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満天の空に、宇宙ステーションが見えた

 きのう、近畿地方に木枯らし1号が吹いた。今日も強い風が吹き、雨戸がガタガタと音を立てている。朝7時の気温は3・5度で、この秋一番の冷え込みだ。今回のブログは5日前のことだから、少々鮮度が悪い。

 台風21号に続き、22号がまたも紀伊半島を襲った。22号が来る前にボート釣りをしようと思ったが、21号の余波で波の高い日が続いていた。しかし幸運なことに、10月27日だけは波の高さが1m以下で天気もよく、このワンチャンスをものにすべく女房とともに由良湾へ出掛けることにした。

 私はアオリイカを狙い、女房はガシラを釣る計画だ。イカ釣りは生きたアジを使うので、まず湾内でアジを釣らなければならない。アジは釣り餌店で売っているけれど、1匹140円もする。朝早くポイントに着けばアジが釣れる確率は高いし、費用も節約できるので、午前4時45分ごろ山小屋を出た。

 空を見上げると、満天に星が輝いていた。その星の数の多さは、標高の高い生石高原でも滅多に見られないほどだった。星の奥に星があり、その彼方にも星がある。無限の宇宙空間を見ていると、なぜか恐怖感に襲われる。説明が出来ない不思議な感情である。

 私には、二つの星空が目に焼きついている。一つは30年ほど前、八ヶ岳に行った時だ。人家の明かりが届かない中腹の草原に寝転んで夜空を見上げると、天の川のあたりに、ぼんやりと宇宙のガスのようなものが見えた。普通では見えないかもしれないが、しかし確かに見えた。花火の後の煙のようだった。

 もう一つは、昨年9月のこと。ペルーの天空都市マチュピチュから帰る途中だった。インカ帝国の首都・クスコ(標高3400m)に近い峠で、漆黒の空を見上げた。その天頂に四つの明るい星が見え、身震いした。それを線で結ぶと十字になり、南十字星だと思った。ひと際明るく、青白い光を放っていた。南半球には似た星があるらしいが、私は南十字星だと信じている。

 出発しようと軽トラに乗り込むと、女房が外からコツコツと窓をたたいた。「あれ、人工衛星と違う?」と言うのだ。そんなものが見える訳がないと思ったが、車から降りて見上げると、なるほど明るい点がおおむね北の方向から南の方に動いていた。

 スピードは飛行機のように速いが、飛行機が放つ点滅の明かりが見えない。ここから関西空港に離着陸する機影がよく見えるのだが、明らかにそれとは違う。女房は「ほれ、あれなんて言うの?ステーションじゃないかしら」と言った。

 ひょっとしたら国際宇宙ステーションかもしれない。後から調べたが、高度は400キロ、大きさはサッカー場ほどらしく、夜明け前に見えることもあるらしい。その明かりは少し赤味を帯びているように見えた。夜明けの太陽が当たっているのかもしれない。

 理系に弱い私は、宇宙ステーションが飛んでいるのではなく、あの速度は地球が回っているスピードだと思っていた。しかし実際は物凄いスピードで地球を回っているらしい。ちなみに、秒速7・7キロ、時速だと2万7千キロだという。もし静止していたら、地球の引力で墜落するらしい。調べてみて、勉強になった。

 さて、この日の釣りだが、余り書きたくないというのが本音。アジは入れ食い状態で、20匹ほど生かしていつものポイントへ向かったが、まったく反応がなかった。給油を二回繰り返し、沖の一文字などへも走り回ったが、一度の当たりもなく万策尽きた。この間に女房がガシラを5匹釣ってくれたので、晩のおかずにはなった。

 これだけでは物足りず、アジのポイントで再び竿を出した。期待はしていなかったが、アジは入れ食いで、女房は一人で160匹も釣った。私はカワハギ釣りを試みたが、たまにチャリコやアジが釣れただけだった。それにしても、なぜイカが釣れなかったのだろう。長雨で塩分濃度が低くなっていたのかもしれない。

 ま、宇宙ステーションが見えたのは良かったが、釣りはまったく納得していない・・・。
 

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「排除」のどこが悪いのか・・・

 今回のブログは大きな非難を浴びるかもしれないが、あえて書きたいと思う。

 私は、希望の党を立ち上げた東京都知事の小池百合子氏が大嫌いである。典型的なポピュリズム政治家であることが最大の理由だ。耳障り良い言葉を並べ立て、注目を集めようとする。例えば、希望の党を立ち上げた時の「12のゼロ」がそれである。

 (1)原発ゼロ(2)隠ぺいゼロ(3)企業団体献金ゼロ(4)待機児童ゼロ(5)受動喫煙ゼロ(6)満員電車ゼロ(7)ペット殺処分ゼロ(8)フードロスゼロ(9)ブラック企業ゼロ(10)花粉症ゼロ(11)移動困難者ゼロ(12)電柱ゼロ

 この中で、国民の反対を招きそうな項目があるだろうか。しかし逆に、実現可能なものがあるだろうか。もはや、花粉症ゼロは笑うしかない。どのようなスケジュールでゼロのにするのか、財政の裏付けがあるのか・・・。これに何も答えていない。これがポピュリズムの正体なのだ。小池氏の正体でもある。

 しかし、誤解を恐れずに言えば、総選挙の際に彼女が明言した「排除します」のどこが悪いのか、私にはまったく分からない。排除とは、希望の党の安全保障政策や理念、政策に同調できない候補者は受け入れないという趣旨なのだ。

 この一言が希望の党の退潮につながったとされているが、私は彼女が珍しく正論を語ったと思っている。。確かに、「排除」はきつい言葉だが、「ご遠慮願います」とソフトに言えば良かったのか。事の本質は、政治の世界において政治理念や政策をあいまいにすることなく、明確化することなのだ。

 安倍一強を許し、野党を駄目にしたのは民進党だろう。そもそも民進党には、かつて社民党にいた辻元清美さんを始めとする左寄りの人、その対極として自民党より右寄りの人たちもいる。だから憲法問題、安全保障政策などは意見がまとまらない。内部矛盾を抱えた政党は、なかなか国民の支持を得られてこなかった。

 小池さんの「排除」発言によって民進党は分裂し、個々の候補者の色分けがはっきりした。未だに煮え切らない人や、今更恨み節を言う人もいるが、それでも中道の希望の党と、左派の立憲民主党が生まれ、政治が分かりやすくなった。その意味で、小池発言にはインパクトがあったと思う。

 ただし、「排除」は政治の世界にだけ通用する言葉だ。弱者を排除するのは許されないし、人種も宗教も同じだろう。今回の総選挙で、世論は「排除」の言葉に過剰に反応し過ぎたと思うが、どうだろう。批判覚悟の駄文でした。

やはり超大型台風だった・・・22時間も停電

 台風21号は事前の予想通り、やはり超大型だった。台風の中心が日本列島からかなり離れていたが、22日の日曜日は未明から強い雨が屋根を叩いていた。ここ和歌山の生石高原では、これまで1週間も雨が降り続いており、うんざりした気分に輪をかけた。

 雨だけでなく、風も強かった。わが家は四方を森に囲まれており、「ゴー」という風の音が続いた。吹き飛ばされた小枝が屋根を打ち付け、不気味だった。30年ほど前だったか、台風で大木が倒れ、もう少しで屋根を直撃するところだった。これがトラウマになり、台風が来る度に心配になる。

 この日は衆院選の投開票日で、刻々伝えられるテレビの開票状況を見るのを楽しみにしていた。ところが午後5時半ごろ、電気が消えた。停電は珍しくないし、これまでほとんどが10分か20分で復旧した。今回もそのうちに復旧するだろうと高をくくっていた。

 しかし、いつまで経っても電気がつかない。すでに外は真っ暗だ。ロウソクを何本も立てたが、もし停電が長引くようなら、ロウソクの残りを計算して使わなければならない。晩ご飯は少ない明かりの中で、女房が作っておいたおでんを食べた。暗闇の中で、風と雨の音だけがやけに大きく聞こえた。

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 開票状況の報道が始まる午後8時になっても停電は復旧しない。古びたラジオを持ち出し、開票状況に聞き入った。自民党の圧勝、立憲民主党の健闘を伝えていたが、当選者の名前や地域別の各党得票など細かいことまで分からない。当選にわく選挙事務所の臨場感も伝わってこない。

 台風が迫ってきているので、選挙報道はしばしば中断、主に西日本の被害状況を伝えた。テレビではレーダーの画面や警報などを別画面で映し出すが、ラジオはそうはいかない。近頃物忘れがひどくなり、ラジオで聞いた尻から選挙状況も台風状況も忘れしまうのだ。

 夜が更けるとともに風雨は強くなり、気が気でない。雨戸がガタガタと音を立て、なかなか寝付けなかった。翌日午前3時ごろには目が覚め、期待を込めて枕元の電気スタンドのスイッチを入れたが、やはり停電は続いていた。風雨の音を聞きながら布団の中で悶々と明るくなるのを待った。

 女房のスマホで関西電力の電話番号を調べてもらい、携帯で停電の状況を問い合わせた。19分待ってやっとつながったが、有田川沿いの山間部ではかなり停電になっており、復旧の見通しは分からないとのことだ。こうなったら、気長に待つしかない。おまけに、問い合わせに時間がかかったため、携帯の電池が底をつきかけていた。

 結局、復旧したのは22時間後だった。つくづく、電気の有り難味が身にしみた。ただこの停電で、いかにわれら現代人がテレビに依存した生活をしているかが分かった。学生時代、テレビのない下宿の部屋でラジオばかり聞いていたが、情報不足を感じたことはなかったし、不便も感じなかった。

 しかし今は、いくらラジオで近隣の洪水が報じられてもなかなか実態を把握出来ない。総選挙の状況もラジオだけでは頭に入らないし、そこで繰り広げられえる悲喜劇も伝わって来ない。矛盾するようだが、映像に頼り過ぎた社会は逆に、テレビが人々の想像力を削いでいるようにも思う。今回の停電がそれを教えてくれた。

はさ掛けの米・・・炊きたては懐かしい味

 郷里の兄から新米が送られてきた。新米の季節になると毎年送ってくれるが、今年は「はさ掛け」の米だと言う。兄嫁は電話で「はさ掛けは風味があるので、早く食べてね」と言った。

 早速、袋を開けてその日のうちに食べた。炊飯器の蓋を開けると、立ち上がる湯気から懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。子供の頃、母親がかまどで炊いたご飯をお櫃(ひつ)に移す時に漂ったあの香りである。

 ついでに思い出したのは、鍋の底にこびりついたおこげをよく母親によくせがんだことだ。今どきの炊飯器はよく出来ていて、おこげが出来ることはまずないだけに、あの香ばしい味を思い出すと郷愁が押し寄せてきた。

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 郷里の実家では、知り合いの農家から新米をまとめて買い、親類や子供たちに送っている。今年は、その農家が自然乾燥させた「はさ掛け」の米を販売するようになったという。米農家も競争が激しく、付加価値を付けるなど知恵をしぼっているようだ。

 はさ掛けと言えば、昔は田んぼの畦に背の高い樹木が植えられ、美しい田園風景をかもしていた。木と木の間に木材や竹を渡し、これに刈り取った稲を掛けていた。「稲架」と書いて「はさ」と読むらしい。ちなみに、刈り取った稲をはさ掛けすれば光合成が続き、それが米の美味しさになっていると言う。

 そう言えば、郷里の北陸の田舎道を車で走っていると、田んぼに植えられていた樹木が姿を消していることに気付く。農家は手間のかかるはさ掛けをやめ、機械乾燥をするようになったためだろう。あの田園風景を懐かしがるのは、郷里を離れた人間の勝手な郷愁なのだろう・・・。

アサギマダラの旅の無事を願う・・・

 今日も雨が降っている。これで3日連続だ。しかもひどく寒い。
 
 下の写真は5日前に撮影したものだ。秋の深まりとともに、放射冷却によって雲海が発生し、家のデッキからしばしば見られるようになった。標高800mのわが家から紀淡海峡を見下ろすと、雲海は海峡に向かって連なる山と山の間に発生し、その雲の帯は大河のようにも見える。

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 NHKの朝の連続ドラマが終わると、愛犬ぴーを連れて散歩に出るのが日課である。ぴーは家の階段を駆け下りると、駐車してある軽トラのタイヤにおしっこをするのが習慣だ。ぴーとの散歩は、生石高原の方向に1キロほど歩いて帰ってくるのだが、これ以上歩くとぴーは足を踏ん張って動かない。

 今の時期、散歩の途中に、あの美しい蝶アサギマダラと出会うのも楽しみである。私のブログにしばしばアサギマダラが登場するが、「またかいな」と笑われそうだ。この蝶は人の心を癒す不思議な力があると思う。

 散歩コースの高原への道には、アザミやノコンギク、シシウドが咲いており、アサギマダラが羽を開閉させながら蜜を吸っている。最近では、多い時で10匹以上、少ない時でも2、3匹は見かける。

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 他の蝶のようにせわしく羽を動かすことはなく、グライダーが滑空するような飛び方をする姿は実に優雅だ。何よりも羽が美しいし、人にまとわりつくような人懐っこい性格もいい。

 しかしそれよりも、あの小さな体で1000キロも2000キロも旅する健気さに、私は心を打たれる。蝶の羽に捕獲場所と年月日を書き込むマーキング調査で、台湾や香港にまで飛んでいたことが分かっているのだ。

 気取った言い方だが、われらの人生もまた旅である。しかも片道切符である。アサギマダラは寿命が4、5か月と言われ、旅の途中で寿命を全うするから、こちらも片道切符の旅人なのだ。わが人生を、アサギマダラの途方もない旅路と重ね合わせると、何がしかの感慨がある。

アオリイカ、そして鮎・・・2連戦の釣り

 女房が友達と旅行をするため、4日ほど留守にしている。この間、自分で毎日3食作らなければならないのが辛い。近くにスーパーでもあれば惣菜を買うことが出来るが、なにしろここは山の中。カップ麺で3日も4日も食いつなぐ訳にはいかない。

 それより困るのは、話し相手の女房がいないことだ。 この山中で暮らしているのは数人いるが、こちらから訪ねない限り、まずしゃべる事はない。せいぜい、新聞を配達してくれる郵便屋さんに「ご苦労さん」と声を掛ける程度だ。

 そんな訳で、家に一人いるのは退屈するので、暇つぶしに釣りへ行くことにした。天気予報では、ここ数日好天が続くとのことである。そろそろ少し大きくなったアオリイカが釣れるだろうと、10月10日、ボートを積んで由良湾に向かった。

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 昨年、秋のイカ釣りを始めたのは10月2日で、釣果は9杯だった。今年は鮎釣りが忙しく、スタートがだいぶ遅れた。それだけに何とか二桁は釣り、冷凍庫をにぎやかにしたいと意気込んだ。

 イカ釣りは、生きたアジの尻尾に針を打ち、泳がせながら食いつくのを待つ。リールから糸が出て食い付いたのが分かれば、ヤエンという掛け針を道糸に装着してイカに近付け、引っ掛けるという独特の釣法だ。それなりに熟練が必要だ。

 ボートを走らせ、半時間ほどで岩礁地帯のポイントに着いた。アンカーでボートを止めて驚いたのは、潮が澄み切っていて海底の岩の起伏がきれいに見えるのだ。これではイカの警戒心を強め、釣れるかどうか疑心暗鬼になった。

 しかし10分ほどするとリールから糸が出た。しばらくして引き寄せにかかったが、それほど引っ張っていないのにイカはアジを離した。その次も同じように、ヤエンを投入する前にアジを離してしまった。イカはかなり小さく、警戒心が強いのだろう。

 次はやっとヤエンに掛かった。小型のようだが、生意気にも引きは強い。さすがアオリイカだ。タモを差し出すと、墨を吐きなら何回も潜ろうとする。一度はまともに頭から墨をかぶった。とりあえず今夜の酒の肴をゲットした。

 2時間ほどで場所替わりした。このポイントもよく来る場所だ。ここも海水が澄んでおり、底が丸見えである。それでもぼちぼち当たりがあり、3杯釣れた。この時期、二桁釣りは珍しくないが、どうも調子が上がらなかった。小さなイカにアジの首根っこを何回もかじられ、生きアジがなくなったので正午前に帰港した。計4杯の釣果だった。

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 家に帰り、小さなイカ1杯を刺身にし、残りは冷凍保存にした。刺身は透き通っていて盛り皿の模様が透いて見えるほどだ。甘くて美味しかったが、一人で飲む酒はどこか侘しい。テレビの天気予報を見ていると、翌日の11日もいい天気のようだ。どうせ一人だから、鮎釣り行こうと思った。

 海へ川へ、2日連続の釣りはどうかと思うが、まだ行こうという気力があるのはいいことだ。近くの有田川に向かい、オトリを買うためなじみの店に立ち寄ると、オヤジさんは「客が多くて釣り荒れている」と、多くを期待するなという口ぶりだった。

 川を見渡すと、上流に2人、下流に3人の先客がいたが、その間のトロ場がぽっかり空いていた。先客に声をかけると「さっぱりや」という答えが返ってくる。

 しかし大きな石のあるトロ場でオトリを泳がすと、10分ほどでいい鮎が釣れた。オトリが石の頭をなめるように通り過ぎた時、後ろから鮎がオトリを追い、針に掛かった。その瞬間をしっかり見た。釣果を左右するのは、元気なオトリがうまく循環することだ。その後は中型の鮎が次々と掛かった。

 この日は小さな虫が飛び交い、うっとしい。これにさされると物凄く痒くなる。帽子で払いのけるがキリがなく、釣りをするのに嫌気がさし、少し早かったが午前11時過ぎに竿をたたんだ。釣果は予想以上の19匹。釣り始めてすぐにオトリを確保したのが好釣果につながったのだろう。

 もちろん晩酌の肴は鮎。20cmほどの良型3匹を塩焼きにした。焼くとよく分かるが、腹の付近がオレンジ色の婚姻色になっており、落ち鮎の季節である。焼いた鮎の尾をちぎり、背中をほぐして頭から背骨を引き抜く。丸かじりすると、クリーミーな味が口に広がった。腹に子がいっぱい詰まっているのだ。落ち鮎は格別の味わいだった。

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真鯛に大型の太刀魚・・・紀淡海峡で

 西の空に中秋の名月の名残りを留める10月5日、紀淡海峡で釣りをした。和歌山市の小さな港に船を係留しているイレグイ号さんからの招きである。毎年、大きな太刀魚が釣れ出すとお呼びがかかる。その代わりと言うか、生石高原が山菜の季節を迎えると、ワラビやコシアブラ、山ウドなどを採りに来てもらっている。

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 午前5時半に出港した。日が短くなり、この時間はまだ暗い。船は大きな漁船仕様で、快調なエンジン音を響かせながら紀淡海峡の友ヶ島を目指す。この日は、真鯛と太刀魚のダブルヘッダーだ。以前、イレグイ号さんの船で真鯛を狙ったが、腕が未熟なためか釣れなかった。それだけに、今回は内心期するものがあった。

 鯛の仕掛けは通称「タイラバ」というもので、大きな飴玉ほどの錘にヒラヒラした赤いゴムと10本ほどの糸を垂らすシンプルなものだ。腐っても鯛というが、その気位の高い鯛がどうしてこのヒラヒラに食いつくのか不思議でならない。

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 実は先日、 NHKテレビを見ていたら、シマウマはなぜ縞模様なのかという疑問を取り上げていた。縞模様がたくさん集まれば、ライオンなどに脅威を与えるのではないかというのが定説だったらしい。

 しかし最近の研究によると、ライオンの目にはそんなにはっきりと縞模様が見えていないのだという。ということは、縞模様には別な意図があるらしいのだが、要するに私が言いたいのは、動物の目には人間が見た通りには見えていなということなのだ。鯛にとってヒラヒラは、美味しそうな小魚に映るのだろう。

 この仕掛けを40mほどの海底に落とし、ゆっくりリールを巻き上げる。10mほど巻いたらまた海底に落とす。この繰り返しだが、当たりがあっても巻き続け、竿先が大きく引き込まれたら合わせを入れる。はやる気持ちを我慢するのがこの釣りの難しいところだ。

 1時間ほど経った頃、コツン、コツンという当たりがあった。やがて竿先が海中に引き込まれた。合わせを入れると、強い引きが伝わってきた。タモを持って駆けつけたイレグイさんは、「多分、鯛でしょう」と言う。しかし、やっと姿を見せたのは嫌われ者の外道のエソだった。蒲鉾の材料くらいにしかならない。

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 鯛が釣れないまま3時間ほどが経過した。イレグイさんは「もう少しで潮が緩むので、鯛釣りはそろそろ終わりにしましょう」と言った。やはり鯛釣りは難しく、今回も空振りのようだ。私にとって残念なのは言うまでもないが、イレグイさんの心中はいかばかりか・・・。彼は、何としても私に鯛を釣らせたいと思っていたはずだ。

 残された時間はあとわずか。竿先の変化を捉えるため集中した。ゆっくりリールを巻いていると、グイッ、グイッと竿先が沈んだ。次の瞬間、竿が海中に舞い込んだ。「来た!」と叫んだ。イレグイさんがタモを持って駆け寄る。ゴンゴンという節のある引きが伝わってきた。

 40m近く巻き上げるのに長い時間がかかったように思う。海を覗き込んでいたイレグイさんが「鯛や、鯛や」と言った。私もしっかりピンク色の魚影を見た。イレグイさんがタモですくってくれたのは、30cmを超す正真正銘のブランド鯛だった。まさに最後の最後だった。

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 「あぁ、良かった」・・・。船上を跳ねる鯛を見ながら、イレグイさんがボソッとそう言ったのを聞き逃さなかった。決して多弁ではない彼だけに、私に鯛を釣らせたいという思いがその言葉に滲んでいた。私も女房をボートに乗せて釣りをするが、女房が釣ってくれる方がうれしい。船頭とはそういうものなのだ。

 大物の太刀魚を狙い、淡路島の洲本市沖に向かうと、大きな波が待ち受けていた。水深が100m近くもあるので、太刀魚の当たりが取りづらい。それでも釣り始めてすぐ、魚体の幅が指4本半の大きな太刀魚が釣れた。波に翻弄されながらの釣りだったが、クーラーには8本の良型が収まった。その何本かはイレグイさんが入れてくれたものだが・・・。

 最後に、鯛の味に触れない訳にはいかない。その晩、刺身にして食べたが、身の弾力といい、甘みといい、これはもう最高だった。大袈裟ではなく、これまで最も美味しい鯛だった。さすが、紀淡海峡の潮流に鍛えられただけはある。

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薪ストーブのメンテ、鉄板がはめられない・・・

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 このところめっきり秋らしくなり、朝の気温が10度を下回る日が多い。朝起きるとまず、薪ストーブに火を入れるのが日課である。ダウンジャケットを羽織り、暖かくなるのを待つ。

 ストーブのメンテは例年、梅雨明けごろに行うが、今年はずぼらしてつい先日行ったばかりだ。炉内を解体し、排煙口からブラシを突っ込み、下から上へとブラシを突き上げて煤を落としていく。茶碗に2、3杯ほどの煤がバラバラと落ちてきた。

 普通、煙突掃除は上からブラシを入れるが、高所恐怖症のため屋根に登ることが出来ず、下から掃除するのは苦肉の策だ。以前は女房に屋根に登ってもらっていたが、近年は「それ、男の仕事やろ」と、拒まれるようになった。

 毎年苦労するのは、炉内の煙を逃がす2枚の湾曲した鉄板を外した後、元に戻す作業だ。今年も手こずっている私を見かね、女房が手伝ってくれた。女房は「鉄板の形状を頭に入れ、全体像を把握しないといけない」と偉そうに言うが、反論できない。

 ともかく、炉内の煤をきれいに落とし、作業は完了した。言い訳がましいが、鉄板を元に戻せないのは、私の持病が原因だと思っている。ブログでも度々書いているが、私は重度の方向音痴であり、頭の中に地図とか立体図を描くことが出来ないのだ。

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 どういうことかと言うと、例えば案内板の地図を頭に入れても、角を2、3回曲がると、東西南北も左右も分からなくなってしまう。ゴルフの時もそうだ。グリーンでキャディーから右に曲がると言われても、とっさにどっちが右か分からないことがある。電車が逆に走っていると錯覚することさえある。

 女房も含めて人はこの病気を理解しようとしない。それが一番悲しい。薪ストーブの鉄板を元に戻せないのも、方向音痴という障害のため、仕組みの全体像が把握できず、どこにはめ込めばいいのか分からないのだ。

 しかし女房は、「鉄板を外す時、どちらの板が右か左か、上下がどっちかを覚えておく。それが出来ないならテープなどで目印を付けておく。方向音痴とは何の関係もない」と手厳しい。しかし方向音痴は、失敗を何度重ねても次はきっとうまくいくと確信しているのだ。厄介な病気である・・・。

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