旧友3人がわが家を訪ねる

 高校時代の旧友3人が、遠路はるばる紀伊山地のわが山小屋へ遊びに来てくれた。私たち夫婦が、イノシシやシカの出没する山間奥地でどんな暮らしをしているのか、興味があったのだろう。

 われら4人は北陸の小さな町の高校に通い、それぞれ大学に進学した。一人は食品メーカーに就職し、国民食とも言うべきカレーの開発に打ち込んだ。彼の「舌」は会社から頼りにされ、今も働いている。もう一人は大手商社で木材を扱い、ボルネオなど南の島を渡り歩き、木材買い付けに奔走した。

 3人目は一番の成功者かもしれない。機械メーカーに勤めた後、獣医を目指したが挫折。その後曲折があり、今は二つのホテルを経営する大金持ちだ。一番出来の悪かった私はマスコミ界に進み、詐欺師やヤクザの親分などややこしい人間とも付き合ってきた。

 旧友たちとは年3、4回、下手なゴルフを楽しんでおり、今回は私への偵察を兼ね、和歌山のゴルフ場でプレーすることになった。お互い電子メールで近況を知らせたり、連絡を取り合っており、今回の遠征の打ち合わせもメールでやり取りした。

 わが家に到着したら近くの温泉で汗を流し、その後、裏庭でバーベキューをすることになった。そこでホテル経営の彼はメールで、「近江牛を2キロ持って行く」と他の二人に呼びかけていた。これを見て私はすぐ、「2キロも食べられない。1キロでいい」と返信した。

 色々とやり取りがあって、結局肉は1・5キロになった。接待する側の私としては、自分で釣ったアオリイカや鮎、ガシラの料理を出すので、とても1・5キロも食べられまいと思ったが、案の定1キロも残った。滅多に口に出来ない有名ブランドの肉が残ったのだから、それはそれで喜ばしい。

 それにしても、一夜のバーベキューで2キロもの焼肉を食べようという彼らの発想が驚きだった。もう結構な年寄りなのに、そろって健啖家であり、大酒飲みである。私は近年、たくさんの肉を食べられず、せいぜい150グラムが精一杯なのだ。

 長生きする人は、人一倍肉を食すると聞く。肉より格段に魚を愛する私は、男の平均寿命を超えられるか心配だ。最近は以前みたいな空腹感がなく、食が細くなっているように思う。これも年を取ったせいだろうか。性欲は論外だが、食欲までなくなったらこの世も終わりだ・・・。


     ↓ 昨夜も肉を囲炉裏で焼いて食べた。

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白馬三山を行く・・・③

 登山3日目。白馬岳直下の白馬山荘は、午前3時過ぎからざわつき始めた。ご来光を拝もうという人たちが起き出し、準備を始めたのだ。私も出かけることにした。日の出は5時前だが、4時過ぎには山荘を出てビューポイントに登った。

 ↓ 三角の白馬山頂。空が赤く染まり出した。ご来光はもう間もなくだ。

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 ↓ 午前4時53分、ご来光の始まりだ。
   私の横にたたずむ若い女性は、カメラを向けるでもなく、
   胸の前で手を合わせていた。
   何を祈るのか・・・。赤く照らされた彼女の横顔が美しかった。
   私は健康長寿、家内安全を願う。月並み・・・。 

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 ↓ 真正面に峻険な剱岳がそびえている。

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 ↓ 左に目を向けると、彼方に尖がった槍ヶ岳も見えた。

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 ↓ 朝食を食べ、6時半ごろ山荘を出発した。
   歩いてすぐ頂上が見えてきた。

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 ↓ 標高2932mの白馬岳。これで白馬鑓ケ岳、杓子岳の白馬三山を踏破した。
   360度の大展望である。
   異次元とも言うべきこの景観を見るために登ってきた。

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 ↓ キノコの形をした巨石は、新田次郎の直木賞作品「強力伝」に登場する。
   富士山で強力をしていた男が、50貫のこの巨石を担ぎ上げた。
   槍ヶ岳に殺生小屋を建てた喜作、
   北穂高岳に小屋の資材を担ぎ上げた小山義治。
   小説にもなった彼らのパワーは人間業ではない。

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 ↓ お賽銭が供えられた巨石の方位盤。
   その向こうには、これから行く小蓮華山。
   
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 ↓ 白馬岳を後にして下山開始だ。
   振り向けば、三角の山頂が見え、別れを惜しむ。

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 ↓ 小蓮華山への長い道が続いている。

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 ↓ 雪倉岳からの道が合流する三国境。
   美しく、迫力のある山岳風景を眺めながら歩き続ける。 

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 ↓ 小蓮華山の頂上が見えてきた。
   2766mの頂上には剣の形をした標柱があった。
   ここは長野県と新潟県の境にあり、新潟県の最高峰だそうだ。

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 ↓ 小蓮華から下る途中、白馬大池が見えた。
   しかし、もうひと山越さなければ池には行けない。

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 ↓ うまく撮影できなかったが、雷鳥のメスが1羽いた。

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 ↓ 高山植物の女王とも言われるコマクサ。
   ピンクの花は女王にふさわしいが、
   コマ(駒=馬)、つまり花が馬面の形をしているのでそう名付けられた。
   少し気の毒な名前の由来だ。

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 ↓ やっと白馬大池に到着した。
   登山3日目、さすがに疲れ、池のそばでリュックを下ろした。
   標高2,379mの池は火山でせき止められたとのこと。
   水は青く、澄んでいる。魚は棲まず、サンショウウオがいるらしい。

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 ↓ 正直、下山の終盤は疲れた。 
   乗鞍岳(2436m)に着いたが、先はまだ長い。

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 ↓ ストックをしまい、大きな岩を越えて行く。

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 ↓ 天狗原の木道に出た。
   木道は疲れた足の裏に優しい。
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 ↓ 栂池へのロープウェー駅に着いた。

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 ロープウェーの駅を目にした時は、あぁ、もうこれで歩かなくていいと思った。白馬三山の縦走はなかなか厳しい3日間だった。このまま和歌山のわが家へ向かってもいいが、もはや私にそんな余力はなかった。八方尾根の温泉宿で湯につかり、特別に注文した馬刺しを食べながらビールを飲んだ。ほろ酔いになると、登山の辛さをケロッと忘れ、絶景だけが蘇った。いい性格である。
                                          
                                            (終わり)
                                              

白馬三山を行く・・・②

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 ↑ 白馬鑓、杓子を越えて、あの三角の白馬岳直下を目指す。

 標高2200mに湧き出す白馬鑓温泉の山小屋で、登山2日目の朝を迎えた。昨日の午後は強烈な雷に見舞われたが、今朝は青い空が広がっていた。この日は白馬岳(2932m)直下に立つ白馬山荘までを歩く。コースタイムは7時間ほどだが、鈍足の私は8時間以上かかるかもしれない。

 実は猿倉山荘前で登山届けを出した際、山岳救助隊の人から「つい先日、鑓温泉上部の岩場で女性登山者が滑落して死亡したので、気を付けて下さい」と言われた。そんな言葉を思い出しながら、午前6時過ぎ、山小屋を出発した。

 ↓ シーズンが終われば解体されるバラックのような山小屋。
   裏の山は急斜面で雪崩が頻発し、解体せざるを得ないのだという。

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 ↓ 雪渓を左に見ながら急な登山道を登る。

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 ↓ しばらくすると、危険な岩場を注意する看板が。ここで女性が滑落したのだろうか・・・。

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 ↓ こんな長い鎖場が続いている。確かに、落ちれば怪我では済まないだろう。

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 ↓ まずはあの稜線まで登らなければならない。

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 ↓ 滑落事故を知らせる看板。
   やはり、先ほど登ってきた岩場で滑落したのだろう。
   岩場は登るよりも、下る方がはるかに危ないが、死亡した女性は登っていて落ちたという。

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 ↓ 危険な岩場を無事通過、大出原というお花畑に着いた。
   一息つくには格好の場所だ。 

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 ↓ ハクサンコザクラの群生地。ピンク色の可憐な花だ。

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 ↓ 咲いているチングルマがあれば、すでに綿毛になっているチングルマもある。
   綿毛が風になびく様は秋の風情で、どこか物悲しい。

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 ↓ 最後の急坂を登ると、あの白い砂礫の稜線に出る。
   稜線を右に行けば白馬鑓ケ岳、杓子岳、白馬岳へと続く。

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 ↓ 稜線に出た。右へ行けば白馬鑓ケ岳だ。
   山頂に人影が見える。
 
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 ↓ 標高2903mの白馬鑓ケ岳の山頂。

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 ↓ 標柱の下をふと見ると、美しい蝶が止まっていた。
   北アルプスに蝶ケ岳という山があるから、こんな高い所に蝶がいても不思議ではない。
   
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 ↓ 白馬鑓ケ岳を下ると、どんどん杓子岳(2812m)が近づいてくる。
   何とも奇妙な形をした山だ。
   長野側はスパッと切れ落ちているが、富山側は対照的に滑り台のような斜面になっている。
   白馬岳も同じように長野側が切れ落ちている。 

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 ↓  杓子山頂への分岐の所で、頂上へ行くか、パスするか・・・迷った。
    鑓温泉から稜線への長い急坂でエネルギーを使い果たしてしまったので、
    無念だがパスすることにした。

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 ↓ 三角形の白馬岳、その下に白馬山荘が見えた。
   もうすぐのように見えるが、疲れた足で行くのでまだまだ遠い。

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 ↓ 村営の頂上宿舎が見えた。
   白馬岳は槍ヶ岳と並ぶ人気の山なので、宿泊施設も完備している。

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 ↓ 白馬岳の直下に建つ白馬山荘。山小屋にしてはちょっとおしゃれだ。
   山荘はもうそこなのに、足が前に進まず、肩で息をする。

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 ↓ 宿泊手続きを済ませると、このベンチにへたり込んで2杯も生ビールを流し込んだ。

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 ↓ 山荘のベンチから今日歩いてきた道が見える。
   手前が杓子、その奥が白馬鑓。
   かなり歩いたなぁ・・・達成感にひたる。

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 ↓ 夕日が落ち、空が茜色に染まる。
   きっと明日もいい天気だろう。

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                                            (続く)

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白馬三山を行く・・・①

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   ↑ 山麓から眺める白馬三山(左から白馬鑓ケ岳、杓子岳、白馬岳)

 今年の夏山登山は、南アルプスの悪沢岳から赤石岳へ縦走しようと決めていた。3000m級の三つの頂上に立つという老骨に鞭打つような登山になるが、大きな山塊の絶景に胸を膨らませていた。ところが7月に入って女房が腰を痛め、登山に行けなくなった。これまで夫婦一緒に歩いてきただけに、女房も私も落胆と失望は大きかった。 

 しかし、この夏を棒に振るのはいかにも残念で、女房に悪いと思ったが私一人で行くことにした。山は白馬三山に決めた。大学1年の冬、恩師の教授に連れられ、白馬を望む信州の八方尾根スキー場を訪れたが、これをきっかけに卒業するまで毎年冬になるとここに通った。その後も女房と何回となく来たし、娘にゲレンデの名前を付けたくらい思い入れが強かった。

 恩師はいつも山の名前を教えてくれた。ゲレンデの背後にそびえる白馬岳、杓子岳、白馬鑓ケ岳の白馬三山や、唐松岳、五龍岳などは強く印象に残った。朝日が昇ると、白馬三山の山肌は赤く染まり、夕闇が迫ると深い紫色を濃くしていった。アルプスの高峰を見たことがなかった私にとって、震えるほどの美しい光景で、今もはっきり覚えている。

 さて、白馬山麓を目指し、和歌山を出発したのは猛暑の8月4日だった。その夜は旧知のヒュッテに泊まり、翌朝、バスで登山口の猿倉に向かった。平日とあって、山小屋の前に集まった登山客はそれほど多くはない。その大半は大雪渓を登り、白馬岳に向かうはずだ。私は登山道を左にとり、標高2200mに湧き出す鑓温泉に向かった。

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 ↓ ブナの樹林帯を登る。しばらくなだらかな登山道が続いた。

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 ↓ 標高は1500mほどだが、それでも暑い。谷の水がおいしかった。

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 ↓ 小日向山の中腹あたりでリュックを下ろして休憩した。
   シモツケのようなピンクの花。ニッコウキスゲは少ししおれていた。
   大きな葉の真ん中に白い花が鎮座するキヌガサソウ。

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 ↓ 青空が一転、黒い雲に覆われてきた。雷が来そうだ。

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 ↓ 鑓温泉の小屋が見えた。ここからコルまで下り、登り返さなければならない。
   まだまだ遠い。

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 ↓ 温泉まで三つの雪渓があり、これが一つ目。

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 ↓ 二つ目の大きな雪渓。
   このころから雷が鳴り出し、横殴りの雨になった。
   いきなり稲妻が走り、はらわたを震わせる音が響いた。

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 ↓ 雷が鳴り出してからカメラ撮影どころではなかった。
   だから途中が飛んで、写真はいきなり温泉到着である。
   最後の雪渓を登る頃から、温泉の硫黄の臭いがしてきた。

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 ↓ 温泉の湯が小川のように流れていた。

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 ↓ 登山者は雷雨と汗で濡れ、物干しにはずらり衣服が吊るされている。
   ちなみに、宿泊施設を兼ねた小屋は、登山シーズンが終わると解体される。
   背後が急峻な崖になっており、雪崩で倒壊するからだ。
 
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 ↓ 標高2200mの天空の温泉だ。
   湯は少々熱めだが、ここは涼風が吹く別天地。
   男女混浴で、水着の女性がくつろいでおられた。
   
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 ↓ 源泉かけ流しの湯量はすごい。何かもったいない気もする。

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 ↓ この細い足で登ってきた。6時間以上かかり、コースタイムを軽くオーバーした。

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 ↓ 足湯もあり、登山談義に花が咲く。

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これは天罰なのか・・・

 北アルプスから下山し、その夜は山麓の温泉宿に泊まり、翌朝、軽トラを転がして和歌山のわが山小屋に向かった。到着したのは9時間後の午後4時過ぎだった。クラクションを鳴らして留守番をしていた女房に帰宅を知らせた。

 女房は愛犬ぴーを抱いて階段を降りてきたが、どこか浮かぬ表情だ。すると女房は「この辺に雷が落ちたのよ。物凄い音がして目がくらんだ。その直後からテレビが映らないし、パソコンが使えなくなった」と言う。

 登山と長距離運転で疲れていたが、これは一大事だ。ゆっくり休んではいられない。女房は「焦げ臭い臭いがした」というから、雷の電流がわが家の電線や電話線を駆け巡ったに違いない。

 ともかくテレビを点検した。ここは電波が弱いのでブースターを付けているが、何とこれが黒く焦げており、振ってみると「ガラガラ」という音がし、中の装置が壊れている。ブースターと直結しているビデオレコーダーの電源も入らず、これもやられたらしい。しかし、レコーダーが防波堤になってくれたのかテレビは難を逃れた。

 続いて一番大事なパソコンの電源を入れてみると、これも沈黙している。本体からは熱が発しており、かなり熱い。プリンターにも電源が入らず、これも被害を受けていた。電話の受話器を上げると、ウンともスンとも言わない。これら電子機器は全滅である。ただ、室内の電気はついているし、電子レンジや炊飯器も無事のようだ。

 しばらくすると、女房が「お湯が出ない」と言う。プロパンガスがなくなったのだろう。しかし、ガスはかなり残っていおり、落雷で給湯器が変調をきたしたのだろうか。携帯で業者に電話すると、給湯器も電子機器で、雷に弱いと言い、「多分、取替えなければならない」と切ないことを言う。これが一番高額なのだ。

 この災難は、列島が連日の猛暑日に茹(う)だっていた8月8日のことだった。その数日後には大津へ帰らなければならず、復旧に手がつけられなかった。娘がすぐに中古のパソコンを買ってくれ、きょう17日、10日ぶりにネットが使えるようになったのは幸いだった。電話や給湯器なども順次回復しつつあるが、ともかく大損である。

 雷の猛威を思い知った。口の悪い人は「天罰が下ったのだ」と言うだろう。身に覚えはないけれど、自然の摂理を謙虚に受け止めようと思う・・・。 

                 *       *      *
 パソコンのデータが飛んでしまい、メールアドレスも消えてしまいました。メールをいただければアドレス帳に保存させていただきたいと思います。

鯛は頭から、家はベランダから腐る・・・

 ひどい話である。東芝の歴代3人の社長が利益を粉飾していた問題だ。株主に対する裏切り行為だし、明治時代から積み上げてきた東芝ブランドを貶めてしまった。さらに言えば、日本企業の信用をも失墜させた。

 黒字経営なのに、あえて粉飾したのは会社のためではなく、社長それぞれが自分の欲を満たそうとしたからだ。いわゆる「我欲」である。最初の社長は会社の成績を上げ、経団連の会長になりたかったというのがもっぱらの評判だ。二人目も三人目も似たりよったりの不純な欲が渦巻いていたに違いない。

 大企業の社長になるような人は、かつての社長・土光敏夫さんのような人骨卑しからぬ人ばかりではない。激しい社内権力闘争に打ち勝ち、腹芸もできるような人が多い。しかし、社長三人がそろって規範意識がないというのはどうなんだろう。せめて一人くらいはまともな人物がいなかったのだろうか。

 部下に物を言わせない強権社長だったらしいが、それはおのずと裸の王様になって行く。「鯛は頭から腐る」の例え通り、東芝ではまさに頭から腐り始め、恐ろしいことだが3代の社長がそろって腐り、名門企業は腐臭に包まれてしまった。「頭から腐る」とはよく言ったもので、企業など組織の没落は、トップの腐敗によるところが大きい。

 物のついで恐縮だが、例えば木造家屋はどこから腐っていくか・・・。私が暮らしている生石高原には、朽ちた家がたくさんある。そのほとんどはベランダやデッキが抜け落ちているのだ。しかも築後20年くらいの家でも、人が住んでいないと急速に老朽化が進み、屋根などより先にベランダが腐る。

 これが今回の本題である。つい先日、わが山小屋のベランダが腐らないよう、塗料を塗った。女房が留守をしている間に善行を行い、少し自慢したい気持ちもあったが、何より、3年置きにしている塗布作業が今年に当たるのだ。山小屋は建築して20年を超えているが、定期的に塗布作業をしているので、まだまだしっかりしたものである。

 ただ塗料を塗ればいいというものでもない。家は森の中にあり、標高も高い所にあるので霧が多く、家の壁やベランダに緑色のカビが発生する。塗布作業の前に高圧洗浄機でカビを落とし、しっかり乾燥させた上で作業をしなければならない。床を塗った後の逃げ道を考えておかないと、周りが塗りたてで孤立してしまうこともある。

 東芝の社長から始まる回りくどい書き方だったが、要するに、怠け者の私がたまには家の仕事もすることをアピールしたかったのだ・・・。

  ↓ 青カビを高圧洗浄機で洗い流し、防腐剤を塗るときれいになり、長持ちする。
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