老人には知恵も味もある・・・

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  みんなの党の渡辺代表は、平沼さんらが結成した「たちあがれ日本」を「立ち枯れ日本」と言い間違えた。単なる間違いであっても、その発言には品性がないし、礼節を欠いている。どこかの黄門様は「家出老人」とも言っている。 

 両方の発言には「老人いじめ」の臭いが漂う。年寄りの政治家のどこが悪いのか。若者には勢いがあり、壮年には分別があり、老人には知恵がある。世の中はそのようなバランスのもとに成り立っているのだ。

 そこで今日は老人について書いてみたいと思う。少し老いを感じ始めている人、これから第二の人生を踏み出す人、すでに老いらくを楽しんでいる方々に読んでもらえたら有難い。老境の舅と同居している若奥さんにもどうぞ・・・。

 私は藤沢周平のファンである。作品の多くを読んでいるが、本棚には同じ本が何冊かある。すでに読んだ作品を忘れてしまうから、つい買ってしまう。逆に、読まないままになっている本もある。

 「三屋清左衛門残日録」も読まずに眠っていた文庫本だ。先日、たまたま埃にまみれたこの本を手に取った。読み進めるうちに、「これ、したり」と膝を打つ場面に出会う。いつしか主人公の清左衛門になりきり、一喜一憂する。「残日録」は、誰にも訪れる老いに明るく向き合える爽快な物語で、老い行く人たちへの応援歌でもある。

 清左衛門は、先代藩主の側用人を務め、息子に家督を継がせて気楽な老後を送るご隠居である。若い現藩主からも気に入られ、過分な録を頂戴している身分だ。すでに糟糠の妻はなく、息子の若嫁里江の世話を受けている。

 なまった体を鍛え直すため剣術道場に通い、ふらり釣りに出かける。学問の塾にも通うほどだから向学心旺盛。夜は老子などの読書にいそしむ。たまに小料理屋で旧友と杯を交わし、カニの味噌汁などを楽しむグルメでもある。藩の勢力争いの渦中に片足を突っ込んでいるので、生臭い面もないではない。

 池波正太郎の「剣術商売」に出てくる主人公の爺さんは、年甲斐もなく若い嫁をもらい、悪党どもをバッタバッタと退治する。この痛快な爺さんとは対照的なのが「残日録」の清左衛門である。昔とった杵柄、無外流の技はあるけれど、大立ち回りの場面はない。むしろ、「年寄りの冷や水」をよく自覚しているところが心憎い。

 この本の各編とも、人から持ちかけられる困り事やトラブルを解決し、藩主の求めで執政争いにも手を貸すというストーリーだ。小説に一貫しているのは、清左衛門の「年寄りの味」である。相手の話をよく聞くし、必要とあらばどこへでも出かけていくフットワークの良さ。なかなかの人情家でもあり、人を一刀両断にするような裁きを好まない。

 江戸詰めのころ多少の遊びもたしなみ、男女の機微にも通じている。よく行く小料理屋の若い女将が事情あって店を人に任せ、古里に帰ることになった。女将はその別れの夜、清左衛門の胸に顔を埋めて泣いた。私ならその場で舞い上がるかもしれないが、清左衛門は淡い思いを胸に秘めたまま静かに見送るのだ。偉い!

 若嫁の里江との掛け合いが絶妙で、この小説を一段と面白くしている。いつも釣果が振るわない舅に「たくさん釣っておいでなさいませ。夜食のあてにしておりますよ」と優しく励ます。例の小料理屋にいそいそと出かける際には、「女将はきれいな方だそうですね」と奇妙な笑顔を投げかけ、うろたえさせる。

 こまごまと世話をしてくれる若嫁に感謝しながらも、肩身の狭い思いもしている。風邪をひいたときなど、妻が生きていたら甘えることも、無理も言えると複雑な思いを吐露するのだ。私は、若嫁の心遣いや出来た妻への思いが書かれている部分に赤線を引き、わが女房に「ここ読んでみ」というような嫌味なことをしている。

 最後の章は、脳卒中で倒れた幼馴染のことを書いている。医者はリハリビをすすめるが、その友は床から出ようとしない。「やつは臆病者だから」と侮っていた。しかし、数か月後見舞いに行くと、杖を手に転びそうになりながら懸命に足を運ぶ友の姿を万感の思いで眺めたのだ。涙もろくなった私は、この本の最後の1頁に目頭を熱くした。

 清左衛門は次のように締めくくっている。「衰えて死が訪れるその時は、己をそれまで生かしたすべてのものに感謝を捧げて生を終わればよい。しかし(死ぬ時までは)人間は与えられた命をいとおしみ、力を尽くして生き抜かなければならぬ」・・・。

 
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コメント

年寄りの政治家のどこが悪いのか。まさにその通り!!
これから極端な高齢化社会を迎える日本では、年寄りが社会を支える構造にならざるを得ませんからね。
私が定年を迎える20年後には、年金も定年も無くなっているでしょう。
70歳代は働き盛りなんて時代が確実に訪れます。
訪れなければ日本沈没ですね。
となると、私の夢のひまじんさんのような暮らしは不可能になるんですかね。
それでも人間は与えられた命をいとおしみ、力を尽くして生き抜かなければならぬ・・・。
辛いなぁ・・・。

 藤沢修平さんの本は読んだ事はありません。小説の類は殆ど読まず、映画で用を足している怠け者です。
 でも、ご本人さんは、テレビで拝見した事があります。内面を見詰める人間特有な目の据わりと穏やかさが印象に残って居ます。確か、東北で学校の先生をして居られた由・・・好いお顔をしていました。

 ラジオ深夜便では、松平定知さんが藤沢作品の朗読を長く続けて居ますね。好きなコーナーです。兄貴の小説紹介の結びの一文に、流石に感性豊かな内向性の作者の人生の思いが匂って来ますね。感性も素養も欠落した外向性一辺倒の人間達には、逆立ちしても到達出来ない人間の優しさと強さ、人間の有限性に対する潔さと云う物が込められている物の見方なのでしょうね。

 きっと、兄貴の目と同じなんでしょうね。その域に少しでも達しようと、ガシラの骨を臼歯で磨り潰して、粗相の無い様に胃袋に収めたのでありまするが・・・頭のエキスが私の血肉になる日は、何時の事なんでしょうかね。とほほなり。

時代小説はいいですね。ひまじんさんがおっしゃる通りに生きていく糧になります。図書館から借りてせっせと読んでます。先人の知恵を拝借したいと思っています。




亀丸さんへ

 亀丸さんにはいい第二の人生が待っていますよ。年金が破たんすることは、日本国の破たんですから、あり得ないと思います。もし、心配ならチビチビでもいいからお金を貯めてはいかがでしょうか。これは意外に助かります。ただ、釣りと酒を犠牲にしてまで貯めることはないと思いますが・・・。

アガタ・リョウさんへ

 藤沢作品の朗読は聞いたことがあります。語り手が上手なのと、作品の情景描写が素晴らしいため、まるで映画のシーンをみているように思ってしまいます。
 いやー、ガシラの小骨が歯に挟まって大変だったでしょう。すみません。

ジジィさんへ

 コメント有難うございます。私も時代小説が大好きです。ただし、こちら山奥には図書館がありませんので、ネットで中古の本を買って読んでいます。
 本当に時代小説からは学ぶところが多いと思います。
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