鮎の初釣り・・・不調の有田川で

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 先日、今シーズン初めて鮎釣りに行った。例年6月に入るとすぐ飛んで行くが、今年は全体的に釣果が悪く、行く気をなくしていた。何軒かのオトリ屋に状況を聞いてみても、良い場所に恵まれない限り、10匹も釣れれば上等だと言う。

 だからと言って躊躇ばかりしていては、いつ大水が出て釣りが不能になるかもしれない。とりあえず試し釣りをしようと、わが家から車で15分ほどの有田川に行った。中流域にある馴染みのオトリ屋に行くと、オヤジさんが「あかんで。今朝、水位がガクンと減ったんや」と言う。

 ダムの放水が減ったか、発電用の水が少なくなったかのどちらかだろう。川の水位は、鮎に大きな影響を与えるのだ。特に急激に水位が下がると、鮎の警戒心が強くなり、追いが悪くなる。

 水深が深い場所であれば鮎の警戒心も多少はましだろうと、流れが緩いトロ場に入った。まずは鮎の鼻にハナカンを通し、尾の近くに掛け針の付いたサカサ針を打った。水中糸はナイロンの0・175号、針はキツネ系の6・5号、竿は9mだ。今年初めての鮎釣りだから、竿を持つ手が心なしか震えた。ポイントに鮎の鼻先を向けて放した。

 オトリは気持ちよく深場に入って行った。状況が悪いと聞いていても、やはり期待で胸が膨らむ。岩から岩へとオトリを誘導すること15分ほど。水中で銀色の魚体がギラッと光り、オトリ鮎と掛かり鮎の2匹がもつれ合った。引き抜いてタモに納まった鮎は17cmほど。オトリとして立派に働きそうなサイズである。

 それから30分ほどで3匹釣れた。これは予想していたより良い釣果だ。水中糸の目印を見ていると、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。オトリ屋のオヤジである。彼はいつもこうして釣果を聞きに来る。客への参考情報をこまめに集めており、客の信頼は篤い。私は3本の指をかざすと、2、3回うなづいた。「ほー、よく釣ったな」という表情だった。

 その後もポツリ、ポツリと掛かり、ちょうど10匹釣れた。午前中で帰るつもりだったが、上々の釣果に気を良くして午後も続けることにした。お湯を沸かしてカップ麺を作り、腹ごしらえをした。

 午前中とは別のポイントで竿を出した。石の周りでは鮎が群れて腹を返しているが、まったく追わない。これが有田川の現状だと思った。朝のポイントに戻ったものの、こちらもウンともスンとも言わない。1時間半ほどでギブアップして帰った。

 毎年同じことを書いているが、今年も有田川漁協に腹立たしい思いをしている。和歌山の河川の鮎の解禁日は、早い所で5月下旬だったが、有田川と日高川では4、5年前から5月1日に早めてしまった。そんなに早く鮎は育たないので、成魚を放流して釣らせているのだ。言うまでもなく、入漁料の増収を狙ったものである。

 先月、有田川で鮎釣り大会の地区予選が行われ、見物に行った。私の師匠も参加しており、試合後しばらく話をしたが、この名人をしても釣果ゼロ匹で、予選落ちだった。連日多くの釣り人が入る川では、成魚を放流してもすぐに釣られてしまうのだ。漁協には、鮎をじっくり育て、客にいい鮎を釣ってもらおうという志がない。

 この日私が釣った鮎のほとんどは白っぽく、しばらく前に放流されたものだろう。鮎を鼻に近付けても、スイカのような匂いはせず、これでは天然の鮎とは言えない。やはり本物の鮎は、肩をいからせた黄色味を帯びたものでなければならない。

 この日釣った鮎を塩焼きにして食べたが、水っぽく、若鮎の風味に程遠かった。ただ川に入ってみて、天然遡上の鮎の数は多いと思った。これらが本格的に釣れ出すのは、梅雨が明けてからだろう。

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ササユリ・・・ああ切ない匂い

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 わが山小屋の周りでササユリが咲き始めた。里の方からは、もう半月も前から開花の便りが届いていた。まだ肌寒い標高の高い紀伊山地はまだ初夏という気候で、ここでは半月遅れで季節が移ろう。これから月末にかけて、次々と美しい花を咲かせてくれる。

 今年は今までにない数のササユリが芽を出した。数えたことはないが、少なくとも100株以上はあると思う。ササユリは種が落ちて開花するまで6年以上かかると言われる。芽を出したササユリの多くはまだ花芽がなく、花を咲かせるのはまだ数年先になるが、一斉に咲けばさぞ壮観だろう。

 ササユリは、腰高に帯を結んだ浴衣の女性を思わせる。私の中では、竹久夢二の抒情的な美人画と重なる。ササユリは日本の固有種であり、薔薇などとは違って楚々とした立ち姿が美しい。日本人の感性に訴えるものがある。

 花も美しいが、私を虜にするのはその匂いである。山小屋の周りを歩けば、そこはかとない匂いが漂って来る。一輪切って部屋に活けておくと、芳香が充満する。

 その匂いをどう表現したらいいのだろう・・・。甘いでもないし、甘酸っぱいでもない。私にとっては「切ない匂い」である。何か「やりきれない」し、「はかない」匂いなのだ。ふと、無常感が押し寄せ、年寄りのわが胸を締め付けるのだ・・・。

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石鯛、イサギ、サバフグ、ガシラ・・・五目釣り

 由良湾へ釣りに行くのは、3週間ぶりだ。天気予報では波も静かで、薄曇り。絶好の釣り日和である。朝のうち私はイサギを、女房はカワハギを狙う。と言っても、釣れるものなら何でもいい。要するに五目釣りである。その後は湾内に戻り、ガシラを狙う。

 鉄仮面というアミエビの撒き餌器を水深20mの海中に沈め、オキアミの餌でイサギが食い付くのを待った。その間、糸を上下に揺らし、撒き餌を出す。女房はアサリのむき身を付けた仕掛けを海底近くに下ろし、カワハギを狙っている。

 女房は釣り始めて10数分で手の平サイズのカワハギを釣り上げた。カワハギは餌取りの名人で、当たりも小さい。針に乗せるのはなかなか難しく、空振りを繰り返していたが、それでも3匹釣った。女房にすれば上出来である。

 私には退屈しない程度にイサギが釣れたが、小型ばかりだ。縞模様がイノシシの子供に似ているので、ウリボウと呼ばれる。持ち帰るのは気が引けるが、実はこれが美味しいのだ。女房は、三枚に下ろしたミニイサギをオリーブオイルで揚げ、野菜の具材でポアレ風に仕上げる。小型でも脂が乗っていて、バカに出来ない。

 1時間余り経った頃、引ったくるような当たりがあった。かなり大きなイサギだと思った。時折、持って行かれるような引きがあり、慎重にやり取りした。やっと、魚影が見えた。何と、縞目も鮮やかな石鯛である。30cmに満たなかったが、サンバソウ(石鯛の幼魚)とは呼べないサイズだった。 

 女房は、私が若いころ石鯛釣りに血道を上げていたのを思い出したのか、「こんな場所で釣れるなら、あのころ何も屋久島や四国など遠い所へ行かなくてもよかったわね」と皮肉を言った。

 確かに、休みが取れれば遠征し続けた。新婚当時、女房を紀伊水道に浮かぶ伊島へ連れて行ったこともある。石鯛の餌は、ウニ、サザエ、トコブシなど高価なものばかりだったが、釣果の方は大きな声で言えないことが多かった。あれから何十年も経ったけれど、石鯛が釣れて往時のことを色々思い出した。

 当たりが遠のいたので、ガシラ釣りをするため湾内に引き返した。みみっちい話だが、ガシラがたくさん釣れれば3、4日は買い物に行かずに済み、家計を助けることになる。しかしこの日のガシラの活性は今一つで、結局女房が13匹。ワシ5ヒキ・・・。

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ヤマドリ遭遇、ジャガイモの珍事・・・幸運の予感だが

 先日、わが家からすぐの生石高原に向かって散歩をしていた。300mほど行ったところのカーブで、先を歩いていた女房が右手を上げ、「止まれ」の仕草をした。その先を見ると、長い尾を優雅に振りながらヤマドリが歩いていた。

 このあたりの森では、道を歩く姿をよく見かけるが、人間や車の気配を感じるとすぐ藪の中に逃げてしまう。しかしこの日は、ヤマドリまでの距離が10mほどの至近距離である。ヤマドリは何か考え事をしていたのか、私たちに気付かなかったのだろう。

 すると、左側の草むらが動いた。ヤマドリがもう一羽いたのだ。こちらは尾が短く、どうやらメスらしい。最初のヤマドリは長い尾を水平にして揺らしており、見るからにオスである。夫婦なのか、恋人同士なのか・・・。

 しばらくすると、オスは尾をピンと立て、メスにアピールしているように見えた。考え事などではなく、お互いが恋に夢中になっていて、人間など眼中になかったのだろう。そのうち、カップルはしばらく道路を歩いた後、草むらに姿を消した。

 ヤマドリを至近距離で、しかも何十秒もじっと見られたのは幸運だった。ひょうとしたら何かいいことがあるのかもしれない。

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 その翌日だったか、女房が裏の畑から帰ると、少し興奮気味に「ジャガイモに実がなっている」と言う。つまり、地中の芋ではなく、小さな芋がぶら下がっているのだ。なるほど5株か6株のジャガイモの枝に、それぞれプチトマトほどの実が数個付いていた。よく見ると、花が咲き終わって実になったようだ。

 女房は長年野菜を栽培しているが、こんなことは初めてだという。ネットで調べると、珍事として新聞に取り上げられたという話がある一方、暖かい土地では珍しくないとも書かれていた。確かに5月ごろは暖かく、その可能性もあるが、ここは平地よりも気温が5度以上低く、気温だけとは思われない。

 これも幸運を呼ぶ珍事かもしれない。いや、そんな風に信じたい気分だった。ただ、こんなことがあって数日が過ぎたが、何もいいことはない。その代わり、悪いこともない。日々是好日。縁起に惑わされず、その日その日を大切に生きよう・・・。

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白い花の回廊・・・生石高原

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 わが山小屋から生石高原に至る道は、ちょっと気障な言い方をすると、まさに「白の回廊」である。ウツギやスイカズラ(金銀花)、エゴの白い花が今まさに満開なのだ。道端に目をやると、これまた白いホタルブクロが下を向いて咲いている。

 この回廊を散歩するのがわれら夫婦の日課である。歩いていると、ほんのりとした甘い匂いが鼻腔をくすぐる。これは多分、スイカズラが放つ芳香だろう。それに、花に集まる蜂の羽音がうるさいほどに聞こえてくる。ウツギの花はあと1週間もすれば散り始め、道路は雪が積もったように白くなる。この風情がたまらなく好きだ。

 ウツギは漢字で「空木」と書く。何と美しい名前だろう。里山にも、生石高原のような高地にもある高さ3、4mほどの低木である。その名前から、花をいっぱい付けた枝が天に突き出す様を想像するのだ。
        
          ↓ ウツギ
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          ↓ スイカズラ
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 中央アルプスに「空木岳」という山がある。標高2864m。小説家深田久弥が選んだ日本百名山の一つである。山好きの私もその美しい山の名前に惹かれ、登りたいと思っているが、なかなか実現できないでいる。

 「日本百名山」の著書の中で、深田は「空木、空木、何という響きのよい優しい名前だろう。もし私が詩人であったなら、空木という美しい韻を畳み入れて、この山に献じる詩を作りたいところだ」と書いている。そして、「美しい名前は、(山への)想像力に拍車をかけるに違いない」とも書き添えている。

 私は、ウツギという植物になぜ風流な「空木」の字を当てたか疑問に思っていた。色々調べてみると、意外なことが分かった。それは、深田久弥や山好きのロマンチストの思い入れとは随分違うものだった。

 つまり、ウツギの木を切ると中が空洞になっている、つまり「空(から)」の「木」と言うのだ。何か裏切られた感じである。吉永小百合も屁をすると知った時の落胆に似た気分である・・・。

龍神で探していた割り箸に出会う・・・

 南紀方面に向け、女房とドライブした。国道42号線を走って田辺市を目指し、最後はどこかの温泉に入るのが目的だ。ドライブと言えば聞こえはいいが、クッションの悪い軽トラである。長い道中、マッサージ機のような激しい振動に耐えなければならない。

 正午過ぎ田辺に着き、昼飯を食べた。さて、どの温泉に行くか・・・。日置川沿いにある「えびね温泉」か、日本三美人湯の「龍神温泉」か、それとも龍神のもっと奥地にある「ヤマセミ温泉」も候補の一つだった。結局、まだ一度も行ったことのないヤマセミ温泉へ行くことにした。

 国道29号線を北上し、途中にある奇絶峡の魔崖仏を見て龍神に向かった。1時間ほど走ると龍神街道に突き当たる。そこを右折してしばらく走り、丹生ノ川沿いに東へ行くと、森林公園丹生カワセミの郷がある。ここの一角に温泉が引かれており、まさに秘湯である。

 温泉の駐車場に車を入れると、車が1台もない。悪い予感がした。ガラス越しに建物の中を覗くと明りが消されているし、引き戸にも鍵がかけられていた。どうやら定休日らしい。調べておけばよかったが、後の祭りである。結局、龍神温泉のつるつるの湯に入って帰った。

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 ヤマセミの秘湯に縁はなかったが、いいこともあった。温泉の4キロほど手前を走っていると、板の切れ端に「ワリバシ、コンニャク」と書かれた看板があった。それはそっけないもので、注意していなければ見過ごしてしまうほどだ。あわてて車をUターンさせ、細い脇道を登って行った。

 小さな木工所があり、お婆さんが顔をのぞかせた。「ワリバシありますか」と聞くと、「まぁ、あるにはあるけどなぁ」と商売っ気がない。息子さんが箸を作っているらしい。工房の中にはたくさんの割り箸が束にして積まれており、室内には杉のいい香りが充満していた。木の香りをかぐと、心が落ち着く。

 実は、私たちが暮らす生石高原の中腹に茶店があり、ここでも杉の割り箸が売られていた。ところが4、5年前から店の棚から姿を消し、そのうち店そのものも閉まってしまった。女房はずっと前からこのような割り箸を探していたし、友達からもまとめ買いを頼まれていた。龍神の奥地で割り箸に巡り合えたのは、まさに奇遇でうれしかった。

 割り箸はいくつかの階級に分けられており、女房は中級の二束を買うことにした。1束100膳で400円。女房は厚かましくもお婆さんに「ちょっとおまけしてね」と言うと、50膳もサービスしてくれた。何とも、気のいいお婆さんだった。

 割り箸と言えば、森林破壊に結びつくと話題になったことがある。100膳作るのに、週刊誌1冊分のパルプが必要だと言われた。だからと言って森林破壊になるというのは当たらない。日本では間伐材で作られており、間伐は森林保護にもなるのだ。短絡的に自然保護を唱える人たちは、まるで反捕鯨団体のようであり、苦々しく思っていた。

 日本で使われる割り箸は年間250億膳との統計がある。これは住宅にして2万戸に相当するという。割り箸のほとんどは中国から輸入されたもので、確かに森林の少ない中国では森林破壊も危惧される。しかし日本には箸文化があり、森林再生というサイクルの中で箸が作られており、割り箸を悪玉に仕立て上げる人たちは無知で教条的である。

 コンビニ弁当などに添えられる割り箸は、きれいに割れないし、曲がっていて使いにくい。硬い食材を挟むと、折れたりもする。こういうものは、多分中国製だろう。中国では漂白剤で箸を白くし、カビを防ぐ薬も入っていると聞く。金魚の水槽に割り箸を入れておいたら、金魚が死んだという笑えぬエピソードもあるくらいだ。

 居酒屋で鍋を囲むのも恐ろしいことだ。何人もの箸が鍋をかき回し、漂白剤を煮出しているのと変わらない。被害の話は聞かないが、体にじわじわと漂白剤が蓄積している可能性もある。くわばら、くわばらである。

 それに比べて日本の割り箸は安全だ。少し高いが、長持ちするし、香りもいい。放置された山林は増えるばかりで、間伐すれば使いきれないほどの材料が出てくるのだ。日本食は世界遺産に登録されたが、割り箸はその名脇役とも言える。香り高く、使い勝手もいい。お豆さんをつまめば、その良さは一目瞭然なのだ・・・。 
  
 

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