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貴乃花親方に見る武士道

 テレビのチャンネルをひねれば、日馬富士による暴行事件ばかりやっている。もうひと月以上もこんな状態が続いているのだ。テレビに顔を出すコメンテーターは、相撲など見に行ったこともないようなタレントや政治評論家たちもいる。憶測の上に憶測を重ねるいい加減なコメントにうんざりしている。

 テレビが面白がっているのは、暴行を受けた貴ノ岩関の師匠貴乃花親方のだんまりにあるのだろうが、それほど目くじらを立てるほどでもないと思う。わが子が上級生に殴られ、怪我を負わされた親の気持ちにも似ている。若いうちにモンゴルからやって来た貴ノ岩関は、親方が親代わりであり、親方とすれば白黒をつけないと引き下がれないのだ。

 何はともあれ、貴乃花親方が相撲協会の聴取に応じていないことが不評を買っているようだ。単に頑固なのか、自らの信念による沈黙なのか分からないけれど、深いところで相撲のあり方を問うているのだろう。相撲は国技である。ならば伝統にのっとった品格が求められる。不器用だが、そう訴えているのだろう。

 何も、角界のゴタゴタを書きたい訳ではない。実は、貴乃花親方がゆっくり歩く姿をテレビで見て、おっ、これは武士道に通じるのではないかと思った。マスコミからマイクを突きつけられようが、矢のような質問をされようが堅く口を閉ざし、微動だにせず前を向いて歩く。とっさに、武士道のバイブル「葉隠」を思い出していた。

 「葉隠」は、佐賀・鍋島藩の山本常朝が武士の心得として口伝したもので、これを解説した三島由紀夫著「葉隠入門」は私の愛読書でもある。この本は和歌山の山小屋に置いてあるので正確に書けないが、確か、武士たる者はみだりに走ってはいけないし、角を曲がる時も直角に曲がれと書いてあったように思う。

 次のような話も出てくる。城内で武士が口論の挙句、刀を抜いた。片方は斬られて死亡した。城内での刃傷沙汰はご法度であり、喧嘩両成敗になると思われたが、そうではなかった。斬った方は罪に問われなかった。死亡した武士は背中を斬られており、逃げたと判断されたのだ。
 
 貴乃花親方が目指す相撲道に通じるところがある。横綱たる者、立ち合いで変化したり、白鵬のように張り手をくらわすことは恥ずべきことなのだ。常に真っ向勝負、いわゆるガチンコ相撲で横綱にまで這い上がった親方にすれば、立ち合いで変化するのは卑怯であり、敵に背中を見せて背走する卑怯にもつながる。

 うがった見方かもしれないが、親方は身を挺して相撲道の何たるかを訴えているのではないか。またまた「葉隠」で恐縮だが、主君への最高の忠義は「殿、それ間違っています」と諫言(かんげん)することだと説く。一歩間違えれば腹を切らねばならず、殿を諌(いさ)めることは死を覚悟することなのだ。

 親方が、今の相撲の風潮を諌めていることは間違いない。その覚悟は生半可ではないし、孤立を恐れていないはずだ。検察の処分が決まれば、親方は話すと言っている。それまでは、つまらない解説はもういい・・・。
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