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菊と蝶と新撰組

 生石高原に至る道には、早くもノコンギクの花が咲き始めている。私はこの花が好きだ。野菊を代表するノコンギクの花は楚々としていて、そして何より花の色がいい。紫色でも藍色でもない、空色でもない。妙に心をくすぐる色彩だ。

 この花を「ノコンギク」と書いたが、もしかしたら「ヨメナ」かもしれない。この二つの野菊は、素人が見分けるのが難しいそうだ。私にとってはどちらでもいいが、「野に咲く紺色の菊」、つまり「野紺菊」の方が情緒があっていい。

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 さて今回ブログのタイトルを「菊と蝶と新撰組」としたが、察しのいい人はその心を「浅葱(あさぎ)色」と答えるはずだ。この色を辞書で引くと、「ごく薄い藍色のこと、現代では明るい青緑をこう呼ぶこともある」と書かれていた。ノコンギクの花の色もまた、浅い藍色に近い。

 私の場合、浅葱色と言えば、真っ先に思い浮かべるのは蝶のアサギマダラだ。何度も書いているが、アサギマダラは日本列島から南西諸島、遠くは台湾まで旅する蝶である。1000㌔、2000㌔に及ぶ旅の途中、夏から秋にかけてわが山小屋にも立ち寄り、美しい姿を見せてくれる。

 山小屋の山の斜面に、アサギマダラが好むフジバカマやヒヨドリバナを植え、蝶が舞う楽園のようなものを作ろうと思い立ったのが3年前。これがそこそこ功を奏し、今年も早いうちから一度に10匹近く現れたこともある。秋が深まれば、もっと数が増えるだろう。

 アサギマダラはフジバカマなどの花に止まり、羽を広げたり閉じたりしながら蜜を吸っているが、羽を広げた時のその色は息をのむほど美しい。蝶の名前の通り、これが正真正銘の浅葱色なのだと思う。老いぼれながら、羽の浅葱色を見ると、心がとときめく。

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 さて、新撰組と浅葱色の関係だが、新撰組が着用したダンダラ模様の羽織の色もまた、浅葱色なのだ。テレビドラマなどで見る羽織は、空色が鮮やか過ぎるきらいがあるが、本当はどのような色だったのだろう。現物が残っていないのが残念だ。

 新撰組ファンのはしくれを自負している私だが、子供の頃はただ「強い」だけで新撰組のとりこになった。成長するに従い、子母沢寛の新撰組三部作をはじめ司馬遼太郎、浅田次郎、女流では木内昇などを読み漁り、戊辰戦争に敗れた隊士面々と辛苦を共にした会津藩に心を寄せるようになった。

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 それはともかく、浅葱色は日本の伝統色であり、最も人気高い色の一つとされる。ノコンギクもアサギマダラも、そして新撰組の羽織も、日本人の心に響く色彩だと思う・・・。
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台風迫り、大きな虹が出る

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台風20号が紀伊半島をうかがう23日早朝、生石高原のわが家から美しい虹が見られた。紀淡海峡の和歌浦あたりから立ち上がり、大きな弧を描いて湯浅湾に至るような大きな虹だった。

 早速カメラを持ち出し、居間に続くウッドデッキから10枚ほど撮影した。すると、ヤマガラが餌をもらえるものと勘違いし、集まってきた。大雨を予想し、お腹を満たしておきたかったからだろうか。

 この朝は、いつになく多くのツバメが宙を切り裂いて飛んでいた。ツバメが低く飛ぶと、雨になるという言い伝えを子供の頃から聞かされていた。迷信のように思っていたが、湿度が高くなると、餌となる昆虫を捕食しやすくなるらしい。

 またまたアサギマダラという蝶について・・・。わが家の敷地にはタラノ木がたくさん自生しているが、アサギマダラはタラノ木の白い花に止まって、盛んに蜜を吸っていた。このか弱い蝶は、台風の強い風をどのようにやり過ごすのだろうか・・・。

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       ↓ 虹の中をツバメが飛ぶ
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生石高原はもう秋の気配

 ここ数日、朝方は涼しいというより、寒い日が続いている。外に出て寒暖計を見ると、16・5度だった。薪ストーブに火を入れようと思ったが、ストーブの掃除をしたばかりなので思い留まった。

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 ダウンジャケットを羽織り、家内も厚手のセーターを着込むほど冷えた。愛犬ぴ~ちゃんは、いつも家内が朝食の支度を始めると、その音で起き出すのだが、この日は家内の布団に潜り込み、呼んでも出てこない。

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 これからまだまだ暑い日があるだろうが、それでも標高800m余りのここ生石高原には、秋の気配が漂い始めている。カメラを持って日課にしている高原の散歩に出かけた。

 高原に通じる道を歩いていると、アサギマダラが飛んでいるのを見つけた。蝶はやがてシシウドの白い花に止まり、羽を広げたり閉じたりしていた。わが山小屋ではここ1週間ほど姿を見かけないので、一斉に旅立ったのかと心配していた。

      ↓ ちょっと見えにくいが、中央の少し上に蝶が止まっている
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 生石高原には様々な花が咲いている。ピンクの花を咲かせるナデシコ、直立する女郎花(おみなえし)、ちょっと毒々しいコオニユリ、粋な名前の宵待ち草・・・。山野草は素朴で、なかなか味わいがある。

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お盆、子供や孫が山小屋に集合

 波が引くように、山小屋は静かになった。14日に息子夫婦と孫が大阪に帰り、15日には娘2人が東京と大阪にそれぞれ帰って行った。にぎやかだったお盆は終わり、われら夫婦に静かな山の暮らしが戻った。

 「虫がいる」「蛇が出る」「遠い」・・・。娘たちは生石高原の山小屋行きを嫌がっていたが、今年はどういう風の吹き回しか、山小屋にやって来た。最初の夜は山小屋裏のテーブルを囲み、バーベキューに興じた。

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 子供や孫を迎える側としては、みんなに喜んでもらいたいと知恵を絞るが、急ごしらえの妙案はない。翌朝、「海でボートに乗って遊んではどうか」と誘うと、「お父さんが行きたいなら、付き合ってもいいよ」と、どこか気合の入らない返事だったが、ともかく行くことにした。

 時間はすでに朝の9時半。あわてて軽トラにボートを積み、由良湾に向け、みんなより一足先に出発した。子供たちが到着するまでにボートに空気を入れ、いつでも出航できるようにしておかなければならないのだ。

 高圧電動ポンプでボートに空気を注入したが、右側から空気が漏れていた。ぺしゃんこだから、もうどうしようもない。穴が開いていたのは水面より上で、貝殻などで傷ついたものではない。修理器具を持ってきていないので、さてどうするか・・・。

 もしかしたら、ホームセンターで自転車のパンク修理の器具を売っているかもしれない。迷っている場合ではない。近隣の御坊市のホームセンタに向かった。幸い、修理器具が売っていたが、すぐに高圧の空気を入れても大丈夫なのか、不安だった。

 ともかく説明書通りに修理してみた。修理した場所がはがれてはいけないので、1時間ほど乾燥させた後、電動ポンプで空気を入れた。修理箇所に水を垂らしてみたが、空気漏れの兆候はない。これならボートが使える。大げさだが、九死に一生を得るとはこのことだ。

 ともかく、娘二人と孫を乗せ、由良湾の砂浜にボートを横付けした。ここはお盆なのに海水浴客は少なく、まるでプライベートビーチのようだ。娘たちはここに来る途中の衣料品店で水着やサンダルを買い、準備していた。娘は甥の手を取りながら、海水浴を堪能したようだ。

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 続いて、島巡りの遊覧だ。最初に息子夫婦を乗せ、由良湾の真ん中にある蟻島を一周した。この島は小さな無人島で、岩礁が変化に富んでいるため釣り人が多い。私たち夫婦が釣りをするのもこの島の周辺だが、島は磯渡しをしている人の個人所有で、余り島に近づくと怒られる。

 次は娘二人の番である。20分余り走り、蟻島の波静かな入り江でボートを止めると、末の娘がライフジャケットを着たまま派手に海に飛び込んだ。鼻に水が入ったのか、むせていた。安全のためボートのロープを手にしながら、気持ちよさそうに泳いでいた。娘は元体育会系女子で、天真爛漫である。

 孫には釣りをさせた。堤防でサビキ仕掛けを下ろすと、黒い魚影が乱舞した。外道のスズメダイだ。そのうち赤い色に見える小アジの群れが湧いてきた。孫は歓声を上げ、何匹も釣り上げた。時おりスズメダイも釣れ、強い引きに興奮していた。夏休みの日記に書くだろうか。

 孫が釣りをしている間、女房や娘たちは近くの温泉「みちしおの湯」で汗を流した。ここは海に近い温泉なので、少々、塩っ辛い。これでお盆のイベントは終わった。みな満足そうな表情をしていたので、パンク騒動で苦労しただけにホッとした。このようにして、親から子へ、子から孫へお盆の楽しみがが引き継がれていく・・・。

お盆の食卓に天然の鮎を・・・

 お盆には子供や孫が山小屋へ来る予定だ。私が勝手に思っていることだが、この季節の最高のご馳走といえば天然の鮎だろう。冷凍で保存しなければならないが、例え一人1匹でも食べさせたいと思い、有田川へ釣りに行った。

 家から20分ほどで、中流域に出る。先月末の大雨で川が濁り、まだ水は薄緑色のままだ。しかし、川が濁っていても鮎が釣れるから不思議だ。鮎は視力がいいのか、自分の縄張りの石に侵入してくる鮎を追い、ついにはオトリに付けた針に掛かるのだ。

 オトリ屋のオヤジによると、釣果は思わしくなく、瀬より流れの緩い大きな石を狙う方がましとのことだった。午前8時ごろ、オトリを付け、川の中ほどに横たわる大石に向けて送り出した。

 すると5分も経たないうちに目印が揺れ、掛かり鮎が対岸に向けて走った。竿をためて鮎を浮かし、引き抜いた。タモで受けた鮎は20㎝ほどの良型だが、石に付く珪藻がまだ十分に生育しないためか、香魚と呼ばれる鮎独特の香りはそれほどでもない。

 それから1時間半ほどの間に同じサイズが5匹釣れ、この調子で数を伸ばせば、子供たちと囲む食卓は大いににぎわうはずだ。しかし目論見は外れ、当たりがないまま1時間以上が過ぎた。仕方なく下流の瀬に移動したものの、ここでも1時間以上もボウズ状態だった。

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 そこで、朝に入ったポイントで釣りを再開した。大きな石を攻めて、ぽつりぽつりと釣れるようになった。この場所は水深があり、場所によっては胸までつかる。だから、オトリに付けた針が石に引っ掛かると、回収に行けなくなる。無理して外しに行けば、流されて溺れる危険もある(カナヅチだから)。

 そのような場合に備え、実は最近、「根掛かり外し」なる器具をネットで買った。1500円ほどだった。仕掛けの糸に器具を装着して底まで沈め、U字型の器具で針を引っ掛けて外す仕組みになっている。鮎を回収できる便利グッズである。

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 その器具の出番が来た。対岸に近い岩に根掛かりしてしまった。竿をあおったり緩めたりしたが外れない。例の器具を装着して沈め、何回かしゃくっていると外れ、オトリを回収することが出来た。外れるかどうか半信半疑だったが、うまくいった。

 何匹か釣った後、また根掛かりした。器具を糸に通して沈め、先ほどと同じように何回もしゃくってみたが外れない。そのうち、フッと軽くなった。糸が切れたのだ。もちろん、オトリの鮎は回収出来なかった。これで嫌気がさし、まだ11時過ぎだったが、釣りをやめた。釣果は型ぞろいの9匹だった。

 お盆、山小屋に集まる子供や孫は計7人。鮎は一人2匹とはいかなかったが、9匹をどう配分するか微妙だ。釣り師にとって、釣った魚を美味しいと言ってくれるのが一番うれしいが、鮎の小骨を取ったり、ちまちま食べたりするのは気に入らない。実は東京で暮らしている末の娘は、いつも鮎を頭からかぶり付く。そんな娘に3匹食べさせたいと思うが、どうだろう・・・。

夫婦は他人か?

 新聞を読んでいたら、次のような書籍広告が目に入った。本の名前は「夫婦という他人」。副タイトルは「その結婚、続けますか?」という刺激的なものだ。いかにも出版元の編集者が考えそうなタイトルで、売らんかなという底意が滲んでいる。

 著者は案の定、元NHKアナウンサー下重暁子さんで、広告では「ベストセラー作家」と持ち上げられている。下重さんと言えば以前、ブログでこき下ろしたことがある。テレビ出演していた彼女が「オレオレ詐欺には絶対騙されませんのよ」と断言したことに苦言を呈し、こういう人こそ騙されやすいと書いたのだ。

 彼女に何の恨みもないけれど、この手の婆さんは好きではない。私の母方の祖母はいつも背を丸め、ニコニコしていた。婆さんと言えば、祖母のような穏やかなイメージが出来上がっているので、下重さんを見ていると生意気盛りの少女がいきなり大人になったように映るのだ。

 そもそも、「夫婦という他人」というタイトルからして、日本人の家族観から距離を置いている。「分かち合えない」「わかり合えない」から夫婦は面白いなんて書いているが、喜びや悲しみを分かち合うのが夫婦であり、万国共通の価値観だろう。「わかり合えない」という突き放したような言い方にも、違和感を覚える。

 そして、「水くさいほうが相手が見える。結局最後は一人」とも書いている。さらに、「相手に期待するから裏切られる」というのだ。夫婦のすべてが仲がいいわけではない。怒ったり、泣きわめいたり、笑い転げたり・・・。それでも夫婦には「阿吽の呼吸」というものがあり、それが成熟すれば「味のある夫婦」となるし、そういう夫婦は私たちの周囲にもたくさんいる。

     ↓ 家族とは何かをテーマにした映画「万引き家族」
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 別の本だが、こんなことも書いている。「孤独を味わえるのは選ばれし人」「孤独を知らない人に品はない」「素敵な人はみな孤独」など風変わりな持論を展開している。それは彼女の勝手だが、上から目線で説教するのは勘弁してほしい。下重さんには夫なる人がいるらしいが、子供はいないとか。

 彼女は要するに夫婦の自立を強調しているのだが、しかし夫婦の生き方は人それぞれであり、余計なお節介である。いつもベタベタとくっついている夫婦がいいとは思わないが、それでも微笑ましいと思う。下重さんなら、フンと鼻を鳴らすかもしれない。日本には日本らしい家族観があり、「他人」や「孤独」を強調して夫婦像を語るのは、やはり歪んでいる。

 彼女には、カンヌ国際映画祭のパルムドール賞を受賞した是枝裕和監督の「万引き家族」を見てもらいたい。この映画は、赤の他人6人が同じ屋根の下に暮らす家族の物語で、婆さんの年金をあてに、足らない分は万引きで暮らしている。他人ながらも情愛が通じ合い、浪花節的な夫婦の関係も描かれている。この脚本は下重さんには絶対書けない。

 下重さんは「子はかすがいはウソ」と言い放ち、返す刀で「夫婦はわかり合えないから面白い」とのたまう。白と言えば黒といい、寒いと言えば暑いと言う。これを「あまのじゃく」と呼ぶが、これを辞書で引くと、「わざと人に逆らう言動をする人。ひねくれ者」と書いてある・・・。

火星は赤かった

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 わが家から東へ10分ほど歩くと、生石高原の小さな峠にさしかかる。この峠のピークに立つと、突然、南の空に赤い星が現れた。家内と愛犬ぴーちゃんを連れ、火星の15年ぶりの大接近を見に来たのだ。

 火星が赤いのは知っていたが、こんなに赤いのは予想外だった。7月31日のこの夜はほとんど雲はなく、空いっぱいに星が輝き、西の空には金星も青白く光っていた。

 火星といえば、タコのような火星人しか思い浮かばない。そもそも火星が楕円軌道で回っていることさえ知らなかった。考えてみれば、だから地球に最接近するのだが、大接近は15年から17年ごとに起きるそうだ。

 火星人を思い浮かべていたのは遠い昔のことだが、現代では火星探査が盛んに行われ、火星旅行も夢ではなくなった。 次に大接近するのは27年後らしい。そのころ私は、天国から赤い星を見ているだろう。

 家内に火星を見に行こうと誘った時、家内は「えーっ、今から?」と渋ったので、私は諭した。「年はとっても旺盛な好奇心が必要だ」。好奇心こそ生きる力だと思うが、どうだろう・・・

             ↓ 手ブレでそれらしく撮れた
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