「生きているだけで」・・・被災者の辛い春

vcm_s_kf_repr_468x351_20110423164505.jpg

 落ち葉の間から芽を出したスミレが、可憐な紫色の花を付けている。うっかりすると、踏みつぶしてしまいそうな小さな花だが、凛と存在を主張しているように見える。

 山桜はやっと咲き始めた。白い花と赤い葉が混じり合って美しい。ソメイヨシノほど花のボリュームはないが、楚々とした山桜の方が好きである。

 クロモジの黄色い花は、今が満開だ。その花の間から伸びる新芽は兎の耳のように長く、天に向かって直立している。

 エゴの木も芽吹いてきた。芽はまだ5ミリほどの長さだが、緑の点を散りばめたようでこれまた美しい。女房が植えたラッパスイセンが、色彩に乏しいこの時期の山小屋に彩りを添えている。

 私たちが暮らす生石山の春は、標高が高いので里より半月以上も遅れてやって来る。4月も後半になるが、数日前にはアラレ、ミゾレが降った。今だに薪ストーブの火を絶やすことが出来ない。

 しかし草花は、暑くても寒くても、律儀に日時を守って春の到来を告げてくれる。

 私たち夫婦は、厳しい冬を山小屋で過ごしてきた。好き好んで山小屋生活をしているのだから文句は言えないが、それでもやはり、寒さが和らぐ春の訪れはうれしい。森から伝わる生命の鼓動に耳をすましている。

 春を迎える喜びの裏側に、何故か、漠たる寂しさ、不安のようなものがべっとりと張り付いている。それは、残り少なくなる人生の時間と無関係ではないと思う。胸がはずむ春をあと何回味わうことが出来るだろうか、来年もまた今のように健康でいられるだろうか・・・と。

 いや、そんな贅沢は言えない。東日本を襲った巨大地震で幾万の人たちが死亡し、今なお行方不明になっている。幼い子供たちも犠牲になり、孤児となった子供は100人を超すと報道されている。

 家を流された被災者は「生きているだけでいいんです」と語る。苦境に耐える人の何と謙虚な言葉だろう。「漠たる寂しさ、不安」などと言ってはいけない。春の訪れを素直に喜べばいいのだ・・・。
スポンサーサイト

コメント

被災者の方々にはこれから気候が暖かくなるのは、せめてもの幸いですね。
被災生活に寒いのはこたえるでしょう。

私も今は平凡ですが幸せに暮らせていますが、来年はどうだろうと不安になることはよくあります。
健康を損ねて働けなくなっていたり、家族が健康を損ねたり・・・。
そんな不安を考えたらきりがないですね。
今の春の訪れを素直に喜べばいい・・・。
まさにその通りだと思います。

薪置場のすてきな形でお庭のラッパスイセンだと分かりました。
まだストーブを焚いているとは驚きました!
本当に長い冬ですね。
それでもいよいよ毎年、森で冬を越されるようになったのですね。
森の暮らしの記録をこれからも楽しみにしています。

   亀丸 さんへ

 家族の皆さんが健康で、亀丸さんの会社も安泰なら、こんな幸せはないと思いたいですね。しかも、豪華ボートでたっぷりの海の幸。いい人生だと思いますよ。
 まだまだ寒いのですが、女房がいなくなる月末を狙って出漁したいと思っています。さて、イサギが釣れるでしょうか。

   kumoki さんへ

 山の天気は安定しません。今日も寒くて、寒くて・・・。薪が少なくなってきたので、ストーブを焚くのを控えようと思ったのですが、辛抱できず火をいれてしまいました。
 こちらは1週間ほどすると山菜がぼちぼち採れるようになります。この話を書けば、お母様の味が恋しくなるでしょうね。
非公開コメント

カレンダー

05 | 2018/06 | 07
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

月別アーカイブ

ブログ内検索

全記事表示リンク

訪問者数

ランキング参加中!

PR

PR

PR