蕎麦打ち道場の門をたたく

 小説家・藤沢周平の故郷で、数々の小説の舞台となった山形県鶴岡市を訪ねた後、羽黒山に向かって車を走らせていた。女房とともに東北を17日間かけて回るこの旅は8年前のことだ。その途中、田んぼの中にぽつんとたたずむ一軒の蕎麦屋が目に入った。

 ちょうど昼時だったので、店に入った。その店は、何の変哲もない平屋の建物で、テーブル席が四つほど、奥には畳の部屋があった。中年の店の主人が注文を取りにきた。失礼な言い方だが、風采の上がらないおじさんである。

 私はざる蕎麦、女房は鴨肉蕎麦を頼んだ。やがて、主人が打ったと思われる蕎麦が出てきた。蕎麦は少し太目で、いくらか殻が入っていて、いわゆる田舎蕎麦の風合いである。蕎麦はあくまでも無骨だ。しかし、これぞ蕎麦本来の味だと確信した。

 帰り際、主人が「枕にして下さい」と蕎麦殻をたくさんくれた。ということは、自分の畑で蕎麦を栽培し、店の石臼で挽いたに違いないと思った。東北一周の間、数々の店、時には名店と言われる店で蕎麦を食べたが、この店をしのぐ蕎麦はなかった。

 私は蕎麦好きだ。旅先では必ず蕎麦の店を探して訪ね、新蕎麦の限定食があると聞けば何時間もかけて食べに行った。しかし、決して「通」ではない。単純に蕎麦が好きなだけである。ワイン通が口にするような薀蓄(うんちく)も持ち合わせていない。

 蕎麦は好きだが、気取った蕎麦屋はどうも苦手である。まずもって、茶室のような店のたたずまいに腰が引ける。工芸品のようなざるに盛られた蕎麦は、もったいぶったように少量だ。その割りにいい値段である。そもそも蕎麦は、大衆の食べ物だ。江戸時代では、屋台ですぐに食べられるファストフードだった。 

 9年前、次のようなブログを載せたことがある。女優の岩下志麻さんが信州で蕎麦を食べるグルメ番組が放映され、注文した蕎麦に金粉が振りかけてあった。たかが蕎麦とは言わないが、金粉で飾り立てることにどんな意味があるのか、皮肉を込めて書いた。金粉の店も店だが、それを有難がる無定見な客が多いのも事実だろう。

 先日読んだインタビュー記事にも腹が立った。語るのは老舗蕎麦屋の主人で、大学を中退して修行に打ち込んだという。聞き手は「最近、音を立てずに蕎麦を食べる人がいる」と言うと、主人は「蕎麦をすする時には、音だけでなく空気も吸い込んでいます。その空気が蕎麦の香りや風味を楽しむための大切な役目なのです」。

 いやはや、そんなもん「ほっといてくれ」と言いたい。蕎麦を食べる時、空気を吸おうが吸うまいが、好きなようにすればいい。私の友人にフランス料理にかぶれた男がおり、味噌汁をすする時さえ絶対に音を出さない。それが作法と信じているのかもしれないが、食べた気がしないだろうと同情する。蕎麦は自由だ。

 散々、蕎麦屋に難癖をつけてきたが、実は最近、ちょっと変なことになってきた。きっかけは、私のブログを読んで山小屋を訪ねて来てくれた男性が何気なく言った「蕎麦打ちは面白い」のひと言だった。彼は、わが家から1時間ほどの農村で暮らしており、海外経験もある多趣多芸の人である。

 彼は5年ほど前、仲間とともに蕎麦打ち道場を立ち上げ、参加者の指導をしている。蕎麦打ちは奥が深いと言われるが、「難しく考える必要はありません。誰にでも出来ます。ご夫婦で一度見学に来て下さい」と熱心に誘われた。蕎麦屋さんに散々嫌味を言ってきたので、後ろめたかったが、蕎麦道場の門をたたくことにした。

 彼と出会うまで、まさか自分が蕎麦を打つなんて考えもしなかったし、そもそも私の中では「瓢箪から駒が出る」というあり得ない話であった。しかし考えてみれば、蕎麦好きが自分で蕎麦を打つというのは自然な流れかもしれない。われら夫婦に思いもよらない挑戦が始まった・・・。

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コメント

いよいよ始動ですね。

この先の出来上がりが楽しみです。

秋には柚子こしょうを持っていきますのでぜひともご相伴にあずからせてくださいませ!!

    イレグイ号さんへ

 何だかんだ言いながら、ついに蕎麦打ち入門です。
なんだか難しそうです。
手早くやるのがコツだそうですが、もたもたしてばかりです。
そのうち慣れるとは思いますが、ぜひ食べに来て下さい。
柚子こしょうを楽しみにしています。
ただわが家は、いつでも開店していますので、どうぞ。

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     TEDさんへ

 コメントは衝撃的な内容でした。驚いています。
そんなことがあったのか、まったく知りませんでした。
私のブログは、問題の人の身内も読んでいてくれていますので、なかなかコメントするのが難しいのです。
そこのところをどうかご理解下さい。
ただ、TEDさんがおっしゃっていることは100%同感です。
いい方向になるよう、心がけたいと思います。
TEDさんが住んでおられる場所は、大体想像できます。
ご近所といえばご近所です。
どうぞ、お茶でも飲みに来て下さい。
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