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梅雨入り・・・ササユリが匂う

 きのう6月26日、近畿地方が梅雨入りした。観測史上最も遅い梅雨入りで、昨年より21日遅いという。梅雨は嫌いでない。自然の風景がしっとりと目になじむ。

 ここ生石高原では前夜から雨が降り始め、雨に打たれた森からはみるみる生気が満ちてきた。そして梅雨入りを待っていたように、山小屋の周りに自生するササユリの花が咲き始めた。

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 ササユリは、その立ち姿が美しい。俗な表現を使えば、小股がきれ上がったイイ女となる。風に揺れる様も風雅である。

 その匂いは、甘く、ちょっと切なげである。美しい女性に対する最高の誉め言葉は「匂い立つような」という形容だろう。ササユリが咲くと、私は花芯に鼻を近づけ、その匂いを嗅ぐ。たまに、赤い花粉が鼻先に付き、笑われることがある。

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 ここ何年か、ササユリの花芽が何者かに食べられてきた。花芽だけが鋭い刃物で切り取ったようになっていたのだ。最初は野鳥やリスなどを疑ってきたが、それよりもこのあたりを徘徊するニホンカモシカの仕業だと思うようになった。

 そこで今年は、ササユリが自生する30坪ほどの空間にロープを二重に張ってみた。それが功を奏したのかどうか分からないが、被害はなかった。これから7月初旬にかけ、順次、美しい花を咲かせるはずだ。

 梅雨を迎え、山小屋の周りは色彩に満ちている。ツツジやエゴ、スイカズラ、ウツギの花がほぼ終わり、紫陽花が咲き始めている。昔、家内が植えた「京鹿の子」も美しい花を咲かせた。和風の趣がある。同じ名前の和菓子もあるが、食べたことはない。

 梅雨は祇園祭の巡幸の頃まで続く。わが山小屋は連日霧に包まれ、時々、雲海が姿を現す。草木はこの時とばかりに活気づく・・・。

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蒲鉾はトト(魚)か? 野党の愚問

 「カマトト」という言葉をご存じだろうか。関西由来の言葉らしく、それ以外の土地の人には分からないかもしれない。本来は、ウブなふりをする遊女のことをそう言ったらしい。次のような解説もある。江戸時代、上方の遊女が蒲鉾を魚(とと)か?と尋ねたことに由来するらしい。知らないふりをして男心をくすぐったのだろう。

 私たちの青春時代、相手にしてくれないツンとすました女性を指し、「あいつ、カマトトや」と陰口をたたいたものである。つまり清純そうに振る舞っているが、知らない所で何をしているか分からないというモテない男の屈折したひがみである。カマトトはそんな青春時代を思い出す言葉で、久しく使ったことがなかった。

 これを思い出させてくれたのは、いわゆる「老後2000万円」問題に対する野党の反応である。改めて説明するまでもないと思うが、要するに将来の年金生活に備え、2000万円くらい貯めておかなければならないという金融庁審議会の報告である。野党は初めて聞いたかのように政権批判を強めのだ。

 まさしく、これを「カマトト」という。今更金融庁に教えてもらわなくても、国民の多くは薄々気付いていたことなのだ。それなのに、「国民に対する裏切りだ」「年金の100年安心は嘘だったのか」と騒ぎ立てた。少子化が進み、高齢者を支える働き手が少なくなれば、年金財政が苦しくなるのは自明の理である。

 野党にしてみれば、この「老後2000万円問題」は参院選を前に恰好の政権批判の口実を手に入れたことになる。2009年の総選挙では、自民党のオウンゴールもあったが、、消えた年金問題をテコに民主党が圧勝し、政権交代が実現した。自民党にしてみれば年金は鬼門であり、今回も悪夢が蘇ったことだろう。

 そもそもこの問題を政争の具にするのはおかしな話だ。国民の不安は大きいのだから不安を煽るだけなら、百害あって一利なしである。一方、麻生財務大臣が意に沿わない審議会報告書を受け取らないというのは、これはもう論外である。年金問題は国の根幹にかかわる問題だから、与野党が知恵を出し合わなければならないと思う。

 6月19日、国会で党首討論が行われ、やり取りを聞かせてもらった。立民、国民、共産が年金問題、維新が解散問題を取り上げた。各党から目を引くような提案がなかったのは残念だった。

 それよりも、国民の玉木代表が「30年後(?)には年金財政は枯渇する」と発言すると、野党議員の間から大きな拍手が沸き起こった。われわれの年金財政が枯渇することを喜ぶがごとくである。政権を批判するのはいいが、このようなことで拍手するのはいかにも狭量だと思うが、どうだろう。

アサギマダラが来た

 1週間ほど前、正確には白内障の手術をし、1泊の入院から帰った6月14日のことである。昼ご飯を食べ終え、外の様子を見るため玄関に出ると、1匹のやや小ぶりのアサギマダラが優雅に飛んでいた。

 やがてこの美しい蝶は、私の顔に触れんばかりに近づいてきた。写真に撮ろうとカメラを取りに家の中へ入ったが、戻るとすでに蝶はいなかった。きっと戻ってくると思い、玄関の椅子に腰かけ、10分ほど待ったが戻って来なかった。

 小一時間の後、再び外に出るとアサギマダラが帰ってきていた。これもやや小ぶりで、先ほどの蝶と同じに違いない。近くに置いていたカメラで10数枚の写真を撮った。

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 6月の中旬に早くも姿を見せたのは驚きだった。私のブログを検索すると、アサギマダラを記事にしたのはここ最近5年間で計15回あり、最も早い目撃は昨年の6月19日だった。大抵は7月に入ってからの目撃が一番多く、10月半ばまで飛来が続く。

 飛来した時期と目撃の時期は同じではなく、早くから来ていても見かけなかっただけの場合もあるだろう。いずれにしても、山小屋に来る時期が早まったのには、それなりの理由があると思っている。

 何年か前のNHKテレビの番組で、熊野古道沿いに暮らす老夫婦がアサギマダラを呼び寄せようと、フジバカマの苗を園芸店で買い、自分の畑に植えていた。私もこれをヒントに、アサギマダラが立ち寄ってくれる環境を作ろうと思い立ったのが3年前だった。

 手始めに、岐阜の御岳山中腹に自生していた植物を持ち帰り、山小屋のそばに植えた。この植物の花にはアサギマダラが群がり、盛んに蜜を吸っていた。葉の形や花の特徴からヒヨドリバナに間違いないと思った。このヒヨドリバナには今、ビー玉ほどの花を付け始めている。

 昨年の7月上旬、ヒヨドリバナは満開になり、10匹以上のアサギマダラが連日やって来て、花の蜜を吸った。しかも朝から夕方までここに居続けた。アサギマダラは遠く台湾あたりまで1000キロ、稀に2000キロも旅する蝶で、長旅に備えてわが家で英気を養っていたのだろう。

 昨年には、知り合いから好物とされているフジバカマの苗をもらい、移植した。今年は20株くらいに増え、秋には花を咲かせると思う。敷地にはアザミもたくさん自生しており、草刈りの際はこれだけを残すようにしている。

 四国各地には、八十八か所を巡礼するお遍路さんのために、無料で泊まれる「善根宿」がある。四国特有のお接待の一つの形である。私が目指すのは、わが山小屋に花を増やし、アサギマダラのための「善根宿」を作ろうという考えだ。長旅を続けるアサギマダラが逗留し,休息してくれればうれしい。

 なお、今年最初に見た14日以来、その後一度も姿を見ていない。花がまだ小さく、蜜が少ないからだろうか・・・。

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     ↑ ヒヨドリバナの花

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     ↑ フジバカマ

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     ↑ アザミ

白内障手術が終了・・・この世は美しい

 白内障で左目を手術したのは2週間前だった。この間、手術をしていない右目と手術した左目を交互に手で押さえ、外の景色の見え方を比べる日々を続けていた。手術した方の左目には、これまで見たこともないような美しい青空が映り、右目では空が曇り、今にも雨が降り出しそうに見えた。

 物が見えにくくなった数年前から、こんなにも世の中の色彩が濁って見えていたのかと、愕然とした。白内障は老化現象の一つであり、濁った水晶体をレンズに取り換える手術はいつごろから始まったか知らないが、昔の人は濁った景色を生涯見続け、気の毒だと思った。

 さて、いよいよ右目の手術を受ける日が来た。正直、期待と不安は半々だった。前回は経験が浅い若手医師が執刀し、手術台の上で40分以上も辛抱しなければならず、耐え難い時間だった。普通の手術なら20分ほどで終わると聞いていたので、何か不都合でもあったのかと不安にさいなまれた。

 私の不満を察知した医師は、「右目の手術はベテランの女医にやってもらいます」と言った。医師には気の毒だが、やはりその方が安心できる。ただ、メスを入れるまでの前段は彼が担当するとのことで、彼のプライドを考えればとても「イヤ」とは言えなかった。

 前回の手術では、医師の顔がぼんやり見えていたが、今回は布で覆われ、誰が何をしているか分からなかった。「麻酔しますね」という声は確かに若手医師のものだった。麻酔も女医にしてほしかったが、もはや俎板の鯉であり、どうしようもない。

 麻酔が効いてきたら、いよいよ眼球にメスが入る。私にはもう、疑心暗鬼が渦巻いている。本当に女医がメスを握っているのか、それとも布で見えないことをいいことに、若手医師が勉強のために手術をしているのか・・・。疑えばキリがない。

 手元の広辞苑で疑心暗鬼を引くと、「疑心が起こると、ありもしない恐ろしい鬼の形が見えるように、何でもないことまでも疑わしく、恐ろしく感じること」とある。私も同じ心理状態に陥り、失明するかもしれないとさえ思え、手術台から飛び降りたくなった。

 手術室に無言が続いていたが、やがて女性らしい吐息が耳元で聞こえた。約束通り女医がメスを振るっていたのだ。吐息は、妙に色っぽさがあり、場違いな不埒な感情を恥ずかしく思った。そして手術も終盤、女医は「レンズを」とスタッフに指示した。レンズを入れれば終わりである。時間を計った訳ではなかったが、前回より半分以下の20分ほどのように思えた。

 私はこの若手医師を批判しているのではない。術後、必ず病室を訪ねてくれ、状態を聞いてくれた。休診日でも診察してくれた。素直さと勤勉さに感心しているのだ。きっと将来は、患者の声をよく聴き、白内障の手術も熟練し、名医の一人になっていると思う。

 手術の翌日、診断を受けた。眼帯を外してもらうと、実に良く見えた。青空は青く、白色は雪のように白かった。いつも見ていたこの世の風景が変わった。そして医師は、気の毒そうにこうも言った。「麻酔する時、ちょっと眼球を傷つけ、内出血してパンダようになっていますが、すぐ治ります」

 病室に帰って鏡を見た。下まぶたが赤紫色になっていた。もう、ええ加減にせい・・・。

 

結界の霊力がササユリを守る

 3年前の今頃の季節だった。山小屋の周りに自生しているササユリの花芽だけが、スパッと切り取られていたのだ。これまでこのような被害はなかった。数十株はあるササユリの8割ほどが被害に遭った。

 何者の仕業だろう? 野鳥やリス、イノシシなどを疑ってみたが、裏付けるようなものは何もなかった。その頃、山道を散歩していると、イタドリやヨモギの新芽が刃物で切り取ったようになっているのを見かけた。

 その切り口がササユリとよく似ていた。この道では、たまにニホンカモシカを見かけることがあったので、犯人はカモシカかもしれなかった。山小屋の近くにもしばしば出没している。

 山小屋の裏手に自生しているササユリを食害から守るため、ロープを二重に張り巡らしてみた。その範囲は20坪か30坪くらいで、30ほどの株が花芽を付けていた。今のところ被害はないが、ロープはそれなりに効果があったのだろうか。

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 もし犯人がカモシカなら、鼻先にロープが触れれば警戒するだろうと思ったが、よく考えればカモシカの背丈なら簡単に踏み越えることが出来る高さである。ただのまじないみたいなものだった。

 しかし今後、このままササユリを守ることができたとすれば、ロープで囲った空間は宗教用語でいう「結界」である。そこにはカモシカの侵入を許さない神秘なエネルギーが満ちていたのだ。たわいのない空想だが、神秘な気分になる。

 結界は日本中にある。仏教は幕で囲み、神道はしめ縄でそれぞれ結界を作り、聖なる場所と俗なる場所を区別している。奈良の女人禁制の山上ヶ岳を歩けば、「女人結界」の石碑に出くわし、厳粛な気持ちになる。

 ネパールでトレッキングした時、小高い丘の上にロープが張られ、それがまるでしめ縄のように結界を作っていた。ヒンズー教かチベット仏教のものか分からなかったが、日本人の心情と通じるものがあり、親しみを感じて写真に何枚も収めた。

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白内障手術・・・でも視界不良

 どうやら、少々はしゃぎ過ぎたようだ--。5月30日に受けた左目の白内障手術の直後、窓から見た向かいのビルの壁が余りにも白く、感動したのだ。手術をしていない右目で同じビルを見ると、黄色く薄汚れて見えたから、一層感動したのだ。

 しかし一夜明けると、どうも見え方が変なのだ。外の景色を見ると、確かに白色はきれいに見えたが、輪郭がぼやけているのだ。医師は、遠くが良く見えるレンズを入れると言っていたので、これでは話が違う。なぜだろう・・・。

 手術翌日のこの日は土曜日で病院は休みだが、担当医から念のため診断するので来院してほしいと言われた。休診日に診療すると言うので、仕事熱心な医者だなぁと感心した。

 しかし同時に、疑念も抱いた。白内障の手術は普通20分、熟練医は10分程度と聞いていたが、私の場合は40分以上もかかっていた。医師は若く、経験不足は本人も認めていた。手術に手間取り、何か不都合があったのだろうか。

 私が手術を受けた日の患者は計5人だったが、休診の土曜日に診察を受けたのは私一人だけだった。悪く言えば、医師に何か心配な点、あるいは後ろめたいものがあったと思うのが普通だろう。

 その休診日、病院内はガランとしていた。看護婦もいない診療室で医師と向き合った。なぜ遠くが見えないのか、医師の見解を聞いた。医師は「眼内レンズが後ろか前に少しずれているかもしれませんね。中にはこんなケースもあります」と言った。

 視力検査をすると、適正なレンズでは1・0程度見えた。医師は「それでいいじゃないですか。白色もきれいに見えているから、手術の効果は出ていますよね」と言った。おいおい、冗談じゃない。メガネをかけなくても遠くが見えると言っていたじゃないか。

 私は新聞記者時代、司法を担当していたことがあり、数は少ないが医療過誤の訴訟も取材したことがある。現代とは違い、何十年もの昔、医師側の鉄壁を崩すのは容易ではなかった。最大の問題は、医療行為とその結果の因果関係を立証することの困難さだ。

 だから今回の場合、仮に医師側にミスがあったとしても、私はミスを認めさせよういう追及はしない。医師がミスを認めるはずがないからだ。作戦を変え、年金生活者の困窮と、手術台に乗った時の恐怖を訴えることにしたのだ。

 日曜日をはさんだ月曜にも診察を受けた。その際、これから行う右目の手術をキャンセルしたいと申し出た。目を開けたまま、40分以上も水晶体を取り出す不気味な音を聞き続けるのは耐え難いというのがキャンセルの第一の理由である。

 第二は、費用対効果が得られないという理由だ。入院費を込みで片目だけで4万円以上かかり、年金生活者にはきついのだ。また同じ効果しか得られないのであれば、手術を受ける意味がない。「我慢して生きていきます」と訴えた。

 これは私の深謀遠慮である。この病院の眼科の医師はベテランの女医と、私を担当した若い医師の2人しかいない。私の本音は腕が立つ女医に右目を執刀してもらいたいのだが、それを言えば若手医師のプライドを傷つけてしまう。

 詳しいやり取りは省くが、ついに若手医師は「女医さんに執刀してもらえるよう頼んでみます。私は助手に回ります」と言ってくれた。右目の手術は10日後の予定だが、若手医師には悪いが、ひと安心である。医師育成のための実験台になるほど、私は優しい人間ではない・・・。

 

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