森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

ネパールの旅・・・混沌の町に魅せられて

 ネパールの旅は、あとわずかを残すだけになった。無性に寂しい。旅をする者の一時の感傷かもしれないが、この国には人の心をわしづかみにする何かがある・・・。

 首都カトマンズは混沌とした町だった。多くの人種と言語が混在し、宗教はヒンズー教徒が圧倒的だが、キリスト教やイスラム教の人たちもいる。人々の多くは貧しく、信仰とともに心静かに暮らしているように見えた。街に寝そべる犬の額にもビンディーという赤い印が施されている。敬虔な信仰の町なのだ。

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 反面、喧騒の町でもあった。日がな車やバイクの騒音がけたたましい。道路を横断するのは命がけである。バスはほとんどが満員で、助手の青年が大声で客を引く。土埃が舞い上がり、トイレなども不衛生である。観光地では土産物を売る人が付きまとい、「チャイナは偉そうにしている。日本人が好き」などとお世辞を言う。

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 余談になるが、私の郷里に「鮒寿司」という食べ物がある。琵琶湖でとれるニゴロブナを塩漬けにし、ご飯にまぶして発酵させるなれ寿司の一種である。匂いがきつく、ひと口食べて吐き出す人もいる。しかしこれは、日本三大珍味の一つに数えられ、一度食べたらクセになる。例えは適当でないが、ネパールはそういう国である。

 カトマンズは「人の数より、神が多い」と言われるそうだ。ヒンズー教やチベット仏教の寺院、それらにまつわる彫像などをいたる所で見かけた。スワヤンブナートという丘の上にも行った。ネパール最古の仏教寺院で、ストゥーパという白い仏塔があり、マニ車を回しながら周回し、祈る。

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 ボダナートのストゥーパも見に行った。こちらはネパール最大で、高さが36m。塔の中心にはブッダの骨が入っている。周囲に取り付けてあるマニ車を回しながらお参りする。時間があったので、健康長寿と金運を願って3回も回った。

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 ネパールは王政の国だったが、2008年、毛沢東派が議会第一党となり、王政が廃止された。ギャネンドラ国王は王宮を退去したが、今回の旅では何か所もの王宮を見学した。多くが世界文化遺産に登録されている。建物は東洋的な美が詰まっており、神秘的な彫刻も施されていて素晴らしかった。

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 ダルバール広場の寺院にも行った。これも世界文化遺産だ。ぶらぶらしていると、笛や太鼓のにぎやかな演奏が聞こえ、行列がやって来た。先頭は、江戸の火消しのまといのようなものを振っている。続いて、着飾った女性たちが二台の駕籠を曳いている。

 駕籠に乗っているのは、77歳を迎えたお年寄りの夫婦である。ネパールで77歳といえば大変な長寿であり、子供や孫たちがこのようにしてお祝いをする。行列に出くわすのはまことにラッキーらしい。

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 この寺院の一角にある「クマリの館」に行った。クマリとは生き神であり、歴代の国王もひざまずいてきた。その由来は謎だそうだ。クマリはヒンズー教の生き神だが、なぜか仏教徒から選ばれる。選ばれる条件は厳しく、まずは初潮前の少女で、怪我や病気の跡がないこと、利発であること。

 クマリは両親から引き離され、館で厳しい教育を受け、学校にも行かず生活する。初潮があったり、怪我をして血を流せば、その時点で普通の少女に戻る。町の邪気を払う巡行の時にしか顔を見られないが、時々、信者のために館の窓から顔を見せることがあると言う。ただ、写真を撮ることは固く禁じられている。

 夕暮れ時、館の中庭に入ると、二階の窓際に目つきの鋭い僧侶が二人、観光客を見下ろしていた。ひょっとしたら、クマリが現れるのかと思った。やがてこの僧侶はカメラを持つ人たちに、撮影禁止の仕草をした。

 息詰まるような時間が流れた。二階の窓に、盛装したクマリが姿を見せたのだ。そして手すりに両手を置き、信者や観光客を見下ろした後、顎をツンと上に向けたかと思うと、館の暗闇に姿を消した。この間、10秒くらい。キリッとした顔立ちだった。

 「あぁ・・・」。人々の間から何とも言えないため息が漏れた。私の隣にいた東洋人は涙を溢れさせていた。私も目がしらが熱くなった。不思議な感動とともに、7日間の旅を終えた。

          ↓ クマリの館とクマリ
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                                                     (終わり)
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   08:28 | Comment:4 | Trackback:0 | Top
 
 
Comment
 
ネパール旅行記、楽しませていただきました。読んでいてひまじんさんは、私の中のとても大切な部分をわかってくれる方だということを実感しました。私もネパールやインドの混沌さの虜になった1人で、その気持ちが今でも私の一番深いところにあります。
山の写真はとてもきれいですねー 私もまた行きたくなりました。
ボーダナートにも行かれたんですね。あそこのすぐ近くに住んでいて、あそこは私の娘たちの毎日の遊び場でもあったんですよ。町の様子も写真からすると、あまり昔と変わっていないようですね。ああいう魚屋さんや八百屋さんもまだ健在だったんですね。写真の多くはどこで撮ったものかがはっきりわかり、本当に懐かしいです。
今度はぜひ、長期滞在して、トレッキングを楽しんできてください。10日間ぐらい電気もなく、車もない生活、ひまじんさんのお気に入ること間違いなしです。ところで、旅行中、病気なさらずに済んだんですか? 昔はたいてい誰でも病気(下痢)になったものですが。
 2014.11.08 (土) 02:37 [Edit]
  [URL] #-
     ボーダさんへ

 やっと分かりました。
ボーダさんの名前の由来です。
巨大なストゥーパのあるボーダナートからきているのですね。
 生活の場、お子さんの遊び場、思い入れの強い町。
いかにボーダさんが、カトマンズにこだわっているか、名前一つとっても分かります。
 当ブログの紀行文にお付き合いいただき、有難うごじました。
 下痢も腹痛もまったくありませんでした。
水には気を付けていましたが、それでもネパールの水が私たちに合っていたのでしょうか。
その相性の良さに、また背中を押されてしまいそうです。
 2014.11.08 (土) 17:53 [Edit]
 てんママ [URL] #7kD13P3.
おかえりなさいませ。
ネパール行った事はないですが、
私も同行させていただいてる気持ちで拝見しました。
クマリは知っていまして、興味があったので
姿を目にする事が出来た事が羨ましく、
きっとひまじんさんは姿を見る事が運命だったのだろうなと感じました。
クマリの由来が謎であるのに、
長い間、これからも崇拝されるのも魅力ですね。

遠方へのご旅行のあとですので
奥様と共に、体調お気を付けてお過ごしください。
 2014.11.10 (月) 21:34 [Edit]
  [URL] #-
     てんママ さんへ

 無事帰って来ました。有難うございます。
クマリが突然現れ、びっくりしました。
少女が親から離れ、館で暮らすのはかわいそうと思ってしまいます。
でも、ヒンズーの伝統と文化の前では、個人の人権は超越してしまうのでしょうね。
ネパールでは、さまざまなカルチャーショックを受けました。
 2014.11.11 (火) 18:34 [Edit]






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