石仏に手を合わせていると、ウグイスが鳴いた

 春の嵐が通り過ぎ、昨日はいい天気になった。午後も遅く、生石高原へ散歩に出かけた。山小屋から高原までは歩いて10分ほどの距離だ。ススキの草原を歩きながら標高876mの生石ケ峰に登るのだが、高原からの標高差はたった70mほどで、半時間余りで頂上に立てる。ここを歩くのが私の日課である。

 高原のほぼ中央に、地下から湧き出たような巨大な岩石がある。テニスコートくらいの大きさはあるだろう。「笠石」と呼ばれており、その上に小さな祠がある。岩の上で修行したと伝えられる弘法大師が祀られているのだ。

 祠に上がる石段の両脇には、高さ40cmほどの石仏がある。それぞれ2体ずつで、右が男、左が女の形をしている。田舎に行くと路傍に道祖神を見かけるが、この石像もそうだろうか。一度、役場に問い合わせてみようと思う。

 散歩の途中には、祠と石仏に手を合わせることにしている。この日も立ち寄ってみると、左側にある石仏の男の像が仰向けに倒れていた。先日の嵐で倒れたのだろう。かなり重かったが、何とか元の姿に戻すことが出来た。

 改めて手を合わせていると、すぐ近くで「ホケキョー」と鳴いた。ウグイスは、笠石の岩の隙間に生えた木の枝に、こちらを向いて止まっていた。距離は10mも離れていない。鳴き声は聞こえても、用心深いウグイスの姿を目にするのは珍しい。

 私に聞かせるかのように、喉を激しく震わせながら何度も、何度も鳴いた。美しい鳴き声は、激しい喉の振動から生まれるのだろう。勝手にそう解釈した。ウグイスは木にしばらく留まり、やがて東の空に飛び去った。

 すぐ近くにウグイスが現れたのは、倒れた石仏を元に戻したご褒美だったのだろうか。何でもないことだが、うれしくなった。家に帰り、畑仕事をしていた女房にこの事を話すと、「あらそう」と気のない返事をした。「もっと喜べ!」と言いたかったが、言葉を飲み込んだ。いい事があったばかりだから、腹を立てれば損をする。

 年を取ったせいか、小さな出来事にもふつふつと喜びが込み上げることがある。「あぁ、今日もいい日だった」--。そんな風に、日一日を得心したいのだと思う・・・。

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コメント

石仏について

はじめまして。有田川町下津野の抜井久司と申します。私は今、応神山新四国八十八箇所(応神山というのは生石山のことです)の石仏を調べておりまして、いろいろ調べるうち、こちらのホームページを拝読させていただきました。およそ1年かけて巡礼したものの、生石山旧登山道にあるとおもわれる残りの5箇所に何回かトライしても見つけられなかったのが、何度かこちらで取り上げられてありました。もしよろしければ詳しいことをお聞かせ願えれば有難く思います。ただ季節が季節なだけに熊や毒虫や毒蛇などが出てまいることが予想されますので、実際に参拝するのは晩秋以降となってしまうと思われますが(実際に昨年も晩春から初冬にかけては活動を休止しておりました)、何卒宜しくお願いいたします。

   抜井久司 さんへ

 返事が遅れて申し訳ありません。
私は石仏にまったく詳しくありません。
ただ石仏と出会うと、手を合わせて感謝するだけです。
 確かに、登山道というのか、里道には3体の石仏があるのは確かです。丹念に探せばもっとあるかもしれません。
お力になれるかどうか分かりませんが、登山道沿いに建っているわが山小屋をお訪ね下さい。
 
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