反省しながら1年を振り返る

 今年も残り少なくなった。ホーム炬燵で居眠りをしていると、女房が掃除機をうならせ、正月に向けて忙しくしている。そんな掃除機の音も、廊下を小走りするスリッパの音も、怠け者の私には尻を叩かれているように聞こえ、どうも居心地が悪い。

 私の正月準備といえば、今のところ正月用の酒を買ったくらいだ。酒の銘柄は、賀茂鶴「本醸造辛口」で、720mlをまとめて6本買った。この酒は、3年前の全国コンテストで燗酒部門の最高賞を受賞した。切れ味のある逸品だと思う。

 賀茂鶴は広島・西条の酒である。社会人になって何年かしてある地方都市の勤務となり、場末の小料理屋の常連客となった。そこの女将が広島出身で、賀茂鶴を置いていた。そんなことが縁で、今も律儀に賀茂鶴を飲むことが多い。

 1年を振り返ると、体力の衰えは足からやって来ると実感させられた。元々早足の私だが、近頃は歩くスピードが緩慢になり、同じ年頃の人にも抜かされ、情けない思いをした。

 毎年夏にはアルプス登山をしているが、今年は御嶽山に行った際、雨を言い訳に2時間ほどで引き返した。乗鞍岳は頂上直下までバスに乗った。昨年、一人で北アルプスの白馬三山を縦走したのに比べれば、えらい違いだ。老化というのは、体力よりも気力の衰退のようにも思える。

 ブログでも反省点が多い。書き始めて丸9年目を迎えるが、マンネリに陥っていると思う。最初の頃は、民主党の鳩山由紀夫首相を絶賛する鳥越俊太郎に噛み付いたし、金粉を振りかけた蕎麦を有難がるグルメブームに逆上したことがあった。保守性を強調する余り、ブログから離れていった友人もいた。

 しかしだからと言って、今のように誰からも文句を言われないものばかり書いていては、私自身も退屈になる。反感や非難を恐れず、社会の風潮や政治にもっと目を向けようと思うことがある。時には青臭くなるかもしれないが、暴走老人と言われないよう心がけたい。
 
 先日、新聞にこんな記事が載っていた。芥川龍之介は、政治談議を好む市井の人たちを「床屋(とこや)政治家」と名付け、「識見を論ずれば必ずしも政治家に劣るものではない」と説いた。要領を得ない知識や見識を振りかざす政治家よりも、国民の肌感覚の方が優れているという訳だ。なるほど、なるほど・・・。

                *       *       *

  この1年、ブログにお付き合いいただき、有難うございました。それでは皆さん、良いお年を---。

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京都のエジプト展へ・・・ファラオの黄金のマスクと対面

 和歌山の山中から一時的に大津市の自宅に住居を替え、20日ほどが経った。森の生活は、野鳥を観察したり薪を作ったりして過ごし、日々飽きることがない。しかし大津での生活は、散歩したり図書館で新聞や雑誌を読んだりするくらいで単調だ。そんな退屈な日々を抜け出し、たまには京都へ行ってみたくなった。

 京都まではJRで二つ目の駅だから、自宅から20分かそこらで行ける。中京区の京都文化博物館では、「黄金のファラオと大ピラミッド展」が開催されており、これを見るのが京都へ行く理由でもある。京都駅で降り、バスや地下鉄で行けば楽だが、40分ほど歩いて久しぶりに京都の風に吹かれるのもいい。

 東本願寺の前を通りかかったので、境内に入ってみた。このところ何年もお堂に覆いがかけられ、工事中だったという印象が強い。しかし、御影堂に続き、隣に建つ阿弥陀堂もすでに改修工事が終わり、金色の金具も新しくなり、見違えるように美しくなっていた。

 御影堂は世界最大規模の木造建築で、朝早くからたくさんの外国人観光客が訪れていた。巨大な本願寺の屋根の向こうには、京都タワーがそびえている。開業50周年になるそうだが、京都の景観にそぐわない無粋なタワーだと思うが、外国人はどのようなに見ているのだろう。

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 烏丸四条に着いた。片側2車線の四条通は1車線になり、その分、歩道が随分広くなった。こうなる前は歩行者同士がぶつかりそうになり、前に進むのに難儀した。やっと歩行者優先になり、観光都市としては遅すぎたくらいだ。

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 大丸百貨店の裏手を歩き、錦市場を覗いてみた。ここへは女房と買い物によく来ていた。とくに、鍋用のアンコウの切り身を買うのが楽しみだった。当時でもかなり高価だったが、あの頃は結構ぜい沢な暮らしをしていたんだと思う。通りを往復してみたが、アンコウを売っていた店は1軒だけだった。不漁なのだろうか・・・。

 ここも外国人の観光客が多い。特に立ち食いをしている姿をよく見かけた。行儀の良い京都のイメージとは異質な風景だ。食べ物は座って食べるのが日本の文化である。かつて錦には市場らしい独特の匂いがあったが、今は外人に好まれる揚げ物などを売っているせいか、匂いに少し違和感があった。

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 ラーメン好きの私は、この界隈に来れば「一風堂」に立ち寄る。正午前だが長い列が出来ていた。ここも外人が多く、30分ほど待った。近年、ラーメン店の競争は激しく、どの店もそれなりに美味しくなった。京都のラーメン店と言えば、京大の近くにある「ますたに」が有名だったが、少し影が薄くなっているようだ。

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 錦市場からも近い京都文化博物館に向かったが、小雨が降り出した。レンガ造りの博物館別館は旧日本銀行であり、私が京都に勤務していた頃、建都1200年記念事業の一環として今の博物館がオープンした。余談だが、パリ帰りの従兄弟がここの一室で彫刻展を開いたが、作品は思うほど売れず、困窮している。

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 「大ピラミッド展」は、実に見ごたえがあった。エジプトの歴史や文化を何も知らないだけに、まだ見ぬピラミッドへの想像が膨れ上がり、何もかも興味深かった。特にファラオ(王様)やその夫人、子供の彫像から多くのことを知った。ファラオの腕に夫人が手を絡ませるいじらしい仕草が数々見られ、印象に残った。

 人の頭上にコブラの装飾が施されている像も多くあり、これも驚きだ。鎌首をもたげるコブラは神聖なものだったらしい。そして服装は実にお洒落である。思いもしなかったが、当時はカツラを愛用していたようだ。最後の展示は、ファラオの黄金のマスクだ。目もくらむような輝きである。これを見ただけでも値打ちがあった。死ぬまでにエジプトの神秘をこの目で見たいと思う。

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「一つの中国」を揺さぶるトランプ氏

 昨年秋、夫婦で娘2人と一緒に4泊5日の台湾旅行を楽しんだ。朝が早い私は、毎朝一人で台北市内を散歩し、「国父紀念館」のある公園にも行った。公園には大勢の人が集まり、太極拳などを楽しんでおり、北京なんかの朝の風景とも変わりないと思った。

 台湾の「国父」とは誰だろう。そんな素朴な疑問を抱き、生半可な知識から蒋介石の顔を思い浮かべた。毛沢東の共産党に敗れた蒋介石の国民党は台湾に逃げ、南京からここに中華民国政府を移した。ここまでは高校の歴史教科書で習った。

 だから国父は蒋介石だろうと思ったが、実は辛亥革命を起こし、清朝を倒した孫文なのだ。日本で亡命生活を送っていたから親近感がある人物だ。ところで中華人民共和国の国父だが、毛沢東ではなく、こちらも孫文だからややこしい。

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 この台湾をめぐり、先日からアメリカのトランプ次期大統領と中国がつばぜり合いを演じている。要するに、台湾を中国の一部とする中国の主張、いわゆる「一つの中国」にトランプ氏が異を唱えたのだ。トランプ氏が口角泡飛ばせば、習近平主席が顔を歪めるこの構図は、漫画的にも絵になる。

 中国嫌いの橋下徹前大阪市長は、自身のツイッターで「トランプのおっちゃん、やるなー」とエールを送っている。台湾ファンの多い日本人の間からも、「もっと、やれやれ」という声が聞こえてきそだし、私も思わず一緒に声を上げそうになった。

 そもそも事の発端は、台湾の蔡英文総統とトランプ氏が電話会談したことだ。アメリカの立場は「一つの中国」を堅持していおり、アメリカのトップ(次期大統領)が台湾総統と会談するのは、台湾と国交を断絶した1979年以来であり、異例の事態に中国の反発が予想された。

 しかし、トランプ氏は「米国が台湾に数十億ドルもの武器を輸出しているのに、両国首脳が電話会談すらできないというのは不思議なことだ。なぜアメリカが一つの中国の政策に縛られなければならないのか」と吼え、「人民元の為替操作、南シナ海の埋め立て、北朝鮮政策で中国に対応を求めなければならない」とまくしたてた。

 さあ、これは大変だ。ウイグル、チベットなど民族問題を抱える中国にとって、台湾問題もデリケートな腫れ物である。中国流に言うと核心的利益である。中国はトランプ氏に対し、「外交について子供のように無知だ」とこき下ろし、武力による台湾侵攻さえ臭わせた。中国外相も鬼のような表情で噛み付いていた。

 しかしまあ、トランプ氏の言動は、暴言か本音か、裏があるか、分からないことが多い。前言を臆面もなく覆すこともある。彼は根っからのビジネスマンだから、今回の中国批判も貿易の取り引き材料かもしれない。それらの言動にいちいち過剰反応するのは、トランプ氏の思う壺になりかねない。

 中国はトランプ氏を「子供のような外交」と罵倒しているが、台湾を国際会議に参加させないよう画策したり、南シナ海はすべて領海だと主張したりと、こちらも子供、いやそれよりよりひどい駄々をこねる。トランプ氏とは勝手にやり合えばいいが、中国も大国だそうだから、何事も品行方正にやってもらいたい・・・。

国民に媚びることなかれ・・・吉田茂の遺言

 「ポピュリズムに背を向けて」という、ちょっと刺激的なタイトルの付いた本を読んでいる。戦後復興を一身に背負った昭和の大宰相吉田茂の伝記である。作者はノンフィクション作家の北康利で、福沢諭吉や松下幸之助、西郷隆盛、白洲次郎らの伝記も書き、その何冊かを読んだことがある。実にこなれた文章を書く作家である。

 敗戦後すぐ、幣原内閣の外相に就任した吉田は、前首相の鈴木貫太郎から「戦争は勝ちっぷりも大事だが、負けっぷりもよくないといけない。鯉はまな板の上にのせられると、ぴくりともしない。そのようにやってもらいたい」という言葉を贈られた。吉田は高圧的なGHQに対し、まな板の鯉のように死んだ振り、面従腹背で臨み、狡猾に経済復興に弾みをつけたのだ。

 吉田は、政治家は結果がすべてであり、実績も上げずに理想ばかり語ってはいけないと説いている。そして、国民に媚びることが政治ではないとも言った。高福祉、反原発、減税など耳障りの良い、誰も反対しようのないスローガンばかりを掲げ、政治的目的を成し遂げようとするのがポピュリズムだが、トランプの米国や欧州、お隣韓国でもポピュリズムが席巻している。

 記憶に新しいのは、イギリスのEU離脱の是非を問う国民投票だ。開票結果は事前の予測が外れ、離脱賛成が多数だった。「もう一度投票をやり直したい」という反対派の笑えぬ声が渦巻き、誇り高きイギリス人の狼狽ぶりに笑ってしまった。大英帝国の復活、移民反対・・・ポピュリズムの風はEU諸国の四面楚歌を招いた。

 翻ってわが国・・・。多くの敵を作ってしまいそうだが、東京都の小池百合子知事もまたポピュリストであり、好きか嫌いかを問われれば、小さな声で「キライ」と答える。彼女が都知事選で、「都民ファースト」を掲げた時、また選挙目当てのパフォーマンスかとうんざりした。都民第一を唱えれば聞こえはいいが、政治は都民にあえて忍耐を強いることもある。

 五輪施設の問題も、建設費が高額過ぎると切り込んだのはうなずけるが、結局はボート、バレー、水泳の会場とも当初の計画通りになりそうだ。中でも、宮城県の長沼会場をボートで視察する得意満面の姿に苦笑を禁じえなかった。東京から余りにも遠い会場が果たしてアスリート第一なのか。「復興五輪」という美辞麗句を振りかざしたのは、いかにもポピュリストである。

 豊洲移転問題も、安全第一と言われればその通りで、正義は小池知事にあるのだろう。知らぬ間に地下空間を作った、盛り土をしなかった、などと責任追及して都庁幹部を処分した。都民は溜飲を下げただろうが、問題は今後どのように決着させるかだろう。移転を先送りしただけなら、小池人気は一気にしぼむに違いない。力量が試されるのはこれからだ。

 小池知事は拳を振り上げるのが上手だ。「五輪費用は2兆、3兆、お豆腐屋さんじゃない」とうまいこと言けれど、くどいようだが、振り上げた拳をどのように、どこに下ろすかが政治家の手腕だ。五輪問題が元の鞘に収まると見た小池知事は、施設の運営権を民間に任せるなどと胸を張った。いずれも何の新味もなく、苦しい弁解だと見透かしている都民は少なくないだろう

 小憎らしいことはこれくらいにするが、得意絶頂の時ほど足元が見えないというのは古来の名言である。道に転がる小石に足を取られぬよう・・・。吉田茂が遺した「国民に媚びるな」の一言が足元を照らす。

風呂の湯はヘソ上10cm・・・

 和歌山の山小屋から大津の自宅に引っ越し、来年春ごろまで4か月の冬季限定の暮らしをスタートさせた。和歌山と言えば温暖な土地柄だが、山小屋は標高の高い所にあるので平地に比べて5、6度は低く、寒風が琵琶湖を渡る大津と言えども、こちらの方がまだましなのだ。

 3年前までは、冬も山小屋で暮らしていた。冬が本格化すれば日中でも気温が0度を下回り、ひどい時はマイナス7度、8度になる日も珍しくない。4WDの車も往生するほど雪が積り、山に閉じ込められたこともあった。「北陸育ちなので寒さに強いし、雪見酒も乙なもの」と強がっていたが、年を取るにつれて寒さがこたえ、大津に一時帰るようになった。

 大津の家にはインターネット回線が引かれていないので、WIFIという機器が必要だ。そのレンタルのWIFIが昨日届き、パソコンがインターネットにつながった。こうしてブログが発信できるのも、この小さな機器のおかげである。レンタル料は4か月で2万円弱だが、買い物、調べ物などネットがないと不便なので、それだけの価値はある。

 会社勤めを退いた後、築後10数年が経つ山小屋で暮らし始めた。世をすねた訳ではなく、自然とともに気ままな生活を送りたかったのだ。もとより、不便な生活は覚悟の上だった。スーパーはないし、本屋や映画館へは1時間以上もかかったが、不便もまた楽しいという気分だった。気取った言い方をすると、不便の中にこそ豊かな時間が流れるものだと粋がっていた。

 大津で暮らし始めると、車を使うことが滅多にない。スーパーも図書館も映画館も、歩いて行ける距離にあり、便利さという点では申し分ない。

 そこで変な話を一つ・・・。山小屋ではプロパンガスを使っているが、あの重いボンベはウインチで引っ張り揚げている。長さ30mほどのレールに車輪の付いた荷台を取り付け、電動のウインチで巻き上げるのだ。しかし、荷台の所まで5段ほどの階段を女房と二人で引き揚げなければならず、これがひと苦労なのだ。

 ボンベは1か月で1本使い切る。煮炊きで使うガスの量はしれたもので、何と言っても風呂が一番ガスを食う。ボンベを運ぶ労苦を思うと、湯船に張る湯の量を節約しなければならない。ケチな話だが、わが家の風呂の湯は「ヘソ上10cm以内」というのが不文律なのだ。体全体を湯船に沈めようとすれば、体を押し曲げてヨガでもするような格好になる。

 大津の家には都市ガスが来ているので、毎日、しかも朝晩でも風呂に入れる。湯の量も首の所までたっぷりである。顔を湯に沈め、ブクブクと息を吐く時、妙に幸せを感じるのだが、子供じみているだろうか・・・。

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