ツキノワグマ「太郎と花子」のこと・・・

 ツキノワグマの「太郎」と「花子」は、ここ紀伊山地の生石高原に近い獣舎で暮らしている。わが山小屋から獣舎までは歩いて半時間ほどの距離だ。時々、散歩がてら太郎と花子に会いに行き、ご機嫌を伺っている。

 話しかけても、口笛を吹いても、知らん顔をしている。大抵は獣舎の遊び場でごろごろしているか、昼寝をしていることが多い。人間への敵意もない代わり、媚びるような態度を見せることもない。クマらしく、威厳のようなものを漂わせている。

     ↓ 太郎
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 私たちが生石高原の近くに山小屋を建てたのは19年前である。その当時すでに、獣舎では太郎と、別の雄「けんた」が飼われていた。けんたはその後死亡し、長野県生まれの「花子」がやって来て、今日に至っている。太郎は23歳、花子は22歳である。

 太郎は幼い時、和歌山の森で保護された。花子の母親は猟師に撃たれ、孤児になった。幼いクマは母親がいないと生きられず、人間の手で育てなければならない。太郎も花子もこのような事情で、生石高原の獣舎で育てられているのだ。

     ↓ 花子
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 地元を中心にしたボランティアのグループ「太郎と花子のファンクラブ」があり、メンバーが餌を与えたり、獣舎の掃除をしたりするなど世話をしている。会員たちにとって、柵の中にいるクマを見るのは辛いに違いない。太郎も花子も行き場を失った野生動物なのだ。

 開発などによって森が破壊され、クマの餌となるドングリが少なくなった。クマは餌を求めて人里に姿を現し、出合い頭で遭遇した人間を襲う。クマは射殺されることもある。人間にとってもクマにとっても不幸なことで、そんなニュースに接すると、やりきれない思いがする。

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 クマに関する一冊の本がある。こちらも、本を読み終えると、やりきれない思いがする。羆(ひぐま)と人間の壮絶な闘いを描いた吉村昭のドキュメンタリー長編「羆嵐(くまあらし)」である。数ある吉村作品の中でも名作の一冊だと私は思う。

 本が手元にないのでうろ覚えである。間違っている箇所があるかもしれない。舞台は、北海道の日本海側、留萌に近い山間部だ。大正時代の初めごろ、何組かの貧しい家族が開拓のためこの土地に集団移住してきた。

 何年かが過ぎ、少し生活が落ち着いてきたころだった。冬眠の機会を逸した体長3mもの巨大な羆が集落を襲い、二日間に6人か7人かの男女を食い殺したのだ。数人のけが人も出た。クマによるわが国史上最大の惨事としてよく知られる。

 警察官や猟銃の心得がある近隣の者が集められた。高揚した彼らは酒を飲み、猟の武勇伝を声高に語った。しかし実際は、巨大な羆の影に怯えていたのだ。羆の探索には腰が引け、猟銃の試射もまともに撃てず、夜中、家の薪が崩れた音でパニックに陥る。羆に立ち向かう気迫も実力もなかった。

 そこで集落の区長は、老練なクマ猟師に協力を求めた。猟師は村の誰もが口を利かない嫌われ者だが、そんなことを言っていられないほど、事態は深刻なのだ。偏屈者の猟師だが、協力を断らなかった。それは、長年羆と対峙してきた猟師としての矜持なのかもしれない。

 猟師は翌日、羆を追って区長だけを連れて雪深い山中に分け入った。やがて羆を見つけ、風下から接近を開始する。銃弾2発を発射し、ついに羆を倒した。その猟師の冷静な姿と、羆の影に怯え、狼狽する人々が対照的に描かれる。吉村昭らしい飾らない文章である。小説の最後は、読者をやりきれない思いにさせてしまうが、その結末はあえて書かない。

 野生動物を自然に帰す活動が続けられているが、その一方で、この小説が描くような悲劇は絶えない。人間が動物たちを追い詰めているのも事実だろう。しかし、野生がゆえに、時に牙をむく「野生」というものもある。

 今日も獣舎に一人の老人が現れ、「野生」だか何だかつぶやきながら、太郎と花子を相手に暇をつぶしている・・・。

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コメント

お久しぶりです。

太郎と花子元気ですか!
ボランティアでお世話をしている皆さんに頭が下がります。
コマーシャル見ましたよ、本当に一瞬だけですね。
よほど、生石高原の事を知ってる人しか解からないですね。
今度、ご招待させて頂きますので、五右衛門風呂に入りに来てください。
一緒に美味しいお酒飲めたら嬉しいです。

   エコ夫婦 ご主人さまへ

 今、太郎と花子の所へ行って、帰ってきたばかりです。今日はボランティアが来ていました。神奈川県から送られてきたメロンや高価なトマトを食べさせてもらっていましたよ。贅沢ですね。
 五右衛門風呂、いいですね。入れてもらって、湯上りの一杯、楽しみです。
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