やもめ暮らしは辛い・・・

 昨日の夜、北陸に住む友人から電話をもらった。「おっ、元気か?最近ブログを書いとらんなぁ」。そんな内容の電話で、私が病気でもしたのかと気にかけてくれていた。友人は、私がブログを始めた2008年から読んでくれている有難い読者の一人である。

 友人から言われるまでもなく、確かにブログの更新を怠けていた。いや、怠けるというより、書く気にならないでいるのだ。友人から背中を押され、8日ぶりに記事を更新するためパソコンに向かっているが、書きたいと思うことが頭に浮かんで来ず、つまらない日常を綴っている。

 実は今、やもめ暮しである。女房はある事情(家出ではない)で山小屋を留守にしているのだ。やもめというのは、何とも苦痛である。まず三度の食事を作らなければならない。朝は食パンをかじり、昼はカレーなどのレトルト食品。そこまではいいが、晩ご飯はもうお手上げだ。昨夜はエビしゅうまいをチンしてハムにマヨネーズをかけて、焼酎を飲んだ。

 毎日がこれに似たような食事で、おのずと便秘気味になり、これまた辛い。

 特にゴミの分別は面倒だ。プラスチックの容器はきれいに洗浄しなければならない。例えば刺身を買ったとする。容器を洗い、ツマの大根は生ごみの袋に入れるのはいいとして、ワサビや醤油の小さな袋はどうするのか。これもいちいち中身を出し、さらに洗わなければならないのか。責任者出てこい・・・と毒づいている。

 そもそも、町の有料のゴミ袋がどこにしまわれているのかも分からず、電話で女房に八つ当たりしたこともある。山小屋に洗濯機はあるが、今まで一度も使ったことがないので操作が分からない。学生時代は下着が汚れれば裏返してもう一度着たので、一枚で10日はもったが、今はそうもいかない。せめてパンツだけでもと思い、風呂で洗っている。

 無気力になっているもう一つの原因は、登山に行けないことだ。今年は女房が腰を痛め、私一人で北アルプスへ登ることにしていたが、天気がコロコロ変わり、行きそびれて悶々とする毎日なのだ。

 さらに言えば、近くの有田川が増水し、好きな鮎釣りにも行けず、不機嫌の原因である。例年の今頃は鮎の本格的なシーズンで、週に2日ほどは川に入っているが、今年は台風が三つも来て雨を降らせ、今なお川は泥濁りの状態だ。

 ともかく退屈な日々である。こんな山奥では、女房がいなければ人と話すことがない。相手をしてくれるのは愛犬ぴーと、わが手の平で餌をついばむヤマガラだけである・・・。
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紀伊半島はいまだ梅雨空・・・

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 近畿地方では20日に梅雨が明けた。この日の朝は久し振りに青空が広がり、いよいよ夏の到来だと喜んでいたら、午後から雨が降り出し、今日21日も降り続いている。近畿と言っても、ここ紀伊半島と日本海側の天気はまったく異なり、ひとくくりに近畿の梅雨が明けたと言われても、実態にそぐわない。

 気象予報士たちは、エルニーニョ現象によって梅雨が長引き、梅雨明けは8月にずれ込むと言っていた。ところが近畿の梅雨明けは平年より1日早く、予報士の面目は丸つぶれだ。世界一に返り咲いたスパコン「京」や、新しい気象衛星「ひまわり8号」を駆使して分析しているのだろうが、気まぐれな自然には翻弄されるばかりである。

 「梅雨明け10日」という登山の金言がある。つまり、梅雨が明けて10日間は最も天気が安定し、登山に適しているというのだ。私もこのセオリーに従い、毎年日本アルプスに登っているが、好天に恵まれてきた。

 その登山だが、実は女房が腰を痛め、今年は私の単独行となってしまった。当初の計画では、南アルプスの荒川三山から赤石岳を縦走する4泊5日の登山を計画していたが、私一人では何かと心細く、慣れた北アルプスに変更した。

 信州方面は19日に梅雨が明けたたため、急いで登山の準備にとりかかった。ネットで北アルプスの天気を調べると、今週は好天が続くとの予報である。そこで女房に「明日の早朝、北アルプスに行ってくる」と言い、パソコンで打った計画表を渡しておいた。

 夕方までに荷物をリュックに詰め、車には登山靴を積み込み、準備万端だ。念のためネットの天気予報をチェックし直すと、何と、登山の一日目と二日目は雨も風もきつく、大荒れの予報に急変していた。登山への緊張感が高まっていただけに、ガックリである。

 予約した宿をキャンセルし、日程を先に延ばすことにした。太平洋上に台風12号が発生し、日本列島をうかがっており、出発はいつになるか分からない。「梅雨明け10日」を信じてもう少し待ってみよう・・・。

テレビCM・・・まな板のバイ菌は恐怖を煽る

 台風11号はやっと日本海に抜けた。台風のスピードが遅く、各地に雨と風の大きな被害をもたらし、ここ紀伊半島では熊野川の一部が氾濫したとのニュースも流れた。4年前の大洪水を思い出し、背筋が寒くなった。ただ、生石高原のわが家は雨も風も大したことはなかった。

 昨日の朝のことである。台風のNHKニュースが終わったので、画面を民放に切り替えた。すると、女性のコメンテーターが国会で審議されている安保法制についてコメントし、「将来は徴兵制になるかもしれない」と語っていた。

 徴兵制の危惧は、安保法制に反対する民主党や共産党の主張である。彼女はそのままを述べたものであり、私は「あぁ、また言っている」という思いで聞いた。彼女は元競馬新聞の記者で、リベラル系、あるいは左派系のコメンテーターとして重宝されているようだ。だから彼女が「徴兵制になる」と言っても不思議ではないし、驚かない。ただどう見ても「脅し文句」である。

 何週間か前のことになるが、これもテレビで鳥越俊太郎氏が「安保法制が通り、自衛隊が海外に派遣されると、一番最初にテロの標的になるのは新幹線ですよ」と平然と述べていた。テレビCMでバイ菌が付着したまな板を見せ、消毒剤を宣伝するのに似ている。民衆の恐怖心を煽るこの言動は、元競馬記者の手法とまったく同じだ。

 ところで鳥越氏は、民主党の鳩山由紀夫氏が総理を辞任した時の演説をテレビ中継で聞き、直ちに「歴史的な名演説です」とコメントして感激していた。彼は元新聞記者のれっきとしたジャーナリストだが、そうだとすれば、演説をちゃんと検証する立場にあると思った。鳩山さんの信奉者か、ただの太鼓持ちであれば、話は別である。

 そもそも元競馬記者の徴兵制は荒唐無稽である。憲法で「苦役」に当たるとして許されていないし、仮に将来憲法改正が論議された時、国民投票で認められるはずもない。徴兵制を盾に脅すというのは、民衆を愚民とする底意が見え隠れしている。また、鳥越氏が新幹線テロを持ち出すのも、国民の不安を人質に取った言動で、とてもジャーナリストのものとは思えない。

 安保法制の審議は来週から参議院に移る。一般の人にも分かる言葉で論戦してほしい。各種世論調査では、国民の8割以上が安保法制を理解していないという。与党が言う集団的自衛権を行使できる3要件、野党の主張する立憲主義などをどのように理解してもらうかは、なかなか難しい。

 安保法制の是非はともかく、このような難しい問題を理解するためには、国民の側も少しは関心を持たなければならない。いや、関心だけではなく、それなりに勉強しなければ理解は進まないと思う。世論調査の「不理解」は、ふわっとした民意であり、ムードである。今後、これがどう確かなものに変わっていくのだろう・・・。

 先日、法案の採決にあたり、民主党は国会の委員会室をプラカードで埋めた。委員長席に詰め寄る議員はテレビ映りのいい場所を確保し、泣き顔を見せたり、合掌したりするなど物凄いパフォーマンスを見せた。理屈も大事だが、国会議員なら品位や品格も重んじてもらいたいが、いかがだろう・・・。

パソコンと梅雨の不機嫌な関係・・・

 パソコンが変調をきたしたのは、梅雨入りの頃だった。その後、状態は次第に悪くなり、インターネットの接続は不安定になるばかりだった。ブログを書いていても、文字の変換に時間がかかったり、ある時は折角書いた記事が消えてしまい、一から書き直さなければならなかった。

 しかし、調子のいい日もあった。パソコンを開ければすぐインターネットとつながり、文字変換など動作も機敏なのだ。そういう日はおおむね天気のいい日だった。とすれば、この変調は梅雨特有の湿度と関係があるように思った。

 ネット回線は、NTTのADSLである。わが国では多くが光回線で、速度も速い。わが家のような山奥にはADSLしか引かれていない。基地局から遠ければ遠いほど通信速度が遅くなり、ノイズなどにも影響を受けやすく、時間帯や天候によっては速度が大きく変化することがあるらしい。

 それにしても状態がひどすぎるので、NTTに電話してみた。係の女性によると、やはりADSLは湿気など天候にも左右されるとのことだ。女性の指示で、電話線を引き抜いたり、モデムのコードを差し替えたりした。すると、劇的にネット接続が改善した。

 ところが数日すると、また不調になってしまった。もう一度NTTに電話すると、遠隔操作で回線を切り替え、通信速度を落としてつながり易くするようにしてくれた。そして翌日には、回線を点検する係員が派遣されてきた。係員は、一時間ほど回線を点検して帰った。

 この時も見違えるように良くなり、いい状態が続いた。しかし長雨になると、また調子が悪くなった。この時は最悪で、インターネットがまったく使えなくなり、NTTに三度目の電話をした。翌日来てくれた点検員は「どうも回線が錆びているような信号が出ています」と言った。計測器で調べれば、分かるのだという。

 結局、回線の錆びは屋外と屋内の二か所あったと言う。このため、湿度が高いとやはり具合が悪くなるそうだが、大きな原因がもう一つあった。ADSLの回線は二股に分かれていて、一方はモデムへ、もう一方は電話機につながっている。実はその電話機が、ネットの電波に悪い影響を与えており、すぐ電話機を買い替えるよう言われたのだ。

 思えば、この電話機はかなり安物だった上、何度も床に落としたことがある。ともかく、やっと原因が分かってホッとした。今はこのようにブログを更新することが出来ている。まずは祝着・・・。

韓国の品性、ナデシコの品位・・・

 ここ紀伊山地は連日の雨である。今日も夜中からわが家の屋根に雨が打ちつけ、やかましいほどだ。日課にしている1時間ほどの散歩もままならない。雨が止んだと思って散歩に出かけるが、途中で雨になり、濡れて帰ってくることも度々ある。

 昨日の午後、小糠雨が降っていたが、あえて歩いた。生石高原の南側を回り、お大師さんの祠まで片道30分の道を下る。祠の前では今日の健康に感謝して手を合わせる。祠にはパイプで引いた湧水が年中流れており、手ですくって飲むのも日課である。この水を汲みにはるばる来る人もいる。

 帰り道、高原の草むらにカワラナデシコの花を見つけた。あと10日もすればいたる所に咲くが、この夏ナデシコの美しい花を見るのは初めてだった。えっ、もう咲いているの?・・・少女のように感激した。たった3輪だけで、咲いているのはここだけのようだった。私の好きな花の一つである。

 奇しくもこの5時間ほど前、サッカーワールドカップの決勝戦でわがナデシコは散った。泣いている選手もいたが、胸を張っていい。1点差のきわどい試合を戦い抜き、決勝の舞台に這い上がったのだ。戦前の予想は決して良くはなかったが、さすが前回の覇者である。ナデシコの花の色をあしらったユニホームは、負けても眩しかった。

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 今週はまだ前半なのに、本当に色々あった。海上自衛官が自宅に放火し、子供4人を死なせた。奈良ではトイレから少女を連れ去る事件もあった。海外では、ギリシャの国民投票で緊縮財政に反対する人が大勢を占めた。金を借りておいて何だ!と思わぬでもない。ゴロツキのような首相に煽られる国民は結果的に不幸だ。ポピュリズムは恐ろしい。

 中でも、世界文化遺産の登録をめぐる韓国の振る舞いは噴飯ものである。韓国は、日本の産業遺産の炭鉱で朝鮮人が働かされていたとあげつらい、登録に反対していた。遺産は江戸末期から明治初年のものであり、太平洋戦争末期の徴用を持ち出すのはヤクザの因縁みたいな話である。

 しかし先月下旬だったか、日韓外相は「登録にお互いが協力する」と笑顔で握手を交わした。これ以上日韓関係の悪化を望まない韓国が珍しく歩み寄った。へぇー、と思ったが、これまで何度も煮え湯を飲まされたので、私も半信半疑だった。

 しかしそこは韓国のお家芸である。蹴ったボールがゴールポストに入ると思えば、ゴールポストを右に左に動かすのだ。もはや世界も知っている韓国の「ムービングポスト」だ。従軍慰安婦問題でも宮沢首相に8回も謝らせ、幕引きを約束したのに、今また「謝れ、謝れ」とゴネている。

 日韓はもう50年も前に基本条約を結び、戦後処理を終えた。なのに、慰安婦への国家補償を求め、韓国裁判所は今になって徴用工に賃金を払えと言っている。対馬から韓国人が盗んだ仏像も、もとは韓国の物と言って返さない。この論理で行くと、大英博物館などは永久に閉店休業である。

 こんなことは言いたくないが、日本は朝鮮戦争で疲弊した韓国の復興のため大金を投じ、技術支援を行った。そして「漢江の奇跡」が起き、先進国の仲間入りを果たした。韓国人にとって大いなる誇りだが、口が裂けても「日本の世話になった」とは言わない。「加害者と被害者の関係は千年を経ても変わらない」(朴大統領)という怨嗟の念が、日韓関係のすべてである。

 案の定、世界遺産登録の土壇場で、韓国側は手の平を返して「強制徴用」の文言にこだわった。玉虫色の決着となったようだが、韓国は将来いつか「強制徴用」を持ち出して裁判を起こしたり、外交のカードに使ったりする魂胆なのだろう。事なかれ主義の日本外交はいつも詰めが甘く、後から切歯扼腕するのだ。

 気分の悪い話はこれくらいにして、花でも愛でて気分転換だ。わが家のアジサイは今が盛りで、雨に打たれて生き生きしている・・・。

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ガシラが立って泳いだ・・・

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 まことに奇妙な光景を目にした。あれは一体何だったのだろう・・・。

 ここは紀伊水道の由良湾である。この日、女房とともにガシラを狙ってボート釣りに来ていた。ガシラは海底の岩礁に棲むいわゆる根魚である。身離れのいい白身の美味しい魚で、高級魚と言っていい。

 女房はボートの右舷、私はその反対側で竿を出していた。釣り初めて3時間ほど経った午前9時ごろ、女房が「ちょっと、見て」と声を掛けた。指さす20mほど沖合を見ると、赤っぽい魚が体の半分ほどを海面に浮かせ、立ち泳ぎのようにしているのだ。

 数秒すると海中に姿を消し、また数秒すると海面に姿を現した。このような事が1、2分間にわたって繰り返され、その間、海面が少し波立っていた。魚体の下半分は見えなかったが、体長はおそらく30~40cmはあったと思う。

 赤っぽいこの魚について女房は「あれ、きっとガシラよね」と言う。確かに色といい、大きな頭といい、ガシラによく似ていた。しかし、それにしては少し大き過ぎるようにも思えた。由良湾でこのように赤っぽい魚と言えば、他にアコウかアカハタくらいしか知らない。もう少し近ければ魚種が分かっただろう。

 私たち夫婦は、この光景にしばし呆然とした。果たして、魚体の半分くらいを海面に出して泳ぐ魚なんているのだろうか。それはまるで、シンクロスイミングの立ち泳ぎとそっくりだった。

 ただ、立ち泳ぎの仕方が少しぎこちなかった。つまり、かろうじて立っているといった感じだった。女房は「サメに尾をくわえられていたのかもね」と言ったが、それがサメでなくても別の魚が魚体を押し上げていたのかもしれない。

 帰りの車の中でもこれが話題になった。女房は、深海にいる魚がこの世の最後に、地上の世界を見てみたかったのではと言った。面白い空想である。死の渕から生還した人間は、総天然色の美しい花園を見たという人が少なくない。いわゆる臨死体験だ。深海に戻ったこの魚は「ボートに乗った化け物に見つめられた」と言っているかもしれない。

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 さて釣りだが、二人合わせてガシラが25匹、ベラが5匹の計30匹だった。私は30cm近い大物を2匹、女房は1匹釣った。大物なら負けなかったが、釣果はまたも女房に・・・。帰り際、馴染みの漁師が小型のイサギをクーラーボックスに入れてくれた。それにしても、不思議な体験だった。


         わが家のササユリ。どうぞご覧あれ。
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