伊吹山・・・芭蕉の句に涙する同級生

 夜の11時過ぎ、私の携帯電話が鳴っている。酔っ払って早く寝る私は、すでに夢の中だった。余りにしつこく着信音が鳴るので、渋々階下へ下りて行った。

 「俺だよ。久し振り」・・・。電話の向こうから、高校時代の同級生の甲高い声が聞こえてきた。10数年ぶりの消息である。

 「おお、Kか。今ごろの時間にどうした?」「今度の同級会に行くのかい?」「うん、参加する」「そうか、俺は仕事で行けないから、みんなによろしく伝えてもらおうと思って電話したんだ」

 高校時代、彼とは同じ文化系のクラブで活動し、親しい友人の一人だった。しかし、お互いが大学に進学した後は、連絡を取り合うことはなかった。私が社会人になって数年後、彼から連絡があり再会した。彼はある事情から金に困っているようだった。彼の手を押しのけ、いくばくかのカンパをした。

 それから10数年が経った。私の会社の喫茶店で会った彼は、社長の名刺を差し出した。結婚し、何人かの子供も授かっていた。会社は小さいが、経営は順調のようで、羽振りもそこそこ良かった。

 それから1年に何度か会うようになり、わが家へも家族で遊びに来たこともあった。しかし、その後音信が途絶え、今回の電話が10数年ぶりとなった。会社の経営はうまく行っているのか、ふと、気になることもあった。

 その夜の電話で、彼は一方的にと言っていいほど自分の近況を語った。「お前、伊吹山を詠んだ芭蕉の句を知っているか」と質問した。「いや、知らんなあ。ちょっとメモするから、句を言ってみてくれ」・・・。

       そのままよ 月もたのまし 伊吹山 
       
 彼の説明によると、芭蕉が紀行文「奥の細道」の旅を終えて岐阜県大垣に帰った元禄二年秋 伊吹山を久し振りに眺め、そう詠んだという。「伊吹山は、月の力を借りなくても立派な山だ」という意味らしい。

 「俺は近ごろ、この句を口ずさむと、泣けるんだよ。なぜかなあ」・・・。彼はしみじみと語った。

 彼も私も、伊吹山を見ながら高校時代までを過ごした。私たちが通った高校の背後には、いつも圧倒的な山容が覆いかぶさっていた。故郷である北陸に近いこの地から見る伊吹山は、芭蕉が目にしていた大垣からの眺めとは違う形だろう。それでも、深田久弥が選んだ日本百名山にふさわしい姿である。

 「泣けるんだ」・・・。彼の故郷に寄せる思いなのだろう。そう言えば、彼の会社は関西にあったが、今は東京に住んでいると言っていた。会社を大きくして東京に進出したのか、それとも別の事情があるのだろうか。詮索するようなことは聞かなかったが、どこか寂しげな口ぶりだった。

 石川啄木の詩を思い出した。啄木にとっての山は、言うまでもなく青森の秀峰・岩木山である。

   ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな

 伊吹山に涙する。胸が張り裂けるような郷愁。彼も年を取ったのだ。もちろん、私も・・・。 
                   

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コメント

おひさしぶりです。

今回の内容。。
自分に関係ない事だと解りながら、胸に「じ~~ん」と来る物があります。
なぜか懐かしい子供の頃の兵庫の下町の路地の風景が目に浮かびます。
友達っていいですね。^^

   たかたんさんへ

 年を取ると、故郷の山や湖などさまざまな光景を思い浮かべることが多くなります。
 友人が涙するように、伊吹山は私たちにとって特別の山です。高校時代、受験勉強は体力勝負だ!などと言われ、伊吹登山をやらされたこともありました。
 思えば、高校の先生は無茶苦茶でした・・・。

私も故郷の山形を思うとじーんとくるものがあります。
今はアメリカという全く違った場所にいるのでなおさらです。
こういうものって、心の中でずっと生き続けるものなんですね。人間ある程度の年齢になると、過去の思い出をまた生きる(バーチャル体験するように)のだそうです。自分もだんだんそうなってきているような気がします。

             お早う御座います。

 この文章読むのは、二度目です。何時も思う事ですが、兄貴の文章は、流石にプロの文章ですね。行間を読ませる余韻の文章ですね。
 政治絡みの駄文を打つと、訳の分からない日本語痛打の長文コメントに占拠される事が、しばしばあって閉口してしまいます。日本語の時制の無さが、非論理の欠陥との趣旨ですが、そんな西洋被れ野郎に、兄貴の文章空間の爪の垢をストレートに飲ませて遣りたい物です。

 ギターも三味線も琴も、たいこの共鳴で奏でて、余韻を心に響かせてこその名曲、名手なんでありまする。今回も、勉強させて頂きました。サンキュー、兄貴~。

   ボーダ さんへ

 山形のご出身なのですね。
作家藤沢周平の作品のほとんどを読んでいますので、
山形フアンなのです。
藤沢文学の舞台を見たくて、以前、山形各地を旅行しました。
 ボーダさんにとって故郷の山は、月山でしょうか。その麓で食べたお蕎麦がなんと美味しかったことか・・・。

   アガタ・リョウ さんへ

 こんばんわ。長らく和歌山の山小屋を留守にし、先ほど帰ってきたところです。雨がしとしと降っています。この雨を境に、気温が下がるとのこと予報です。と言っても、11月らしい気温になるということでしょうね。
 駄文の行間に私の思いを汲みとっていただけるのは、賢兄だからこそと思っています。有難うございます。
 なるほど、「西洋被れ野郎」は度し難いですね。アガタさんの「喝!」でやっつけて下さい。鋼の切れ味、期待していますよ。
 

山形を旅行されたなんてめずらしいですね。
あまり観光地とは言えないと思うのですが。
月山は晴れているときは見えましたが、遠くの山という感じでした。それより蔵王や千歳山など山形市から近い山が故郷の山という感じです。私はいろんな国に行っているのに、日本の南には行ったことがないのです。みかん畑とかって、見たこともありません。そのうちぜひ行ってみたいです。

 ボーダさんへ

 山形素晴らしい思い出ばかりですよ。
蔵王は霧に包まれていましたが、それが晴れてお釜がきれいに見えました。感激でした。
 山寺も良かったですね。
日本の南にもいいところはいっぱいあります。瀬戸内海の美しい島々、九州の温泉・・・いつか楽しんで下さい。
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