森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

大統領への尊厳・・・韓国マスコミの歪み

 日本には「武士の情け」という美徳がある。江戸城松の廊下で吉良上野介に斬りかかった浅野内匠頭は、「武士の情けでござる」と叫んでとどめを刺そうとしたが、羽交い絞めにされ果たせなかった。この赤穂浪士の一幕は講談の世界かもしれないが、古今、日本人の心を揺さぶり続けている。

 「憐憫の情」も古びた言葉かもしれないが、格差が増し、弱者にそれほど優しくない現代では、一段とその言葉の重みが増している。かわいそうに思うこと、哀れむこと、いたたまれないこと、見るに忍びないこと、見ていられないこと・・・。そんな思いも憐憫の情の意味だろう。

 明治時代に新渡戸稲造によって書かれた「武士道」は、武士階級の価値基準を示したものだ。その中心に据えられているのは、私の勝手な解釈だが、「惻隠(そくいん)の情」だと思っている。武士の心得として「哀れに思う気持ち、かわいそうに感じる気持ち」が大切だと説き、最高の徳に通じるとしているのだ。

 なぜ長々とこんなことを書いたのか・・・。韓国の朴槿恵前大統領が逮捕された翌日の韓国紙の報道を見て、情けない気持ちになったからだ。中央日報、東亜日報、朝鮮日報など各紙は、1面に前大統領の写真を大きく掲載しているが、化粧を落とした彼女をことさら醜悪に見せようとする意図がありありとうかがえた。

 それはまるで晒し首である。日本でも京の六条河原に罪人の首を晒した時代があったが、韓国社会はそんな時代を引きずっているように思える。いやしくも彼女は、韓国の多くの人々によって選ばれた大統領である。収賄や強要の罪に問われているが、だからと言って、敬意や尊厳を切り捨てても良いとは思わない。

 韓国は、国民の感情を優先させる「情治国家」だが、しかし一応、法治国家でもある。彼女は法律によって裁かれるべきなのだ。マスコミがこぞって彼女への憎しみぶつける論調は、一体何なんだろう。それが国民の総意と言うよりは、往々にしてマスコミによって煽られた憎しみの感情ではないだろうか。

 韓国には、日本特有の「武士の情け」はともかく、「憐憫の情」のような言葉が存在するのだろうか。テレビを見ていると、朴前大統領を批判する人々の言動は、いちいち書くのが憚れるほど口汚いものだ。憤怒が渦巻く韓国社会は、人々の精神の平衡感覚が失われているように思える。

 朴前大統領は、時に中国に擦り寄り、習近平に秋波を送る姿は見苦しかった。そして日本に対しては、恨みは千年経っても消えないなどと公言し、常に冷淡だった。けれど弾劾を受け、拘置所で凍える日々を送る彼女に対し、傷口に塩を塗りこむようなことはしたくない。それが日本人の心の奥にある「惻隠の情」なのだ・・・。 

 
 
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