山葡萄の苗を植える

 町のスーパーで食料や日用品の買い出しをし、軽トラで生石高原のわが家へ向かっていた。すると、前方から知り合いの奥さんが歩いてやって来た。窓を開け、「いやー、お久し振り」と挨拶を交わすと、彼女は「山葡萄の苗があるけど、持って帰らへん?」と意外な言葉が飛び出した。

 山葡萄と聞けば、無関心でいられない。私にとって、山葡萄は東北や北海道の森にひっそり自生する植物という印象が強い。北陸の田舎で生まれ育ったが、見たことも食べたこともない。今は紀伊山地で暮らしているが、山深いここに自生しているという話は聞かない。私の生活エリアから縁遠い果物だけに、その野生の味に興味津々だった。

 なぜ彼女が山葡萄の苗を持っているのか・・・。彼女は、大学の教授を定年退職したご主人とともに、、山の中腹で田舎暮らしをしている。娘さんが北海道に嫁ぎ、牧場を経営しているそうだが、娘さんから牧場に自生している山葡萄の苗が送られて来るのだそうだ。

 彼女が何年か前に自宅の庭に植えた山葡萄は大きく育っており、黒紫色の房がいくつもぶら下がっていた。味見させてもらうと、ほとんど甘味はなく、もの凄く酸っぱい。それはひどいものだったが、味を知ったことは貴重な体験だった。今回もらうことになった苗は、やはり娘さんから最近送られてきたらしい。

 標高が高く、涼しいわが山小屋は東北の気候に似ており、苗はうまく育つと思う。ただ、山葡萄は雌の木だけでは実はならず、雄の木がないといけないらしい。もらった苗は3本あり、雌雄そろっているよう願っている。ともかく苗を上手に育てようと、俄然やる気になっている。

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 田舎生まれの私にとって、自然の食べ物には目がない。小さい頃、アケビを見つけるとかぶりついたし、砂糖をまぶした様なイワナシ(岩梨)も夢中で食べた。酸っぱかろうが何だろうが、自然の贈り物と思えばうれしいものだ。近年、山葡萄はワインやジャム、ジュースの原料として活用する動きが活発だそうだ。

 苗は山小屋の敷地の斜面に植えた。蔓が伸びれば居住空間でもあるウッドデッキに這わせようと思う。秋になれば、山葡萄の葉は赤くなり、とても美しいらしい。実がつくまで何年かかるか分からないが、鈴なりになる日が待ち遠しい。

       ↓ 将来は山小屋のデッキに山葡萄を這わせたい
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 山葡萄と聞けば、青森県にある秘湯・青荷温泉を思い出す。別名ランプの宿と呼ばれ、ひなびた温泉である。この宿に泊まったのは12年前で、女房は旅館の売店で売られていた山葡萄の蔓で編んだバッグが気に入った様子だった。

 女房に1本の薔薇も贈ったことがない私だが、旅情に浮かれていたのか、私の小遣いでバッグをプレゼントした。値段は言わぬが花だが、決して安くはない。使えば使うほど味が出ると言い、女房は今も大切に使っている。山葡萄と聞いて、バッグを買ったランプの宿を思い出す。

       ↓ バッグはネットから拝借した
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ワラビの塩漬けを味見した

 この春に塩漬けしておいたワラビを初めて取り出した。口の広い陶器の容器にかぶせておいた紙を外すと、敷き詰めておいた塩はまるで雪のような白さだった。ワラビの灰汁のようなものが滲み出し、濁っていると思っていただけに、その白さは意外だった。

 しかし、取り出したワラビは茶色で、少しがっかりした。銅製の鍋に浸しておけば、きれいな色になるらしいが・・・。塩抜きをして麺つゆで食べると、独特のぬめりもあり、ワラビらしい風味を味わうことが出来た。ただ、保存食だから仕方がないが、やはり春に食べるワラビの味とは微妙に違った。

 私たちが暮らす生石高原では、いたる所でたくさんワラビが採れる。塩漬けにして保存する方法があることは知っていたが、旬に食べるワラビとは別物だと思っていた。つまり、見下していたのだ。

 ところが、これは違った。3年ほど前、中仙道の宿場町、妻籠宿に行った時、蕎麦を食べた。その店は妻籠の有名店で、もちろん手打ちである。注文したざる蕎麦にワラビが添えられていた。

 季節は晩秋だったので、そのワラビは塩漬けしたものだった。これが実に美味しかった。店の女将に聞くと、祖母が塩漬けしているそうで、その方法を聞いてもらった。作り方はうろ覚えだったので、翌年の春に作った塩漬けは実にまずく、すべて廃棄した。

 次にワラビの塩漬けと出会ったのは、今年4月初旬だった。信州の小谷温泉に行った際、泊まった旅館の料理に添えられていた。これがまた絶妙の味で、女将から執拗に作り方を教えてもらった。それが今回の塩漬けである。

 お陰さまで、塩漬けは一応成功した。しかし、妻籠の蕎麦屋のもの、小谷温泉の旅館のものとは明らかに違った。どこがどう違うかは表現が難しいが、ワラビ自体の風味を損なわず、「熟成させた味わい」があると言えるかもしれない。

 信州や東北には山菜の知恵がいっぱいある。そんな風土の中で育まれた塩漬けにも、伝統の重みがあると思う。たかだか1回や2回の素人が塩漬けの出来、不出来を云々するのはおこがましい。来年春には、工夫してもっといい塩漬けを作りたいと思う。

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変な虹・・・鮎釣りの吉兆か

 女房の朝一番の日課は、寝室の窓辺に立って紀淡海峡の風景をしばらく眺めることだ。その女房が「変な虹が出ている」と言った。デッキに出ると、なるほどきれいな虹が出ていた。しかし、普通の虹は弧を描いているが、この虹はストンと天から地に突き刺さるような感じだった。

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 これを吉兆と見るか、不吉と見るか。実はこの日、鮎釣りに行くことにしていたので、吉の兆しと思いたいのだが・・・。釣り人はとかくゲンを担ぎたがるものだ。

 10日ほど前に大雨が降り、ホームグラウンドの有田川は濁流となった。川の砂や小石が激流に流され、石に付いたアカ(藻の一種)を削り取ってしまい、川全体がが白く見える。この現象を「白川状態」と呼んでいるが、石のアカは鮎の餌で、それがなくなれば鮎が石に寄り付かないのだ。

 余談になるが、戦前戦後に釣りジャーナリストとして活躍した佐藤垢石という人がいた。鮎釣りに造詣が深く、「鮎は石を釣れ」という名言を残している。つまり、鮎は餌のアカが付く石を縄張りとし、侵入してくる鮎に体当たりして追い払う。友釣りはこの習性を利用し、オトリを石に近付けて針に掛ける釣法だ。ちなみにこの人の垢石という名前は鮎釣りに由来している。

 さて、大雨から10日以上も経ったので、もうそろそろアカが付き始めているだろうと思い、有田川のダム上流に車を走らせた。しかし、川に沈む石は白く、落胆した。ただ浅い岸の近くの石は若干だがコケが付き始めているように見えた。

 ともかく、押出という集落の川に入った。ここへは今年2回目で、前回は8匹釣れた。200mほどの瀬が続いており、上流には先行者がいたので、下流で竿を出すことにした。手で川底の石をなでてみると、少しヌルッした。これなら鮎が釣れるかもしれない。

 対岸に垂直に切り立った岩盤があり、ここならアカが残っているかもしれない。オトリをそこへ誘導して待つこと約10分、目印が揺れた。深場に潜った鮎を少しずつ浮かせ、引き抜いた。さらに10分後、少し下流の岩盤でもう1匹釣れた。どちらも18cmほどで、オトリには手ごろなサイズだった。

 鮎釣りは第一にオトリ、第二に場所、その次が腕前である。死にかけたようなオトリを使っていては、1日頑張っても釣れない。そして、オトリ屋で買う養殖物より、釣りたての天然鮎の方が断然元気がいい。天然物のオトリは尻尾をよく振って縄張りの鮎を挑発し、針に掛けるのだ。

 しばらく岩盤で粘ってみたが後が続かない。天然のオトリが手に入ったので、増水気味の速い瀬で釣ることにした。対岸の浅いヘチにオトリを入れた。オトリはグイグイと上流に遡っていく。いいぞ思った瞬間、目印がぶっ飛び、強烈な当たりが手に伝わった。

 掛かり鮎はオトリを引っ張って下流に疾走した。増水で流れが速いので、石の上を走らなければ追いつけない。もたもたしていると竿が伸び切り、糸が切れてしまう。20mは下っただろうか、流れが緩い浅場に鮎を誘導し、糸切れが心配だったが、思い切って引き抜いた。鮎は水しぶきをあげて玉網に納まった。

 これがこの日の最長寸23cm。顔が小さい割りに肩が盛り上がる見事な鮎だった。この瀬を行ったり来たりしながら釣り続けたが、20cmを超す大型が混じり、その度に流れが緩い場所までよたよたと走り下った。時々、河原の石に腰かけ、呼吸を整えた。

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 昼を過ぎた頃、目印が上流に走り、鮎がかかった。針を食い込ませるため竿を立てると、フッと軽くなり、糸と目印が風に吹かれて中空を漂っている。糸が切れたのだ。オトリと掛かり鮎の2匹を失った。これくらい情けないことはなく、虚脱感が全身を覆う。もうやっておられない。疲れもしたし、これが潮時だと思った。

 釣果は計16匹。半日の釣りにしては上出来である。朝の虹は吉兆だったのだ。ただ惜しむらくは、アカが成長していないため黒っぽい痩せた鮎が混じった。天然鮎は別名「香魚」と呼ばれるが、ウリのよな匂がいまひとつなのだ。その晩は七輪に炭を熾し、「強火の遠火」で焼いて食べた。はらわたの苦味は少なく、物足りなかった。欲を言えば切りがないけれど・・・。

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娘たちとお盆を過ごす・・・山へ、フレンチへ

 お盆は娘二人が帰省するので、やむなく和歌山の山小屋を離れ、大津の家で過ごした。娘たちには、気温が5度以上も低い山小屋の方へ来るよう言ったが、「虫もヘビもいる山奥には行かない」とつれない返事だった。

 わが一家は、子供たちが小さい頃から山や川へ連れて行き、豊かな自然と遊ばせてきた。しかしそんな親心は子供たちに通じず、情操教育にも役立たなかった。今では都会生活にどっぷり浸り、ワインがどうの、ヨガがどうのとほざいている。

 娘は二人とも、誕生日や母の日、父の日に何もしてくれない。しかしその代わり、お盆に帰省した際、レストランに招待してくれる。一人1万円以上もする料理だから、年金生活のわれらには大変な贅沢で、娘たちにとっても親孝行という立派な名目で美味を味わう寸法だ。

 翌日には、大津からもそう遠くない伊吹山へ行くことにした。珍しく娘たちは、私の意見に異議を唱えなかった。麓から登る訳ではなく、ドライブウェーで頂上直下まで行く。8合目あたりから霧に覆われていたが、次第に薄れていった。さすが日本百名山だけあって山容には風格がある。

      ↓ 頂上から琵琶湖を望む    
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 道路沿いのあちこちに、アマチュアカメラマンが太い望遠レンズを構えていた。100人以上いたと思う。イヌワシが現れるのを待っているらしい。イヌワシは絶滅危惧種で、伊吹山に生息しているとは知らなかった。ネットには、伊吹山で小鹿を捕らえた写真が載っていた。

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 駐車場から標高1377mの頂上までは40分。花の盛りはほぼ終わっていたが、それでもピンクのシモツケソウなど高山植物がたくさん咲いていた。娘は1人がサンダル、もう一人がハイヒールといういでたちで、「足が痛い」「こけそう」と文句たらたら。心構えが出来ていない。われら夫婦は頂上のお花畑を一周した。

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 夜は蕎麦打ちを実演し、私が苦労して釣った鮎の天麩羅を振る舞った。これがお盆のハイライトだと思っていたが、娘たちはさほど感激もせず、スマホをいじりながら、時々箸を使う程度だった。「うまいやろ」と問うてみても、「まあね」と言うのが関の山だから、野暮な質問はしなかった。

 娘に招待されたレストランは、京都御苑の真向かいにあるフランス人シェフの店。5種類のワインを飲みながら料理を楽しむのだ。腰巻のようなものを巻いた女性従業員が料理の説明をしながら皿を置いていく。説明は難解で、小鹿の肉、サーモンなどの単語しか分からなかった。総じて美味しかった。

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 娘たちは3泊して帰って行った。大津にいる間は連日の猛暑で、クーラーをつけていても寝苦しかった。だから予定を繰り上げ、逃げるように和歌山へ帰った。さすが標高800m余りの山小屋は空気がひんやりしていて、朝晩は肌寒い。一つ、また一つ、夏の「行事」が過ぎて行き、やがて高原に秋が忍び寄る・・・。

やっと鮎釣りの醍醐味・・・

 お盆には、子供たちが大津の家に帰省する予定だ。この春にわれら夫婦は蕎麦打ち道場に入門し、腕を磨いているので是非、打ちたて、茹でたての蕎麦を振る舞いたいと思っている。信州ブランドの蕎麦粉も取り寄せた。

 蕎麦はもちろん主役だが、それにどのような料理を添えるか・・・。それがパッとしないと、画竜点睛を欠く。私の趣味からしても、それはもう天然鮎の塩焼きか天麩羅だろう。鮎は夏の風物詩であり、これがまた蕎麦とよく合うのだ。

 とまぁ、そんな訳で、子供たちに食べさせるため、鮎釣りに行った。今シーズンはすでに4、5回釣行しているが、有田川の二川ダム下流は余りにも不調で、釣果1匹という日もあった。ふがいない釣果に、これまで釣行記を書く気がしなかった。

 台風が来る前の週、ダム上流へ向かった。ダム下流の釣り場まではは15分ほどで行けるが、上流は1時間近くかかるので、余程のことがない限りほとんど足が向かない。オトリ屋の女主人に状況を聞くと、「渇水になり、最近は釣れなくなった」と出鼻をくじかれた。

 押手(おしで)という集落の川を見て回った。長い瀬があったので、ここに入った。白波が立つ瀬にオトリを入れて当たりを待った。竿を立ててオトリを上流に泳がせようとしたら、針が底の石に引っ掛かった。外しに行くと、今度は糸が対岸の木に引っ掛かり、糸が切れた。

 幸先は良くなかった。しかし、少し下ってチャラチャラの瀬にオトリを入れると、ビューンと糸が上流に走り、掛かり鮎がオトリを引っ張って対岸に疾走した。20cmを超すような良型が玉網に納まった。この後、岩盤で3匹、背びれが見えるような浅場で2匹、100mほど下った瀬で3匹、計8匹が釣れた。余りに暑いので、正午前に竿を納めた。

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 それから3日後、今度はダムの下流に釣行した。いつも立ち寄るオトリ屋のオヤジからは「ぼちぼち釣れるようになった」と明るい情報が得られた。オトリ屋近くの大きな岩が沈むポイントで竿を出した。20分くらい経った頃、わずかに目印が揺れる当たりがあった。取り込んだ鮎は13cmくらいのミニサイズ。

 小さくてもオトリが天然鮎に替わった。鮎釣りはここからである。オトリが大きな岩と岩の間を通過した時、目印がストンと沈み、糸が走った。2匹の鮎はすでに対岸に到達していた。竿を倒して引き寄せるが、掛かり鮎は右に左に走り、引き抜くタイミングがつかめない。ハラハラしながらやっと引き抜くと、バサッという音をたてて網に納まった。

 釣れた鮎は軽く20cmを超えており、オトリには大き過ぎるし、もったいないので、先の小さな天然鮎に鼻カンを通してもう一度働いてもらうことにした。するとオトリはツ、ツーと上流に走り、波立ちの所に来たところで目印がぶっ飛んだ。ここで6、7匹釣ると当たりが止まり、下流のチャラ瀬に移動した。

 このポイントがこの日のハイライトだ。水深が30cmに満たないチャラ瀬は私の得意ポイントだ。これは私の師匠のM名人の影響である。竿を立て、テンションを加えながらオトリを泳がせる。すると、鮎が掛かり、上流へ5、6mも走った。秒速5mのスピードだ。それはまるで閃光のようだった。

 そのように、天然鮎の当たりはすさまじかった。これが鮎釣りの醍醐味だ。一度は4本イカリの針が2本抜け落ちてしまうほどだった。しかも鮎の型が20cm前後と申し分ない。この後、車で移動してチャラ瀬に入ったが、ここでは15cm前後の小型だった。結局、午前中だけの釣りだったが、計18匹の釣果だった。

 これまでが不調だっただけに、今回の釣行では大いに溜飲を下げた。子供たちに食べさせるに十分な数とサイズがを揃えることが出来て良かった。川に立ち込み、鮎と苦闘する父親の姿など知る由もないだろうが、せめて「美味しい」という素直なひと言を聞かせてもらいたい・・・。

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アサギマダラが帰って来た・・・そして鼻に止まった

 今日は台風5号が紀伊半島に向かっているが、時計の針を1週間ほど前に巻き戻す。8月1日午前8時45分ごろ、愛犬ぴーを連れて朝の散歩から帰り、山小屋への階段を上っていると、私の体にまとわりつくように蝶がふわふわと飛んで来た。待ちに待ったあの美しいアサギマダラだ。

 思わず、「お帰り」と叫びたい気分だった。わが家でこの蝶を見るのは昨年10月以来だから、10か月ぶりである。ここには夏から秋にかけ、結構頻繁にやって来る。アサギマダラの寿命は4、5か月と言われるので、この日飛来したアサギマダラはそれらの子供か、孫かもしれない。

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 それにしても、どうして毎年律儀に、ここ生石高原の一角にあるわが家を訪ねてくれるのだろう。蝶の遺伝子に、この土地の匂いとか花の情報が刷り込まれているのだろうか。

 アサギマダラは1000キロ、2000キロも旅をするが、旅のルートを間違えることなく毎年同じような場所に飛来しているのではないだろうか。蝶を捕獲した場所と日時を羽に記録するマーキングが盛んに行われているので、再捕獲のビッグデータを解析すれば、そのうち私の疑問を解いてくれるかもしれない。

 私に近寄ったきたそのアサギマダラは、玄関から5mほど離れた所に植えてあるフジバカマの花に止まった。蜜を吸っているのか、単にぶら下がっているのかわからなかったが、時折羽を開いて美しい文様を見せてくれるのだ。

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 実は、熊野古道の近くに住んでいる老夫婦が、アサギマダラを呼び寄せようと蝶の好むフジバカマを植えたのをテレビ番組で知った。私もわが山小屋を蝶の楽園にしたいと思い、去年、フジバカマを3株植えた。この作戦は的中し、咲いたばかりのその花に止まった。喜びもひとしおだった。

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 その日の午後3時ごろ玄関先に出ると、アサギマダラが近寄ってきて私の鼻に止まった。女房に写真を撮ってもらおうと、そっと家に入って女房を呼んだ。蝶はまだ鼻の先でじっとしており、女房は「あらまぁ」と驚いた。しかし、カメラを探している間に飛び立ってしまい、天井のシーリングファンに止まった後、外に出た。

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 女房などは、私の鼻など「汚いっ」と言って絶対触れないが、遠く列島の南からやって来たアサギマダラはこの日が私との初対面にもかかわらず、意表を衝くような形で親愛の情を示してくれた。ただ、決定的瞬間を撮影できなかったのは残念だった。

 アサギマダラの様子を見るためしばしば外に出てみたが、何と朝から午後5時ごろまでほとんどフジバカマの花に止まっていた。勝手な推測だが、長い旅の疲れを癒すため、じっとしていたのではないかと思った。

 次にやって来たのは、2日後だった。玄関先をふわふわと優雅に舞ったあと、物置のブルーシートの上に止まった。女房は家の中からサインペンを持って来てアサギマダラの羽をつまみ、「生石 8月3日」とマーキングした。この蝶がさらに北上を続け、どこかで運よく再捕獲されれば、「生石」のルートが記録に残る。長い旅の安全を祈りたい・・・。

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名峰・白山を登る・・・(後編)

 白山の室堂から最高峰の御前峰(2702m)に向かって歩き出した。朝方に降っていた雨は止んではいたものの、依然としてガスが立ち込めていて見通しが悪い。山頂直下には七つの池があり、これを回る「お池めぐり」は白山登山のハイライトだが、この視界不良では遭難の危険があり、無理かもしれない。

 山の斜面には今が盛りのお花畑が広がっており、まさに百花繚乱だ。さすが日本有数の花の山だ。高山植物は、氷河期という厳しい環境を生き延びてきた草木であり、私も健気に咲く美しい花に魅了される。氷河期とはどのような環境だったか知らないが、私などはマンモスが雪原をのし歩く光景しか思い浮かばない。

 御前峰への登山道沿いでは、黄色い花が咲き乱れていた。キンバイかキンポウゲか・・・。花のベテランならすぐに見分けがつくそうだが、われら素人が知ったかぶりを言うのは控えよう。いずれにしても、夏山を代表する花だ。

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 次は、ピンクのコイワカガミと、その背後に咲く黒紫色のクロユリだ。北アルプスなどでもよく見かける花だが、どちらも白山の群落はスケールが大きい。クロユリは石川県の「郷土の花」だそうだ。ユリと言えば清楚な純白だが、クロユリはとても可憐とは言い難く、私などは隠微な匂いを嗅ぎ取るのだ。

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 若い女性がカメラを構えていた。その先にクルマユリが咲いていた。鮮やかなオレンジ色で、その下に薄紫色のハクサンフウロが二輪、三輪、ひっそりと咲いていた。

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 登山道の足元で、イワギキョウとイワツメグサが咲いていた。肩で息をしながら急な山を登る時、岩と岩の間に咲くこの二つの花は、一幅の清涼剤だ。

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 ハイマツの松ぼっくりは、実に鮮やかなピンク色だった。松ぼっくりはライチョウなどの餌になるが、出会った登山者によると、白山にはライチョウはいないのだという。何年か前に目撃情報があったが、あれは北アルプスから出張してきたものらしい。北アルプスなどではしばしば見かけるが、ハイマツが繁る白山にはなぜいないのだろう。

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 山頂まで500mの高天ケ原という場所まで登ってきた。依然としてガスがかかっている。それから10分ほど歩くと、上空が明るくなってきた。よく見ると頂上らしき場所に何人かの人影が見えた。

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 標高2702m、御前峰の山頂に着いた。途中で青空が見えたので喜んだが、またガスに覆われていた。1300年前、この小さな社があった場所には十一面観音が安置されていたが、今は白山神社の奥宮になっている。観音菩薩がのけ者にされてしまったようで、複雑な気分だ。

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 頂上のすぐ近くの岩場で、未練がましくガスが晴れるのを待った。ガスがかかっていると、登山道が分からなくなり、ガイドブックによるとお池巡りは厳禁である。半時間ほど待っただろうか、一気に視界が開け、直下にエメラルドグリーンの池が二つ見えた。白山の神のご利益か、観音菩薩の慈悲か・・・。思ってもみなかった幸運である。

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 女房は「これで行かなければ一生の後悔。さぁ、行きましょう」と言って急なガレ場に踏み出して行った。結構急な斜面で、岩がゴロゴロしている上、砂礫の所もあって滑りやすい。普段は何事にも私の方が積極的だが、女房は人が変わったように鼻息が荒かった。

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 下の写真の「油ケ池」がお池巡りのスタートだ。ガスが湧けば、このような場所では方向感覚を失いそうだ。踏み跡がはっきりしない場所もあり、道に迷うのは必至。岩を越え、雪渓を渡り、お池を巡るこのコースはゆっくり歩いて1時間半ほど。下から2枚目の写真は「千蛇ケ池」で、雪に覆われたこの池の下に千匹のヘビが封じ込められているという。

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 お池巡りのコースはすり鉢状の底を歩く感じで、お花畑が広がっていた。中でもハクサンコザクラは可愛い花で、女房のお気に入りだ。その名前から白山の花だと思っていたが、研究用に持ち込まれたらしい。少しがっかりだ。

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 下の写真はゴゼンタチバナ。御前は白山の御前峰からとったとされている。その下はチングルマの群生地。白い花に淡いピンクが混じるのはハクサンシャクナゲだ。

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 白山登山のハイライトを終え、室堂から弥陀ケ原を歩いて下山にかかった。途中、巨岩がごろんと横たわる「黒ぼこ岩」を写真に撮り、その下の「延命水」では湧き水を柄杓で2杯飲んだ。私の長生きを嫌がる女房は「やめて」と言ったが、これでさぞや長生きすると思う。

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 このあたりから再び雨が降り出し、滑りやすい岩の登山道を慎重に下った。別当出合に下山したのは午後5時を過ぎており、この日だけで10時間近く歩いたことになる。最後の方は膝が痛くなり、サポーターを巻いて何とかしのいだ。白山を甘く見ていたことを反省した。楽に登れる山など一つもないし、ましてここは日本百名山である。

 以前から各地の十一面観音を巡拝している私にとって、今回の登山は聖地巡礼のようなものだった。しかし、白山はその山自体が御神体であり、6000体もあったとされる石仏は打ち捨てられ、ひとかけらもなかった。もはや仏教の気配は徹底的に消されていたのだ。

 明治新政府が発した廃仏毀釈によるものだが、神道による国家統合を進める明治政府に、廃仏という口実を与えたのは仏教の堕落があったのかもしれない。しかしそれにしても、このような文化破壊は何と嘆かわしいことか。イスラム過激派ISが、シリアのパルミナ遺跡を破壊したことと重ね合わせ、暗澹たる気分だった。

 御前峰のお堂に鎮座していた本尊の十一面観音像などの仏像は、廃仏毀釈の難を逃れ、麓の林西寺に移された。白山を追われた観音菩薩などの8体は「下山仏」として公開されており、その翌日、拝観した。

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 登山の楽しみは、下山後の温泉である。今回泊まるのは「中宮温泉」だ。以前、白山スーパー林道(現在はホワイトロードに改名)を走った時から目をつけていた温泉である。石川県側の料金所を出てすぐ左折し、300mほど走ると温泉がある。源泉かけ流しで、泉質の良さには定評がある。

 旅館に到着すると、夕食の時間を遅らせてもらい、風呂に駆け込んだ。私のか弱い足はボロボロに疲れており、湯につけるとジンジンと痺れた。名湯の誉れ高い湯によって疲れは癒され、山菜料理をつつきながらビールを流し込んだ。もう、これがたまらないのだ・・・。

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