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雪の戸隠・・・神域を歩く

 浅間山中腹の温泉宿に泊まり、翌日のこの日、小諸城跡などを回った後、しなの鉄道に乗って西隣の上田市に向かった。ここにはこれまで二度来たことがあったが、少年の頃に熱中した真田十勇士のお膝元であり、素通りするのもいささか味気ない。鈍行列車で行く気ままな旅だから、下車することにした。

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 到着したのは昼前であり、家内と相談して蕎麦を食べることにした。家内のスマホで蕎麦屋を探してもらうと、最初にヒットしたのが「刀屋」という老舗だった。駅前から5分か10分ほどの所にあり、その店はいまひとつ野暮ったい店構えだが、しかし得てして、こんな店に名店が多い。

 店の前には5、6人が店先の椅子に座って順番を待っていた。やはり、行列の出来る人気の店である。しばらくして2階の6畳ほどの和室に通された。80歳近い旦那衆5人と、東京から来たという中年の夫婦が注文した蕎麦を待っていた。

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 私たちはメニューを見て「大盛り」を注文しようとしたら、例の旦那衆から一斉に「多すぎて絶対、食べられないよ」と言われた。半信半疑で「並み」の盛り蕎麦を、女房も「並み」のくるみ蕎麦を注文した。やがて蕎麦が運ばれたが、その「並み」はピラミッドのようにうず高く盛られており、仰天した。三人前はありそうだ。

 蕎麦は太目で、腰がしっかりしていた。無骨な感じだが、実に美味しい。都会の蕎麦屋の有名店はもったいぶったように少量で、所詮蕎麦なのに何を勘違いしているのか、気取っている。嫌味を言うのはさておき、私たちは旦那衆の目が注がれているので、意地でも食べ切らなければならない。家内も身をよじりながら何とか平らげた。

 旦那衆は、佐久市から来た常連客で、「ここは池波正太郎さんが贔屓にしていた店だよ」と教えてくれた。池波さんと言えば歴史小説の大家であり、私は「真田太平記」「剣客商売」「鬼平犯科帳」はもちろん、かなりの作品を読んできた。また大変な美食家で、作品の中には季節の料理が織り込まれている。この旅で池波さんの足跡に触れることができ、幸運だった。

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 次は、列車で長野駅に向かい、ここでバスに乗り換えて「戸隠」へ行く。半世紀も前に遡るが、大学1年の冬、サークルで白馬の八方尾根へスキーに行った。その時に付き添ってくれた助教授から、北アルプスの山々のことを色々と教えてもらった。その大半は忘れてしまったが、戸隠連峰の姿だけは妙に記憶に残っている。

 白馬からはかなり遠くに見える戸隠連峰は、台形の上がギザギザになっている特異な形だった。しかも「戸隠」という名前は、隠れ里のようなミステリアスなイメージがあり、記憶に刻まれた。長野にはこれまで何十回となく足を運んだが、戸隠に行く機会はなかった。それがやっと、今回実現した。

 バスは雪深い飯綱高原を越え、山岳信仰の霊場・戸隠に着いた。終点のバス停は、戸隠神社「中社(ちゅうしゃ)」の石段の下で、木立の間から戸隠連峰が見え隠れし、もう興奮を抑え切れなかった。その全貌を見るのは翌日の楽しみとし、「高山坊」という宿坊にリュックを下ろした。

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 戸隠と言えば、これはもう蕎麦である。それぞれの家に蕎麦打ち職人がいると言われるほどで、古来、暮らしに蕎麦がなくてはならなかったのだろう。宿坊の食事にも蕎麦が出たが、上田市の蕎麦屋「刀屋」で吐き気がするほど食べたので、少し残した。

 宿坊の主人は実に親切な人で、翌日、車であちこちを案内してくれた。特に、私たちの山好きに配慮して、戸隠連峰とその後ろに連なる北アルプスがよく見えるポイントへ車を走らせてくれた。

 スキー場の近くから見た戸隠連峰には朝日が当たり、岩峰に張り付いた雪がまぶしかった。美しいと思うと同時に、何か不気味でもあった。ふと、東北旅行で行った青森県下北半島の霊場「恐山(おそれざん)」を思い出した。溶岩がむき出しになった恐山の光景は地獄のようであり、戸隠にも同じようなことを連想した。

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 連峰の北東の端には、鋭い三角形の日本百名山「高妻山」(2352m)がそびえていた。この近寄り難いオーラは一体何だろう。神宿る山とは、このようなことを言うのだろうか・・・。

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 戸隠に漂う最も濃厚な神域は、樹齢400年とも言われる杉木立の参道だそうだ。その一番奥にある戸隠神社「奥社」まで歩こうと思ったが、宿坊の主人から「雪が深いので、さぁ、行けるかどうか・・・」と言われた。途中で引き返すつもりで大鳥居の前に立った。

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 ここから奥社までは約2キロ、その中間に朱色に塗られた藁葺きの「随神門」がある。とりあえずそこまで歩くことにした。雪は踏まれているが滑りやすく、参道が真っ直ぐ続いていた。見上げると、前方には戸隠の山が覆いかぶさっていた。

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 半時間ほど歩いただろうか、前方に随神門と思われる建物が見えてきた。実に鮮やかな朱色で、神域を守るような威厳があった。一礼して門をくぐり、もう少しだけ歩こうと思った。ここからは参道の両側に杉の古木が立ち並び、厳かな雰囲気だ。

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 もう少し、もう少しと思いながら歩いた。やがて参道は急になり、家内は滑って転んだ。多分雪の下は石段になっているのだろう。息を切らして登ると、社殿の屋根だけが見えた。これが奥社だろう。奥社は、岩屋にかくれた天照大神を外に出てもらうため、岩戸を開けた神が祀られているという。

 急坂をよじ登ると、鳥居は上だけを残して雪に埋まっていた。奥社の社殿も軒下まで雪が積もっていた。鳥居の上に100円玉を載せ、二拍手してお参りした。その左側には、別の社殿がほとんど雪に埋まっていた。水を司り、歯の神様でもある九頭竜社だ。(下の写真)

 戸隠神社は、「奥社」、その横の「九頭竜社」、バス停がある「中社」、最古の建物「宝光社」、芸能の神様を祀る「火之御子(ひのみこ)社」の5つの社によって構成されており、このすべてにお参りした。半世紀を経て、白馬から見たあの戸隠の地に立つことが出来た・・・。

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