森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

友人から届いた水墨画のはがき・・・

 現役で働いていた頃と、引退したその後を比べて激変したのは、郵便物の量である。現役時代は、帰宅して郵便物に目を通すのに時間がかかった。今では、携帯電話やカードの請求書、日本年金機構からの通知、旅行社からの案内が入っているくらいで、空っぽのことが多いポストに一抹の寂しさを感じる。

 先日、ポストに珍しく一枚のはがきが入っていた。高校時代の友人からである。はがきの上半分に風景画が印刷されていた。どこかで見たような景色だと思い、老眼の眼をこらすと、それは私が生まれ育った田舎のお寺の本堂だった。

 絵の下には、律儀そうな文字で近況が綴られている。それによると、絵はたまたま私の故郷を訪れた際に描いたと書いてあった。本堂の屋根の形や柱の一本一本、木々のたたずまいが実に巧みに描かれていて、懐かしさが込み上げてきた。彼にそんな絵心があったとは・・・。信じ難い思いで、文面を読み進めた。

vcm_s_kf_repr_468x351_20111202101800.jpg

 彼は、孫の世代に美しい地球環境を残してやりたいと真剣に考えている。そして、昭和の古き良き時代を絵によって語り継ごうと2年前から水墨画を習い始め、絵を介して子孫との交流を深めているとのことである。

 先ごろ開かれた高校の同級会で、彼は福島の放射能汚染への憤りを露わにしていた。この危機感を伝えるため、わざわざ欧米の友人を訪ね歩いたという熱血漢だ。この地球のために、子孫のために、自分に何が出来るか自問しているようだ。そう言えば、高校時代から心優しい奴だった。

 そんな彼とは対照的に、私はただぼーっと山の中で暮らしている。地球環境や政治に関心がないわけではない。子供や孫を持つ身だから、彼らの将来を危惧もしている。しかし、人のために、社会のために役立つことは何もしていない。

 友人のはがきには、私たち夫婦の暮らしについて「桃源郷の世界が羨ましい」と書いてあったが、却ってその言葉は私の忸怩たる心に痛みを感じさせた。

 彼が始めた水墨画は、まさに六十の手習いだ。私の勝手な想像だが、昔の人は、生活に少しゆとりが出てきた還暦のころから文字を習い始めたのではないだろうか。習い事に年齢制限はないという意味にもとれる。

 「年齢制限はない」と言われれば、耳が痛い。私はよく女房から「手先が器用だから、何か物を作る趣味でも持ってはどうか」と言われるが、「薪を作っているがな」と洒落にもならないことしか言えない有様である。

 いや、何かを始めようという意欲がない訳ではない。陶芸はどうかと女房に問いかけたこともあったが、ガラクタはいらないと言われ断念した。絵と書道は子供のころから馬鹿にされていたので、二の足を踏む。私の従兄は彫刻家なので、その血を引いているから才能があるかもしれない。しかし、一夜にして崩落するような大工仕事しか出来ない不甲斐なさだ。

 友人が描いた水墨画に大きな刺激を受けたのは事実だが、何かを始めようという思いは膨らんだり、しぼんだりの繰り返しだ。ああ、情けない・・・。
スポンサーサイト
   10:18 | Comment:1 | Trackback:0 | Top
 
 
Comment
 
 履歴書の封筒 [URL] #-
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
 2011.12.02 (金) 20:03 [Edit]






(編集・削除用)

 

管理者にだけ表示を許可
 
 
Trackback
 
http://yoko87.blog74.fc2.com/tb.php/672-87e9f162
 
 
カレンダー
 
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
 
月別アーカイブ
 
 
カテゴリー
 
 
ブログ内検索
 
 
全記事表示リンク
 
 
 
訪問者数
 
 
ランキング参加中!
 
 
リンク
 
 
PR
 
 
PR
 
 
PR