森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

大文字山を越えて・・・皿うどん

 なぜ山に登るのか・・・。英国の登山家マロリーはかつて、「そこに山があるから」と面倒くさそうに答えた。山を歩くこと自体に喜びを感じる人もいるが、私の場合は、馬の鼻先にぶら下げる人参のようなものが欲しい。

 と言う訳で、今回の山歩きの楽しみは、下山して「皿うどん」を食べることである。

 朝9時前、JR大津駅で電車に乗り、次の山科駅で降りた。閑静な住宅街の坂道を登り、20分ほどで天台宗毘沙門堂に着いた。ここを左に行くと大文字山だ。例年8月16日に行われる五山の送り火では、左大文字が赤々と燃え上がる。

 この山には、毎年のように登っている。標高は460mほどだから、手軽なハイキングコースと言ってよい。谷川に沿って杉林の中を歩く。1時間ほど行けば、如意が獄との分岐点。左に曲がり、急斜面を登ると大文字山への尾根に出る。

 コナラやリョウブの雑木林を歩いた。登山道のすぐ右側では、道路を建設中だった。どこからどこへ通じるのだろう。必要な道かもしれないが、東山三十六峰の景観を壊すのではないかと心配になった。

 登山道には所々雪が残っていおり、少しぬかるんでいた。山科駅から2時間ほどで頂上に着いた。いつもなら何人かの登山者がいるが、今日は誰もいなかった。曇り空から時折晴れ間がのぞき、眼下の古都を照らし出していた。

 ふと、前日観に行った黒澤明監督の映画「羅生門」を思い浮かべた。作品に登場する羅生門は建物の半分が焼け落ち、飢饉や疫病で荒廃した都の象徴のように映し出されていた。羅生門は都の内と外を区切る門だったようだが、目の前に広がる古都のどのあたり門があったのだろう・・・。

 しばし、そんな空想にふけった。汗が引き、寒くなってきたので下山することにした。15分ほど下ると、「大」の文字に配列された火床が現れた。ここに薪が積み上げられ、火が付けられる。送り火の夜には、巨大な大文字が夜空を焦がすのだ。

 急な坂を下り、銀閣寺に下山した。門前の通りは思っていたより観光客が少なく、人力車をひく若者は手持ち無沙汰のようだった。ここから今出川通りを西へ15分ほど行くと、目的の店がある。皿うどんと長崎ちゃんぽんの専門店「まつお」である。無性にこの店の皿うどんが食べたくなり、わざわざ大文字山を越えてやって来た。

 この店を初めて訪れたのは、もう20年以上前である。それ以来夫婦で時々食べに来た。最初のころ厨房に立っていたのは年配のご主人だったが、何年か前に若い人に代わっていた。息子ではなく、どうやら縁者のようだった。

 元のご主人が作る皿うどんは、あんかけの具は山盛りで、程よい塩味が絶妙だった。しかし代が変わると、微妙に味が変わった。作り手が変われば味も変わるのは当然だろう。山越えした後の胃袋には格別の味だった・・・。

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