培しているキノコの原木からナメコが出てきた。この夏は異常気象だったため、キノコが発生するかどうかやきもきしていたが、これでホッとした。下旬になればシイタケやヒラタケなども出てくるはずだ。楽しみである・・・。

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