森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

美しく柿を採る・・・

IMG_8257.jpg

 ここ生石高原の中腹で田舎暮らしをしているご夫婦から、吊るし柿用の柿採りに誘われた。夫婦が懇意にしている農家から許しを得ていると言う。渋くて舌が曲がりそうな本格的な渋柿ではなく、少し熟せば甘くなる種類だ。

 実は、高原の山頂近くにあるわが家では、良い吊るし柿が作れない。寒暖の差が柿を甘くするとも言われるが、その条件をクリアしている代わり、ここは霧に包まれる日が多く、青いカビが生えてしまう。何年も吊るし柿を作り続けたが、失敗ばかりだった。

 以前、信州で暮らすブログの友人から手作りの吊るし柿を送ってもらったが、高級和菓子といってもいいほどの美味しさだった。わが家のものとは似て非なるもので、それ以来、アホらしくなって吊るし柿作りをやめてしまった。

 しかし今年、知人から柿採りを誘われ、リベンジするこにした。何も新しい方法を考えた訳ではなく、近いうちに大津の自宅に持ち帰り、琵琶湖を渡る冷たい風に晒し、干し直すことにしたのだ。

 さて柿採りの当日は、雲ひとつない秋晴れである。女房は一足早く軽トラで出かけ、私は歩いて中腹の畑に向かった。1時間半後に着くと、すでに柿採りは終わっており、ちょっと気まずかった。コンテナ一杯の柿を軽トラに積むのを手伝っただけである。

 女房は夜なべして柿の皮むいた。私は見ていただけだが、軒下の高い所に吊るしたのは私である。吊るしたのは全部で115個。うまく出来たら、娘や孫に送ってやろうと思う。

 余談になるが、柿採りに誘ってくれた奥さんの話によると、農家の人から「美しく採って下さい」と言われ、ドキッとしたらしい。「ええ、それはもうちゃんと採らせてもらいます」と答えたところ、「いえ、全部採ってもらっていいんです」という予想外の返事だった。 つまり「美しく採る」とは、全部採るという意味なのだ。

 実は方言で苦い経験がある。北陸の片田舎から都会の大学へ進学した時、同級生に「いかい」という言葉をよく使った。「あいつは体がいかいなぁ」「あのビルはいかいなぁ」という時の「いかい」であり、大きいという意味である。そんな時、同級生は返事に困っていた。

 「いかい」は私の郷里にしか通じない方言だと思い、目から火が出るほど恥ずかしかった。田舎者と思われないよう、私はそれ以来、禁句にしてきた。一度だけ百貨店で、田舎の姉と話していてつい口にし、女房から「恥ずかしいので使わないで」と注意され、いたく傷付いたことがある。

 このブログを書いていて、ネットで「いかい」という方言を調べてみた。すると、静岡、山口でも同じように使われていると書かれていた。私が紅顔の美少年だった頃、恥ずかしい思いをしたことが今になって晴れたのだ。なぜか、仇を討った気分である・・・。
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   11:54 | Comment:6 | Trackback:0 | Top
 
 
Comment
 
 亀丸 [URL] #-
信州のブログ仲間からの干し柿、アガタさんの干し柿ですね。
ひまじん師匠のボートでご相伴にあずかり、あまりにも美味しかったので、今でも覚えています。

それにしても、紅顔の美少年だった師匠を一目見てみたいですね。(笑)
 2015.10.22 (木) 14:31 [Edit]
  [URL] #-
    亀丸さんへ

 そうです。アガタ・リョウさんです。
干し柿には白い粉がふいていて、絶品でした。
あのような吊るし柿はどうしても出来ません。
やはり信州の気候風土でしょうね。
 紅顔の美少年ね。
本当にそうだったんですが・・・。
やはり私の顔からは想像できないのですね。
 2015.10.22 (木) 18:51 [Edit]
 イレグイ号 [URL] #-
予備校時代、串本出身の浪人仲間が自習室でいきなり、「あ~タッテキタ~」って突然叫びました。どこが立ってきたのか・・・。こいつも浪人生活のストレスでとうとうおかしくなったかと思ったら、南紀方面で「飽きてきた」っていう意味だったそうです。


方言というのは京都で使われていた言葉が何百年を経て同心円状に広がっていった結果だという研究結果があるそうです。北陸と静岡、山口というのはまさしく京都から同心円状に広がっていった証かもしれませんね。
遠い昔、「イカイ」といいう言葉も京都で普通に使われていたトレンド言葉だったのかもしれませんよ。
 2015.10.22 (木) 22:42 [Edit]
 てんママ [URL] #7kD13P3.
干し柿が並んでいる光景を久しぶりにみました。
私の実家は田舎でして、幼少時はこんな光景を
あちこちで見た記憶が久しぶりに蘇ってきました^^
両親はおいしいおいしいとよく食べていたなぁ。
懐かしい~!

紅顔の美少年だった頃のひまじんさんを
見てみたかったです~^^
 2015.10.23 (金) 16:10 [Edit]
  [URL] #-
    イレグイ号 さんへ

 都から同心円で広がっていったというのは納得です。
静岡、山口、北陸は同心円の範囲に入りますね。
 昔の記憶で曖昧かもしれませんが、松本清張の小説「砂の器」には方言にまつわる話が出てきます。島根県の亀田という町では、東北のずーずー弁が使われていたと言うのです。詳しいことは忘れましたが、何十年もどうして島根でずーずー弁なのか、胸のつかえとして記憶に残っています。
 2015.10.24 (土) 18:39 [Edit]
  [URL] #-
    てんママさんへ

 私も干し柿は、郷里の田舎を思い出させてくれます。
昔のことですから、柿の品種改良は進んでおらず、渋柿と甘い柿の中間のようなものがありました。
 当たりが悪いと、ものすごく渋い柿をかじってしまい、ぺっ、ぺっと吐いたものです。
 渋くて顔が歪みましたが、それでも美少年でした。すみません・・・。
 2015.10.24 (土) 18:45 [Edit]






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