森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

高倉健さん、どうぞ安らかに・・・

 高倉健さんが亡くなった。83歳だった。昨日、テレビのテロップに訃報が流れ、大きな衝撃を受けた。健さんの映画は、私が大学時代を過ごした1960年代を思い出させてくれる。それは、怠惰で倦怠感に満ちた時代だった。

 当時の映画館は、スナックやホルモン焼き、パチンコ店などが散在する猥雑な街の一角にあった。裏道に少し入れば文化アパートが軒を連ね、ホステスが多く住んいてた。彼女たちとすれ違うと、いい匂いが鼻孔をくすぐり、田舎者の私には刺激的だった。

 映画館はオールナイトで営業しており、記憶は定かでないが、5本立て100円か150円くらいではなかったかと思う。おもに観たのは任侠映画である。もちろん健さん主演の「網走番外地」、「日本侠客伝」、そして「昭和残侠伝」の各シリーズである。館内は煙草の煙が立ち込め、スクリーンの下を大きなネズミが走っていたのを覚えている。

 ヤクザシリーズの健さんの目は純粋だった。あの目元がたまらなかった。そして、ドスで相手を追い詰めた時の鋭い目には不思議な興奮を覚えた。自分も侠客になったような余韻を引きずりながら下宿に帰り、煎餅蒲団で眠った。思えばあの時代、朝まで映画を観て、気分次第で講義を受ける怠惰な生活を送っていた。

 「純粋と暴力」・・・。これは、あの時代独特の風景だったように思う。学生運動、ベトナム反戦、三島由紀夫の割腹、ビートルズ、ヒッピー。これらと健さんの任侠映画は、どこかでつながっていたのかもしれない。

 時代は高度成長時代を迎え、やがてバブル経済、その崩壊の道を辿る。健さんの映画は1970年代以降、「幸福の黄色いハンカチ」「八甲田山」「南極物語」「鉄道員」が作られた。これらはすべて観たが、健さんの視線は時代とともに柔和になって行ったと思う。年齢や役柄もあったと思うが、果たしてそれだけだろうか。

 健さんの冥福を祈りながら、思い出を書かせてもらった。安らかに・・・。

 
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