森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

小説「よこまち余話」・・・夢幻の世界へいざなう

IMG_9100.jpg
 
「木内昇」という小説家の名前を目にした時、てっきり男性の作家だと思った。小、中学生の頃、同じ集落の「昇」君と毎日のように遊んだし、昭和40年代、元ヤクザで俳優の安藤昇の映画をよく観ていたので、「昇」という名前が男性のものと思い込んのはごく自然のことだった。

 「昇」は「のぼる」ではなく、「のぼり」と読む。本名なのか、ペンネームなのか知らない。2011年、「漂砂のうたう」で直木賞を受賞した49歳の実力派である。私が読んだ彼女の作品は、「櫛挽き道守」、「新選組幕末の青嵐」、「笑い三年、泣き三月」、そして今回の「よこまち余話」だけだが、どれも日本の懐かしい時代を穏やかな筆致で描いている。

 「よこまち余話」は17編の小話で構成されているが、それらをつなぎあわせると、1編の長編小説になっている。作品は、彼女独特の言葉を転がしながら、淡々と物語を進める。読み終えると、じわーっとした味が沁み出してくる。スルメのようである。最近読んだ本では秀逸だったので、紹介してみたくなった。

 小説の舞台は、多分、江戸時代の雰囲気を残す東京の下町だろう。時代は、明治の終わりか大正かもしれない。何もかも輪郭がはっきりしない、と言うより、意図的にはっきりさせない作品だ。物語は、路地に軒を連ねる長屋を舞台に進む。主人公は次第に分かってくるが、魚屋の次男坊の浩三である。

 もう一人の主人公は、この長屋でお針子をしている駒江という女性で、年のころは三十半ば。ここに、長屋の隣に暮らす老婆トメさんが入り浸り、火鉢の前で体を丸め、日がなぶつぶつとつぶやいている。部屋の棚には、たった一冊、本が立てかけてある。室町時代、能を完成させた世阿弥の「花伝書」だ。この小説のバックボーンこそ、能である。

IMG_9099.jpg

 浩三は地面にはり付くように現れる亡霊と会話し、兄の浩一はありもしない丸窓の向こうに人影を見る。さらに浩三は、天神さんの薪能でこの世ではあり得ない奇妙な体験をしたし、そもそも駒江の家に入り浸っていたトメさんは最初からいなかったことを知らされる。ついには、母親のように慕っていた駒江までも姿を消した。

 トメさんも駒江も、そのほかの人物も、浩一が生きた時代に蘇った亡霊だったのだろう。浩一は旧制中学に進学し、先輩の遠野君と知り合い、彼を駒江に紹介したところ、駒江は初対面のはずなのに、とても驚いた様子だった。遠野君は駒江の死んだご主人の若かりし頃の姿であり、遠野君が浩一に引き合わせた恋人の少女は、駒江その人の昔の姿だったのだろう。

 ややこしい話だが、死んだはずの人物が登場するかと思えば、現代の人物が過去の世界に入っていく。まさに、能の世界である。能にはしばしば亡霊が登場し、その人物の嘆きや怒り、悲しみを語り、幽玄の世界にいざなう。おおむね、能の前半は現実の物語で、後半は死者の世界が演じられる。

 これは、現代のコンピュータによって作り出された「バーチャルリアリティ」の世界に似ている。観阿弥・世阿弥の父子は、1600年も前の室町時代、5・5m四方の能舞台にバーチャルの世界を作り出し、舞台芸術として完成させたのだから凄いと思う。私も能楽愛好家の端くれとして、時空を超えた不思議な、幽玄の世界に陶酔するのだ。

 人生は、ふと、夢の中にあると思うことがある。この本を読んで、一層そんな思いを強くした・・・。
スポンサーサイト
   06:36 | Comment:2 | Trackback:0 | Top
 
 
Comment
 
 イレグイ号 [URL] #-
「花伝書」、僕も1週間ほど前に古本屋で手に入れました。
ひまじんさんのブログと梅原毅の本を読んで、ぜひとも読んでみたいと思っていました。
休日出勤の日に途中下車して必ず寄る古本屋があるのですが、出勤前に寄ったときには気が付かず、なんとなく帰り道にも寄ってみたところ目に留まって購入することができました。
これも何ものかの導きだったのかもしれないと思いました。
難解な感じなのでどれだけ自分のものになるかはわかりませんが、チャレンジしようと思います。
 2016.06.05 (日) 08:44 [Edit]
  [URL] #-
    イレグイ号さんへ

 「花伝書」をよく見つけましたね。
確かに、何かの導きかもしれませんね。
私の場合は、読んでいる本に飽きたら、ぺらぺらめくる程度で、一気に読んだことはありません。
難解だからです。
3回くら読めば、少しくらい理解できるかもしれません。
あの時代に、観阿弥・世阿弥の天才親子が存在したこと自体、驚きです。

 
 2016.06.06 (月) 15:57 [Edit]






(編集・削除用)

 

管理者にだけ表示を許可
 
 
Trackback
 
http://yoko87.blog74.fc2.com/tb.php/1146-b170f838
 
 
カレンダー
 
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
 
月別アーカイブ
 
 
カテゴリー
 
 
ブログ内検索
 
 
全記事表示リンク
 
 
 
訪問者数
 
 
ランキング参加中!
 
 
リンク
 
 
PR
 
 
PR
 
 
PR