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旧友と北アルプスの涸沢に行く(後編)

 北アルプス登山の二日目は、上高地から2時間ほどの徳沢「氷壁の宿」で朝を迎えた。朝日が峰々を赤く染めるモルゲンロートを見ようと、夜明け前から外に出て、その時を待った。カレー男はすでに来ており、さすがアウトドア派として要点を押さえている。

 この日も晴天だ。午前5時30分、朝日が顔を出した。明神岳(主峰2931m)はみるみる赤味を帯び、次第にモルゲンロートは峰の中腹へと広がっていく。登山でしか味わえないドラマチックなひと時だ。

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 7時半ごろ、涸沢に向かって歩き出した。涸沢は氷河が削り取った日本最大級のカールだ。奥穂高岳や北穂高岳に登る人たちで賑わうが、カールの絶景を写真に撮ったり、絵を描くためだけに来る人も多い。上高地から涸沢へのルートは、北アルプス登山の初心者コースである。

 前夜、酒を飲んだ割にはさわやかな気分だ。みんなの足取りも軽い。しかし登山では、勢い余って早足になるのは禁物だ。「ゆっくり歩こう」と呼びかけたが、材木商は終始先頭を歩いた。彼は関西弁で言う「いらち」であり、ゴルフをしていてもチンタラ歩く私の尻を叩くのだ。

 カレー男も材木商に遅れまいと後を追い、一番後ろを歩く私と近江商人との差は広がるばかりである。あれは10年以上前、薬師岳(2926m)に登った時だった。高齢の女性二人が実にゆっくりと前を歩いていた。追い抜いたけれど、太郎平小屋に先に到着したのはあの女性たちだった。彼女たちは休憩しないのだ。

 われらは1時間後、横尾に着いた。吊り橋を渡れば涸沢、そのまま直進すれば槍ヶ岳方面で、この三叉路は多くの登山者がリュックを下ろして休む。ここから本谷橋という吊り橋までは1時間ほどで、余り起伏のない楽な道だ。左手にそびえる垂直の屏風岩を眺め、谷川のせせらぎを聞きながら歩く。

      ↓ 屏風岩
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 本谷橋に到着し、橋のたもとの岩に腰掛けて休んだ。ここから先が本格的な登山道で、段々に組まれた石を踏みしめて登るのだ。この夜泊まる涸沢小屋までのコースタイムは2時間ほどだが、高齢のわれらはもっとかかるだろう。

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 次第に、元気が良かった材木商とカレー男の調子が落ちてきた。手ごろな岩があると、腰掛けて休むことが多い。逆に、近江商人は意外としっかり歩いている。一応登山に慣れている私は順調で、いつの間にか先頭に立っていた。登山道脇には遅咲きのハクサンフウロが咲いていたが、彼らの目には入っていないだろう。

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 やがて、前方に涸沢カールの全貌が見えてきた。そしてその上に、前穂高岳、吊り尾根、奥穂高岳が圧倒的な姿を見せている。右手前方には今夜泊まる涸沢小屋が見えてきた。標高は2000mを超え、空気も薄い。このあたりからが胸突き八丁だ。彼らの悪戦苦闘ぶりを撮影しようと、先回りして悪意ある写真を撮った。

       ↓ 右手に涸沢小屋。ここからが遠い。
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       ↓ 重い足取り。後ろの2人の姿は見えない。 
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 まさに青息吐息・・・北アルプス登山が初めての3人は、何とか涸沢小屋に到着した。彼らににぜひ絶景を見てもらいたいと、私は天気予報を小まめにチェックし、登山日を決めた。それが的中し、今その絶景が目の前に迫っている。宿泊手続きをしたあと、標高2350mの展望デッキに出て生ビールで乾杯した。

 絶景なら映像でも写真でも見られるが、自分の足でそこに到達し、そこに漂う空気感とともに絶景を自分のものにする。これが登山の魅力であり、えもいわれぬ達成感がある。その場に立てば、非日常の世界をひしひしと感じるはずだ。

 カールを見上げれば、ゴジラの背中のようなごつごつした前穂高岳、そこから弓なりに続く吊り尾根、そして日本第4位の高峰・奥穂高岳。友人は3人とも饒舌ではないが、「凄いなぁ」という短い言葉で感激を表現した。登山を計画した私にとって、そんな簡潔な言葉から十分感動が伝わってきて、うれしかった。

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       ↓ ゴジラの背中のような前穂高岳
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       ↓ 三角形の百名山の常念岳
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 そして次に、意外な人との出会いが待っていた。日本百名山と二百名山を一筆書きで踏破したプロアドベンチャーレーサー田中陽希さんが、デッキに現れたのだ。実は前日の午後、宿泊した徳沢園で彼を見かけ、彼は横尾山荘で泊まると言い残して走り去った。
  
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 その後どうしたのか気になっていたが、彼はこの日、横尾山荘から一気に槍ヶ岳の頂上を踏み、さらに凄いのは、そこから南岳を経て大キレットを踏破して北穂高岳に立ち、涸沢小屋に下りてきたのだ。ベテランでもどこかで1泊するが、午後の早い時間に涸沢に達していたのだ。もはや超人としか言いようがない。

 陽希さんの番組をいつも見ていたから、何やら初対面のように思えず、いろいろと話をした。今回はSONYの依頼で、登山の時に装着するビデオカメラの宣伝用に登山の様子を撮影したという。ファンを大切にする気さくな対応に、一層好感を持った。

 ひと息ついたので、カールをもう少し登ってみようと提案したが、「行く」と言ったのはカレー男だけだった。材木商と近江商人は「疲れた」「足が痛い」と泣き言を並べ立てた。カレー男と一緒に半時間ほど登ると、三角形の涸沢槍が間近に見え、涸沢の景色は大きく変貌した。雪渓を渡り、岩を越え、2時間ほどアルペン気分を味わった。

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       ↓ ナナカマドが涸沢を赤く染めるのは間近
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 涸沢での一夜が明けると、朝から強い雨が降っていた。滑らないよう慎重に下ったが、近江商人は疲れのためか、3回も尻餅をついた。一気に上高地へ下り、シャトルバスで平湯へ。ここから新穂高温泉の旅館に直行し、プールのように広い露天風呂に体を沈め、至福の時間を過ごした。かくして年寄りの大冒険は終わった・・・。

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                                                (終わり)

 

 
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コメント

素晴らしい

田中陽希さん本当に気さくで良い人だったねぇ。でも超人ですねー。どんな足腰と心臓の持ち主だろう⁉️
暇人さんが言う様にあの温泉が最高の癒しになりました。帰りの雨中行軍で冷え切った身体がよみがえりました。共通の体験はまた共通の話題が出来ました!この歳に万歳です。

いやぁ~、カレー男に近江商人、材木商なんて小説みたいで面白く読ませていただきました。
友達と旅行など、何十年も無いです。
いいですね、仲のよい男同士での登山。
友情も更に深まるし、いい思い出になりますね。
ひまじんさんはいつも人生を楽しんでおられるようで、頭ばかりザワザワしている(こう見えてひがなパソコンの前に座っていることがほとんどなのです)私は見習いたいものがあります。

    マッチョさんへ

 仰せの通り、この歳に万歳です。
すでに同僚で鬼籍に入っている人もいる中、北アルプスに分け入るなんて、幸せです。
ここまで健康でいられたのは、親にも感謝です。
本当に、温泉は良かったね。
雨に降られたから、価値が倍増しました。

    Mayさんへ

 わたしたち旧友は、高校時代、学校の近くのお寺に寄り道し、本堂の柱にしがみついて「ミーン、ミーン」と声を張り上げ、蝉をやっていました。
受験勉強から解放されたいという思いもあったのかもしれません。あんな馬鹿が出来たのも、いい思い出です。
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