山小屋へ帰るのか、行くのか・・・女房と私の温度差

 地中の虫が蠢き始め、春が近づいてきた。冬の間だけ大津の自宅で過ごしていたが、そろそろ和歌山の山小屋へ移動する時期を決めなければならない。例えば郵便物の転居届けは1週間ほど前に出しておかなければ、ちゃんと山小屋に配達してくれないのだ。

 つい先日、女房に「和歌山へいつごろ帰ろうか」と話しかけた。すると女房は「帰ろうではなく、和歌山へ行くでしょう」と語気を強めた。何もそんなにむきにならなくてもよいと思うのだが、女房に心境の変化が起き始めているのだと感じた。

 つまり、和歌山に「帰る」と「行く」では、和歌山と大津のどちらに生活の軸足を置くかという問題なのだ。私は言うまでもなく、和歌山が生活の拠点だと思っている。野鳥と遊び、山菜を採り、魚を釣る。自然の移ろいに身を任せ、日々を過ごしたいと願っているのだ。

 もちろん女房も、山の生活を楽しもうという思いは同じである。畑を耕して野菜を育てるなど山の生活の楽しみ方は、お互いが共有している。ただその強弱、温度差、濃淡は微妙である。

 標高800mの山の生活は、それなりに大変である。買い物に行くには1時間以上かかるし、病院はもっと遠い。いつまでこの暮らしを続けられるか、不安がない訳ではない。いずれ大津に軸足を置く日が来るだろうが、なるだけ長く山小屋に居たいと思っている。

 しかし女房は、将来を見越して準備を始めたのだ。2階の部屋と部屋の壁をぶち抜き、10畳ほどの部屋にリニューアルし、自分の城にしようという魂胆である。早速、知り合いの大工さんに電話し、あれよあれよと工事が始まったのだ。

 壁紙も張り替え、見違えるようにきれいになった。趣味の機織機やソファを運び込み、小さな絨毯も敷いた。物置に入れていた額入りの絵を壁に掛け、自分の布団もここに移動させた。「私の城よ」と自己主張しているようで、夫婦の仲なのに思わずノックして入室してしまった。

 このように生活の拠点作りを進める女房にとって、和歌山は「帰る」場所ではなく、あくまでも行くという位置づけなのだ。改装したこの部屋は、女房の趣味を楽しむ「城」であり、あえて言えば、私の死後をも見据えている可能性が強い。何か恐ろしい・・・。
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