森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

エジプト・・・ピラミッドは想像を絶した

 エジプト旅行記の最終章は念願だったピラミッドの見学で締めくくりたいが、その前に余り愉快ではない話から始めたいと思う。

 砂漠の中にそびえるギザのピラミッド群を見上げながら、ぶらぶら歩いていた。石をまたいで通路に戻ろうとすると、首から身分証明書のようなものをぶら下げた肥満男が近づいてきて、「そこを歩いてはいけない」と身振り、手振りで先に進むよう促した。

 ここのスタッフと思い、仕方なく前に進むと、男はまた近寄ってきて自分を指差して「ナゴヤ、ナゴヤ」と言った。どうやら、名古屋に行ったことがあると言いたかったようで、盛んに握手を求めた。余りにしつこいので、男を不審に思うようになった。

 すると今度は別の男がやって来て、私からカメラを取り上げると肥満男とのツーショット写真を撮った。私は男から無理やりカメラを取り上げ、ツアーの仲間がいる場所に戻ろうとしたが、「チップ、チップ」と言って執拗についてきた。

 私は相手にせず、ツアー仲間の所に戻った。ここには現地ガイドや添乗員もいたので、男たちは諦めて姿を消した。実は、われらにはツアーポリスが同行していたが、その時は姿が見えなかった。ポリスは政府が派遣した私服の警察官だ。
    
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   ↑ 周囲に目を光らる私服のツアーポリスだが・・・
 
 別の場所では、同じツアーの年配の女性がアラブ人からこれまた「チップ」を取られそうになっていた。男は頼まれもしないのに砂漠の砂をすくってきて押し付け、チップを執拗に要求したのだ。気丈な女性は撃退したので良かった。

 ガイドの話によると、ラクダを引く男たちが一番悪質らしい。10ドルほどでラクダに乗せるが、砂漠の遠くまで行き、帰るならもっと金を出せと吹っかけるそうだ。ネックレスや絵葉書を売る男たちもしつこく付きまとう。途上国の観光地に何度か行ったことがあるが、これほどひどい物売りはいなかった。

 今思えば、ツアーポリスは物売りとグルかもしれない。物売りがたくさんいる所に肝心なポリスがいないのだ。政府にすれば、トラブルが多いという理由でツアー会社にポリスを雇わせる。雇用が生まれ、確実な収入源になるのだ。ポリスも物売りも同じエジプト人なので、そこは持ちつ持たれつの関係だろう。

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 文句はこれくらいにして、いよいよピラミッドへの大接近である。ピラミッドは遠くから見るより、近寄って見上げて初めて巨大さが分かる。まずはギザ三大ピラミッドで最大のクフ王のピラミッド。底辺の長さが230メートル、高さは138・8m。頂上部分が崩れているので、本来は146・6mあった。崩れた頂上に避雷針が立っていた。

 ピラミッドに使われた石は石灰岩で、1個平均2・5トン、全部で300万個が積み上げられたという。紀元前2000数百年ごろの建造だ。当初はピラミッドの表面に化粧石が施され、すべすべしていたが、今はそれらが崩落し、底辺の部分に残されているだけだ。

 これだけの石をどうして積み上げたのか。傾斜した道を作って運び上げ、徐々に道を延ばして高度を上げていくのだ。完成まで2、30年かかったらしい。この途方もなく大きなピラミッドを目の当たりに、ただ「おお」という感嘆の声を上げるのが精一杯だった。その存在感は想像をはるかに超えていた。

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      ↑ 基部に残っている化粧石。すべすべしていた

 このピラミッドの中にチケットを買って入った。入場制限があるらしいが、すんなり入れた。入場制限を強調するのもエジプト人のはったりだろう。入り口は底辺から5、6mほど上にある穴まで巨石を越えて行かねばならない。手で石を触り、ピラミッドの大きさを実感することが出来た。

 内部に設けられた通路は人がすれ違うのがやっとの狭さで、しかも急傾斜だ。石の天井が低いので、かなり腰をかがめても頭をぶつけてしまう。最後の急な階段を登ると、20畳か30畳ほどの空間があり、ここが棺を納めた「王の間」である。天井が高く、石棺が一つ置かれただけの殺風景な場所だ。ここへ来るまでに、汗びっしょりになった。

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     ↑ 黒くなった穴から内部に入る

クフ王通路
     ↑ 内部の構造

 次はバスに乗ってギザ三大ピラミッドが一望できる場所に行った。カフラー王のピラミッドは、父クフ王のピラミッドよりも少しだけ低く、頂上部分に化粧石が残っている。化粧石は自然に剥がれたのではなく、カイロ市街の舗装用に使われたと聞いた。棺が納められた王の間は、ピラミッドの基部にあったらしい。

 このピラミッドの右にある小ぶりなピラミッドが、クフ王の孫にあたるメンカウラー王のピラミッドだ。他のピラミッドの半分ほどの大きさだ。財政難で縮小されたらしい。19世紀、ここから発見された棺は船で大英博物館に運ばれたが、転覆して海に消えた。ツタンカーメンの墓の発掘に関わった多くの人が死んだと言われるが、どちらも墓を掘り返したため呪わたという風説が流れた。

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       ↑ カフラー王のピラミッド

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 人間の頭とライオンの胴体をくっつけたスフィンクスは、カフラー王のピラミッドの守り神だ。紀元前2500年ごろ、ピラミッドと同時期に作られたらしい。日本の神社の狛犬のようなものだろう。全長73・5m、高さ20m。この世界最大の彫刻の前には大勢の観光客がいたが、不思議と物売りの姿は見られなかった。

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 スフィンクスでこの日の見学が終わった。夜はオプショナルツアーになっており、ナイル川をクルーズしながらディナーを楽しむ。料金は一人9000円。アフリカ大陸を二分するナイル川、しかもここから人類最古の文明が起きた。世界に冠たるナイルのクルーズは土産話にもなる。ただし、川は相当汚染していた。

 100人以上は入れるフロアで、ショーが始まった。まずはフランクシナトラのような甘い歌声が流れる。映画007シリーズに出てくるようなシチュエーション。ジェームズボンドが、妖しく美しい女性から色目を使われているシーンを想像してしまった。

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 なんたって、私の密かな楽しみはベリーダンスだ。エジプトが本場だそうだ。腰、腹、お尻を扇情的に回し、激しく震わせる。腰の蝶つがいが外れるのではないかと心配した。下腹部の筋肉、これはもう芸術的で、今もまぶたに焼き付いている。ダンサーは各テーブルを回り、濃厚なダンスを延々と続けた。そしてナイルの夜は更けた・・・。

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 翌日は、まず古代王朝時代の首都メンフィスへ向かった。カイロからバスで1時間ほどの距離だ。バスは、ナツメヤシの林が延々と続く運河沿いの道を走った。私は人々の営みや生活の匂いが伝わってくる農漁村が大好きで、ずっと窓に顔をくっ付けていた。

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 やがてメンフィス博物館に着いた。小さな博物館で、紀元前14世紀ごろのファラオ・ラムセス大王に関連する文化財が多く展示されていた。大王は90歳まで生き、息子111人、娘69人の子宝に恵まれた。王妃や側室がたくさんいたとしても、よくぞこれだけ産ませたものだ。絶倫・・・。

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      ↑ メンフィス博物館はこじんまりしていた

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 昼食のため立ち寄った食堂で、婆さんと孫娘(?)がパンを焼いていた。石窯で焼くので、外はカリッとして、中はふんわり。パンにスパイスのきいたマヨネーズのようなものを挟むが、そのまま食べた方が美味しかった。エジプトは総じてパンが美味しい。

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 次は、ピラミッドの原型となった「階段ピラミッド」を見に行った。ここはギザから10km南のサッカラという場所だ。紀元前27世紀に建造された最古のピラミッドで、6層になっている。高さは62m、東西125m、南北109m。階段状になっているのは、ファラオが天に昇るためだそうだ。

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 ミイラを作るときに取り出された内臓は壷に入れられ、ピラミッドから少し離れた場所の地下深くに安置された。穴の底を覗いたが、10m以上あった。これは盗掘用の穴だそうだ。

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 ピラミッド見学は大詰めだ。屈折ピラミッドと赤いピラミッドがあるダハシュールの町へ。カイロから40km南にある。ここも見渡す限りの砂漠。この二つのピラミッドは紀元前2500年代、クフ王の父が建造したという。

 赤いピラミッドは、使われた石が赤味を帯びていたのでそう呼ばれた。高さは104m、エジプトのピラミッでは3番目に高い。傾斜は緩く、底辺は220メートル。

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 エジプト旅行の最後に現れたのは、何とも奇妙な形をした「屈折ピラミッド」だ。高さ105m、底辺189m。どうしてこのような形になったのだろう。

 同じ時期に建造していたピラミッドが崩壊してしまったので、途中で建造方法を変更し、傾斜を緩くしたという説。また、建造中に王が病気になったので、完成を急ぐため高さの目標を下げたという見方もある。

 いずれにしても、完璧な造形美を見せるピラミッドの中にあって、この異色のピラミッドはどこか親しみを感じる。そこには、古代人の挫折、悔しさが滲んでいると思った。「誰だって間違いはあるよ」・・・。そんな言葉をかけたい気分になった。このピラミッドに、クフ王の父が埋葬されることはなかった。

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                                                           (終わり)

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   11:34 | Comment:2 | Trackback:0 | Top
 
 
Comment
 
 May [URL] #mQop/nM.
何もかもが巨大ですね・・・ため息。
一個の石ですら2.5トン!
何十年もかかって作るなんて気が遠くなりそうです。

エジプトの中もあちこち移動され、よくぞご無事でした。
物売りはしつこいのですね。
北京にもいましたがエジプトほど悪質ではなかったです。
バンコックのホテルエージェントは悪質でした!

手作りのパンは美味しそうですね。

たくさんの写真アップ、お疲れ様でした。
おかげさまで、その巨大さがよく分かりました。
 2017.02.05 (日) 09:01 [Edit]
 森に暮らすひまじん [URL] #-
    Mayさんへ

 コメント有難うございます。
安いツァーですから、ツタンカーメンの墓があった王家の谷には行けませんでした。
昔、ここでテロがありましたから、行くことにはこだわりがありませんでした。
海外の事情にうとい私たちは、ややこしい物売りには困ります。
でも、こういう国が魅力があるんですよね。
 2017.02.06 (月) 18:22 [Edit]






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