無骨にも美がある・・・薪作り

 自分の欲深さに、多少の後ろめたさを感じる。毎度のことで恐縮だが、薪集めのことである。私たち夫婦が暮らす生石高原の別荘地では、道路を覆う樹木の伐採が進んでおり、作業はわが山小屋の前に到達している。

 目の前で、薪として申し分ない樹木が伐採されると、もう、居ても立ってもいられない。他の伐採現場で、すでに軽トラ4台分の木を集め、山小屋に運び上げているのに、もっと欲しいのだ。

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 前々回のブログで、、「金持ちはケチ」という古今の定理を持ち出し、私自身の薪集めの強欲さを書いた。多少自虐的だが、私のように大量の薪を貯め込めば貯め込むほど、目の前に転がる樹木がたとえ細くても、こっそり拾い上げる習性がある。薪ストーブ愛好家の性と言ってよい。

 山小屋前で集めた樹木は軽トラ2台分。これまでの分と合わせると6台分になる。これだけあれば、厳冬期でも1か月分の燃料となる。灯油に換算すればいくらになるか分からないが、そんなことより、薪をケチケチすることなく、豪勢に紅蓮(ぐれん)の炎を楽しむことができるのだ。

 そこで次は、木を薪の長さに切らなければならない。これまでは木の株を土台にして木を載せ、チェンソーで切っていたが、これでは何となく安定が悪く、危険でもある。山間部の民家では、杭をX字のように打ち込み、木を渡すような土台を作っているのを見かける。

 しかしこれでは移動することが出来ない。そこで、かねてから温めていた腹案を具現化することにした。この春、杉の木が風で根こそぎ倒れ、これを利用することにした。まず、長さ50センチほどの丸太を四つ切った。今回も、真っ直ぐ切れないのは、三半規管がおかしいからである。

 丸太を廃材でつなぎ、左右対称の土台を完成させた。一番大切なのは、高さである。中腰でチェンソーを使うのが、最も腰に負担がかかるので、適度な高さにした。そして一番上の丸太にV字の切れ込みを入れ、渡した木が動かないようにした。

 女房が私の作業を見に来た。開口一番、「孫のおもちゃか?」。夫婦と言えども礼儀あり・・・である。心血を注いだ作品に何という失礼な言い方だろう。確かに、木は真っ直ぐ切れていないし、つないでいる廃材は斜めになっている。無骨といえば無骨だが、蹴ってもビクともしない。

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 チェンソーを使う薪作りには危険が潜んでいる。木がしっかり固定されることが大事だ。今回の作品は重さがあり、安定感がある。「機能美」とい言葉があるように、この作品には機能性がかもし出す「美」があると思うが、どうだろうか・・・。

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コメント

いいじゃないですか~。
まさしく柳宗悦の心境ですね~。

これは奥様にも絶対わかってほしいですね~。

    イレグイさんへ

 私の作品は、日本の民芸品の素朴さに通じていますよね。
褒めていただき、ありがとうございます。
ただ、生木を使ったので、とても重く、閉口しています。
 女房はチェンソーなど使ったことがなく、この台の値打ちがわからないのだと思います。
形、便利さに満足しています。
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